※この作品はR-18です。

子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン   作:千佳のはんぺん

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唯識、梵我一如

『私、八尋を殺しちゃった』

 

 

 

 

 

 電話をしてきた都子は、消え入りそうな声でそう言った。

 

 

「幸太郎さん!? どこへっ」

 

 

 一目散に家を飛び出し、裸足のまま都子の家まで走る。

 鍵は締まっていなかった。ドアノブを捻ったら抵抗なく扉は開き、俺は迷うこと無く土足のまま家に上がり込み、2階へ駆け上がる。

 

 

「都子っ!! さっきの電話っ」

 

 

 部屋に入った時、そこには俯きながら泣いている都子と、ベッドの上で仰向けで倒れている鹿狩の姿があった。

 

 鹿狩は、ピクリとも動かない。目はいつも通り眠たそうなくらいにしか開いてないが、開きっぱなしで瞬きもせず、生気がなかった。

 

 普段の鹿狩と今の鹿狩の、截然とした様子の違いに膝を着いた。

 

 暴れた形跡があった。

 ここで何かがあった。そんな事は一目見ただけで明らかだ。でも、俺の脳はそれを理解しろうとするのを拒絶する。

 

 

「なにが、あった」

 

 

 意味の無い問いかもしれない。それでも俺は、都子に答えてほしかった。俺の、最悪の想定とは違う事を言ってほしかった。

 

 

「嫌だ、八尋、八尋ぉ」

「何があったんだよ! 泣いてないで答えろや!」

「ぅああっ、あああぁぁああっ!! あぁぁぁあああっ嫌ぁあああぁぁぁああっ!!」

「っ、都子……!」

 

 

 ここで都子を責めたら、話が聞けない。今は鹿狩の容態を確かめるのが先だ、泣き喚く都子を一旦無視して鹿狩に近づく。

 

 

「呼吸、止まってる! み、都子! 人工呼吸!」

「ぁぁああぁああっ!! やひろ、死んじゃった、死んじゃったぁああぁあっ!! あぁぁぁぁあああっ!!」

「ちっ!」

 

 

 話を聞ける様子じゃない都子に頼んでも無駄か。仕方ない、ここは俺がっ!

 

 無防備な鹿狩の顔を真下に捉える。虚ろに開かれた色彩のない瞳が死者のソレにしか見えない、そんなの駄目だ。認めない!

 

 顎を少し上げ頭を傾け、僅かに空いた口に自らの口を当てに行く。

 

 

 *

 

 

「おっそいよ〜幸太郎! ……ん、そっちの子は?」

「友達のみゃーこ。鹿狩たちと遊ぶって言うたら着いてきた!」

「みゃーこ? 猫みてぇ!」

「……」

 

 

 初めて都子と出会った日、アイツは幸太郎の後ろに隠れて俺や佐藤を睨んでいた。

 

 第一印象は、お高くとまっていて仲良くなれそうにないなって思った。小学生の癖にオシャレで、男の事を見下しそうで、可愛いというか綺麗で、住む世界が違うんだろうなって思った。

 

 俺とマトモに話そうとして来ず、幸太郎に絡みに行くと舌打ちをしたり、睨んできたり。

 

 正直、どうやって接したら良いのか分からなくて少し避けていた節もあった。

 

 

「みゃーこって、僕の事嫌い?」

「きらいっ!」

「ぎゃー!」

 

 

 みてぇなやり取りをしたのが出会った3日後の出来事である。

 都子は俺に「きらい!」とだけ言うと、テッテッテーと幸太郎の方に駆けていった。出会った初日にも言ったことだが、猫みたいで面白かった。

 

 

「みゃーこに告られた」

「んー? コクラレタ? なにそれ」

「好きって言われた。彼氏になってって」

「カレシ? いいやん!」

「意味分かってないやろ……」

 

 

 出会ってから暫くして、掃除の時間中に箒でチャンバラする最中佐藤にそんな話を吹っ掛けられた。

 

 告る、という事がその時点の俺には分からなかった。

 

 ……ん? いや、そんな事あったか?

