子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
「よっす小鞠」
「おはよ~八尋ちゃん!」
某月某日某所にて。いつぞやの約束通り、その週の週末にクラスメート、朔月小鞠ちゃんのお家にお邪魔しにきた。
玄関入って早々、朔月さんは俺の服をジロジロと観察し添削をし始める。きっと後で着せ替え人形にされるなこれは。
「ボーダーのクロックドトップスにショート丈のサロペットにハイソックス、足元は黄色いVANS……なるほど、今日はカジュアルめなコーデで固めてきたね……! 足で勝負だねっ!」
「テキトーに畳んであった服を順に合わせてきただけなんだけど」
「お洒落してよっ!? ちゃんと考えてお洒落してよ~!!」
「そんな時間かけたくないな~。少しでも寝たいよ」
ただでさえ洗顔から保湿スキンケア、そんでもってメイクしたり髪梳かしたり形作ったりってやってんのに服なんか一々考えて選びたくない。女は時間がかかりますよホント……。
「てか、街に遊びに行くって話じゃなけりゃそもそもメイクもして来なかったって話だし」
「あ! そうだ伝え忘れてた、今日外出るのやっぱりなしにしない? 予定へんこーう!」
「そりゃまた唐突な。なにゆえ?」
「今日小刻、部活サボってるんだよね~」
あれま。
小刻、というのは朔月さんの二個下の弟で現在中学一年になったばかりの少年である。
今日は朔月さんの頼みで、小刻くんのゲームリベンジの相手をする為にお泊まりに来たという感じになっていて、小刻くんが部活から帰るまでの間朔月さんと街デートに行く予定だった。
小刻くんが家にいるなら街デートで時間を潰す必要が無い。なるほどである。本当に先に言って欲しかった。
「小刻ー! 八尋ちゃん来たよー、挨拶しなさーい!」
朔月さんがリビングに向けてそう叫ぶと、ドンガラガッシャーンという音が響き暫くして小刻くんがおずおずと戸を空け出てきた。
「どもっす。鹿狩さん」
「どもども~。ゲームのリベンジ、受けに来たぜ!」
「ははっ……」
拳を突き出しニカッと笑顔。さながら少年漫画の主人公のような笑顔を作るも不発。小刻くんは愛想笑いをした後、朔月さんを睨んだ。
(なんで俺を呼ぶんだよ!?)
(あんたがゲームのリベンジしたい言うから連れて来たんよー?)
(あれは社交辞令やろ!? 真面目に捉えんでいいんだよ、また変な勘違いしてるやろ!)
(社交辞令なんて言葉お姉ちゃん知りませーん。いいやん、ゲームオタクの小刻を気にかけてくれる女子なんて中々居らんやろー? 姉からのお恵みに感謝せよ~)
(全てのゲーム愛好家に謝れ!! つーか、話す相手ぐらいいるっつの! 女と会話する度に勝手な解釈するのやめろやマジで!)
(お姉ちゃん、小刻が非モテのまま人生を終えないか心配なんよ……)
(余計なお世話じゃ!!)
