音楽家・湊友希那は指定通りホテルに入った。
このテの施設を本格的に利用するのは人生初だった。どことなく他の施設とは一線を画す異質な空気を肌で得ていた。たった一人という感覚も久しいため足が浮くような心地がより濃く在ったが、いつものように落ち着きながら受け付けカウンターに向かった。
背の高い女性スタッフにメール相手の名前を出すと、特に何の確認も書類の記入も無しに一つの鍵がコツンと置かれた。指紋すら浮く冷たい金色の大きな鍵だった。案内された通りエレベーターを使った。
二十六階に位置する個室の内部は無人だった。広々としており、中央にベッドがあるだけだった。二人か、それ以上の複数人で寝転んでも余裕が在るほどの大きさだった。真白いシーツからは高級感を通り越して無機質な神々しさを感じた。
「一体、何が……」
ベッドにちょこんと腰かけながら友希那は独り言ちていた。味気の無い室内を見渡すとその度に薄紫の長髪が揺れた。施設の雰囲気があまりにも荘厳で静寂だったためどうにも現実感が無かった。友希那は座っているベッドを摩った。人間の肌に媚びているような質感だった。こんなところで仕事の話ができるとは思えなかった。友希那は再び室内の天井や隅を視た。毛髪や瞳が素早く動いた。時間の進みの遅さをどくどくと体験していた。
(遅いわね……。呼びだしておいて遅れるだなんて……)
友希那は青い息を吐いていた。事前調査の際に抱いた軽い感覚がそのまま実体験として降りかかっていた。
数日前受け取ったメールの相手は男性だった。本文には無駄という無駄がほぼ無かった。部屋に友希那ただ一人で来てほしいとだけ書かれていた。誰かと一緒に部屋に行くことはもちろん、部屋に行くことを誰かに話すことも禁止していた。文章の最初と最後に強調して書いているところから、その二点だけは本当に守ってほしいのだろうと思った。
立場上様々な事務所と連携することができ、そこから友希那にたどり着いて接触を図ったことがメール内で綴られていた。唐突で申し訳ないと謝られたが予定は強引に決定しており、唐突に鋭い言葉遣いになったところから男性らしい豪胆さをひしひしと感じた。
わざわざ事を強行するのだから相応の真剣な用事だと予想していた。一切知らない赤の他人でありさらに男性ということで正直乗り気ではなかったが、後から調べたことで発覚した男性の身分を考慮した結果友希那はまだ慣れないホテルの扉をたった独りで押し開いていた。
相手の男性とはこのプロ音楽界隈に長年居座る人間だった。前に出てパフォーマンスをするアーティストタイプではなく、後方でアーティストやバンドを計画するいわゆるプロデューサー的な立ち位置の人間だった。
最初に名前を視た時は何かの間違いかと思った。理由はこの男性と自分との接点があまり見当たらなかったからだった。名前を検索してもほぼ無意味だった。とある大御所音楽プロデューサーが実の父親であるという事実以外で目に留まる情報は出てこなかった。その父親というのはいくつもの賞を受賞した経歴を持っているらしく、そういういかにも偉業らしい偉業は自分の父と比べても見劣りしていなかった。対して件の男性には何も無かった。もう数十年の歴を持つようだったが、称賛される偉業も非難されるべき失態もまだ無いようだった。
それでも友希那がこれをチャンスだと思っていた。どのような相手であれ、真っ当な仕事人として接触を図ってきたのなら利益が発生すると思った。つまり自分たちがプロとしてより高い位置に到達するための重要なチャンスだった。ならば絶対にモノにすべき案件であり、故に友希那はメールの中で指定されたこのホテルへの行き方を調べた。
(いつになったら来るのかしら……)
ぼんやりと輝く照明を見つめて息を吐いていると、部屋の扉がついに開かれた。
ふかふかのベッドにようやく慣れてきた友希那はその上で背筋を強張らせ扉を視た。
「やぁ」
男が立っていた。
「こんばんは」
友希那はその場で立ち上がり軽く一礼した。
「ああこんばんはっ。ふふ、湊友希那ちゃん」
男は明るい声を出しながら友希那に近づきベッドへ落ちた。ドスンと響きながらシーツが歪みマットレスが沈んだ。友希那もその横に優しく座った。
「いや、なんかごめんねぇ、ちょっと遅くなっちゃって」
「構わないわ」
友希那は鋭い目で男を圧していた。至近距離で視る男は予想通りどことなく矮小な雰囲気だった。黒髪は短く額が丸見えだった。明らかに高級品のスーツもかえって滑稽だった。
「いやぁははっ、ちょっとねぇ、ヤッパ仕事がねえ、ははっ……」
男は声と共に腹もぷるぷるとしていた。歯列が黄ばんでいるのが特徴的だった。口角が上に向いた時の表情からは野生の猿を意識した。
「大変なのね。それで、要件というのは何かしら」
「ああ――」
男は友希那を遮るように腕を伸ばした。太い腕が友希那の隠せない幼さに迫って肩に触れた。
「ひっ……」
毛髪が逆立ったような気がした。友希那はびくりと自分の肩を視た。男の大きな素手が大らかに動いた。衣服の上から肩の輪郭を確かめるような動きだった。なぜかべっとりとしているように感じた。
「んー? どうしたの友希那ちゃん」
