子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
鹿狩八尋と佐藤樹利は、私の幼馴染である。
白幸太郎と同じ保育園に通い、小学校に上がった後、私は佐藤の事を好きになった。
運動神経が良くて、何でもそつなくこなせて、余裕があって、女子の注目の的だったからある意味当然だ。
私は可愛くなる努力をした。
周りよりも早く自分で服を選ぶようになったし、男子が好きな女子というのを徹底的に調べあげて、全部を自分に落とし込んだつもりだ。
八尋と仲良くなったのはその頃だ。小学入って、友達が多くてアクティブだった八尋の連れのグループに入れられる形で私と幸太郎は彼と出会い、彼と意気投合した。
……意気投合したと言っても、幸太郎と八尋が仲良かっただけだが。
正直私は、あの二人に合わせていただけでその時点では八尋の事など全く意識になかった。
好きな相手は佐藤で、大切な弟のような存在が幸太郎。心の中にある二人の存在はあまりにも大きすぎて、他の人なんてこれっぽっちも印象に残っていなかった。
「私、佐藤くんの事、好きなの。私の彼氏になって!」
それは小三の頃の出来事だ。私と幸太郎と佐藤、ついでに八尋が同じクラスになって、話す機会も増えたから意を決して告白をした。
でも、振られた。佐藤には好きな相手がいた。
「えーと、ごめん。俺、鹿狩がいるから」
鹿狩がいるから。
信じられなかった。人生で生まれて初めて失恋した時の恋敵は、なんと相手と同性だったのだ。
泣き喚いた。八つ当たりをした。3年間ずっとしてきた努力が、男に恋で敗北するなんて幕切れだったからか、愛が憎しみに変わった。
私が痛烈に佐藤を批判した事で、佐藤は私を嫌うようになった。子供は残酷だから、あの日敵認定を受けてから私に対する佐藤の嫌がらせが始まった。
それを守ってくれたのは、私が弟分扱いしていた幸太郎と、皮肉にも恋敵であった八尋だった。
「女子に手を上げるなんて最低だぞ佐藤! お前とは絶好だ!」
そう言って庇ってくれる八尋の背中を、私は強く睨んでいた。誰のせいでこうなったと思ってる……! なんて思いが頭の中を駆け巡った。
でも、守ってくれたのも事実なわけで。私はその日から八尋の事を、『嫌いだけど友達』という子供からしたら意味の分からない相手として認識し始めた。
「みゃーこは俺が守るから。だから絶対俺から離れるなよ!」
そして、佐藤との確執が生まれて仲が遠のいていくほど、私を守ろうと幸太郎が逞しくなっていった。
ちっちゃくて、可愛くて、弱くて、私がいないとダメな子。そんな庇護の対象だった幸太郎は、いつの間にか一人の女の子を助ける騎士のような男の子に成長していた。
私は単純だ。次には幸太郎に恋をした。
「聞いてくれよみゃーこ! 昨日また鹿狩と映画見たんだ! アイツさ、すぐに飽きてゲーム始める癖にそれも飽きて映画をまた見るの、何回も何回も! アホだよなーっ」
それは、私の知らない二人の話だった。
私だけが入れない、興味のない話だった。
ゲームなんて何が面白いのか分からない。映画なんて最後まで起きて見られた事がない。だって私、そういう趣味をしてこなかったんだもん、今更ハマれるわけもない。
最初断ったのがいけなかった。幸太郎からの誘いも、八尋からの誘いも、私は「よくわかんない」等と言って、試しに話に乗ることも無く断るから。だから差が出来たんだと思う。
「鹿狩ー、今日も基地作りに行こうぜ!」
「早くプレハブ屋根完成させないとな!」
幸太郎の隣には八尋が居た。八尋の親友の座はもう空いてなかった。
置いていかれた。そう気付いた私は、自暴自棄になった。