 途中から知らん出来事が走馬灯に挟まってきたんですけど。

 俺の過去にてこ入れでも入った? もしやあの世に編集部おったりする? ドラマ性ない人生ですみませんね!

 

 

「ま、俺には鹿狩がいるから。彼女とか要らん〜って断ったけど」

「カノジョ? カノジョってなに、僕って佐藤のカノジョなん?」

 

 

 おいコラ編集者、俺をバカキャラにするな。

 

 

「何言ってんの……? えーと、彼女、彼氏ってのは恋人の男と女の名前だよ。男が彼氏、女が彼女」

「コイビト?」

「小三だよね? なんでそんな事も知らないの?」

 

 

 ホントだよ。今時いねえよ、恋人って言葉知らない9歳児。

 

 

「あはは、僕馬鹿だし……」

「簡単に自分の事悪く言うなよ。えーと、恋人ってのは、すごく仲良い男と女の事を呼ぶんだよ」

「へえ? ……あれっ、でも僕男だよ!? 男と女じゃなくて男と男だよ!?」

「あーもー……いいや。俺は鹿狩と1番仲良くしたいから、それ以外の仲良しはいらないって言ったの!」

「……あははっ。いいね、それ」

「だろ? 俺ら親友だもんな!」

 

 

 佐藤は俺と肩を組んでそう言った。1番の仲良し、そんな風に堂々と言う佐藤は、凄く輝いて見えた。

 みたいですね、当の俺的には知らん存在しない記憶だけど。

 

 

「いいなあ、佐藤は」

「なにが?」

「なんでも。羨ましいよ、僕も佐藤みたいになりたい」

「俺みたいに?」

「うん。てか、許されるならお前になりたい。……ま、誰かに代わるなんて有り得ない話だけど」

「意味わからん。鹿狩は鹿狩のままでいいだろー? 俺が二人とか気持ち悪いやん」

「そういう事じゃ無いんだけどなぁ」

 

 

 暴走殴り書きのでっち上げの過去編はどんどん突き進んでいく。

 

 俺、佐藤とこんなエモい雰囲気で会話した事ねえよ。てか俺子供の頃の一人称『僕』じゃないしね?

 

 なんなんこれ、マトモな走馬灯を見せてくれよ、死にかけてるんやぞこちとら。

 

 

「あ、樹利! この子、今僕のお腹を蹴ったよ」

 

 

 ……ん?

 あれ、あれれ、あれれのれ。過去編かと思いきや、急に俺の頭身が伸びたぞ? そんでもって、お腹がまぁるく膨らんでるぞ。何事カナ?

 

 

「はは、本当だ。早く産まれてくるといいな、俺と八尋の子供」

 

 

 おおおおおぉぉっ!? 何かとんでもない映像を見せつけられて無いかな!? 時計じかけのオレンジカナ!? 目を逸らせない状況で拷問みてぇな映像見させられてるゾーッ!!!?

 

 

「奥さんの手を握ってあげてください!」

「は、はいっ! 頑張れ、頑張れ八尋!」

「んんっ、ふっ、んんーっ!」

 

 

 ぎゃああああっ!? ぎいぃやあああぁあぁあぁあぁあっ!?!? シーンが飛んで一気に出産!?

 待て待て待て、色々おかしいだろ待ってくれ!!

 

 走馬灯を見せるべき場面でなに悪夢みてぇな映像見せてんじゃ辞めろ! 死にたくても死に切れねえだろこんなの、やめろぉぉぉぉっ!!!

 

 

 

 

 

「どわぁっひゃあ〜!!」

「「うわぁあっ!?」」

 

 

 夢の中で身に覚えのない赤子が産声が上げる直前に、どうやら生と死の狭間から現世に戻って来れたらしい。良かった、ほんっとーーーー〜っによかった!