「どしたの? 二人ともコソコソ話なんかしちゃって」
俺をガン無視しながら姉弟仲睦まじく身を寄せあいコソコソ話を展開していた二人に話し掛けると、朔月さんは「何でもないよ~」と笑いながら言った。
「じゃあまあ早速、何でボコされたいか聞いちゃおっかな~」「ちょっと待って八尋ちゃん」
挨拶も済ませたし、ちゃっちゃかゲーム機が置いてあるリビングに足を運ぼうとしたら朔月さんがストップを掛けてきた。
何事かと思えば、朔月さんは腕を組んで小刻くんに鋭い視線を送りながら「ふんっ! ふんっ!」と鼻息で謎のメッセージを送っていた。バク辺りが出しそうな鳴き声でちょっと笑える。
「な、なんだよ姉貴。鼻息キモイぞ……」
「だーっ!! あんたね、そういう所がモテないんだよ!」
「急に何の話……?」
「八尋ちゃんをちゃんと見て! おめかししてるでしょうが!」
「してないが」
「してないってよ、姉貴」
「しーてーるーのー! 女の子がこんなに肌出すのってね、オシャレなんだよ! オシャレ技なの!」
「そうなんだ」
知らなかった、オシャレ技なんや。胸がデカくなってから普通のTシャツ着るとデブみたくなるから買ってみただけなんやけど。
「あんたも男なら、褒めの一つでも出すべきだとお姉ちゃん思うけどなあ!」
「いや別に、全然褒められいらんすね今日。なんも考えてないし」
「らしいぞ、姉貴」
「八尋ちゃんは黙ってて!!」
「えぇー……」
別に今日、メイクしてる事を除けばテンション感はダル着だもんな。こんな格好褒められた所で努力した甲斐云々は微塵も思わんしどうでもいいなあ。
「ほら、小刻! あんた男見せな!!」
「あっ、すごい。なんかジブリに居そうな口調で発破かけ始めた」
「こーとーき!」
朔月さんに詰められた小刻くんは、どちらかと言えば渋々といった様子で「はいはい」と適当そうに返すと、俺の方を見た。
そして、すぐに目を逸らした。
「……今日、可愛いっすね。鹿狩さん」
「今日"も"!! やり直し!」
「それはそれでチャラついたギャル男みたいなセリフになるのでは」
「だーっ! そんな話いいだろ! ゲームしようやゲーム!!」
「あいあい~」
「あーっ!! もー、二人ともー!!」
甲高い声で喚き散らす朔月さんを無視して小刻くんの後を追う。なんていうか、あんな感じの人が姉なのって大変そうだね。同情するぜ、小刻くん……。
『イヤッホオォォウ!』
テーレーテッテテーと間の抜けたBGMが流れると共に、俺が操作しているキャラが一番にゴールテープを切った。隣に座る小刻くんが「なんでじゃ~!!」と悔しそうにしながら続いてゴールを踏む。
「得意なの格ゲーだけじゃないのかよぉ!」
「ふふふ。格ゲーなんて学生時代に擦り切れる程遊んだが、同じくらいレースゲームにも打ち込んでいたからね。土俵を変えたと思いきや、またしても私のホームグラウンドに立ってしまったのさ」
「くそーっ!!!」
ふふふのふ。何を隠そう、以前の世界で俺は友達と勝ち負けで金を賭けて格ゲーとレースゲームで競り合っていたからな。
失うものがない、ヒリつきなど微塵も介入しない対戦などぬるいぬるい。産湯より尚生ぬるいぜ。
「くっそー! 一芸を極めてるタイプじゃないのかよー!」
「ふふふ。他にもトランプゲーム全般や麻雀辺りはかなり経験を積んでるからね。安易に挑んだらまたコテンパンにされちゃうよ。留意しなさい」
「対人ゲーほとんど網羅してるじゃないっすか! どんな小学生時代だったんだよ!?」
「ふふふふふ」
不敵に笑い挑発をする。まあ上には上にいるという事で、かくいう俺も今泉さんには全く勝てないんだが。彼女本当になんなの、最近ゲームデビューしたとは思えないセンスの持ち主だよ。
「また負けたのー? 小刻さぁ、いい加減かっこいい所見せないと八尋ちゃんのハート射止められないよー?」
「最弱ザコ虫の姉貴は黙ってろよ!」
弟から最弱ザコ虫と呼ばれる姉、やばすぎるな。
「てか、ザコネキちゃんはどこ走ってんの? それ」
「ザコネッ、八尋ちゃぁん……? んー、分かんない。どこかな? なんで地平線の彼方まで見えるんだろう」
「バグってるなあ……」
見ると、朔月さん視点の小窓には障害物の一切ない、どこまでも開けた空間が広がっていた。
遠目に展開されているステージの背景以外に何も無い、虚空を朔月さんのキャラはただ走り続けている。ポケモンで言うなぞのばしょみたいなもんなのかしらね。
