子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
ゲロって、あったかいんだね。
なんか都子がしんどそうな顔面を俺に向けてきたのでかる〜い気持ちで励ましてやったら、緩励の返礼とばかりにアッツアツの吐瀉物を腹に食らった。
なんか、スンッて気分が落ちた。そりゃそうだ、制服ビッチョビチョやもん。臭い酸っぱいし。勘弁してほしいよ。朝食はパスタだったんだね。
その後、何故か気絶カマしたゲロまみれの都子を連れて保健室に来て数分。制服を脱がされ、誰かも知らない先輩の名字が書かれた体操服に都子と共に着替えて教室に戻らされる事になった。
授業サボりたいっていう建前と都子が心配っていう本音がある。教室に戻ったフリをして、保健室の先生が去ったのを確認して都子の横に帰還する。スニーキングミッション成功だぜ。
「はてさてはてさて」
ゴウンゴウンと、保健室の外で回る洗濯機の音に耳を傾けながら。今は懐かしの3DSを取り出す。
過去にやってたゲームって、時間置いてやり直すと新しい発見があっていいよね。見舞いをしながら横でピコピコピコっとさせていただこうか。
「しっかし、どしたんよお前。ゲロ吐く所なんて初めて見たぞ〜」
目を瞑って寝息を立ててる都子に話し掛けてみる。反応はない。相当疲労が溜まってたようだ、今はゆっくり休みたまえよ。
ピコピコピコピコ、同じエリアを周回して隠しアイテムを探索する。
なんか、アレだな。授業中にするゲームって見つかるリスクとスリルがあるから相乗効果で楽しんでる節あったようだ。こう何の縛りもなくやってみると、楽しさが少し減衰する。
都子は全然起きてくる気配はない。眠り姫のように綺麗な顔のまま瞼を閉じている。
「久しぶりにこんな顔みたな」
観察していたら、改めて都子の中学生離れした顔の造りに気付いた。
穏やかな顔をした都子の寝顔はまるで彫刻だな、なんて思う。或いは絵画か。
天然物でこの顔ってすごいな。中三を生還して駆け抜けたらモデルの仕事からもっと芸能界に食い込めるんじゃないのって思う。
「もっと私にも優しくしてくれりゃいいのにな〜」
折角ならそんな美人には優しくされたいものである。
この姿になってから都子には睨まれたり、不機嫌そうな顔をされてばかりだ。あんまり意地悪されると泣いちゃうよ? なんて思ったり思わなかったり。
「……暇だな〜」
今誰もいないし、都子の顔面で遊んでやろうかな。普段頬を揉みくちゃにされてるし、復讐がてら落書きでもしてやろうかな〜〜。
いやそれはライン超えてるか。やめよう。
一旦は頬を指でつついて思考を錯誤して行こっかな〜。
「何やってんの、あんた」
「どっひゃあ!」
指が頬に触れる寸前で都子の目がパチッと開いた。そんな事ある? 狙い済ましたかのようなタイミングすぎない?
それまで蝋人形みたいにトゥルットゥルだった都子の眉間が一気に皺を寄せた。すごいや、これがアハ体験か。
「み、都子、おはよう〜」
「おはようじゃなくて。今何しようとした?」
「何のこと?」
無言でジッと睨まれる。怖い。
ねえ、なんでこの人俺の幼馴染の筈なのにこんなに冷たい目で睨んでくるの? 親の仇みたいな目してくるんですけど、何か悪いことしたっけな!?
むしろここまで引きずってきた恩人ですよ? 感謝くらいされてもいいと思うんですけどねぇ……。
「あ、あー……目ェ覚めたようだし先生呼んでくるわ」
「待て」
「ぶえっ」
スカートを掴まれて、思い切り引っ張られて。腰が締め付けられて抵抗出来ずに後ろのめりに倒れそうになるが何とか踏ん張る。
振り向くと、体調が回復したっぽい都子はベッドに足を組んで座っていた。両腕もしっかり組んでゴミ見るような睨んでくる。下から見上げたらパンツ見えるかな?
「み、都子……?」
「なんで、あんな奴と付き合ってんのよ」
?
