※この作品はR-18です。

子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン   作:千佳のはんぺん

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鹿狩の寓話

 突発的に始まった幸太郎と今泉さんとのカラオケ大会も終え、会計を済ませて駐輪場に向かおうとした所、今泉さんと幸太郎が同時に尿意を訴えて離脱して行った。

 

 1人寂しく車止めに尻を乗せ座って待つ。

 陰キャラなので、誰かと騒いだ後のこういうちょっとした孤独タイムが大好きだ。

 

 昔はよく皆と別れたあと1人で音楽聴きながらタバコを吸って暇を潰していた。早く喫煙実績を解禁したい、そろそろ口が寂しい。

 

 夕焼け、と呼ぶには降りすぎている帳に秋の夜長を感じる。地方の風は澄んでいて気持ちがいい、都会の生暖かく淀んだ空気とは大違いだ。カラオケ店から漏れる歌声がアクセントになっていて没入感を深めてくれる。

 

 そんな感じで、自販機で買った暖かいお茶を太ももの間に挟んで腹冷えに備えていたら先に戻ってきたのは幸太郎だった。

 

 

「鹿狩」

「おーおかえり。寒いね〜、もう秋超えて冬だね」

「全然寒くねえよ。そんな短いスカート履いてるから寒く感じるだけやろ」

「プリーツスカート可愛かろ? お気になんよね〜コレ」

「男友達だった奴からそんな言葉出るの、複雑な気分だな……」

 

 

 困り顔で笑った後、幸太郎も自販機でホットの午後の紅茶を買い俺の座る位置の斜め前の柱に背を預ける。

 

 

「この後どうすんの」

「この後?」

「どうせお前ん家の親父今日も居らんやろ。暇じゃね」

「暇ではあるけど。なんだよ急に」

「久しぶりにゲームしね? スマブラ」

「アツ! 激アツな択を提示してきたなお前。才の芽吹きか。じゃあお邪魔しようかしらね〜」

 

 

 おうっ! と元気の良い返事が返ってきた。元気もりもり森鴎外ですね。

 

 なんだコイツ、登校拒否ってる癖に外交的な奴だな。いや、外交的な奴だったわ本来。

 外的要因でカタツムリやってるせいで、対人経験が減ってフラストレーションが溜まっていたんだろうな。

 

 

「あ、でもその前に。1箇所寄りたい所がある」

「寄りたい所?」

「おー。野暮用済ませてからお前ん家行くから、まあ少し待っててくれな。住所変わってないよね?」

「変わってないけど、いつまでかかるん? その野暮用って」

「んー、さあ。場合によっては夜まで、早けりゃ10分もせずに終わるんちゃうかな」

「……着いてこうか?」

「渾身の女扱いだなおい。いらね〜よ、元ボクサー舐めんな」

「ボクシングなんかやってなかっただろお前」

「は? ……あ」

 

 

 こっちの世界じゃボクシングなんかしてないか。小5から始める筈だったんだ、その辺りの話は丸々歴史の転換点だな。

 

 

「まあ、屈強な相手じゃなきゃよほど殴り殺せるから安心してくれ。時間潰してくれてた方がこっちものんびり出来るから助かる」

「そんな小さい体で男を殴り殺せたらもう漫画やろ」

「知ってっか? ベアナックルボクシングってスポーツにはな、ゴリラみたいな男共を撲殺してる女選手が何人もいるんだ。男体と女体の違いなんて微々たる物なんだぜ?」

「お前には無理やろて。チビやん」

「幼児体型で悪かったですねぇ!」

 

 

 人の事バカにしやがって。第二次性徴迎えてんですよ? 最近諸々育ってきてんの、ガキ扱いもすぐに出来なくなるからな。……育つよな? ここで止まったりしないよね。

 

 

「ま、てなわけなので、今日はお家で待っててくれな。野暮用の方は当社比すぐ終わらせる」

「……大丈夫か? 本当に」

「大丈夫だって。あ、今泉さん来たみたいだわ。お話はこの辺にしようか」

 

 

