子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
目覚まし時計が鳴り響く。
スマホを確認すると、寝るまで切らずにしておいた佐藤との通話がいつの間にか切れていた。時間にルーズなあいつが先に起きて通話を切るわけがない、大方充電が無くなったのだろう。
「ふぇあ……ぁふ」
でっかい欠伸をしながら階段を下り、カップ麺を漁る。今日は調子良く早起きだ、学校まで全然時間ある。豪勢に卵焼きも付けちゃいましょ〜。
「おう、八尋。ちょっと」
「……いたんかい」
珍しくソファーに親父が座っていた。ぜんぜん気付かなかった。
親父は手をちょいちょい招いて俺に近くに来るよう合図する。カップ麺にお湯を入れ、フォークを蓋にぶっ刺して開かないようにして親父の正面の椅子に座る。
「どしたん?」
「おい待て。なんでお前ズボン履いてないんだ」
「悪いか」
「悪いやろ。父親に下着見られて恥ずかしくないのかお前は」
「裸のまんまエンカウントしても何も言わない娘がパンツ見られて何か言うとでも?」
「……少しは羞恥心を覚えなさい。もう少し女の自覚を持て」
「で? 本題はなんやねん」
親父の言うことは無視してそのまま話の続きを促すと、親父はため息を吐いて何も言わなくなった。
……え? 何この時間。なにこの静寂。
スマホで三分経ったのを確認し、厳かに麺を啜り始める。
「お前最近、家に帰らない事が増えたよな」
「んー? なんでそんな事知ってんの、自分も家に帰ってこねぇのに」
「赤池が言っていたぞ」
「あ〜」
赤池、というのは平たく言えば親父の部下、というかアッシーくんだ。会社の直属の部下で、普段は親父の乗る車の運転をしている。
親父が仕事の関係で帰ってこない時や、夜のお店で豪遊カマしてる時なんかは二日おきくらいにこの家にやってきて掃除や飯の支度をしてくれてたりする。
俺は一人暮らしの経験はある。家事炊事、簡単な料理位は出来ると親父には言ったのだが、どこでそんなもの覚えた等と一蹴され、知らん男を家に出入りさせる感じになった。俺の監視役かなにかなのだろうか。
「赤ちゃんがなんて言ってたん? 夜遊びしてますグレてますみたいな?」
「……最近、男出来たのか。お前」
「うわぁ」
まさかと思って軽い調子で言ったら、想定通りの言葉を重い調子で返してきた。どうせそんな事だろうと思ってたよ……。
「男、出来たのかって聞いてるんや」
「仮に出来たって言ったとしたらどうなる」
「あのな。お前にはまだ早いぞ。そんな体で」「ねえ仮にって言った」
「……仮にじゃなく事実だろうが。赤池から全部聞いてんやぞ」
「じゃあ最初から問うなや。なんで私自身から引き出そうとするん? 悪ぃ事したわけでもねえのに」
「はぁ……」
親父は深く、深く溜息をつき頭に手をついた。呆れられている。なんでなのか、女が男と付き合う事のどこに不満がある。自然の摂理だろうが。
「あのな。お前のその体、お前だけの物じゃないんやぞ」
「は?」
「沢山のドナー提供者がいて成り立ってるんやぞ。余命残りわずか、お前の体の一部となる事を選んで進んで提供してくれた人だっておる。それなのにな、お前はその体を使って、好き勝手に男誑かして。見過ごせるわけないやろが」
「待てよ。男誑かしてって何? どういう論理?」
「誑かしとるやろが。元々男だった女に彼氏なんか出来るわけないやろ」
いっっっった。なんか今、胸狙撃された? クソ鋭いダメージを食らったんですけど、スナイパーいる? もしかして。
「別に恋愛をするなとは言わんけどもな。そういうのは成人してからにするのが当たり前の事やろ。お前の歳じゃまだ右も左も分からんガキばっかだろ、恋愛ごっこでもして取り返しのつかない事になったらどうするんやって話じゃ」
「……昔の人間は13歳とかで結婚してたと聞きますが?」
「お前は昔の人間か? 今の人間やろが。今のルールに従うのが道理だ」