 

 

「鹿狩っ!」

「うぉっ、幸太郎? なんでここに……あーっ! てめこら都子ーっ!!」

 

 

 絶句したような顔で俺を見る幸太郎の横に、同じように目ん玉ひん剥いて驚いてる都子を見てアリアリと記憶が蘇ってきた。

 

 俺は出来る限り目を尖らせて都子に突っかかる。

 

 

「てめぇいきなり首絞めてきやがってぇ! おかげでゲロみてぇな悪夢見たわ! 謝りなさい!!」

「……ごめんなさい」

「んだとっ!? どんな理由があっても人の首絞めるのは頭イカれ……あれっ?」

 

 

 素直に謝った? 想定と違うぞ、そこは「誰が謝るか」とでも言われる事を想定していたのですが。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! ごめんなさいっ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」

「待って! その熱量で謝らなくていい、なんか怖いよ!」

 

 

 壊れたテープレコーダーみたいに同じ言葉を繰り返す都子をどうにか落ち着かせる。

 びっくりした、漫画に出てくる病んじゃったキャラみたいで鬼気迫ってたぞ。

 よくそんな病み病みオーラを出せるものだ、一周まわって笑えるわ。

 

 

「鹿狩、大丈夫、か?」

「んー。一時はどうかと思ったけど起きたら大丈夫っぽい」

「そんな、事あるのか……?」

「あったからこうなっとるやろがい。三途の川はまだ目視出来なかったよ」

 

 

 色々終わってる走馬灯を見たぐらいだ。臨死体験として相応しい出来事は。

 

 窒息というより絞め技による失神に近かったのだろう。首が折れたわけでも無ければ呼吸器がイカレたわけでもなさそうで、首絞められたにしては尾を引く症状が一切無くて拍子抜けだ。

 

 

「よかった……で、二人とも。何があった?」

「……」

 

 

 都子は何も言わない。つい今しがたエミネムくらいマシンガン早口で謝ってたくせに、途端に地蔵と化していた。

 

 

「いやー。何があったんだろう。私にもよくわからん……」

「起きた事を説明してくれ」

「えー……いい? 都子」

「……」

 

 

 都子は膝抱えたまま、ただ無言で俺をジーッと見ている。なんか、小さく見えるな。アレだ、雨の日の捨てられた猫みたいなイメージ。

 ……顔になんか付いてるんかな?

 

 

「鹿狩、都子も。何があったか話せよ。……都子、あんな電話しといてだんまりはないやろ」

「……っ」

 

 

 やはり都子は何も言わない。自分に声を掛けてきた幸太郎とは逆の方を向く。

 

 てか、久しぶりに幼馴染三人揃ったと言うのに空気が重苦しすぎる。なんだこれ、通夜の空気なんですけど。

 

 当たり前か、俺都子に殺されかけたし。幸太郎はその件について電話で呼び出されたっぽいし。修羅場でしかないじゃんこの場。え、逃げてぇ〜っ。

 

 

「俺だけ仲間外れか? 二人とも、何か言ってくれ」

「いやー……」

「……仲間外れにしてきたのはあんたらの方でしょ」

「都子……?」

 

 

 やっと口を開いたと思いきや、都子はそっぽを向いたまま的外れな事を言い出した。あんたら、ってことは俺もカウントに入ってるんだもんね?

 

 

「俺がいつ都子を仲間外れにしたんだよ。不貞腐れてないで事情の説明をしてくれ!」

「……」

「都子」

「……」

「チッ。黙ってちゃ分からないだろ! いい加減口をっ」「まあまあまあまあ」

 

 

 痺れを切らせた幸太郎が大声で都子に怒鳴りつける。

 駄目だな、このモードに入った都子にその対応は悪手です。昔っからメンヘラの素養が強かったからね、グイグイ行けば行くほど会話出来んくなるぜ?

