子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
「まあ好きに寛いでけよ」
件女の家まで案内され驚愕した。家に向かう道順も、家の外観も、俺が知る鹿狩家の物だった。昔遊びに来た時と違わない。表札にも『鹿狩』と書かれている。
しかし、女の部屋は若干鹿狩っぽい匂いはするものの、ほとんど女の子の部屋の匂いだった。
家の間取りも部屋の位置も俺の知る鹿狩と全く同じ。でも家具や匂いは、あいつのものとは思えない。
変な気分だ。落ち着かない。
「あ、これ」
とりあえず床に腰を下ろして振り向いたら机の上に手の形のオブジェがあった。送られてきた自撮りにも映っていたやつだ。
「それ、キモいやろ。吉良吉影かってな」
件女がカップを2つ持ち、足でドアを閉めて部屋に入ってきた。
「飲み物はコーヒーな。ミルクと砂糖はお好みで」
手の中に入っていたミルクとスティックシュガーをゴロゴロっと机の上に放り出し、猫の顔のクッションを床に敷いてその上に女は座った。
「ほい」
「あ、ありがとう?」
犬の顔のクッションを受け取った。顔を尻で潰すのは気が引けるが、厚意は受ける事にした。
目の前で女がコーヒーを飲み始めたので俺もコーヒーを飲む。
……この人、何も言わずにコーヒー淹れてきたけど俺が好きなの知ってたのか? 最近飲むようになったから、本物の鹿狩ですら知らない筈だけど。
「菓子も好きにつまんでいーよ」
「ざすっ」
「なんか観る?」
女が棚に視線を送る。DVDがパンパンに飾ってあった。映画とかドラマとかのマニアなのかな。
「いや、大丈夫っす」
「そ? ならどうしよっか。いきなり本題行く?」
「あー……や、1個だけ聞きたかった事あるんすけど、聞いても?」
「? どぞー」
机の上に置いてある手の置物を見る。
「なんすか、これ」
「本題の前に話すのがそれ???」
「い、いいじゃないっすか。昨日から気になってたんすよ!」
「昨日? あー、自撮りの」
目を伏せると、女は「ん? どしたの?」と言ってきた。鹿狩を主張するのなら察してくれ。
「よくは知らないけど、ヒンドゥー教っぽい置物とか置いてある店で買ったやつ。何らかのご利益があるんだってよ」
「ご利益」
「んー。何らかの神様のお手手っていうグッズ」
彼女は、手のオブジェを爪の先でつんつんと叩いた。ご利益あるんだ、生々しすぎてそんな風には思えないけど。
「さて」
女は片膝を立て肘を乗せ、背中を背後のベッドにつけた姿勢で俺を見据えた。
「お手手の謎も解けたし、早速本題入りましょ〜か」
「そっすね」
「なんでそこで睨むんよ」
「……別に」
「はぁ……もうこの手の話題何回目って感じで、うんざりしてんのこっちなんだけどな〜」
どういう意味だろうって少し考えた。今までも本人確認をさせられてきたっていう設定か。
鼻で笑ってやった。
「さ、どんな話を出す? なんでもドンと来い」
「……2人で一緒に買った最初の銃は?」
「え、知らん。覚えてないそんなもん」
「やる気ある?」
考える素振りすら見せずに速攻で覚えてないって言われた。ちっとも信じさせる気ないだろこの人。
「やる気と言われてもねぇ。初めて買ったエアガンとかもう十何年前の話よって」
「小学生からの付き合いなんだから10年は経ってないっすよ」
「はい?」
なんで俺がおかしい事言ってるような目で見られるんじゃ。年齢設定くらいちゃんとしろよ! そう抗議してやろうと思ったら、彼女は1度俺から目線を外し何か小声で呟いた。呟きの内容は聞こえなかった。
