子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
「幸太郎って進路どうすんの?」
「あ〜?」
幸太郎邸にて。
迫り来る無数のゾンビを協力プレイでのしていくゲームをしながら、俺はふと思った事を口にした。
「もう私ら中三だろ。受験生編ですぜ」
幸太郎はもう一年以上引きこもりである。だが、別に外に出られないほど強いトラウマを抱えたとかでは無くて多分、サボる事に慣れて元のルーチンワークに戻れないだけのように見える。
このまま引きこもってくれたら修学旅行の即死フラグが実質一つ折れた事になるからこちらとしてはその方が楽なのだが、反面、生き残れた先の未来を考えるとこのままでいいのかと心配になったりもする訳で。
だって、このまま行ったら100%高校進学出来ねえじゃん? 内申点オール1がいい所だもんね、最終成績。名前を書けば受かる高校でさえ厳しいだろうよ入学。
「進路かあ……考えてなかったわ」
「大丈夫かなぁこの人」
「立ち行かなくなったら親父の仕事でも手伝うわ」
鼻を鳴らしながら言うセリフが親のスネの舌鼓を打つ宣言とは恐れ入る。ヒキニートメンタルも堂に入ってますな。
「幸太郎さんのお父さんってどんなお仕事してるの?」
「港湾工事……港とか海に面する施設の工事をやってる会社の社長だよ」
「へぇ〜……って社長!?」
あ、操作ミスって手榴弾自分で食らった。
ゾンビの肉体弾性高すぎだろ。なんで投擲物の放物線そのままにこっちに返ってくるんだよ、ゾンビ同士で挟んだら永久機関なるやん。
見てみると今泉さんも驚いた顔をしてコントローラーを置いていた。幸太郎がボンボンだって事知らなかったんだな。
「こう見えて意外とプチ御曹子なんだよな〜コイツ。だから引きこもってても危機感薄いんじゃねえのって思うけど」
「どういう意味やコラ」
「親父手伝う云々の未来が確約できるの強すぎやろうが」
「若者は重用するらしいし、社長の倅としては妥当な落とし所やろ」
「だから危機感薄いんだろうなって話やろ。将来路頭に迷う可能性皆無じゃん。今ニートやってようが関係なかろーが」
「そうでも無いんだな〜。こんな生活続けてたら体が鈍る一方よ」
「ニートやめたらぁ?」
「無理。ランク維持出来ん。学校行ってる場合じゃない」
「やばコイツ」
筋金入りが過ぎるだろ。誰だよこいつにネトゲ教えたやつ。
「ゲーム機を何種類も揃えてるからもしかしてって思ったけど、やっぱりお金持ちだったんだ。いいな〜」
と言う今泉さんだってきっと貧困家庭育ちでは無いんだよな。家でかいし。この二人がくっ付いたら万年円満な家庭が築けそうだ。
「もし良ければどれか持ち帰ってくれてもいいけど。今泉さん、結構ゲーム上手いし」
「えっ、上手いなんてそんな! 全然だよ」
「そんな事ないぜ? そこのおチビちゃんより全然センスあるもん」
「おりゃっ」
「ごあっ!?」
一応靴下を脱いで、ゲームに集中している幸太郎の右肩にかかと落としをしてやった。そのまま足の甲を幸太郎の頬にグイグイ押し付ける。
「なにするん!? 痛いやろ!」
「私はおチビちゃんでも無ければゲーム下手でもありませ〜ん。訂正を要求する!」
「無理あるだろ」
「んだと???」
「もう今泉さんとサシでやったらお前スマブラで勝てないじゃん!」
「……それは置いといて。人の事おチビちゃん呼びはどうかと思いまーす」
「お前身長何センチなん」
「196」
「嘘つけ。142ぐらいだろ。見栄はりすぎなんだよチビ」
「なんでドンピシャで当てるんだよきめぇ!?」
幸太郎と小競り合いをしていたら控えめに笑いながら今泉さんが先程の幸太郎の提案について返答をした。
「あはは。気持ちは嬉しいけど遠慮しておくね。うちには置き場所ないから……」
「そっか」
ははは、と笑いながらも肩で足を弾かれる。いててのて、足を抱き込んでさする。
「でも確かに、言われてみればもう中三か。君らは進路どうするん?」
「志望校は決まってないけどテキトーに進学〜」
幸太郎の問いにパッと答えた。出来るだけ働きはじめの時期は遅らせたいから僕はバリバリの進学派です。前の世界とは別の高校に通うつもりだけどね。
「イラスト系の専門学校に通うために高校卒業しなきゃだから私も進学かな」
「イラスト系? へぇ、今泉さんって絵描くの好きなん?」
「あっ!?」
しまった! という顔でこちらを見る今泉さん。お絵描き趣味の事は幸太郎に伝えてないのか。別に笑わないやろし正直に言やあいいのに。
てか、その界隈の事をあまり知らないけど、芸術方面で何か伸ばしたいなら美大を目指すもんじゃないのか?
