女騎士ジャンヌの絶望
ジャンヌ・デ・アルクは絶望していた。
いくらなんでもあんまりだ、と打ちひしがれていた。
ジャンヌは騎士である。
代々優秀な騎士を輩出してきたアルク家に生まれ、幼い頃から武芸に親しんできた。
ジャンヌには才能があった。
父よりも、二人の兄よりも、武芸の才に秀でていた。
しかし、ジャンヌは女であった。
どれだけ天賦の才に恵まれようと、どれだけ努力を重ねようと、女の身では当主にはなれぬ。
騎士としての出世を望むことも出来ぬ。
いずれどこぞの貴族に嫁ぎ、自分より弱い男に従い、その子供を産まねばならぬのだ。
ジャンヌには、そんな未来しか待ち受けていなかった。
…………だが、ジャンヌに転機が訪れた。
平民の中から生まれた英雄『ブローニー・ファゴット』が、民衆を率いて腐敗した王家に反旗を翻したのだ。
────今しかない、とジャンヌは思った。
ここで革命派の陣営に付き、勝利を得ることが出来たならば、自分を束縛するくだらない貴族の因習から抜け出すことが出来る。
そう思ったのだ。
父はジャンヌを止めた。
二人の兄も止めた。
王家は腐っても王家だと、国を保つためには必要な血なのだと、懇々とジャンヌに言い聞かせた。
だがその言葉を、ジャンヌは古くさい思想に凝り固まった権威主義者の言い分だと切り捨てた。
そしてジャンヌは愛用の剣を引っ掴むと、単身家を飛び出し、革命派に身を寄せた。
そこで運命に────英雄ブローニーに出会ったのだ。
ブローニーは強かった。
ジャンヌの知る誰よりも、ジャンヌよりも強かった。
しかもブローニーに備わっていたのは、強さだけではなかった。
自信に満ちあふれた立ち振る舞い。
自然と人を従えるカリスマ。
精悍な顔つきに逞しい肉体……
それら全てを、ブローニーは持っていた。
まさに英雄と呼ばれるに相応しい男であった。
これまで自分よりも弱い男にしか出会ったことのなかったジャンヌは、ブローニーに敬意を抱き、憧れを抱き、そして好意を抱いた。
生まれて初めての恋だった。
もともと、自分よりも弱い男になど抱かれたくない、と思っていたジャンヌが、初めて抱かれたいと思った男だった。
ジャンヌも、もはや25だ。
15で成人と見做されるこの世界の女としては、完全に行き遅れと呼ばれる年齢だった。
父には『自分より弱い相手に嫁ぐ気はない』とワガママをいい、この年齢までなんやかんやと縁談を断り続けてきたジャンヌだったが、彼女とて一人の女。
婚期には敏感であった。
故に、ジャンヌは奮起した。
憧れのブローニーに認められ、そして添い遂げるため、心身を磨き上げた。
染みついた騎士風の言葉遣いを柔らげ、軽く香水などもつけ、慣れぬ化粧にも挑戦した。
もちろん、日々の鍛錬にも力を入れた。
騎士としても、女としても、ブローニーの隣に立ちたかったからだ。
その努力の結果、そもそもの素材が良く、さらに遅い初恋によって女性ホルモンがドバドバと分泌されたジャンヌの魅力は、鮮やかに花開いた。
騎士としての凜とした美しさに加え、女らしい色気までもが備わったジャンヌは、その紫色の髪と瞳から『
ジャンヌ自身も、自分こそがブローニーの隣に立つに相応しい女だと思っていたし、ブローニーの好意を得られていると確信もしていた。
────王城を落としたその日、最悪の光景を目にするまでは。
祝勝の宴も終盤に差し掛かり、酔い潰れてその場に寝る者もちらほらと現れ始めた頃。
ジャンヌはある覚悟を胸に、ブローニーの寝室へと向かっていた。
そう、ジャンヌは英雄が王へと上り詰めた喜ばしきこの日に、自らの想いを告げ、その心と体をブローニーに捧げるつもりだった。
ジャンヌの心は、幸福と期待に満ちあふれていた。
逞しき英雄王に純潔を捧げられる喜びに、心と体を震わせていた。
そしてたどり着いた、王の寝室。
ジャンヌは軽く手櫛で髪を整えてから扉を叩こうとして────内側から聞こえてきた、呻き声のようなものに手を止めた。
軽く耳を澄ませば、それは男の呻き声のようだった。
まさかブローニーともあろう者が曲者に遅れを取るとも思われず、もしや飲み過ぎて
────そして、ジャンヌの心は死んだ。
それに伴って、ジャンヌの目も死んだ。