 

 都子を相手にするなら、もっとアホにならねぇと。

 

 

「そうやってガミつくと相手が怖がっちゃうやろ? そーゆーのはモテねぇど、もっと気持ちフニャフニャさせてお話しよーや」

「っ……、余計なお世話や。てか、お前都子に殺されかけとったやろ。むしろお前の方が都子と話すべきやろ!」

「よぉ分からんけど話したくないんやろ? じゃあ別にえーよ、私生きてるし」

「はあ!? 本気で言ってるん!?」

「おう、マジレンジャーよ」

 

 

 にへらにへらと笑ってやる。ちゃんと都子からも見える角度で。すると、狙い通り都子は若干の警戒心を解いてくれたようで、小さくだが口を開いた。

 

 

 *

 

 

 ……もう、八尋がよく分からない。

 

 少し暴走してしまった自覚はある。八尋が、私を虐めてレイプまでしてきた佐藤と付き合う様になって、マトモじゃ居られなかった。

 

 そこから加速度的に嫌いになった筈なのに、何故かそれでも八尋なら私を助けてくれるっていう思い込みが捨てきれなくて。諦められなくて。

 だから、八尋を取り返そうと躍起になって、あんな事を……。

 

 自分でもどうにかしてると思った。

 首を絞めながらセックスしてるのが気持ちよさそうだったから、じゃあ首を絞めればいいのかと思って……で、危うく殺しかけてしまった。

 

 

 いきなり髪を掴まれて、押し倒されて、体に乗っかられて、意識が落ちるまで首を絞められて。

 そんな事をされたら私を人殺しと罵ったり、怒りで襲いかかったり、逃げたりするのが普通だと思う。

 

 

「よぉ分からんけど話したくないんやろ? じゃあ別にえーよ、私生きてるし」

 

 

 私に絞め殺されかけて出た言葉が、これ。

 

 それに、八尋はやっぱり私を見てもその顔に微塵も怒りとか怯えとかそういう感情を乗せず、いつも通りどうでもよさげにニヘラと笑顔を貼り付けていた。

 

 普通じゃない。気味が悪い。まるで感情がチグハグというか、コイツには絶対的に何かが欠落している。

 

 けど、それでも八尋は私を庇おうとしてる。

 

 幸太郎だってどちらかと言えばすぐに手が出るタイプだ。八尋は元男だから手を出される可能性は高いと思うし、それは八尋自身理解してる筈だ。

 なのに、八尋は幸太郎の苛立ちが自分に向くように立ち振る舞っていた。

 

 ……八尋の事は大嫌いだ。でも、今回も助けてくれる。庇って、守ってくれる。

 

 

「……馬鹿やん」

 

 

 安心しかけた自分が嫌になる。八尋は、佐藤の彼女だぞ? 佐藤を取った"女"なんだぞ?

 

 こんな奴に庇われるくらいなら、自分から幸太郎に全部打ち明けて嫌われた方がマシだ。こんな形で庇われて、嘘をついたまま幸太郎と関わるのは、私の欠片だけ残ったプライドが許さなかった。

 

 

「……八尋に、付き合ってって言ったの」

「は?」

「あ、そこから切り込むんや」

 

 

 幸太郎は、多分佐藤と八尋が付き合ってる事を知らない。けど、もうその事を隠しながら言い訳できる状況でも無くなった。正直に、言おう。

 

 

「幸太郎、八尋が佐藤と付き合ってること知ってる?」

「……あぁ、知ってるよ。今泉さんに聞いた」

 

 

 今泉……? あの、太ってる子か。

 

 そうか、そういえば幸太郎の家に出入りしてるんだった。でもなんでそんな事、あの子だって佐藤と幸太郎の事件の事は知ってるはずなのに。

 

 

「そうなんだ」

「え、知らんかったんや?」

「知らんかった。……なあ、鹿狩。なんで佐藤と付き合ってんだよ」

「えぇー!? 都子に続き幸太郎からもその質問〜!? アイツどんだけ恨まれてんの!?」

「鹿狩、お前……っ!」

「わーなにを!? タンマタンマ!」

 

 

 ベッドに腰掛ける八尋の胸ぐらを幸太郎が掴みあげる。泥炭のような色の、ハイライトの無い八尋の目に焦りと共に光が宿る。

 

 幸太郎にはあの顔、しないんだ。佐藤にもしないし、幼馴染の中であんな嘘偽った顔をするのって、私だけになの……?

