「エマ、ウィル、いい知らせがあるんだけど聞く?」
「聞く」
「聞きます」
店長のショーンは、ウィルとエマの目の前で3枚の紙をヒラヒラさせながら先程オーナーのビルの家での出来事を話し始めた。
────30分程前…
「あのー、オーナー?呼びました?」
「グズ、うぉぉおおおおおいおおおおおおいおいおいおいソ゛フ゛ィ゛ア゛ち゛ゃ゛ん゛ポ゛ー゛ル゛ぅぅぅうおおおおおおおおいおいおいグズッズッ」
「うわっ…じゃなくて、どうしたんですか?オーナー」
「どうしたもこうしたも、俺がせっっっかく苦労して、あのショヤトングランドホテルのディナーチケット取ったってのに、息子達が30年だか40年だかの記念品の為にネズミーランドに毎日通うって言って断られたんだよ!」
────その話を聞いたエマはやおらジンロッターを開き、
「そういえばソフィアこんなこと言ってた」
と画面を見せた。盛りに盛られた大きな文字で「「「魂の全通全制覇」」」と何度も呪文のように書かれている。
“ソフィア、ネズミーのことは潰れて欲しいと思ってるけど全通するし食い物も全制覇するし育ちがいいから完食完飲もする親父がなんか飯おごってくれるって言ったけど40周年は今しかないんだよチャームもグラスもスーベニアポーチもすぐ無くなるんだよこっちは遊びじゃねえようおおおおおおお魂魂魂魂魂魂魂魂”
なるほどね、とショーンは死んだ目をしている。
────再び30分程前の説明に戻る…
「ショヤトンのディナーを断るなんて勿体ない…というか、こういうチケットって有効期限一日だけじゃないですよね?」
「ネズミーリゾートと反対方向にあるだろ?それも嫌だそうだ。ソフィアちゃんがな、『一日中着ぐるみ追いかけて不味い飯食って歩き回るんだから帰ったら寝てたいの!40周年の記念グッズはいくらでもあるんだから、毎日毎日違う店で食事しないととても間に合わない!5つの直営ホテルでもそれぞれ限定スペシャルメニューに限定アイテムが付いてくるから予約をもう入れちゃってるし』だとよ」
「ああ……」
「しょうがないからポールだけでも、と思ったが『え、なんで毎日毎日付き添う必要があるのかって?グッズ全部2個ずつないと嫌なんだって。使う用と保存用。ちょっと僕にはよく分からないけど…しょうがないから兄さんの付き合いはするよ…けど…(ソフィアが出てきてお姉様って言えって言ってるでしょ!と強めに訂正する)わ、分かったよお姉様……そうじゃない日くらいは休みたいよ。毎日外食してたら体にも良くないし…僕は大丈夫だから誰かと行ったら?』と取り付く島もない。ネズミーランドホテルやホテルタラコスパなんかよりこっちのがずっと格上なのにな」
ふんすとビルが鼻を鳴らす。
────
「という訳で、ディナーコースのチケットは我々が頂くことになった」
「やったあああ!」
エマがぴょんぴょんとはねて喜ぶ。
「馬鹿狐喜びすぎだろ」
「だってショヤトンって言ったら5つ星ホテルだよ、1度行ってみたかったんだよね!それに!」
エマがカレンダーを指さす。
「この日!エマがETERNALで働き出して丸1年になるの!」
「ああ、だから珍しく有給取ってたんだな。もうそんなに経つのか…早いな」
ショーンもしみじみとしている。
エマは目を輝かせながら、
「ねえ店長、嫌じゃなかったらでいいんだけど、エマ祝ってくれる人いなきゃ寂しいし、仕事終わったらでいいから…この日一緒にご飯食べに行こうよ」
と、内心心臓が跳ね上がりそうになりながら尋ねた。
「店長、せっかくだからそれ使えばいいじゃないですか、」
「いや、気持ちはありがたいけど閉店作業があるから…」
「俺一人で大丈夫ですって。どうせ暇…じゃなくて向日葵の入荷もまだない事ですし」
「なんか言った?」
「なんも言ってないですよ、とにかく、店のことは全部俺に任せてくださいよ、2人が楽しんだ後で俺は1人だけ悠々と休ませてもらうっていうつもりなんすから」
思わぬ助け舟に乗りながら、相変わらずこの後輩はちゃっかりしている、とエマは少し苦々しい気持ちを抑えた。そして、(あれ、……これはデートじゃない?)と後で小声でウィルに聞くと、呆れた顔をされたのだった。
数日後、エマの就職1周年記念の日。エマが営業時間が過ぎたばかりのETERNALの店内に入ると、いつものようにショーンとウィルがいた。そして、いつもと違いショーンの方はパリッとしたスーツを身にまとい、ワックスで髪をオールバックに仕上げていた。
「お疲れさま、店長!すごい、いつもと見た目全然違うから分からなかったよ」
「ちょっとやり過ぎたかな?久しぶりの正装で気合を入れすぎてしまった」
「あ、いや、似合ってる…かも」
そうか、それは良かったというショーンのはにかむ顔もまた、エマにはいつもの店長とは別人のように写った。
ショーンの車でそのままホテルに着く。静かなBGMが流れるレストランで、緊張しながら食事をしていく。人間社会で生活してからそこそこ外食はしてきたのでテーブルマナーくらいは知っていたが、ここの食事は地中海料理ということもあって、エマにとって珍しい物ばかりだった。
「えーっと、前菜は小鮎の、えっと何これ…エスカベッシュ…?って?」
「魚をマリネソースに漬けたスペイン料理だそうだ」
「ああ、南蛮漬けね。こっちは、アスパラガスの、…ポワレ?」
「バターでカリッと焼く調理法だ」
「店長詳しい!さすが!」
ショーンは照れくさそうにへらっと笑う。
次は帆立のカダイフ揚げが運ばれてきた。
「カダイフってのは初めて食べるな。細い麺で包んで揚げたのか」
「サクサクしてる!ねえねえ、このタルタルに付けて食べると美味しいよ」
ニコニコで美味しそうに食べているエマを見て、ショーンはいつになく充足感を感じていた。自然と2人の口数も多くなり、会話が弾む。
食事が次々と運ばれ、あっという間に食後の珈琲まで飲んでしまい、ショーンと共にエマは店を後にした。駐車場に行こうと1階のショッピングモールを通っていると、踊るように歩いていたエマがふと足を止める。ショーウィンドウのケースの黒い大きなリボンに目を奪われていた。別に買えない値段じゃないな、と財布の中身と相談してると、目を離していた間にいつの間にかショーンが店内に入り、あっという間に購入したそれを持って出てきた。
ぽかんとしてるエマに構わず彼女の焦げ茶の髪にぱちん、と留める。
「あ、ありがとう。嬉しい」
「いつも頑張ってるからな。1年間おつかれさま、これからもよろしく」
大事にするから、とエマはモゴモゴと言ったが聞こえたかどうかは定かではなかった。
すっかり夜になり、ETERNALまでエマを送り、帰ろうとするショーンの大きな背中にエマは抱きついた。今まで、とてもとてもそんな恥ずかしいことは出来なかったが、つい大胆な気持ちになっていた。ショーンは暫しの間驚いていたが、振り返ると優しくエマを抱きしめ返したのだった。