やはり俺は孤独だった。 作:悪夢
「...んぇ...?」
ふと、目が覚めた。
視線の先には自室の天井―――ではなく、大きなテレビが目に入る。
ここは...どこだ?
「...!」
辺りを見回すと、すぐ隣に誰か居た。...いや、"誰か"という赤の他人ではなく、割と親しい知人だ。
「わ、悪い...寝てたみたいだ」
「良く眠れたかしら?」
普段通りの口調で尋ねる雪ノ下。
そうだ...ここは雪ノ下のマンションだ。
「まあな...ふぁ...」
座り心地の良いソファのお陰で体も痛くない。
「そう」
短い返事をする雪ノ下。
...マズい。怒らせたかもしれない。
「雪ノ下?」
「っ...な、なにかしら?」
恐る恐る雪ノ下の方へ視線を向けると、幸いなことに機嫌を損ねているという事は無さそうだ。...しかし、何故か頬が赤い。
「いや、その、顔...赤いぞ?」
一体どうしたのだろうか?
「な、何でもないわ。気にしないで...っ」
そう言いながら視線を逸らす雪ノ下。
「...あっ」
一体どうしたのか、と思いながら現状を確認すると、俺は雪ノ下と身体をぴったりと密着させていた。
「わ、悪い...」
...なるほど。これが原因か。
「べ、別に気にしてないわよ」
雪ノ下は肌が白いので、耳まで赤く染まっている事が良く分かる。...本当に可愛いな、こいつ。
「でも...嫌じゃないのか?」
俺なんかと密着するのは...嫌ではないのだろうか?
ほら、具体的には比企谷菌とか。...思い出すと涙が出てきた。
「べ、別に...あなたなら平気よ」
それがどうしたの?とでも言いそうだ。自然に答えたつもりなのだろう。
「...そうか」
何とも気まずい時間が過ぎる。
画面には既に何も映し出されておらず、俺が寝息を立てている間に映画はエンディングを迎えていたらしい。
雪ノ下はスマホも本も持たずに座っている所を見る限り、つい先ほど映画を見終えたのだろうか?
「...あっ」
時計をちらりと見ると、食事を終えた時刻から実に4時間近くが経過していた。
「どうしたの?」
「わ、悪い...こんな遅くまで居座ってしまった」
友達の家にお邪魔するには非常識な時間だ。
「ふふっ...別に気にしてないわよ。疲れていたのでしょう?」
「...確かに寝不足だった」
ここ最近は小町や由比ヶ浜や一色が登場する桃色の悪夢にうなされていたからな。
「今日はよく眠れたの?」
「ああ。驚くほどよく眠れた」
2時間ちょっとの睡眠だが、驚くほどすっきりとした目覚めで―――あれ?
「...」
2時間ではない...3時間以上眠っている。という事は、雪ノ下は映画が終わっても1時間以上隣に居てくれたのか。
「比企谷くん?」
「あ...わ、悪い。そろそろ帰るよ」
前から好意は有るが、今日の一件で更に雪ノ下の事が好きになった...気がする。
口は悪いが何だかんだで優しい所が...好きだ。
「...そう。そう、ね」
何故か少し残念そうだ。残念...なんだよな?