「今のスタンダードに従ってるから気安く同年代と付き合ってるんですけど。そういう子沢山いるやんけ」
「駄目だ、認めん。お前には早すぎる」
「はぁ〜? 父親が娘の恋愛に口出しする権利とかあるんですかね〜?」
「あるに決まっとるやろうが。お前は俺の子供なんやぞ」
ダメだ、話が通用する相手じゃないっぽい。こいつ自分の子供は自分の思想に染まるよう圧をかけるタイプか。
「で? 何が言いたいん? 別れろとか言ったら一切口効かんくなるで気をつけやぁ?」
「……どこの誰なんだ。お前の彼氏とやらは」
「おー闇討ちでもするんか? こわぁ、いい歳した大人が中学生相手に脅しにかかったりしたら、マジで親とか関係なく」「誰やって聞いてるんや!!」
思い切り机がぶん殴られ、机に乗っていたコップが床に落ちた。すぐキレるとかADHDなんか? カルシウム美味いぞ〜。
「答えてなんになるん。意味ないやろ、答えても」
「八尋」
「……昔、家来てた、佐藤」
「やっぱりか……赤池から聞いた時は耳を疑ったぞ! よりによって不良なんかと付き合いやがって、普通の子として生きることも出来んのかお前は!!」
赤池なんでも喋るやん。スピーカーやん赤池。いい加減にしろよ赤池。嫌いだわ赤池。
「不良と付き合う馬鹿女がそんなに気に食わないっすかお父ちゃま」
「ああ気に食わないね! せめて付き合うにしても、もっと誠実な奴と付き合うべきだ」
「付き合うにべきもクソもねぇだろーが。偶然の重なりだろーが。そういうさ、誰には誰が相応しいみたいなのマジで嫌いなんですけど」
「自分の子供が不良と付き合っていて許せる親がおるとでも思ってるんか? 少しは俺の気持ちも察しろ、放蕩バカ娘が!!」
「……」
うぜえ。なんだこいつ、本当に俺の父親かよ。なんだ、自分の気持ちを察しろって、メンヘラじゃん気持ちわりぃ。
「あんたは私の気持ちがわかるんか?」
「分かるに決まっとるやろ! 親やぞこちとら」
「おう分かっとるくせに娘が付き合う事にケチつけるんかい。こっちの気ぃ汲む努力はしてないんかい。自分ばっかやなあんた」
「……お前、誰にそんな巨大な口効いてるんや」
親父の声が低くなる。ガラガラとした酒焼けの声に怒気が乗る。だから笑ってやった、バカクソこいつの事煽って気持ちよくなりたくなった。愛するパパなので、嫌な気持ちを沢山抱いてほしいので。
「ふはっ! 何キレてんねん不快な事言ったか私? あんたが自分の気ぃ察しろとか気持ちわりぃ、真っ直ぐ愛された事もまま無さそうなメンヘラみたいな事言い出すからそれに倣ってメンヘラかましただけやろが! 不快やと思ったか? 鏡じゃ、客観視出来る機会あってよかったのーノンデリクソ親父!」
ベチンって音が鳴った。全然乾いてない、質量を感じさせる重みのある音。
親父の肉の厚い手のひらが俺の頬を引っぱたいた。ジンジンと熱を持つ。親父は肩で息をすることも無く、ただ冷徹な目で倒れる俺を見下していた。
「最近のお前は、生意気が過ぎるな。甘やかしすぎた。家は空けるもんやないな」
……あぁ、でも一応罪悪感はあるのかな? 息は上がってないものの、握られた拳は少し震えていた。俺がそれを見ると咄嗟に親父は隠したが。
まあ、親が子供を心配するのは当たり前だもんなー。その一環なんだもんな、これは。
受け入れてやらなきゃ、子供に嫌われるのを恐れながらも勇気出してぶっ叩いたんだ。やり慣れない躾って難しいもんな。いいよいいよ、俺が悪かったさ。
机を掴んで支えにして立ち上がる。ラーメンを持ち、リビングから離れる事とした。
「あ、そうだ」
床を睨んでいた親父からはもう目を合わせず、淡々と告げてやる。
「私、佐藤とヤったから。貫通済み。もう穢れちゃってるよ〜、クソ親父」
「っ!!! おまっ、なっ!!」
激しく動揺した親父を無視して自分の部屋に向かう。ざまあみろボケナス。
やっと最近になって俺を娘として愛し、大事にしようと思え始めたんやろ?
