「はっ……、……っ……っし」
瓦礫の街を走り抜ける。どこから狙われているかなんて、そんなこと今の状態じゃわからない。
合流地点まであと少し、だからもうちょっとだけ頑張ろう。そう必死に言い聞かせて、私……黒染瑞鬼(くろぞめ みずき)は既に鉛のように重くなっている脚を動かし続ける。
「瑞鬼ちゃん」
「!」
不意に私を呼ぶ声が聞こえた。
耳に馴染んだ声。私と一緒に来てくれる唯一の仲間、蛇籠リン(じゃかご りん)の声だとすぐにわかった。
「は、……っ、よかった。無事で」
「それはこっちの台詞だって。……って、瑞鬼ちゃん、その肩の血」
「え?あぁ、これ?返り血。一回至近距離まで接近されてね。イカしてるでしょ?」
「うん!すごくカッコイイよ!」
ふざけて言うと、リンは無邪気に笑って返してくれた。彼女の笑顔を見るだけで、ひどく安心するのだから困ったものだ。
「でも、状況はよくないね。……連中、だんだん数が増えてる」
「全部食べていいなら簡単なのにー」
あっけらかんと言ってのけるリンに、私はこめかみを抑えながら注意する。……たぶん冗談じゃない、蛇みたいに瞳孔が縦に開いてる。本気の目だ。
「ダメだって、ここを切り抜けても人を食べた時点で私達の居場所は世界のどこにもなくなるんだから。心まで怪物になっちゃダメ。」
状況を分析しながら……半分くらいは、もしかしたら自分にも言い聞かせていたのかもしれない。
「世知辛いなぁ……。人間なんて私達みたいな奴らからしたら、ただ数が多いだけの存在なのに」
「社会的基盤を作ってるのはアッチなんだから、文句言わない。」
「それこそ瑞鬼ちゃんなら一瞬でひっくり返せるんじゃないの?パンデミック的な意味で」
「リスクの方が大きいでしょ、それは」
人によって私や彼女のような人外の力を扱える存在が集められ、一つの管理都市に収容されているのが私達の世界の常識だ。
私達の大半は、元々管理都市の外に居た普通の人だ。
しかし中には生まれながらにして人外だというモノも僅かにいる。……そういう彼らは、誰一人として私にはついて来てくれなかったけれど……。
私達は、姿形は人と何も変わらない。しかし超常存在、お伽話に出てくるような存在の力を扱える。
私でいうと吸血鬼、リンでいうなら蛇の化身の力を扱える。力が発現するのは人間年齢で平均15歳くらいの頃だと言われている。
人間外の力が扱える。そのたった一つの理由から、一生涯それまで共にいた肉親や友人と引き離されるのだ。
そんな理不尽が許されてたまるか。
だから私はあの都市に入れられて3年後、都市からの脱走を決意した。死ぬまで鳥籠に入れられるなんて、真っ平御免だった。死ぬまで奪われたままだなんて絶対に嫌だった。理不尽が私達を嘲笑う世の中を見返したかった。
「気配からして50人くらいかなぁ。食べず殺さずに突破するのは一苦労じゃなぁい?」
ひどく冷静に感想を述べてくるリンに、内心では同意しながら私はなるべく不敵に笑いながら言った。
「大丈夫、所詮は数が多いだけの存在なんだから。死なない程度に薙ぎ払おう」
私は自分でもわかるくらい邪悪な笑みを浮かべて、いかにも"らしい"牙を覗かせた。
「……。オッケー!安心してね、もしも瑞鬼ちゃんが死んでもきちんと内側弄って蘇生させてあげるから!」
「はいはい、私が本当に死ねたらね」
だいたい仮にも吸血鬼が、そう簡単に死ねるわけがない。なんなら殺された瞬間に復元して、相手の肢体を捻じ切る方が誰にとっても楽だろう。
「あっはは!イイねその顔、すっごい邪悪!」
「それ関係ある?」
無いねー、とリンは笑いながら大きめの岩石を持ち上げて集団に向かって投擲した。
開戦の合図だ。
「さ、行こう!」
「死んでも切り抜けよう」
私達は包囲の一角を崩すべく駆け出した。
こんな無茶、一人じゃ絶対できやしない。
貴女とだから私はまだ走れるんだ、と並走するリンを横目に捉えながら思った。
「私もだよー、瑞季ちゃん」
「頭ん中読むな」
返り血に染まりながら、私はどう説教したものかと頭を悩ませるのだった。