やはり俺は孤独だった。 作:悪夢
1.由比ヶ浜結衣の甘い放課後
今日は金曜日。花金という言葉の通りではないが、今日は定時より少し早く退社させてもらった。
...ここは、俺が務めている設備系の工事会社。関東がメインだが、地方の中核都市には支店を置いているという、それなりに大きな会社だ。
俺はこの会社の営業部で働いている
「所長、お先です」
口調は軽く、しかし礼儀は正しく。
まずは営業所長に挨拶、そして課長に挨拶して、後輩には軽い挨拶を。そして退社する。
「ああ。気を付けて帰れよ」
職人上がりの部門長。口調は少しキツいが男気がある、まさにいい男!という理想の上司だ。
「課長、お先です」
「おう、お疲れ。...テメー、彼女だろ?」
これまた現場上がりの職人気質の課長だ。口調は乱暴だが、この人もなんだかんだで親分気質の良い人だ。
この手の質問にセクハラだなんだと騒ぐほど小さい人間ではない。
「良いでしょ」
課長の言う通り、恋人を迎えに行くので素直に答えた。
「バカヤロー、羨ましいなんて言ったら今日のメシがカップ麺になるわ。良いから行ってこい」
愛妻家の課長は豪快に笑いながら見送ってくれた。
「お先でーす」
営業所で働く他の同僚に挨拶をして、愛車の元へ向かう。
従業員用の裏口を通り、作業車が並ぶ駐車場を抜けてようやく見えてきた。シルバーメタリックのスポーツセダン。3つのひし形のカギを取り出し、黒いボタンで開錠する。ハザードランプが一回点滅して、ルームランプが光ると開錠だ。
リアシートにカバンを横たえて、足元に置いてある運動靴に履き替える。...クラッチとフットレストが近いから革靴では少し運転しにくいんだよな。
そして、運転席に乗り込んでスマートフォンを取り出した。
「ちょっと遅くなったな...」
今日は、俺の家に恋人が泊まりに来る。金曜日、土曜日とウチに泊まり、日曜日の夕方に彼女の家まで送り届ける予定だ。
スマートフォンの着信履歴を辿り、漢字6文字の名前を見つけ出した。
恋人である...由比ヶ浜結衣の名前を。
通話開始のアイコンをタップし、スピーカーを耳に押し当てる。
数コール後に通話口から可愛らしい声が聞こえてきた。
「もしもし?結衣?」
『はーい、結衣だよ...♡』
その声で結衣であるとは確信したが、ちょっとからかってみる。
「本当に結衣か~?」
『もうっ!本当に結衣だってば!』
大きな声が聞こえてきた。
期待通りの反応が返って来て...お兄ちゃん嬉しいぞ。
「はは、冗談冗談。結衣、ごめん...今から会社を出るから、ちょっと遅くなるかも」
ここから総武高校は...30分くらいか。
『ううん、全然大丈夫だよ。友達もいるから急がなくていいよ~』
「えっと...奉仕部だったか?」
『そうそう。えへへ...ゆきのんってば可愛いんだよ?』
そう言って、結衣は今日の出来事を語ってくれた。楽しげに語る彼女の声は、それを耳にするだけでも幸せな気持ちになってくる。
ゆきのん...確か、雪ノ下雪乃さんだったかな。凄い美人だった気がする。それに、あの雪ノ下建設のご令嬢だとか。うちの会社も取引があるから、取引先情報でちらりと見たことがある。
「...よし、もっと聞きたいからそろそろ迎えに行くよ」
本当だ。結衣の声はずっと聞いていたい。腕の中に抱きしめたまま、ずっと結衣の声と体温を感じていると...それはそれは幸せな気分になってくる。
『うん!...あ、全然待てるから、安全運転で来てね?ケガしちゃったらダメだからね?』
念を押された。どんな時でも相手を思いやる、心から優しい女の子。それが結衣の大きな魅力の内の一つだ。
「ああ。勿論だよ。多分、30分くらいで到着すると思うよ」
『うん!待ってるね~』
そう言って電話を切った。
...いつまでも結衣の声が聞いていたくて、なかなか指が通話終了のアイコンをタップできなかった。
「さて...」
早く結衣に会いたい。
俺は、左右の安全を確認すると、1速にギアを入れてゆっくりと車を発進させた。
....................
住宅街を抜け、目的地である総武高校が見えて来た。
....そういえば、結衣の家は高校から見えるくらいの距離なんだよな。
歩けば5分くらいだろうか?
