部屋は噎せ返るほどの甘い匂いに染まり、目の前に立ち込めるのは桃色の霧。
それは何処かで待ち望んでいた、でも決して有り得ないし有ってはいけないと思っていた光景。
期待と欲望で身体が張り裂けそうになりながらも、心が最後の理性を振り絞って俺を食い止めている。でもそんなのは続かない、逆らえない。
こんな歪な関係を求めていた訳じゃない、筈なんだけど。
それでも俺たちは、こうしてここにいて。そして今日もまた、楽しい夜が始まる。
千夏先輩が俺を大きく上回るフィジカルの持ち主なのだと実感した、それはある夜のことだった。
父さんがいなくて俺が最後だからいつもより長風呂して、ついでに掃除も一通り。そんなこんなで遅い時間に部屋へと戻って、ベッドに入ろうとしたその時。
「大喜くん、ちょっと良いかな」
千夏先輩が、お休みモードの部屋着でやって来た。それ自体は珍しくない、この人距離感バグってるし。ただその日違っていたのは、その右腕が醸し出す雰囲気。何故かだらりと垂れ下がり、脱力しきっているように見える。でも、どうしてそんな。
妙だな、と身構えた瞬間。千夏先輩の上半身がフッと揺れ、そして。
スパン、そんな音を立てて俺の左脇腹に何かが食い込む。
「――!?」
千夏先輩が身体の回転で鞭のように腕を叩き付けてきた、と気付いた時には遅かった。痛みと衝撃でバランスを崩した俺は、そのままベッドに崩れ落ちていたのだ。
そんな、格闘漫画じゃあるまいし。そうは思っても、今起きているのは紛れもなく現実なわけで。
「うーん、思ったより上手くいったかな。怪我させずに動きだけ止める、って難しいんだよね」
動揺もあって動けない俺を見下ろして、千夏先輩は可愛く笑っている。そこだけ切り取ったらスゴく絵になるんだろうけど、言ってることが物騒すぎるんじゃないだろうか。
そのまま千夏先輩は、何が起きているか分からない俺を転がして――服を、剥ぎ取っていった。
抵抗しようにも先輩の腕力は見た目からは信じられない程に強く、振り上げた腕はあっという間に迎撃されてしまう。せめて声を上げようと開いた口目掛け、先輩の手が飛んできた。
「はーい、良い子にしてようねぇ~……」
あやすような口調で俺の口へと詰め込まれていく、水色の布。どうにもならないまま俺は、どんどん追い詰められていく。口を塞がれて全裸に剥かれ、逃げ出そうにも先輩には一分の隙もない。
――怖い。この人は、怖い。
背筋が凍るような、そんな感覚を溶かすように。先輩の指が、そっと俺の脇腹に触れた。
「大喜くん、可愛いけど意外に逞しいよね。良い子良い子」
……この人は一体、何がしたいんだろう。それがまったく理解できない、怖すぎる。それに――、不味すぎる。
こんな状況で、こんな体勢で。それなのに、身体が良くない反応をし始めているのだ。
千夏先輩に、全てを見られている。千夏先輩に、触れられている。それを悦んでいる、
「あ。へー……男の子だもんねぇ……。大喜くん元気だねー……」
にこやかな笑顔で千夏先輩は、俺の――
大好きな人の手の中で、自分が隆起していくのが止まらない。どうにか食い止めようと身体を捩るも、その動きは先輩に封じられる。そんな場合ではない、と身体が硬直する程の快感が襲ってきたのだ。
その源泉は、俺の胸元。先輩の紅い舌が、乳首を舐め上げている。そんな快感、知らない。知るわけがない。
チロチロとはい回る舌と、強く扱き立てる指先。二ヶ所からの責めはあまりにも強く、そして激しい。
俺の意思が、薄紙程度の役目さえ果たせないまま。身体の芯から、拍動が沸き上がる。
「わ。あー、本物って
場違いなほどあっさりした声を浴びながら、俺の身体はビクビクと痙攣し。千夏先輩に見守られながら、精液を噴き上げていた。
想像した事がない、なんて白々しい顔は出来ない。いつか千夏先輩と
叶ってしまうなんて。
「うわ、苦っ。まあ美味しいもんじゃないとは聞くけどさ」
実際体験するとイメージと違うもんだねぇ、と手で受けた白濁液を舐めとるその姿は妖しく淫靡で。だからこそ、恐ろしい。
この人とは、意思の疎通が出来ない。というより、向こうにそのつもりがない。何を考えているか分からないし、分からせる気がない。
ただやりたいことをするだけ、暴風のように。
その恐怖がおかしな繋がりかたをしたのか、事を終えて萎える筈の下半身が一向に収まらない。