知らねぇよ、一生後悔しとけ。もう綺麗で純粋無垢な娘ちゃんはいませ〜んってな。
*
「みんなおっはよ〜」
「おは、八尋ちゃん!? どうしたのそれー!!」
登校して早々、朔月さんが俺の肩を掴んで聞いてくる。都子達も目を丸くして「なんだなんだ」と言い合っている。
朝、親父にぶたれた頬がバチバチに腫れてしまっている。登校中に膨れたんだ、どうしようもなかった。
湿布を買おうにも金が無いし、そもそも湿布や冷えピタは肌が敏感すぎて苦手だ。
というわけなので、まあ水でもピチャピチャかけてれば収まるだろうと軽い気持ちで学校に着いた頃には片アンパンマンと化していた。悲しいな、みんなに見られるよ。
「それ、誰にやられたの」
「うひひ、虫歯放置したらこんなに〜」
「ふざけないで」
都子が聞いてくる。声には静かな怒りが孕んでいた。
「これはまあ、お父さんと喧嘩したというか……」
「それってDVってコト!? 大丈夫なの八尋ちゃん!」
「DVって程でもないよ。悪意から来るわけでもなかったし、気にする事ないでしょ」
「いや気にするでしょ。悪意から来てなくても親が子供に手を出していいわけないじゃん」
「だよね!? 家庭内暴力だよ! 我慢してたらどんどんエスカレートするって聞いたことある!」
「かがりんのお父さん、怖い人なのかな……?」
「マトモな人では無いんじゃない? こんなになるまで娘を殴る親だよ? なんかそのうちもっと大きな事件起きそうで怖いわ……」
「そんな!? 紗理奈ちゃんどうしよう、八尋ちゃんが殺されちゃう!」
「こ、殺されるって」
「紗理奈も、小鞠も、蝶田ちゃんも、そんなに大袈裟な話にしようとしないでよ。別になんでもないから」
「確かに殺される云々は言い過ぎだけど、なんでもない事もないでしょ。そんな顔にされてるんだから」
「あはは……うーん。まあ、どうだろうね」
「どうだろうねじゃなくてさ、自分の事でしょ? しっかりしなよ、何してそうなったわけ?」
なんで都子、俺にまでイライラし始めてきてんの。意味分からないんだが、責められる謂れ無くないか? 勝手に人の事情に首突っ込もうとして来ないでほしい。それでイラついてたらもうただのゴシップガールやんけ。
どーうしよう。何の立場になったつもりなのか知らないけど、俺に対して苛立ちをぶつけてくる都子に対して少しずつフツフツと俺の方も都子に苛立ってきた。もう言葉を交わすのも億劫になってきた。
「よーおはよう〜」
「! ……っ」
佐藤の声がした瞬間に、俺は無意識のうちにそちらを向いてしまった。この場が面倒くさくて、逃げたくて、都合いい相手を見つけたからそっちを見てしまったのだろう。
佐藤の目の色が変わる。俺の頬の異常を見つけると、あいつはあいつでズンズンとこちらへ向かってきた。
それを察知した都子が立ち上がり、佐藤の前に立つ。
「よう、都子。退け」
「何の用? ウチらあんたに用無いんだけど」
「俺もてめぇにゃ用ねえわ。鹿狩を寄越せ」
「ざっけんな」
一触即発の剣呑な空気が流れる。佐藤は都子越しに俺を見て、心配するというより怒りの顔で言葉を投げてきた。
「おい鹿狩、そのほっぺどうした」
「……父親と、喧嘩した」
「大丈夫なのか?」
「んー」
「そっか」
少し考えるように目線をグリっと横に動かした後、再び佐藤が目を合わせてきた。
そして、目の前にいる都子を力業で強引に退けると俺の腕を掴んで引っ張ってきた。
「ちょっと、佐藤! あんたその子に何する気!」
「うるせぇよ都子、どうもしねぇよ」
とだけ言って引っ張る力を強める佐藤。つい、身体を支えきれずに佐藤の方に倒れかけ、その胴体に寄りかかってしまった。
都子はまだ諦めずに俺の制服を掴んできた。でも、こちらとしては佐藤といる方が気楽だ。女子達よりずっと。
出来るだけ敵意や悪意に見えないような表情を作る。
