けたたましく鳴り響く目覚ましのアラームに、意識が揺り動かされていく。
「あー……朝、か」
最近はなんだか寝起きが悪くなったみたいで、この瞬間が辛い。寝ていたい、と強く思う。
でも、だ。
隣室から聞こえる音が、俺を奮い立たせる。このまま寝てなんか、いられない。
千夏先輩はもう起きているんだ、俺も頑張ろう。大好きな人が近くにいるんだ、格好くらいつけないと。
「あ、おはよう大喜くん」
「おはようございます、先輩!」
洗面所で挨拶を交わし、並んで身支度をする。これが俺たちの日課になって久しい。
千夏先輩は今日も美人だし、元気溌剌。眠気なんか欠片も感じさせない、ツヤツヤした花丸元気JKだ。見習わないといけないな、この人のパワフルさは。毎日俺よりずっと激しい練習をこなしてる筈なのに、へこたれるって事を知らない。たとえ勝てなくとも腐ることなく突き進む、栄明のスーパーエース。
俺もこんな風になりたい、そんな気持ちで思わず見詰めてしまう程――って。
「ちょっ、先輩っ!?」
自分の身支度そっちのけで先輩に視線を向けていた俺は、その瞬間大きな声をあげてしまった。
だって。……だって。
どういうベクトルで力が加わったのか分からないけれど、千夏先輩の胸元は大きく開いてしまっていて。そこからその、…………お……胸が覗いていたのだから。
俺にも紳士の意地がある、認識した瞬間に顔を背けたのは礼儀というもの。でもほんの一瞬、確かに見てしまった。服の上から見るよりずっと大きく思える膨らみを、そして薄いピンク色をした可愛らしい先端を。
「おっと、溢れてた溢れてた。ゴメンね大喜くん」
ぐいっとお胸を仕舞って笑う先輩は、可愛いけど。
可愛いけど。
――可愛いけど、ちょっとだけ困る。目の毒過ぎる。
それにやっぱり男扱いされてないんだな、俺って。そう思うと、さすがに凹んでしまう。
結局あれが目に焼き付いてしまって、今日一日俺はヘナヘナだった。
まったく、男って嫌だなって思うよ。一瞬の光景を後生大事に脳内保存しちゃうんだから。俺は確かに千夏先輩が好きだけど、そういう対象にはしたくないのに。でも最近はどうにも緩んで来ちゃってて、ちょっと油断すると先輩で妖しい妄想をしてしまったりするんだ。そして賢者タイムに入ってから自己嫌悪に沈む、その良くないループが続いている。
ここ暫く寝起きが悪いのも、そのせいかもしれない。一回出した程度で翌朝に響くなんて、俺もしかして枯れてきてるのかな。まだ15なのに。
……明日また朝苦労するかもしれないけど、やっぱりしたいな。
そう思って頭に思い描くのは、当然のように千夏先輩。その艶かしい姿を妄想し、自身を握り締め――ようとした。
しかし何故か背筋に走った嫌な予感に、ヒートアップした性欲をどうにか頭の奥に沈めベッドに座り直す。こういう時の直感は、バカに出来ないから。
息が整った、まさにその瞬間。狙い済ましたようにコンコンとドアが鳴り、続いて静かに開いた。
「大喜くん、お風呂空いたよー」
言いながら顔を覗かせたのは、湯上がりホコホコな千夏先輩。……間一髪、だったな。
もしおっぱじめた後だったりしたら、ノックに気付いたとしても間に合わない。下手をしたら、全部見られてたかもしれない。……それはそれで興奮しなくもないけど、親族会議案件だな。千夏先輩は絶対出ていく。
大人しく諦めて、風呂行こう。そして明日のためにも、上がったら腹筋して寝よう。そうしよう。
――暗闇のなかで、なんとなく意識が浮上する。特に理由もなく、ただ目だけが覚めていく。
寝付きは良い筈の俺が、夜中に起きてしまうなんて珍しい事もあるもんだ。
腹筋が足りなかったんだろうか、それとも抜かなかったからだろうか。まあ、どっちでも良いけど。
明日も朝練だ、いつもの時間に起きられないと辛い。寝直そう、と布団を被ろうとしたその時。