もちろんそれは、千夏先輩にもこれ以上なく分かりやすい形で伝わっているんだろう。薄く笑うその顔からは、無邪気ささえ感じてしまう。……そんなのは絶対無いんだろうけど。明らかに邪気があるから、こんなことしてるんだし。
「ハイじゃぁ大喜くん、大人しくしてようねー」
言われなくても凍りついたように動けない俺を跨いで立った先輩が、ヒラリとスカートを持ち上げてその中を晒す。そこには、――あるべき布が存在していなかった。遮るものが無い黒々とした陰毛と、その奥にあるオンナノコまで丸見えになっているのだ。
そして、ようやく思い当たった。さっきから俺の口を塞いでいる、布の正体に。一瞬しか見えなかったあれは、先輩のショーツだったのではないか。
いや、今大事なのはそれじゃない。千夏先輩がこれからしようとしている事、それに比べれば些細なことだ。
「うーん、入るかな。思ったより大きいし、上手くいくと良いけど」
何処か呑気な口調のまま、その腰がゆっくりと沈んでいく。しゃがみこむようにして、少しずつ先輩のオンナノコが俺の先端へ近づいてくる。体温さえ感じる程の至近距離、何一つ遮られることなく粘膜同士が対面しているのだ。
そして――グチュリ、と小さく音を立てて。先輩の身体の中へと、俺が食い込んだ。
軟らかく熱い肉の塊に
先輩の身体が高度を落とすにつれてそれは爆発的に高まり、意識がズタズタに引き裂かれていくのが分かる。
トスンと先輩が軟着陸した、その刹那。それがついに、沸騰した。
「あ、あー……。そっか、これが
惚けた表情の先輩が漏らす上ずった声も、射精感で鈍くなった耳には遠く感じる。それよりこの瞬間に浸りたい、そんな罰当たりな考えだけが頭に残って。
何もかも滅茶苦茶な、ただ犯されるだけの初体験の中。俺の意識は、今度こそ刈り取られて消え失せた。
全てが夢であったなら、どんなに良いだろう。目が覚めてずっと、そう思い続けている。
朝になっても、口の中に詰められたままだったショーツは消えていない。ベッドのあちこちに残った汚れも、そのままだ。僅かに見える紅い跡は、先輩の血だろうか。つまりあの人も、初めてだった。なのに俺を襲い、蹂躙した。
でも洗面所で会った先輩は、いつも通り。特に変わらず朝の身支度をし、普通に家を出て朝練をしていた。何でもない事だった、とでも言わんばかりに。
一体何がどうなっているんだろう、何もかも分からない。
授業に身が入らないまま、放課後を迎えて尚。俺の心は、切り裂かれたままだ。部活にいく気分になれないなんて、いつ以来だろうか。
「大喜ー、ちょっと来てくんないかな」
教室で放心していた俺に、雛が何やら言ってくる。――そういえば俺、雛に告白されたんだよな。じゃあ夕べのあれは、
「あー……良いけど。なんだよ一体」
「だから、ちょっとだよ。ついてくれば分かるから」
そう言いながらちゃっちゃと歩き出す、雛はいっつもこうだから困る。まあいいか、どうせ何かする気も起きないし。
荷物持ちでもなんでも、させてもらおう。
雛に連れてこられたのは、小体育館の裏にある倉庫。普段まず使わない、式典用の道具類や廃部になって久しい部活の
こんな所から何を持ち出す気なんだか、まあ良いけど。身体を動かしている方が、悩まずにすむ。
――と、思っていた時。
「うりゃ」
雛の軽い声と共に、背中へと衝撃が走って。俺は大きくバランスを崩し、埃を上げながら倒れてしまった。
何すんだこのアホ、と悪態を吐こうとして僅かな違和感に気付いた。倒れてはじめてわかったけど、床の上に何かが敷かれている。転けても怪我をしないよう、気を回したみたいに。
……マットかなにかだろうか、お陰で痛くはなかったけど。痛くなかったけど、妙な予感が込み上げてきた。
夕べ俺は先輩に一撃喰らって倒れ込んで、そして――。
そこまで考えて、ぶわりと嫌な汗が噴き上がる。これは、まさか。
まさか雛も、なのか。
敷かれたマットの端を付かんで身体を立て直して逃げ出そうとする俺を、予想外の角度からぬるりと割り込んできた雛が組み伏せ手足を縛り上げていく。
「ごめん、大喜。私さ、やっぱりダメなんだ。大喜の全部が、ほしい。私のモノにしたい。――誰にも、渡したくない」
絞り出すような声は涙に揺れて、その重さが伝わってくる。返事は要らない、なんて言葉を真に受けた俺はずっと先伸ばしにして、どれだけ雛を傷付けてきただろう。それはきっと、どれだけ謝っても足りないんだ。
でも、でもな雛。