「都子、もう大丈夫だから離して」
「どこ行く気なの」
「知らんけど。今はいいから」
「良くないでしょ! 私が保健室連れてくから、だからソイツから離れてよ、八尋」
「……んー」
考える。別に保健室に行きたいわけじゃない。今はただ、メンタル的に何も考えたくないから、何も考えずに会話しても怒らないであろう佐藤と一緒に居たかった。
相手が誰であれ、邪魔という行為自体をされたくなかった。心に余裕無さげかもしれない。
「なんでもいいから離してよ。今日はもう疲れた」
そう言うと、都子は手を離してくれた。
「二人は付き合ってないんだよねぇ!?」
離してはくれたけど、まだなんか言ってきた。
佐藤を見る。反応的に、応答はこちらの意思に任せるっぽい。じゃあいいか、もう言っても。
「んーん。付き合ってるよ」
「はっ……? な、なんで、なんで!? なんでそんな奴と!!!」
「行こ、佐藤」
「いいのか、喚いてるぞ」
「喚かれないように日頃の行いを改めてくださいね〜」
「今更変わらんだろ」
佐藤に寄りかかりながら歩く。流石に人前でベタベタしすぎかもしれないが、今はこれくらいが丁度良かった。後ろからこちらを見ている人らの事を意識しない為にも、俺は一層強く佐藤に擦り寄った。
「てか、普通に言っちまったな。付き合ってるって」
「別にいいよ、もう。隠すのしんどい」
「しんどいか? 校内でも結構話すだろ、俺ら」
「佐藤は顔がいいし、女にもモテるからさ。前の彼女と別れたっての聞き付けて、色んな女が粉撒いてんじゃん」
「そーなん?」
「そーなん!」
無自覚モテ男め。人の事強制的に女のメンタルに叩き落としておいて他の女にも愛されてるとは何事か。たわけだな本当に、とんだ地雷男だ。
「他の女子が妬ましいと?」
「ん、かなりジェラついてるよ。ジェラピケよ。こっちはバレないように距離取ってんのに、他の女は距離詰めまくりじゃん。ずるっこいでしょ」
「平気で体触ってくる奴もいるしな。どうやら俺の筋肉、女に人気らしいぜ?」
「らしいぜ、じゃねぇ〜。私のもんだろ、アームカバーで隠せしっかり」
「お前のもんなのか……? なんで墨も入れてないのにアームカバーしなきゃならんのよ。無茶言うなよな」
「てか無自覚過ぎなんだよ、天然でたらしてんのか女を踊り食いしたいのか分からねぇし!」
「怒んな怒んな」
髪を撫でられる。力加減がちょうど良くてソワソワして気持ちいい。まだ言いたいことはあったが許した。
保健室まで連行されるが鍵は空いてなかった。のを、佐藤がパワーで開けた。ゴリラすぎです。
「いちっ!」
「マジ? 染みた?」
「中々に染みた!」
「俺にゃ医者は向いてねぇな」
「どう転んでも向いてねぇだろ」
保健室につき、座らされたと思えばよく分からない薬塗り込んだ脱脂綿で頬をポンポンされた。恐らく意味は無い。
「なあ佐藤。腫れって炎症から来るもんやから、お薬塗り込むよりか冷やした方が効果的かもよ」
「そうなん? 先に言えよ、馬鹿みてぇじゃん俺!」
「あははっ! 考えりゃ分かるやろ! あっははは!」
なーにが面白かったのか自分でもさっぱり分からないが、なんか笑えたので大笑いした。プリプリ怒りながら佐藤はビニール袋持って保健室を出ていった。水道水入れてくるらしい。
ちなみに、普通に保冷剤は保健室の冷蔵庫にあった。言えばよかったね。
「ほれ」
「うぎゅわっ! 冷てえ!」
「そりゃそうだ。耐えな」
氷も混ざった水道水入りのビニール袋を押し付けられ、そのままの状態で固定される。
チクタクと保健室の秒針の音だけが響く静かな朝。まだ一時間目が始まったばかりだものな、周囲には誰も来ない。騒々しくなるのは午後からになるだろう。
「なあ、八尋」
ボーッと佐藤の顔を眺めていたら話し掛けられた。なんだろう藪から棒に、暇が気まずいタイプか?