いきなり何の話なんだろう。困惑して答えを出さない俺に、都子は舌打ちをした。
「あんた、佐藤と付き合ってるって言ったよね」
「え、うん。言った」
「なんで?」
「なんでとは」
「なんでとは、じゃないでしょ。付き合ったきっかけとか、経緯とか、そういうのを話せっつってんの」
「え、詰問? 詰問されてんの私」
高圧的に喋ってくる相手に恋愛話とかしたくねぇよ……まあ圧を抜きにしても、ベロチューカマされてハート1発KOされたみたいな感じに要約して正直に話したら引かれそうな気しかしないが。
てか、何をどう話すにしても都子にはなんか馬鹿にされそうなんだよな。
彼氏持ちの割に、都子って恋愛に対して潔癖症発揮してそうなんだよな。男への態度から憶測で物言うけどもね。
でも、ぶっちゃけ物事を深く考えない俺みたいなタイプにとったら話しにくい手合いなんだよね。
な〜んて事を思考していたら、都子の方から話を続けてきた。
「……もういい。何も話さなくていい、私が悪かったよ」
「は、はあ……」
なんでいきなり謝られたんだろう。よく分からなくて困惑の『はあ』が出てしまった。
うーむ、相手や状況がなんであれ、恋バナを振られたのに受け流そうとしたのは悪手だったか? でもこっちから切れるエモエモエピソードカードも無い以上、はぐらかすのが一番二人の体裁を守れるからこの流れこそ最善だと思ったんだよ。
あ、そうだ。会話の基本はキャッチボールだ。ここは一つ、都子の恋愛について聞いてみよう。
朔月さんが言ってたが、都子って今の彼氏と付き合うってなった時嬉しくて泣いてたんだっけ? 好き好きカップルよな、案外可愛いとこ引き出せるかも!
俺は、引き気味だった表情筋を正して何とか自然な笑顔を作り、都子に根掘り葉掘りしてみる事にした。
「私の話よりさ、都子の話聞かせてよ。彼氏くんってどんな人なん?」
「は? なんでそんなことお前に話さないとなんないわけ?」
うーん拒絶の表現がつよーい! お前って言われた、泣いちゃおっかなあ!?
面食らって驚いていると、あろう事か舌打ちからの強い強い睨みの目線で追い打ちまで掛けられる。弱った心にブローからのアッパーである。肋ボロボロ、筋をやってもう腕上がりませんって感じ。
「ねえ、鹿狩くん」
もうメンタル的にここは居心地悪いなって思ったのでそそくさと撤退しようとしたら、都子が呼び止めるように声を掛けてきた。なんだろう?
「なに?」
「……鹿狩くんはさ、私の事嫌い?」
「嫌いじゃないけど。なんで?」
意味が分からない問いだが、そんなわけが無いので即答しておく。俺の返答が予想外だったのか都子はそこで驚きを表情に出した。
俺が都子を嫌っている、そう思った根拠等は語られない。
なんとなく確認しておきたかった、みたいな軽いノリなのだろう。自分の事好きか嫌いか、そんな質問はよく出される話のネタだ。
しかし、次言う都子のセリフを聞いて、「何故そんなことを聞いてきたのか」という思考を直ぐに放棄した事を、俺は軽く後悔する事となる。
「鹿狩くん、私と付き合って」
()()()()
意識が眠りから覚めた時、最初に活発化した五感は聴覚であった。
「久しぶりにこんな顔みたな」
ボソッと聞こえた、高くてヒンヤリとした声。私の顔を観察する第三者の淡々とした感想。
八尋の声だ、とすぐ気付いた。
私の横に八尋が居る。私は寝かされていて、八尋が付き添っているという感じなのだろうか。
確か私は……と状況を整理してる間に、何かが私の顔に近づいてくる気配を感じた。暇だな、と呟く声と共に、八尋は私の頬に指を伸ばしてるようだった。
瞼をあけ、八尋の手をはたいて退かし、その目を睨みつけてやる。
「何やってんの、 あんた」
「どっひゃあ」
八尋はオーバーリアクションとか決して言えない、雑で投げやりのような反応をして見せる。両手を上げて、なのに勢いはない。心から出るリアクションなんかじゃなくて、ただそうする事で相手を楽しませようとする、ただのポーズ。
……そういう、人に取っ付かれやすい馬鹿を"分かってて"やれちゃう所、本当に嫌いだ。
リアクションを取り終えると、八尋は女になってからよくするようになった虚無の顔を作った。私のなんちゃって無表情と違って、油断してると出てくる顔だ。
この場から離れようとした八尋のスカートを掴み引っ張る。体重が相当軽いようで、紙のような八尋の体は軽く引っ張っただけなのに大きくよろけていた。
「都子?」
八尋は不思議そうな目を私に向ける。引き止め方が強引すぎたか。
でも、八尋の胸の内を聞き出すに今は絶好のタイミングだし逃すわけにはいかなかった。
私と向かい合うように八尋が椅子に腰掛ける。
「なんで、あんな奴と付き合ってんのよ」
まず最初に、一番不可解な事を質問した。
八尋は、男だ。姿がどう変わろうと、女の生活に慣れてもコイツは男で、そうじゃないとしても、私の知る八尋は佐藤の事をあまり好きじゃなかったはず。
私らと出会う前に八尋は佐藤とずっと一緒にいた事は知ってた。でも途中から疎遠になって、嫌い合ったのだって知ってる。
そこまで関係が壊れた人間二人が、再会して短期間で仲良しに戻れるはずなんてない。
……佐藤みたいな人間を、八尋が好む筈がない。そう思いたい。
「……んー」
八尋からの答えは、しばらく出なかった。八尋は私の目を観察するように眺めたまま、何の言葉も吐き出さない。喉の奥で音が鳴るだけだ。
「ちっ」
舌打ちが零れた。自分の言葉じゃなくて、私に都合のいい言葉を探してるのが伝わって、苛立った。
八尋は私の舌打ちになんの反応も起こさない。ただボーッと眺めていた。感情がないロボットみたいだ、普段は人間のフリしてるみたいな。
「あんた、佐藤と付き合ってるって言ったよね」
「え、うん。言った」
「なんで?」
「なんでとは」
八尋は私からの問いかけをはぐらかし続ける。私、そんなに意味の分からない事言ってる? そんな事ないよね。コイツ絶対、話分かってないフリしてる。
なんでそんなことする? 佐藤と付き合ってることはアッサリと認めるくせに、なんでそうなったかをなんでこの子は頑なに語らないわけ?
