子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
「はあ……」
ため息が零れる。
最近、俺の彼女である紗理奈が少し面倒臭い。
中一の頃は明るくて反応が良くて趣味も合って、とにかく一緒に居ると気持ちがいい奴だった。
思春期というのもあって仲良くなったアイツの事を異性として好きとも思ってたから、紗理奈と付き合う事になった時は喜びで小躍りしてしまいそうな程嬉しかった。
だが、付き合い初めて分かったことがある。紗理奈は心の底から快活な奴ではなく、根はどちらかといえば卑屈で自信がないタイプの少女だった。
俺と付き合うようになって少しずつ、紗理奈が自分の身に塗り固めていた虚飾の明るさが剥がれてきて、二人きりになるといつも俺に質問攻めするようになった。
昨日どこ行ってたのだとか、会ってない日は何してるのだとか、あたしの事本当に好き? だとか。
特に最後の、俺が紗理奈の事を本当に愛しているのかという質問に関してはマジで嫌になるくらいしつこくしつこく聞いてくる。
日に10回は確実に言われているだろう。
本当は今日、紗理奈と都心部の方まで出てデートする筈だったんだが。何も言わずに逆方向の3駅行った街に降りた俺は、あまりよく知らない広めの公園のベンチに座っていた。
快速列車に乗ったら止まらない駅が最寄りの、シャッター街くらいしかない小さな街だ。知り合いに出くわすことは無いだろう。そこら辺の駄菓子屋でアイスでも買おうか。
「おわっ。笠原君だ」
なんで居るんだよ知り合いがここに。
だだっ広い公園から少し行った古民家の駄菓子屋に、何故かクラスメートの鹿狩八尋が居た。
「鹿狩。なんでお前こんな所にいるんだよ。家こっちの方なん?」
「なわけ、学区が違うでしょ〜よ」
「なら何してんの、こんな田舎で」
「地元民おばの前で田舎とか言っちゃダメだよ〜? 昔懐かしの雑貨ショップに行く途中なんだよ。知ってる? ヴィレッジハウスって雑貨屋」
「知ってる。てかそれ、イオンの中にもあんじゃん」
「見て回れるほどの広さないでしょ〜? 時間潰せないよあんなんじゃ」
「暇なんやな。何買うん?」
「何も買わんよー? お金そんなに無いし」
「は? 買い物しないのに店行くん?」
「眺めるだけでも別に良いだろー? あ、おばちゃん。これください!」
鹿狩が手に持っていたソーダ味のアイスをレジのおばさんに渡す。鹿狩が選んだアイス、よく見たら二つくっついていて真ん中でパキっと割って食べる奴だ。
アイスを買って満足気に鹿狩が店を出ていったあと、俺も瓶のコーラを買って後に続いて店を出る。
駄菓子屋横の古い灰皿の前に設置してあるベンチに腰掛けて、二つ繋がったアイスを豪快に大口を開けて突っ込んでいる鹿狩が居た。
「お前、すごい顔してんな……」
「ブス煽りですか? キレるけど大丈夫?」
「ブスとは言ってねえよ。それ真ん中で割れよ、そのままいくか普通」
「割ると早く溶けない? 服汚したくないし……」
「じゃあなんでそれ選んだ……?」
つくづく、この女は不思議な奴だ。天然と言うのだろうか、わざとやってないんだったら相当アホなんやろな。
「んー」
パキッとアイスを割ると、少し考えた後に鹿狩が俺の方に割った片方を差し出してきた。
「こっち食べる?」
「いいん?」
「ん。その代わりコーラちょっとちょうだい」
「……いやちょっと待て。間接キスやんそれ」
「んー? 笠原君まだコーラ飲んでないやん。私は間接キスじゃない」
「俺が間接キスなんじゃ。よく考えりゃそのアイスもやし」
「辻井君もそうだったけど、そんなん一々気にするん……? たかだか口が触れた所共有してるだけやろ」
「そうなんやけど……」
少しくらい意識するだろ。だって、相手の唾とか、接触位置が口と重なるわけやし、実際のキスとは全く違うにしても色々悶々とするって。
鹿狩が男子に人気な理由が分かった。普通の女子なら意識して取ってくるであろう距離を全く取らずグイグイ接してくるから心臓に悪いんだな。
あとこいつ、胸そこそこあるし。タンクトップにシャツと胸の形がやたら分かりやすい格好だし。シンプルにエロいんじゃ。青少年の敵やんこんなん。
「はい勝手にシェアハピ〜」
「あっ、お前っ!?」
鹿狩はぴょんっと飛び跳ねて俺の手からコーラを強引に奪い取ると、さっさとフタを開けてゴクゴクゴクッ! と勢いよく半分くらい飲みやがった。
挑発するような顔で「いぇ〜い」とにやけている。良い性格してるなコイツ……。
「アイス要らないんなら食べちゃうもんね〜」
「人のコーラ勝手に飲んどいて……。要る、貸せよそっちのアイス」