「失敬失敬。じゃあー……あれだ。銀色のハンドガンのやつ。東京マルイの。銃の名前は普通に知らない」
妙な行動を取った後、あっさりと彼女は正解を言い当てた。
「KP85な」
「ドヤ顔で答えるのガンオタクすぎんか」
まあ、名前までは答えられると期待していなかったしそこはいい。オタク呼びは少し気になるが。
「じゃあ、2人で初めて行った店は」
「ん! あれやろ、福屋! あそこでずーっと遊戯王サーチしてたもんな。んで、そこで婆ちゃんにバチくそキレられたよな!」
「!」
福屋、というのは近所にある民家を改造して作られている駄菓子屋だ。少し行けば遊戯王の取り扱いがあるデパートや本屋はあるが、俺と鹿狩はずっとこの店に入り浸っていた。
そして、そこで過ごした日々の出来事は奇しくも女の言う通りだった。解像度の高いエピソードが出てきて驚く。
「あと、そこで火薬入りのガキガン買った時さ。撃ったら予想より音がでかくて、お前ビビって水たまりに尻もちついてたよな」
「な!?」
「パンツまでびちょ濡れで気持ち悪い〜って泣いてた!」
「なんでそんな事まで知ってんの!?」
「私ぃ、鹿狩八尋って言うんですけどぉ」
キャピッて音が鳴りそうな猫なで声、猫ポーズでそう言った。1番鹿狩から遠い行動をしてるのはわざとだろうか。
「他にも色々ネタ思い出してきた。お前小2の頃さ、虫をスケッチするって授業の時に小便漏らしてたよな」
段々思い出してきたと言う風ではなく、温めていたネタを出してやったかのような弾ける笑顔でそう言う。
「はあああ!? 妄想だ、そんなことしてない!」
「いーや史実だね。髪くりんくりんの……橋本? の目の前で大漏らしかましたやん」
「ぐっ、忘れろや! さっきから人が赤っ恥かいとる話ばっか言いよってぇ!!」
「ひゃっはは! 素の訛り出たぁ〜」
「んなっ!?」
女は、ベッドに乗っていたぬいぐるみを抱きしめ大笑いし始めた。バッドばつ丸、抱きしめれる大きさのぬいぐるみが存在したのか。
「あ、あとよ? 都子に腕相撲ふっかけてくすぐられて負けたよな?」
「やめや」
「んで意固地になって勝った後に天狗みてぇに喜んで」
「やめぇーや!! 超ダサいやんけその話ぃ!!」
「プールの授業ん時、水着ずり落ちて尻丸出しになった事もあったやんね」
「それも忘れろぉ!!」
「アニメのラップにハマって『都子に披露したる!』言うてカラオケに練習しに行って、ベロおもっくそ噛んで大泣きした事もあったな!」
「笑いながら言うなや!」
俺が抗議すると目の前の女は腹を抱えて笑い出した。足をバタバタと動かし愉快そうだ。
「……鹿狩だって、ブランコ漕ぎながらバリヤードの真似できるとか言って、背中から思い切り転けてたべ」
「あ、待てよ。その流れは良くないな」
「クラスの女子が自分に手を振ってると勘違いして手を振り返したら、後ろにそいつの弟がいてよ」
「ごめんな! 俺が悪かった、やめよう! みんな色々あるな!」
「一緒に風呂入った時に金玉を風呂椅子の穴に引っ掛けて都子に」「幸太郎くぅぅん!!!!」
慌てた様子で女は俺の口を手で塞いできた。びっくりした、大胆なものだ。
……いや、俺何やってんだ。これじゃまるで、この女の事を鹿狩だと認めて話しているみたいじゃないか。冷静になれよ。
「離してくれ!」
「うわっ!? ちょっ、と! あぶねえだろ」
「いきなり近付きすぎなんだよ、ビッチ!」
「はぁあああ!?」
俺の発言に、女は目を尖らせて怒声を上げた。だが今度は近付いてきたりはせず、怒りもそれっきりで呆れたようにため息を吐いた後に手のオブジェの指先を撫でて弄んだ。
