桜咲く春は、別れの季節。それはまあ、分かっていた事だ。
幾らなんでもこのまま甘えてはいられない、由紀子さんたちは快く置いてくれるだろうが私自身が自分を許せなくなってしまう。いずれ戻ってくるとしても、一旦自立して見せなければ格好がつかない。
大喜くんの前では全力の私でいたい、だって――好きなのだから。
そう思って始めた一人暮らし、大喜くんは休日にだけ遊びにきてあまり遅くならないうちに帰宅するのが常。物理的な距離はあっても気持ちはかわらない、むしろ一緒にいられる時間が短くなった分イチャイチャするようになった気さえしている。
……うん、その筈なのだ。
なのに私と来たら、なにやってるんだろうなぁ。
ほんの数ヵ月着ていなかっただけなのに、なんとなく制服に背徳感を抱いてしまう。さすがに体型は変わっていないけど、なんだか気恥ずかしいな。
栄明はOGOBがちょくちょく来る校風だから、私がフラッと遊びに行ったって咎められやしない筈だ。大丈夫、大丈夫。
……なんて言い訳をしながら出ないと身支度が出来ないなんて、私はどれだけ動揺しているんだろう。
ちょっと大喜くんの姿を見に行くだけ、部活している所が見たいだけ。
思えば私が引退して以来、体育館で会う事は無くなった。そりゃあ朝練くらいは付き合いたかったけど、後輩たちの為にならないから止めときなさいと渚たちに釘を刺されてしまってはそうもいかない。『引退したババァがいつまでも来てたら若いのが萎縮するでしょ、そういうとこだぞ千夏さんや』なんて失礼な、ババァじゃないやいピチピチだい。
更に自由登校になってしまって、一応教室には行くけど渚たちと駄弁って昼前には下校する習慣が着いた。我ながら自堕落だなとは思ったけど、大喜くんの様子を見に二年の教室棟まで行くわけにもいかないのだ。それに新居へ荷物を運んだり大学生活の準備もある、他にしようもない。
しかしそれでも帰れば大喜くんがいたんだから、まだマシだった。
今は大喜くんがいない、遊びに来るだけだ。いつもとりとめの無い話をして、お互いが無事に夢を追っていると確認しあって、……キスをするだけ。
あの感触は何物にも代えがたいけど、大喜くんの負担にはなりたくない。
その為にこそ、今日は制服姿で栄明に行くのだ。いやなんだか全力で間違ってる気もするけど、私は大喜くんの頑張る姿が見たい。大喜くん分を補充したい、出来れば定期的に見に行きたい。
意気軒昂たる腕を振り上げ、目指すは古巣・栄明中学高等学校。
気合いをいれて歩き出そう、うん。
そんなこんなでやっては来たものの、私は体育館の裏で小さくなっていた。やっぱり来なければ良かったかな、と小さく溜め息を吐いたりさえしてしまうテンションで。
鉄扉の影に隠れて見守る先では、後輩たちが練習に励んでいる。
大喜くんは、あの頃と殆ど変わっていない。相変わらず頑張っていて、後輩の面倒も見て。私がいない体育館を、縦横無尽に駆け回っている。梅雨が残した湿り気さえ、掻き消してしまおうと言うかのように。
今年で引退するんだから、最後の夏に向けて躍起になるのは当然だ。私たちだってそうだった、付き合いだして半年経ってもそっちが最優先。キスさえしなかった、出来なかった。
お互い集中を乱したくなかったし、夢を追うのが楽しかったから。
だからそう、今少しだけ寂しいのは私のワガママなんだ。
大喜くんは真面目で一直線で、私を好きでいてくれる。なのに私と来たら、それよりももっと先を見てしまう。バドより私を好きになってほしい、なんて事を。
嫌になるな本当に、いつからこんなに脆くなったんだ。
私が知らない大喜くんを知っている皆が羨ましい、隣にいられない時間が辛い。
猪股家を離れたくなかった、離れるなら離れるで大喜くんを連れていきたかった。
そうしなかった癖に、格好付けて大人のふりをして。寂しくなるのは分かっていただろうに、どうして――こうも。
外壁に背中を預け、傾いた夕日を見やりながら思う。
あなたが恋しい。大好きだから離れたくない。道を行く姿を邪魔したくない、それでも側にいてほしい。
〽
