やはり俺は孤独だった。 作:悪夢
「...気になる」
由比ヶ浜を乗せたシルバーのセダンが走り去った方角を眺めながら呟いた。
さて...どうしたものか。
これほど些細な事をわざわざ電話して聞くことだろうか?彼氏でも無いのに?
「彼氏...」
思い出されるのは...千崎さんに撫でられているときの由比ヶ浜の笑顔。
距離感の近い従兄妹同士...と言えばそれまでなのだろうが、普通はあれほど仲が良いのだろうか?
...確かに、由比ヶ浜は素直で優しいし美人だ。千崎さんも良い人そうには見えたので、2人の関係そのものには違和感が無い。
「...帰るか」
これ以上校門で黄昏れていても無駄な時間だ。
俺はトボトボと帰路に就いたのだった。
...................
バスに揺られる事数分。程なくして自宅に到着した。
「...?」
仕事で忙しい両親はともかく、今日は小町もまだ帰宅していないらしい。
「ん?」
リビングに書置きを見つけた。
『今日は帰らないから。小町』
...なんと、どうやら小町はお泊りの予定らしい。お兄ちゃん聞いてない。
わざわざ書置きなど残さなくても、今はメッセージアプリで事足りるだろうに。家族グループでメッセージを送れば全員が見れるはずだ。ウチの家族は作ってないけど。....作ってないよね?
「...」
どっかりとソファに座り込むと、やはり由比ヶ浜のことが気になってきた。
「...電話してみるか」
別に知らない間柄ではないし、まだ移動中のはずだから少しの時間なら電話しても大丈夫だろう。
スマートフォンを取り出して着信履歴の中から由比ヶ浜の名前を探す。
比較的上の方に残っていたのでリダイヤルした。
「...」
...出ない。
数回コールするも、一向に応答する気配が無い。
...少しだけ、胸騒ぎがした。
別に恋人というわけではないただの女友達。
...好意を向けられているのではないか?と思う相手。
あれほどの美少女に好かれているというのは...悪い気はしない。
「...お?」
由比ヶ浜からの着信だ。どうやら俺の電話に気が付いたらしい。
...良かった。俺の心配は杞憂のようだ。
「もしもし?由比ヶ浜?」
『ひ、ヒッキー?』
少し震えている由比ヶ浜の声。
「お、おう...」
少しだけ様子がおかしいけれど...気にする程でもない...のか?
『あ、さ、さっきは取れなくてごめんね。電話したでしょ?』
やはり忙しかったのだろう。
「あ、ああ。ちょっと聞きたいことがあったんだ」
自宅とは反対方向に走り去ったことが...やはり気になる。
『っ...!』
「由比ヶ浜?」
電話口から声が聞こえた気がする。
『な、なあに?』
やはり少し震えている声。...移動中なのだろうか?
「あ、いや...大丈夫か?」
『ふあっ♡』
今度ははっきりと聞こえた。
「は?」
思わず声が漏れてしまった。
気のせいかもしれないが....いや、やはり気のせいだろう。
『な、なんでも...っ...ないよっ...』
何か力んでいるように聞こえる声だ。
『ぁ...♡』
明らかに様子がおかしい。
...何か取り込み中なのだろうか?
「ゆ、由比ヶ浜?続けても大丈夫か...?」
一応、確認を取ってみた。
『あ...う、うん。何の話だった...?』
どうやら平気(?)らしい。
「だから...聞きたいことがあるんだよ」
先程の俺の質問はマイクが拾っていなかったのだろうか?
『う、うん...っ...♡』
少し声が上ずっている由比ヶ浜。
...声が可愛らしいので、吐息を漏らしているだけで少し興奮しそうになる。
「由比ヶ浜、お前...千崎さんの車で帰ってたけど...家とは全然違う方向だったよな?」
...とりあえず、会話を続けることにした。
『そう...だっけ?...ぁ...♡』
とぼけているのか、それとも話が上の空なのか。それは判断がつかない。
「ああ。まあ、だからどうしたってことじゃないが...ちょっと気になってな」
とりあえず話を続ける事にした。
『そ、それは...っ...♡♡♡』
声が上ずっている。
「由比ヶ浜?大丈夫か?」
やはり何か立て込んでいるのだろうか?