「どしたの」
「俺も、お前の事でそれなりに嫉妬したりするぞ。……それなりだけど」
「んん?」
佐藤が、俺の事で嫉妬とな。それは異な事を、俺はそっち側のポジションにつくようなキャラでは無いだろ。
発言の意図がよく分からずへんてこりんな顔面をしてしまった。恥ずかしいが、まあ元顔面パンパンに腫れてるし、氷水押し付けられて片顔面の肉持ってかれてるしで元から変な顔ではあるか。
「お前こそ無自覚だよな。それも病的なくらい。俺なんか比じゃないだろ」
「なんのこっちゃ」
氷水を更にグイッと押し付けられる。
「お前さ、自分の顔が整ってる自覚あるか?」
「あたりめぇよ。ってか聞いて! 前に服買いに在坂の商店街行ったんやけどさ! その時ジジイにナンパされてアイドルやらん? って言われたー!」
「おいなんだそれ初耳だぞ!? お前アイドルやんの!?」
「この歳から働きたくないから名刺近所の小学生にあげてLINEブロックした!」
「ロックすぎるだろお前」
密かな人生自慢エピソードである。ちなみにこれ、松前の目の前で胸ボロ出しした日の前日です。人生の急落下を感じたね。
「つーわけで、言っとくけど私かなり自分の容姿に自信アリだよ。自己肯定感の鬼よ!」
「ならもう少し周りの目を気にしろ」
「人並みに気にしてるつもりですが」
「じゃあ人並み以上に気にしろ。つか俺に気を使え。告られる頻度が高くなる理由をちゃんと考えろ」
ふむ。そういうね、言われてみればなるほど納得。自分の彼女が人に告られてたらモヤつくわな。不満も溜まるわ。文句の一つや二つ言いたくもなるものか。
「でも〜、それはこっちも同じわけで。佐藤に手を出そうとする女子はみんな努力してくるから、可愛いし。あざといし。私が可愛いのは外面だけであって、内面じゃ天然には勝てないから……だからジェラついちゃうというか」
「お前より可愛い奴なんかいねえよバカ。まあその点男は、持ち味だけでお前を落とせると思ってるカスばっかだから気楽だ」
「それは本当にそう。樹利よりブスしか居ないのになびくわけないじゃんね」
「口が悪いせいでイマイチ響かねえ……」
「きゃはは、恋愛映画履修して来ねぇとな〜。エモエモ力を得なきゃならん」
腫れが引いてきたか? さっきまでしつこく頬に付き纏っていたジンジンとした痛みと熱が引いている。氷水を退かし、指で膨らみを確認する。
「む。もう大丈夫っぽいな。腫れ引いたわ」
「本当だ。喧嘩で腫れた顔なんて、普通治すまで10日はかかるのにな?」
「1発ビンタ食らっただけならこんなもんやろな。ありがとね、樹利」
「お、おう」
佐藤が顔を赤くした。こいつが照れると、普段のやさぐれ狼具合とのギャップがすごいな。可愛い、キュンとくるって感覚が分かってしまうわ。
……うん、本当に可愛いなこいつの顔。男の顔に可愛いって変かな?
鼻を触って、頬を触る。佐藤はくすぐったそうにしているものの、俺の手を拒絶することはしない。
「ここ、さ。いつ先生ここに来るんやろね」
「さあ、どっかのクラスが体育の授業しない限り来ないんじゃねえ?」
「そっか」
まあ、教師という激務な仕事をこなす中で保健室という使われるタイミングが限定された部屋にいつまでも居れるわけないわな。好都合だ。
「ねっ、樹利!」
立ち上がって、向かいに座っている佐藤の肩を叩いてカーテンで仕切りがされているベッドに腰掛ける。シーツの上にあったフワフワの、洗濯してそのままって状態の布を脇において、制服のファスナーを少し下げた。
「一緒に寝ない?」
「八尋……お前、エロい事ほんと好きだよな」
「好きじゃねえよタコ! ……寝ない?」
「寝ない」
「ちぇー」
なんだ、お開きか。残念残念。そう思って立ち上がろうとした所で、佐藤に肩を押さえられ止められて、座り状態に戻された。
佐藤にファスナーを一番下まで下ろされて、リボンタイも解かれて、あっという間に制服を脱がされてご丁寧にカゴん中に畳み入れられた。
「寝ないんじゃないんですか」
「こんな朝早くに寝れるわけないやろ」
カーテンをシャッと閉められ、全然密閉されていない密室が完成する。
ベッドの上に佐藤も乗ってきて、押し倒されて、上に覆いかぶさってくる。彼は髪型をロングウルフにしている為、佐藤の金髪が俺の顔に乗ってくる。
「んっ……樹利?」
佐藤の指が俺の胸にかかる。優しい手触りで円周を包まれ、小指の爪が乳房の下側外周に当たる部分をじんわりと擦り当てて来て、背中にゾワゾワした快感が走る。
