ちなみにラ・プルマは166cm、プラチナは160cm。
正直なところ、プラチナは何も期待していなかった。
休暇申請の受諾、旅行の約束。そして、偶然舞い込んできたチケットを使う機会が来ることも。
だからその全てが受け入れられた時、思わず目を丸くした。
「……本当?」
「ああ、構わない」
ドクターは頷いて、プラチナの申請書にサインを入れる。
プラチナが返された紙切れ一枚を信じられないという顔で眺めていると、小さく笑われた。
「そんなに穴が空くほど見ることはないだろう?」
「だって……なかなか通らなかったから」
「君が申請を出し過ぎなんだ」
プラチナはちょっと憮然として、目を逸らした。
確かに、休暇申請は多く出している。全て受理した場合、一か月のうち三分の二は働かない日になる、と小言を言われる程度には。
だが、こっちは休む間もなく仕事を押し付けられ続ける立場を逃げ出し、逃避行の途中で狩り殺されかけた身である。一生分働いたのだから、それぐらいいいではないか……と思っているが、転職した以上、詮のないことであった。
それが今日、受理された。一週間、しかもドクターと一緒に休暇を楽しめるのだと言う。
白い長髪を振って赤らんだ横顔を隠しながら、プラチナは問う。
「あ、あんたこそ大丈夫なの? 一週間も休んで。いっつも大騎士領の都市みたいな書類の山に囲まれてるけど」
「それはそうなんだが……この間、ケルシーにもアーミヤにも、医療部にも休暇を取れと言われたからな」
そう言って、ドクターは嘆息する。
処理すべき仕事は、それこそ頻発する天災のように舞い込んでくる。息つく暇もない中で休め休めと言われるのも、それはそれでストレスだろう。前職では休めとさえ言われなかったプラチナにしてみれば、休暇を勧められるだけありがたいが。
―――なら、せっかくふたりで旅行するんだし、デートプランとか考えてあげた方がいいか。
―――しっかり羽を伸ばせるような感じのやつ。
プラチナは部屋に置いてきたクーポン券の数々を思い出す。
リゾート系移動都市・ドッソレスで行われる夏のフェス。そこの宿泊券から食事券まで、色々とある。
死蔵して溜め息を吐きながら眺めるものとばかり思っていたが、今度は使えそうだ。
「じゃ、予定はちゃんと空けておいて。ドタキャンとか、無しだから」
「ああ。行先はドッソレスだったな。楽しみにしている」
ふたりは微笑を交わして手を振り合い、その場で別れた。
ドクターから見えない場所に入ったプラチナは、我知らず足取りを軽くする。
カジミエーシュで出会ってからこの方、ふたりでどこかへ行くのは初めてだ。
それもリゾート地として有名なドッソレスシティ。心が弾む。
プラチナは小さくハミングしながら、休暇までに仕事を片付けるべく己の弓を取りに行った。
そしてドッソレスに辿り着いた後、その上機嫌は一瞬にして暗雲へと変化してしまった。
「……ドクター。そっちの子、何?」
「会うのは初めてか? ラ・プルマだ」
「ドクターがドッソレスシティに来るって言うから、ついてきちゃった」
ドクターの腕にしがみついた黒髪のリーベリが、無邪気に顔をほころばせる。
プラチナは眉をひくつかせながら、ドクターに頭を撫でられて喜ぶラ・プルマを見つめた。
頭の中ではいくつもの文句が流水のように流れ始める。
―――ふたりで行こうって言ったのに、なんで他の女連れてくるかな。
―――服もいつものフード姿だし。私は水着買ったのに……。
―――第一なんでそんなべったりくっついてるのよ、その鳥。
―――私だって……。
ドロドロとした想いを口に出すこともできず、じとっとラ・プルマを見つめ続ける。