また泣き喚いた。泣いて、泣いて、一人になって。友達が皆居なくなったって、もう友達なんか作れないって。作り方なんか知らないって。とにかく不安で、泣く事しか出来なかった。
……私は八尋が嫌いだった。アイツは私から、全部を奪い去っていく。
初恋の相手も、一番仲良かった人も、周りの友達も、みんなみんな。いつの間にかその中心には八尋が居て、八尋のノリに迎合出来ない私はいつだってはぐれ者。
気付いたら一人になっていた。幸太郎と八尋と佐藤、クラスの中心人物達の幼馴染であるにも関わらず、佐藤からは虐められ、幸太郎と八尋とも疎遠になったと感じた。
休み時間は必ず決まって誰にも見つからない場所に隠れた。全部の階に繋がる階段の、1番下の階段裏。用具入れとかが置いてあるスペースに座り、何もしないで時間を潰すのが日課になった。
みじめでいつも泣いていた。時々人に見つかって、その度にみんな私に引いていく。
誰も私の事なんて興味無いんだ。そんな風に思っていた中、初めて声を掛けてくれたのは八尋だった。
「こんな所で何してるの? みゃーこ」
心配するような顔と、引いているような顔。その違いが私には分からず、八尋に見下されたような気がした。
「お前のせいだっ、お前のせい……っ!」
ボロボロと涙を零しながら、私は八尋の胸を叩いた。何度も叩いた。そのまま骨が折れて死んじゃえばいい、そんな物騒なことを考えながら、私は必死に八尋を叩いた。
八尋は何も言わなかった。自分も子供なんだからやり返せばいいのにって、今ならそう思う。
「辛かったね」
「うぅっ……ぅああっあぁあ!」
優しく包み込むような声を八尋が出すと、私の感情がダムを切り崩したかのように決壊して大きな声で泣き声を上げた。
八尋は私を抱きしめた。強く抱き締められて、その胸に口が当たってるからか声がくぐもった。
それは私を哀れんだ優しくなんかじゃなくて、単純に先生や他の人に見つからないようにしてくれただけなのかもしれないけど、その時の私にとってそれは初めて向けられた『自分への気遣い』であり、渇望していた干渉の仕方に違いなかった。
ひとしきり泣いた後、八尋は私の涙を拭いてくれた。教室まで付き添ってくれた。そして、彼氏だ彼女だと囃し立てるクラスメート達に向かって大声で、
「俺とみゃーこは大親友だ!! だから一緒に教室に戻ってきても変じゃないだろ!」
なんて、意味不明な事を言った。
そんなに仲良くなかったでしょ、とか。私は八尋の事無視してたよ、とか。嫌いだったんだよ、とか。色々考えたけど、でも口元は嬉しさに歪んでしまって、そんなマイナスな言葉は一つ足りとも喉を通り過ぎることは無かった。
その日から私にとって八尋は、かけがえのないもの友達になった。大切な幼馴染になった。
その後、また佐藤が私にちょっかいかけるようになったと思ったら二人が守ってくれたり、秘密基地に案内してくれたり、夏休みや冬休みを一緒に過ごしたり。共にする時間が増えていくと同時に、私は八尋にも特別な想いを抱くようになった。
……けど、もう恋愛はいいなって思った。だから私は、同じくらい特別な想いを抱く幸太郎と八尋の、一生にかけての友達でいようって決意したんだ。
「鹿狩、来ないね」
「…………」
小学五年生の夏、鹿狩八尋は姿を消した。
家に行っても誰もおらず、反応はない。
事件に巻き込まれたのかとみんな騒いでた。家はそのままなのに失踪している、そんなの只事じゃないって。
でも、八尋のお父さんは時々家に帰ってきていたし様子も普通だったから、凶悪な犯罪に巻き込まれたという線は薄れていった。
必死に探しているうちに、八尋の存在は縁が遠かった人たちから忘れられるようになっていった。いや、アレは忘れた事にして、不安や傷、後悔をなかったことにしようとしたんだろうな。