「ああ。お暇させてもらうよ」
「ええ」
雪ノ下はゆっくりと立ち上がる。そして、フラフラとした足取りで玄関へと向かう。
「ゆ、雪ノ下?大丈夫か?」
あまりにも危うい足取りのため、思わず細い腰に手を添えて支えてしまう。
「ひゃぁっ!?」
ビクンと身体を震わせる雪ノ下。あまりにも可愛らしい悲鳴を上げていた。
「だ、大丈夫か?」
再び同じ問いをする。
「ご、ごめんなさい。大丈夫よ。ちょっと、足に力が入らないだけだから」
そう答えて直ぐに、しまった、という表情を浮かべた雪ノ下。
「ひょっとして、俺が寝てたから痺れたのか?」
一時間以上同じ姿勢を維持していたのだろう。故に痺れたのだ。
俺は...申し訳なさと同時に愛おしさを感じていた。
「...別に、あなたが気にすることじゃないわ」
顔をそらす雪ノ下。...照れ隠しだろう。
「...わかった。今日はありがとうな、雪ノ下。飯、美味かったよ」
靴箱に寄りかかる雪ノ下に振り返り、別れの挨拶とお礼を言う。
「別にあれくらいならいつでも作れるから...その...」
「ああ。また来るよ。次のお土産も楽しみにしてくれ」
次は...パンさんのグッズでも買ってくるか。
「...ありがとう、比企谷くん」
ふわりと微笑む雪ノ下。
「じゃあ...帰るわ。おやすみ、雪ノ下」
「ええ。おやすみなさい、比企谷くん」
少し寂しそうな...切ない笑顔の雪ノ下と別れたのであった。
―――――――――――――――――――――
翌朝、俺は実にスッキリとした目覚めを迎えることが出来た。
「...行くか」
両親はまだ就寝中。小町は今日も外泊中。
俺は軽くパンを齧って家を出た。
「寒っ...」
まだまだ薄暗い通学路を歩く。...昨日は変な夢も見ずに、心地よい満腹感と満足感で熟睡することが出来た。
故に、やけに早起きしてしまったのだが、別に眠気は感じない。寧ろ足取りが軽いくらいだ。
「...」
スキップしそうな気持を抑えつつ、通学路をひたすら歩く。
...学校に行けば雪ノ下に会える。それが楽しみで仕方ない。
「ん?」
校門を過ぎると、フラフラと歩く細い人影を見つけた。
「...あっ」
濡羽色のロングヘア。その名の通り雪のように白く透き通る肌。スラリと細身のプロポーション。
...間違いない、雪ノ下だ。
「...?」
雪ノ下...であることは間違いないのだが、何故か妙に足取りが危うい。
「ゆ、雪ノ下?」
「っ...!?」
慎重に声をかけると、雪ノ下が驚いた表情で勢いよく振り返った。
「だ、大丈夫か?」
「ひ、比企谷くん...」
...様子がおかしい。ただでさえ白い肌は更に青ざめており、見るからに体調が悪そうだ。
「雪ノ下、体調が悪いのか?」
「それは―――ええ、そうね。少し、寝不足...なのかしら」
何とも曖昧な返事だ。本当に寝不足なのかもしれない。
いつもはキレのある毒舌も無く、頭が回っていない様子だ。
「保健室に行くぞ」
「そんな...大げさよ」
そんなことは無い。あの雪の女王で有名な雪ノ下雪乃が油断しきった姿を見せるだけでも異常事態なのだ。
それに―――
「お前、体力無いんだから無理すんな。ほら、行くぞ」
「ぁ...」
雪ノ下の腰に手を回し、細い身体を支えながら保健室へと向かう。
.....................
「失礼します」
雪ノ下を支えながら保健室に入るも、生憎とそこは空室であった。
「とりあえず横になれよ」
「え、ええ」
細い肩を支えながらベッドに寝かせ、かけ布団を覆いかぶせた。
「大丈夫か?水か何か買ってこようか?」
「そんな...そこまでしなくても大丈夫よ。少し休めば戻れるわ」
それでも尚、強がりを見せる雪ノ下。
「...今は俺しか居ないんだ。だから、その―――」
気を張ることは無い。そう伝えたかった。
「比企谷君...」
雪ノ下の美しい瞳が...真っすぐに俺を射抜いた。
「...と、とにかく、ゆっくり休め」
「...ええ。ありがとう...比企谷君」
そして、とびきり可愛らしい笑顔を向けてくれた。
「お、おう」
思わず視線を逸らしてしまう。...コイツ、どうしてこんなに可愛いんだよ。
「比企谷君?」
「...どうした?」
雪ノ下の顔をマトモに見れない...