男が覗き込むような情緒で友希那に迫った。そのぬめりは体躯の芯に侵食し臓器を揉んでいた。あまりにも不気味であり背筋が嫌な質感で湿った。
「い、いえっ」
男が迫ってくる前に友希那はその素手をはらって身体を後退させた。
「だいじょぶ?」
「問題無いわ。それより――」
「いやぁ、ふふ」男は唐突に弾けた。背中を反らせてげらげらと笑った。「友希那ちゃんとアポ取れて、僕嬉しいなぁ」
「……偶然予定が空いていたのよ」
友希那は小さく放った。不可思議なざわめく感覚に震えていた。室内に漂う不透明な雰囲気が喉にまで入り込み息苦しさが籠った。
「時間は無いから、話なら手短に済ませてちょうだい」
友希那は喉を力んだ。自分はこれまで多様な体験をくぐり抜け、成すべきことを順成に成してきたため相応の力が在ると信じた。
「はは、友希那ちゃんはもうすンごいバンドガールだもんねぇ。音楽、いいモンやってるよ」
「当然よ」友希那は男の弛緩した声にきっちりと返答した。ここぞとばかりに腹に力を入れた。「私たちは自分の音楽を信じている。そんな私たちだからこそ、ここまで来ることができたのよ。そして私たちはこれからも――」
「ああ、そっか。なんていうかさ、まぁひとまず落ち着きなよ、友希那ちゃん。へへ」
「え、ええ」
頼んでもいないのに繊細に気遣われているような心地で落ち着かなかった。そもそも自分たちは対等な仕事の間柄であり、そのような薄っぺらい手回しなど不要だった。
「それで――」
「ふふ、友希那ちゃん……」
男はにたにたと歪みながら友希那の頭に手を伸ばし頭頂部を撫でた。
途端に友希那は背筋にぞわりと立つものを意識した。全身が一斉にあわ立ち関節がぎゅっと縮こまった。唐突に男が自分の精神的なすぐ近くに在るような心地と成り薄気味悪かった。
「や、やめてっ」
友希那は反射的に男の腕を弾いた。
「はは、嫌だったかい?」
「……興味無いの」
友希那は低く端的に放った。
「えー、そうなの? もったいないなぁ」
「……いいから、止めてちょうだい」
「あっ、じゃあもっと近くにいこっかなぁっ。へへ」
男はにたつきながら友希那に接近した。肩と肩とが擦れ合うほどにめり込んできた。
「ぐふっ、あの湊友希那とこんなに近くにっ。ああ、やっぱり僕は――」
「あのっ」友希那はさりげなく男から距離を取って素早く口を開いた。強めた語気でけん制するような情緒だった。「用事というのは、一体何かしら」
「え、ああ。まぁ、ちょっとね……」
男は友希那との空いた距離を堂々と詰めた。肥えた身体から発せられる風圧のようなものが友希那の顔面の肌に触れていた。妙に熱っぽい親近感だった。気を抜けば自分の中の極めて個人的な部分を覗かれるような気がした。自然と警戒心が固く成った。
「まぁなんていうかさ、僕とニャンニャンするだけだよ」
「にゃ、にゃんにゃんっ……?!」
友希那の脳細胞の乙女が唐突にピカッと反応した。
「にゃんにゃん……」
これまで触れ合ってきた猫たちの顔が一斉にわき出し胸の中心がぼうっと蒸れていた。
「あ、やっぱニャンニャン知ってる? 友希那ちゃん」
「いっ、いいえっ。別に興味無いわ」友希那は暴れかけた情緒の尻尾を掴み硬い声を出した。
「ああそう? でもこの世界じゃさ、こういうこともしないとだよ? だから友希那ちゃんも、今回のに答えてくれてんだよね?」
友希那は男を無視して喉を鳴らした。というより男の排気ガスのような声など聴こえていなかった。にゃんにゃんが脳裏で反響していた。脳裏に様々な種類の猫が自由気ままにくつろいでいる光景が映った。
「あれ、ちょっと、ゆ、友希那ちゃん?」
甘美な光景だった。間違いなくこの世の楽園そのものだった。
「あのっ、にゃんにゃんというものは、具体的には、どういうことなのかしら!?」
友希那は頬を火照らせていた。全身が一気に蒸れていた。肌が二回りほど肥大化するのを意識した。
「うーん」
しかし男は天井を視た。そのままぐりんと顔を動かして友希那の顔を再び凝視した。
「友希那ちゃんってさ、なんカップなの?」
男は平然とした口調だった。
「はい……?」友希那はその男の鉄壁に真正面から激突して潰れた感覚だった。「それより、にゃんにゃんはど――」
「いや、だからさァ、友希那ちゃんってなんカップなの? おっぱいさぁ、どれくらいおっきいの?」
男は友希那を覗き込んでいた。
「知らないわ、そんなもの」友希那は低い声で答えた。夢のにゃんにゃんを探したがもうどこにも無かった。自分の乳房の大きさなど知らなかった。
「え、ホント? 知らないの?」
「当然でしょう?」友希那は明瞭な声で答えた。「音楽に胸の大小の情報が必要なのかしら」
「あー、確かに」男は納得したように目を動かした。「じゃあさ、僕が測ってあげようか?」
「は?」友希那は目を見開いた。「あなたが……?」
わけがわからない提案だった。どうしてそうなるのか理解できなかった。
「うんうん。僕ってねぇ、そういうの得意なの」
男は震えた声だった。頬が高揚し左右両方とも膨れ上がっていた。その顔面は素早く友希那に近づいた。独特な酸っぱい臭いが香った。