「これいつゴールするんだろ? ……あっ」
万年12位の称号を掲げて走っていた朔月さんを無視し、11位のキャラがゴールすると同時にレースは終了となった。
あ、すごいすごい。小鞠さんのキャラ、操作権を失うと急にその場でグルグルと回り始めた。どうやら彼女がいたのは東西南北の概念が存在しない空間らしい。
「やっと終わった! よし、次っ」「あー! 八尋お姉ちゃんだー!」
小刻くんがボタンを連打して次のレースに移ろうとしてる最中、背後から幼い少年の声が響いてきたと思いきや背中にドンッ! という衝撃が走ってきた。
「わっ! あはは、やあ
「わーい!」
朔月|小向くん。この子も小刻くんと同じく朔月さんの弟で小学一年生。
可愛い。めっちゃ可愛い。チミショタ特有の柔らかいお日様の匂いも相まって、もうメロのメロである。
小向くんは無遠慮に俺の背中から抱きつき「えへへー!」と嬉しそうにしている。何故か知らないが俺はこの子に懐かれている。ウチの弟になってほしいぜ。
「ねえねえ八尋姉ちゃん! またゲーム手つだって! うらわざおしえて!」
「もちろんよいよ~。ははっ、小向くんも小刻くんも典型的なゲームっ子ですなあ」
「小刻の真似っ子でゲーム始めたからね~小向は」
まあお兄ちゃんがゲームっ子なら下もそうなるか。当然っちゃ当然ではあるな。
俺は背中に抱きつく小向くんを前の方に来させると、目の前に座らせてその肩に腕を回しその小さな身を抱きしめちょこんと固定する。
普段チビ扱いされてばかりだからこの姿勢を取れるのが嬉しい。小向くんよ、一生成長しないでくれ~。
「さっ、再戦するか小刻くん」
「望む所ーっ! なんすけど、そのままやるっすか?」
「モチのロン。ねー? 小向くーん」
「んー! 八尋姉ちゃんあつーい!」
「がおー」
「わーたべないでー!」
じたばたして俺の拘束から脱した小向くんが朔月さんの方へダッシュしていく。くぅ~、キュートアグレッション欲刺激される~!
「さっ、早く続きをしよ……っ」
「? どした?」
俺の方見て話し掛けてきたと思いきや小刻くんに顔を強めに逸らされた。ゴキッ! って音なりそうな勢いだった。心配なるわ。
「あはは~。チェリーボーイの小刻には刺激が強かったか~その服」
「チェリーボーイ? ……チェリボム?」
「チェチェッ、チェリーじゃねえし!! うるせーんだよ馬鹿姉貴っ!!」
「行けっ、小向! 小刻をくすぐってやれ~!」
「わかった!」
「わかるな! 来るな! 勝負の邪魔するなー!!!」
小刻くんに小向くんがじゃれつき始めてレース所では無くなったので、さっさとゴールだけカマす。コントローラーを離して伸びをすると、朔月さんから「八尋ちゃん八尋ちゃん」と呼び掛けられた。
「んー? どうしたん?」
「その服、お腹の部分の隙間がちょっとだけえっちかも?」
「ふむ……?」
こしょこしょと伝えられた言葉を意図を汲み取るべく、自分の格好を上から眺めてみる。
今の俺からしてみればただのダル着でしかないが、エロを見出すなら男視点で見るべきだよな。男視点、男視点……。
「なるほど。横アングルからだと脇腹パーパーだし、動きによってはへそが見えるな。これがエロいと」
「小刻くんの目はそう言ってたねぇ」
「言ってないわ!? 勝手な事言うなよ馬鹿姉貴ーっ!!」
「本当に?」
「本当にっ!!」
「本当に本当に本当?」
「しつこいわそれやめろっ! 俺は何もやましい事なんて」
「よっ」「えいっ」
肩の留め具を外して、朔月さんに前掛けをピラッと捲らせる。腹部が露出された瞬間、小刻くんの目がクワッと開かれて俺のへそポッチに視線がぶっ刺さった。おもろ。
「へそフェチかぁ小刻くんは」
「なななっ、ちがわい!! いきなり変な事するから驚いただけっすから!」
「えいっ」「おっ?」
朔月さんの履いてるスカートの端を掴んでピラッと捲ってやった。
「……」
「あれ? ノーリアクション」
「当たり前っすよ。実の姉のパンツとかただの布ですもん……」
「あれま。スカート履いて来なかった事が悔やまれるなあ」
「流石に弟にパンツ見せようとするのは姉として見過ごせないかな~」
うっそだろ。俺の今世の知り合いの中でも一二を争う貞操観念の低さを誇るあの朔月小鞠に倫理的なツッコミを受けただと? 世界がひっくりかえってもっていう比喩表現を地で行う大事件だろそれは。
有り得ない、明日大丈夫かな。ティアマト彗星の流星群とか降り注いできたりしない??