「...ふふふっ。どうしたの?顔真っ赤よ?」
からかうような口調だ。
「...外が寒いからだよ」
「ふふふっ...そういう事にしてあげるわ」
...今日はやられてばかりだ。少しは仕返しがしたい。
そう思い、雪ノ下に顔を向けた。
「...!」
からかうような笑顔を予想して振り返ると、少し違う結果に驚いてしまった。
「どうしたのかしら?」
雪ノ下は...頬を赤らめながら微笑んでいた。それはもう...優しい笑顔で。
「いや...何でもない」
「...そう」
何とも言えない空気が流れる。
「...ねえ、比企谷君」
「どうした?」
雪ノ下にしては控えめな口調だ。
「その...もう一度、私の家にご飯を食べに来て欲しいと言ったら...嬉しい?」
そんな事...嬉しいに決まってる。
「ああ。めちゃくちゃ嬉しい」
即答した。雪ノ下の料理が美味いという事もあるのだが...何より、雪ノ下と一緒に居れる事が嬉しい。
「そ、そう...」
頬を赤らめて視線を逸らす雪ノ下。
「お、おう」
何とも...お互いに気恥ずかしい気分だ。
「そ、そろそろ朝礼の時間よ?行かなくていいの?」
慌てて時計をみると、確かにそろそろ教室に向かわなくてはならない時間だ。
「そうだな。後は俺が保健医の先生に話しておくから、お前は休んでろよ?」
「ええ。ふふふっ...あなたに甘えるわね」
そう言って再び優しい笑顔を浮かべた雪ノ下。
「...じゃあ、また奉仕部で」
「ええ。...ありがとう、比企谷君」
少し寂しそうな雪ノ下の笑顔に後ろ髪をひかれつつ、俺は保健室を後にしたのであった。
――――――――――――――――
それから数日間、俺は何度も雪ノ下のマンションに足を運んだ。
やる事は毎度同じだ。夕方に雪ノ下の家に上がり込み、夕食をご馳走になり、二人で映画を見たり、本を読んだりしてゆっくりと過ごす。特に派手なイベントは無いのだが、ただただ二人きりで過ごす時間が心地よかった。
何気ない日常の一コマかもしれないが、俺はいつもその時間が楽しみであった。毎度毎度食事をご馳走になるだけでは申し訳ないので、近所のスーパーで食材を買い出しにも行った。もちろん、雪ノ下と二人で。
そんな日々が続いたとある日曜日。今日は朝から雪ノ下と会う約束をしていた。
「...」
今更ながら緊張する。気心の知れた間柄だというのに、休日に二人きりで会うというこのシチュエーションが気分を高揚させているのだろう。
「...」
服は出来るだけ上品なデザインのモノ。髪もある程度整えた。靴、カバン、時計...出来るだけオシャレをしたつもりだ。
「...よし」
待ち合わせ場所からほど近い公衆トイレにて、俺は最後の身だしなみチェックをしていた。
さて...まだ約束の時間では無いが、早めに向かう事にしよう。
「...」
トイレを出て、待ち合わせ場所へと足を運ぶ。
...雪ノ下のマンションへと向かう際でもここまで緊張しない。しかし、それは受験番号を確認するときのような背筋が寒くなるような緊張感ではなく、寧ろ気分が高揚する心地よい緊張感だ。
「あっ...」
...まだまだ待ち合わせまで時間があるというのに。
「悪い、雪ノ下。待たせた...か...」
その名の通り雪のような白い肌。艶やかな濡羽色のロングヘア。ゆったりとしたデザインかつ膨張色の白いガウンコートだというのに、腰ひもで縛るだけで細身だという事が分かる抜群のスタイル。それでいて清楚でありながら大胆なデザインの丈の短いチョコレートブラウンのニットワンピース。極めつけは、短い丈から伸びる黒いストッキングに包まれた美脚だ。
あまりにも美しい彼女の姿を見て、俺は思わず言葉を失ってしまった。
「別に待ってないけれど...どうしたの?凄い顔よ?通報されるわよ?」
「一言多いだろ」
口調はいつもの調子だが、頬がほんのりと頬が赤い。
「ふふふっ...♪」
「っ...」
可愛らしい笑顔と、あまりにも大人びていて色っぽいコーディネートとのギャップに心を奪われる。
「比企谷君?」
固まる俺を不思議そうに見つめる雪ノ下。
「あ...い、いや...」
キモイ反応をしてしまう。これが陰キャ故の
「ふふふっ...顔真っ赤よ?」
「...悪かったな。でも、その...」
―――これだけは伝えなくてはいけない。
「その...似合ってる、ぞ...その服」
「...そう。うん、ありがとう」
微妙な反応だ。...言葉選びを間違えたか?