恋心は粉々に打ち砕かれ、憧れも、尊敬も消えてなくなり、残ったのは絶望だけであった。
初恋の相手が、純潔を捧げようと心に誓った相手が、これから輝かしい未来をともに歩いて行けると思っていた相手が、男を組みしだき嬉々としてケツを掘っていたのだ。
そりゃそうもなるだろう。
そこから先、ジャンヌの記憶は朧気だ。
どこをどう歩いたのか、気づけば城の外に出て、ボンヤリと空に浮かぶ月を眺めていた。
これからどうすればいいのか、ジャンヌには全く分からなかった。
もはやブローニーの傍にはいられぬ。
かの英雄王を見るたびに、心の痛みと男のケツを掘る姿を思い出してしまうだろう。
かといって、家族の制止を振り切って飛び出してきた手前、実家に戻ることも出来なかった。
もういっそのこと、崖から身を投げて死んでしまおうか。
そんな風にジャンヌが
────闇夜を切り裂く鋭い光が地上から立ち昇り、夜空で弾けて
その紋章は間違いなく、フィリア王家の家紋であった。
ふと、ジャンヌの脳裏に、この世界に生きるものであれば誰もが知っている物語が思い出された。
それは、フィリア王国の始まりの物語。
神の巫女であるフィリアの祖先と、異世界から訪れた勇者の恋物語。
所詮は物語だと、誰もが思っていた。
フィリア王家の権威を高めるための、ただの作り話だと。
だが、そうではなかったのだ。
夜空に浮かんで消えたあの美しい光は、勇者の召喚を神に願う巫女の祈り。
そして物語が────いや、伝説が事実であるとするならば、次に起こるのは……
直後、天から一筋の光が降り注いだ。
それこそは、神が作り出した光の道。
この世界へと勇者を誘う、次元を超越した光の架け橋であった。
ジャンヌの目から、涙がこぼれ落ちた。
自分は、最初から間違っていたのだと思い知らされた。
父や兄の言うとおり、フィリア王家は侵してはいけない聖域であった。
例え腐敗して権威が地に落ちようとも、どれだけ民衆の命や生活が犠牲になろうとも、その貴い血を繋ぎ続けなければならなかったのだ。
だが、今こうして伝説の再現が成された以上、王家の一粒種であるロリーナ王女が生きているのは間違いない。
そして古き時代より脈々と受け継いできた巫女の血によって、勇者をこの世界に降り立たせることに成功したのだ。
死んでいたジャンヌの目に、わずかな光が灯った。
ブローニーはホモだった。
ジャンヌよりも強いが、嬉々として男のケツを掘るガチホモだった。
いくら初恋の相手だったとは言え、男のケツに入っていたチ☆ポに純潔を捧げることなど、ジャンヌには出来ぬ。
また、ブローニーもジャンヌの処女などいらぬだろう。
故にジャンヌは、汚れた光景と共に終わった、古き恋を捨てた。
そして、まだ見ぬ新たな恋に向けて、一歩踏み出した。
……そんな相手がどこにいるのか?
もちろん、召喚された勇者である。
かつて人類を救った勇者であれば、その強さはおそらくブローニーを凌駕するはず。
となると自動的にジャンヌよりも強いことになる。
そして勇者なのだから、背が高く、彫りが深く、筋骨逞しく、優しく、なによりホモではないに違いない。
頼むからそうであってくれ!
祈るような気持ちで、ジャンヌは歩き出した。
もはや王にも、王城にも、革命にも、騎士としての栄誉にも興味はなかった。
彼女を突き動かすのは、死んだ心を蘇らせ、失われた恋を取り戻してくれる存在に出会いたいという、ただその一念だ。
ぶっちゃけて言えば、自分よりも強く逞しい男に、何もかも忘れられるくらい無茶苦茶にしてほしかった。
……だが、その先に待ち受けるものが何なのかを、ジャンヌはまだ、知らない。
ジャンヌちゃんの絵はpixivに上げといたよ。
『ジャンヌちゃん絶望前』
https://www.pixiv.net/artworks/108670693
『ジャンヌちゃん絶望後』
https://www.pixiv.net/artworks/108670782
あ、あと一応言っておきますが、作者は同性愛に対して含むところは一切ありません。
愛は素晴らしい。
年齢とか性別とか、そんなもの愛の前には何の障害にもなりはしないのです。
作中でディスってるように感じるのは、あくまでも話の展開の為です。
念のため。