子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
「おはよ〜」
朝。小鞠や紗理奈達の話をスマホを弄りながら聞き流していると、鹿狩くんはやってくる。大体いつも8時20分くらい。
「八尋ちゃん、今日の髪型可愛いね! 三つ編みだ!」
「そ、そう?」
小鞠の言う通り、普段はストレートか低い位置での2つ結びにしかしない鹿狩くんの髪が二つの三つ編みをアレンジした二つ結びにしていた。
照れながら自分の髪を弄っている。小鞠じゃないけど、最近の鹿狩くんは前にも増して女子っぽくなってると思う。
言葉遣いは相変わらずだけど、仕草とか表情とか、少なくとも私がよく知る鹿狩八尋ならしなかったような女っぽいものに変化していて、少し複雑だ。
「男でも出来たんじゃないのー? 鹿狩、先週も告白されてたもんね?」
紗理奈がそう尋ねると、鹿狩くんは「あー」と言いながら曖昧な表情をした。
どうせフったんだってのはその場に居た全員がわかっていた。だから、フった事で感じる罪悪感を直視しないようにそんな表情をしたんだと思う。
「サッカー部のレギュラーだし顔も良くない? 結構話してるのも見掛けたしさ、なんでダメだったの?」
蝶田の質問に「そりゃあ」と当然の事を言うように言葉が始まる。それもいつも通りのテンプレートな言葉だ。どうせ「男と恋愛とかよく分からない」みたいな類の、そういう話。
初めての恋が始まるまで恋愛が分からないのなんて当たり前だ。鹿狩くんは少しくらい知見を得る努力をした方がいいと思う。
まあ、鹿狩くんの人生にそんなに深入りするつもりはないし、アドバイスのつもりでそんな事言う気も全く無いけど。
「アイツにはなんの感情も湧かなかったもん。意味が無いってか……だからフった」
え、いつもより辛辣……?
鹿狩くん、淡々と答えると眠たそうな表情も相まって冷たい感じがして少し怖かった。
なんか、、いつもとちょっと違う。鹿狩くんって、感情なんて言葉で明確にフった理由を語るっけ?
いつも周りの事気にしぃで、間が悪くない限りは相手が本当に傷つきそうな事はなんだかんだ言わないタイプだと思ってた。
「あ、佐藤」
佐藤が登校して来ると、鹿狩くんはボソッとだけど反応した。佐藤側も彼女に気付くと「よ〜」と言いながら近寄ってきた。そして、自分の髪の毛先を引っ張って見せた。
「よっ、鹿狩。これ可愛いじゃん。自分でやったの?」
「んー。たまにはイメチェンをね」
「なになになに、イメチェンを意識したってことはやっぱり春が到来したの八尋ちゃん!?」
「なんでもかんでも春に直結するねぇ小鞠は。いいじゃん別に、何も無くても髪型変えたってさ」
小鞠にもっともな事を言って鹿狩くんは両手を口元に置いて楽な姿勢を取った。
というより、口元を隠してるように見えた。感情を悟られないようにする為に、そんな風に思えた。
「可愛いけど、いつもの鹿狩の方が好きだなー。その髪型をするにゃ鹿狩はちょっと幼すぎるもんな」
「はい恒例の子供扱いうざいでーす」
そう言って、鹿狩くんは佐藤の腹に軽くパンチを入れた。何回も。珍しい事なので、視界の端で起きてた事なのにしばらく目が離せなかった。
ツッコミの一貫で軽く一髪叩いたりするのは見た事あるけど、しつこく何度もそれを擦ってる鹿狩くんは本当に見た事がなかった。今まで一度も、子供の頃でさえそんな姿は見た事がない。ボディータッチが増えている。
「てかいつまで樹利はここにいるわけ! 花ちゃんが怖がってるでしょ、あっち行きなよ!」
「そうだそうだー。海彦とトレードしろー」
「どのみち怖がるでしょ! 花ちゃんヤンキー嫌いなんだから!」
「いや、別に嫌いってわけじゃ……」
「ヤンキーじゃねえだろ。真面目に学校来るヤンキーがどこにいるよ。なー? かーがり」
「んむゎー!」
小鞠と紗理奈、それに珍しく蝶田も混じえて会話してたってのに、なんでそこで佐藤は鹿狩くんにちょっかいをかける?