 ガラス窓越し、こちらへ向かってくる今泉さんと目が合ったので腰を上げて尻を叩き石埃を落とす。

 

 

「お待たせ。2人とも、何の話してたの?」

「紙折りまくると月に届くって凄くね? って語ってた」

「語ってねぇ〜わ。鹿狩のその謎めいた知識はどこから収拾してくるんだよ」

「2ちゃんねるかな」

「鹿狩さんって2chとか見るんだ……」

「お前ってねらーなんだな」

「引いたような目で見てますけど。中学生の癖に通じる時点でお前らも結構キショいからな」

 

 

 本人らも否定出来ないであろう指摘をしたら黙った。ざまあみろ。

 

 

 

 交差点で幸太郎と別れ、今泉さんと2人で自転車を漕ぐ。少し行った先にあるコンビニで揃って飲料を買い、手で自転車を押しながら並んで歩く。

 

 

「鹿狩さん、幸太郎さんと幼馴染なんだよね?」

「うむ」

「家、こっちの方じゃないよね。小学校の学区変わってくるし」

「うむ。私んちは幸太郎の家まですぐだからね。角曲がって公園超えたら到着出来る」

「だよね。じゃあ、なんでこっちに来てるの?」

 

 

 そりゃ君、今泉さんの家まで着いてって「すいませ〜ん、この子面白そうだったんで無理矢理連れ出しちゃいました〜」って不良ぶって言うつもりだからなんだが。馬鹿と思われそうなので黙っておこう。

 

 

「こっちに本屋あるじゃん? そこ目的よ」

「鹿狩さんって本とか読むんだ」

「どういう意味かな。本くらい読むよ、人類なんだぞ」

「人類なんだぞってツッコミある? 漫画だったら鹿狩さんでも読めそうだけど、こっちにある本屋さんって金葉堂でしょ? あんまり漫画置いてないよ?」

「別に小説とかも読みます〜! まあ、活字が苦手なのは否定しないけど! 長文読んでると頭おっつかなくなるし」

「なのに好きなんだ? 変なの〜」

「変で悪かったですねぇ!」

 

 

 映画、大体原作が小説なんだよ。仕方ないだろ。読書は好きじゃない、なんなら嫌いだけど、消去法で読まざるを得ないんですよ。

 

 

「今泉さんちはどの辺にあるん?」

「松墨小の前の緑道の、なんて説明したらいいかな。宵宮のお祭りって行く?」

「行ったことあるよ。強烈な思い出もあるしね」

 

 

 中二の頃、いや今じゃなく以前の。

 仲良くしてた後輩女子と鉢合わせて意気投合して騒ぎ回り。当時の彼女までその話が巡ってブチ切れられたっていう、かなり"効く"思い出があるのだ。

 手も出してないのに浮気を疑われてビンタされるの、頭真っ白になるよな。

 

 

「そのお祭りのさ、サメ釣りの屋台を出してる所の後ろの垣根に小道があるの分かる?」

「あ〜、あったね。石を等間隔に置いた道が敷かれていたような」

「うん。あそこ行った奥にあるんだ。私んち」

「へぇ〜! じゃああの生垣の後ろにある畑って今泉さんちの奴なん?」

「そうだね」

「すげ〜。結構立派な家だった記憶あるし、もしかして隠れお嬢様キャラなん? 今泉さんって」

「そんなんじゃないよ。あんな面白みのない田舎で大きな家持ってても、金持ちとは限らないでしょ?」

「限らないの?」

「限らないよ! それに、駅から遠いし大したお店もないし小学生の声がうるさいし!」

「並べ立てると納得出来る辟易具合。全部ちょうど不快になる条件だな〜」

「でしょ!? はあ! 引っ越したい〜! 駅近くの高層マンションとかで暮らしたい〜!!」

「道端に落ちてるゲロとか踏まないようにしないとね〜」

 

 

 経験則から来るアドバイスである。

 朝は飲み会帰りのサラリーマン達や大学生達のゲロ、時には糞尿。渋谷メルトダウン。

 夜には風俗を探すオタク達の話し声、コンビニで口論するヤンキー運ちゃんおじいちゃん。

 

