考えてみれば私も、他人の事を言えないかもしれない。ちーが変態を自覚したり菖蒲が彼氏を取っ替え引っ替えするのを微笑ましく見守りつつ、自分はごく平均的で普通の女子高生だと思ってきた。そりゃ芸能活動もしてはいるけど、常識的な感性は失わないようにしている筈なのだ。
しかし、もしかしたら。私もまた、変態なんだろうか。健吾が置いていったジャージに顔を埋めていると、そんな風に思ってしまう。
汗臭いし牡臭い、でもこれが堪らない。後で取りに来るかもしれないから嗅ぐだけなんだけど、出来ればこれを着て直に臭いで包まれたい。
いやいや、この程度で変態を自称しては変態に失礼か。臭いはフェロモンの塊だと言うし、彼氏の残り香で興奮してしまうのはきっと普通の事。
私は少し思い込みが激しいだけの一般人、そういう事にしてほしい。臭いに鼻腔を犯されながら、私はそう願ってみる。
私たちは薄く感じる塩素の匂いの中、プールサイドで出逢った。『なんで苦手な事をわざわざするんだ』と聞く健吾に、出来ない事を出来ないままにするのは好きじゃないし明日の私は苦手じゃなくなってるかもしれないでしょなんて言い返したのを、昨日の事みたいに覚えている。
イルカと泳ぐ夢はまだ果たせていないけど、泳ぎはそこそこ得意になったんだよね。素人で50m泳げればまあ上出来でしょう、いざとなれば人命救助も出来るかもしれない。水着姿はあんまり様にならないけど、それはまあ……うん。
あのスイミングスクールから私は芸能関係の道へ、健吾はバドの道へ。歩む先は違っても、一緒にいるとなんだか落ち着く。これってもしかしてまさか、そういう気持ちなんだろうか――と恋を意識し出したのが中学時代なんだけど……なんだけどなあ。どうもその頃になると、私はなんとなく自分に違和感を覚え始めた。
切っ掛けは、健吾が近くにいるのを目でも耳でもなく、なぜか鼻で感じてしまうようになった時。なんというか、健吾がそばにいると
健吾が好き、だから健吾の匂いも好き。そうシンプルに割りきるには、どうにも私は匂いの方を好きすぎる。
もしかしたら私、やっぱり変態なのかもしれない。
恋愛のためと誤魔化して自分のするべき事を蔑ろにしたら、その時点で別れる。それが私たちの誓いであり、絶対のルールだ。どんなに逢いたくても仕事に手を抜きはしないし学校の成績も落とさない、そうでなければ健吾に顔向け出来やしない。
健吾はバドを引退するけれど、新しい夢を持って歩んでいる。その隣に立ち続けたいから、私も頑張ろう。
頑張って――
しかしなあ、辛いぞ結構。こないだデートしてからまだ二週間くらいだけど、もうキツい。お互いに負担もあるとは言え、あまり頻繁にはしない事にしたのは失敗だったかも。
撮影やらレッスンやらで気合いを入れて過ごしている分、こうやって帰宅した後は疼いてしまって大変だ。
――しちゃおうか、な。菖蒲は新しい彼氏とお泊まりだし、邪魔は入るまい。
都合のいい事を考えながら、健吾が忘れていったウェアを嗅ぎながら私は服を緩めていく。もう火照っている肌へとそれを滑らせ、健吾の残り香を塗り込みつつも、意識の底にイメージする。健吾自身に愛撫される、自分自身を。
たちまち太股までねばつく汁感が広がり、指を這わせればぐちゅりと音が立つ。全くもって、敏感なものだ。健吾の匂いを感じると、いつだってこうなってしまう。
陰唇を割り拡げ中へと人差し指をねじり込み、掻き回してもまだ満たされない。指は二本になり根本まで挿入され、それでも足りない。
健吾が欲しい、でもそんな事は許されない。オナニーで我慢するしかない、二人の約束を守り続ける為に。
でも、だけど。
いつまでそうしていれば良いのだろう。
健吾がバドを引退するまで?
私が仕事を辞めるまで?