「――?」
視界の端に見えたドアノブが、ゆっくりと音もなく動いた。
瞬間、ぞわりと背筋が粟立つ。
カチャリという小さな音と僅かに空気が揺れる感覚、ペタリとした――
それを裏付けるように、か細い声が耳に届いた。
「大喜くー……ん、寝てますねぇー……?」
からかうようなその声は、俺がよく知っている声。俺がこの声を、聞き間違える筈がない。千夏先輩以外に、有り得ない。
何故千夏先輩が俺の部屋に忍び込んでくるのか、見当もつかない。しかしこの状況は、絶対に良くない。
少しずつ気配は近付いてくる、嫌な予感は止まらない。
「じゃ、大喜くん。
すぐ隣からした声と共に、俺の右腕へと何かが触れる。皮膚が伝えるこの感触は、指先だとしか思えない。千夏先輩の指が俺の腕をふにふにと弄び、そして持ち上げていくのを触覚だけで感じながら。胸の鼓動は治まらない。
持ち上げられた腕がどうなっているか、知るすべはない。ただ痛みや不快感は無いから、痛めつけようという意図はないんだろう。……目を開ければ分かるんだけど、それができれば苦労はない。
内心焦りながらも寝たふりを続けていると、不意に手のひらへとおかしな感じがやって来た。
中心部になにか固いものが当たっているのに、他の箇所は暖かく柔らかい。そしてその固いものは、段々と大きくなっていくような気がする。
「ん……っ」
千夏先輩の漏らす声は熱を帯び、艶やかささえ覚えるほどだ。俺に触らせている事で千夏先輩は、――興奮しているのだろうか。
無い頭をフル回転させて、今自分の手がどうなっているかを想像する。千夏先輩の声の位置、手に伝わるのは熱と振動。まるで俺の心臓くらいに激しい、それは――。
「(……っ!?)」
それはまさしく、心臓の拍動。何故そんなものを感じるか、それはひとつだ。先輩の心臓のすぐそばに、俺の手があるということ。俺の手は先輩の、……その胸に触れている。そうとしか、思えない。
困惑する俺の手は滑らかな先輩の肌の上を何度も動かされ、その度に切なげな吐息が漏れていく。
手のひらから渡ってくる熱は身体を貫き、下半身へと溜まっていくのが分かる。
これは、危険すぎる。このままでは、気付かれる。そんな俺の気持ちなんか知らずに、千夏先輩が気持ち良さそうな声を上げているのが何処か歪に感じられて。
「んー……そろそろ、いっちゃうかなー……っと」
ふっと腕を支えていた力が消え失せ、ふわりとベッドに軟着陸するのが感じられた。千夏先輩は俺から手を離した、そう気付いたのと殆ど同時。痛いくらいに隆起していた下半身に、何かが触れた。
「あ、……良い子だね大喜くんは。寝ててもちゃーんと、私の言うこと聞くもんねぇ……」
もぞもぞとはい回る指先らしきものは器用に動き回り、布を剥ぎ取りそして。――俺を、外へと引きずり出していた。一番穢れた部分が、一番大切な人の手で暴かれた。
それは興奮しかしないほどに刺激的だけれど、想像してはいけないほどに歪でもある。
頭が混沌に包まれた、その刹那。
ぎしり、とベッドが音をたてた。
「――……っ」
何かが乗ったようなそんな音と共に、下半身に――いや俺の先端に何かが押し当てられていくのが感じられる。ぬるりと滑る、熱く固い何かが俺に被さっていく。
何が起きているのか、分からない。いや、分かりたくない。想像したそれは絶対に、あってはいけない事。
だがずんっと重みが俺の腰を押し潰したその瞬間、勢いで僅かに瞼が開いてしまって。そして見てしまった。
闇に浮かぶ、白い肌を。一糸纏わぬ、裸の背中を。その艶かしい曲線の根元、先輩のお尻は俺の上に着地しているのを。
この姿勢で、この状態で、起きていることなんて一つしか無い。
先輩は寝ている俺に跨がり、セックスをしている。俺の意思なんか考えず、ただ俺を使っている。