苛立ちが募る。
「なんでとは、じゃないでしょ。付き合ったきっかけとか、経緯とか、そういうのを話せっつってんの」
ちゃんと馬鹿でも分かるようにキッチリして欲しいことを伝える。すると、八尋はそこに来てにへらと口を開けてニヤけ、笑いの交じった声で言った。
「え、詰問? 詰問されてんの私」
……それは、私に対する煽りだった。
或いは煽りでも無くて、単なる拒絶。拒絶の意思を、私に直接悟られないように笑いの感情で包んで向けてきたのかもしれない。
舐められている。私は、目の前のコイツに。
まともに取り合うつもりも無く、滑稽な物を嘲笑するような目を向けて、バカにするような仕草を私にしてくる八尋の姿は、私を嫌い始めた頃の佐藤にソックリだった。
……なるほど。恋人として正しいかは分からないけど、八尋と佐藤は本質では似てるのかもしれない。
根本的にコイツら、他人の事とか心の底からどうでもいいんだ。見下してるんだ。きっと私も紗理奈達も、単なる笑いのネタで、ごっこ遊びの人形みたいな物だったんだろうな。
「……もういい。何も話さなくていい、私が悪かったよ」
不快な気分になったので会話を切り上げようとしたら、八尋は人を小馬鹿にするような目で私を俯瞰した。そして、低音響く感じの声で「はあ?」と挑発まで仕掛けてきた。
挑発ついでと言わんばかりに、自分の背後に手をついて体を逸らして、低い座高を補い角度をつけて私を見下しながら、八尋は言葉を続けた。
「私の話よりさ、都子の話聞かせてよ。彼氏くんってどんな人なん?」
すぐに反応出来なかった。頭の中が真っ白になったから。そして、理性と共に私の頭の中身を支配したのは、純粋な嫌悪感だった。
「は? なんでそんなことお前に話さないとなんないわけ?」
反射的に出たその言葉に、また八尋の表情が消えた。
ほくそ笑んでいた癖に、笑える相手が思い通りにならなければ直ぐにこうだ。興味を失くし、ゴミを見るような目で見てくる。
ねえ、八尋。なんでそんな風になっちゃったの? 昔から、そうだったの……?