「...ほら、寒いから行きましょう」
しかし、彼女に視線を向けると、いつも通りの凛とした表情であった。しかし、その頬はほんのりと赤く、別に気分を害したわけでは無いことが分かる。
「そうだな」
今日の雪ノ下はストッキングを穿いているとはいえ大胆に足を出しているコーディネートだ。いつまでも寒空の下に居るのは辛いだろう。
................................
最初の行先は大型ショッピングモールだ。一応、プランとしてはいつもの様に映画鑑賞をして、その後はショッピングを予定している。
「パンさん...!」
そして今、映画を観終えたところだ。映画の内容はよくある恋愛モノだが、俺も雪ノ下もあまりその手の映画を観るタイプではないのでイマイチ盛り上がらなかった。...由比ヶ浜や一色なら楽しめたのかもしれないが。
故に少し肝が冷えたのだが...幸いなことに、映画館の隣にパンさんグッズを陳列している店舗を発見したのだ。無理な笑顔を浮かべていた雪ノ下は、パンさんグッズを見つけた途端に瞳を輝かせた。
ちなみに一番高いグッズは.......見なかったことにしよう。手持ちが足りない。
「ゆ、雪ノ下、好きなのを選んで良いぞ」
しまった。動揺で声が震える。
「...凄い顔してるわよ?」
...一瞬で見破られてしまった。
「悪い...一番高いの以外で頼む」
情けない限りだ。
「そうね...」
「...というか、持ってないグッズなんてあるのか?」
熱狂的なマニアなので販売されてるグッズは端から買いそろえている可能性もある。
「ふふふっ...あの大きなぬいぐるみは持ってないわね」
陳列棚の中央に堂々と鎮座するご立派なサイズのパンさんぬいぐるみに視線を向ける雪ノ下。...よりによって一番高いグッズだ。
「...あれはご勘弁ください」
「冗談よ。こんなに大きなぬいぐるみ持って帰れないわ」
いつになくご機嫌な様子の雪ノ下。これほど明るい笑顔を見たのは久しぶりだ。
「...それを聞いて安心した」
「ふふふっ...あっ」
雪ノ下が声を上げる。
「何か見つかったか?」
「ええ。コレ、どうかしら?」
雪ノ下が手に取ったのは、色違いのパンさんキーホルダーであった。
「良いぞ。両方買うのか?」
コレクターは色違いも保有したいのだろう。
「ええ。...でも、片方はあなたの分よ」
「俺の?」
どういう事だろうか?