てっきり罵声の一つでも飛んでくると思ったんだが、何も言ってこないのか。気にしてる素振りすらない。
同年代の女子とはどこか違う感じがする。が、それは大人っぽいという言い方で合っているとも思えない。
「どうだ。意見交換を交わしてみて、少しは俺の言葉も信じてくれる気になったか?」
「あんたが勉強熱心で、鹿狩ん事どんだけ詳しいかってのは分かったわ。でもよ、あんたはアイツじゃない」
「うんこっち視点めっちゃ傷つくセリフ。頭の硬さオリハルコン」
「何を言われても同じや。意思は変わらん」
「なんでじゃ」
「なんでも。大体、あんたの言うアホな話を信じるわけないやろ。別人にしか見えないくらいの変貌をたった数年で遂げれるわけがねぇ。度を超えとるやん」
決定的な意見を言ってやると、彼女は「なるほどなぁ……」と呟き腕を組んだ。そして一瞬の思考を行った後、また口を開いた。
「お前の初めては夢精。小四の頃。状況分かっとらんくて俺にテンパって告白。2人でお前ん親に訴えて赤っ恥かいたやろ」
「……は?」
「は? ちゃうくて。そやんな?」
「お前、おまっ」
「なんじゃ。100当人らしか知らんやんこんなネタ。こういうのを言わな意味無いやろ」
当然のように言い放つ。そんな話をぶり返してくる神経が知れなくて絶句だ。
確かに、そんな話は俺と鹿狩と、俺の母ちゃんしか知らない。絶対に知るはずは無いけど……。
「ていうか、こんな問答せんくても病院から貰った紙束見せりゃ済む話だな。待っとって、持ってくるわ」
「……いらん。そんなもん」
「なんで? 疑いようない証明なるよ」
「いらん言うとるやろ」
「わ、あと一言追求したらカチキレるやつや。ひぇー」
おどけるようにそんな事言いながら、女は抱きしめていたぬいぐるみを俺の方に押し付けてきた。ぬいぐるみが顔に当たる。
(こいつの匂い……)
……っ!
変な事なんて想像してない。ぬいぐるみに染み付いた甘ったるい匂いに、僅かに鹿狩と似た匂いを感じただけ! だ!
「一旦ブレイクタイムや。これ、知っとる?」
女は、棚に飾ってあったおもちゃを手に持って聞いてきた。
ぬいぐるみを下ろし、それを受け取る。
なんだこれ、ドロドロに溶けてるよく分からない生物のおもちゃ? 気持ち悪い造形してる。
「知らん。なにこれ」
「ヘドラってやつ。可愛かろー?」
「可愛い……? これが……?」
「可愛くない? こいつ」
「可愛くない。どういうキャラなん、これ」
「隕石に付着したキモ物質がゴミの塊にくっついて生まれた怪獣。バラけてもくっ付くんやで。ゴキブリとプラナリア合わせたような生命力よ」
「どこに可愛い要素あるんだよ!」
「飛ぶぜ? こいつ」
「飛ぶんや……え、どうやって飛ぶん? 羽とかないやん」
「飛ぶ形態なって飛ぶねん」
「変身するんや……」
「うむ。分裂も出来るし、生物即死する攻撃手段めっちゃ持ってる。で、人類に対する敵意かなり高め」
「良いとこ1個もないやんけ!」
「の癖にこんな愛嬌あんの可愛すぎなんだよな〜」
「愛嬌こそ1番持ってないやろ」
どこの世界に眼球血走ってる怪獣に愛嬌見出す奴がいる。変わった趣味なんてものじゃないやろ。
「親交の印に1個やるよ」
「いらんなぁ」
「安心するがよい。同じの2つ持ってんだ、安かったからな」
「そうすか。そんなこと気にしていらんって言ったわけじゃ無いんすけど」
「あれー? お前もこういう意味わからんゲテモノ好きじゃなかった? 昔一緒に録画した深夜の意味分からんドラマ見てたやん」
深夜の意味分からんドラマ? そんな事あったっけ。
あったわ。鹿狩んちに泊まった時、深夜にテレビつけたら偶然やってたドラマだ。