「奪ってみな〜」
「なんでやねん」
手を伸ばしたらヒョイッとその手を躱された。くれるのかくれないのかハッキリしろ、と言いかけたが、鹿狩の分のアイスはもう食べきっていたようだ。気が変わったか、もう1つ食いたいと。
「このっ、ちょこまかとっ!」
「うひゃひゃっ、必死すぎやんね〜」
「うぜー! この女っ、止まれやっ!!」
「やーだよっ。もう一個も私のもん〜」
「じゃあコーラ返せや!」
「ゲボ吐くから地べた啜りな」
「お前性格最悪か!?」
舐めんなよこの女。楽しそうに笑いながら飄々と逃げる鹿狩の肩を捕まえる。
「捕まえた!」
「うわーっ! 観念した! 観念したーっ!」
腕を背中にガッツリ押し付けるように拘束すると、鹿狩はアイスを持ってる方の手を頭上にあげて白旗を上げた。
べちょっ。
「あっ」
「……」
「ぶふっ! あっはははは!! ギャッハハハハ!!」
頭上に上がったアイスは、時間経過によって溶けていた。ドロドロのアイスが俺の頭に落ちてくるのも、まあ当然の結果ではあった。
てか、なに爆笑してんのコイツ。今までにないくらい豪快な声で爆笑してんじゃん、人の事コケにするのもいい加減にしろよ……。
「まじでごめんね〜。はい、タオル」
「ったく」
水道の蛇口を捻って水を止め、鹿狩から受け取ったタオルで髪を拭う。
「あとはい、お詫び」
「お前これ、ダッツじゃん。同じやつ買えって、なんで高いやつなんだよ」
「いやーははは。ちょっと調子に乗りすぎちゃったので、戒めで……」
律儀な奴。根は真面目なのか? こんな事気にしなくていいのに。
「てかさ、笠原君こそこんな所で何してんの? 今日休みじゃん、妻とデートとかしないの?」
「妻じゃなくて彼女な! 今日は……」
テキトーに誤魔化そうと思ったが、鹿狩も紗理奈とは仲良いからな……。嘘をついた所で今日の話を後日されたら面倒だ。ここは逆に正直に言ってみるか? が、その前に。
「一応聞くんやけど、鹿狩って口固い方か?」
「鬼固いよ。私に話した秘密は一切世に漏れないよ。世界一だよ」
「言い方の信ぴょう性が薄すぎる……」
「ガチだよガチ! ガチガチの実の全身しちゃかちゃカチャムック! ガトートカチャ!」
「ラッパーなん? お前」
「私人の秘密言わない! 私みたいなタイプはそういう事したら秒で村八分にされる人種だって分かっとるし!!」
「なんだその悲しい自己分析。そういう過去でもあるんか……?」
「いや? 単に私がそういうコソコソ話をバラされてムカついたって過去があるだけだよ。殺したかったー、アイツ」
いや怖ぇよ。なんで表情ピクリとも動かさずに殺意を口に出来るんだよ。実際誰か殺ってんやろコイツ。
「ってのは冗談やけど。コソコソ話の内容が真剣寄りなら誰にもバラさないよ。そんな事したらウザがられるしね」
「……じゃあこの話、絶対紗理奈にするなよって言ったら守れるか?」
「守れる!」
「破ったらなんでも言う事きくか?」
「聞く! エロとグロとばっちっち系以外なら!」
「エロを解禁するなら話してもいいんやが」
「エロ解禁か〜。何する気だろう〜」
「それはお前……言えるわけないだろ」
「言えないような事をする宣言を目の前でされるマジ? 深いなあ、私の人生」
「で、今日の事なんだけど」
「あぁ話し始めちゃった。藪蛇だったなあ」
「まあ早い話、紗理奈とのデートをすっぽかした」
「わお。なに、また倦怠期?」
「そんな感じ」
実際には俺が一方的に紗理奈の事を避け始めてるだけなんだが。疲れるんだよな、紗理奈の束縛。
「絶対紗理奈に言うなよ。言ったらアイツに殺されちまう」
「待ってよ。全容見えてないのにただデートすっぽかしてここに居る、だけじゃ面白み少ないって。何があったん? お話聞かせてや」
「はぁ? なんで赤の他人に俺らの話なんかしないとならんのよ」
「赤の他人だからおもろいんじゃーん! カップルの悩みとか1番笑える話じゃん! 私そういうの常々求めてまーっす!」
「お前本当に性格最悪やな!!」
仲良くやってる朔月と言ってる事がまんま真逆じゃないか。コイツ、他人の不幸話を「メシウマーっ!」て言いながら喜ぶタイプかよ。知りたくなかったわ。
「ほんほん、ほーん。そりゃよくある悩みですな」
鹿狩は前傾姿勢で、自分の膝に肘をくっつけて頬杖をつく形で俺の話に「よくある話」と言い放った。
「付き合うまでは束縛の気とか全く見えなかったのに、いざ付き合ってみると段々相手がメンヘラ化する。ある意味当然っちゃ当然なお話よね」
「そうなのか? 皆が皆紗理奈みてぇにめんどい女化すると?」
