友希那にとって恋愛とは不思議なものだった。
一見すると自分には縁のないもののように思える。実際、友希那は音楽家としてプロになり、これからも今まで以上に歩み続ける。そういった活動の中に恋愛が登場する確率は極めて低く、友希那は自分が他の特定の男性に特別な意識を向ける日が来るとは思えなかった。その感覚そのものが、なんだかいまいちわからなかった。
友希那は恋愛に対してどちらかといえば否定的だった。
だが友希那は一方で、恋愛に憧れのようなものを感じていた。
それはほぼ幻想といってよいものだったが友希那は確かに持っていた。いつの日か自分の前に素敵な男性が登場し、そのただ一人に永遠の愛を誓うのかもしれない。男性から多大な好意を受け、自らもまた強い行為をその一人に注いで育んでゆく。
何か根拠があるわけではなかった。また友希那は、この世の全ての女性が必ずそのような未来を辿るわけではないこともよく知っているつもりだった。
それでも友希那の脳内で、その妄想は止まらなかった。また。そのテの妄想をする際の友希那は必ず特異の心地に至った。それは具体的には胸の部分が急速に働き、全身の血管の位置や細さや領域が完璧に理解できるというものだった。
焦燥感と恍惚が同時に友希那の意識を襲っている。こんな艶やかな体験を友希那は他で知らなかった。しかし悪い心地ではなかった。友希那は走り出した車のようにこの特異な熱気に集中し、脳裡で妄想を続けるばかりだった。
この男の中にそのような意識は皆無のようだった。
男にあるものとは性欲だけだった。
少女が汚れて絶望する姿のみを渇望している。いたいけな少女を己の粘つきで満たしたい。孕ませたい。男はただそれだけだった。ただそれだけのために生きている。友希那は今からただそれだけのために消費される。逃げようとした。この路地裏の中で友希那は地面を這いずって男から遠ざかろうとした。
しかし不可能だった。
男は友希那が自らの純潔に執着する以上に強靭だった。
友希那が泣き叫べば泣き叫ぶほどその胆力は膨張し、スカートが捲り上がっている。手元の位置にまで悪臭が立ち込め、細い太腿の内側の部分に知らない質感の肌肉が触れている。熱気と悪寒が同時に背筋を逆撫でし、突き進む陰茎は友希那の処女膜など簡単に引き裂いた。
この男が何者かなど友希那は知らなかった。面識さえなかった。友希那は街中でこの男に道を尋ねられただけだった。ちょうど知っている場所だったため案内することを提案し、少し歩くと男は唐突に豹変した。吸い込まれるように路地裏に入り、あの空が細くて遠い。
そして今、完全に主導権を失った身体の中で男の欲望のみがうねりうねりと擦れている。男が動けば友希那も関節を酷使し、男の膨張に合わせて友希那の内側も拡張されて舐られる。友希那は歯を食いしばっていた。今、自分の最も身近な部分に知らない男の性が差し迫り自由を許してしまっている。友希那は反抗したかった。こんな蛮族のことなど蹴飛ばしてやりたいと目元を引き締めていた。
しかし友希那はこの路地裏の地面に伏せるように身体を預けるしかなかった。
恐ろしかった。組み敷かれた身体の真上、台頭するこの男が何より巨大に視える。その圧倒的な存在感は友希那から気力を奪い、執着を奪い、ただ友希那に生き延びなければいけないという使命感をまず植え付けた。そして今この場で友希那ができる生存のための策とは膣から劈く痛みにただ耐えることだけだった。また友希那は自分自身に驚愕していた。眼前の男一人さえ優位に立てず、簡単に股を許している自分自身が何より情けなかった。友希那はこの男がすでに自分と同じ人間ではない何か怪物のような驚異だと思っていた。そんな相手が欲望を剥き出しに襲いかかってくる。友希那はただ死にたくない、殺さないで、と願いながら知らない男に膣をほじられ続けた。
やがて男の動きが友希那の上で停止した。
それはただの停止ではなく股間を友希那のほうに押し込みながらぷるぷる痙攣するという行動だった。友希那は一瞬だけこの男が諦めたのだと思った。揺れる身体を必死に抑え、鋭い目つきで睨み続けたことが功を奏し、つまり男が気圧されて腰の動きを止めたのだと思った。