ロボットって設定の女子高生が楽しそうに人殺すやつ。グロいし内容がカルトっぽくて喜んでた鹿狩に合わせて見てた。
……結局それも鹿狩の趣味に合わせただけで、俺は別に好きじゃないんだけど。
「あー、なんかそんなのもありましたね……そんな事まで調べてたんすか」
「調べてたんじゃなくて記憶ですぅ」
「んなわけないやろ」
「全然信じてくれんこの人ー。理屈が通用しなきゃ僕には太刀打ち出来ないよ……」
「俺の頭にゃ常識っちゅーもん積んでるでよ」
「書類見せたるっつってんのに。答案用紙見ずして採点すんなよ」
女としばらく目が合った。3秒、4秒と経った所で目を外す。女はそんな俺を見てため息を吐いた。
「なんでそんなに認めたくないんだよ」
「……あ?」
「威嚇した。こわぁ」
目の前の女は自らの体を抱いて怖がるフリをする。……鹿狩ならそんな事しない。舐めてるのか。
「ここまで条件揃ってたら俺と鹿狩八尋を結びつけられない方が異常だと思うんやが。まだ納得してくれないのは何故?」
「姉妹、同居人、知り合いって線は消えてない」
「書かれてない字は消せないよぉ〜。幼馴染のお前が、そんな苦しい言い訳出してくるぅ?」
「……」
「ま、1番現実味あるのは姉妹やろな。いねぇけど。死んだ姉が1人居たらしいってくらい」
「……どう証明するん、それ」
「死んだ姉の証明は出来るやろうけど、おらん物の証明は今んとこほぼ出来ん事になってるんで無理やね。俗に悪魔の証明って言うんやけど」
「意味わからん」
「はぁ……よいしょ」
深いため息を吐くと、女は立ち上がり部屋の隅に寄せてあった机の引き出しから書類の束を出した。
無造作にそれを俺の目の前、背の低い方の机の上に放る。
「なんやこれ」
「読んでみ」
女が紙に指を向け、爪の先でトントンと叩いた。そこには『診療録 鹿狩八尋』と書いてあり、その下には患者番号やら、鹿狩の個人情報の記載があった。
書かれていることを読み進めていくと、ある所で目が止まった。
「干壊病症候群……?」
見たことも聞いたこともない名前の病気だ。数字も振られている。2、との事だ。よく分からない。
「俺がこうなった元凶。難病指定なんだってよーそれ」
「難病? どんな病気なんだよ」
「成長と共にぶっ壊れた要素を持つ細胞をたんまり分裂させて、全身にそれが回って死ぬ病気なんだってよ」
「癌やん」
「癌は治すことは可能やろ。これは無理なんやと。発症したら1週間足らずで粉々になった臓物とかが逆流して口から吹き出して死ぬらしい」
「うげぇ……」
「絶対話盛ってるよな。顛末がグロすぎ、内臓吐くとか地獄の門かってね」
「しかも不治の病」
「そーなんよ。で、俺は元あった肉体をぜーんぶ捨てて、全く新しい肉体をオーダーメイドして脳みそのみ引き継いだってわけ。解決策としては妥当やろ?」
「いやそうなんのか!? それはそれでやりすぎやろ、その体は作り物って事やん!」
「うむ。現代のプロメテウスよな」
「……ギリシャ神話?」
「うむ。せや」
女は同意した。何故ここで神の名前が出てくるんだ……? 文脈がよく分からないな、この人。
しかし、この人が言った話。全身が有害物質みたいなもの、だから全身取り換えたって話。
それ単体だと滅茶苦茶な話だと思うけど、書かれていることは女の言っている内容と同じようだってのは理解出来た。
「これ、全部本当なのかよ」
「本当なのだよ。嘘の書類に大人は判子を押さねえ」
「……そうか」
紙束を閉じ、ファイルの上に置く。
じゃあ、つまり目の前の女は、本当に鹿狩なのか……?