「どう? 一回やっとく? ねぇ」
「嫌よ。申し訳ないけれど、本当に興味が無いの」
友希那の情緒は冷めきっており極めて鋭かった。
「そう? いいの? 彼氏とかできた時、申告とかできないけど」
「いいえ」友希那はグッと腹に力を入れた。「私にそういう相手は現れないわ」
「そうなんだ」男はけろりとした口調だった。「じゃあ、生理は?」
「せいり?」友希那は思考した。聞いたことがある単語だったが、それが具体的にどのようなものなのかは忘れていた。「……なんだったかしら、それ」
小声だった。なんとなくこの男には無知を知られたくなかった。
「そっか。へぇ、そうなんだ。へぇ」
男はなぜかにたにたと揺れていた。ここに入ってきて友希那に示した顔の中で最も喜悦に富んでいた。
「何が楽しいのかわからないわ」
「友希那ちゃんがねぇ。えへえへへ、へぇへえ……」
鼻息を静かに放って落ち着く友希那は、しかし男を前に煮え立つ羞恥を意識していた。男が何かひどく不道徳的な感情を自分に向けているような気がしてならなかった。自分の知らない自分が勝手に暴かれているような気がした。
「え、ならさあ、友希那ちゃんって――」
「あのっ、少しいいかしら」
男の緩んだ声に友希那はきっちりとした質感を投げた。男の顔は止まっていた。友希那はそのまま男の瞳を注視した。
「そろそろ、本題に入ってもらえるとありがたいのだけれど」
友希那は男の柔らかい情緒を 責するような心地で迫った。いつまでもいつまでもふざけている男児を制する母親の質感だった。
「わかったよ。ちょっと待ってね……」
男は友希那から顔を話すとズボンのポケットをまさぐった。仕事の内容を説明する準備か何かをしているようだった。途端にため息が漏れた。ようやく前に進めることに喜悦と呆れを意識した。卑猥愚俗な雑談なんてもう勘弁してもらいたかった。
「ほい、友希那ちゃんこっち視て」
男が戻ると同時に友希那の口元に白い布が触れた。
「んぐっ――」
友希那は反射的に逃れようとした。なにもわからなかったがとにかく生物として危険であることは理解できた。しかし後頭部を男に掴まれていた。故に友希那は布の中で呼吸をしてしまった。何もかもを強制されていた。慌てる友希那はもごもごと埋もれながら呼吸を繰り返してしまった。布にしみ込んだ謎の液体を吸ってしまった。
「にっ、んぐっ」身体の力が無くなった。四肢がただの肉塊に成っていた。脳が冷えていた。自分の身体と自分の意思を繋ぐ何かが溶けるように途切れていた。
「ぐふふっ」
友希那は男の顔だけを睨んだ。
その眼光は明確で濃厚な敵意にまみれていた。愚俗でありながら生き生きとした輝きがむき出しだった。
やはり同じ人間とは思えなかった。
友希那は意識を取り戻した。
胡乱だった。耳からぬるま湯を注入されているような具合だった。自分に触れる全ての輪郭がぼやけていたが、数秒で脳が再起し皮膚が凝縮した。友希那は空気を取り込みながら勢い良く起き上った。意識はとっくに震撼していた。あの柔らかいベッドの上だった。
「え」
友希那はそこで自分が全裸であることを理解した。途端に童女らしい羞恥がじわじわと持ち上がり脳が熟れた。心臓の鼓動がどくどくと喉まで轟いた。
友希那は荒い息を抑えつけながら衣服を探した。室内の雰囲気は変わっておらず広かった。しかし衣服は無かった。気品と仰々しい雰囲気のあのワンピースのはどこにも見当たらなかった。ありとあらゆる可能性が浮かび上がっては消えた。とにかく自分の秘部を隠さなくてはならないと思い立ち身体をさらに動かそうとした。
「ああ、友希那ちゃん起きたの」
「あ、あなたっ――」
友希那はむき出しの乙女で反応したがすぐに喉がきゅっと止まった。
「どしたのさ」
男がにやけた。友希那の皮膚はより重く硬直していた。飛び出した情緒は行き場を喪失しておりどん詰まりだった。
「なんで、脱いでるの……」
友希那は巨体を前にようやく震えた声を出した。
「え、そりゃあ、友希那ちゃんとにゃんにゃんするためでしょ」
「……なにを、言ってるのっ?」
男の声の一つ一つが重かった。脳がえぐられているような心地だった。目の前の裸体以外の全ての光景が、水面のようにゆらゆらと動き続けていた。
「か、帰るっ」
「おい待てよ」
男は膝立ちで友希那に迫り太腿に触れた。友希那の皮膚が飛び跳ねた。無数のミミズが這っているような感覚だった。
「離してっ」
友希那は強張った。しかし筋肉は動いてくれなかった。
「駄目だよ。だってにゃんにゃんだろ? するんだろ?」
男がさらにどしどしと近づいた。肉そのものが蠢き影が迫っていた。下劣で余裕そうな笑みは友希那の情緒に馴染もうとしていた。
「えへ、ゆきなあ……」
多大な危機感が迫り呼吸すら困難になった。
「ちょっと、駄目っ……」友希那は男の顔を凝視し声を吐いた。必死に取り繕う女児のような痙攣が在った。「ま、止まって! 嫌っ」
しかし男は止まらなかった。
当然だった。
「やだっ、やめてっ。ちょっと――」
今の友希那に歌姫的な他を律する優位性など皆無だった。友希那はただの乙女であり窮地のさ中だった。無力であり非力だった。むき出しのみずみずしい素肌にプロ音楽家としての威厳が宿るわけが無かった。