急に鹿狩くんの頬を後ろから掴んでフニフニと弄り始める。幼馴染と言っても、ちょっと距離が近すぎない? セクハラでしょそれは。
先週からずっとそうだ。佐藤も鹿狩くんも、なんかおかしい。絶対におかしい。それなのになんで他の人達は気付かないんだろう、小鞠なんか男女をすぐくっつけたがるのに。なんで今回に限って何の疑いも持たないの?
「でも確かに、佐藤は性格がクソみたいに悪くて性根も腐ってて頭トんでる奴だけどさ。最近は大人しくしてるよな。なんで?」
「おい悪口言い過ぎだろ。なんでって何だよ。普通にしてるだけだろ、俺の事意味もなく暴れるような奴だと思ってる?」
「私が転校して来た頃、喧嘩で出来た傷ついてたじゃん」
「それだけで暴れん坊認定かよ」
「中一の頃とか、笠原君とかと一緒に先輩シバいて回ってたんでしょ? 紗理奈から聞いたよ」
「お前自分の彼氏の吹聴するにしてももっとマシなのあるだろ」
「あの頃のあんたらうるさかったからその印象しか出てこないっての。アタシにも凄んできたじゃんあんた」
「そうだっけ?」
和気あいあいと歓談が始まる。私はその話に入れない、どうしても一部分が気になって仕方なかった。
鹿狩くんの手、自分の頬を弄る佐藤の手に重なっていた。引き剥がすでもなくただ、指を摘んでいじったり、手遊びする感覚でそこから離そうともしない。
「都子ちゃん? どうしたの……?」
なんなのあれ。なんであんなに仲良さげなの。
昔からそうだっけ、私と幸太郎の方が鹿狩くんと仲良くしてた筈だけど、あんなに距離感近くなった事は無いよ。
男の幼馴染っていうのは、ああいう物なの? 幼馴染っていう関係性のスタンダードを行かなかった私には分からない。
「都子ちゃん!」
「……あ、なんだっけ」
小鞠の声で我に返る。けど、目の前に映るのはやっぱりその二人で。私の口は意図せず勝手に動いて、勝手な言葉を投げ掛けた。
「二人はさ、付き合ってるの?」
空気が凍ったのを肌で感じた。ああ、よかった。やっぱりみんな、薄々気付きながらだましだましに様子を見ていたんだ。
まさか自分がその沈黙を破る役割になるとは思いもしなかったけど、全員が気になる所ではあったようなので動揺すること無く目が二人のほうへ向く。
「なんで? 言ってんじゃん、私誰とも付き合う気無いって」
「えっ」
鹿狩くんは、少しも迷うことなく、心の底から本当に意味のわからないところで言った感じの表情でそう言い放った。それがあまりにも当然のようで、困惑した声を上げた小鞠に続く言及は行えなかった。
「……なんだよなんだよ、そんなに俺らお似合いか? いいなぁ、どうせならここでカップルなっとくか?」
「あはは。冗談きついなぁ」
そう言って、鹿狩くんは頭を犬のように振るって佐藤の手を跳ね除けた。
「付き合ってない、の? 本当に?」
小鞠が尋ねる。ふーむ、と考えるような仕草をして、鹿狩くんは答えた。
「なに、いつもの佐藤のノリに侵食されてきた? どうしてそう私と男子をくっつけさせたがるのさ小鞠は」
「いや、樹利とのやつは別に私がくっつけさせたがった訳じゃなく……」
「それは普通に傍から見てもそう思うよ。アタシも恋愛経験はそんなに無いけど、それでも八尋の態度は恋する乙女のソレだったよ」
「紗理奈ちゃんが恋する乙女ってオモロいね」
「どういう意味かな八尋ちゃぁん!?」
紗理奈の手が鹿狩くんの顔面を鷲掴みにして、そのまま握り潰しそうな勢いで指が締められていく。鹿狩くんが動物みたいな悲鳴を上げていると、朝会のベルが鳴って担任の先生が教室にやってきた。そこで今回の魔女裁判もお開きとなった。