「やーちょっと休憩にしよ! 連戦疲れたー!」
「そっすね。なんか飲み物でも飲みます?」
「あー、うん。貰いたいかも~」
「麦茶とかでいいっす」「まってお兄ちゃん! おれにまかせて!」
そこで、朔月さんと一緒にもう一つのテレビでアニメを見ていた小向くんが挙手をして小刻くんに待ったをかけた。
テッテッと駆けてくると俺の太ももに手をバンッ! と乗せ、グイッて身を乗り出してくる小向くん。
ビビった、顔面同士でぶつかりそうなったわ。子供特有の距離感の無さ怖ぇ~。てか太ももに手を置かれたやつ、バチ痛かったんですけど。
「そういえば小向、最近粉末ジュースを作るのにハマってるんだよね~」
「まじ? 何それ稀代の天才すぎない? 偉いね~っ!」
「えへへー」
「八尋ちゃんの小向甘やかしがすごい……」
小向くんの頭をなでなでする。このままウチの子になってくれたりしないかな~。
「しかしなんでまた粉末ジュース? 珍しくない?」
「安上がりだからってお母さんが買ってくるから溜まりに溜まってね……」
「なるほどね~。どんなバリエーションがあるん? それ」
「んー、小向がよく飲んでるのは……」「えっとね! えっとね! 青汁がいちばんすきー!」
「そんな事ある? チョイス渋すぎない? 青汁て」
「八尋姉ちゃんものむ? おれつくるよ!」
「あー……私青汁は苦手だから、出来れば他のがいいかな」
そんなに回数飲んだことも無いのだが、大昔に飲んだ時はベロがその味を受け付けず飲み込めなかった気がする。
小さな子が用意してくれる手前、無理して飲むフリをするのはリスクが高いのでやめときたい。俺、演技ヘッタクソだから不味がってる顔を隠せる自信ないしね。
「えっとね、ほかにはね! びふぃずすきんの青汁と、おおむぎわかばの青汁と、あおじるの青汁!」
「青汁~。実質一択だなあ」
「あと、あかみそ!」
「味噌汁じゃん。飲み物としては欲しくないよ、出来れば二日酔いの時とかに欲しいよ……」
「二日酔い?」
「(あ、やべっ)不束者ですがよい。他のものが飲みたいんだよい」
「えっとね、ほかにはね~」
「普通にオレンジジュースでいいでしょ」
延々と別バージョンの青汁を出され続けそうな流れを小向くんの姉である朔月さんが断ち切ってくれた。あるならいの一番に出してほしかったな、オレンジジュース。
「おれんじじゅーす! それでいい? 八尋姉ちゃん」
「うん、それでいいよ」
「うんっ! まかせてまかせてっ! とくせい青汁おれんじじゅーすもってくる!」
「待って。命乞いぐらいはするから待って。それは本当に飲みたくない」
結局、青汁ともオレンジジュースとも判断のつかない変なドブ色の飲み物を出され、俺は頑張って飲み干しましたとさ。
このご家庭は、小向くんにだけは料理とかさせない方がいいと思う。アレンジの独創性が強すぎて、ゲップから下水道の匂いがした。マジで。急いでお口をゆすぎましたとさ。
夕方になり、朔月ブラザーズ達を含めて四人でUNOをしていたら朔月ママが「お風呂炊いたよ~」と声を掛けてきた。
大家族家庭あるあるの物量バグ飯を食し、お腹がパンっパンに膨れた状態だからまだお風呂に入るまで時間を空けたい。俺は朔月さんと小刻くんに先に風呂に入るよう勧めた。
「おれ八尋姉ちゃんといっしょにふろはいる!」
不意に、小向くんがそんな事を言い出した。
「ダメに決まってんだろ小向! 鹿狩さんに迷惑かけるなよ!」
すぐに小刻くんが顔を真っ赤にして……なんで顔を真っ赤にする? まあいいが、顔を赤くして小向くんに待ったを掛けた。