中学に上がる頃には、私は八尋の事を思い出さなくなっていた。心が擦り切れて、八尋のことを考える余分が無くなった。
「都子ちゃんって、佐藤君と同じ小学校だよね」
「うん、そうだよ」
中学に入り、一番に出来た友達が佐藤と付き合い始めて二週間ほど経った頃、不意にその子から佐藤の事で相談を受けた。
佐藤はその子に告白されたから付き合ったものの、自分にまるで興味がなさそうで愛情表現なんで全然してくれないとの事だった。
そんなのよくある話だし、私もよくあるアドバイスをしたと思う。あんまり覚えてないけど。でも、その翌日、その子が学校を休んで家までプリントを届けに行った時。
私はその子の口から、佐藤の歪みを耳にしたんだ。
「お前は鹿狩じゃない、って言われたの。ねえ、鹿狩って誰? なんで私が、こんな目に遭わないといけないの……?」
そう泣きながら話すその子の頬には、赤い跡が残っていた。
一応、事の始まりはその子にあったらしい。本人が言っていたが、自分を見てくれない佐藤に痺れを切らして寝てる間に"既成事実"を作ろうとしたんだって。
行為は途中まで順調だった。けど、途中で佐藤が起きると一転、彼は今までにないくらいの怒気を孕んだ顔で怒鳴り散らした挙句、抱きついてくるその子を殴ってそのまま家の外に放り出したらしい。
私はその時正気じゃなかった。タダじゃ置かない、痛い目見させてやる、と佐藤に対して強い嫌悪を覚えた。
「話ってなんだよ、都子」
「あんた、まだ鹿狩の事引きずってんの」
「……あ? 何の話してんだてめぇ」
「咲良から聞いた。ねえ佐藤、もう八尋は居ないんだよ。どこにも居ないの、分かるでしょ」
「うるせぇ、黙れ」
その時の佐藤は、もう不良の仲間入りしてる事もあってかなりガラが悪かった。でも萎縮はしない、伊達に幼馴染やってないんだ、私は引かずに佐藤を睨みつけた。
「今付き合ってるのはあの子でしょ? なんであの子を見てあげないの。八尋の姿なんか重ねるなよ」
「重ねてねぇよ。……この話をあの女にしたら、アイツ『昔の知り合いの事なんかよく覚えてられるね』なんて簡単に言い放ちやがった。俺と鹿狩の繋がりを、たかが"昔の知り合い"程度で括りやがったんだ。それが許せなかった、ただそれだけの話だろ」
本気で言っているのが嫌という程伝わってきた。佐藤の目には少しだって私の事も、あの子の事も映っていなくて。ただそこには遠い昔の日の八尋の影法師だけが、胡乱に揺れているのみだった。
許せなかった。人の気持ちを踏みにじっておいて、その相手の事すら見ないなんて、佐藤の勝手さに私はつい手を出した。
「このっ、クズ佐藤!!」
頬を殴った。掴みかかって、髪の毛を引っ張ってやろうとした。しかし、鍛えているし喧嘩も強い佐藤に勝てるわけなくて、私は呆気なく佐藤に腕を掴まれてそのまま投げられ、床に仰向けに倒れる事となった。
息がしづらくなって、涙が出てくる。そんな私の様子に野次馬たちが集まってきて、私と佐藤の周りに丸い空間が出来上がるまで時間は要さなかった。
「みゃーこ!? 佐藤てめぇええ!!!」
幸太郎が来るのもそう時間はかからなかった。彼は教室から椅子を持ってくると、それをブンブン振り回して私から佐藤を離れさせようとしたんだと思う。
「お前っ、都子に何しやがった!!」
「さあ? 仲のいい鹿狩にでも聞いてみたらいいんじゃねえか? あ、そういえば消えたんだっけ。それともいい加減見つかったかよ、鹿狩の白骨死体」
佐藤の口調には明確な煽りが含まれていた。なんでそんなことをするのかは分からない、けれど佐藤の挑発はあまりにも効果的で、激高すらしなくなった幸太郎の目が据わったと思いきや、突然椅子を振りかぶって佐藤の居る方に投げたのだ。