「付き合って、ないんだ……」
にわかには信じがたいけど、でも鹿狩くんの特に気にすることも無さげなあっけらかんとした表情を見るに、二人が交際してないのは嘘じゃなく本当っぽいし。何はともあれそれはよかったと思える事だった。
だってアイツら男同士だし、幼馴染だし。
別にその二つ自体は私としてはどうでもいいけど、どうしても鹿狩くんと佐藤が繋がらなかったからスッキリして良かった。
別れ際、名残惜しむことも無くアッサリと手を離して「じゃね」とだけ言い残す鹿狩くんを見て、アレは本当に脈は無いなと確信出来たので一旦は良しとした。
*
鹿狩八尋の事を好きになったのは、今に始まったことではなかった。
勘違いしてほしくないのだが、俺はホモじゃない。女が好きで男は恋愛対象として見れない側だ。
俺が最初に出会った頃の鹿狩は何故か女のフリをしていて、その頃のアイツに俺は初めての恋をした。
数年後、鹿狩が実は男なんだと知って、同時に失恋を知った。男を男のまま好きでいられるほど、俺の器は広くなかった。
誰よりも近い場所にいて、誰よりも同じ時間過ごしてきた筈なのに。勝手に裏切られた気になった俺はアイツを嫌うよう努めていた。アイツの周りにも危害を加えるようになった。
今にして思えば、単に無視をすればいいだけの事だった。それが出来なかった時点で、俺はアイツに対する想いは捨てきれなかったという証明になる。
全く可愛げのない、偏執に塗れたクソガキだったんだなって我ながら思う。重すぎなんだ、ただの幼馴染に対して。
いつまでも踏ん切りのつかない感情に振り回されて、もう終わった筈の初恋に囚われて。
まあ、今になって鹿狩が手に入った事を考えれば、それは悪い思い出とも言い切れないのが笑える所だが。
「わっ、ガリガリ君当たった。やばくない樹利、ガリガリ君当たったー」
鹿狩が俺の事を名前で呼んでくれる。二人の時だけの、特別な呼び方だ。
「セブンに引き返すって選択肢はねぇぞ〜」
「マジ? あー、アイスの当たり棒って他の店でも交換出来るんかな。出来るか、一々客の顔なんか覚えてねーもんね」
「どうなんやろうな。物の試しに猫カフェん横のマルケー寄ってみるか?」
「ナイスゥ」
放課後。俺の自転車に背中合わせでニケツしていた鹿狩が軽いノリで会話してくれている。以前なら有り得なかった話だ、俺の方からコイツに嫌われるように立ち回っていたし。
「八尋ー。俺の事好きー?」
「はいー? 何いきなり。きっしょーい」
「おい付き合ってんだぞ。少しくらいいちゃつかせろや」
「ポリに止められんようにお目目バキバキにして周りを見てるからそんな余裕ないねぇ」
「クソが。コンビニ止まったらまた同じ事聞いてやるからな」
「女々し〜」
後頭部ヘッドバットしてやりたかったが、それで転倒して怪我を負わせるかもしれないのでやめておく。マジ後で覚えてろコイツ。
俺は鹿狩と付き合っている。
幸太郎や都子が鹿狩の横を埋めた辺りから諦めていたポジションに自分が納まっている。長年培われた執着故か、それがたまらなく嬉しかった。毎日胸が踊るような気持ちだ。
キスはした。胸も揉んだ。そしてセックスも。異常なプレイを除けば、俺は鹿狩のほぼ全ての初めてを犯せている。幸太郎や都子が立ち入った事のない領域に足を踏み込んでいる。
神なんか信じてないけど、男だった奴が都合よく女になって、尚且つ俺の顔面なんかに発情してくれるような感じに中身をねじ曲げてくれた事に関しては、居るかも分からない神に感謝してもいいなと思えた。
