妻子はまだない。
というか、四十を間近に控えて未だに童貞であった。
正男は容姿に優れず、薄暗い少年時代を黙々と過ごした。
そして地頭が優れなかった為、三流の大学を経て三流の企業に就職した。
人を蹴落とすような性質ではなかったため、同期には置いていかれ、後から入ってきた者には追い抜かれていった。
気づけば、少年時代と同じように、ただ黙々と仕事に励んでいた。
しかし、別に不幸ではなかった。
幸せとは、遠くを見てもなかなか見つけられないもの。
だが、近くを見てみれば、案外すぐに見つけられるものなのだ。
正男にとって幸せとは────エロであった。
正男は童貞である。
だが童貞であるからこそ、エロい妄想と、そしてエロによって得られる精神的、物理的な快楽を神聖視していた。
エロ漫画、エロ同人、エロ小説、エロゲーム、エロアニメ、エロサイト、ジュニ○アイドル……世界は、いや、日本はエロに寛容であり、エロに溢れていた。
故に、正男は毎日が幸せであった。
どれだけ仕事で疲れても、家に帰ればエロが待っていてくれた。
8TBのHDDの中には、正男の夢と希望がぎっしりと詰まっていた。
現実の女性と違い、画面越しの女性は正男をなんか嫌そうな目で見たり、無言で距離を取ったりしない。
いつだってエロは、正男に対して真っ正面から向き合ってくれた。
そんなエロを正男は愛し、崇拝すらしていたのだ。
…………だからだろうか。
フライングでエロい妄想をしながら帰宅途中の正男を、異世界の女神エロースが拉致したのは。
◇
正男は困惑していた。
突如として光に包まれたかと思えば、目の前には光り輝く巨大な金髪美女がいたからだ。
比喩的な表現でもなんでもなく、その金髪美女は特殊な蛍光塗料でも肌に塗ってるのかと思うほど光っていたし、身長は10mほどもあった。
しかも、布のような服は体の至る所を大胆に露出させており、そもそも生地が薄いのか体が光っているからなのか、中身がほとんど透けて見えていた。
目のやり場に困る正男が、それでも股間と胸の辺りをチラチラと往復していると、金髪美女はなにやら厳かに、しかし官能的な声で喋り始めた。
金髪美女が言うには、彼女は女神であり、巫女によって『勇者召喚の祈り』が成された為、神代に定められた掟に従い正男を異世界に送り出さなければならないらしい。
────勇者として。
正男は驚愕した。
自分はとうてい勇者の器ではないという、確固たる自信があった。
武道の経験どころか、学校行事のマラソンですら完走したことがないような運動弱者なのだ。
異世界に送り込まれたところで、その日のうちに魔物に喰われるか、もしくは役立たずだと味方に斬られるかのどちらかだろう。
……だが、そんな思いとは裏腹に、正男の体は女神の言葉を受け入れ、頷くことで異世界行きを承諾していた。
自信があったわけではない。
自らの人生を見つめ直し、死ぬ気でやってみようと一念発起したわけでもない。
正男は、幼少期から現在に至るまで、女性に頼まれれば断れない
ゴミ捨てやトイレ掃除の代行から、視界に入るな、二度と話しかけるなという命令まで、正男は女性から何かを指示されれば、それがどんなことであろうと異を唱えず、粛々とこなしてきた。
ましてや今回の相手は身の丈10mのスケスケ金髪美女……もとい女神様である。
断れるはずがない。
素直に異世界行きを応じた正男の態度に満足したのか、エロースはエロい仕草で満足げに頷くと、正男の薄くなり始めた頭部に手をかざした。
────あなたに力を授けましょう。
エロースがエロい吐息と共にそう囁いた瞬間、正男の頭に何かが入り込んできた。
いや、なにかが、というか、エロースの指が正男の頭頂部にぬぷっと挿入されていた。
そして挿入された指の先から、どぴゅどぴゅと熱い奔流が流れ込んでくる。
効果音が無駄にエロいのはなんなのか。
そんな疑問を正男が抱く暇もなく、エロースの指はぬちゅっと引き抜かれた。
────マサオよ。性愛の女神エロースの権能において、あなたに力を授けました。その力の名は────
────『エロ同人の竿役おじさん』────
…………え、なんて?
と、流石の正男も聞き返した。
なにかとんでもない名称が聞こえた気がしたが、おそらくは聞き違いであろう。
たぶん、『エコ精神の爽やかおじさん』と言ったんだ、そうに違いない。
そうだったとしても、全く役に立たなそうな能力ではあるが。
────『エロ同人の竿役おじさん』です。エロ同人にでてくる竿役おじさんの能力であれば、大体使う事が出来ます────
だが現実は非情である。
聞き違いでもなんでもなく、正男に与えられた能力は『エロ同人の竿役おじさん』であった。
正男の脳内を、いくつもの疑問がくちゅくちゅとかき乱す。
エロ同人の竿役おじさん?
そんな能力でいったいナニができるのか?
ナニしかできないんじゃないのか?
ていうか、女神様って性愛の神様だったの?
……あ、もうちょっとでおっぱいこぼれそう。
最後の方はエロースの着崩した胸元に意識が奪われていたが、正男が混乱するのも無理はなかった。
帰宅途中でいきなりの拉致、目の前には身長10mの金髪エロ女神……からの異世界へ勇者召喚というパワーワード、そしてトドメに『エロ同人の竿役おじさん』というアホみたいな能力である。
これで混乱しなければ、逆に精神疾患が疑われるレベルだ。
そしてそんな混乱覚めやらぬ正男を尻目に、説明を終えたエロースは、問答無用とばかりに正男を地上へと送り込んだのであった。
こんな感じで進んでいきます