 

 幸太郎を前にして色の無い仮面が滑り落ち人間の人相が出てきたのを目にした時、私の中でまた少し、八尋への敵対心が強まった。

 

 

「お前っ、都子にあんな事をした佐藤と付き合うとか最低だろ! 都子の気持ち考えろよ!!」

「都子の気持ち〜? んー、子供の頃の嫌がらせつっても、言うて今なら微笑ましいぐらいのっうぐぐぐっ!?」

 

 

 更に高い位置まで八尋の体が持ち上がる。胸ぐらを掴まれた八尋は苦しそうに顔を青くしている、対する幸太郎は顔が真っ赤だ。

 

 

「ギブ、ぎぶ、ぎぶそんじゅにあ……二度目の失神入るって……!」

「辞めて、幸太郎」

「でも都子!」

「いいから! 話がぐちゃぐちゃになるから、順に説明するから!!」

「なっ!? なんだよそれ! まるで俺を邪魔者みたいに!!」

 

 

 幸太郎が手を緩めると、八尋は床に落ちて尻餅をついた。八尋から離れ、幸太郎は私を見下すように正面に立つ。私は、幸太郎から目を逸らして壁の隅を見つめる。

 

 

「そんな事言ってないよ」

「前からそうだろ! 佐藤の事を俺に隠してたり鹿狩の事も詳しくは話さなかった!」

「っ!! あ、あんたが学校に来なくなってから私にあんまり話しかけんなって言ってきたんでしょ!? コイツが戻ってきた時もあんた、まるで信じてなかったし!!」

「女になって帰ってきたとか信じられるわけないやろ!! あんなん馬鹿にしてるとしか思わんわ!!」

「でも実際女になってるやん! 勝手に一人で疑心暗鬼になってキレられて、それ以上話したくなるとおもっ……何見てんのよ。八尋」

 

 

 口論が始まってから、何も口を出してこなかった八尋がこちらをじーっと見てるのに気付いた。また目から光が消えてる、退屈そうな、眺める目だ。

 

 八尋はため息を吐き、片膝を立ててそこに肘を置いて崩した座り方をした。

 

 

「続けないの?」

「はっ? な、元はと言えばあんたがっ」

「私がなぁに?」

「あんたがっ、佐藤なんかと付き合うから!!」

「佐藤と付き合うと何がダメなの?」

「それはっ」

 

 

 慌てて口を自分の手で抑える。危うく八尋に言う所だった。私が佐藤にレイプされた事、その時のハメ撮りを脅しに使われて八尋がクラスでの問題に巻き込まれたり悪い噂が立った時、もっと悪くなるよう動かさせられていたこと。

 

 それらは佐藤が私と八尋を孤立させる手段であって私の意思が介入していた訳では無い。でもそんなのは八尋視点では全く関係ない事だし、そもそも八尋にだけはバレたくないからって言う事を聞いてきたんだから、ここでバラしちゃ意味が無い。

 

 

「都子は佐藤にレイプされたんや」

「は?」

「……幸太郎」

 

 

 世界が崩れ落ちる感じがした。

 

 私の人生で最大の汚点。それを唯一知らなかった幼馴染の八尋。

 

 唯一知られてないからこそ、綺麗な関係で再スタートが切れるだろうって思っていたのに、そんな淡い願いすら一瞬で瓦解してしまった。

 

 

「なんで、言っちゃうの。幸太郎」

「逆になんでちゃんと言わないん。それを言わな佐藤と付き合ってる事のヤバさに気づき辛いやろ」

「そう、だけどっ……なんで……っ、なんっ……で」

 

 

 涙が溢れてくる。もう嫌だ、なんで私ばかりこんな目に遭うんだろう。

 

 

「そうよ、私は佐藤にレイプされた。ハメ撮りまで撮られて今でもオカズにされてるんじゃない!? 八尋はっ……八尋は昔何度も言ってくれたよね!? 何があっても私の事助けてくれるって、私の味方だって言ってくれたよねっ!? なのに! ……なっ、のに、なんで、佐藤なんかとっ……私、また八尋とっ……友達に、なりたかったのに……なんっ、でぇ!!」