次の瞬間に友希那は自分が華麗に咲き誇る薔薇などではなくただの苗床であることを思い知った。
それは幼児がやるオネショによく似ていた。どこからともなく溢れる尿は内部で溜まり股間そのものを湿らせる。尿の量が多い際はオムツが耐えきれず重たくなる。今、友希那は自分の内側から自分ではない何か湿った熱がわき上がってくることを体験している。それは男の種子だった。最大限に膨張した陰茎は友希那の身体の最奥の部分で勢いよく種付けを行っている。
友希那は自分の女体から逃れるように必死に叫び続けた。それでも股の位置では排泄が続いている。二度、三度と波打つものは次第に緩やかになっていくが完全に収ままることはなかった。友希那は男の粘液から逃れようとしている。しかし雄は、そういう友希那にすかさず粘り寄って絡み付いてくる。
友希那は何か精神的に溺死してゆく心地を体験していた。女性としての余白の部分、いつか相応の相手が手を伸ばし、優しく注がれて満足に温まる部分がどろどろに詰まってしまっている。やがて友希那の視界に暮れが訪れた。結合しているその相手、つまり男が友希那に向かって身体を倒した。男はさらに友希那の両手にそれぞれ指先を伸ばした。二人はまるで生涯を誓った恋人かのように五つの指を重ね合い、腰と腰はさらに密接、胎内で泳ぐ多大な種子たちは強く密閉されたままかき混ぜられていった。
混濁してゆく身体を遠くに、友希那は自らの初体験がこれで終わったことを意識した。
友希那に対し強姦を働いた男はそれから数度の射精の後にどこかに消えた。
膣から男が抜け出た後、男の影が消え、ようやく空の色が視界に入っても友希那は動けなかった。何かみせびらかすように股を開けたまま十数分間放心し、その後にようやく身体を起こして帰宅した。
強姦被害に遭った友希那はそのまま帰宅し泣き叫びながら両親へ事情を説明した。
最後、ごめんなさいという絶叫と共に友希那の股から白いものが落下し、びちゃりと音を立てて床に飛散した。まだ若い友希那の子宮が留めることができなかった余分な男の精液が我慢ならず漏れ出たのだった。強い冷たい雨に打たれているかのような絶望に包まれる友希那を前に父親も母親も強い憤怒を示したがその行動は冷静だった。
即刻通報の後に友希那は心身に関する治療を受け、また犯人特定及び逮捕のため捜査を開始する警察への協力を余儀なくされた。
男について思い出したり特徴を喋ることは友希那にとって苦痛だった。
だが友希那以外の全ての人間は友希那がそのように感じていることを少しも察知していないようだった。
強姦事件をいくつか担当したという刑事も、精神的な療養に詳しい医者も、カウンセラーとらやも友希那の心情を深く考慮していなかった。少なくとも彼らを前に対話をする友希那にはそのように視えている。友希那は何度もその人の前から逃げ出したいという衝動に駆られた。そんなこと今までの人生の中ではじめての経験だった。誰もその場から逃げることを赦していないように思えた。
なんの誇張でもなく、そういう詩的な表現でもなく世界の全てが敵に視える。
また、友希那は自分を襲った相手について獣だと思いたかった。
いいや、事が事件として詳細に設定される直前まで友希那の脳内であれは確かに獣だった。
私は獣に襲われた。そうすることである程度の理不尽を飲み込んで日々を過ごしていたが警察は、あるいは世間はそんな友希那の勝手な精神的ライフハックについてももちろん考慮しなかった。
男、容疑者、加害者、などという単語、あるいは正確な氏名を取り上げることでそれが獣ではなく人間であることを友希那も知ることとなり、また世間のあらゆる人間も友希那が獣ではなく人間の男に襲われたことを認知していった。
テレビの中でアナウンサーが容疑者の声を代弁している。友希那はリモコンを取り出してアナウンサーを射殺した。黒色のテレビの中に薄く自分の顔が映っている。それは獣に噛みつかれてぐちゃぐちゃに咀嚼された後の唾液まみれの汚れた顔だった。友希那はその少女だったものをかき消そうと爪を立てた。下腹部がいつまでも温かかった。