にしてもここに居るやつ全員、現時点では行きたい高校とか卒業後したい事ってのは未定なのか。丁度いいや、それなら今後も仲良くなれるよう誘いを掛けようかな。
「幸太郎も今泉さんもさ、今後も特に志望校が決まったりしなかったら私と同じ高校受験しよーよ」
「鹿狩とぉ?」
「おい。なんだその『お前が高校……?』とでも言いたげな顔は」
「お前勉強得意じゃなかったやろ」
「舐められてますねぇ。言っとくがこう見えても内申オール4あるから! 制服可愛い高校レベルなら充分選べる範囲の成績残してっから!!」
「本当かぁ? 眉唾なんやが」
「なんでやねん!」
前の世界ブーストというチートがあるんだ。サラッと写した板書を流し見すれば、少なく見積ってテストで80点程度は余裕で取れるもんね!
地頭の良さとか関係なく単に記憶力全振りの攻略法だけども。
「どわあっ! くっそ、このステージ一人はきちぃよ〜!」
あれま。幸太郎の操作していたキャラがゾンビに揉まれてグチャミソのカレーになっちゃった。
自らの分身がオシャカになったのを見届けた幸太郎はコントローラーを床に置き、ベッドの上に背中を乗っけてぐでーんと伸びの姿勢を取った。眠そうな顔をしている。
「また夜通しネトゲやってたの?」
「まあね〜。それしかやることないし」
お、ゲームは中断かな? 幸太郎と今泉さんが和やかに会話を始めた。
「あんま熱中し過ぎんなよ。本当に社会復帰出来んくなるぞ」
「んむわっ!? なにすんだよ!」
丁度俺の側面、手の近くに幸太郎の顔面がやって来たから鼻つまんだら顔面をバタバタと振り回してきた。おもろい。濡れた犬みたい。
「どう思う? 今泉さん。目の前にニートの蛹がいるよ、私らがケツ叩かないと羽化しちゃいますよ」
「え! 私達がどうにかしないと幸太郎さんの未来が……!?」
「なんでそうなる。勝手に人の未来背負うなよ、ニートになんかならないっての!」
そうは言っても、1年間ドップリ遊んでしか無いお子ちゃまなんてニートになるか不良になるかの二択しかないようなもんじゃないか。「うわ〜ガキの頃もっと勉強しときゃ良かった〜!」って語る機会ありそうな人生歩んでるやん今。
「少しくらい勉学に手をつけてみようとか考えないのかよ。焦った方がいい状況ではあるやろお前」
「なんや、学校のセンセイみたいな事言うやんお前。今泉さん、コイツもしかして学校では真面目ちゃんデビューとかしてたりするの?」
「全然。むしろ真逆かな?」
「逆ではないでしょ。真面目ちゃんぶって学校生活送ってるつもりですけど??」
「あはは、理想と現実の乖離だね」
「パプリカだぁ」
ゲームは完全中断の空気になったので漫画でも読むか。俺は倒れ込んでいる幸太郎の上を通ってベッド横の本棚に手を伸ばす。
「さて、次何しようかや〜ぶぇわっ」
前屈みの姿勢になった所で、ズモッと胸に何かが当たる感覚がした。
幸太郎の顔面だ。幸太郎の顔面が俺の胸に埋まっていた。そんなわけないだろって事が起きてて困惑する。
「えぇ〜……?」
「お前、何するんやお前ー!」
「どうだろう。こっちのセリフじゃないかなそれ」
「人が寝転がってる所に胸を突き出す方がおかしいやろが!?」
「漫画取ろうとしたんだよ。突き出してはねぇだろ」
「き、気をつけろや!」
「あくまで私の不注意だったというスタンスは貫くのか……」
絶対に顔面突っ込んできた幸太郎の方が注意力散漫だった判定を食らうべき場面なんだが。
「……? なんだよ」
「ひ、人前で。男の前でそういうの、良くないだろ」