「えっちしようね」
男の唐突に湿った声が友希那を波立たせた。
「け、警察っ!」
歌手らしい絶叫は男のもっこりとした全裸を震わせた。
「けーさつ?」
男は身体を起こしながらギロリと友希那を圧迫した。先ほどまでのぬるついた温厚はもうどこにも香っていなかった。
「ええ、そうよ。警察を呼ぶわ。全部、何もかも訴えるわっ。こんなっ、許されるわけないでしょうっ?!」
友希那は声の圧でなんとか男を回避しようと奮起していた。
「ふーむ」
「わかったでしょう?! はやく、退いてっ……!」
友希那は強い目ぢからで不審者を制した。精いっぱいの抵抗だった。ギリリと鳴るほどに歯列を締めていた。自分に仕向けられているこれは道理も何も通っていない明らかな異常行為でしかなかった。正当性など皆無だった。権限など皆無だった。今の男はただ愚かでとことん下衆だった。暴挙そのものだった。どこからどう考えても理不尽だった。理不尽を突きつけてくる相手に従う理由などな――。
「んべっ」
友希那は呻いた。思考も感覚も全てが消し去り顔面に熱が迸った。
それは喉をかかとで潰された仔猫のような音だった。鼻の奥の辺りがツンと逆立っていた。目元が熱と痺れに侵されていた。
「は……」
友希那は大きく瞼を広げていた。まん丸になった瞳孔が静止していた。鼻の周辺が猛烈に熟れていた。わけがわからなかった。弛緩した顎が戻らなかった。胸部がざわめき肉が起伏を繰り返していた。喉が突っ張って短い悲鳴が連発していた。
「え、なにっ。え、えっ」
顔面の中心にいつまでも硬いものが在った。鼻筋の中に鉄の塊が埋め込まれていて、その部分だけが特別熱かった。知らない質感だった。
「殴られたくなかったらさあ、ちょっとおとなしくしてよ」
眼前の男は握り拳をかまえて友希那に放った。
「え、なっ、あ」
「抵抗すんなよ」
硬い声よりも、ぐっと熱の籠った拳に意識が向いていた。
「わかるだろ、なぁ、友希那ちゃん」
男がにたりと歪んだ。人間ではない正体不明の何かだった。
「え、あっ。ええと……」
口元がぷるぷると震えていた。
喉が本能に従って震えていた。
「ああ、ならもう一発――」
「ごおっ」喉が強くつっかえたが強引に空気を押し出した。「ごめんなさいぃ」
恐怖や怒りや後悔の色がひくひくと顔面の中を巡って消えて、最後には生物としての冷えた無気力だけが薄っすらと残っていた。
「すみません、でした……」
いつもの大声はすっかり消沈していた。部屋の冷たい隅に追いやられているような心地だった。
「ごめんなさい」
「はは、一発ぶん殴られただけでそれかよ。友希那ちゃんもオンナなんだねぇ」
男の脂っこい声が友希那の素肌を舐め上げていた。
「私はっ、なにをすればいいの」
友希那は懇願した。唐突に力が抜けていった。筋力も意志も矜持も威厳も、全て友希那に呆れるようにさっさと居なくなった。重々しく落ち着きはらった音楽家なんてもう無かった。ただの抜け殻になった友希那の近くにはぶよついているだけの男が在った。肉達磨を意識すると途端に緩んだ目元が独りでに発熱していった。
「あれ、友希那ちゃん、泣いてるの?」
「えっ……」
男の指摘で友希那はどきりとした。次いで自分の目元に潤みと熱と痺れが浮かんでいることを自覚した。すぐに脳細胞の中の芯のようなものが崩壊し視界が歪んで痰がわき出た。
「ありゃりゃ泣いちゃった。ままが泣いちゃった」
男の顔面は至近距離に在った。女児を慰める父親のような態度だった。友希那はその眼光からクイと逃げた。隠しておきたい弱さを的確に突かれている感覚が痒かった。頬や目元に溜まっていた涙はつらつらと流れ横顔を濡らしていた。男の両腕が友希那の頭部を掴んだ。友希那は上に誘導された。次の瞬間男の太ましい唇が迫って全てが覆われた。
「むっ――」
呼吸が塞がれ防衛の意識がプツリと静止した。
湊友希那はボーカルだった。
歌うことが好きだった。
歌うことこそが自分のやるべきことだった。
故に歌った。故に毎日続けた。休まなかった。休むことなどありえなかった。練習に練習を重ねた。歌声と音楽を信じていた。誇りを胸にひたすら精進した。自分だけの高みを目指して音を表現し続けた。自分の喉が奏でる音で突き進んだ。自分が開く口で道を作った。
プロと成った友希那にとって喉や口は確かに商売道具だった。
しかし商売道具以上の想い入れも当然在った。音楽家としての自分の人生に喉と口は必要不可欠だった。大切な存在だった。貴重であり運命的な部位だった。
「ぢゅ」
音楽家の友希那は男と強引に接吻へ移行していた。
男に頭部を掴まれていた。逃げられなかった。男の太い腕と五指は頭頂部の薄紫の毛髪をもしゃりとかき分けて固定していた。
口元には感じたことのない不吉が在った。どろりとした柔らかさだった。雄は友希那の肉厚を自由自在に蠢いていた。若気に満ちた蛞蝓のような湿り気だった。
「んんんっ――」
友希那は真白いシーツに擦り付けた四肢を必死にぐねぐねと動かしていた。ほぼ反射的だった。背中が脈打ち腹がひくひくと起伏していた。しかし汗まみれの異質な発熱が対抗するように被さっていた。本性をむき出しにする男だった。蒸れた汚臭の肉達磨だった。