佐藤が避ければ、背後にいる生徒陣に椅子が当たる。そう考えたのかどうかは分からなかったが、佐藤はその場から動かなかった。
「ぐっ、ぁあ!」
椅子が頭部に命中すると、佐藤は痛そうに目を押えて膝を立てた。
目からは血が流れていて、空いた方の目は恨めしそうに幸太郎を睨んでいた。
「あ、ち、ちがっ。だって、お前がっ! お前がっ、都子を傷つけて、鹿狩の事を死体だって言うから!」
「……ハッ。何年も探し回ってて見つからないように奴を生きてると? 馬鹿だろお前、現実を見ろよ。そんな上手くいかねえから」
「だ、黙れ!」
「なんだよ、また物投げるか? やめとけよ、周りの野次馬に当たったら可哀想だろ」
佐藤がそう言い幸太郎が俯く。瞬間、勢いよく立ち上がり駆け寄ってきた佐藤は勢いよく幸太郎を殴り飛ばした。
そこからは一方的な勝負だった。身長、喧嘩の経験、容赦の無さが圧倒的な佐藤に為す術なくマウントポジションを取られた幸太郎は、先生が来るまで延々と佐藤に殴られ続けた。
佐藤を非難する声は無かった。物を投げて庇った実績があるからか、みんな「やれやれー!」と、「そんな奴殺しちゃえー!」と、そんな残酷な野次をずっと飛ばしていた。
やがて先生が止めに入ってきてくれ一旦話を落ち着く事になる。
佐藤は医療用眼帯をつけて普通に通うようになったが、幸太郎はその日から一度も学校に来ていない。誰とも会いたくない、と幸太郎に門前払いされたのは初めてであった。
「たすけてよ、八尋……」
そんな事を呟く夜は少なくなかった。散り散りになった幼馴染を一つにするには、八尋が戻ってくるのが一番手っ取り早いと思ったからだ。
鹿狩八尋本人が戻ってくるのはそこから一年後の出来事になるのだが、この頃の私はそんなことを知る由もなく、ただ心を殺していく方法を自分で模索していた。
「ヤラせろよ、都子」
ある日。私に佐藤がそう提案してきた。私は当然断った。
「は、はあ? あんた、頭沸いてんじゃないの? なんであんたなんかと」
「お前の幼馴染に目を潰されてから、どんな女を抱いても退屈になっちまった」
「だから何。私になんの関係があるの?」
「お前、アイツに随分と好かれて守られてるじゃねえか」
「……ハッ、どうだかね。私なんかより八尋の方が大事っぽいけど?」
「鹿狩が居ない今、あいつにとって一番大事な奴はお前なんだよ。都子」
寒気がした。
佐藤は私を使って、幸太郎に復讐するつもりなのだ。
佐藤は幸太郎の事をかなり嫌っていた。八尋が消えてからは顕著で、自分と違ってずっと必死で八尋のことを探す幸太郎を指して「努力の無駄使い」だとか「人生を棒に振る天才」みたいなあだ名で影で笑ってる姿を何度も見た事がある。
……八尋にためにそこまで出来なかった自分と比較して、劣等感を抱いたんだと思った。
佐藤の目はドロドロの沼底のように色が沈んでいて、相変わらず私なんか微塵も見ていなかった。
自分を抱こうとしている男が自分に興味無い、そんな状況なのに処女を卒業するだなんて、良い事一つもないじゃないかと考えなくても分かる。女の安売りもいいところだ。
けど、私は佐藤に体を許してしまった。二人だけ残された、人間の最底辺のゴミの二人、そんな同族嫌悪に近いある意味での仲間意識が、私達を狂わせたんだと思う。
それが私の、人生最大の失敗だった。