「あぁ? ……あぁ、そういうこと」
結構な勢いで頭突きを食らったからズレたブラを直すために服に手を突っ込んでパイポジを直そうとしていたのだが、どうやらその事を指しているらしい。
そうは言っても、服の上からブラを直すのは結構なテクニックを要するからムズいのだ。目に毒だと言うのなら我慢して余所見してもらいたい。
にしても、こんな事で一々反応するだなんて幸太郎は可愛いやつだな。ここはいっちょ、耳寄りな情報をコイツに提供してやろう。
俺は幸太郎の耳元に顔を寄せる。驚いた風にギョッとする彼だが、何か告げ口をしようと思っている意図は伝わっているようで避けてはこなかった。
「私の胸ばっか見てっけど、今泉さんの方がでけぇし、よく揺れるぞ」
「っ!?!? 何言うてんお前!?」
バサッ! と、幸太郎の手によって捲れ上げられた掛け布団を被せられてしまった。よく俺なんかの胸を凝視してっからてっきりおっぱい大好き好きくんなのかと思って親切心で教えてやったというのに。
今泉さんは凄いぞ〜、何を着ていても胸の形わかるからな。更衣室で胸を顕にした蝶田ちゃん(Gカップ)と負けず劣らずの接戦を繰り広げられるからな。揉みしだきたいぜ。
「ったく! はぁ……。とりあえずこいつは放っておいて、い、今泉さん、別のゲームやろうぜ」
「? いいですけど、どうしたの?」
「なんでもないなんでもない!」
毛布に包まれているのでよく見えないが、見なくてもわかる。今、今泉さんの胸を見て動揺したな幸太郎。初心なヤツめ、童貞中学生はやはり弄りがいがありますね。
そこから中断されていたゲーム機にレースゲームのソフトを入れ直し、白熱する幸太郎と今泉さんの楽しげなガヤ騒ぎに耳を傾けながら漫画を読む。
出不精だから仕方ないところはあるが、幸太郎にはもうちょっと精力的に単行本の収集を行ってほしいな。もうそろそろ本棚にあった漫画全部読み終えちゃうよ。
「あ、そういえば幸太郎に聞きたい事あったんだけどさ」
「おいドリフトミスったやろ謝れ」
「一点の曇りもなくお前のミスじゃ。見直せ、自分のドラテクを」
画面を見てみたら幸太郎の順位は4位でファイナルラップ。でもゴールまではまだ余裕がある地点で何をそんなに必死になってんだ……? と思ったら瞬きの間に今泉さんが2位に大差をつけて1位にゴールインしていた。
この子、ゲームに関して不得手がないんか? マジでプロゲーマーやれるやん。てかストリーマーやれるやん、萌え声出せるし。
ラストスパート頑張りばり君な感じでプレイしているので一旦は幸太郎がゴールするまで待ち、ゴールし次のステージに行くまでの待ち時間中に続きを話し掛けた。
「都子の事でちょっと聞きたい事があってよ」
「都子? なんだよ」
「私が消えてた間にさ、都子と佐藤の間になんかあったん? 事件性というか、ドラマ的な出来事とか」
「……」
……ん? あれ、シカトかまされてる? おかしいな、幸太郎からのリアクションが何も無いままに次のレースが始まったぞ。
「幸太郎さん?」
「あ、あー……」
今泉さんの呼びかけによってようやく答えにくそうに幸太郎が捻るような声を出した。
「……特に何も無かったぞ。昔から変わらず、アイツらはずっと犬猿の仲だよ」
「ふーん」
「……」
やたらと都子の佐藤に対する態度が尋常じゃないなって思ったんだけど、まあ雰囲気的にそこら辺は全部気の所為って事にしとくか。
「何でそんなこと聞こうと思った」