「ぁんむ」
女はクッキーを大口を開けて口の中に放り、頬をリスのように膨らませながら咀嚼していた。
「んぐぐ。ん? どした」
「お前……本当に鹿狩なのか?」
「おう。紛うことないぜ」
「……」
まだ納得は出来ない。したくない。けど、目の前の女は鹿狩八尋であるという解を導く情報は十分に集まってるとは思う。
「……本当に、お前なんだな?」
「ようやく分かってくれたか」
やれやれ、といった調子で肩を竦めて拳を突き出してきたが、俺は拳を合わせなかった。女は困惑し、首を傾げている。
「どうした? 感動の再会だろ」
「……感動? そうか? むしろ俺は、よくのうのうとした態度でおれるなって思ったよ」
「え、雲行き怪しすぎる返答。シリアスな雰囲気になる予感」
酷いしかめっ面で女は言う。心からしつこいなこいつ、と思われているようだ。そんなの知ったこっちゃない。
「なんで、鹿狩は俺達に何も言わず突然消えたんや」
「はあ、そんな話? そりゃあ」
「……そんな話やと」
そう言うと、女は少し怯んで口を閉じた。本当に、こいつが鹿狩だとしたら気持ちが悪い。張合いが無い所の話ではなかった。
「鹿狩が何も言わんとどっか行きよるから、俺らお前が攫われたり、事故にあったんか思って探し回ったんやぞ」
「……」
「何日も何日も、親も巻き込んで県外にまで行った。鹿狩ん父親はあんま家に帰らんからもぬけの殻やし、おっても何も答えんから益々恐ろしくなって、ずっと神経すり減らして生きとったんや。でも、なんも手掛かりが見つからんと一年経って、みんな心がポッキリ折れてまって。死んだと思った。死んだとみんなで決めつけて、そういう事にして、忘れようとした」
女は、俺の話す内容に何かしらリアクションを起こす事は無かった。
ベッドに背中を着け、ゴキッと首を1度鳴らし、それでまた片膝立てて肘を乗せる。リラックスしていて、それでいて、「自分には関係ない」と言っているような、そんな風な態度を取っていた。
ただただ、無表情に近い顔で、胸の内を隠しながら俺の話に耳を傾けている。
「幼馴染だった奴ら、チビん頃からつるみあった奴らとつるまんくなったのはそれが理由や。関係がバラバラなった。変わらざるを得んかった。昔のままみんな仲良ぉしとったら、いつまで経っても鹿狩ん事を忘れられん。そんなんなって、顔合わせても会話1つまともにしんようになった」
感情を極力抑える為に、声が段々と小さくなる。女と目を合わせることはとっくの前から出来ておらず、視界には空になったコーヒーカップが映し出されていた。
「って、鹿狩がおったらもっと折り入った話をしたいと思っとる。もいっかい聞くけど、お前は鹿狩なんか? もしそうなら……分かるよな。言いたいこと」
「……何を言うんよ。その流れで」
「俺がこうなったのも、お前のせぇや」
「……」
「……違かったわ、お前のせいやない。鹿狩のせいや。鹿狩やったらって話。悪ぃな、脅かしちまって」
「気にすんな。俺、鹿狩八尋ご本人やし」
ガタンッ! と音を立ててしまった。
机を退けて、反射的に女の胸ぐらを掴んでしまった。しまった、やりすぎた。そう思い手の力を緩めるも、女は胸ぐらを掴んでいる俺の手を更に掴んできてそれを阻止してきた。
「離す必要ねぇよ、鹿狩八尋にムカついてんだろ? 認めさせてやるから大いにぶつけろや、俺はお前の幼馴染なんだからよ」
「ふざけた事言ってんじゃねえ」
「ここで手ぇ引く方がふざけとるやろが。何べん言わせんの? もう小芝居打つのやめろ」
……やったら。
「せやったら、なんで何も言わずどっか消えたんやお前! せめて一言なんか言うべきやったやろが!!」
