あの人に相応しい人間になるまで告白なんか出来ない、重荷になりたくない。
それは単なる逃げ口上で、実際俺は逃げ続けていた。全力で頑張っていたのは、他の事を考えずに済むから。
ただただ突き進んで、でも不安は追ってくる。俺が知らない間に、他の誰かが抜け駆けするかもしれない。
足踏みと焦りの果てに、あの雪舞う湖の上。俺は千夏先輩に、思いの丈を吐き出した。受け入れてもらえるかなんて分からず、でも居ても立ってもいられなくて。
その日から俺たちの関係は変わった、それは確かなこと。だけど、でも。
良いんだろうか、これは。
バタバタと過ぎていく日々、季節は巡っていく。雪はいつの間にか消え春の陽を感じるようになり、もうすぐ新しい学年に上がるという時期が来る。……うんまあ、栄明はスポーツ私立だから勉強がアレでも留年なんてのは滅多にない。て言うか他所ほどカリキュラムも厳しくなく、バカだバカだと言われる俺でさえ赤点は中学で一回取ったきり。それだって体調不良のせいで、頭が悪いせいじゃない……多分。
そんなこんなで迎えたホワイトデー。何を渡すべきか思案しまくって、結局消え物が無難じゃないかと高めのお菓子なんか買って帰ってきて。
何を思ったか俺は今、千夏先輩に押し倒されている。
いや、いやいや。いやいやいやいや、待て待て。なんだこれは。
思えば朝から変な予感はしていたのだ、父さん母さんにじいちゃんまでもが「用事で明日の夕方まで出てくる」と言い出したのは明らかにおかしい。その上千夏先輩はニヘニヘして、何かを企んでるとしか思えなかった。
千夏先輩は俺以上に猪突猛進だ、一回決めたら梃子でも動かない。文句があるなら世界を率いて挑んでこい、という頑固さを持っている。
しかしそれが、こういう方向で発揮されるとは。
「大喜くん。私たちは付き合いだして、二ヶ月以上になりますね」
俺を見下ろす千夏先輩の顔は紅潮し、そして
この女、酔っぱらってやがる。
なにしてんの栄明のエースオブエース、不祥事沙汰になるような事はしないでいただきたい。まあ男子に馬乗りになる時点で手遅れかもしれないけど。
余りにもメチャクチャな行動に絶句している俺、それに気付いてもいなさそうな千夏先輩。
「世間的にはですね、これだけ付き合って手を出さないのは逆におかしいんですよ」
穏やかな口調のわりに力の入り方は尋常じゃない、抵抗しようにも手足ががっしりと押さえ付けられて動かせやしない。いくらバスケが格闘技レベルの衝突を繰り広げるスポーツだからって、なんだこのパワー。酔ってる時って力が抜けるんじゃないのか、これむしろ強まってるぞ。
せめて何か言おうと開いた口はでも、言葉を紡ぐ前に塞がれてしまう。熱く力強い、千夏先輩の――唇によって。
キスされたと理解できたのは、先輩の顔が離れた少しあと。心臓は早鐘を打ち、頭の血管が破裂しそうな程に血流は加速する。
ああでも、それなのに。千夏先輩はたじろぎもしないで、小さく笑う。
「ん、……キスってこんな感じなんだね。初めてしたけど、癖になりそうだな」
ついっと俺の唇を舌でなぞり、赤い顔のまま先輩はキスの雨を降らせてくる。まるで今までしなかった分を埋め合わせようとするかのように、何度も何度も。
それが漸く止まった時には、もう俺は抵抗する気力さえ無くしていた。手足は重圧から解き放たれても、動かすだけの意思が宿らない。
「大喜くん大喜くん。……私はもっともっと、大喜くんに触れたいです。大喜くんを知りたいです、……愛したいです」
決意に満ちた目で見据えられ、俺はただ頷く。酒臭いです、と思いながら。
薄暗がりの中でも白く浮かび上がる、その肢体。千夏先輩が俺へとのし掛かってくる、そんな非現実的な光景にただ身を任せるだけ。酔っ払い特有の酒気を帯びた吐息と共に、先輩が俺を脱がせていく。アルコール度数の高い呼気のせいか、だんだんと頭がしびれて意識は白濁していくのが分かる。ただそれでも、下半身だけは鮮明に感覚が残っていた。気色ばんだ指先が太股を伝い、布地の奥へと入り込むのがはっきりと分かるくらいに。
「わ。あー……そっか、こんな風になるんだっけ」
フワフワした声は少しだけ場違いで、でも頭の芯を揺らしていく。千夏先輩が
弄ぶような仕草で動く手が、上から下まで興味深げに這い回る。物心ついて以来他人に触らせた覚えがない場所を大好きな人に弄られている、それは暴力的な快感を呼んで止まらない。
こんなもの、堪えられるか。
「うぁ……っ」
ブワリと全身が総毛立つような快感の波に押され、腰がガクガクと痙攣しそして。あまりにも呆気なく、俺は千夏先輩の手の中へと精を放ってしまっていた。
「お?おぉ……お? あそっか、これが射精かぁ。すごいすごい、勢いよく出たねぇ。ホワイトデーって感じだぁねぇ」