あ、触れるんや。触れてほしくないみたいな雰囲気を匂わせておきながらその話に触れようとするのか。なら応えようか、違和感を抱いた理由。
「なんかアイツら、昔よりもいっちょう最近仲が悪いからさ、知らん所で拗れるような出来事の一つや二つあったんかなーって邪推しただけ」
「……」
わっ、幸太郎がチラッとこっちを見た。けど直ぐにテレビ画面に視線を戻した。もどかしそうな顔だ、そんな顔するくらいなら気持ちよくゲロっちゃえばいいのにね。
「ぜんっぜん想像つかないけど、意外とあの二人が一瞬付き合って別れたみたいな謎エピソードがあって嫌い合いが加速したんかなって思ったり」「あるわけないやろそんなこと」
うわびっくりした、食い気味に否定されましたよ。
よく無いぞ、人の話に食い気味で言葉差し込むの。その言葉の信ぴょう性まじでガクッと下がるからな。
隠し事があるなら食い気味にペラ回すのは辞めようね。
「幸太郎的にはあの二人がくっつくのなんか有り得ね〜って感じなん?」
「当たり前やろが」
「えー。ちびん頃は仲悪かったけどなんやかんやあって付き合うって割とポピュラーじゃない? 恋愛漫画ならありがち展開やろ」
主人公の親友ポジ、ヒロインの友達ポジ間のカップリングとかにありがちだよな。
最初犬猿の仲で途中から〜みたいな展開の恋模様。そういうの胸キュンするから好きだけどな〜俺。
「……ざけんなや」
「んぇ?」
ボソッと強めの怨嗟が込められた声がしてギョッとした。マリオサーキットの陽気なBGMに乗せちゃいけないような声が聞こえてきて戦慄走ったわ。
そこから幸太郎は何も言わない。今泉さんにアイコンタクトを送って幸太郎の横顔がどんな感じなのか伺ってもらおう。
「……」パチッパチパチッ。
「……?」
「……」パチッパチパチッ。
「……えーと」
片目を閉じて開いてを繰り返してアイコンタクトを送ってみた所、それを把握出来たらしい今泉さんは自らの鞄の中を漁り始めた。
ん? 鞄? 何故? 幸太郎の表情から感情を読み取ってほしいって話なんだけど、何故鞄を漁るの? そこに何があるの?
「はい」
「……これは?」
「目薬」
「めぐすりぃ」
目薬を渡された。今泉さんは俺に目薬を渡すと、何も言わず画面の方に向き直った。なるほど、俺からのアイコンタクトはドライアイだと認識されたのかな。
「……っ。沁みる〜」
ピトッと点眼して目薬のキャップを付け直して今泉さんのスカートの上にそれを置いて、なんか気まずいので漫画を読み直す。
「……おっ、青甲羅」
「えっ、ダメダメ幸太郎さん! それ禁止!」
「了解」
「いや撃ってるじゃん! にぎゃー!?」
お、楽しそうに会話を交わし始めた。よかったよかった、そのまま仲良くしておくれ。なんか俺地雷踏んだっぽいから黙っとくでよ。
幸太郎と今泉さんが話しながらコントローラーをガチャガチャ忙しなく動かす音に耳を傾け、ベッドにめり込んで痺れそうになる尻の位置を動かし楽な姿勢にする。
「うっ、ちょっとトイレ借りますね」
「はいはい」
尿意を催した今泉さんがコントローラーを置いて部屋から出ていった。取り残された幸太郎もコントローラーを置く。
「……鹿狩、ちょっといいか」
「ん? んー、どしたん」
サクッとクッキーを咀嚼する音が聞こえた。ちょっと喉が渇いたな、飲み物のおかわりが欲しい。
「さっきの話と全く関係ないんだけど、いいか?」
「どうぞ」
「……友達から恋人になるのって、鹿狩的にはアリか?」
まさかの恋愛相談。なにコイツ、好きな子出来たん? ヒキニートなのに?
