人間万事塞翁が馬、とは言う。なるようにしかならない、とも言う。
それはまあ、間違ってはいないんだろう。
ならないようになった、と言うのは聞いたこと無いし。
起こった事は受け入れて先へと進むべきなんだろうけど、でも。
余りにも話が一気に動きすぎて、どうすれば良いのか分かったもんじゃない。
だけど、まあ。良いか悪いかで言えば、良いんだろう。結果的には、多分。
隣で幸せそうな顔をしている千夏先輩を見ながら、俺はそんな事を考えてみる。
――にしても、だ。どうして俺の側には、こういう強引な人ばかりいるんだろうか。
雛に告白されて、それを整理しきれないまま時間だけが過ぎていく。インターハイで敗退し帰ってきた千夏先輩を上手く労う事も出来ず、自分自身さえ中途半端な俺はどうして良いか分からない。それでも千夏先輩の力になりたくて、「何処かへ行きたい」という先輩の言葉を受けて海へと出掛けた。
誕生日を、祝うために。
そして突然の豪雨で電車が不通になり、これでは帰れないからと流れで一泊することになって、そして。
一体どういう訳か俺は今、千夏先輩にのし掛かられている。
なんなんだ、これは。
浴衣から覗く肌はほんのり赤く、そして熱い。布団の上で俺を組倒す千夏先輩は、その体格からは想像できないほどの強さで俺を抑え込む。
「あ、……の千夏、先輩っ」
何かの間違いだ、何処かで妙な具合に歯車が噛み合ってしまっただけだ、
なんとか正気に戻さないと、と思ったその瞬間。
あまり嗅いだことの無い匂いが、鼻へと昇ってきた。これは何だろうか、記憶の中を探ってようやく気付く。確か前に、正月とか親戚が集まってる宴会風景でこの匂いと同じものを嗅いだ筈だ。これは――。
「先輩、……酔ってますね!?」
間違いない、と言うかそれ以外に無い。先輩の呼気から感じるのは、強烈なアルコールの匂いだ。
さっき一人で外へ出ていたけど、そこで呑んできたのか。一応未成年なんだからそんなことしないでほしい、それに店も呑ませるなよ。どう見ても成人してないだろ、この人。
ああでも、理屈が分かって少しだけ安心した。酒のせいで判断力が鈍ってこんなことをしたんだ、ならそれはそれで良い。多少強引にでも振りほどいて、水でも飲ませて落ち着かせよう。どうせ一眠りすれば忘れてくれる、大丈夫だ。
「酔ってないよぉ、雨で冷えたから暖まろうと思っただけぇ。それでカップ酒を四、五杯、……あーいや五杯か六杯くらい空けただけだもん。これくらい水だよ水ぅ」
いやあれ確か一杯1合だから全部で一リッター前後呑んでますよね先輩、ほんの僅かな時間でよくもまあ。それにさっき温泉入ってきたのに、なんでそこから更に暖まろうとするんですか。まだ夏なのに冷えを気にしすぎです先輩。
どうせ言っても聞かないだろう、どうにかしようと腕に力を込めるけど、それでも先輩は動かせない。それどころか、少しずつ距離は縮まって来てそして。
「ん、……っ」
先輩の顔が、その唇が。俺の唇に、密着を果たした。つまり俺たちは――キス、していた。
アルコール度数の高い息と粘膜の温もり、それが心臓を高鳴らせる。千夏先輩とキスした、してしまった。こんな形で、こんな状況で。呆然とする俺は、呼吸さえ忘れてしまいそう。
それでも千夏先輩は、止まらない。
唇は滑るように俺の頬へ動き、その中で舌が肌を舐めていく。舌先が当たった皮膚から甘く蕩けるような快感が生まれ、広がっていくのが分かる。そしてその刺激はゆっくりと、首へと降り始めた。
これは、不味い。余りにも、不味い。
「ダメ、です……っ。千夏、先……輩っ」
このまま流されて良いわけがない。
食い止めようとする心はでも、直ぐに掻い潜られてしまう。先輩の瞳に浮かんだ、大粒の涙によって。
「なんで嫌がるのぉ……! 私は、大喜くんが好き、なのに……!」
涙の玉は溢れだし、俺の肌をも濡らしていく。女子が自分の気持ち次第で泣けるのは知っているけど、これはそういうんじゃない。先輩は心から、泣いている。……或いは酒のせいでおかしくなってるのかもしれないけど。
だけどでも、その言葉が先輩の本心なら。それは、それは――。
「千夏先輩、俺も先輩が好きです」
だからこそ大切にしたい、勢い任せでこんな事するはやめましょう。そう言うつもりだったけれど、それよりも千夏先輩の次の動作の方が僅かに速かった。涙が幻だったかのように満面の笑みで、俺にキスしてきたのだ。それも深く長い、情熱的なキスを。