そこそこの剣幕で迫ったつもりやったが、鹿狩は微塵も驚いてる様子はなかった。むしろ逆に、メンチを切り返す勢いで俺を睨み、額同士をぶつけ軽い頭突きをお見舞してきた。
「ぶふっ!」
そして、これまた何故か、このタイミングで空気を読まず面白おかしそうな顔で吹き出した。
「ぎゃっははは! 男の顔面がここまで近付いたの生まれて初めてだ!! 毛穴綺麗やなーお前!!」
ドンッと肩を突き飛ばされた後、笑いながら鹿狩はそう言った。
「てめっ、ふざけんなや!!」
「ふざけてんのはそっちやろ。のうのうと生きとったわけないし、お前らの事考えなかったわけがないやろが」
「はあ!? ならなんで!」
「大人が下した判断やねん。俺がこうさせられたのは」
「大人が?」
「おう。俺自身こんな事になるとは思えんかったし、普通にお前らとプール行けるもんだと思っとった。でも、気付いた頃にゃ全身バラされて、脳みそだけ水槽の中よ。分かるか? 自由が無いねん、肉体が無けりゃよ」
「脳みそ……アホなん? そんなん現実であるわけないやろ!?」
「あるやろ、臓器移植が出来る世の中やし。モラル的にしんだけや」
「モラル的に出来んのになんでやれてんねん!」
「知らんわそんなん。実際、この女の体に俺の人格と記憶が全部搭載されてんねやから脳みそ入れ替えが行われたって考えるのが自然やろ。つか、その紙にも書いてあったやろが」
「……」
「そんな状態で連絡なんか出来るわけないやろ。確かにお前ら視点で考えりゃ俺はどう考えても死人やし、何も言わんと帰ってきたら裏切り者やろな。でも、こっちにも事情くらいあんの」
「……そんな話を、信じろと」
「別にしんじんくっていいよ。俺は大切な幼馴染を1人失って、お前の人生に変化はなし。ただ、紙に書いてある母国語も読めんくらい前頭葉虫に食われたんかなこいつって内心バカにするだけじゃ」
「……ガチギレやん」
「してねーわタコ。人間1人消えたくらいで関係ぶっ壊れる程度の連中がかつての友達かって憂いとるだけや。下らんわ本当。てめーらの心の弱さで起こした過ちの責任を人に押し付けんなや」
女は、ベッドに乗るとクッションを1つ持ち、それを俺に向けて投げてきた。柔らかいからダメージは無かったが、それは拒絶のように感じた。
「なにすんねん」
「帰れ」
「あ?」
「耳はんだ付けすんぞお前」
再びクッションを投げられる。さっきよりも力が強い、けどやっぱり痛くはない。
「……じゃあ、帰るわ」
「もう知らん奴の家なんか二度と来んなよ。警察呼ぶからな」
「はは。すっかり嫌われたな」
これ以上の長居は本格的な喧嘩が始まりそうなので、俺は女の言う通りに部屋から出ていった。
一応は初対面の人間、というていなのに。玄関までの行き方は慣れ親しんでいて、少しだけ後悔の念から胸に痛みを生じさせた。
「……こんな話、したかったわけじゃないのにな」
息が詰まるような思いで鹿狩の家を出て、誰に言うでもなく呟く。
消えたと思っていた幼馴染との再会、もしそんな事があればとずっと考えていたはずなのに。「どこ行っとったんや」って軽く聞いて、たわいの無い話して、不登校な現状をネタに笑いをとって、それから……。
そんな事、叶わんかった。もう意味ない妄想だ。
「ごめんな、鹿狩」
誰にも届かないから謝った。もう関わるつもりは無かったから、ここぐらいしか言える場所はなかったのだ。
雨の匂いがした。天気予報では曇りってなっていた筈なのに。でも、雨が降るんだとしたら都合がいい。
俺は、自分で縁を切ってしまった幼馴染の家から逃げるように、雨に打たれまいとペダルを漕ぐスピードを上げて家へ帰った。