『だい...っ...じょう...ぶ...っっ♡♡♡』
大丈夫とは思えないのだが、本人がそう言っているのなら仕方ない。話を続ける事にしよう。
「だからその理由を...って聞いているのか?」
しかし、やはり様子がおかしい。
『ぁ♡♡...う、うん...理由...理由は...っ...♡♡』
声が甘く上ずっている気がする。それは...まるで嬌声のような―――
バクバクと嫌な鼓動の高まりを感じながらスピーカーに耳を押し当てる。
『もしもし?比企谷君?』
突然、男の声がスピーカーから聞こえて来た。
「あ、え?」
間抜けな声を漏らしてしまった。
『俺だよ。千崎だよ』
聞き覚えのある穏やかな声の主は千崎さんだった。
「あ...ああ。先ほどぶりです」
動揺して変な挨拶をしてしまった。
『そうだね。ごめんね、ちょっと結衣がトイレ我慢してたみたいだからさ』
トイレに行く前に千崎さんにスマートフォンを手渡したのだろうか?
『だから代わりに俺が答えるよ。何の話?』
ゴソゴソと音が聞こえる。
しかし、電話には差し支えが無いのだろう。
「あ、そ、その...どうして由比ヶ浜のマンションと反対方向に行ったのかな、と思いまして」
しどろもどろになりながらそう尋ねた。
少し間をおいて千崎さんが答えた。
『ああ、それはね...』
何故か言葉を区切る千崎さん。...やはり、何か胸騒ぎがする。
「...はい」
『っ...!』
『っ♡♡♡♡♡♡♡』
何か湿った音と、息を呑むような微かな音が聞こえて来た。
『俺がちょっと家に忘れ物をしちゃってね。取りに行ってたんだ』
しかし、何事もなかったかのように千崎さんは答えた。
...やはり、気のせいだったのだろうか?
「は、はぁ...そんな理由なんすね」
少し気が抜けた気がする。
『まあね。ごめんね、心配かけさせて』
ゴソゴソと音が聞こえる。歩いているのだろうか?
「あ、いえ、俺は...」
まさか、千崎さんが由比ヶ浜を家に連れ込んで...と思っていたのだが、どうやら違うらしい。
『特に何もないから安心してよ』
その言葉を信じるしかなかった。
もとより、俺にどうこう言う権利は無い。
「...わかりました。じゃあ...由比ヶ浜にもよろしく伝えておいてください」
『わかったよ。じゃあ、また...ねっ!!』
電話が切れる寸前、千崎さんの様子もおかしかった。そして何より―――
『あっ♡♡♡♡♡♡♡』
という濡れた女の声が聞こえてきたのは...気のせいだと思いたい。
「...」
通話終了と表示されている画面。
...再び電話をかけ直す勇気は無かった。
次にかけなおしたその時は...快楽に染まり切った由比ヶ浜の雌の声が聞こえてきそうな気がしたから。
...........................
「...本でも読むか」
自室に戻り、カバンの中から読みかけの本を取り出した。
濃厚な寝取られモノの官能小説『3年目の違和感』だ。
...こんな本を読んでいるから嫌な妄想をしてしまうのかもしれない。
しかし、両の手は勝手にページを捲っていた。
流れるように文字列が脳内に流れ込み、想像の中で淫靡な情景が映し出されていく。
主人公である夫の顔はいつも洗面台で目にする男の顔であり、妻の顔は一色や由比ヶ浜の顔を思い浮かべていた。
共通しているのは...2人とも俺の手が届かない女性であるという事。
...由比ヶ浜は確定したワケでは無いが、何故かそう思えた。
「...」
小説の中では、妻が自宅に間男を迎え入れていた。主人公は夫婦の寝室に潜み、妻が間男の肉棒でよがり狂う様を隠れながら眺めている...というシーンだった。
学校で読んでいた頃は知らないマンションの一室を想像していたのに、今はこの家が舞台になっていた。
夫婦の寝室は何故か俺の部屋。そして...妻は童顔でスタイル抜群のクラスメイトが割り当てられている。
―――『ああっ...♡♡裕太くん♡♡裕太くん♡♡♡』
―――ギシギシと軋む俺のベッド。
―――愛する妻の上で激しく腰を振っているのは...体格の良い男。...俺ではない、別の男。
―――『結衣...!!』
―――パンパンと肉がぶつかる乾いた音が響いている。
―――濡れた肉棒が妻の膣口を出入りしており、飛び散る体液が妻と一緒に選んだベッドやシーツを汚していく。
―――俺より二回りは大きな肉棒が捻じ込まれる度に、あの愛らしい声を情欲に濡らしながら淫らな鳴き声を上げている。
―――『ああっ♡♡イク...イッちゃう...っ...♡♡♡』
―――『イけ...!だらしなくイってしまえ!!』
―――『あ゛あ゛あ゛っっ♡♡♡♡イギますっ♡♡♡勝手にイっちゃいます♡♡♡♡♡♡ごめんなさい♡♡♡ごめんなさいぃいい♡♡♡♡♡』
―――それは誰に対する謝罪なのだろうか...