プラチナよりも背の高いリーベリ女性は、視線に気づいて不思議そうに首を傾げた。何歳なのか知らないが、まるで幼い子供のような懐きっぷりが鼻に突く。ドクターもドクターで、そんな彼女を娘のようにかわいがっている。
なんだか、気に食わない。
そんな内心を露ほども知らず、ラ・プルマは言った。
「どうしたの? お腹空いた?」
「長旅だったからな。何か食べに行こう。プラチナ、何がいい?」
「……合わせるよ」
軽く髪を払ったプラチナは、水着の上から羽織ったパーカーのポケットに手を突っ込んで、数歩先んじた。
「案内してくれるんでしょ? いいところ紹介してよね」
流し目で一瞥を投げた後、足早に進んでいってしまう。ドクターとラ・プルマは、きょとんとした顔を見合わせてから、プラチナを追いかけた。
⁂ ⁂ ⁂
結論から言えば、ドッソレスはとても楽しかった。
景色は綺麗で、食事は美味なものばかり。プラチナ好みの音楽は少なかったものの、それでも熱気は沈んだ心を少しは慰めてくれた。悔しいが、ラ・プルマのエスコートも的確だったと言わざるを得ない。それがなおのこと腹立たしいのだが。
そして現在は夕方。ホテルに戻った三人は、ドクターの部屋に集まっている。
ラ・プルマは意気揚々とパンフレットを広げ、明日の計画について話し始めた。
もちろん、ドクターにぴったりとくっついたまま。
「ねえねえ、明日はどこに行く? ビーチから少し離れてもいいお店とかいっぱいあるし、いくらでも遊べちゃうよ!」
「そうだな……」
ベッドに座ったドクターは、密着したラ・プルマを好きなようにさせてやりつつ考え込む。
一方で、プラチナの視線は、ラ・プルマの胸元に向けられていた。
白と空色のパーカーの下に、白いビキニを身に着けた肢体。ふわふわした言葉、子供っぽい態度とは裏腹に、胸はプラチナより大きく手足もスラリとしている。恐らく、ドクターが男だったら気が気でないだろう。
プラチナはというと、黒いパーカーに競泳水着と同じ素材のトップス、ホットパンツ型のボトムスにミュールといった具合。しっかりと筋肉のついたボディラインに自信はあるが、バストサイズはラ・プルマに劣る。それに露出度も高くはない。
もっと攻めたデザインのものにすべきだったか。いや、そもそもラ・プルマが来るなんて聞いていない。第一、ドクターはいつも通りのフード姿なわけで……。
ひとりで悶々としていると、不意に声を掛けられる。
「プラチナは? 他に行きたいところとかないか?」
「えっ、ああ……うん。……そっち、行っていい?」
「どうぞ」
ドクターの隣に座ったプラチナは、さりげなく身を寄せながらパンフレットを見下ろす。
さりげなく胸元を押し付けてみるが、ドクターの目はパンフレットに注がれたまま。
―――ふーん、そう。私の貧相な胸じゃ大して反応しないってわけ。
―――そっちの小鳥の方が大きいもんね。
鬱屈とした不満を溜め込みながら、プラチナはなんとかポーカーフェイスを取り繕った。
それからなんやかんやで明日の計画が立てられ、夜も更け始めた時間帯に。ようやく解散だ、と思ったその時、ラ・プルマはドクターに甘えながら尋ねた。
「ねえねえドクター、一緒に寝ていい?」
「はあっ!?」
ドクターが何か言う前に、驚愕したプラチナの声が割って入った。
目を丸くするラ・プルマに、勢いよく食って掛かる。
「なんでここに居座ろうとしてるの? 自分の部屋があるでしょ。なんのために三人分部屋を取ったと思って……!」
「でもせっかくのお休みなんだし、ドクターと一緒に居たいな。ドクター、いっつも忙しそうにしてるし、構ってくれないんだもん」
「一週間遊んでもらえるんだからそれでいいでしょ! ほら、行った行った!」
「えぇ~……」
思いっきり不満そうに頬を膨らませるラ・プルマを引っ立て、無理矢理部屋の外へ押し出していく。