「到着っと」
「ん〜、ケツいって〜! ニケツはやっぱダメだな、お尻が割れちゃうよ」
「元から割れてんだろ。チャイルドシートでも載せるか?」
「私は構わないけど見た目だっさいやろね〜」
「構えよ。てか耐えろ、ニケツってそういうもんだろ」
「へいへい」
鹿狩が自分の凝り固まった尻を数度叩き店内に入っていく。後に続く。
「さてさて、レジの方に行きましょー」
「先に買うもの選ぼうぜ。この後うち来るやろ?」
「行く! 私ピザ食べたい! クワトロ・ニューヨーカー食べたい!」
「ねぇよ。ドミノピザじゃねえか、ここコンビニな」
当然のようにボケを出してくる鹿狩に呆れて笑いながら突っ込んでやる。こういうふざけたがりな所は幼い頃の鹿狩にはなかったから、新鮮味があって最初見た頃は違和感が絶えなかった。すぐに慣れたが。
「仕方ないね。カップ麺カップ麺……ておい。酒入れてるやんお前」
「おう」
「おう、じゃないです戻しなさい」
「あん? なんだよ、飲むだろお前も」
「私ら今制服着てんの。年確されるだろーが、最寄りのコンビニで酒買えなくなるのは痛いだろ」
「確かに」
「それよかアイス交換しに行こー。外国人留学生ニキ、対応してくれっかなー?」
ルンルン気分でレジに向かう鹿狩の後を歩く。
「……げ」
俺の身長はコンビニにある商品棚よりも高い。僅かに見える菓子の棚の向こう側には、丁度買うものを選び終わってレジに向かうもう一人の客が居た。
そいつは白幸太郎だった。幼馴染の白幸太郎、嫌いな奴だ。
「八尋、耳塞いでて」
「はい?」
「手で耳を塞いでて」
「なんで?」
「屁こくから」
「草。すかしはやめろよ〜臭いからな」
ケラケラ笑いながら言う通り耳を塞いでくれる鹿狩。よし。鹿狩の顔面を周りに見えないように腹に押し当てるように抱き寄せる。
「え、なに!? なに!? バカップルごっこ!?」
「静かにしとけ」
「何故ぇ……?」
言いながらも大人しく応じる鹿狩の頭を撫でつつ、視線を感じたのでそちらの方を向く。
「よう、幸太郎。奇遇だな」
「佐藤。目、治ったんだな」
「お蔭さまで」
「謝らねえぞ」
別に謝ってほしくなんかねーよ。なんでこんな所にいるんだよこいつ、暇か? あー暇か。引きこもりだもんな。
「なにその子。今カノ?」
「おう」
そう答えると、幸太郎はいつものように見下すような目線を俺に送る。
「都子の友達だっけ。あの子とは別れたんだな」
「いつの話だよ。アイツとはとっくの昔に別れてるわ」
「どうせまだ女の子とっかえひっかえにしてんだろ。よく飽きないよな、そういうの」
「言ってろ。お前は妬む前にお家から出る練習しとけ」
「あ? なんやと……?」
こちらからの挑発にまんまとハマり不機嫌そうな顔が出る。ウケる、煽り耐性は相変わらず低いらしい。
鹿狩が消えてからの数週間、異変に気付いたこいつらは本当に何もかもが面白かった。
いつまでもしつこく、なんの手掛かりもないくせに『鹿狩を絶対に見つけ出す!』なんて息巻いて探しといて、なんの手柄もなく帰ってきた時なんか爆笑を抑えるので必死になった。
そういうのが要因の一つになって俺の眼球が潰される羽目になったわけだし、煽るにしても煽りすぎには注意しないといけない。頭がどこかおかしいのだろう、コイツや都子は加減ってやつを分かってない。
「……もういい?」
「まだ」
「なんなの……」
鹿狩が一旦俺の腹から顔を離した。あどけない幼い顔立ちの美少女が俺を見上げている。
……ん? なんでこいつ顔を赤くしてんの。てか、めっちゃ汗かいてる、そんなに暑かったか?