それとも――ずっとずっと、これが続くのだろうか。お互いの為だからと自分に嘘をついて、耐えながら生きていくのか。薄く残る香りだけを
「――!!」
ガクガクと腰が震え、絶頂感に包まれながらも頭の奥は冷たく冷えていく。なのに身体の芯は燃えるように熱く、止まる事を知らない。これじゃダメだと思いながら、発情は収まらない。
ゼーゼーと荒い息を吐きながら震える手でタップするスマホは、私と同じく熱くなっていた。
「……ごめん。どうしても――堪えきれない」
突然呼び出された上押し倒され、さぞや混乱している事だろうけど私も私でいっぱいいっぱい。
悪い事だと分かっているし、今この場で別れを突き付けられてもおかしくないのは承知の上だ。
だけど、それでも。愛が止まらない、健吾の匂いに飢えている自分がいる。
――と。
私の涙を健吾の指が、そっと拭っていた。
「あー……うん、まあ……あのさ。泣くほど我慢してなくてもいいから、さ」
気まずそうな声はでも、一分の嘲りも無い。私を愛し気遣う、鈴の音みたいなその声。傷つく私を癒す、そんな響き。
ああ、そうか。偉そうな事を言っておいて、私もちーや大喜くんと変わらないんだ。自分の中で勝手に怯えて、縮こまって。――相手が考えている事なんて見えはしない、言わない事は伝わらない。
何の為に夢を追うのか、それは理想の自分になりたいから。お互いを誇りに思える、そんな関係になりたいから。
それは自分の、そして相手の気持ちを抑え付けなければならない理由にはならない。
私も健吾も、欲張りだ。夢も恋愛も、全部果たさないと気がすまない。
そういう部分が似ているんだな、私たちは。
交わすキスは健吾の匂いに、合わせる肌は私の熱に。それぞれ染まりながら、私たちはゆっくりと重なりあう。
愛し合うために。
あれから箍が外れきる事もないまま過ごせているのは、やはり小出しにしているからだろうな。
まあそりゃあ、負担がないとは言えないし言わない。だけど結局、愛に勝るものはない。そんなものだ。
いつものようにキスを交わし、健吾に抱き締められると胸の奥が熱くなる。充たされる、という事。私の全てが健吾の匂いに染まっていく。
――なんて浸りたいんだけど、ねえ。
下から上がってくる匂いは、いつもの健吾のではない。これは、……これは。
「なんで股間から柑橘系の匂いさせてんのよ」
「……俺が気使っちゃ悪いかよ」
いや、いやいや。いやいやいやいや、おかしいでしょそれは。ちょっと高いソーセージじゃないんだから、というか香水振るなら首筋とか手首でしょうによ。
全くこのバカは、……まあお互い様か。香水って舐めても良いんだっけ、なんて思いながらも私はそこへと舌を這わせていくのだから。
舐め取った下から立ち込めるのは健吾の匂い、私を燃え上がらせる蠱惑の香り。染み出てきた透明な生臭い汁も合わさって、その香りはどんどん混迷していく。先端をくわえて顔を被せていくと口内がその匂いに犯され、息をする度鼻まで抜けて。それが愛しくて堪らないのだから、私も相当だな。
じゅぷりと舌を絡めながら頭を上下させ、感じるのは舌に感じなれた拍動。ああ、もうじきだな。
傘の部分へわずかに歯を当て、舌全体で舐め回すと――予想通りにそれは訪れた。
「ん、ん……っ」
口腔粘膜へと熱い精液が迸り、口の中があっという間に精液臭で染め上げられていくのが分かる。臭くて苦くて、でもそれでなければ満足できない。
だけどもっともっと欲しい、まだまだ足りない。
ギシリとベッドを軋ませて、私は健吾へと腰を落としていく。いつものように、でもやっぱり少し緊張しながら。
お腹の奥まで健吾を受け入れるのは良いんだけど、これ結構疲れるのが難だ。あまり頻繁にすると腰壊すだろうな、健吾も私も。噎せかえるような淫臭の中でもそんな風に考えられる辺り、私って冷めてんだかなんなんだか。
まあ――良いか。日頃トレーニングとしてやっているスクワットのように動きながら、意識を切り替える。今この時を、楽しもう。
この瞬間だけは、他を見る必要はない。ただ健吾を愛するだけ、それだけでいい。
のし掛かるようにキスをして、肌を擦りあって。身体の全部に健吾の匂いを擦り付け、健吾の全てに私の匂いを染み付かせる。
中も外も、何処までも。激しい拍動も弾ける精液の感触も、高揚する匂いを引き立てる為のもの。
ゾワゾワと頭の底に拡がる快感の爆弾が破裂する、その時まで。私はただただ、止まらない。
この身体は、その為にあるのだから。
お互いやるべき事があって、それでもやっぱり大切だと思いあえる。そんな関係は、きっとこれからも続くだろうな。いや、続いて欲しい。
ここから何がどうなろうとも、それだけは忘れずにいよう。この匂いに寄り添って、私は生きていくんだ。
そして、少しだけ時は流れて。
健吾はバドを引退して大学生に、私は芸能界を泳ぎつつも女子大生をやっている。夢を果たしたと言えるかどうかはお互い微妙だけど、まあ100%叶わなければいけないものでもないだろう。上手くいかなくても遠くても、夢を追うのは素敵なこと。そう、愛することと同じくらいに。完璧で居続けるより、肩肘張らない方が良さそうだし。
片手を繋いで、同じ方を見て。歩調を会わせて歩いていれば、迷子になったって迷った気はしないものだ。
でもまあ、もしかしたら――もうじき私たちの関係は変化するかもしれない。針生花恋になる日は、そう遠くない気がしているから。
ちーは順当に猪股家へ嫁ぐ気満々、菖蒲は相変わらず蛸足配線。皆変わったり変わらなかったり、よろめきながらも進んでいる。
だからきっと、どうにかなるさ。
私たちは、私たちなのだから。この幸せな匂いを忘れない限りは。