ロリーナ・ペ・ド・フィリアは憤慨していた。
思ってたのと違う、と憤っていた。
ロリーナは確かに、勇者の召喚を神に祈ったはずだ。
勇者といえば、普通は筋骨逞しい偉丈夫だったり、もしくは見目麗しい美青年などを想像するものだろう。
誰だってそうだ、ロリーナだってそうだった。
だがしかし、天から差し込んだ一筋の光とともに現れたのは、彫刻のような肉体を誇る戦士でも、絵画のような美しさを湛えた剣士でもなかった。
太ったおっさんだった。
しかも、顔の平べったい、頭部の砂漠化が進んだ、壮年期のくたびれたおっさんだった。
ロリーナが憤るのも、無理のない事であろう。
故にロリーナは、色々な感情を込めて詰問した。
「なんじゃお前は!」
……さて、出会い頭にネグリジェ姿の金髪幼女に「なんじゃお前は!」と怒鳴りつけられたおっさんとはもちろん、
つい先ほどまで天界におり、その時に起こった様々な事柄から未だに混乱覚めやらぬ正男であったが、もはやこうなってくると一周回って冷静になった。
諦めたとも、開き直ったとも言う。
そして冷静になった正男は、おそらく目の前にいる幼女が自分の召喚を神に祈った巫女ではないかと推察した。
なんでネグリジェ姿なのかとか、なんで森の中なのかとか、色々と疑問はあるが、そんなものはこれまでの怒濤の展開に比べれば些細なこと。
故に正男は、まずは自己紹介を行った。
社会人としての基礎中の基礎、名刺交換の時間である。
正男は名刺入れから名刺を取り出すと、目の前の幼女──ロリーナに向かって差し出した。
「なんじゃこれは!」
しかしその名刺は、ロリーナのちっちゃなお手々によって地面に叩き落とされた。
さもありなん、ここは異世界である。
日本の常識など通じるはずがないのだ。
仕方無いので、正男は自らの口で自己紹介をした。
自分は左門正男という名前である事、40手前の独身男性である事、事務職である事、趣味はサブカルチャー(やや濁した表現)の鑑賞である事、このたび女神様(何の女神かは年齢制限付きのため秘匿事項)によって力を与えられ、勇者としてこの世界に召喚されたこと……などなど。
それを聞いたロリーナの感情はぐちゃぐちゃになった。
目の前の男は勇者である、これは喜ぶべきことだろう。
そして女神(何の女神かは知らないが)から力を授かっている、これも喜ぶべきことだろう。
だがしかし、その勇者が40近くのおっさんで、ハゲかけてて、ブサイクで、デブなのは上記ふたつと天秤に掛けても感情が怒りに傾くほどのマイナスであった。
…………
ロリーナは一度深呼吸して怒りを静めると、冷静に思考を巡らせた。
そして目の前のおっさんが勇者であるという事実だけを受け入れることにした。
全てを失ったロリーナには、例えおっさんだろうと、ハゲだろうと、平たい顔のデブだろうと、勇者という存在が必要なのだ。
未だ腹の底で燻る怒りを持て余しながら、ロリーナは自らの境遇を話した。
ロリーナという名前である事、フィリア王国の王女であったこと、従者に傅かれて何不自由なく暮らしていたこと、道化に石を投げて遊ぶのは面白いこと、革命が起きたこと、簒奪者どもは誰一人として生かしてはおかぬこと、とにかく贅沢で怠惰な暮らしを取り戻したいこと、自分はなにもしたくないので、お前が全部なんとかしろ、そして自分の面倒もみろ……などなど。
それを聞いた正男は────あかん、と思った。
自分の召喚を神に祈った巫女はロリーナで間違いないようだが、どちらかというと、そのロリーナこそ勇者によって打倒されるべき側であるようにしか思えなかったからだ。
ましてやすでに革命は成され、しかもこちらにあるのは全ての面倒を正男に放り投げる気マンマンの居丈高な幼女と、エロい女神から貰ったエロい能力だけである。
ハードモードどころの話ではない、難易度インフェルノを目隠しでクリアしろというようなものだ。
しかし、そんな思いとは裏腹に、正男の首は承諾の意を示していた。
女性の頼みは断れないのである。
もはや呪いの類いであった。
自分の頼みを承諾した正男に対して鷹揚に頷いたロリーナは、肝心な事を聞き忘れていたのを思い出した。
だから、聞いた。
「で、お前はどんな能力を女神から貰ったのじゃ?」
…………
……
とりあえず、色々なコトができる能力です、とだけ正男は答えた。
嘘は言っていない。
真実を伝えていないだけだ。
ふーん、と鼻を鳴らすと、そのことにはすでに興味を失ったのか、
「じゃあ、さっさとなんとかせい」
とロリーナはふんぞり返って命令した。
…………どうしよう、と正男はロリーナに聞こえないように呟いた。