「……」

「佐藤とっ、引き剥がす為にあんたに告った!! あんたがいないとっ、もう、私、誰も信じられない……っ、あんただけっ、しつこく、しつっ、こく、私に構って、くれたのにぃ……! だか、ら、佐藤のっ! 真似、して……っ、あんたを、奪って、それで……っ!」

「……私は都子の味方だよ」

「やだあっ! やだっ、やだやだ、やだっ、やだっ、や……あっあぁ!」

「味方だって。佐藤じゃなくて、都子の味方」

「嘘っ!」

「嘘じゃないよ」

「じゃあなんっで……!」

「それは答えられないけど、嘘じゃない」

「意味わかんないっ! 意味わかんない、もう何もわかんないっ! 気持ち悪い、あんたが嫌い、あんた意味わかんないっ!! 嫌い嫌い嫌いっ、大嫌い!!」

「み、都子。落ち着い」「無理やろ。落ち着けんて」

「鹿狩、お前……」

 

 

 八尋が、私に近付いてくる。スマホを投げる、頭にあたる。それでも、八尋は近づいてくる。

 

 肩に手が当たる。鳥肌が立つ。金切り声を上げて八尋を殴った。大きくふらついたけど八尋は構わず私に身を寄せた。

 

 首に手を回してくる。八尋の体温が伝わる。気持ち悪い、生理的に無理。首筋に噛み付く、制服がほとんどだったけど、少しだけ八尋の肌に歯が当たっていて、思い切り噛んだ部位から血が溢れてきた。

 

 

「離せっ、嫌い、キモい、キモい、おとこおんな、オカマッ、変態っ、ビッチ、淫乱、嫌い嫌いっ、もうやだ、もうやだっ!! あぁっ、あああぁぁぁああっ!!」

「いたぁい。死んじゃいそ〜、手加減して〜」

 

 

 呑気な声で言いながらも、しっかりと八尋は私を抱き締めてくる。

 昔泣いてる時にしてくれたように、頭を撫でて、背中をさすってくれている。

 私に首筋を噛まれて血を流して、掴まれてる両腕は強い力で抓られて、お腹だって何回も蹴られてるのに。

 

 

「あああぁぁあああっ、もうほっといてぇ!! 私が、全部、馬鹿だから、悪かった、から、もう、いいからっ、一人にしてよっ、構わないでよぉぉおおっ!!」

「都子が悪かった事なんて一度もないよ」

「そんなわけっ、私が悪いからっ、みんな私を一人にするの!! 馬鹿だからっ、自滅するのっ! 私が全部悪いから、神様はっ、私を、こんな目にっ」

「神様はあんまり性格が良くないから人間みーんなに意地悪するんだよ。だから、都子が特別悪い事なんてないし、私の出会った人の中で一番良い子なのは都子だよ」

 

 

 八尋が優しく言う言葉に、共感は出来なかった。『私が悪い奴だから神様が罰を与えてる』、それは私なりの自分の不幸の捌け口としての言い分で、その逃げ道が無ければ自己否定と自己嫌悪で潰れてしまいそうだったからそう言ってるだけ。

 

 励ましくほしくなんて無い。私を肯定なんかしないでほしい。そんな事されたら、じゃあこんなに頭の狂った私の責任の所在は、詰まるところ私自身にある事になってしまうじゃないか。

 

 八尋は性悪だ。私を励ますフリをして、死んだ目で、私を私自身の罪悪感で殺そうとしている。

 

 

「ああぁぁぁぁああ!!」

「私は、何があっても都子の味方」

 

 

 缶の貯金箱を拾い、思い切り振りかぶる。流石に八尋もそれを目で追っていたが、でも私が振りかぶった途端、缶から目を離して私の耳元に口を持ってきた。

 

 

「……ごめんね。分かりづらくて」

「や、ひろっ……!」

「憎いよね。いいよ、全部受け止めるから、だから信じて。私は都子の味方だって。これだけは絶対、何があっても本当だから」

「……」

 

 

 貯金箱を床に置く。八尋に対する殺意が無くなると、それまで以上に感情の波が押し寄せてきて、喉で留めることの出来なかった慟哭が口から零れた。

 

 

 *

 

 

 いやうるさかった〜! 耳元で大音量の大泣き、もう長いこと耳鳴りが止まりませんな!