ふと気が付けば、体育館の喧騒は少しずつ鎮まりつつある。もう皆切り上げるのか、私たちはもっと遅くまでいたものだけど。……そんな風に考えてしまうから、顔出さない方がいいとか渚に言われたんだろうな。
――私も帰ってしまおう、女バスの後輩たちに見つかったら気まずい。帰って、そして明日の準備をして寝てしまえ。私は一人でも大丈夫だ、お父さんも言っていたじゃないか。
無理矢理自分を誤魔化して立ち去ろうとした足はでも、数歩進んだ時点で止まってしまう。
すぐ近くまで来ていた大喜くんを、視認したせいで。
「あ、千夏先輩。来てたんですね」
かけられた声は優しく、そしてだからこそ――辛い。きっと大喜くんは、私が良くない事を考えたなんて思っていない。ただOGとして見に来ただけだと思っているだろう。
私はただ、寂しかった。一人でいたくない、一緒にいてほしい。そんな勝手な事ばかり考えている。私は自分で思うよりずっと弱くて小さくて、嘘ばかり吐いてきた。それを突きつけられたようで、意に反して涙がこぼれ出す。
「えあの先輩、えっと、あの……」
突然私が泣き出して狼狽する大喜くん、でも何か言おうにも息が吐けない。胸の奥は焼けるように熱いのに、いっこうにそれが出ていかない。
溢れる涙が止まらないまま、言葉を紡ぐことも出来ないまま、私はただ目の前にいる大喜くんへとすがり付く。
歪んだ視界、茹だった頭。それでも鼓動だけは確かに生きていて、それがどういう訳か愛しくて。
人目なんか気にすることもなく、子供みたいに大声で泣き続ける私を、大喜くんはただただ抱き締めてくれた――。
私はどうにも、我慢しすぎたりしなさすぎたりする。そのせいで人を振り回してるくせに反省がないと言うか、なんと言うか。
でも仕方がないじゃないか、私は前にしか進めない。一速と七速しかないし後退のギアは外れてる、とんだポンコツだ。壊れるまで進むだけ、それが私だから。
大喜くんはそんな私の話を、黙って聞いてくれた。泣きじゃくる私をマンションまで連れてきた上寄り添ってくれるのだから、頭が上がらないというのはこの事か。
しかしまあ、それなのに。私と来たら。
大喜くんを思いきり、押し倒してしまっている。我ながらまあ、即物的だなと反省はするけれども凝りはしない。だって私だし。
「私は、大喜くんに触れたいです。色々と、したいんです」
一方的に言いながら、キスを落としていく。唇へ頬へ首筋へ、次々と。抵抗する素振りもされないままに。
私は傷付く覚悟があって、でも傷付ける勇気がなかった。それで時間を無駄にしているのに、足踏みを続けていた。
もうこれ以上、悩むのは止めよう。
したいことを全部する、だから大喜くんにもそうしてもらう。だって、カップルなんだから。
「大喜くん、好きです」
かつて言った言葉を改めて放ち、そして視線は交差して。それを合図に、大喜くんの口元が僅かに動いて放たれたのは――。
私が何よりも求めた、そしてあの日に聞いた一言だった。
身体が熱い、血が沸騰しているように全身に力がみなぎる。そして触れ合う大喜くんの肌も、熱い鼓動を湛えている。
産まれたままの姿の二人は、光量を落とした寝室で向かい合っている。恥ずかしい気持ちもあるけど、それ以上に興奮が勝ってしまうのが不思議だ。
ふわりと体を翻しベッドに背を預け固唾を飲んで見据えるのは、私の愛する大喜くんの姿。
これから、するんだ。セックスを、するんだ。
思えば長かったな、付き合い出してから一年半か。あの告白の日には、こうなるなんて考えもしなかった。まさか大喜くんの前で、オナニーする日が来るなんて。
どうにか入れやすくしようと思っても、他にここを解す手段が思い浮かばないから仕方ないんだけどさ。
グチュリと内側を掻き回し、湿った水音を立てつつ私は小さく微笑んでみる。ここに来て、と思いを込めて。
大喜くんもそれに応えてのし掛かり、熱い肉の塊で私を――貫いた。
「いっ……たぁっ」
肉を裂かれる痛みに漏れた声は、大喜くんを怯ませて余りあったようだ。離れようとする腰を両足で挟み込み、大丈夫だからと笑って見せるが――痛い。そういや夢佳も言ってたな、痛ぇ抜けバカお前人のハラワタなんだと思ってんだ、と思いっきり全力で顔面蹴りまくったって。それでも平気な辺り宗介くん私たち並みに頑丈なんだな……ってそれはまあ良い。