その対象が今泉さんなら両思い成立で大団円なんだが、どうなんだろうな。
「なんや、新たな春の訪れかい? あの幸太郎が恋かあ、甘酢っペぇ〜!」
「そ、そんな事言ってないやろ!? 単なる雑談だよ」
「雑談ねぇ」
まあ相手が俺だし、女子として意識する事は無いだろうから異性の相談相手としては丁度いい、とそう思うのも無理は無いが。
でも俺、立派な恋愛美学なんか持ち合わせてないから、恋愛相談に乗るのめちゃくちゃ苦手なんだよな。
「友達から恋人になるのって、割とオーソドックスな流れじゃね? 学生恋愛の大半がそれやろ」
「そうなのか? なんか、仲良くもないのに急に告ってくる子とかいるだろ」
「一目惚れしたとかそういうのか?」
「そういうのそういうの。告ってくる奴なんてそんな理由ばっかだったから」
「おーおー急なモテ自慢来たな。叩くぞ」
「なんでだよ……お前的には友達から恋人になるのはアリなんだな?」
「まあ」
「じゃあ、幼馴染はどうだ?」
「あん? 幼馴染? アリだろ、エロいやん」
「アリなのか! ……ん? エロ?」
幼馴染との恋愛、幼い頃から知ってる相手と酸いも甘いも経験し蜜月だって過ごしちゃうそんな日々。成長を見届けた相手と破る禁断の扉とか権化だろ。シチュエーションとしては大アリです。
てか、何こいつ好きな相手って幼馴染なん? 都子やん。幼馴染連中で女って言うと都子しか残ってない。でもアイツ、確か彼氏おったよな……?
叶わぬ恋か、略奪愛か。どっちに転んでもオモロイな〜。失恋を励ます親友ポジは任せてほしいぜ。
「あ、そういや私この後用事あるんやった。そろそろ帰るわ」
「ん? そうなんか。気ぃつけや」
「あいー。ま、頑張れよ〜恋路」
「んなっ! だからさっきのはただの雑談やって!」
「はいはい。じゃあな〜」
目をキャンキャンに尖らせて面白いくらいの身振り手振りをしながら弁明しようとする幸太郎に手を軽く振ってお暇した。
……ん? そういえば幸太郎って、今泉さんからハートマーク向けられていたような。
……深く考えるのはやめとこう。なんか、ろくでもない修羅場に巻き込まれそうだし。
***
「ふぅ……」
トイレから出て、洗面台で手を洗う。
鏡に映る、自分の姿を見る。
『目立たなければいいんじゃない?』
「……」
頭の中に、昔お母さんから言われた言葉が鳴り響いた。
小汚くて、枝毛とパサつきの酷い髪。荒れた肌。無駄に着いた肉に、生気の無い目。
どこを取っても飾りっけのない、地味で、不潔な自分の容姿。
最近、少しメイクに挑戦しているが、それでも素材が元から私とは段違いの鹿狩さんが横にいると、私の姿は霞んでしまう。
……それでいい。私は目立たなくていい。そう呑み込んではいるのに、どうしても私には鹿狩さんが好きになれない。
……恵まれている。鹿狩さんは恵まれているんだ。だからあんなに繋がりを持てるんだ。
彼女の事はそんなに知らない。
彼女は私をイジメから助けてくれたし、私と他の人とを取り持つ事で交友の輪を広めてもくれたし、何より幸太郎さんと出会うきっかけになったのも彼女だ。
どちらかと言えばお礼を言うべき立場な筈なのに、それでも彼女を前にすると明るい気持ちは胸の奥に引っ込んでしまう。
『まずはもうちょい目立つ努力から始めよう〜なっ!』
思えば、彼女が軽薄に、恐らく私を励ましたり、応援したりする目的で発したその言葉こそが、私が彼女を好きになれない明確な要因になっているのかもしれない。
鹿狩さんは、お母さんと同じ目をしている。なのに、お母さんとは真逆の事を言う。