 住む地域の治安にもよるが、人が集まる所はろくでもない事象が起きがちなんですよ。

 

 

「ま〜嫌な所も色々あるかもやけど、椿の木が並んでるの洒落てるし好きだけどな〜」

「毛虫が集るからキモいよ」

「逐一ロマンを潰される! クソッ! くやしい!」

「ふふっ、そういう反応、小さい子みたい」

 

 

 人の言う事に一々マイナスな補足をして何を呑気な、憎たらしい! まあ確かに、チャドクガのフォルムは毛虫界隈でも随一のキモさを誇ってると思うが!

 

 雑談をしながら歩き10分強、昔ながらの酒屋の横の小道を抜けると、今泉さんの家の生垣が見えてきた。

 

 

「じゃあここでお別れかな」

「今って親御さん居たりする? 家に」

「え? ……どうかなぁ」

 

 

 今泉さんは下手くそな演技を始める。居るって確信した上での誤魔化しだ、目がスイ〜っと俺のいる位置から逃げていく。

 

 そんな所に注目しなくても、生垣の隙間から見える奥の民家には車が駐車しているのも見えるし、恐らく消し忘れだろう。石畳の道の脇に放置してある銀のバケツからタバコの物と思しき煙が昇っていた。

 

 火の始末をちゃんとしない所や畑の荒れようを見るに、今泉さんの親は気の長いタイプでは無いのが見て取れた。こわいこわい、何も無ければいいな。

 

 

「ちょっとお邪魔してもいい?」

「え、な、なんで!?」

「今日はもう遅いから、制服は後日返しに行くとして」

「あ、忘れてた!?」

「あはは。まあそれは後日返しに行くとして。今泉さんがもし学校休んで渡せなかった場合を想定して、侵入経路の確保をね」

「休まないから大丈夫! 学校でもらうよ!」

「分からないよ〜? 登校途中に車に轢かれるかも。そうなったら流石に学校に来れないね〜」

「そんなの、相当確率低いよ……」

「相当低いけど0じゃない。備えあれば憂いなしってね〜」

 

 

 自転車を停め、制止しようとする今泉さんを無視してズンズンを歩を進めていく。

 

 

「鹿狩さん! 待ってよ〜!」

「待つ待つ〜。松茸〜」

「待ってくれてないでしょ〜! ねえ、待ってって」

「絵里加ァ! お前今まで何しとったァ!!」

 

 

 玄関先で今泉さんとわちゃわちゃしていたら引き戸がピシャッと勢いよく開かれた。中から出てきたのは今泉さんの父親と思しき男性。浅黒い肌に不健康的な骨ばった顔の、無精髭が生えた男が出てきた。

 

 

「絵里加ァ、学校の先生から電話来とったぞ。何したんやお前、面倒は起こすなっていっとろうがダボォ!!」

 

 

 今泉パパは俺の事を目に入れずズンズンと今泉さんの方に詰め寄り、そのまま彼女の髪を掴みあげた。

 

 わー、人がいるのによくそんな事が出来るなあ。と一瞬感心しかけたが、単に俺の身長が低いから視界に映らなかったって事だろうな。失礼しちゃう。

 

 

「痛いっ、痛いよお父さん! 暴力やめてよ!!」

「躾じゃ馬鹿! 授業をサボるような不良には痛みで分からせるのが1番やろが! 時代が時代ならな、お前みたいな不良娘、戸塚のヨットスクールにぶち込んどったわ!!」

「痛い、痛いって……!」

「あの〜」

「あぁん!? なんじゃガキ! ……誰や、君?」

 

 

 入口が罵倒で始まるコミュニケーションあるんだ。凶気の桜? 心は優しくあれよ、大人だろ。

 

 

「あの、髪の毛離してあげたらどうです?」

「誰や言うとんや。絵里加の友達か?」

「友達だから離せっつってんです。日本語ムズいすか?」

「……」

 

 

 今泉パパは渋々といった感じで今泉娘の髪を離した。

 