脳がそれを理解するも、身体は金縛りにあったように動かない。瞼も落ちて、なにも見えない。ただギシギシとベッドが揺れ動き、先輩の甘い吐息が漏れていくのを呆然と感じるだけだ。
それから数分……もしかしたらもっと短いかもしれない時間を経て、先輩が悲鳴のような小さい喘ぎを上げた時。まるで押し潰すようなすさまじい圧力で締め上げられた俺もまた、呆気なく射精していた。快感も高揚感も何処か遠く、単なる「現象」として。
「あー……やっぱり、これ良いなぁ……っ」
満足げな声に対して感じたのも、甘酸っぱい感情じゃない。ああ、朝の疲れはこのせいか、とぼんやり思っただけだ。
千夏先輩は何度も、下手をしたら毎晩、
「んふふ、今日もお疲れさまでした」
嬉しそうな声と共に千夏先輩は俺を圧迫から解き放ち、その直後にまたベッドが軋む。終わったから降りた、ということか。そうだよな、目的は済んだんだよな。そう思うとこっちの意識も、暗がりへと落ちていく。
「じゃ、大喜くん。また明日、ね」
小さく聞こえたその声に導かれるように、俺は意識を手放していた。
全て夢だったんじゃないか、そう思ってしまうほど現実離れした時間だった。目が覚めた時にはベッドに僅かな痕跡しか残ってはいなかったし、あれを受け入れられる程俺は人間が出来てはいない。
「――ん。大喜くん、おはよう」
いつものように洗面所で顔を合わせた先輩にも、変わった様子なんか無い。でも俺の身体は、覚えている。あの感触を。
あの胸に触れ、そして。そして――。
「……大喜くん、どうかした? 今日は溢してない筈だけどなあ」
先輩の笑い声で我に返っても、胸の奥にある熱は消えてくれない。あんなのは、あってはいけない。俺たちは、そうなってはいけない。なのに。……なのに。
どうして、あんなことを。
口から出ていきそうになった言葉は、すんでの所で舌に阻まれてしまう。
怪訝そうな千夏先輩が洗面所を出るのを見送って、俺はただ項垂れる。
何が起きようと、時間は止まらない。昇った陽は必ず暮れて、夜が来る。
明かりを消してベッドに横たわってみても、目は冴えるばかりだ。というか寝るわけにはいかない。
「♪ワンツーフレディがやって来る、スリーフォードアに鍵かけて……」
まあ、俺の部屋に鍵なんか無いけどさ。それでもしっかり目を開けて。決して眠りに落ちないように、その時を待つ。来ないでほしい、と思いながら。
願ったことが叶うなんて、滅多にないのに。
「大喜くーん、良い子で寝てるかなー……?」
小さく言いながら入ってきたのは、やはり千夏先輩。その身体にはやっぱり何も着けていない。あの姿は、夢ではなかったんだ。
なら、俺はどうするべきか。どうしたら良いのか。
そんなのは、決まっている。
「起きてますよ、……千夏先輩」
こんなことは、止めさせなければならない。先輩の為に。
伸ばされた手から逃げるようにベッドの上を滑り、立ち上がって明かりを付ける俺。照らされる千夏先輩は、ポケっと意外そうな顔。
「ん、ん……ん?」
小首を傾げた仕草は可愛いけれど、でも余りにも無邪気だ。場違いにも程がある。
千夏先輩がどういう意図であんなことをしたのか、そんなのは分からないしきっと分かれない。分かっているのは、これが良くない行為である事。あんな……セックスなんて、軽々しくしていい事じゃない。それに先輩は俺よりずっと、そのリスクが大きい筈だ。もっと自分を大切にしてほしい、栄明のスーパーエースが欲望に流されちゃいけない。
なんとか説得なりなんなりしようとした、その時。
ひゅっと音を立て、先輩の身体が視界から消えた。
「んー……起きてる大喜くんとは、まだしてなかったっけ。
声が届くよりコンマ数秒早く、俺の身体が一気に沈み込む。バランスを崩された、と気付いたときにはもう遅かった。
脚を払われベッドに倒れ込んだせいで背中を打ち、一瞬息が止まってしまう。その隙を逃してくれるほど、千夏先輩が甘いわけがない。