「そうだよー小向。あんた、まだ自分で髪洗えないでしょ? シャンプーハットくんが調子乗っちゃダメー」
「あらえるし! てか、八尋姉ちゃんがあらってくれるし!」
「あ、私が洗うんだ。全然いいけど」
「鹿狩さん!?」
「ホント? ごめんね、八尋ちゃん。この子、八尋ちゃんの事すっごく気に入ったみたいで……」
「マ? 結婚する?」
「するー! おれ八尋姉ちゃんと結婚する!」
「それは姉として全力で阻止するけどね」
朔月さんにジト目で見られる。これも朔月の倫理アウトラインの向こう側だったのか。えらく常識人じみた線引きでセーフラインアウトラインの価値観を持ってるみたいだ。
てっきり筆おろしでもお願いされそうなものだが、って言うと貶しが過ぎるので言わないでおく。
「じゃあ、一緒に入るのは許可するけど。八尋ちゃんにあんまり迷惑をかけないこと。いーい?」
「わかってるよ!」
「八尋ちゃんも。ウチの弟に変な事しないこと。いーい?」
「ねえ待って? やめて? その心配。流石に心外すぎますよそれ」
「だって八尋ちゃん……」
「ショタコンじゃ! ないです! 悪ノリが過ぎたけど何もしないから!」
「じとー……」
疑いをかけるような目で朔月さんに見られる。小刻くんにも。いや~、小向くんさえ味方でいてくれるならそれで十分だもんねーっ!
「じゃあ一番風呂は私が貰うから、小刻はその次ね!」
全く心外なものだ。相手がショタじゃなくても、そもそもそんな見境なく手なんか出さないっての。
こちとら中身男なんだ、男の矜持を持ってんだから貞操観念かなりガッチリしてるわけ。
あたかも欲求不満なショタコン女子のような扱いをするのは勘弁願いたいぜ。
「お風呂空いたっす」
朔月さん、小刻くんの順でお風呂に入り、残された俺と小向くんでゲームをして繋いでいたら小刻くんの声が掛かった。
……おぉ。風呂上がりの小刻くん。いいね、水の滴る良い少年だ。髪、ちゃんと乾かしなさいよ。
「も~小刻! こっち来て、髪乾かしたげるから!」
「えっ!? い、いいよ姉貴」
「遠慮しないの。八尋ちゃんが居るからって素っ気ない態度は良くないよ~」
「うるせっ!」
ふてぶてしい顔で、悪態をつきながらも言われる通りに座る小刻くん。姉に勝てる弟はおらんというやつか。
「八尋姉ちゃん! おふろいこっ!」
「わー待って待って。お姉ちゃん着替え用意してないから待って!」
「はーやーくー!」
「友達の家を全裸で闊歩する変態になって欲しくなければ待つことを覚えなさい」
鞄からパジャマ一式とパンツとナイトブラ、バスタオルとトラベルセットを取り出して小向くんに手を引かれる。
脱衣所で服を脱ぎ、マッパで小向くんと浴室に入る。入って早々小向くんが浴槽にダイブしそうになったのでそれを阻止し、風呂椅子に座らせる。
「シャンプーハット使わないとシャンプーダメなんだっけ? どこにある? 帽子」
「そんなのいらないよ! つけなくてもいたいくなくなった!」
「そうなん? でもお姉ちゃんはシャンプーハット付けなきゃって言ってなかった?」
「まえにいっしょにはいったのきょねんだもん!」
「なるほど三角」
「なるほどさんかく! さんかくー!」
どうやら朔月さんは過去の小向くんの姿を想起して心配していたらしい。両親いるのにそんな母親みたいなムーブするんやね、ビッグお姉ちゃんだ。
「じゃ、このままシャンプーするけどいい?」
「ん! だいじょぶ!」
「あいー。じゃ目を瞑って~」
「つぶらなくてもいける!」
「失明かなぁ。大人でも目瞑るもんなあ、シャンプーする時」