「それについては申し訳ないけど、とりあえず放せ新体操バカー! なんでこういう事するんだアホー!」
俺が煮えきらないのが良くないのは承知してるけど、だからってこんな強引な事をされる筋合いは無い。
ただ一方で、俺は知っている。雛は一回決めたら目の前に何があろうと蹴散らして進む、突撃バカだ。ブレーキが壊れるどころか、そもそもついてない。その上ギアが一速と六速しかない欠陥車なんだ、こいつは。
「付き合ってくれとか恋人になって、とかはまだ言わない。だから、まず……身体だけでも私のモノになって」
どんどん話がズレていく、こいつの悪いところだ。とは言え、もう引っ込みも付かないだろう。
「……好きにしろよ、もう」
何だか馬鹿馬鹿しくなって、一先ずは吐き捨てるように言い放つ。それで気がすむんなら、構わないさ。
俺なんか所詮、傷物なんだから。
スマホでその手の動画を流し、それを参考にして俺を弄っていく雛。風情はないけど、文句を言える義理じゃないから黙っておく。気持ちいいのは確かだし。しかしよくこんな事出来るな……、なんて思ってしまうのは失礼だろうか。あとあんまり上級者向けのは試さないで頂きたい、俺が痛い目に遭いかねないから。
それにどうしても、夕べの千夏先輩がオーバーラップしてしまってなんだか申し訳無い。言ったら絶対怒るから、これも言わないけど。
はい回る指と舌、荒い息遣い。興奮した、女子の姿。それはどうしようもなく、俺を興奮させていく。
「え"。ちょっと大喜、その……なんか大きくなりすぎてない?」
「……面目無い」
だってお前が弄るからだろ、とかも勿論言わない。雛は顔を赤くしながらも服を脱いで、……なにもかもさらけ出してくれているから。
先輩より少し毛深い、でも
「ん……っ」
俺から一旦離れた雛の手は、自身のオンナノコへと向けられた。ゆっくりと動くその所作は淫らで美しく、まるで――雛じゃないみたいだ。言わないけど。
「あんた今スゴい失礼なこと考えなかった!?」
「滅相もございません」
そんな滅茶苦茶な雰囲気の中で、雛の指が肉の併せ目を割り広げ真っ赤に充血した中を抉っていく。女子のオナニーなんて、見る機会があるとは思わなかった。でもクチュクチュと奏でられる水音には、何処か聞き覚えがある気もする。もしかしたら千夏先輩のが聞こえたりしてたんだろうか、うち壁薄いし。
……いや、考えるまい。今は雛に集中しなければ失礼だ。
激しくなる音と息遣いのまま、雛の身体は俺にのし掛かってくる。昨日の千夏先輩と、同じことをするために。
俺の胸に手を置いて、押し潰すように。天井を向いて聳える俺の先端に、雛が覆い被さった。
「い、……っ」
苦しそうな息と共にやって来る、強烈な圧迫感。万力のような、全力の締め上げ。千夏先輩と違う、……と言えば違うような。でもそんなのはよく分からない、ただ気持ちいいだけだ。
夕べ一度経験したからか、それとも単に二度も射精したからか。込み上げてくる射精欲求は、まだ制御可能なレベル。でもそれも、時間の問題だろう。頭がメチャクチャでなにも考えられなかった昨日とは違い、五感の全てが貪欲に快感を貪ろうとしているから。
痛みを堪えているのだろう、眉をしかめながらも雛は少しずつ腰を動かしている。その内側が絡み付き、締め付け、俺を追い込んでいく。
どうしようもないくらいに、雛は女の子なんだ。そんなよく分からない考えが頭の中をグルグルと回って、次第に俺から余裕を奪っていく。
それはきっと、雛にも伝わったんだろう。顔を寄せて精一杯笑顔を作り、俺へと囁く。
「あの、さ。……射精だっけ、していいから、ね。大喜に、気持ちよくなってほしい、んだ」
その顔は、その声は。あの日の――告白と同じくらいに、俺を揺さぶってしまう。
それは余りにも深く刺さる、楔にも思えて。
雛に包まれたまま、雛の一番奥目掛けて俺は射精していた。
「まあほらさ、シたからもう彼女ーとかそういうんじゃなくて。大喜の気持ちが整理できてから、どうするか返事してよ」
一応もうしばらく待ってあげるからさ、と微笑んで手を振る雛。その笑顔に見送られて帰宅したものの、俺は部屋に入るなりベッドに崩れ落ちた。
いや、なんだこれ。この24時間のうちに、有り得ない事が起きすぎていないか。
先輩と、そして雛と――セックスをした。そんなの、どう考えたっておかしい。軽々しくそんなことするなんて、俺は一体なんなんだ。優柔不断を拗らせたハーレムラブコメ主人公か、俺は。