「大きな声とかはダメだよ、みんな寝てるんだから。良い子にしようね、大喜くん」
にっこりと笑って千夏先輩はベッドをとんっと蹴って跳ね上がり、――俺の顔へと、舞い降りた。
目の前は肌色に染まり、身動きが一切とれない。口を塞ぐのは粘液を溢す先輩の、――オンナノコ。
もがけばもがくほど千夏先輩は嬉しそうに腰を振って、俺を追い込んでいく。
抵抗する術すら思い付かないまま、自分が制圧されていくという得体の知れない恐怖を味わいながら、それでもなんとかしなければと思考を巡らせる。
でも分かっている、無駄だと。先輩の手が俺の下半身を弄り始めたせいで、ただでさえ回らない頭がフリーズしていくから。
「こっちの大喜くんは今日も素直な良い子だね、よしよし」
そっちの俺は優しく慈しむような手付きに翻弄され、この俺は柔らかい肉で呼吸を塞がれて。上下で俺は、先輩に支配されていく。それはとても、気持ちいい。
もう、受け入れてしまえ。このまま使われていろ。そんな声が、酸欠状態の脳内にリフレインする。
俺がなにをした、なにもしていない。悪いのは、千夏先輩だ。責任もなにも、あるものか。
下の俺はそう主張するように、ギリギリと屹立していく。もういいだろう、と。
先輩もそう思ったのだろう、俺の顔から尻を上げた。これから、また昨日のように――セックスをするつもりなんだろう。
心の奥に残った理性を燃やし、俺は最期の力を振り絞る。今なら、まだ。間に合うかもしれないから。ここで挫けるわけには、いかないから。
先輩の肌に触れ、どうにか口を開いて。言うべきことを、言うんだ。
「やめ……てぇ……先、輩……。こんな、の……は……っ」
俺は千夏先輩が好きで、何処かで先輩とこうなりたいという欲望もあったかもしれない。
でも、少なくとも。今この状態は、間違っている。
伝わってくれ、と願いながら必死で言葉を紡ぐ俺を、千夏先輩はじっと見据える。そしてそのまま、ゆっくりと腰を上げ――。
「そうだね、そうだよ。だから――
俺の腰へと、一気に自身を叩き付けた。
ずにゅり。そんな感触で俺は根元まで千夏先輩に
「私はね、したいことは全部するよ。大喜くんが可愛いから、こうして使っちゃうんだ。大喜くんが悪いんだよ」
けらけら笑って上下に跳ね回る先輩の声が、遠い。
俺のせい、なのか。俺のせいで先輩は、こうなっているのか。
絶望的な考えだけが心に沸き立ち、身体のコントロールまで失われていく。制御不能な快感だけが膨れ上がり、出口を求めて体内を激しく掻き回す。
込み上げてくる射精欲求はもう、止めようがない。
それでも俺は、抗わなければ。この人が好きだから、壊れてほしくないから。
「抜い……て、出……ちゃいま、すっ」
最悪の事態だけは回避したい、そう思っている俺に千夏先輩は。この人は、朗らかに笑って言い放つ。
「良いよ。
――バカな俺は、昨日のことさえ忘れていたのだ。昨日俺は、どこに射精した。それに千夏先輩は「今日も」と言った。それは、つまり。
「もう三ヶ月くらいかな、大喜くんは毎晩
俺たちはもう、とっくに手遅れになっていたんだ。
そう確信したのを合図に、全てが決壊した。
尿道を精液が駆け抜ける、あの暴力的な快感に張り倒されながら俺は。涙を流しながら、気を失った。
「大喜くん、帰ったら今日もしようね」
学校からの帰り道、振り返りながら笑う先輩に曖昧な笑顔を返す俺。
あれから俺たちは、何も変われていない。千夏先輩のお腹は少しだけ膨らみ、俺は少しだけ窶れたけれど。
破滅へのカウントダウンは止まっていない、もうじき俺たちは何もかも無くす。
それを知った上で、この人はヘラヘラ笑っているんだ。
一体何を考えているのか、いないのか。俺にはもう、何も分からない。
分からないまま、それでも過ごす。
悪い夢なら覚めてくれ、と思ったりもするけれど。