「んふっ。んっ。んん――」
男女の四肢や胴体の起伏がベッドの上で噛み合っていた。
巨大な体躯は細い友希那を完全にベッドに押し付けていた。
接吻とは友希那にとって非常にわかりやすい象徴だった。友希那が連想できる男女の濃厚な行為といえば接吻だった。
「んんぐっ、ん、んふぅ、んっ」
そんな友希那のはじめての接吻がこの男だった。こんな男だった。乙女としての貴重な全てを男が占領していた。憤怒により体躯が火達磨と成った。
塞がれている口元に新しい質感が触れた。
「ぶっ?!」
友希那は停滞した。背筋がとげとげしく発達した。鼓動が停止し胸中が破裂しそうだった。四肢がわなわなと呻ったが大した抵抗はやはりできなかった。目尻に涙が溜まった。すぐにたらりと流れた。
口の中が男の不埒な肉で埋まっていた。友希那は必死にハスハスと鼻から息を放出した。喉まで侵食されている心地だった。
「ぢゅっ、んんっ。ぐっ、うえ、ぶっ」
男の舌は触手のような毒々しい蠕動だった。雌の湿度の源を徹底的に這っていた。奥歯や歯茎といった友希那が普段あまり舌を伸ばさない箇所にすら遠慮無しで到達しべちゃくちゃと散らした。肉厚と共に男の唾液も流れ込んできた。苦手な野菜を無理やり食べた時とよく似た醜態だった。全ての感覚や幻想が一気に崩れた。自分の中の貴重な部分だけが徹底的に没収されており何も無く成っていた。
友希那は男の丸っこい腕にヤケクソ気味に触れた。ただの接吻を超えた生々しいこの行為そのものがどうしても嫌だった。故に細腕を蛇のようにしならせて太い肉に絡みついた。汗が滴る両足の小さな指を丸めるように力んでとにかく踏ん張った。窒息感で脳が乾燥していたためとにかく必死に逃れようとしていた。すると頭部を覆う男の素手が一斉に動いた。頭頂部辺りで五指の熱が擦れた。女性の尊さを慎重に確かめて大切に大切に愛撫する不気味な勢いだった。
「ん、ちゅるっ」
酸素が完全に消滅する直前で男の舌がぬちゃりと抜けていった。
友希那は犬のような荒い呼吸だった。平坦な胸部と卑猥な肩が動いていた。倒錯的な色気の籠った鎖骨がぴくついていた。口の中でもうもうと香る雄の原液が不潔だった。
「友希那たんの原液、思ったよりも美味しかったよ。へへ」
にたりと垂れる男の素手が太腿に触れた。途端に友希那の神経が飛び上がり裸体そのものが弾けた。はじめて体験する男の熱に身体は敏感に拒絶していた。男は友希那の素肌を優雅に進んだ。自分の優位を理解しているからこそ発揮できる余裕ぶった手つきだった。
(なんで、こんなっ……)
友希那は薄っすらとした眼力で男を睨んだ。細い瞼の隙間から激昂の火炎を放っていた。身体の内側に溜まっていく怒気によって悶えていたが、その怒気や黒い感情はどこにも吐き出せずにただ身体の中に残ってのたうち回った。男は友希那の裸体をすりすりと舐めはじめた。
「んふう。いい手触りだねぇ」
素手は孫娘にするような落ち着いた情緒だった。友希那は生きている中ではじめて素肌で異性を感じていた。異性は、雄はぞわぞわと友希那を脅かしながら、何かを探り当てるような情緒で表面を探っていた。
(なんでっ……)
浅黒い大きな素手が自分の裸体の上で動き続けていた。友希那は悔しかった。強烈な敗北感に胸部が締め付けられていた。こういう存在は最初から音楽の真髄など無視しているのだろうと思った。それよりもまず女性としての有用性だけをしゃぶるように追及し、ひたすらこき下ろしているのだろうと思った。あまりにも非道だった。まさしく下劣の極みだった。奥歯を噛みしめ脳裡の屈辱を圧し潰そうとしたが何も変わらずただ腹の中が煮えた。その平坦な腹に男の素手の熱が纏わりついて浅黒い五指のそれぞれの腹が這った。友希那は背筋を浮き上がらせて耐えた。
「友希那ちゃんもちゃんと柔らかいんだねぇ。ふふ」
「……気持ち悪い」
友希那は首筋から胸部とさらに下腹部、股間に至るまでの全て流れが極めて控えめだった。受け入れる側特有の軟体ではあるが必要以上の肥えは無く、落ち着き払った肌色の平地だった。
「お、ここもいいね。なんかやってんの? ケアとか」
男は順調そうな動きで太腿の内側の友希那に到達した。
「やめてっ」
「え、なに?」
顔を反らす友希那は堪えながらもぴりりと跳んでいた。太腿の内側とは友希那にとって極めて個人的な部分だった。そこに他人が接触することなど皆無であり、友希那の素手のみに慣れている部分のはずだったがそこに男が触れていた。
「よし、それじゃあいこっか」
不気味で倒錯した画だった。友希那はただ奥歯を圧して男の硬い素手を受けていた。次いで関節が左右に裂けるように大きく動いた。股間が今まで生きてきてやったことのない角度を披露した。自分の卑猥な部分を自分から見せつけているような心地だった。酸のような羞恥が顔面にぶちまけられていた。次の瞬間男が腰を突き出した。
「いひぃっ?!」
友希那の股間にぬめりが触れた。ぎょっとしながら股に向いた。その瞬間膣から脳にかけて明らかに自分ではない嫌な電撃が立ち上がった。男の股間の影のように思えた部分から唐突に何か肉っぽいものが飛び出していた。