 こちらに体を向けてきたので、一応しゃがんで手のひらサイズの石を拾って背中に隠す。

 欲を言えば錆びた釘か工具類辺りがあれば心強かったが仕方ない。立ち上がり、今泉さんの前まで来て今泉パパから庇うよう仁王立ちする。

 

 

「なんや絵里加、お前にこんな可愛い友達おったんか。分不相応やな」

「ぅ、分かってるし……」

 

 

 ぶっきらぼうに吐き出された今泉パパの言葉を今泉さんは悔しそうに受け取る。受け取るな、そんなもん。受け流せよ。なぁんて言ってやりたい。殴られそうなので言わないが。

 

 

「分不相応ってなんすかぁ? 私じゃ娘さんの友達に相応しくないんですか?」

「は? 何言ってんの君」

「あの家の子と関わるなムーブを食らったので文句を言っただけですが」

「はぁ? そうじゃなく、ウチの娘があんたに相応しくないやろって事じゃ。こんな色気も可愛げもない、トロい豚女じゃ釣り合わんやろ」

「はぁ……?」

 

 

 きっち〜。娘の友達を前にしてそんな罵詈雑言を浴びせる事あるかね。多少至らなさを指摘するようなノリは親子間ではよくあるけど、容姿を過剰に貶めるのは、なんだ。どういう目的?

 

 

「まあ、もう暗いしはよ帰れ。絵里加、説教の続きや。歯ぁ食いしばり」

 

 

 などと言うと、今泉パパはズボンのベルトを抜いて、折って振りかぶった。軌道はまっすぐ、今泉さんの顔面を皮の部分で打ち抜こうとしてるっぽい。

 

 今泉さんの腕を持ち、体重がクソ重いから自分の身体を乗り出すことで強引に引っ張った。

 ベルトがしなると急に軌道が加速し、俺の肩を打ち付けた。

 

 

「いてぇや」

「鹿狩さん!? 何してるの!」

「しー」

 

 

 ぶっ叩かれた肩の痛みに苛立ちを覚えながらも耐え、今泉さんの口を手で掴んで黙らせた。

 

 

「いてぇんすけど、おっさん」

「あァ? あんたが勝手に飛び出してきたんやろが。ていうかおっさんてなんや、目上の人への言葉使いちゃうやろそれ」

「おー。目下の人間にゃ丁度いい言葉使いだわな〜」

「……ゴラクソガキ。なに人の事コケにしてんねん、育ちが悪いんやろな。礼儀も知らんクソガキが。お前みたいな奴がおるから絵里加が不良になるんやろが!!」

「はい全くその通り。周りの人間のランクが低いんで娘さんも卑屈になっていくわけですわ。よく分かってんな〜、頭は悪くても察しは良いみたいだ」

 

 

 今泉パパ、吠える。余程の酒カスなんだろうな、滑舌も何言ってるか分かんないし唾飛びまくってるし。勘弁して欲しいわホント。

 

 でも、俺の事を不良だとか育ちが悪いガキだとか思ってくれたのなら儲け物だ。

 

 俺的天才プランニングでは、今泉さんが親から受けるお叱りを「クラスメートに強引に誘われた」という免罪符で緩和しようと画策していた。

 俺個人への印象が悪くなればなるほど、今泉さん本人への非は小さくなるだろうし流れとしては上々。

 

 

「ま、でもお察しの通り私が無理矢理今泉さんの事引っ張ってっちゃったんで、あんまお説教しないでやってくださいな」

「あ゛? 他人の家の事に口出すなや、説教するかしないかは俺が決めるんじゃ」

「おー、頭も喧嘩も弱い奴の常套句やん。なんで勝利経験少ないヤツって、決まって『俺が決める!』みたいな思想をひけらかすんやろね」

「あ゛ァ!? でんべぇ誰の事見下してんやゴラァダブボボビギャゲロボッ!!!」

 

 

 うーん。努めて頭働かせたけど、最後らへん何言ってるのか本当に分からなかった。本人も分かってないんじゃないか? 少なくとも日本語の発音ではなかったぞ。

 