意味不な駄々をこねて目をガン開きする小向くんを何とか説得し目を瞑らせ、シャンプーを手に取る。
「お、髪の毛柔らか~」
流石は6歳児と言った所か、髪全体が軽くて柔らかくて、触り心地が非常に良い。癖になりそうだ。
「痒い所ないですか~?」
「んー、せなかかゆい!」
「背中かぁ」
頭髪じゃないのね。カリカリと弱い力でかいてやる。
「八尋姉ちゃん、もしかしてぷろ?」
「んー? ぷろ? どゆことだろう」
「あのねー、兄ちゃんはちからがつよくて、姉ちゃんはつめながくて、いたい」
「なるほどね~。はい、流すよ~」
「わーっ!」
シャンプーを湯で流してやると嬉しそうにキャッキャ笑っていた。無邪気だな~。
さて、お次は体の方を洗っていく訳だが。……ふむ。
「ねえ、ボディタオル……体洗う用のタオルってどこにあるかわかる?」
「? タオル? つかわないよ? てであらう!」
「手かあ。アレかな、もしやこのネットで泡立てて全身を手洗いする感じなのかな」
「うん! そう!」
「手かあ」
手、かあ。
いや~、背中とか足とか首とかは全然いいけど。小向くんのミニゾウさんを洗うのがちょっと、色々抵抗あるなあ。
いや、モノ自体はもう自分ので触り慣れてはいるが、相手が幼気な男児で、自分が女でっていう条件下がキツすぎるんだよなあ。訴えられたら俺側勝ち目ないもんね。内心ヒヤヒヤですが。
「姉ちゃん? はやくー」
「いやーははは。……すまない、小鞠。プラス小向くんの家族達。私は罪人です」
南無三。ボディーソープを手に取り、泡立てて小向くんの体に触れる。
「わーい! ありがとー八尋姉ちゃん!」
「あいー」
体を拭き、パジャマを着せて髪を乾かして上げると小向くんは元気よく脱衣場から出ていった。
ワイ、まだ全裸だからなんの迷いもなく空けられた時眼球飛び出そうになったが、誰にも見られてないのでまあ良しとしよう。
もし小刻くんに見られでもしたら、松前以来の逆ラッキースケベ記録更新だった。
お色気キャラに自分がなるとか嫌にも程がある。そんな間抜けな役回りにはぜってぇなってたまるか。
「さて、じゃあそろそろ服を着替えて~」ガラララ。
「えっ?」
「……えっ」
え。なんか、脱衣場の扉が開いた。見ると、無精髭を生やした白髪混じりのメガネおじさんがそこに立っていた。
*
上の階がうるさい。小鞠がまた友達を連れて騒いでいるのだろう。
全く、中学に上がってからというもの、どんどん小鞠が俗世に塗れていく。
自分の人生なのだから極力口を出すつもりは無いが、友達くらいは選んでほしいものだ。他人の家で騒ぐような人間、真っ当なわけが無いのだから。
「……8時か。小向が風呂上がる頃合だな」
キリの良い所まで記事の編集は終わった。息抜きには丁度いいタイミングか。襖を開き、薄暗い廊下を歩く。
脱衣場の中からゴソゴソと音が聞こえる。小刻と小向か? 珍しいな、こんな時間まで入ってたのか。
小鞠が入っていることは万が一にも無いだろう、戸の取っ手に手をかける。
ガラララ。戸を開き脱衣場に1歩踏み入る。
「えっ?」
「……えっ」
聞こえてきたのは、高い声だった。小鞠の物とも違う、小鞠よりも高い声質の主が疑問符を浮かべるような音を出した。
視線を上げると、全裸の少女が居た。
「……」
「……」
少女は唖然としていた。俺も恐らく呆けた顔で唖然としているのだろう。
歳は……小刻より下に見えるが、小向の友達にしては大きい。発育が良い小学校高学年程の少女だろうか。
この子は、誰だ? なんでこんな時間に、一人でウチの風呂場にいる? 不法侵入……? だとしたら呑気が過ぎないか?