長い間会ってなかったから、身内という枠組みから一歩引いた位置から見てるから。
今の私には八尋がただ冷たい人間にしか思えなかった。
別に冷たかろうが、クズだろうがなんでもいい。幼馴染として、友達として、それなりの特別扱いをしてくれればそれで良かった。
けど、今の八尋は私なんて眼中に無い。
昔は私の事を守ってくれた。でも、今の八尋は……。
「ねえ、鹿狩くん」
唇が震えそうになるのを、抑える為に小声になる。でも八尋の耳に呼び掛けは届いていて、彼は「なに?」と素っ気なく応えてくれた。
「……鹿狩くんはさ、私の事嫌い?」
「嫌いじゃないけど。なんで?」
即答された。淡々と。何の感情もない顔で言われた所で信じられるわけの無い言葉を、条件反射のように口にされても何も響かない。
八尋は、私に心を閉じている。私の事を見ていない。見えない相手に心なんて開けるわけが無い、当たり前だ。居ない人間に心なんか開くも開かないもあるわけがない。
……ここで縁を切って、それで終わりにすればいいのは分かってる。それが普通だ、普通に生きられる人ならそうする。
八尋の中身にまだ男の要素が残ってるのなら、物を俯瞰して考える理性が残ってるなら。そんな一縷の望みにかけて、我ながら馬鹿げた事を八尋に言おうと考えた。
「鹿狩くん、私と付き合って」
八尋は目を丸くした。初めて眠たげなコイツの表情に、雑念を混ぜ入れてやれた。
「……え、都子って百合趣味なん?」
「別にそういうわけじゃないけど。佐藤と付き合うくらいなら別れて、私と付き合って」
そう言うと、睨まれると思ったけど意外とそんな事は無くて、八尋は脳天を中指でトントンと叩いて考える素振りを見せてから口を開いた。
「なんで佐藤と付き合うくらいならって話になるん? アイツがヤンキーだから?」
素朴な疑問、といった感じだ。
八尋は私と佐藤の間にあった出来事を知らない。幸太郎との間にあった事も、咲良との間にあった事も、それ以外の事もきっと知らなくて。
でも、そんなの関係なく、アイツに人として肯定出来る所なんかあるのか? 無いでしょ。何を疑問に思ってるんだよ、コイツ。
「アイツは、あんたの事幸せにしないし、大切にもしないよ。付き合ってて良い事なんか一つもない」
「ふむふむ」
「……ねぇ、分かってるでしょ。昔の事忘れたわけ? アイツの性格とかさ」
「んー。まあ、最悪な奴ではあるよな。浮気とか普通にされそうやし、DVくらいならそれこそその内やろね」
「そこまで分かってるならなんで」「そんなのどーでもいいよ」
…………は?
なにそれ、意味分からない。そんなのどうでもいい? 浮気されようが何されようが、どうも思わないって事?
目の前の八尋を見る。やっぱり憮然と眠そうな表情のまま、強がってる素振りも無し。ボーッとなんの感傷も抱かず景色を眺めるような目で私を見据えている。
「あんた、何考えてアイツと付き合ってんの……?」
「んー、さぁ? 顔面がいいから、みたいな?」
「ふざけないでよ、今冗談言うような所じゃないの分からないの!?」
つい大声を出してしまった。八尋はビクッ! と驚きはしたが、その初動の反応以外は泰然自若といった感じで、いつもと何ら変わりない様子だ。
「……佐藤は、鹿狩くんが思ってるよりもっとずっと酷い奴だよ。アイツと一緒にいたら不幸になる。だからお願い、アイツとはもう別れて」
「んー、まだ別れないかな」
「なんで!? 絶対あんた酷い目に遭うよ!」
「酷い目に遭ってから考えるよ。その時は都子に頼らせてもらうね」
「そんなっ」
何かあってからじゃ遅いというのに、何を呑気なことを言っているんだろうコイツは。でも、私の事を一応は『頼れる相手』として見てくれているんだ。そこは嬉しかった。
八尋は大きな欠伸をかくと、伸びをして立ち上がる。同時に授業終了のチャイムが鳴った。もう教室に戻るつもりらしかった。
「ま、都子の言いたいことも分かるけどさ。佐藤だって使いようなんだ、あんまり酷く言わないであげてよ」
「……それは無理。私、アイツの事世界一嫌いだから」
「わお。大胆な告白」
「アイツと付き合いを続ける限り、あんたの事も嫌いになるよ」
「もう嫌われたとばっかり〜。肩ぶつけてきたし、鼻摘まれたし?」
「……」
そりゃ、気にしてたよね。当たり前だ、あんなにハッキリ嫌な態度を見せつけたんだもん。気付かないほど鈍感でも無かったみたい。
八尋の事は、元から好きと嫌いが混在していた感情で接していたから、今更嫌いになった所で関わり方は変えないつもりだった。
でも、わざとなのかな、なんか今日はやたらと八尋に神経を逆撫でされている様な気がする。私が少し神経質になり過ぎているのかな。
「安静にしてなよ〜」
「あ、鹿狩く」
呼び止めようとした頃には八尋の姿は無かった。早足で保健室を出ていったらしい、完全に拒否られたじゃん私。
……どうやら八尋は、女になったばかりで、右も左も分からない状態で佐藤に騙されてるっぽいな。
目を覚まさせて上げないと。これ以上取り返しのつかないことになる前に、佐藤の手から八尋を取り戻さないと!
私は、八尋に対して若干積み上げられていた憎悪の感情を佐藤に肩代わりさせる事で八尋を嫌わずに済む戦法を考え、今日にでも実行に移すことにした。
とりあえずあと1時間だけここで休んだ後、また八尋に直談判だ。制服を回収しに来るタイミングを狙って二人だけの時間を作る! 私はそう意気込み、毛布を頭まで被り直した。
……そういえば、八尋の体操服、アレ前後逆だった要な気がするけど、気の所為かな。まあいっか。