 

「ま、そんなわけなんで。大事な愛しの絵里加ちゃんは無罪放免、悪い事をしてもねぇ子をぶん殴るのはただのDVになるので辞めましょうね〜」

「おうコラ待てやクソガキ! ゴラァ!!」

「こっち来たら、おっさんにぶっ叩かれた肩を大人に見せます。今泉さんになんかしても同様。面倒事が嫌いなんですよね? 下手な事すりゃさいっこ〜に面倒くさい感じで吹聴するっすよ」

 

 

 流石に大人だ。短気でも物考える頭はあるらしい。今泉パパは多少何か呟いてはいるが、こっちに来る気配なかった。

 よかった、後ろから頭ぶん殴られて死ぬみたいな、サスペンス系の邦画でありがちな流れは避けられた。この畑、人を埋めるのに丁度よさそうな広さだしな。

 

 

「じゃあね〜今泉さん。また明日〜」

「あ、鹿狩さん!」

「ん?」

 

 

 今泉さんは何か言いたげな声で呼び掛けてきたが、そっちを向いても何か言葉が続く事は無かった。何だったんだろう?

 

 生垣を抜け自転車に跨る、いいなぁ新しい肉体。前より断然に目が良い、夜道でも側溝に突っ込む危険は無さそうだ。

 

 

 

 

 

 

「よう幸太郎。エロ本探させろ」

「家に入れて一言目がそれの女子、嫌やわあ……」

 

 

 久方ぶりに赴いた幼馴染(男)の家。築20年程度の、世帯主の稼ぎの高さが顕著に出ている立派な門構えの邸宅。

 こんな立派な家に住んでて、両親共働きで父親に関しては海外を飛び回ってるとの事。

 

 事故が起きずに高校生編が突入してたら恋愛アニメの主人公を張れそうな家庭事情だ。本人は顔も良いし、性格はちょっと少年漫画寄りだが、それでも主人公になれそうなポテンシャルだよなあと考えてしまう。

 

 

「う〜ん! 家庭の匂いだ、懐かし〜」

「深呼吸すな。ほら、俺の部屋覚えてるやろ? 先言ってろ」

「あいあい」

「……変な事するなよ?」

「アイアイ」

「す、る、な、よ?」

「わぁーってるよ。顔近づけんな、チューすんぞ」

「……ったく。久しぶりに来るんやから少しは遠慮しろよ。言っとくが、鹿狩が思っとる様な変なもんなんか無いから」

「興味ねぇよ〜野郎の性癖なんざ。安心してゆっくり私をもてなしてくれ。カフェモカ鬼甘め、ビスケットがあれば神、オレオがあれば則天武后。則天武后? 即身仏だわ間違えた」

「オレオは無いけど、銀座の老舗の高級ビスケットなるものを母ちゃんが買ってきてたな。それでもえぃ?」

「はい素晴らしい〜。全然貰いますよ〜!」

「了解」

 

 

 そう言って、軽い足取りでパタパタとキッチンの方へ歩いていく幸太郎の後ろ姿は、男相手にこう思うのは気持ち悪いのだが、なんか新婚ホヤホヤの新妻みたいに見えた。

 

 

 ***

 

 

 鹿狩八尋がうちに来た。

 

 一大ニュースである。なんせ、今のアイツは女の子である。

 

 女の子なのだ。同年代の。

 

 中身が鹿狩である事を除けば、人生で最初の(幼馴染である都子を除いては)女の子のお客様なのである。大変だ、誘ったのは自分だが、大変な事になった。本当にうちに来るとは思わなかった……。

 

 牛乳をレンチンして、インスタントのコーヒーとココアを混ぜ入れる。カフェモカ……うーん。

 封印されていたホイップクリームを軽く乗せて、ココアパウダーを乗せて……これでいいだろうか? まあいいか、アイツなんでも美味いって言うし。

 

 母ちゃんが買ってきたビスケットの箱を持ち、手作りカフェモカ擬きと一緒に部屋まで持って歩く。さて、鹿狩は大人しく待ってくれているだろうか。

 流石にもう中学生、少しくらい落ち着いてくれているよな……?

