人間の健一と親切な僕っ娘上級淫魔アランの淫魔界珍道中 作:雑食性生物物部
ガタンゴトンガタンゴトン……
あれからどれほどの時間が経ったのだろうか。気づけば俺は見覚えのある列車に揺られながら目を覚ました。
「おや、起きたかい?」
自分が座っている席のちょうど真向かいの席から声がした。凄まじい脱力感に襲われながらぼんやりとする目を必死に動かすと、寝ぼけていた頭から血の気が引いた。目の前に自分を快楽の地獄に突き落とし、獣の如く自分を貪り尽くした化け物がぞっとするほど優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「……!」
「おやおや、何処へ行こうというんだい」
反射的に身体がこの淫魔から逃げようと動いたが、信じられないほどの速度で腕を掴まれた。まるで蛇に睨まれた、いや既に半分咥えられた蛙のようだった。すぐ後ろは列車の席の背もたれ。目の前にはこの恐ろしい淫魔がいる。
「お前はもう何処にも逃げられないぞ」と宣告されたような気分になった俺は情けない事に段々と目に涙が溜まり、呼吸が荒くなっていく。下手したら股間から生暖かいものが出てきそうな予感がした。
だが漏れる事は恐らくはないだろう。俺はこの淫魔に嫌ってくらいに精液も尿も何もかも搾り取られたのだ。だが腕を掴まれても身に焼き付いた恐怖によって振り払う事が出来なかった。
「ほら落ち着いて。もう大丈夫だから」
ガタガタと震えながら目の前が再び真っ暗になっていくような気分の俺を、淫魔はそっと落ち着かせるように席にゆっくりと俺を座らせた。俺は僅かでも距離を取ろうと背もたれにへばりついた。
「俺を……俺をどうしようって言うんです……!」
「どうしようって?昨日の続きをすると思っているのかい?」
はぁはぁと息遣いが荒くなっていく俺を見て、淫魔はとぼけるように首を傾げた。
「そうじゃなきゃ、俺を何処かへ連れて行こうって魂胆ですか!?」
「こらこら、そう声を荒げるんじゃないよ。他の淫魔に聞こえるだろう?」
淫魔はしーっと口に人差し指を充てた。「黙れ」と直接言わない辺りがさらに恐怖心をかき立てる。淫魔は足を組んで膝の上に手を置いてニコリと笑った。
「さて、健一。君を何処へ連れていくかだったけど、君が望む場所だよ」
「まさか……!」
「君が快楽を望むと僕が思って、君を監禁する地下室へ連れていくとか考えるんじゃあないよ?僕ならそんなの列車に乗らずとも昨日のうちにやってるだろ?」
外を見てごらん、淫魔はそう言った。恐る恐る窓の外を見るとちょうどトンネルを出て街並みが広がっていくのが見えた。
「……!」
そこにあったのは紛れもなく人間界の景色だった。広がる青空の下、太陽が立ち並ぶ住宅街やビルを照らしている。俺、人間という種族が帰るべき場所だった。
「君を人間界に連れて帰るのは噓じゃないよ」
ばっと淫魔の方を振り向くと、彼女はニコニコと優しい笑みを浮かべていた。
それから列車は俺が行きで乗った駅に止まった。どうやら他に降りる駅があるようで(アランさん曰く、淫魔向けの穴場が別にあるそうだ)、列車に乗っていた他の淫魔は俺が乗った駅で降りなかった。
俺が荷物を持って列車を降りると、アランさんは列車の中から見送ってくれた。
「それじゃあ健一、道中気を付けたまえよ」
アランさんはそう言って俺に向かって軽く手を振った。
「あの……その……」
お別れなのかもしれない。そう思ったが俺は彼女になんていうべきか分からなかった。昨日のあんな事があった手前、「ありがとうございました」も言いにくいし、かと言って文句を言えそうにもなかった。色々と考えて出たのは「……また会えますか?」だった。アランさんはニコリと微笑んだ。
「人と人の縁はそう簡単には切れないよ。特に上位種と人の縁はとても強固なものだ。今回僕たちが出会った事だって、運命のようなものなのさ」
「……」
「いずれまた近いうちに会えるよ、君が望もうと望むまいと」
きっとね。アランさんがそう言った時、ジリリと列車が鳴った。
俺の目の前で列車の扉が閉まり、アランさんと俺との間を隔てていく。列車が動き出してもアランさんは微笑みを崩すことなく、優しくいつまでも俺に手を振り続けていた。俺はそれをただ黙って見送っていた。
果たして今までの経験は夢だったのだろうか。いや、白昼夢にしては現実味がありすぎた。恐らくこの経験は生涯忘れることはないだろう。
思い返せばかなり危険な旅ではあったけど、とても魅力的な珍道中だった。アランさんが、彼女がいなければとっくに食い物にされていただろうけど、素晴らしい経験だったと言えるかもしれない。
何せ、もう二度とあの体験を繰り返す事はないのだから。あの淫魔界へと足を踏み入れる事はないのだから。あのアランと言う絶世の美女に会える事はもうないのだから。
そのことに一抹の寂しさを感じながら、俺は家路についた。こうしてまた、俺は一般的な日常に戻っていくのだろう。
そう考えながら、俺はドアを開いた。
「やぁ健一、僕の家と繋げといたよ」
完