「え、もしかして友希那ちゃん、おちんちん観るのってはじめて?」
「おち、おちんちん……?」
対面するそれはとことん無学で自己中心的な一本だった。記憶の中にあるそれとは全く違う様相だった。まさに社会性を捨てた男の成れの果てだった。「はは、男の人には絶対入ってるんだよ。ほら、お父さんのとか、観たことない?」
陰茎は男の笑い声に同調するように根本の部分から震えていた。友希那は顔を左右に振るった。真白いシーツの上で薄紫の長髪が細かく泳いだ。
「あ、ほらっ、ちょうどマイクみたいだよね! 友希那ちゃんがいつも握ってるやつ!」
「しらないっ。そんなものっ――」
友希那は眼前の男の獣を必死に否定した。シラナイ、シラナイと大きく放ったつもりだったが小さすぎたため咀嚼音のように散るだけだった。
「まぁ、今からたくさん知るワケだからさ、一緒に気持ち良くなろうね。ふふ」
男はにやけながら腰を突き出した。
「おほ、あったけぇ」
湿った濃い声だった。陰茎のその先端、亀頭から漂う熱が友希那の股の中心に触れていた。洗っていない素手で全身をぺたぺたと触られているような心地だった。
「んんっ……!」
友希那はぎゅっと目元を力んだ。男は腰を左右にぐねぐねと動かした。友希那の股間がさらに広がった。
「やだっ、ああ……」
不気味な何かが明確に女体をこじ開けていた。硬いものが胃の中でいつまでも消化されずに残ってるような違和感だった。脈拍が上がり肌があわ立った。
「うふっ、入るぞおっ、ぐうっ、友希那あっ」
男の顔は喜悦に満ちていた。陰茎は友希那の股間を突いていた。友希那の内部に在る膜のようなものにぐいぐいと進んでいた。全て無断で同意も何もないまま事柄が進んでいた。なぜか友希那が押されていた。なぜか潰される側に在った。
「友希那っ……!」
「や――」
男が体躯そのものを滑らせた。腰と腰が触れ合い膣がごりゅっと歪んだ。
「ああぁっ!」
女体の内側が熱によって持ち上がった。雄の最も雄っぽい硬さと熱意が、そのまま友希那の身体の内部のその奥にめきめきと入っていた。二十年近く清らかに続いた純潔があっけなく粉砕されていた。
「ああっ、うう、うひっ。うう……!」
下腹部が広げられぽっこりと膨らんでいるように感じた。友希那は強烈な圧迫と湿った痛みだけを得ていた。空気を求めて口をぱくぱくと震わせたが喉も肺も酸素を取り込んでくれなかった。
「友希那ちゃんって、やっぱり処女だったんだねぇ。へへ、嬉しいなぁ」
男の欲望はすでに友希那の奥の母性にまで到着していた。
「ああ、そういやゴムつけんの忘れたなぁ……」
人間としての重要性が蔑まれ、女性としての価値がずたずたになっていた。
「まあいっか」男は明るく腰を強張らせた。硬い硬い熱が友希那の身体の奥底に到達した。
「なにっ、なにこれぇっ……」友希那はざらついた声を出した。火照った頬には大量の涙が流れていた。脳裡にて様々な人間の顔が次々に浮かび、最後の最後に父親の顔が立ち込めて消えた。「やだっ、あぁ……」
「いやだからこれさ、おちんちんだよ」
股間から突き上がる熱がさらなる硬さを得てじんじんと迫っていた。弛緩した友希那の中に残ったものは極めて卑猥な雌っぽさだけだった。
「おぢ……。ううっ」
「友希那ちゃんはいまから僕とねぇ、たくさんニャンニャンするの!」
「抜いてっ」
友希那は顔を右に向けて吐き出した。雄の熱情が違和感として溜まっており腹の皮膚がへこんだり膨らんだりしていた。
「駄目だよ」
「抜いてっ、抜いてよおっ」友希那はのけ反るように身体を突っ張らせた。「こんなの、こんなっ、嫌あっ……」
「ええ、嫌なの?」
男が唐突に呟いた。ポツンとした風味だった。
「ねぇ、嫌ならさ、なんか言うことあるんじゃないの? そんなイヤイヤ言ってないでさ。友希那ちゃん、歌姫なんでしょ? ちゃんとしなよ……」
男は真面目だった。膣にめり込んでいる陰茎は心臓のように脈打っていた。胎内で静かに適合するように溶けていた。
「あのっ……」
友希那の脳裡につい先ほど目にしたあの真っ赤な異形が映った。
「ごめんなさい。許してください」
友希那は喉を絞って男に潤みを見せた。目の前に唐突に現れた光に縋る勢いだった。
それがまやかしかどうかなんて考えていなかった。
「わ、私のことっ、どうか見逃してください。お願いします……」
「んふ」
途端に内部の男が成長期のように肥大化した。巨体が覆い被さり頭が掴まれ、雄がぬるく動き出した。
「なあっ――」
股間全域がぬちぬちと混ぜられた。体躯がゆさゆさと動き続けた。全ての思考が吹き飛んでいた。何もかもが水に溶ける砂糖のように消えていた。身体の主導権なんてもちろん無かった。
「んんっ、ぎぃ、とまって。なんで……」
「ふふ、一緒に気持ち良くなろうね、友希那ちゃん」
天井を背にする男の声は、友希那にとってどこか遠い位置から鳴っていた。動き続ける陰茎は硬い質感だったがとてつもなく柔軟で一気にずりずりと上がってくるような迫力も在った。
「やだ、やだっ。うう」