 

 両手が塞がっているので、ドアを蹴って中の鹿狩に呼びかける。

 

 

「お待たせ、カフェモカってのがよく分からなかったから少し調べて簡単なレシピを真似てみたんだが、これで……」

「エロゲーとは、予想の1歩先を行ったねぇ。幸太郎くん」

 

 

 スマイリーのような味のある笑顔でそう言い放ってきた鹿狩の手には、『鬼畜陵辱3 〜巨乳ツンデレ幼馴染は俺専用の雌豚になる〜』というタイトルの、ハリーポッターサイズのケース物が握られていた。

 

 

「ん〜? なんだいそれ。初めて見るなあ」

「怖すぎるだろ。初めて見る物質が部屋の中にあってたまるか」

「確かに、それは無理があるな。でもよ、勘違いしてるぜ鹿狩」

「ほう。勘違いとな」

「おう。それはな、エロゲーじゃ、ない」

「ん〜? ……んん〜〜〜?」

 

 

 鹿狩は『鬼畜陵辱3 〜巨乳ツンデレ幼馴染は俺専用の雌豚になる〜』のタイトルを3度目で追うと、厳かに口を開いた。

 

 

「鬼畜陵辱。巨乳ツンデレ幼馴染。俺専用の雌豚。素敵なタイトルだな」

「純文学かな?」

「純文学かなぁ。これ、何してるんだろう〜」

 

 

 手に持つ『鬼畜陵辱3 〜巨乳ツンデレ幼馴染は俺専用の雌豚になる〜』の裏面を俺に突き付け、鹿狩は指である一部分を指し指摘した。

 

 

「女の子がワンピースたくし上げて、主人公と思しき男が女の子の股に顔面突っ込んでますけど」

「ムダ毛の確認かな? ちょっと刺激は強いけど、まだ健全やね」

「足に垂れてるように見えるこの液体は果たしてなんなのかな」

「なんやろうねぇ〜。雨でも降って居るのかなぁ〜??」

「……」

 

 

 冷たい鹿狩のジト目が刺さる。無理があったか、いやまだ誤魔化せる。ここだけの話、鹿狩は結構馬鹿だ。根気強く粘っていけば絶対勝てる!

 

 

「女の子が全裸で、赤ら顔で両手を受け皿みたいにしてるけど、これはなんだろうね?」

「入浴シーンやな。ただの入浴シーン」

「入浴シーンかなぁ!? 確かに泡は纏ってるけど、泡に見えないデロデロの液体も顔面に掛かってますけど???」

「お茶目だね。洗顔クリームをスムース状にしないで顔につけるなんて」

 

 

 鹿狩の口から小さく「はぁ?」と漏れた。我ながら何言ってるんだろう、と思わなくもないが、もうここまで来たら後戻りは出来ない。

 

 

「じゃあこれは、何してんの」

「お馬さんごっこやね」

「裸ですけど」

「クオリティが高いなあ」

「なんか尻にぶっ刺さってますけど」

「馬には尾っぽがあるんよね」

「じゃあお馬さんごっこだな」

「そうよな。理解が早くて助かるよ」

 

 

 ケラケラと快活に笑う鹿狩。彼女はこの問答に満足したのか、ドアの前から退いて俺のベッドの上に座った。

 彼女に倣い俺も部屋に入りドアを閉める。机の上に持ってきたカフェモカ擬きとビスケットを置く。

 

 

「ねえねえ、幸太郎」

「どうした、鹿がっ」

「これ、なぁんか私に似てる気するんだよねぇ」

 

 

 そう言って鹿狩が持っていたのは、『向日葵の再会〜男だと思っていた幼馴染が〜』というタイトルが刻まれたエロゲー。

 そのパッケージに映る少女は確かに鹿狩に似ている。……そう思って買った節も、ないでもないので、まあ似てるのは当たり前というかなんというか……いや、それはやばい。

 