―――....考えるまでも無い。それは...目の前の間男に対しての謝罪だ。
―――男の背中に手を回しながら足を絡め合っている....いわゆるだいしゅきホールドと呼ばれる体位で快楽に歪む妻の美貌。
―――涎を枕に垂らしながらガクガクと震えている結衣。
―――いつもの愛らしい笑顔は消え失せて、ただただ貪欲に快楽を貪る哀れな雌がそこには居た。
―――脳内がぐちゃぐちゃなるほど悔しいのに、ガチガチに勃起した肉棒からは情けなく我慢汁が床に垂れていた。
―――『くそっ...くそぉっ...』
―――思わず呟いてしまったのだが、それも結衣の嬌声にかき消されてしまった。
―――『イクっっ♡♡♡イクイクイクっっ♡♡♡♡ああああああああああっっっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡』
―――『俺もイくぞっ!!!孕め!!!!!結衣!!!!』
―――激しい絶頂だと分かる一際大きな嬌声。
―――悔し涙で滲む視界の先には.....
―――『あぁっ....
―――恍惚とした表情で
―――『ぁ...あぁ...』
―――ボロボロと涙が溢れてくる。
―――俺しか男を知らないはずの妻が...俺以外の男に股を開いている。それだけでもショックだというのに、俺には決して許さなかった膣内射精まで許しているというのか...
―――『っ...はぁ...はぁ...結衣...』
―――『裕太くん...んっ...ちゅ....♡』
―――『んっ...』
―――水音が響くほど濃厚に舌を絡め合っているディープキス。
―――俺には苦手だと言ってさせてくれなかったディープキス。
―――だらしなく舌を突き出して、淫らに男の舌を受け入れている。
―――『ちゅ...えへへ...だいすき...♡』
―――『ああ...俺もだよ、結衣』
―――蕩けるような笑顔で男に笑いかけ、男も愛おしそうに結衣の柔らかい頬を撫でる。
―――『えへへ...やっぱり、危険日に
―――....え?
―――結衣は...今、何と言った?
―――『俺もだよ。結衣との子供を作ってるって考えると...凄く幸せな気分だ』
―――子供...?
―――え...?
―――結衣は子供を作りたくないんじゃなかったのか...?
―――『うん...あたしも...♡裕太くんに種付けされてるって思うと...とろとろになっちゃう...♡』
―――甘ったるい声で囁く結衣。
―――『うぅ...うぅ...っ...』
―――ポロポロと涙が込み上げてくる...そして...
「うぅ...うっ!!」
パタパタと床に垂れる精液。
「あっ...」
小説の主人公がクローゼットの扉に向けて射精したタイミングで、俺も床に向けて精液を放っていた。
「はぁ...はぁ...」
脳内で鮮明に映し出されていた由比ヶ浜の痴態。
それは思い出すだけでもう一度肉棒が硬くなってくる程だった。
「最悪の気分だ...」
同級生でそのような妄想をしたという罪悪感。
そして...容赦のない男としての敗北という絶望感。
それを味わいながらの射精という...何とも言えない喪失感。
とにかくブルーな気持ちになりながら、俺は一人で夕食を食べて眠りに就いたのだった...