友希那の四肢はそれぞれ男の体躯から四方向に飛び出ていた。それは大きく広がっていた特に力むことなどできなかった。男の大らかな貪る動きに反応して震えるだけだった。
「まま、すきっ。ゆきなっ……」
男は吐息をハフハフと漏らしながら腰を動かし続けた。友希那の全ての部位はその男の発汗のぬめりや熱で満ちていた。ぞりぞりと擦れれ続けている下腹部には卑猥で俗っぽい痛みがあった。ぬくい悪意で内側から臓器をまさぐられているような感覚だった。独特な不衛生と不道徳に全身が揉まれ、潰されていく感覚だったは友希那の純粋を逆撫でしていた。必死に歯列を食いしばって耐えようとすると蒸気と共に手負いの獣のような声が漏れた。
「あう、友希那、まま……」
男は友希那を抱きしめていた。脇の下の辺りにそれぞれ腕を遠し、まっ平らな乳房にぬめめった顔面を乗せていた。お気に入りのぬいぐるみに頬ずりをする女児に似ていた。強引に女体に全てを委ねて必死に安心を探しているようだった。
「うふん、ままぁっ。ゆきなぁ」
不気味だった。みっともなくて愚かだった。醜態そのものであり視界に入れるだけで腹の奥と奥歯が痒くなった。何もかもが噛み合わないちぐはぐな世界だった。
友希那の脳裡ではあの一撃が想起されていた。
他人から殴られた経験など当然今回がはじめてだった。自分にそういった行為を働く勢力が存在していることに驚いていた。というよりこの世に本気で女性に暴力を執行する男が居るという事実そのものに友希那は驚愕していた。
「はうっ、ふふ、ゆきなっ、ゆきな、ゆきな……」
友希那の体躯は今まさに虐げられていた。無我夢中の男の筋肉の動きに対応するように友希那の内部の肉もごりごりと曲がりくねっていた。まるで体躯と体躯が楽しくくっついているような感覚だった。
「うう、きもちい、すごっ、おおっ、ゆきなっ」
男がそうやってぐじゅぐじゅ動く度、友希那がかつて信じていたものが悉く揺れ動いて崩れた。常識そのものが熱と痛みによって変わっていた。対峙しているこの男は性器のみで感じ取れる友希那のみをひたむきに意識して使用していた。友希那は自分の意見を蔑ろにされ、自由に権利を決定されていた。今までの友希那の全て踏みつけて嗤う行為だった。極めて強引であり独りよがりな行為だった。
「はぁ、うふ、ふふっ、まま……」
男の両手が友希那の頭蓋そのものに触れていた。蠢く腰からは粘ついた最悪を感じた。全てを賭けたとしても拭いきれない雄の醜さの真骨頂が塗り付けられていた。すぐに憤怒が浮き出た。しかし顔面と膣の激痛がかき消した。友希那の気概は全て童女らしい貧弱に変換された。もう逃げることなどできなかった。刺し込まれている陰茎の先端は友希那の母性に触れて入り口の孔をこじ開けようとしていた。
母性とはありとあらゆる男が動物的な本能で求め続ける女性の本質だった。
そして友希那の下腹部にもその本質はしっかりと存在していた。
「最高のまんこだっ。まさに、まさに僕に抱かれるためだけに生まれてきたってカンジだ……」
友希那が内に秘める母性は凝縮した肉棒によってひしゃげていた。下部からの膣ごと全てを押し込まれているような感覚で、自分の核に異質が発生した友希那は嫌悪を超えた吐き気を感じた。
「本当にっ、ここまで頑張って生きていてくれて嬉しいなぁ」
男は勝手なことを口走った。もちろん友希那の中にそのような意識は無かった。友希那の人生は音楽のためだけに存在しているはずだった。強い芯を持ち頂点のみを目指すだけのはずだった。
「あぁっ。出るっ。出るぞおっ」
男が友希那の右耳のすぐ近くで呟いた。声と共に湿った水滴が耳に引っかかった。
「まっ、ちょっと――」
「精液っ! 精子出るっ」
友希那の中で異質な電気信号が流れて瞳が再起した。男の腰の動きが徐々に加速し喉元に差し迫った。
「ナカに出しちゃううっ。ままのナカッ。くうっ」
友希那は喉を力んで何かを叫ぼうとした。しかし焦げているような肉弾は問答無用でどちどちと動き続けていた。だるんとのしかかる尻が友希那の発言権そのものを誤魔化すように叩いていた。
「ぐふっ。ううっ、ゆきなぁ、中に出すっ。友希那に種付けするっ。せいえきっ、出すうっ」
太い腕が胴体に絡みつきぎゅっと包囲された。男は何が何でも友希那を自分のものとして射止める気概に在った。粘っこい執念であり、友希那の心臓はそれに同調するような感覚で強烈な働きをみせていた。友希那は奥歯を噛みしめた。ベッドのシーツをぐぐっと握りしめた。孔が開拓され肉壁が削られていた。腹の底がぞくぞくと震えていた。
「くうっ。ままっ、ままぁ。出ちゃうっ。来ちゃうのおっ」
男の汗と友希那の肉がぬるぬると絡み合い揉み合っていた。
「だめ、やだっ……」
「ううっ!」
友希那はどちりと圧された。体躯がびくりと強張り、四肢の指がそれぞれ潰れるほどに力んでいた。何かがどろっと流れ込んでくる発射音が頭の中で鳴っているような気がした。膣内だけが大きくうねっていた。
「あ、あぁっ……」
下腹部に溜まった温かい重さは身体の内部を這い上がり喉元を絞め上げた。何もかもが遠のき自分だけが汚れていた。自分がかつて抱いていた健気な純情と、その先に続く未来は濁った白色ですっかり臭く成っていた。
