その何気ないひとつの噂が、ヘビーレインに強い危機感を抱かせた。
ドクターに恋人ができたのではないか。そんな話だ。
曰く、ひとりで仕事を抱え込みがちなドクターが方々に手伝いを頼み、定時を過ぎたぐらいで上がるようになった。
曰く、今まで以上にペースを上げて仕事に取り組み、休日を捻出するようになった。
曰く、ケルシーにもどこへ行くかは決して言わず、出かける時はロベルタやゴールデングローにわざわざカットを頼むようになった。
それだけならいい。いや、良くはない。良くはないが、話題に飢えたオペレーターたちの悪戯程度の認識で済む。
ただ、外勤任務において、護衛を恋人に一任するようになった……とまで言われると、話が変わってくる。
ヘビーレインはロドスに加入して以降、かなりの頻度でドクターの外勤任務に同行している。
仕事は主にドクターの警護。彼女のメンタルケアを受けつつ身近で守る。
もちろん、ひとりでやるわけではないが、それでもドクターが外に出る時は決まって護衛として付き従っていたのだ。
ドクターはヘビーレインに全幅の信頼を置いてくれる。自身との関係を強調したり、強く確認することもない。ただ傍にいて、時にヘビーレインを手厚くケアしてくれる。見限ることも、裏切ることもしない。身を挺してヘビーレインをかばってくれたことさえあった。
そんな護衛の仕事に充足を覚えていたのだが……最近、ドクターと任務に出る機会が減った。
最近のヘビーレインは、他のオペレーターと組み、土地慣れしたサルゴン方面での外勤任務がメイン。
ドクターと過ごす時間はどんどん減っていて、話す機会も稀になっている。ドクター自身は他のオペレーターと交友を深めてほしいと言っていた。その時、ヘビーレインの脳裏に過ぎったのは、過去サルゴンで友人に囮扱いされ、捨てられた時のことだ。
―――まさか……ドクターも私を捨てるのでは……?
―――恋人ができたから、私はもう用済みなのでは……!?
不安は落陽の影の如く、急速に膨らみ、ヘビーレインの目の前を覆っていく。
見捨てられるかもしれないという恐怖が彼女を盲目にし、そして狂行に走らせた。
ドクターに夜這いをかけたのだ。
「待て……ヘビーレイン! 落ち着け!」
「わ、わ、私は冷静ですっ!」
ドクターをベッドに押し倒したヘビーレインは、明らかに冷静ではない顔で叫んだ。
声は裏返っており、恐らく彼女の好きな漫画であれば瞳に渦巻きが入っているだろうと思える目つき。
開けた胸元からは砂漠地帯出身特有の褐色肌と、質素なブラが見え隠れする。
ドクターはジタバタするが、振りほどけない。歳若い少女といえども、ヘビーレインは歴戦の戦士である。後方支援のデスクワーカーではとても相手にならなかった。
ヘビーレインが勢いよく顔を押し付け、キスをしてくる。
ドクターが顔を背けても食いつかれ、強張った唇で捕獲された。
「ん……っ! んんー……っ!」
力が強く、キスが痛い。鎖骨同士がゴリゴリと擦れる。硬い感触と痛みの下に、薄いガーゼのような快楽が滑り込んできた。
ドクターは両手を強く握り、肩を強張らせて痛みを耐えようとする。相手の動きが止まったのを感じ取ったヘビーレインは、片手を離してドクターの寝間着の下を脱がせようとしが上手くいかず、中へと指を差し入れる。
「んっ!? んんん、んっ!」
凌辱の気配を察した時には、もう遅かった。ヘビーレインの硬い指先がドクターの恥部を擦る。
明らかに不慣れで乱暴な手つき。快楽などは欠片もなく、強い痛みが股座を支配した。
抗議しようにも、声を上げることができない。ドクターは自由になった方の手でヘビーレインの肩を叩く。
しかし、付け焼刃というにも烏滸がましいほどの知識を手繰り、ぎこちないキスと愛撫を繰り返す少女の頭に降参のサインは届かなかった。
息すら止めてキスをしていたヘビーレインは呼吸が続かなくなり、ドクターから唇を離す。
「ぷはっ! ヘビーレ、んぐっ!」
息継ぎの時間も惜しいとばかりに再度のキス。愛撫はぎこちないままに大げさな動きとなり、敏感な突起を痛めつけ、蜜壺の口に指が押し込まれる。硬くて少し荒れた兵士の指が。
「ん――――――っ!」
弱点をやすり掛けされるような痛みに、ドクターは藻掻く。無理にでももぎ離した方がいい、と頭でわかってはいるものの、それができればこんなざまにはなっていない。
肉ひだが無理やり掻き分けられ、唇の押し付けが一層強くなる。ドクターは苦痛に耐えかね、片腕でヘビーレインの背中を力いっぱい抱きしめた。愛のためではなく、痛みを耐えるために。