「ええ。...だめ?」
少し不安そうな表情だ。
「いや、そんな事は無いが...」
「...折角、二人で来てるのだから、その...記念に、と思って...」
頬をほんのりと赤く染める雪ノ下。
「...そうだな」
雪ノ下の手からキーホルダーを受け取り、レジへと向かう。
「ぁ...」
頬を赤らめたまま、嬉しそうな表情を浮かべる雪ノ下。
...今日の記念に、か。
「...良いな、それ」
「何が良いの?」
独り言を聞かれていたらしい。まあ、隣に居るのだから当然か。
「お揃いってのが良いなと思ったんだ」
「そ、そう...そうね」
恥ずかしそうな様子の雪ノ下。
...少なくとも、嫌ではないのだろう。
―――――――――――――――――――――
...キーホルダーは意外と高かった。しかし、思い出はプライスレスだ。
「...」
「...」
最寄りの駅から雪ノ下のマンションまでの帰り道。
何となく、会話が途切れてしまった。...まあ、お互いに元々おしゃべりな方では無いので仕方ないか。
「ぁ...」
雪ノ下が口を開く。...そうか。もう到着してしまうのか。
「...着いたな」
「ええ...」
何となく、エントランスを前にして足を止めてしまった。
「...」
「っ...」
終わってしまう。二人きりの時間が。
「あ...」
何か雪ノ下を引き留めようと口を開くも、何も言えずに再び口を閉じる。
「ねえ、比企谷君...?」
「な、なんだ?」
先に意味のある言葉を発したのは雪ノ下の方であった。
「その...今夜も、ご飯...一緒に食べない...?」
あの雪ノ下にしては珍しく、しおらしく不安げな表情であった。
「...いいのか?」
寧ろこちらからお願いしたいくらいだ。
「ええ。その...まだ、あなたと―――じ、時間もあることだから」
慌てて言い直す雪ノ下。
...なんと、彼女も同じ気持ちだという事だ。
「...俺は、もっと雪ノ下と一緒に居たい。だから、その―――」
「っ...!」
雪のように白い肌を紅潮させ、大きな瞳を見開いている。
「―――つまり、上がらせてもらうってことだ」
顔から火が出そうだ。今頃は気色悪い顔をしているに違いない。
「ふふふっ...ええ。是非、上がって頂戴」
実に嬉しそうな表情を浮かべる雪ノ下。
そんな彼女と並んで、エントランスへと足を運んだのであった。
......................
午後8時。再び雪ノ下特製の夕食に舌鼓を打ち、身も心も満足したところだ。
「ふぅ...ごちそうさま。今日も本当に旨かった」
「お粗末様。...ありがとう。そう言ってくれると、その...う、嬉しいわ」
頬をほんのりと赤く染めて、顔を反らしながら答える雪ノ下。
その様子は本当に可愛らしく、普段の凛とした美しさとのギャップで殊更愛らしさが増すというモノだ。
「...かわいいな」
しまった。思わず声に出てしまった。
「...!?」
勢いよく顔を上げる雪ノ下。
みるみるうちに顔が赤くなり、美しい瞳は大きく見開かれている。
「あ、こ、これは、ちが...っ...!」
油断していた。普段から心の中で思っていた事を口にしてしまった。
...まずい。まずいまずいまずい。
何を言ってるんだ俺は。
「ひ、比企谷くん...」
せっかく雪ノ下が心を開いてくれたというのに...俺なんかに『可愛い』と言われても気色悪いだけだろ。
「...比企谷くん?」
ああ...本当に失言だ。今の俺と雪ノ下の間柄でそんなことを言われても引かれるだけだ。
「...比企谷くん」
引かれることは有れど惹かれる事などきっと―――
「比企谷くん!」
雪ノ下の大きな声で我に返る。
「ぁ...わ、悪い...」
その表情は真剣であり、そこに嫌悪の色は見えない。
「...何度も呼んだわ」
「あ、ああ...悪い」
少し拗ねている。...そんな表情も魅力的だ。
「ねえ、今...私が可愛いって...言ったの?」
頬を赤く染めながら尋ねる雪ノ下。
...よし。腹を括ろう。
「ああ。お前が可愛いって言ったんだ。だから―――」
「や、やめなさい!どうして膝をついているの!?」
流れるような所作で土下座をしようとしたところ、慌てた雪ノ下に制止されてしまった。
...余談だが、黒ストに覆われた雪ノ下の美脚を眼前で拝むことが出来た。