「お前、風邪とか引いてない?」
「え、引いてないけど……」
「そうか? もしかしてこうされてると暑い? 離れようか」
「んーん! いい。こうしてる」
「そうか……?」
上目で見つめてくる鹿狩の目蓋を手で寝かせたら「死んでねえよ」と突っ込まれた。
「そういえば鹿狩がこの街に戻ってきたの、知ってたか? 佐藤」
小声でがみつく鹿狩の頬を指で挟んでタコみたいにして遊んでいたら不意にそんな質問が飛んできた。幸太郎はまだ俺と会話するつもりらしい。
引きこもりやってるはずの幸太郎がそんな情報を握ってたとは。都子からの告げ口か?
どうせ今の鹿狩を見ても幸太郎じゃ気付けないだろって思って、念には念をで顔を隠していたが、どうやらその選択は正しかったらしい。まさか今俺に抱きついてる女が鹿狩だとは思ってないんだろうな。
「いや? 知らねえな、いつ戻ったんだ?」
とりあえずしらを切ってみる。
「知らないわけないだろ。同じクラスだって都子が言ってたぞ」
「ハッ。まあそういう事だよな。知ってたよ、別にもうアイツに興味無いからどうでもいいけどな」
「はぁ〜? ……ぷッ、ふははっ!」
「何笑ってんだてめぇ」
ぶん殴ってやろうかとも思ったが鹿狩が居たのでそれはやめておく。
「お前が、鹿狩に興味ないって? ははっ、人に因縁つけてきて目に怪我まで負ったやつが言う言葉かよ。ギャグで言ってんの?」
「おい、なに図に乗ってんだお前。誰に煽ってんだよ、また腕の骨へし折るぞ」
「その子の前でそんな事出来んのかよ? 女の前で暴力振るうのはもうしないんだろ?」
「……ちっ」
人を見下した態度で終始話していた幸太郎は俺達から興味が無くなったのか、特に何も言わず表情だけ消してレジの方へと向かっていった。
「執着してたのはお前の方だろ。クソホモ野郎が」
「んー……」
「あ、わり。もういいぞ」
鹿狩の肩甲骨を叩く。彼女はしかめっ面で俺の腹から顔を離し耳に当てていた手もどかした。
「どうした? あ、もしかして汗臭かった」
「もっと抱きついててもよかったのに……」
「うん、何言ってんだお前」
「なんか佐藤、フワフワする匂いするんだよな。柔軟剤なんかな、男の匂いってもっと不快な筈なんだが。甘い匂いした」
「知らんわ」
良かった。汗臭くは無かったらしい。柔軟剤何を使ってるのか知らないけど、母ちゃんに感謝しておこう。
「てかさ、さっきのなんだったん? 絶対屁の長さじゃないじゃんね」
「なんでも。知り合いが居たってだけ」
「はぁ。なんで耳を塞がされた、私」
「まあまあ、なんでもいいだろ。帰ろうぜ」
「ん。すいませーん、これお願いします」
先にアイスの引き換えを終え、後ろに控えていた鹿狩に買い物カゴを出させた。
ピッピッと商品バーコードを読み取っていくのを見ている鹿狩。しかしある商品を通した時小さく「あっ!」と言ってこっちを睨んできた。
「避妊はしないとだろ」
「……」
「なんだよ?」
「……今日親家に居ないの? 居ないなら、いいけど」
「いいけどって、大体いつもやってんじゃんうち来たら」
「死ね! 死ね! 死ね!」
「あ、居ない時の方が声出せるからって事か」
「いや本当に死ね!? お前マジでキモい! セクハラ親父になるんだろうな将来!」
正拳突きが腰骨に連続して刺さる。痛い痛い、店員さんも何事かと思って見てるし。
「そういえば、さっき都子に詰められた時お前アッサリ俺との交際否定してたよな」
「ん? なに、傷付いた?」