不安そうな大喜くんへキスをしながら、僅かでも痛みが紛れるかと身体を緩めるけれどあまり変わった感じはしてくれない。まああれだ、慣れよう。
そんな事を考えている間にも、大喜くんは私のなかを少しずつ掘削していく。指ではとても届かない深みが押し広げられるのは、なんだか不思議に思えてしまう。そしてそれは、私の最深部を押し上げる形でようやく停止した。
普段意識さえしない子宮へと外からの異物が触れている、考えてみればそら恐ろしいけれど。でもそこまで深刻な気分にならないのは、やはり相手が大喜くんだからなんだろう。
――と。私はふと、違和感に気が付く。大喜くんの表情が、なんだかいつもと違う。まるでなにかを我慢しているような――って。
「あ、……のっ先輩、出ま……すっ」
ええと何ですか大喜くん、と尋ねる暇も無く繋がっている腰が震えるのが分かりそして。熱いなにかが、私のなかで炸裂した。
後から後から溢れてくるそれが何なのか、理解したのは放出が終わって少ししてから。
回りの悪い頭が乏しい知識から導きだした結果は、遅滞無く舌に乗って口から飛び出していく。
「え、……っと。もしかして、射精……したのかな?」
頬を赤らめ頷く大喜くん、そんな顔も可愛いけど、可愛いけど……うーん。そう言えばそもそもの時点で、避妊もなにもせず勢いだけでこんなことしてるんだよね。妊娠とか全然考えてなかった、どうしたもんだろう。
私は大喜くんより一つ上なんだから、その分頭使わないといけないんだよねホントは。こんな行き当たりばったりで良いんだろうか、まあ私の人生全部行き当たりばったりだけどさ。
勢いに任せてひたすら駆け抜けて、だからこそ私たちはこうなっている。こうなれている。
それで良い、それが良い。私たちは、これが十全。
「ん、良いよ。大喜くんがしたいように、ね」
申し訳なさそうな顔にまたキスすると、それを合図にしたように抽挿が始まった。注ぎ込まれた精液が潤滑油になったのか粘液質の音は激しいけれど、でも痛みはもう殆ど無くなっている。
お腹の奥が焼けるように熱く、何度突き上げられても治まる処かどんどん過熱していくのが分かる。瞼の裏には稲妻が走り、脳の内側までバチバチと弾けて止まらない。しかもそれが、一秒毎に限界値を更新していく。
これは不味いな、嵌まるかもしれない。毎日毎日し続けても飽きなさそうだ。
大喜くんも大喜くんで、やっぱりそうなのだ。幾度となく私の胎内へ精液を打ち付けながらも、腰は止まろうとしていない。
全く、相性の良い事だな。それに越したことはないけど、さ。
一体いつ頃まで動き続けたのか、気が付くと大喜くんは眠っていて時刻は零時を当の昔に回っている。全身汗やら何やらでドロドロ、でも動く気力がでない。日頃使うのとは違う筋肉を酷使したせいか、身体も悲鳴を上げている。あちこちが可動域を越えたんだろう、明日は――いや今日は一日筋肉痛かもしれないな。
多少休んでも単位が足りなくなる事はない、ほんとに無理ならサボろうか。あーいやまあ、そういうのは良くない事だな。それに先輩として格好つけたいのは確かだし、頑張って大学行こう。大喜くんだってちゃんと学校行く筈なんだ、私も頑張らないと。
梅雨も終わようという七月の深夜に、私は大喜くんの寝顔を見ながら思う。ああ、幸せだなと。
今この瞬間だけ、夜が明けたらまたいつもの私たちに戻ろう。そして大喜くんが卒業したら、晴れて二人暮らしをしよう。勿論溺れてはいけないけど、節度を持ってならずっと一緒にいられる。それまで後一年もないんだ、少し離れていても私たちは私たちだから大丈夫。
むしろお互いの為に、繋ぐのは片手だけにしよう。
片手だけ繋いで、同じ方を見て。滑って転んで、それでも立ち上がって。いつか命が終わる日まで、隣で支えあおう。
その未来が待っているんだ、いっとき距離が開くくらいなんでもない。
さて、どうしようか。まあ何であれ私たちは最強で最愛だ、どうなろうと負けはしない。
喜びは笑顔に。
怒りは足踏みに。
哀しみは歌に、そして。
楽しい日々は、終わらない。