鹿狩さんとお母さんは別々の人間なのに、あの言葉を言われた時、私は何かに裏切られたような気がしたんだ。
私がこんな人生を歩む羽目になった原因が、粉砂糖程の罪悪感を抱いて出した私への助け舟を、自らの指で転覆させたような。上手く言えないけど、そんな気分になった私は、鹿狩さんとの関係を台無しにしようとした。
……彼女はやっぱり、その軽薄な目で、私の"穢れ"を眺めるだけだった。私との繋がりを手放してはくれなかった。
少し、怖い。お母さんと同じような人種が他にも居るなんて思わなかった。
「や、今泉さん」
「……鹿狩さん」
幸太郎さんの部屋に戻る最中、階段の手前で上から声を掛けられる。見上げると、こちらに向かってペタペタと下ってくる鹿狩さんが見えた。
彼女は、水に一滴の墨を落としたかのような感情の薄い瞳で、景色を眺めるように私を見ている。
息が小さく漏れる。筋肉が萎縮する。やっぱり、同じ目だ。人に微塵も興味が無くて、でも人が大好きなフリをしている、中身が空っぽな
鹿狩さんは私のすぐ前まで来ると、まるでそうプログラミングされてるかのように分かりやすい動きをした。不思議そうな顔で、小首を傾げて、怪訝な表情をして、わざとらしいくらい自然に、子供っぽく私に『どうしたの?』と言いたげな表情を向けてくる。
「も、もう帰るの? 鹿狩さん」
「うん。今日は都子んとこにプリント届けなきゃだからね〜」
「そっか。竜胆さん、早く元気になるといいね」
「ね〜ほんまほんま〜」
表情はよく動くのに、瞼までは表情筋が頑張ってくれるのに、その瞳だけはビー玉のように何処までも空虚で、歪で、無垢だ。
……実の所、竜胆さんの事をどう思ってるんだろう。心配しているのだろうか。
「じゃ〜ね、今泉さん。幸太郎が寂しがってるから早く行ってあげな。折角の2人っきりなんだしねっ!」
ウキウキワクワク! そんな擬音を発していそうなほどにコミカルな動きをする鹿狩さん。
……私にそんな資格は無いって、私と幸太郎さんはそんな関係になれないって教えたはずなのに、少しも響いてなかったようだ。
そういう所も、やはりお母さんとそっくりで、寒気がする。
「あはは、ありがとう……気を付けてね、鹿狩さん」
「んー! 今泉さんも、帰りにちゃんと幸太郎に送ってもらいなよ〜? 夜、女の子が一人で出歩くのは感心しませんからね!」
「私ももうすぐ帰るし大丈夫だよ。迷惑はかけないよ」
「そか。一つアドバイスすると、男ってのは迷惑をかけてくる女の子にこそ気が行く生き物だからね〜。少しぐらいダルい絡み方した方が、戦略的には強いゾ!」
そう言うと、鹿狩さんはニッコリ笑顔を作って手をヒラヒラと振って家を出ていった。
無理して作っていた笑顔を崩す。頬が痛い、目尻が痛い。私は、やっぱり鹿狩さんの事が好きになれない。良い人なのは分かるけど、生理的に、受け付けなかった。
幸太郎さんの部屋に戻る。
扉を開け座ると、ゲームをしながらではあるが、神妙な声で幸太郎さんが私に話しかけて来た。
「……な、なあ。今泉さんって、人を好きになった事はあるか?」
「えっ!?」
急な質問に、しどろもどろになる。好きになった事あるかって、その、気になっている人が隣に座ってるからなんて返せばいいか分からなくて混乱してしまった。
目が白黒するって表現、アレって本当だったんだ!
「あ、あるよ! うん、ある!」
とりあえず呼吸を整えて答える。すると、幸太郎さんは私に「じゃあ俺の先輩だな!」と言ってきた。先輩? どういう意味だろう?