***
なんでなんでなんでなんでなんで?? なんで私を置いていった八尋は私を汚した佐藤なんかと付き合ってるの? ねえ、神様? なんなの? 一体なんなの? 私が悪いの? なんで私だけ置いていくの? ねえ、ねえねえねえねえねえ、おかしいでしょおかしいよね、私だって我慢したよ? 好きでもない男と付き合って、気持ち悪いのに嬉しいフリして普通の人間になろうとしたよ? 思い出しても良いことなんか全然ない過去を精算しようと、未来に投資したんだよ? 毎日毎日毎日毎日、めんどくさくて無意味で無関心で無益で無価値で無駄骨でしかない恋愛ごっこに興じてやってるのに、なんで私だけまた置いていかれるの? なんで友達すらまともにやり直させてくれないの??? 私から八尋を奪わないでよ、私に佐藤を意識させないでよ。やめてやめてやめてやめてやめて、別れて別れて別れて別れて別れて。だって佐藤私に脅しをかけてくるんだよ? あの日の写真今でも持ってるんだよ? 八尋に見られたら今度こそ人生お終いじゃん、最近やっと関わり方を思い出せたのに全部無駄になっちゃうじゃん。幸太郎はもう外にも出られないじゃん。でも幸太郎にも友達は居るんでしょ? 聞いたよ? 私とは会ってくれないくせに友達の事は家に入れてるんだってね? 最近連絡全然返してくれないもん、もう私捨てられたんじゃん。そうだよね、彼氏持ちの女なんかにする連絡なんて気が進まないもんね。でもさ、私だって好きでもない人と付き合いたくなかったよ? でもそれがなかったら小鞠とも友達になれなかったし、小鞠と友達になれなかったら紗理奈とも友達になれなかったし仕方ないじゃん。なんで私だけ痛い目見なきゃいけないの? 八尋が学校に復帰したらやっぱり昔みたいに小鞠も紗理奈も取られてばっかりだし、私の事はやっぱり置いてけぼりだし。いつも私だけ遠い位置にいるんだよ? 私だって隣に座りたいのに、誰かの隣に居たいだけなのに。隣に居たいって思った相手は別の相手が隣に居て、私は三番目以降にしかなれない。なんで? 何がダメなの? 私はどこかおかしいの? 私のどこがおかしいの? どこで間違えた。どこで人と関われなくなった? 怖いよ、嫌われるのが怖い、疎まれるのが怖い、引かれるのが怖い、嗤われるのが怖い。でもそれって全部普通の事でしょ? 普通の事を嫌ってなんで遠ざけられなきゃいけないの? 憎いよ、憎い憎いに憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い、うざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざい、なんで私だけ、なんで私だけ、なんで、幸太郎、幸太郎、たすけてよ幸太郎、だれか、八尋、たすけて、たすけて、一人はいや、嫌だ、私を見て、私を捨てないでよ、私は、でも、私は頭がおかしいから、彼氏なんかどうでも良くて、八尋か幸太郎に見て欲しいだけで、だから、でも、佐藤が、佐藤はなんで、佐藤も私を見てよ、私だって幼馴染でしょ? 私の事どう思ってるのみんな、ねえ、私の事思い出せてる? 私の事忘れちゃった? 私はみんなのことを忘れた事は片時もないよ、欠片でも思ってくれてる? そんなわけないよね人間だもん、幸太郎が今泉を家に入れてるのを見たよ、楽しそうに話すんだね、私にそんな子供みたいな笑顔もう見せなくなったよね、保健室でのセックスの音聞いてたよ八尋と佐藤、本当に好きなんだね、もう何回もしてるんだね、紗理奈は笠原とまだまだ仲良いね、私と二人で遊んだこと一回もないのにね、小鞠は自由人で楽しそうだね、私の事ちっとも気にかけてくれないもんね、ねえみんな、私は? みんなの中にいる私ってどれくらいの存在なの? 私がなにかする時、私がなにか言う時、私の仕草、私の表情、私の服装、私の感情、なんでもいいけど、私の何かを"描写"した事あった? 私の事見てくれた? 私が何か言ってる程度にしか思ってないでしょ、私が何してるだとか気にしたことある? 