「ふう。ふふっ。友希那っ、中出しっ……」
男はいつまでも友希那に抱き着いていた。絶好の雌を逃がすまいとしている男の太ましい独占欲が発揮されており、汗で熟れた肉同士が密着していた。男は友希那内部で何度か蠢いた。腹の底で小さい炸裂を得た友希那は四肢と意識を脱力した。それは敗北した者にのみ発生する諦めだった。シーツを握っていた細い指指がぱたりと沈み、重い両足もくたりと落ちて軟弱になった。
男はそれでもお構いなしで何度か小さく痙攣し、連続で友希那の母性に植えつけた。押し込まれる湿った流動体は友希那に懐いて溶けていった。
さらに続けて友希那の中で吐露する男が、そのてかてかとした酸っぱい拘束を解いて起き上るのは数分後だった。
「ねぇほら、妊娠だよ友希那ちゃん」
男の陰茎は刺し込まれたままで、膣を圧迫するようにいまだに大きかった。
「友希那ちゃんは子供生むの! 僕の子供っ!」
「こ、ども……」
その単語は友希那の中に強くめり込み漂った。確かな重さを持ち神経にずっしりと響き続けた。男が口から出したことで明確な事実に成ったような気がした。知りたくないため必死に意識を逸らしていた現実と強引に向き合わされているような心地だった。
「くふうっ。ふふ、僕たち夫婦だねぇ。ふふ、ままぁ」
友希那はどろどろと埋まっていた。全て吐き出したかった。何も無かったことにしたかった。綺麗に排除したかった。しかし薄れていく黄金の瞳孔で捕える天井はとても遠くだった。
「子育てとか、頑張ろうね」
男の素手が友希那の額を這った。同時に陰茎が奥まで到達し、友希那の下腹部全域がどちゅんと湿った。熱されたことで友希那は自分の母性の位置と形をはっきりと理解した。
「ああ――」
押し付けられた無数の種は未発達の母性の中でたぷたぷと歪んでいた。その億ほどの白い子供たちは子供らしく自由奔放だった。溌溂であり豪胆だった。唯一無二の友希那の胎内を完全に安全で肯定的な肉の室内であると認定していた。
子供たちは無邪気に泳ぎ続けた。自由に蠢き友希那の母性のさらに奥へと進入していった。それは出逢いだった。極めて野生動物的な湿度に在る男と女が唯一成すことができる神秘の現象だった。
子供たちは母体に向けて雄っぽさを発揮した。それこそが種の役割であり使命だった。迷いなど無かった。友希那の象徴に一直線だった。友希那の母性を絶対に逃がさないように素早く包囲し突撃した。
子供たちは友希那の母性の中に入り込もうとしていた。ぷっくりと膨れた頭部をぐいぐいと擦り付けて元気よく突き破り、その内部をかき分けて強引に友希那と融合していった。
途端、友希那は自分の母体そのものが蠕動するのを意識した。胎内で発生した出逢いは小さかったが、明確な奇蹟だった。すっかり掠れた友希那の人間性にもどぷりと響いていた。幻聴などではなかった。子供たちからの声だった。男の子種からの音だった。自分をとことん汚してくる生命力からの最後の報せだった。友希那は今まさに生物として変化していた。雌として進んでいた。不本意な男とその種によって強制的に本物の母親へと押し上げられていた。
昇華した友希那は果てしない重さを感情の中に意識していた。
「うっ、と……。ちょっと動くね」
反抗的な声を出そうとしたところで息が止まった。栓がせり上がり喉元が窮屈になった。男が動いていた。陰茎がようやく抜けていった。血管が蒸れるほどの屈辱と、腹に籠もったぬるい精液だけを置き去りにして雄が出ていった。雌は最後までそれを丁寧に咥えていた。まるで自分の唯一の夫を引き留めるように尊く粘りついた。
「はは、友希那ちゃん、なんかえっちな恰好してるよ」
ようやく解放された友希那はしかし雑に体躯を放置していた。腕も足も身体の外側に投げるように広げていた。かつての淑女として、あるいは歌姫として上品に身体を整えようとする余裕は皆無だった。故に友希那は自分を食らった張本人の目の前であるにもかかわらず雌をそのままにしていた。白い濁りで満たされたむき出し膣からはむわりと何かが立ち込めていた。その股間は時おり上に震えた。
友希那は大きな呼吸を続けながら視界の中の光を視認していた。今まで男の巨体で遮られていた天井からの照明だった。なんだかとても久しく思えた。あんなにも薄い光だったのかと驚いた。
脳裡にあるのは後悔だった。メールを受け取ったあの瞬間から自分は汚れてしまったのだと思った。男から命令と共に汚れを受け取っていたのだと思った。関わらなければよかったと思った。無視しておけばよかったと思った。男のことを調べ、従い、この部屋に足を運んだ全ての記憶が後悔の一色と成っていた。そしてこの先の道筋が見つからなかった。ありとあらゆる選択肢の果てに待つものはどろりとした暗闇だと思った。下腹部で常にたぷたぷと歪むこの熱量こそが女性としての敗北の証なのだと思った。
天井のその光源をのっそりと侵食してくる大きい影が在った。
友希那の女体はその影にすっかり収まった。
「それじゃ友希那ちゃん、つづき、しよっか!」
男の素手が太腿に触れて強引に引っ張られた。
友希那は男の前でより卑猥な開脚を強要された。