 

 

「か、鹿狩……」

 

 

 都子に噛まれた傷跡や、引っかかれた所とかを絆創膏や包帯、消毒液を駆使して応急手当をする中、幸太郎が気まずそうな感じで話しかけてきた。

 ちなみに都子は大声で泣き喚いた後、泣き疲れたのか泥のように眠った。

 

 

「どしたん、幸太郎」

「手当終わったら上、着てくれよ。ブラだけは気まずい……」

 

 

 ふむ、どうやら幸太郎は制服を脱いだ俺の上半身にムラついているらしい。健全な中学生だこと。

 

 

「なんだよ? 着ていいのか、堪能しねぇの?」

「しんわ」

「いいのかぁ? ほれ、同級生の天然谷間やぞ? ほれほれ〜」

「ば、馬鹿! 早く仕舞えその脂肪!!」

「丁度失礼な言い方するなお前」

 

 

 人が折角手で胸を揺らしてやったってのに感謝の一つも無いとは。ダメダメですなこの男。

 

 

「ったく。まさか、佐藤の奴が都子をレイプしてたとは。思いもよらぬ展開だわ」

「あぁ。俺が停学食らったのもそれが理由や」

「そうだったんだな」

「そうだったんだよ。だからさっさと佐藤なんかとは別れろ。アイツがどんな奴かこれで分かっただろ」

「そうやね〜」

 

 

 どんな奴か、ね。

 ぶっちゃけると、佐藤がどんな人間であったとしてもあんな事件があった以上は効率の関係でどのみち佐藤と付き合っていた。そこに違いはない。

 

 目的を達成すれば佐藤と別れるべき、という落とし所になったのは今回の三つ巴の修羅場で得た一つの解だが、ここで一つ聞いておきたい事があった。

 

 

「幸太郎、なんでわざわざ都子の目の前でレイプ話を出したんだよ。本人でいる所で話すのはまずいやろ。お前ん家に居た時とかに話せばよかったやんけ」

「お前と佐藤が付き合ってんの、ついさっき知ったんだよ! それ知らなきゃ言うつもり無かったわ! むしろなんで隠してたし!」

「隠してねぇし、知ってるもんだと思ったんだよ。今泉さんと交流あるやろ? 付き合ったの少し前だぞ。それがなんで今日」

「知らねえよ! なんで今まで今泉さんがその話をしなかったのか、全く分からない。……いや、話したタイミングを思い起こすと、そもそも話す必要がなかったから話さなかったのかって感じで納得は出来るか……?」

 

 

 神妙な面持ちで考え込む幸太郎。散らかった部屋を片付けながら思った、コイツってシリアスな雰囲気の場ではまじで浮いて見えるな。ヨレヨレのシャツ何とかしろよニート。

 

 

「何きっかけでそれを知ったん? 恋愛トークでもしてたんか?」

「い、いや! うーん……なんでもない」

「わけなくない? 絶対今なにか隠したやろ」

「いや別に!」

「……そう? ならえーわ、深堀はしませんよ〜」

 

 

 ほっと一息つく幸太郎。なんでもいいけどお前も都子の部屋の片付け手伝えよ。何くつろいでんだよ。あと靴脱げよ。

 

 

「なあ、鹿狩」

「んー?」

「別れるよな。佐藤と」

「……んー。そのうちね」

「そのうちってなんだよ」

「やる事があんの。無意味に快楽に溺れてたわけじゃねぇーんだよ。ったく、人の事首絞め大好きドM女扱いしやがって都子のやつ」

「……本当にそんなプレイしてたんか?」

「してないよ? まず私処女だし」

 

 

 嘘をつくのに定評のある俺です。一点の曇りもなく即答して上げました。これは疑う余地ないね。

 