どれくらいそうしていたか、酸欠になりかけた頃になってやっと先輩は顔を放し。
「じゃあ、良いよね。……全部しちゃって、さ」
晴れやかな顔で、そう呟いた。全部、それはつまり。恋人同士ですることを全部、という事だろうか。
よくはわからないけど、問い質す行為は不粋だろう。
俺はただ、自分の気持ちに従って――頷くだけだ。
一糸纏わぬ姿で大きく脚を開いた千夏先輩に向き合う、同じく産まれたままの姿の俺。
さっきまでお互いをまさぐり合ってはいたけれど、緊張は解けてくれない。それでも、それでも。ここから先どうするべきか、は知識としてなら知っている。俺だって男の子だから。
意を決して、指先を先輩のオンナノコにそっと当ててみる。くちゅりと立つ濡れた音と、侵入を拒むかのような圧迫感。ここが千夏先輩の、一番奥へ続く場所なんだ。そっと深度を進めていくと、内側の感触は場所によってだいぶ違う……気がする。よくわからないけど。
「んぁー……。私経験無いし、自分でもあんまり指とか入れないから……。ちゃんと大喜くんの、入るかなぁ……」
トロンとした目の先輩は、結構衝撃的な事を言ってくれている。先輩の「初めて」に俺がなるという事、そして先輩もその……一人でするという事。そんな先輩の秘密を知ってしまった背徳感と光栄さで、頭がどうにかなりそうだ。
いや、俺も結構おかしくなってるな。先輩とくっついていたから、酔いが移ったんだろう。きっとそうだ。
じゃあ、良いじゃないか。
考える必要なんか、何もない。
第二関節近くまで入っていた指を引き抜くと、俺は……自身を先輩の入り口へとあてがう。今から先輩の中に入るんだ、と覚悟を決めて。
「ぅ、……ぁ。あー……、入……ってっ」
ゆっくりと進む俺に合わせるように千夏先輩の声が漏れ、俺の耳朶を犯していくのが分かる。
指で感じるよりもずっと強く深く、千夏先輩の内面が感じられる。他の誰も知らない、この人の本当の心が。
柔らかく温かい、俺を捉えて離さない。粘膜が「好き」を伝えてくれる。
そんな快感に、耐えきれるものか。
「先……輩、出……ますっ」
時間にしたらほんの僅かだったかもしれないけど、余りにもその快感は暴力的過ぎる。
ドクンと尿道が脈打ち精液が放たれるのが、馬鹿みたいに止まらない。何度も何度も拍動が続き、その度に千夏先輩の身体も震える。完全に俺たちは、一つになったんだ。
「は、あー……。お腹の中、温かいなぁ……」
恍惚の顔でお腹を愛しげに撫でる様子を見ていて、遅まきながら俺は思う。これで先輩が妊娠したりしたら、二人とも只じゃ済まないな、と。
でもその一方で、それも有りじゃないかとも思ってしまう。二人でなら、きっと何があっても大丈夫だから。
「ねえ大喜くん、私もっとしたいな。出来るかな?」
「……頑張らせて頂きます」
気が付くと既に窓からは朝日が差し込んで、旅館の一室を照らしていた。倒れるように眠ったらしく寝る直前の記憶は朧気になっていて、でも千夏先輩と愛し合った事は鮮明に残っている。夢なんかじゃない。それに布団に横たわる俺の横には、千夏先輩が綺麗な土下座でスタンバイしている。……まあ、うん。立場が逆なら、多分俺もそうしてるだろう。色々と段階を蹴り飛ばしすぎているから。
「あー……ごめん。勢い付けたくて、結構呑んじゃったんだよね。途中から記憶飛んで、気が付いたら大喜くんにキスしてた」
そんな理由で人を襲わないで欲しいし、もうちょっと頭を使っていただきたい。好きになってくれたのは嬉しいし死んでも良いほど気持ちよかったけど、なんで一速と七速しかないんですか貴女は。
でも千夏先輩は言ってくれた、好きだと。それが酒の毒による気の迷いでないなら、つまり俺たちは……正式に
そりゃあ、俺は先輩が好きだ。結婚出来たら、なんて思いもした。事態の進み方が早すぎるだけで、これはきっと悪いことではない筈だ。
だけど、どうしよう。問題なのは雛にどう言えば、って事だ。告白されてマトモに返事もしていない俺が、他の人とこうなっても良いんだろうか。……いや、雛は「先輩を好きなままで良い」と言ってくれたし俺は俺で頑張ると言ってある。それにこんなこと、どう言えば良いんだ。いやどう言っても事が事だ、殴られるだろうしそもそもがセクハラだ。