私だって生きてるんだよ? 私だってここにいるんだよ? 私だってキャラクターだよ? 私だって存在してるのに、どうして私だけ一人なの? どうして私と線で繋がってくれないの、ずっと誰かの傍にいたのに、ずっと誰かを巻き込もうとしたのに、私のしたことって何だったの? 徒労だったの? みんなにいる特別な誰か、私にはいない特別な誰か、私にはなれない特別な誰か、私だけ誰にとっても特別になれてなくて、私にとってのそんな人も一人もいやしなくて、じゃあ生きてるのも死んでるのも同じじゃん、なんで生きてるの? なんで死なないの? なんで死ななきゃいけないの!? 私が悪いの!? 子供の頃から全部間違えてきたって言いたいの? 子供らしく遊ばなかったから悪いの? 佐藤に初恋も処女も奪われたから悪いの? 佐藤が私を愛してくれないのが元凶なんじゃないの? 今更そんなのどうでもいい、なんで八尋を女にしたの? なんで幸太郎の心を壊したの? なんで私だけ中途半端にしか壊してくれなかったの? 八尋しかいなかったのに、八尋とまた仲良くなれたのに、八尋と女友達としてならどれだけ深く長く繋がってても問題ないと思ったのに、なんでそんな唯一すら奪っていくの? 知ってるよ、佐藤は昔から八尋の事が好きだったって知ってる、でもなんで今なの? なんでもっと遅くてもいいじゃん、大人になってからでもいいじゃん、死んでからでもいいじゃん、恵まれたい相手から恵まれてる奴が、よりにもよって私から奪っていくのはどういう了見なの? 生まれつき親もちゃんと二人いて、殴ったりしてこなくて、普通に生きてて、それでなんで不良になれるの? なんで私より悲痛ですみたいな顔するの? 佐藤なんか嫌い、死ねばいい、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、あ。
八尋だ。
佐藤はいない。
八尋、付き合ってるのに佐藤とは一緒に登校してないんだ。
佐藤の家に寝泊まりしてるくせに。
一晩中動物みたいにセックスしてるくせに。
綺麗なフリして全身汚されまくってるくせに。
気持ち悪いやつ。汚らわしい。
なに普通の顔して、少女の顔して歩いてるのアイツ。
あ、私に気付いた。
あ、駆け寄ってくる。
ダメだ、ダメ。せめていつも通りなんちゃって無表情を作らなきゃ。
あ、あ、駄目。無理。
嫌悪感を、隠せない。
「おはよー、都子! 今日なんかいつもより遅くない?」
「……」
肩をぶつけて通り過ぎる。匂いを嗅ぐのさえ嫌で、私は鼻をつまみながら八尋の横を通り過ぎた。
つもりだった。
「都子?」
八尋が私の手を握っていた。
鳥肌が立ってその手を振り払うと八尋は驚いたような顔をして私を見上げた。
丸い目が私の顔を見つめてくる。売春婦が上客に媚びる時のようなトロトロした感じで佐藤を見つめていたその目で、同じ眼球で、私の姿を観察する為にジーッと射抜いてくる。
「……泣いてるの? 都子」
言われてから気付いた。私の両目からは昔みたいにボタボタと大粒の涙が零れていた。
八尋の手が伸びる。その小さな少女の手は私の髪に触れると、優しい声で私に語りかけてきた。
「辛かったね」
それは私が持ってた大切な思い出のひとつに出てくる言葉であった。
吐き気が一気に込み上げてくる。我慢するとか考えられないほど急なので、私はそれに逆らう事が出来ず丸々吐いてしまった。
胃の中全部が吐き出され、体内が空になったのかと思った直後、急激なめまいにやられて私は為す術なく倒れた。
「都子!? お……、やっ……」
八尋の声がどんどん遠くなっていく。ああ、学校の廊下で吐くなんて人生最悪の日だと思いながら、私の意識は急に電源を切るかのようにぶつ切りでそこまでとなった。