「あー……ども」
少女は、気まずそうにタオルを取るとそれを腰に巻いて股間を隠した。……上は隠さないのか?
「えっと、小鞠のお父さんで合ってますよね」
「そ、そうだが」
「初めまして。鹿狩八尋って言います。娘さんとは仲良くさせて頂いてる所存です……」
「これは親切にどうも……?」
頭を下げられたのでこちらも頭を下げる。礼儀正しい子だな、今この状況が最悪な影響でとても心象が良い子だ。
「その、胸は隠さないのか?」
「はい? 胸? ……あっ、私、女やった」
「女やった?」
よく分からないが、俺が胸の事を指摘すると少女は急激に顔を羞恥の色に染め上げ、手で胸を隠しに行った。
「す、すまない。今回あったことはすぐ忘れるから他言しないでくれ……!」
「あ、はは……とりあえず、外でてもらっても……?」
「それもそうだな! すまない!」
脱衣場の戸を閉めると、中から「まあぁぁぁぁただぁあ!!」という悲鳴が聞こえてきた。
その後、少女はこちらの要求をちゃんと飲んだのかその件について家族会議が行われる事はなかった。
*
やった! やってしまった!?
くっそ、あまりの衝撃に今自分の性自認が『男』に戻ってた!! ちんこ隠そうって考えしかなくて、知らんおじさんにおっぱい見せつけたまま会話を展開してしまったあぁぁぁ!!
恐らく今のおっさんは朔月さんの父親だ。他所の家の、友達の父親に裸を見せつけるとかどうなってんだ!? レベル一個上のP活みたいな事になってるじゃねえか!
「あ、上がりました……次どうぞ」
外で立って待機していた朔月パパ(仮)に声を掛ける。彼は申し訳なさそうな顔で「ああ、ありがとう」とだけ言って風呂場へと向かっていった。
……誰にも言えない、墓場まで持っていく話のストックがまた増えてしまった。
なんなんだ、そういう星の元に産まれたのか俺。松前といい今回といい、他人に生乳見せつけすぎだろ。
「お、おまたせ~」
「おっそいよ~八尋姉ちゃん! 何してたの!」
「なぁんにも~?」
力いっぱいに知らんぷりしたら、俺のあまりにも完成度の高いスマイリースマイルに気圧されたのか朔月姉弟達はそれ以上言及してこなかった。
消灯までの間にさっきの記憶を消せますように、そう願いながら朔月さんの隣に座る。
ああ、皆の顔が見れない。気まずい気まずい。
「八尋ちゃん、なんかあった?」
「なんかとは???」
「いや、なんか何となくよそよそしい気がしたから」
「ソンナコトナイヨー」
あんなことがあった後だからね。動揺もするよ。
結局その日、朔月パパに裸を見られたことを忘れることが出来ず、羞恥心と言いようのしれぬ不安に目がバキバキなまま朝を迎える羽目になったとさ。なーんもめでたくないわ、もう二度と逆ラッキースケベイベントを起こしませんように。