だがヘビーレインは恍惚として、さらに強く体を、指を押しつける。それが一分ほど続き、息苦しくなって、ヘビーレインは顔を上げた。
ふたりは肺は同時に、空気の抜けた風船のような音を立てた。
「ふぅっ……はっ……は……っ!」
「はぁ、はぁ……」
お互い、荒い息を吐きながら至近距離で見つめ合う。
ドクターの目には苦痛と凌辱のストレスで涙が滲んでおり、窓から差し込む月明りを反射して煌めいている。
きれい。ヘビーレインは生まれて初めて宝石を見たような心地になって、ドクターの涙を凝視した。
やがてドクターは改めてヘビーレインの肩を叩き、彼女を現実に引き戻す。
「ヘビーレイン……放してくれ。痛い……」
「えっ。あ……」
疲れた声で言われ、ヘビーレインはようやく正気付いた。
同時に、ここに至って自分の暴走を自覚し、ドクターの上げていた苦痛のサインを今更ながらにキャッチする。
ヘビーレインは弾かれたようにドクターから離れ、ベッドから転がり落ちた。
顔面蒼白でパニックに陥りながら、意味不明な言葉をいくつか吐いたのちに頭を下げる。
「あ、ああああああ! ごっ、ごめ……ごめんなさい! すみませんドクター! 私、私……っ!」
終わった。これは完全に嫌われた。渓谷の縁から足を滑らせたかの如き絶望がヘビーレインを呑む。
胃腸が裏返って、心臓が口からまろび出そうだ。激しい吐き気と自己嫌悪に襲われながら、ヘビーレインは自責の念をすさまじい勢いで積み上げていく。
(私のバカ、私のバカ、私のバカ! どうしてこんなことをしちゃったんですか!? でもドクターに恋人できたって聞いたら頭がおかしくなりそうで……でもこんなことしたら嫌われるに決まってます! ロドスから追い出されて……!)
床の上で丸くなり、がたがたと震えるヘビーレインを見下ろしたドクターは、呆れたように溜め息を吐いた。
「まったく……どうしてこんなことを?」
「そ、それは……ううぅ……」
ヘビーレインは迷った末、おずおずと弁解する。
「ドクターに……恋人ができたって聞いて……私、見捨てられるんじゃないかって……ごめんなさい、嫌わないでください……見捨てないでください……」
「恋人? 私に?」
ドクターはつい数秒前までの凌辱も忘れて、ぽかんと目を丸くした。
ベッドから降り、ヘビーレインの肩を叩いて顔を上げさせると、頭が痛そうに言う。
「さてはブレイズかクロージャの仕業だな? 私に恋人はまだいない」
「え、でも……恋人に護衛を頼んでるんじゃ……」
「そんなことはないが……」
ふたりは困惑気味の表情を突き合わせる。
ヘビーレインは数秒固まったのち、聞いた噂話を引っ張り出した。
「最近お休みをたくさん取るようになったって……」
「龍門での仕事が忙しくてな。あちこちで向かなくちゃいけないから、書類仕事にあまり時間をかけられないんだ」
「よく髪型を整えたりしてるって……」
「普段はフードをかぶってはいるが、ビジネスの話をしに行くんだ。身だしなみぐらいちゃんと整えるさ」
「じゃ、じゃあ、私が最近護衛につかなくなったのは……」
「君の経過を見た上で、他のオペレーターたちと交友を深めるべきだと判断したからだ。これは前に言わなかったか?」
「えっ、えっ……」
ヘビーレインはドクターの顔を見上げて固まってしまう。
つまり、全部自分の早とちりということか? それでドクターにあんなことを……?
顔色が赤と青を行き来し、気が遠のきかける。改めて、自分がとんでもないことをしでかしてしまったのだと自覚した。
終わった。全てが。気絶しそうになるヘビーレインを、ドクターは軽く揺さぶった。
「しっかりしろ、ヘビーレイン。ここで気を失うな」
ドクターは乱暴に愛撫された股座をさすってヘビーレインを立ちあがらせた。
なんというか、色々な意味で情操教育が必要なのだろう。……最低でも、痛みを感じない程度のものは教える必要がありそうだ。
今にも倒れそうなヘビーレインを優しくベッドに横たえ、添い寝する。幼い娘にするように髪を撫でながら、甘く囁く。
「大丈夫だ、たとえ恋人ができたって、ロドスを見捨てるような真似はしない。だから君は、安心して自分の交友関係を深めていけばいい。もちろん、君が望むのなら、また護衛を頼むことだって……」
「……いやです」
ドクターの胸元に縋りつきながら、ヘビーレインは消え入りそうな声で訴えた。
「私じゃないとだめって言ってくれないと……いやです……」
「意外と図太いな。いいんだか悪いんだか」
苦笑したドクターはヘビーレインの白髪をかき分けて額にキスをする。
そのあと、ほんの少しだけ、ヘビーレインはドクターの手ほどきを受けた。