 本人にバレるのはいよいよヤバい。多分何かしらの罪に当たる。ちゃんと法で罰せられるやつ。

 

 

「おいおい鹿狩よ。お前はアレか、ナルシストってやつか?」

「急になんだ。キモイぞお前」

「アニメ絵のキャラを指して自分に似てるなんて言う奴に言われたかねぇやい! 大体な、俺はお前を"男として"見てんの! そんな相手をオカズにするわけないやろが!」

「ナルシストってわけじゃねえし、2次元と3次元の隔たりについても重々理解してますとも。その上で指摘させてもらうが、タイトルと言い、ヒロインの容姿といい、何処と無くお前目線の私の様に思えてしまうな」

「お前は本当に男やったわけやし、根本から異なるやろが」

「大筋は似たようなもんやろ。なあ、本当に俺の事モデルにしてねぇ?」

「してねぇ! 無関係!」

「こういう事も、したいとか微塵も思ってねぇ?」

「……」

 

 

 鹿狩がパッケージの一部分、ゲーム内シーンの切り出し画像を指さした。

 

 

「何を勘違いしてるんだ。したいとか微塵もって何の話だ? 乳液で保湿しながら、こぼれたホットミルクを手で掬って飲んでるだけですよ?」

「もう苦しいだろ、なんだよそのシチュエーション。じゃあ普通にエロシーンだった方が現実味あるだろ。妥協しろよ、ぶっかけられてごっくんしてる方がリアリティあるぞ」

「ばっ、おまっ、何言ってんだよ馬鹿!?」

「うわぁキモい〜……」

 

 

 何故かそこで鹿狩は自分の身を抱いて俺から逃げるように体を引いた。不愉快だ、勝手に私物漁られたのは俺なのになんで引かれないといけないんだ。

 

 

「なあ……えっと、ちなみになんだけど。本当に、大丈夫だよな? こういう事する為に呼んだわけでは……」

「……」

 

 

 そういえば、都子に連絡返すのを忘れていた。怒ってるかなあ、後でちゃんと返してやらないと。定期返信忘れのペナルティはキツイからな〜、今度は何を奢らされるんやろか。

 

 

「……幸太郎?」

「……あ、おう。てかそれ返せ」

 

 

 鹿狩の手から二つの禁物を奪い返す。てっきり少しくらい抵抗するものだも思ってたのだが、驚く程あっさり取り返せた。昔なら絶対返せ返さないのイザコザが始まるのに。

 

 

「ったく。人のもの勝手に探るなよな」

 

 

 鹿狩と目が合う。……んん? なんか、気まずそうに目を逸らされた。なんで?

 

 

「おい、鹿狩?」

「……どう、しよう。私、いや俺、そういうのは全然、する気なくて……お前がとかじゃなく……」

「はい?」

 

 

 何を言っているかよく分からなかったが、女みたいになよなよした態度を取る鹿狩がなんか気持ち悪く見えたので、軽くデコピンをしてからコントローラーを押し付けた。

 

 

「ほら、スマブラするぞ」

「えぇ分かんないこの人の情緒こわい〜……」

 

 

 意味不明な事を言う鹿狩は綺麗な顔が台無しになるくらいの訝しげな表情で俺を睨んでくる。勝手に他人の隠し物を暴いておいてそんな顔されましてもねぇ!

 

 再度デコピンして鹿狩の頭をリセットすると、彼女は純粋な怒り顔で唸り声を上げた。昔の、いつもの鹿狩だ。

 

 俺らは当初の予定通り、スマブラを起動し朝まで遊び尽くした。

 どんなに姿が変わってもやっぱり鹿狩は鹿狩で、何年月日が経とうと、会ってしまえばいつでも昔のように戻れるんだなあと思った。

 

 ……おかげで、しばらくあのゲームで致す事は出来なさそうだ。プレイする度に顔をチラつかせたら、関係が壊れるような何かをしでかしそうで怖いし……。

 

 とまぁ、こんな感じでオールをした翌日。見事に寝過ごした鹿狩の起床時間は13時を回った所であった。南無三である。引きこもりサイコーッ。

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