無邪気なのか挑発的なのか、その両方か。妖しく微笑むその顔を見ているだけで、つい今しがた放精したとは思えないくらいの強い勃起感が沸き上がる。きっと俺も酔っているんだ、酒ではなく千夏先輩にだけれど。そうでもなければ、ここまでメチャクチャな状況を受け入れられるものか。
理性を手離してしまえばそこで済む、それが出来ないのはきっと俺の弱さなんだろう。
とは言え俺が止まろうとしたところで、この酔いどれは聞きやしないんだ。自分が満足するまでは。
肌を合わせて伝わるのは、上がりきった体温。そしてぬるつく粘液の感触だ。俺に跨がるようにしてゆっくりと腰を落としていく千夏先輩の身体は、焼けるように熱く湿っている。
ずにゅり、と軟らかく濡れた何かが俺の先端へと押し付けられ、――思わず息が漏れてしまう。ゴムの被膜越しでもそれは淫靡で、思考は千夏先輩一色に染まっていく。このまま行けば、もう何秒とかからず俺たちは繋がることになる。その期待と罪悪感がない交ぜになって、頭がどんどん鈍っていくのが感じられた。
「ん、んー……ここかな? 私あんまり指とか入れないし、よくわかんないけど……まあ的を外したって折れたりはしないでしょ。私そこまで重くないし」
縁起でもない事を口走りながらも、先輩の身体はどんどん高度を落としていって。そしてそのまま、一気に俺の身体へと千夏先輩は軟着陸を果たす。
手で締め上げるのとは全然違う、どう形容して良いか分からない独特な圧迫感。千夏先輩の内側に俺がいるという背徳感も相まって、ゾワゾワと快感が込み上げて――来はするのだけれど。
「なんか血出たかも……。ねぇねぇ大喜くん、お薬持ってきて良いかなぁ~」
酔いすぎて眠くなったのか、ぼんにゃりとした声音で千夏先輩が囁くもんだから集中できないったら無い。それに一時中断するような事を言いながらも、離れるどころか腰を動かし始めるのも勘弁してください。どうして良いか分かりません、どっちかにしてください。
まあでも、酔い酔いのまま暴れる千夏先輩も可愛いから、これはこれで良いかもしれない。
さっきの射精から少し遅れてやって来た倦怠感に包まれて、俺の意識は少しずつ薄れていった――。
勢いだけで駆け抜けさせられたあの夜は、まるで夢の中みたいだった。しかしそれが現実だと理解させてくれたのは、起きて最初に目に入った千夏先輩の姿。まさかまさか、謝罪の全裸土下座なんてものを見る日が来るとは思わなかった。
先輩としてはちょっとキスなりなんなりして終わる気だったけど、お酒が入り過ぎたせいで歯止めが効かなくなり行く所まで行ってしまったんだそうだ。
「ビール一缶程度じゃ全然酔わないし、勢い付けたいからガブガブ呑んじゃってさあ……。結局あれこれチャンポンしてかなり大量に呑んだんだよねー……、多分合計で一升くらい……?」
いやなにしてんですか本当に、年に五分で良いから頭使ってくださいよ。酔った勢いで跨がられる身にもなってほしかったけど、でもまあ起きたことは起きたこと。
好きな人にあんな格好をさせておく訳にもいかないからとりあえず服を着てもらい、そこから母さんたちが帰ってくるまでじっくり二人で話し合った。勿論今後の事もそうだし、あれこれと。
一先ず暫くの間、俺たちが付き合っている事は隠し通す。お酒は二十歳になってから、潔く禁酒しなさい。そしてお互いにする事も多いんだし、頻繁に
……基本千夏先輩にどうやってお預けさせるか、なのはまあ仕方ない。だってこの人自分に素直すぎるんだもん、ステイですよ千夏先輩。
そして、そして。春の訪れと共に雛にも打ち明け、新入生と色々あったりなかったり。夏祭りで千夏先輩がうっかり口を滑らせたり、秋の文化祭で匡の幼馴染みさんと守屋マネが拳と拳で語り合っていたりと色んな事があって、季節はすっかり真冬というかもう年末。
千夏先輩は夏の雪辱を果たすべくウインターカップに臨み、見事に夢佳さんとの決着を付け正式にバスケを引退。全てが全て思い通りではないだろうけど、何もかも出しきってユニフォームを壁にかけた千夏先輩は般若のように美しく見えた。
それは良いんだ、うん。
俺が今悩んでいるのは、もう千夏先輩には――ブレーキがないという事。部活はもう終わり、卒業も間近だしこの年末年始は大人たちがいなくなる、そうなるとあの人が我慢できる訳がない。そうなればどこまで暴走するか、見当も付かない。どうしよう、新年を迎える前に搾り殺されるかもしれない。
でもそれを嫌がって逃げてなんかいられるか、そんなのは俺じゃない。
出掛けていく皆を見守りながら、俺は心のなかで覚悟を決める。
ここで死ぬなら、もうそれで構わない。愛してるから。
さあ、正念場だ。一切合財散らす準備は出来ている、やってやろう。