結衣とは遠い親戚にあたるので、以前から御両親とも面識がある。
交際を始める際に挨拶に行ったときの事を思い出すな...年齢差も有るから猛反対されるかと思いきや、俺と結衣が真剣に思い合っていることを伝えると、何とか了承を得る事が出来たものだ。
「お...居た居た」
スカートがやや短めな女生徒が校門に寄りかかっている。
明るい髪色、長い手足、豊満な母性の象徴、愛らしい童顔。それでいて、素直で心優しい女の子。大切な大切な恋人の由比ヶ浜結衣だ。
俺の車の排気音でこちらに気が付いた結衣。薄暮時でも分かるほど表情が明るくなった。笑顔で手を振る彼女にこちらも手を振り返し、ハザードランプを焚いて校門に横づけした。
「お待たせ、結衣」
「ううん、さっき来たばっかりだから」
ニコニコと笑顔の結衣。しかし、頬や指先が赤くなっている。
「...結衣」
「なあに?...ひゃっ!?」
指先と頬に手を添えた。....やっぱりな。
柔らかい頬と、細い指先は、それなりの時間寒空に晒されていたことが分かるほど冷え切っていた。
「結構待ってたでしょ?」
「...うん」
少し間をおいて返事をした結衣。
「ダメじゃないか、女の子が身体を冷やしたら」
「でも...」
結衣の優しい瞳が俺を真っすぐ射抜いた。
「早く...裕太くんに会いたかったから...♡」
「っ...!」
少し恥ずかしそうに頬を染めながら言葉を紡ぐ結衣の姿は...反則級に可愛かった。
「えへへ...ごめんなさい。だから、我慢できなかったんだ。ほら、待ってた方が早く会えるでしょ?」
「っ...あ、ああ...そう、だね」
ああ...どうしてそんなに可愛いんだ。
この場で抱きしめて唇を奪いたいという衝動に駆られたが、何とか思いとどまった。
「ほら、寒かったでしょ?早く帰ろう」
「うん!」
結衣からカバンを受け取り、後部座席にそっと置いた。そして、代わりにひざ掛けを取りだす。
結衣が助手席に乗り込んだ事を確認し、俺も運転席に乗り込んだ。
「えへへ...あったかいね...♡」
送風口に両手を当てている。余程寒かったのだろう。
「ほら、これ使って」
カシミア製のひざ掛けを手渡した。
「ありがと♪」
きちんとスカートが隠れるようにひざ掛けをかけている結衣。...この車は車高が低いので、結衣のスカートの丈では中が見えてしまうのだ。
それと、普通に寒そうだったというのも理由の一つだ。
「そのまま俺の家に行くけど、大丈夫だった?」
「うんっ、ママにもパパにも話してるから大丈夫だよ」
素直な結衣なので、お泊りの件に関しても俺の名前を真っ先に出してしまうのだ。...彼女の長所の一つである素直さが今後の交際の障害にならないように、先にご両親に挨拶しておいて正解だった。
「それと...えっと、ママが...ナントカはするのよ、って送って来たんだけど...これって何て読むの?」
...少し漢字に弱い恋人だった。
結衣の姉にしか見えない母親の姿を思い出した。きっと、あの調子でニコニコしながらメッセージを打ったに違いない。
「ん...?」
結衣に見せられた画面には、"ママ"と表記されているトーク画面が開かれており、何気ない日常会話が続いていた。そして、最後のメッセージが"泊まるのは良いけど、きちんと避妊はするのよ"と書かれている。
....実の母親と何という会話をしているのだろうか。俺の方が恥ずかしくなってきた。...まあ、勿論そのつもりではあるけど。
「これは"ヒニン"だね」
「あー、これヒニンって読むんだぁ...避妊!?」
ナイスなリアクションだ。
「...まあ、そう言う事」
良かった...避妊の意味は知っていたらしい。
「ま、ママってば...っ...」
真っ赤になっている結衣。
...まあ、当然か。ついこの前まで処女だったのだから。
この身体とこの美貌で処女だったというのは心底驚いたものだ。
...そんな結衣も今では―――
「ね、ねえ、そろそろ...行こ?」
小さく俺の袖を握っている結衣。まだまだ恥ずかしいのか、頬を染めながら上目遣いでこちらを見つめている。その姿は...それはそれは反則級に可愛かった。
「そ、そうだな。...じゃあ、行こうか」
「うん!」
結衣がシートベルトを締めたことを確認し、ギアを1速に入れる。
「ん?」
後から車がもう一台やって来た。深いメタリックレッドの国産オープンカーだ。...この車、昨日も居たな。
「あの車...」
「知り合い?」
結衣の友達の家族だろうか?