 

「首絞め大好きドMの非処女ね了解」

「んんん〜っ?」

 

 

 どこかなぁ〜疑う余地。おっかしいなあ。

 

 

「……じゃあ、近いうちに別れるのは確実なんだな?」

「んー、それはマジに確実だな。都子との話を聞いた以上、ちょっと今まで通りに接していくのは無理になったわ。話のウェイトが結構あって効いた」

「そうか、なら安心したよ。……アイツに犯され済なのは納得出来んけど」

「おいボソッとキモイ事言うなよお前処女厨か? 仕方ないだろ、都子レイプ事件バレしてなきゃ変わらず好きだったしね、アイツのこと」

「……っ」

 

 

 おろ? 会話が途切れた。流石に元男が男に対して「好きだった」って言うのはキモすぎたか? 許してほしいものだね、多様性ですよ時代はね。

 

 

「……鹿狩は、ああいうのがタイプなのか?」

「あん? タイプ? んー、どうだろ……」

 

 

 男のタイプとか考えた事無かった。女のタイプで言えば古着屋とか雑貨屋巡ってそうなちょいポチャゆるふわ茶髪カールのお姉さんがいいが、男となるとちょっと分からないな。

 

 

「ま、メンタルをオール女側に傾けて考えるなら、私的には真面目そうなタイプとかってよりはグレてる方が見た目は好きかも。着る服で結構色々遊べるしな」

「そもそも真面目な男は鹿狩とデート行ったらイライラが募りまくるやろな」

「悪口かな? この世界屈指の良い女たる私に??」

「悪女の間違いやろ……」

「なぁんで!? 悪女ムーブなんてした事ないわ!! 元男として、男の心を熟知しきっているんだからむしろこの世最大の善女(ぜんじょ)まであるやろ!!」

「ねえよそんな言葉。てか、男を知り尽くして遊んでる女とか最大の悪女やろ」

「悪い遊びに付き合わせるわけじゃないんだから、悪質な妄想はやめてくださーい」

 

 

 よし、片付けが終わった。ついでに軽く掃除もしてやるか。丁度いいところにおててで使う携帯モップもあるしね。

 

 

「……なあ、鹿狩」

「あん?」

「佐藤と別れたらさ。俺と、付き合わねえ?」

「えっ?」

 

 

 手を止め、幸太郎の方を見る。幸太郎は、俺の顔をロクに見ようともせずそっぽを向けたまま言葉を続ける。

 

 

「駄目だったらいいんだ。けど、俺と鹿狩の関係性を考えたら、付き合った方が長く深く関わりを持てるような気がしたから」

「……もし別れたら、今まで以上に関わりづらくなると思いますが?」

「別れんけりゃいいやろ」

「やばぁ」

 

 

 あまりに大胆な告白に多少はドッキリして胸が熱くなった。こいつ、結婚までをも含めた告白をこんな場所でしてくるのか? もうちっとあるだろ、こうムードというかさ。

 

 

「……考えとく」

「ホントかっ!?」

「気が早いだろ喜ぶなよ!」

「他にライバルが居ても負ける気しねぇ!!」

「お前ホモなん……? 見た目はどうあれ、中身俺やぞ……?」

「見た目で告ったわけじゃねえし」

「あぁホモなんだ。鋭いなー私、人を見る目が優れすぎている」

「茶化すなよ。言っとくけど俺、本気だぞ」

「気迫こわぁ……。あ、でもそのライバル枠に都子いるけど、いけるか?」

「なにーっ!? 都子はレズだったんかぁ!?」

「いやまあ事情は複雑っぽいから、レズがどうとかって話でもなさそうやけど」

 

 

 ここがトムとジェリーみたいな世界だったら、幸太郎の眼球が伸びて眠っている都子にぶつかる勢いで驚いていた。面白い、やっぱりこの三人で揃うとなんだかんだで笑けてくる。

 

 

 

 

 5月20日、大切な幼馴染の涙を見て、大きく計画を動かそうと決心した日。思えばここから、俺の地獄は始まったのだった。

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