「寝るんじゃなくて、今から抱くから。覚悟しろよ、八尋」
いきなりフルスロットルな佐藤にそんな事言われては、逆らう気が失せてしまう。
全身の力が抜けつつも、佐藤の頭に手を伸ばし、抱き寄せ唾液と舌を貪る。気分がノってきた。佐藤の制服のズボンに手を伸ばすと、固い感触が手に当たった。
「あはっ。発つの早すぎな、お前」
「黙っとけ、子供ビッチ」
チャックを開けてズボンの下、パンツの中に手を突っ込む。すると佐藤の方も胸を揉みしだいてた手を離し、俺のスカートを捲り上げてパンツに触れてきた。
ヌルッとした感覚に勘づいて佐藤が悪い笑みを浮かべる。再び手が伸びる。
ここまで来たら最後まで止まれない。俺らは学校であるにも関わらず、途絶えること無く互いの味を教え合った。
結局その後四時間ほど保健室に居座る事が出来た。どうやら今日、保健室の先生は外しているらしい。
「あ、あわわ、あーわわわわわわわわ!! 二人が、手繋いでるー!!!!」
給食を食う為だけに教室に戻ると、朔月さんの相当の声量が俺と佐藤をぶっ刺してきた。
「やっぱ付き合ってたんだ!! いつから!? どこまで!? ねえ、もうキスしたの!? どうなの二人とも!!」
「もう大分前から付き合ってるぜ!」「キスぐらいなら毎日してるよ〜」
「「おい待てお前」」
佐藤は思いっきり嘘をつき、俺は性事情を開示。互いに相手の発言に面食らって同時にツッコミを入れてしまった。
「どっちから告ったの!?」
「もう二人はヤったの?」
「鹿狩の方から告ってきたな」「私まだ処女だよん」
「「おいお前嘘つくなよ」」
今度はどっちも嘘をついた。また面食らって同時に突っ込んだ。なんなら20分くらい前まで繋がってたよ〜なんて言ったら気持ち悪がられそうだったのでそれは黙っておこう。
「嘘だろ、鹿狩さん不良と付き合ってんのかよ……」
「あんな子供が趣味なんだ、佐藤くん。幻滅したな〜」
教室のとお〜い方からさりげなく俺達二人を非難する内容が聴こえてくる。万人に愛されるなんて難しいから仕方ないわな。
傍から見りゃ、不良に快楽堕ちさせられた女扱いだろうな〜俺。違うんだけどな〜。
「てかあの子、よく見たらそんな可愛くないよね。男子あんなんが好きなんだ、よく分からないな」
「あ? 誰だ今言ったやつ、正直に出てこいよコラ」
「樹利!? 急にどうしたよ、落ち着け落ち着け!」
大した事の無い罵倒にめっちゃ過敏に反応した佐藤が目をめっちゃ細くして睨みを効かせながら教室中を見回す。怖い怖い、大袈裟にキレすぎだろこの人。
「樹利って、名前呼びさせてるよ。何の取り柄もない不良の癖して、女遊びだけは一丁前なんだよな」
「そこ動くなよ。死んだら止めてやるからな」
「八尋! 気にしてねぇから! 流石に椅子で殴るのはやばいって!!」
ちびまる子ちゃんに出てくる永沢君みたいな、性格悪そうな陰キャラが佐藤の事を何の取り柄もないとか言い出したので殺そうとしただけなのに佐藤に止められた。優しいなあ佐藤は。永沢君の住所だけ後で調べておこ。
「なるほど、なるほどね……」
一連の流れを腕を組んで傍観していた朔月さんは、何やらウンウンと目を瞑りながら頷いてきた。どうでもいいけどその立ち位置、配膳待ちの子らの邪魔になってるから移動した方がいいと思うな。
「ちゃんとお似合いだねお二人さんっ! シンギュラリティカップル賞を授与!」
「八尋、何言ってんのこいつ?」
「祝ってくれてるんやと思うけど、技術的特異点はどっから現れたんやろね。語感だけで意味知らないが1番それっぽいけど」
兎にも角にも、ドタバタながらクラスの連中に佐藤と付き合ってることをあんまり恥ずかしくない形で公表出来て良かった。御の字だ。
今は愚痴ってる連中も段々見慣れてきて気にしなくなるだろうし、今の内だけ言わせておこう。
そういえば、いつもは朔月さんや菊池さんと一緒に居るはずの都子と蝶田ちゃんがこの場に居ない。珍しい事もあるものだ。
生暖かい空気に包まれながら自分の席に着く。佐藤と離れる時に手を離すのが名残惜しくて中々離せなかったが、茶々を入れられたので渋々離して席に着いた。
その後、1時間超似も及ぶ朔月さんと菊池さんの質問攻めに遭い、その場にいなかった生徒や担任にも話がバレる事になるのだが。
いやはや、お付き合い関係を周りの人に持て囃されるのは、やっぱり居心地のいいものでは無いなと思いましたとさ。