「土下座だ」
「だから、どうして土下座なんてしようとしているの!?」
俺と同じく膝をついて視線を合わせる雪ノ下。
俺の方が身長が高いので、視線が少し下に向くことになる。
「気持ち悪いだろ?俺に"可愛い"なんて言われたら。だから―――」
「やめなさいって言ってるでしょ!?...まったく」
はぁ、と溜息を吐く雪ノ下。
「嫌、だろ?」
「..........じゃないわよ」
顔を反らしながら、頬を真っ赤にしながら、視線を逸らしたまま、ぼそりと呟いた。
「雪ノ下?」
「いや...じゃないわよ」
頬が赤い雪ノ下と視線が絡み合う。
「嫌...じゃないのか」
ドクドクと心臓が高鳴る。
別に何か進展があるわけではない。そうではない...のだが、雪ノ下の反応は普通ではない。
「だから、その...もう一度、言ってくれる...かしら?」
恥ずかしそうな上目遣い。しかし、期待が込められている...気がする。
「...可愛い、ぞ」
「っ...!」
かあっと耳まで真っ赤に染まる白い肌。
萌え袖で顔を隠しながら恥ずかしがるその姿は、俺の心を再び奪ってしまう。
「可愛いよ、雪ノ下」
「っ...あ、ありが、ありがとう。うれひぃわ」
凛とした表情を作るも、耳まで真っ赤な上に大胆に噛んでいる。
「お前...それは反則だろ...」
危うくキュン死にするところだ。キュン死にってなんだよ。
「っ...」
再び顔を袖で覆い隠してしまった。
「な、なあ...雪ノ下」
「...何かしら?」
袖の下から声が聞こえる。
「その...本当に、嫌じゃないのか?」
「...ええ」
短い返事だ。しかし、その声色には親愛の感情が込められている...気がする。
「その...どうして、嫌じゃないんだ?」
「...ねえ、その前に...一つ訂正してもいいかしら?」
「え?」
雪ノ下は赤い顔をさらけ出して、真っすぐに俺を見つめた。
「"嫌じゃない"という言葉をやめてくれる?」
「嫌じゃない...なら、何なんだ...?」
再び心拍数が上がっていく。胸の鼓動が雪ノ下にも聞こえているのではないだろうか。
「私は...あなたに"可愛い"って言われて...その...う、嬉しいのよ」
そういえば先ほど"うれひぃわ"と言っていたな。噛み噛みの雪ノ下が可愛すぎて忘れていた。
「嬉しい...のか」
「ええ、本当に。今まで言われて一番...嬉しかったわ」
ふわりと微笑む雪ノ下。
「それは...どうして、なんだ?」
どうしても、そう聞かずにいれなかった。
「その理由は...あなたの言葉で聞きたいわ」
その笑顔の意味を...俺はもう間違えない。
「雪ノ下...俺は...お、俺は...っ...」
あの時とは違う。多分、今はこの想いを伝えても良いはずだ。しかし、どうしても次の言葉を紡げない。
「...大丈夫よ。あなたの言葉で伝えて?」
雪ノ下が硬く握った俺の拳を両手で包み込む。
氷の女王のあだ名が不釣り合いなほど、温かく柔らかい手だ。
「雪ノ下...俺は...」
「...好きだ、雪ノ下。誰よりも...好きなんだ...!」
言った。言ってしまった。もう後には戻れない。
「...私も、好きよ...比企谷くん」
「...!」
勢いよく顔を上げる。
そこには、美しい瞳に涙を浮かべている彼女が居た。
「ゆ...雪ノ下...」
「ええ。私も...好き。あなたの事が...好き。だから...あなたの言葉が本当に嬉しいの」
ぽろぽろと涙を流す雪ノ下。
涙を流しながら...本当に可愛らしい笑顔を浮かべている。
「ねえ、比企谷くん」
「な、なんだ?」
俺は多分、気色の悪い顔をしているはずだ。嬉しさが溢れ出てしまい、クールを装うも勝手に口角が上がってしまう。
「ん...♡」
雪ノ下は目を瞑り、少し顎を上げた。
「あ...」
彼女が何を求めているのか、それはすぐに察することが出来た。
しかし、俺にその経験は無い。故に...自信がない。
「その...下手、かもしれないぞ?」
「大丈夫よ。受け止めるわ」
優しい声色。知り合った頃から比べると随分と変化したモノだ。
「わ、分かった...じゃあ、いくぞ」
「ええ。...ん」
俺は雪ノ下の細い肩を掴み、静かに顔を寄せた。
そして――――
――――静かに唇を重ね合わせたのであった。