「そりゃな。こう見えても真剣にお付き合いしてるつもりなので」
「性欲から始まってるのに真剣なお付き合いとは」
「だーかーらー! それは俺なりの照れ隠しな! とにかく、別に人に隠すのは構わないけど、なんつーか、さ」
玄関先で言いたい事が分からなくなる。いつまで経っても鍵を開けない俺に対し、鹿狩はただ黙って見上げてくれていた。
キョトンとした顔が可愛い。小動物みたいで庇護欲が湧いてくる。
ぶっちゃけコイツを彼女にしようと思ったきっかけは、言わば過去諦めて捨てたと思ってた物を全部取り返そうとした一環であって恋愛感情とかでは無かった。だが、それもココ最近すっかり変わって、俺は俺が思う以上に一人の女の子に入れ込んでいた。
……いや、もしかしたらそれより前から変わっていたのかもしれない。鹿狩に対しての感情が、最近抑えられなくなっている。
だから、それなりに胸が傷んだ。どうやって伝えればいいのか分からないけど。
「誰とも付き合う気は無かったって言うのは本当だよ。嘘は言ってない」
彼女は、当然の事のようにそう言い放った。
「……そうかい」
なんだそれ。え、じゃあ今の俺らは何なんだ? 彼氏彼女じゃねーの、セフレの一種なん? これ。
混乱していると、それを察したのか鹿狩は言葉を続けた。
「自分から付き合う気は無かったってだけで、樹利と付き合うのを選んだのは私だし、好きだよ。本当に」
「そうなのか?」
「んー。お前言ったじゃん、男とか女とかどうでもいいって。そういうのを混じえた告白、結構効いた」
改めて思い返すと、かなり恥ずかしい事をしていたなあと思う。あれは確かに大胆な告白だった。
「……てか、付き合う気は無かっただけで、私、前からお前の事気になってたし。関係性の前提があるから、自分で自分の思いなんか気付かないようにしてたけどさ」
「それは初耳なんだけど?」
「言ってないもん。イケメンにちょっかい掛けられてメス落ちしたって茶化されるのも癪だったし」
「イケメンって、面と向かって言われるとこそばゆいな……」
「自覚してるから女好きやってんだろ。今更照れるフリするなよヤリチン」
「そこまでの自信は持ってねぇっつの。ったく、本当口悪いなお前」
まあ、そういう事なら、それでいい。鹿狩は実は俺の事をあんまり想ってくれていないんじゃないか、そんな思いも一応は誤魔化せるくらいの材料は得られたし、さっさと家の中に入ろう。
鍵穴に鍵を指し、回し、ノブを引く前になって鹿狩に「ちょっとしゃがんで」と言われた。
言われた通り膝を曲げてしゃがむ、目線の高さの鹿狩のスカートの辺になり、一応目線を外そうとした。
鹿狩が、俺の頬を掴んできた。俺がいつもしているように、頬をガッと押さえられて動かせなくなる。
そして、あいつの方から自発的に、唇同士を合わせてきた。
「1週間経つのに、私からシたこと無かったもんね。本当に好きじゃなかったらこんな事しないから、安心してよ」
「か、鹿狩……」
「むー! ちげぇだろー!!!」
「痛っ! 悪かった、八尋な! 八尋! 痛いから殴んなって!」
ポカポカと殴ってくる鹿狩に、自然と笑いが零れた。やり方は卑怯だったってのに、思ったよりもずっと強く、鹿狩は俺の事を好きになってくれたらしい。
「ほら、行くよ」
鹿狩に手を掴まれる。握手の形から、スルスルと指が動いて恋人繋ぎの形に。なんかもう、過去の確執とか、執念とか、どうでも良くなった。
好きな女の子に愛される、そんな今ある幸せを噛み締める以外出来ないほど、今の俺は満ち足りていた。