黙ってるしかない、よな。
とりあえず先輩に土下座を止めてもらい、俺は布団の上に座って向かい合う。
「えっと、……不束者ですが宜しく御願いします、千夏先輩」
「こちらこそふしだらな女ですが、末長く宜しくね大喜くん」
……不躾とか言いたかったんだろうな。そう思いながらも顔を寄せあい、俺たちは少し照れながらキスを交わした。
ここから始まる新しい関係を祝福するように、輝く朝日を浴びながら。
千夏先輩と過ごす時間が急に減ったのは、その少しあと。先輩が家族の件で、猪股家を一ヶ月ほど離れる事になったのだ。
よりによってこんなタイミングで、と思う暇も無く文化祭の準備も始まった。お陰で雛とやたら近くにいる羽目になってしまって、どうにも胃が痛いったら。
……実際、俺ははっきりと雛に返事をしなければならない。付き合えない、好きにはなれない、と。もう迷っていてはいけないのに、その一言が口に出せない。お互いのためにならないと、分かっているのに。
雛が嫌いなんじゃない、でも――
「大喜、練習するから来て」
「ぇあ、うん」
後ろから声をかけられたせいで変な声が出てしまった俺、そしてそれを指差して笑う雛。こういうのはいつも通りなんだけど、ふとした瞬間に気まずくんるのがちょっとだけキツいんだ。向こうもそうなのかもしれないけど。
そんなわけで俺たちは放課後の教室に二人、お互い部活後だからもう誰も残っていない。文化系が強い学校だとこういう準備も泊まり込みでやったりするんだろうけど、生憎栄明はスポーツ系。大きな大会前に各部活が泊まり込むことはあっても、そこまで文化祭に力は入れていない。
うちのクラスが文化祭でやるのは演劇、白雪姫。雛はその主役で、俺は「リーダー」という名の雑用係になった。だから俺を誘って雛が練習する必要は無いはずなんだけど、なんだけど。
……こういうのも、プレッシャーをかけて来てるって事なんだろうか。「機会を作ってあげるから返事をしなさい」と。まあ雛が欲しい返事は、俺の気持ちとは逆なんだろうけど。あの時もそうだ、先輩が好きなのは分かってるからと話を切り上げたのはそういう事だったんだろう。
告白されたら、意識する。そうしたら気持ちも変わる。雛はそう期待している。俺が千夏先輩を諦めて、自分を好きになるのを今か今かと待っている。
その期待を裏切って雛を泣かせるなんて、俺は嫌だ。でもだからって、千夏先輩への気持ちは曲がらない。……ああいう関係になっちゃったしなぁ、千夏先輩と。一緒に住めなくなったからか放課後とか休日にやたらグイグイ来るし、たまにそのまま――また押し倒して来たりするし。同居再開したら毎晩ああなんだろうか、俺身体持つかなぁ。
「ねえ大喜さぁ、王子のセリフ読んでよ。……聞いてる?」
「あ、うん。この最後だよな」
死の淵から甦るとかどういう気持ちで演じれば良い、って雛が前から悩んでいた所。そして、そして。……キスの場面。
横たわって目を閉じる雛を前にすると、不意に胸が高鳴ってしまう。
勿論今からしようってわけじゃないし、できるはずがない。雛もなにも言わない、だけど意識してしまって仕方ない。まったく、雛の策略に乗せられてる気がするな。
「白雪姫、どうか、目をさましてくれ――」
辿々しい声と共に、僅かに顔を近付けてみる。それだけ、だ。キスしました、という心持ちにしただけ。
――なのに。
瞬間、視界が暗く染まった。次いで感じる、柔らかな感触。
キスされた、と理解した時にはもう遅かった。
顔が離れた直後雛の身体が大きく跳ね上がり、一気に俺へと飛びかかって来たのだ。
勢いに押されて後ろに倒され、気がつけば完全なマウントポジション。
……いや、いやいや。いやいやいやいや。何が起こってるんだ、どうするんだこれ。
「――ごめん。でも、我慢できなくなっちゃってさ」
動揺する俺の上で、雛はその手で制服を大きくはだけた。その下に、あるべき布地は無い。遮るモノの無い裸の胸が露になり、こんな状態なのに視線が吸い寄せられてしまうのが止められない。そんな場合じゃない、とわかっていても。
そうやって隙を晒したのは、更に不味かった。
俺が惚けている僅かな間に雛は自分のスカートへ手を伸ばし、その中から取り出した布を俺の口へと押し込んだのだ。
