やはり俺は孤独だった。 作:悪夢
「ん...」
いつも通りのアラーム。
いつも通りの起床時間。
寝ぼけた頭でスマートフォンを手に取った。
「ん...」
アラームを止めて身体を起こす。
...少しだけ、身体が重い。何か激しい運動をしたような...ああそうか。
昨晩の記憶が蘇って来た。
俺は由比ヶ浜に連絡を入れた後に官能小説を読み耽っていた。
少し様子がおかしかった由比ヶ浜を連想しながら寝取られモノの官能小説の世界にのめり込み、主人公と同じタイミングで最悪の絶頂を迎えたのだ。
そのまま意気消沈して眠りに就いて...今に至る。
「はぁ...」
何の事実確認もできていないどころか、ただの妄想のはずなのに...
そもそも由比ヶ浜と俺は交際していたワケではない。故に寝取られもクソも無いのだが...何とも落ち込んだ気分になってしまう。
「...起きるか」
今日も平日だ。行きたくは無いのだが、学生である以上登校して勉学に励む必要が有る。
重い体を引きずりながらベッドを抜け出し、転げ落ちないように階段を下りた。
「...?」
静かすぎる。
...ああそうか。小町が居ないんだ。そう言えばどこかに外泊する旨の書置きが有った。
「...」
1人寂しくトーストを齧りながらテレビを眺める。
...今日は雨か。憂鬱だ。
――――――――――――――――――――――――――
ざあざあと音を立てながらアスファルトを濡らす大雨。
冷たい雨に濡れると風邪をひいてしまいそうだ。
「...?」
そう言えば...やけに街行く人々が少ないと思いきや、随分と早い時間に出てしまった。
...最近は早く家を出る事が多い気がする。
今日は自転車では無いのでバスに乗る必要があるのだが、このまま定刻通りのバスに乗れば...かなり早い時間に到着してしまう。
「...」
...まあいいか。本でも読めばいい。
バス停にて、定刻通り到着した総武高校方面のバスに乗り込んだ。
「...ふぅ...」
バスの中はガラガラだった。通勤途中のサラリーマンが数人乗っているだけで、あとは空席ばかりだ。
その一つに腰掛けて揺られながら、雨模様の街並みに視線を向けた。
「結構降ってるな...」
窓からの景色が見え辛いほどの大雨。
冷たい雨は気温をぐんぐんと下げていく。
「ん?」
その時、真っ赤オープンカーが隣に停車した。
「...」
思わず目を凝らしてしまった。
助手席に座っているのは...恐らく女性だろう。膝にバスタオルをかけているが、スカートが見えている。
それに...あのスカートは総武高校の制服だ。
...あれは...一色なのだろうか...?
そう考えているうちにオープンカーは走り去って行った。
...こんな時間に車で送ってもらっているという事は...同じ部屋で朝を迎えたと考えるのが自然だろう。
そして...おそらくベッドも同じくしているはず。
「...」
やめよう。こんなことばかり考えていては気が滅入る。
窓の外を見るのを止めて、今度はスマートフォンを眺める事にした。
しかし、直ぐにそれも中断された。目的地に到着したのだ。
非接触タイプの電子マネーで料金を支払い、バスを降車した。
ビニル傘を広げて総武高校までトボトボと歩く。
「ん?」
野太い排気音が聞こえて来た。
しかし、それは背後から近づいて来たのではなく、正面から走って来て総武高校の校門の近くで停車したのだ。
「あれは...」
見覚えがある。
...昨日も同じ場所で見たのだから。
「あ....」
視力が良い事を呪いたかった。
視界不良のこの天気でも...運転席と助手席の人物が良く見えてしまったのだから。
「あ...ぁ...」
運転席に居たのは...千崎さんだった。
そして...助手席に居たのは―――
「由比ヶ浜...っ...」
この時間に車で送ってもらう。
先程も同じような事を考えていた。
やはり...やはり...2人は食事などで掛けていなかったのだ。
「あっ...!」
思わず声が漏れてしまった。
そう...見えてしまったのだ。
「あぁ...」
ガクガクと足が震える。
『...♡』
遠目からでも分かる...由比ヶ浜の蕩けた表情。
その柔らかそうな唇は...千崎さんのそれと重ね合わされていた。
『...っ...♡』
...それだけではない。
由比ヶ浜は後頭部を抑えられ、千崎さんと激しく舌を絡め合って濃厚なディープキスを交わしていたのだ。
「っ...!」
これ以上は見ていられなかった。
俺は...震える足で反対方向へと駆け出し、総武高校の裏門を目指したのだった。
――――――――――――――――――――――――
「...」
教室に入ると、やはりクラスメイトは殆ど登校していなかった。
「あ...お、おはよう、ヒッキー」
―――少しひきつった笑顔の由比ヶ浜を除いて。
「...おう」
出来るだけ普段通りに返事をする。
激しく搔き乱されている心を悟られないように。
「ヒッキー...?」
しかし、他人の表情の変化に敏感な由比ヶ浜の目は誤魔化せなかった。
「...なんだ?」
出来るだけ短く答える。感情を見せないように。
「えっと...ごめんね?何か怒らせちゃった...?」
八ノ字に垂れ下がった眉。心優しい少女には他人の負の感情が苦痛らしい。
「...なんでもねぇよ。お前が気にすることじゃない」
本当にその通りだ。
俺と由比ヶ浜は付き合っていたわけではない。
だから浮気でもないし寝取られたわけでも無い。
ただただ...俺が勘違いしていただけだ。
「でも...」
それでもなお、由比ヶ浜は声をかけて来た。
「関係無いって言ってるだろ?」
「ぁ...」
冷たく言い放つ。
じろりと睨むと、由比ヶ浜はみるみるうちに涙目に変化していった。
「そ、そうだよね。ご...ごめんね...?」
「...」
その言葉を無視して本を開く。
これが...俺と由比ヶ浜の間に決定的な深い溝が出来た最初の出来事だった。
これから一生、決して埋まる事が無かった...深い深い溝が。
...................................
放課後、俺は奉仕部の部室に顔を出さなかった。
しかし、帰宅するわけでも無く、寄り道する予定も無く、ただただ教室でぼんやりと過ごしていた。
「...」
ぼんやりと窓の外を眺めていると、校門には車が3台並んでいた。
黒い大型サルーン、シルバーのスポーツセダン、真っ赤なオープンカー。
下校するには中途半端な時間。部活が終わるにも中途半端なこの時間。
他に生徒の姿は無い大雨の校門に向けて、女生徒が3人歩いていた。
黒髪ロングのスレンダーな後ろ姿。スタイル抜群で明るい髪色の後ろ姿。小柄ながら扇情的な身体つきの茶髪の女生徒。
...知り合いたちがそれぞれ男の車の助手席に乗り込んでいく。
手が届かないどこかへと乗り込んでいく。
「あぁ...」
悔しい。悲しい....興奮する。
胸が張り裂けそうな程悔しいのに、頭の中がぐちゃぐちゃなるほど悔しいのに...彼女達が知らない男の腕の中で快楽に溺れている様を妄想するだけで興奮する。
鬱々とした気分だというのに股間はガチガチに勃起している。
「由比ヶ浜...一色...っ...!」
雪ノ下はともかく、由比ヶ浜と一色が乗り込んだ車の持ち主は紛れもなく彼女たちの恋人だ。
「...」
やめよう。これ以上考えていると頭がおかしくなりそうだ。
校門の車が走り去った事を確認して、俺は帰路に就いたのだった。