ドクターが固まっているうちにラ・プルマは追い出されてしまった。
一体どうしたのだろう、と考えながら数分後。再びドクターの部屋の扉が開かれる。
戻ってきたのは、プラチナだった。
「……プラチナ?」
「何?」
むすっとした表情で睨まれる。
ドクターが言葉を探していると、プラチナは嘆息し、つかつかと歩み寄ってくる。
そしてベッドに腰かけたままのドクターの両肩をつかみ、そのままベッドへ押し倒した。
ドクターは思わず息を呑む。
「……っ!?」
「あんたさぁ。同じ女なのに、どうして乙女心がわからないけ? 腹が立つ」
「何を……」
ドクターが問い返すより早く、フードのジッパーにプラチナの手がかかった。
一息に前を開けられ、口元を覆う金属マスクを奪われる。がばっと開かれたジャケットの下には、肋骨の浮いた胸郭と質素なビキニに包まれた胸があった。
ドクターの顔が赤くなる。プラチナは構わず、胸や腹に手のひらを滑らせる。
「ふうん、多少は肉付きよくなったんだ。これならまあ……うん」
「まあって……痛っ!」
乳首に軽く歯を立てられて、ドクターはきつく目をつぶる。
ずらしたビキニの下にある、やや血色の薄い乳首の片方を、プラチナは舌先で転がし、乳輪を舐めてからもう一度噛む。
生暖かく湿った、柔らかい舌の感触。そこに鋭くアクセントを加える痛み。藻掻こうとするドクターの首筋に、プラチナの唇が移った
。
フレンチキス。歯形を着けて、強く吸い込む。数秒待って口を離せば、ドクターの白い肌に内出血の跡が生まれる。プラチナのキスマークが。
苦痛が過ぎ去り、ドクターはまぶたを開く。プラチナは、薄く涙の膜が張った瞳を覗き込んだ。
「元々さぁ、私はあんたと二人っきりになるつもりで誘ったんだけど。なのになんで他の女を連れてきちゃうのさ。しかもあんな……」
「っ、それは……」
「いい。別に聞く必要もないから」
「んっ!」
プラチナはドクターを黙らせるように唇を重ね、ディープキスを押し付けた。
ドクターの舌に残る、三人で取った夕食の味を貪っていると、苛立ちがふつふつと湧き上がってくる。
実に認めがたい事実ではあるが、ラ・プルマは魅力的だ。スタイルはいいし、背もプラチナより高い。それに無邪気な子供じみた、あの恥らいも何もない甘えぶり。ドクターが同性だからあまりなびかなかったのだろうが、これが異性だったなら……プラチナは自分が誘った旅行で大きな敗北感を味わわされていただろう。
唇を離し、一度息継ぎの暇を与えると見せかけてすぐにキスを再開する。
ドクターの頬は紅潮し、喉からは時折苦しげな呻き声が漏れ出すが……これぐらいの意趣返しは構わないだろう。
舌を絡め、相手の口の中をかき回す。ドクターが本当に息できなくなってきたタイミングで、プラチナはようやく口を離した。
「ぷは……っ! っ、はぁ……」
ドクターは荒い息を吐く。胸が上下し、下腹がひくつく。プラチナが軽く下腹を指で撫でまわし、優しく叩くと、ドクターの全身がビクッと震えた。
「ん、あ……! プラチナ、そこは……!」
指先から伝わる痙攣を感じるプラチナの目が、不穏に輝いた。
薄い布一枚のボトムスをつかんで引き下げると、蜜を滲ませる秘裂が露わとなる。ドクターの瞳が怯えたように揺らいだ。
「ふぅん、へぇ~、そう」
―――なんだ。最初っから、こうすればよかったんだ。
「ドクター」
プラチナは改めてドクターに圧し掛かり、鼻先同士がくっつくほどの距離で見つめる。
また唇を奪われるのかと体を固くするドクターに対し、プラチナは冷徹な表情で告げた。
「あんたが悪いんだからね」
「え……? ま、待ってくれプラチナ、頼……んんっ、あ……!」
ぐちゅっ、と水っぽい音がドクターの部屋に染みていく。
その夜、ドクターはろくに眠ることもできなかった。