「うん。後輩の子の彼氏さん」
「そういうことか。...あ、昨日の帰りにも居た子か」
「そうそう。いろはちゃんっていう可愛い子だよ」
再び安全を確認し、公道に出た。
「まさか結衣以外にも彼氏が車で迎えに来てる子が居たんだね」
「でも、そんなに多くはないよ?あたしが知ってるのは...あと2人くらいだもん」
2人も居るのか...凄いな。
「まあ、色々な恋愛があるよな」
「えへへ...そうだね」
ニコニコと笑顔の結衣だった。
「それじゃあ...とりあえず家に行こうか」
「うん!」
ウインカーを上げて、自宅方面へとハンドルを切った。
....そういえば、結衣の家とは反対方向になるな。今更だけど。
....................
「それでね?またいろはちゃんがヒッキーをからかってたの」
楽しげに今日の出来事を語る結衣。その声を聴いているだけで幸せな気分になって来る。
「そのヒッキーくんってのあれだな。お兄ちゃん気質ってヤツかな」
後輩に慕われる、なんだかんだ面倒見が良い奴の特徴だ。
「あー、確かにそうかも。実際、ヒッキーってお兄ちゃんだもん」
「妹か弟がいるの?」
「うん。妹が居るよ。小町ちゃんって言うんだけど、すっごく可愛くていい子なの」
これまた笑顔で語る結衣。
しかし、やはり結衣の交友関係の広さには驚かされる。
これも、人懐っこく、優しく素直な結衣の人徳がなせる業だろう。
「よし、到着と」
マンションの駐車場に車を停め、エンジンを切った。
まだまだ暖房の余熱で暖かいが、直ぐに冷えてくることだろう。
...ちなみに、結衣はそこまで大荷物ではない。
と言うのも、俺の部屋には結衣の生活用品や、服や下着が既に常備されているからである。
なので、結衣は貴重品だけ持ってふらりと訪れても問題ないのだ。まあ、スマホだけでも問題は無いけどな。金なら俺が全部出すし。
というか、結衣は普通に自分の分を払いそうになるので、財布を忘れてきたくらいが丁度良いくらいだ。
「ありがとう、裕太くん♪」
ニコニコと笑顔の結衣。
「いえいえ。行こうか」
「はーい」
そっとドアを開けて降車する結衣。...こういう一つ一つの所作に育ちの良さを感じるな。
俺も車を降りたところ、パタパタと結衣が駆け寄って来た。
「はい、ひざ掛け、ありがとう♪」
きちんと折りたたまれてひざ掛けを手渡してきた。
「いえいえ。別に適当にリアシートの放り込んでも良かったんだよ?」
「そんなことしないってば。せっかく裕太くんが貸してくれたんだから」
ふわりと微笑んだ結衣。ああ...本当に君は良い子だな。
「...そうか」
俺も笑顔で返事をした。
「うん♪ほら、行こ?」
「ああ。でもその前に...」
リアドアを開けてひざ掛けを丁寧に置いた。そして、俺のカバンと結衣のカバンを手に取った。
「結衣、忘れ物」
俺にひざ掛けを返すことで頭が一杯だったのだろう。
「え?...あっ」
...こういうところが、ちょっと抜けている犬っぽくて本当に愛らしい。
「忘れていたの?」
「...うん」
頬が赤い結衣ちゃんだった。
「よしよし。ほら、行くよ」
優しく頭を撫でて結衣の手を取った。
...しかし、結衣は動かなかった。
「結衣?」
「あ、あの...ね?」
胸元でぎゅっと手を握り、何か言い及んでいる様子だった。
「今...誰も見てないよ」
チラリと周囲を確認すると、確かに人影は無かった。それに、駐車場の構造上、外からも見えない。
「そう...だな」
結衣が何を求めているのか...何となく気が付いた。
「ね、ねえ...裕太くん...ひゃっ!?」
ぐっと腕を引いて、結衣を腕の中に抱きしめた。
「裕太くん...」
潤んだ瞳で俺を見上げている結衣。
「結衣...」
柔らかい頬に手を添えて、結衣と視線を絡め合った。そして...
「んっ...」
「ちゅ...」
ぷるぷると潤った唇を塞ぐ。
「ん...んぅ...」
結衣を抱きしめながらのキス。
...唇を重ねるだけでは物足りず、下で柔らかい唇をこじ開けて、恥ずかしがり屋さんの赤い舌を捕え、絡め合う。
「れぅ...んぅ...ちゅ...ぅ」
ぴちゃぴちゃと水音を立てながら、深いキスを交わす。
結衣の身体はどんどん熱くなり、段々と脱力してきた。
激しく舌と舌を絡め合っていたところ、段々と息が続かなくなってきた。
「ん...」
「ちゅ...はぁ...はぁ...えへへ...♡」
窒息寸前で顔を離すと、結衣と俺の間には唾液で出来た吊り橋がかかっていた。
「好きだよ、結衣」
「えへへ...ありがとう。あたしも大好き...♡」
その後も、しばらくの間抱き合っていたのだった...