先輩からめちゃくちゃにされるJKの話 作:趣味嗜好
「ずっと前から好きでした。私と付き合って下さい」
人間、予想だにしていない突然の事が起こると思考が止まってしまうとは聞いてはいたが、まさか私もそれを味わうとは思わなかった。
「あー……」
私の口から漏れたのは、返事にもならない謎の間延びした声。その声を発しながらも、私の頭の中はグルグルと回転し続け、そして何故こんなことになったのかまで思考は遡っていった。
◆
学校の授業が終わり、さて帰ろうかと下駄箱を開いた際に外履きの上に置かれていた二つ折りの便箋。そこには宛名も書かれていなく、ただ学校の裏手にある大きな桜の樹の下で待っているという旨の一文が書かれているだけだった。
新手の嫌がらせかとも一瞬思ったが、今まで人付き合いは上手くやっていた自信があったのもあり、その線はないと判断した。ならばと青春モノでよくある告白かとも思ったが、むしろそっちの方がないだろうと思う。いや、一部では聞いたことはあるものの、私には到底無縁のものだと思っていたからだ。
結局、いくら考えても相手も呼び出される理由も全く心当たりがなかった私は、暇だしもしかしたら重要な話かもしれないということで便箋に書かれた場所に向かった。
──そして冒頭へ至る。
(あの時帰らなかった私の馬鹿っ‼︎)
数十分前の自分への恨み節を心の中で吐き捨てる。
「……えっと、告白は大変嬉しくてですね。私も生まれて初めての告白に混乱してるところなんですけどね」
こういった経験がゼロの私は、取り敢えず何か言い繕わなければと身振り手振りを混じえながら口を開く。
混乱しているのもあって自分が何を言っているのかすら分からなかったけど、これだけは伝えなければならない事があるので、ふぅと一呼吸を置いてなんとか平静を保とうとする。
「すみません。私やっぱり同じ女性とは付き合うことは出来ません」
目の前の彼女──有栖川“女学院”生徒会長、神崎早苗さんに頭を下げながら、私は彼女の申し出をキッパリと断った。
「そう……そうよね」
頭を下げたまま、私は早苗さんの震える声を聞いて心が苦しくなる。
神崎早苗……私が通う有栖川女学院の現・生徒会長であり、私の近所に住む一個年上の先輩。
モデルである母親譲りの整った顔立ちに肩まで伸ばした癖のない綺麗な黒髪を靡かせながら歩く姿は、まさに大和撫子と言わざるを得ないほど美しく、今までも何度か芸能界のスカウトに声を掛けられたそうだ。
さらに勉強も優秀で、校内のテストでは常にトップで模試なんかでもかなり上位の成績を納めているとかで、将来は東京の有名大学合格も間違いないと言われるほど。
それに性格も優しく穏やかで、誰にでも分け隔てなく接するその姿に憧れ、私の友人の中では本気で彼女に恋簿を抱いている者もいるくらい人気なのである。
そんな彼女だが、唯一私との接点と言えばまだまだ私が小学生で小さかった頃、近所ということもあって一緒に遊んでいたということ。
私は姉がいるが、どちらかというと外で遊ぶアクティブな姉だった。それに反し私は帰宅部という事で分かる通りインドア派で、姉との遊びに付いて行けなくなった私とも早苗さんは人形遊びやゲームをしたりとずっと一緒に遊んでくれた。
その時から優しく面倒見が良い早苗さんに、思い返せば恥ずかしくなるくらい私は懐いていた。
そんなこんなで早苗さんが小学校を卒業し、私立の有名中学校に入学するため一家が引っ越しすることになった時は、わんわん泣いてしまった。
まさか高校で再会するとは思わなかったけど、その時には向こうは生徒会の会長で私は帰宅部。それに向こうは同性とは言え絶大な人気があって、とてもじゃないが話し掛ける雰囲気にはなれず、今日まで見掛けてはいても声を掛けることはなかった。
なのに、だ。
急に早苗さんから好きだと告白されれば、いくら昔は仲良く遊んでいた私でも混乱してしまうというもの。
「えっと……早苗さんのことは大好きですけど、それは仲の良い姉妹みたいなもので、付き合うとかってなるとちょっとそれとは違うんで……すみません」
早苗さんへ謝罪の言葉を口にしながら、私は再度頭を下げる。そう、私も早苗さんのことは大好きだ。しかしそれは憧れの人に向ける尊敬に似たようなもので、決して恋愛感情ではない。
最初に断った時、彼女の声は震えていた。
それは当然だろう。同性を好きになり、どう思われるかも分からない不安の中で勇気を出して告白をしたのだから。きっと早苗さんの胸中は悲しみでいっぱいのはず……だったらちゃんと伝えなければ。
これからも仲の良い“友達”でいましょう、と。
「……り、……ない、か」
「えっ?」
小さく聞こえた早苗さんの声。
聞き返すように顔を上げた視線の先で、早苗さんの虚ろな表情が私に向けられていた。
「早苗……さん?」
早苗さんの表情は今まで見たことの無いほど感情が込められておらず、優しさで溢れているはずのその目は濁ったように何も映さない。
その異様な雰囲気に私の足が自然と後退る。
早くこの場から逃げろと警鐘が鳴るかのように心臓の鼓動が早まってくる。しかし頭の中では目の前の彼女に何かあったのではという考えから、後退る程度しか出来なかった。
そして、それが間違いだった。
「ごめんなさいね」
か細く、それでいて凛とした早苗さんの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には私の鳩尾辺りに強かな衝撃が走った。
「が、はっ⁉︎」
突然の衝撃に肺に溜まっていた空気が私の呻き声とともに全て吐き出され、私の身体がくの字に折れ曲がる。
一瞬にして耐え難い息苦しさに曝された私は、その場に倒れ込みながら短い呼吸を繰り返す。しかしそれでも息苦しさは一向に治らず、私の視界が涙で滲み、徐々に意識が朦朧としてくる。
「こんなことしたくなかったけど……」
頭上から、バチバチッと聞き慣れない音が響く。
霞む視界の中、見上げた早苗さんの手には何処から取り出したのか黒い物が握られており、どうやら音はその黒い物から発せられているようだった。
「……てっ、な、こと……?」
どうしてこんなことを?
そう問いたかったけど私の口からはヒュッと呼吸音が混じりながら吐き出され、それは言葉としての体裁を保てていなかった。
それでも、早苗さんには何が言いたいのか伝わったのか、先ほどまでの表情とは打って変わって今まで私に見せたことがないほど清々しいまでの笑顔を浮かべ、私を見下ろしている。
「ふふっ……これから宜しくね、彩火」
しゃがみ込んだ早苗さんが、私の首元へと黒い物体を押し当てる。
──バチンッ
「あ、ガッ⁉︎」
音が聞こえた瞬間、鋭い痛みが全身に走ってビクンッと身体が跳ねる。
意識がなくなる直前、いつもの優しい早苗さんの声が耳に飛び込んでくる。
それを最後に、私は静かに目を閉じて意識を手放した──。