それに、――それに。俺は結局、どうしたいんだ。
俺は千夏先輩が好きで、でも雛に告白されて悩んでいた筈だ。なのになんで二人に襲われているんだ、俺。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
無い頭を絞っても、名案なんか出てくるわけがない。
どうにもならないまま、時間だけが過ぎていく。
「大喜くん、お風呂開いたよ」
いつものように先輩がドアを開けつつ声をかけてくるまで、俺はただ悶々とし続けていた。
昨日も先輩は、こうして声をかけてくれたんだ。極々自然に、普段通り。
なのに、その後。俺たちは――。
「ああ、そうだ。大喜くん、部活出てなかったね。……蝶野さんと一緒だったのかな?」
ドクン、と心臓が一つ大きく脈打つ。
まさか全て知っているのか、それとも単にかまをかけているだけなのか。
一瞬迷ったその隙は、余りにも大きかった。
千夏先輩はそのまま硬直した俺へスッと近付き、下をずり下ろして顔を寄せてきたのだ。
「んー……ふーん……。これが蝶野さんの匂いなのかぁ…」
囁くような声はでも、俺を責め立てるようにしか聞こえない。
一体何をされてしまうのか、と心の奥で身構える。しかしやって来たのは、想像していない一言。
「そう、だよね。二人が付き合いだしたなら、私はお邪魔かな」
それは寂しそうに、儚げな言葉。夕べの強引極まりない姿とは真逆としか思えない、消え入りそうな立ち姿。
違う、そうじゃない。そうじゃないけど、どうすれば良いか分からない。
でも今黙っていたら、最悪千夏先輩はこの家を出ていきかねない。そんなの、そんなの――嫌だ。
「違います先輩、あの、雛が、その……昨日の先輩みたいに……」
そこから俺は、自分のバカさ加減に内心呆れながらも全てを打ち明けた。雛には悪いと思うけど、俺の頭じゃ良い取り繕い方なんか思い付かないから。
黙って聞いていた千夏先輩は、全て聞き終えてようやく口を開いてくれた。
「そっか。……まあ、大喜くん可愛いからね。そうなっても不思議ではないんだけど」
いや、それは不思議ですよ千夏先輩。混ぜっ返すと厄介だから、やっぱり黙るけどさ。
そこで話は済んだかと思いきや。風呂上がりにまたしても俺は押し倒され、ベッドに転がされている。
昨日と違うのは、俺の口が塞がれていないこと。そして先輩の降下地点が、俺の顔の上だということ。
ムッと立ち込める独特な、――言うなればメス臭い匂い。そしてこぼれ落ちる粘液が、俺の口や鼻を塞いでいく。
息をする度に胸のなかが千夏先輩の匂いでいっぱいになり、それが下半身へと殺到して奮い立たせていく。そして昨日と同じように先輩の手が、それを扱き立ててくれる。
苦しくて、気持ちよくて。それ以外の全てが、どうでもよくなってしまう。
だからもう、我慢も効かない。
垂れ流すように精液が溢れ出すのが、まるで遠い世界の出来事のようだ。
「ふふ、良い子良い子。元気にお射精できまちたねぇ~」
からかう声も心地よく、理性はすっかり蕩け落ちて。俺の頭は、千夏先輩の色に染まっていく。
俺の顔から降りて千夏先輩が向かうのは、ベッドの逆側。次の快感を求めて震える、俺の下半身。
濡れきった肉の谷間がグチャリと手で拡げられ、そのまま俺に被さってくるのをただ見詰める。何も考えない、考えたくない。
だって、気持ちいいんだから。
千夏先輩の中は暖かくて柔らかくて、俺の全てを融かしてしまう。境界はグズグズになり、ただ快感に溺れるだけ。
それ以外、必要ない。
「はーい、大喜くん。蝶野さんと、どっちが気持ちいいかな?」
先輩の問い掛けに、俺は答えることが出来ない。だって、分からないから。
ただ溢れてくる感情に身を任せ、生命の全てが精液に変換されていくようで。止めどない射精だけが延々と続き、それを吸い付くそうとするように先輩の中はうねりながら締め付けてくる。
何も考える気力を失い、俺はそのままゆっくりと微睡みに落ちていった。
俺と先輩と雛、三人の関係はそこから変わっていない。
先輩は俺と雛が
歪な関係は形だけ維持されて、でもこの先きっと破綻していくだろう。世の中そんなに甘くはないから。
どうにかしなければ、と思うこともあるけれど、そんな思いは先輩や雛の中に吸いとられてしまう。
何も考えられないまま、ただ日々は続いていく。
楽しい時間は、まだ終わらない。だから大丈夫、多分なんとかなる。