「その、今泉さんは好きな人と、特別な関係になれたりしたか?」
「えっ、えーっ!? あ、ぅ」
「なんかハム太郎みたいな顔になった!? えーと、答えづらかったら無理しなくてもいいんだけど」
「いや、大丈夫! 大丈夫です! 特別な関係、ですよね!」
「お、おう」
特別な、関係。
私は誰かとお付き合いをした事はない。お父さんを除けば、性的な交渉もまだ未遂で終わっただけで行ったことは無い。だから、そんな関係になれたことは無いと言えば、無いんだが。
でも、そういうの意外の関係性でも特別だって言えるものがあるなら。今この瞬間とか、私と幸太郎さんが二人きりになれるこの空気は私の物だけで、それは大切な関係だと私は思っている。
……嘘は、ついてない。
「ある、よ。特別な関係に、なれたこと」
「そ、そっか」
「うん……」
部屋の中が静かになる。ゲームの音と、時計の音だけが響く部屋。静かで、緩やかな時間が流れる。
私は、この時間が好きだ。
幸太郎さんと出会い、関わるようになってもう数ヶ月経ち、互いに気まずいという感情は無くなって無言も苦しくなくなったこの時間が、大好きだ。
これだけは私の特別なもの。特別な関係。多くの人と関わる鹿狩さんはきっと知らない、たった一人だけと居る静かな時。この一点においては、私はあの子に勝ってるような気分になれる。
「俺、鹿狩の事が好き、かもしれない」
「……へっ?」
変な声が漏れた。
自分達しか居ない世界に、邪魔者が食い込んできた。
私が性格が悪いのは重々承知の上で、私が一方的に勝てると思い込んできた領域に、私だけのものであったはずの領域に、土足で踏み荒らしてきたのは鹿狩さんだった。
また、鹿狩さんだった。
「その、少し語ってもいいか?」
いいわけが無い。でも、そんな事言えない。幸太郎さんはきっと、「こんな事話せるの今泉さんしかいない」だとか、或いは「今泉さんになら話せる」みたいな感じで勇気を出して居るのだろうから、私がそれを拒絶できるわけがなかった。
否、拒絶の言葉を吐き出せないほどの衝撃を受け、呆然としていた。ただそれだけの話だった。
「アイツが元男だったってのは今泉さんも知ってるから、変な奴って思うかもしれないけどさ。昔からアイツを見てきたからこそ、俺が近くに居て、アイツを守らないとって思ったんだ。ほら、アイツ女になったのって最近だって言うし、色々危なっかしいだろ? 昔からそそっかしい所は多々あったし、その度にフォローしてやったからほっとけなくてさ」
「……そう」
「だから、まあ、好きって言うのも異性としての好きってよりかは、妹とか守るべき者に対する感じって言えばいいのかな。本人にはそんな事絶対言えないけど、アイツが傷付いてるのとか、俺、もう見たくないし」
「そうなんだ、いいなぁ」
……。
守る、か。あはは、いいなあ。あんなに傍若無人で、あんなに伸び伸びに生きていて悩み事なんか無さそうな顔をしているのに、幸太郎さんには傷つきやすくて、脆くて、儚い女の子に見えるんだなあ。
幼馴染だからかな。蓄積された絆が無いと見えないのかな? 私には、鹿狩さんは誰かに守ってもらわなくても大丈夫なようにしか見えないよ。
だってあの子、色んな人から繋がりを"奪って"いくんだもの。誰かの大切を奪って、繋ぎ合わせて、また奪って、そんな風に人間関係をぐちゃぐちゃにする、嵐のような女の子なんだもの。
ずるい、ずるいなあ。あの子ばっかり好き勝手。また私はあの目をした人に奪われるんだ。嫌だなぁ、嫌だ。そんなの嫌だ。
「でもあの子、彼氏いるよ?」
嫌だから、少しくらい報復しちゃお。
幸太郎さんは間抜けな顔で、「えっ?」とだけ言った。
知ってる。知ってるよ。幸太郎さんは佐藤君と喧嘩して、佐藤君の目に怪我を負わせて学校に行けなくなったんだよね。
佐藤君の事嫌いなんだよね。うん、知ってる。
いつかこうなる事を予想して、私が佐藤君に言ったんだもの。「鹿狩さん、佐藤君の事気になってるみたいだよ」って。たったそれだけなのに佐藤君は勇気を出したんだよ。
凄いよね。その結果、鹿狩さんも佐藤君と付き合うようになったんだもん。私、恋を叶えるキューピットだね。
佐藤君の恋を成就させたなら、次は自分の恋だよね。私も勇気を出そう。
「か、彼氏って、誰?」
「佐藤君。佐藤、樹利君? 金髪の人。ふふっ、妬けちゃうくらいあの二人仲良しなんだよ。羨ましいなあ」
私がそう答えた瞬間の、急激に青ざめた幸太郎さんの顔は見ていて面白かった。まるで昔の自分を見ているみたいで、とても愛おしく思えた。
今度は、私が奪う番だ。