困惑しながら抵抗を試みるも、それは遅すぎた。あっという間に床に転がっていたガムテで口に封をされ、更に両手を動かせないように固定されてしまっている。
「まだ私を好きじゃなくても良いよ、これから――そうなれば良いから。菖蒲が言ってたんだよ、男の子なんて一回シちゃえば思い通りだって」
その声は俺に向いている筈なのに、何処か遠くへ投げ掛けられているような違和感を覚える。それどころか明らかに様子がおかしい、異常すぎる。
誰かに余計な事を吹き込まれて俺を襲う事にした、なんてそんな事が有り得るのか。
ああ、でも。雛の手は迷い無く俺の腰にかかり、あっさりとスラックスを膝まで引きずり下ろしてしまう。そして――。
「わ。……うわ、オトコノコってこんななんだ。うわー……うわうわ」
おっかなびっくりながらも確かな手付きで、
例えどんな状況でも、どんな精神状態でも。触られれば反応してしまう、だって男の子だから。
腹が立つくらい素直に、隆起していくのが止まらない。
「んっと、こんなかな? これくらいだったら、
口調は不安げ、でもやっぱり行動に迷いは見えない。すっと腰を上げて、そのまま真っ直ぐに。
雛は俺の上に、舞い降りた。
「……っ!?」
構造としては上から包み込まれるような形だろう、でもその瞬間にやって来たイメージはそうじゃない。むしろこれは、捕食行為に近い。
柔らかく俺全体を優しく包んでくれた千夏先輩とは全く違う、噛み千切ろうとするくらいギチギチに締め上げてくる。入り口だけじゃなく内側全てが、万力のように力尽くで俺を逃がすまいとしている。その上ロデオのように俺の上を跳ね、全身で俺を追い詰めようと力を緩めない。
雛の執念がこれなのか、こんなにも荒々しく人を蹂躙する程に、雛は追い詰められているのか。
――だけど。でも。俺が好きなのは、雛じゃない。こんなにも愛されて、それでも期待には応えてあげられない。頭ではそう思いながら、だけども身体は身体で素直になってしまう。愛される悦びに突き動かされ、一気に快感が噴き上がる。
「あ、あ……。ドクドク、言って、るぅ……。
口の端でニヤッと笑いながら射精を受け止める雛に、一瞬背筋に冷たいものが走った。まさかそれが目的だったりする、のか。俺が逃げられないように、千夏先輩を選べないように、自分の身体を犠牲にしてまで縛り付けようと。
持ち主の意思を無視した長い長い放精が終わるまで、雛は身動ぎもしなかった。終わってようやく、ゆっくりと立ち上がって。
「責任取れとか、
そう言い残して教室を出ていった、――あれこれ事態が急すぎて呑み込めない俺を転がしたまま。
正気に立ち返って思ったのは一つ、せめて拘束を解いてから帰れという事だった。
振り替えると、しみじみ思う。この短期間に良くもまあ、こんな事が起こるものだと。
しかし俺はこれから、どうすれば良いんだろう。先輩とそういう関係になっておきながら、雛とまで。
先輩を裏切っている、それが辛いし雛をあそこまで追い込んでしまった事も辛い。
でも出来ることが何もないまま時間だけが過ぎて、もう文化祭は目の前だ。
「大喜くん、どうかしたの? なんか元気無いけど」
ベッドの上で心配そうな先輩に、何でもないですよと笑顔を返しておく。嬉しい時間の中でも、平生を装わなければならない疚しい身が憎い。
唯一の救いは、千夏先輩が相当なポンコツだって事だ。少なくとも今はまだ、バレてはいないみたいだし。だけどもしバレてしまえば、俺が終わってしまう。それはまだしも、千夏先輩をどれほど哀しませてしまうか見当もつかない。
何処かで言わなければ、でもいつどんなタイミングで?
無い頭を絞っても良い手は浮かばないまま、今日も俺は先輩と睦み合う。
「ねえ、大喜くん。文化祭でさ、友達がライブするんだよね。一緒にいかない?」
「あ、良いですよ。どうせ劇に出る訳じゃないし、多分時間あるんで」
ここだけ切り取ったら、健全なデートの御誘いみたいでくすぐったい気がする。まあ、お互い裸なんですけどね。
にしても、だ。こうやって特別な関係になって尚、この人の底は読めない。何か色々と考えているかもしれないし、やっぱり何も考えていないかもしれない。
この文化祭で、色んな事が大きく動くだろう。良くも悪くも。そんな期待と不安が入り交じった感情を抱きながら、俺は千夏先輩にキスをする。
考えたって仕方がない、なるようになるさ。