歓楽街から少し離れたところにポツンと建っている酒場。まだ真新しいアイボリーオウルと書かれた看板。1人の少年が店の前に立ち、もじもじと所在なさげにしていると、不意に目の前の重そうな扉が音もなく開き、中にいた若者がいらっしゃい、と微笑んだ。
店には他の客は1人しかいなく、常連のような雰囲気を出している肩まで伸びた茶髪の男が店員に問いかけた。
「マイク、この子未成年でしょ?入れちゃダメだよ」
「まだ6時くらいなんだから気にすんな、酒さえ飲まなきゃ問題ない」
「オーナーの指示ガン無視とかマジでいい根性してない?」
「それほどでもない」
無事お目こぼししてもらった少年はメニューの分厚いページを捲り、夕食を食べていなかったので飲み物と一緒に適当に頼んだ。氷が入ったミルクを一気に飲み干すと、フライパンを振りながらマイクがやおら口を開く。
「フランク、実はこの子知り合いでさ、番犬の子なんだけど。飼い主の方針で今までほとんど家の外の世界に触れたことがないんだってさ。最近飼い主が死んで自由になってフラフラしてたから、いつかウチ遊びに来いって言ったんだよ。」
「ふぅん、良かったじゃん」
フランクはフィッシュアンドチップスを齧りながら頷く。
「飼い主死んで良かったね」
「フランク!……ごめんな、こいつ人間超嫌いでさ。」
「人狼も嫌いだよ。」
「あーはいはいそうですか。」
どうもフランクは気難しいらしい。
「自由にはなったかもしれないけど、僕人間の世界何も知らなくて。これからどうすればいいのか分からないんだ」
一瞬フランクが不機嫌そうに顔を歪ませた気がしたが、気のせいだったかもしれない、と気を取り戻して、マイクと当たり障りのない世間話をする。最近知り合ったばかりだが、マイクとは歳が近いからもあるのか、とても話しが合ういい友人になれた。何を食べたのかもよく覚えてないが、初めて来た店とは思えないくらい沢山話せた。ふと思いついてマイクと暮らしたい、と言うと、彼はとても嬉しそうな顔をした。仲良しじゃん、とフランクが茶化すので、マイクはお兄ちゃんみたいな存在だから、と言うと、そうなんだ、とニコニコしていた。
それから早数ヶ月。バーに再び訪れた少年は少し背が伸びていたが酷く憔悴していた。突然遠くからやってきた飼い主の家族に見捨てられ、身一つで放り出されてしまっていた。マイクは少なからずショックを受けていた。これから食べるために街にでるので、最後にこの店にまた来た。とポツポツ喋った。少年はしばらくまともに食べれてないようで、ボロネーゼを勢いよくかき込んでいた。お題はいらないと言うフランクに、それは困ります、と金貨を1枚出した。
「……それほんとに君の?それがどのくらいの価値あるか分かってる?」
それを聞いて少年は青ざめた。教会にふらっと寄った際、新婦の自室の扉が開いていて、つい出来心で忍び込み、乱雑に散らかってるコインの山を見てしまい、つい出来心でくすねてしまったのだ。
「誰から盗ったかだよね、真正面から返すよりこっそり部屋に戻した方が絶対いいよ」
「いや、正直に言えばきっと許してくれる」
「キミは何も分かってないんだ、なんでも話せば何とかなると思ってる、ニンゲン好きすぎる」
揉めた挙句すぐ返してこい、とマイクが伝えると少年は足早に粉雪が舞う中走り去った。
2人が少年の姿を見たのはそれが最後だった。
しばらく経ち、少年がどうなったかをフランクが突き止めると、マイクは怒り毛並みが逆立ち、牙を剥いた。
「だから言ったじゃん、マイク、ニンゲンなんてこんなもんだって」
と軽口を叩きながらフランクが窘めるが、聞いてるのか聞いてないのか、吠え立て暴れている。フランクが重いドアを大きく開くとマイクは駆け去って行った。
「はー、せっかくこの土地にも慣れたのに。」
とため息をついた。次はどこに行こうか。マイクとはたまたまこの辺りで出会った縁だが、もう離れた方がいいだろう。
そうだ。久しぶりにアイツの顔でも見に行こうかな?といそいそと引越しの準備を始めた頃、闇の遠く向こうで人間の断末魔が聞こえた。