「当たらずも遠からずやない? どんなけ恋愛に慣れてたとても、やっぱ付き合う事になった相手を誰かに取られたくないって思う以上どこかしらクソダルな独占欲発揮するのは当然やろ」
「なんでだよ。相手の負担になんだろそれ」
「やんな〜、そこは全面的同意〜。ま、そこに思慮が至る奴が1番長続きするよね。それか、退屈な奴認定されて浮気されるか。その二択」
「両極端すぎやろ」
「でも人間、付き合っとー相手が自分に独占欲向けてないと退屈しちゃうやろ? だから試し行為とか恋愛テクニックで使われたりするんやし。欲浅な人間に魅力なんざ無いんよ」
「えー……」
そんなもんなのか? 付き合った程度で人間一人を縛ってもいい理屈が生まれるのかよ? なんかそれ、女側の都合のようにしか思えねえよ、恋人と言えど個々の時間は尊重されるべきものやろ。
「長続きするか浮気するかって言ったよな。なんで相手の事を想ってるのにそう結果が二極化するん」
「浮気する側の心理は今言った通り、自分を独占しない相手だと刺激がないというか、本当に自分の事を好きなのか分からないって思っちゃう傾向にあるんだよ。享楽的な人とか、あと単に自分に自信が無い人が陥りやすいパターンちゃう?」
「じゃあ、長続きするのはどういうタイプなん」
「あら! 紗理奈とは長続きしたいと! きゃー! 惚気られてるわっ!」
「茶化すなや! 真剣なんじゃ!」
「真剣に惚気られてる〜」
尚も鹿狩はケラケラと笑う。コイツ本当にびっくりするくらい性格悪いな。良かった、コイツと友達じゃなくて。苦手だわコイツ。
「長続きするカップル全般に言えるんやけど、それは相互理解があるカップルだわな」
「相互理解?」
「そー。どんだけメンヘラカマされてもそれは愛だからと受け入れられる奴。どんだけ相手がシラフ面でなんでも許しちゃうマンでも愛され欲求を理解してメンヘラカマせるやつ。相手のストレスをゴリ削り出来るんやから、居心地いい空気を長く維持出来る。熟年夫婦のソレよ」
「……つまり、相手の為に自分の自由を犠牲にできる奴って事?」
「言い方が悪意に振り切れてますが。相手の為に時間を使えるのは紛れもなく愛やろ? どちらがじゃなくてどっちも歩み寄らねえと、比重が偏ったらバランスが崩れるのは当たり前ちゃう」
「……よく分からんわ。紗理奈の束縛に合わせたらそれこそズブズブのキモイバカップルやん」
「いーやん。ダメなん? ズブズブのキモイバカップル」
「嫌に決まってんだろ。影でなんて言われるか分からんやろ」
「その時点で紗理奈とメンタルの差が出てるんやろね」
「は?」
「紗理奈は周りの事なんか気にしてないよ。それくらい笠原君の事好きなんやもん。周りのモブなんかどうでもいいやろ」
「子供の言う好きと変わらんやん」
「いいじゃーん。可愛くない? あの菊池紗理奈がメンタル子供みたいならぶちゅっちゅぶつけてくるとかさ」
「……まあ、可愛くはあるな」
「じゃあいいやん、優しくしたりなよ。自分のが大人って言うんやったら、子供っぽい紗理奈の愛情表現は大きな胸で抱きとめてやんねーと」
何も答えずに下を見ていたら「聞いてんのかー」と頬に指を押し付けられた。
「ま、紗理奈と思いがすれ違って最近喧嘩してばっかって話を解決するだけなら簡単よ。紗理奈の事を肯定してやりゃいい」
「肯定?」
「んー。とにかく肯定しまくっちゃえ」
「なんやそれ。テキトーやんけ」
「メンヘラもヤンデレも、そういう恋愛に吹っ切った脳患者の人らの症例は不安から来る物が殆どよ。とにかく相手を説き伏せようとしたり議論するんじゃなくて、相手にとっての拠り所を作ってやんなきゃ」
「拠り所……」
「全肯定とまではいかなくても、相手が欲しい言葉を探すんよ。メンタル逝ってる人は未来なんか見えてないんやから、今安心させてやりゃ少しは人間に戻れる、かもしれない」
「まるでビョーキ扱いやな……」
「うん、ビョーキ扱いよ? ぶっちゃけよく分かんねーもん、愛に飢えて理性吹っ飛ぶ人らの思考回路」
「お前……今日珍しく色々ぶっこむな。普段は猫かぶってたん?」
「あはは。あー……パラレルワールドだと私ら友達やったから、その流れでちょっと素が出やすいのかも」
「なんじゃそりゃ」
鹿狩って少し電波系入ってるのか? 天然なのかと思えばその数歩先いってたな。パラレルワールドとか口走るタイプだったんや。
「……まあ、1部参考にならんでもない意見ありがとよ。お前、意外と聞き上手なんな」
「笠原君のペラ回しが上手いんだよ。私、人の話キョーミ無くて流してばっかやし」
「そりゃどうも。お前の方も佐藤と頑張れよ」
「ん? んー……」
微妙な反応が返ってきた。なんだ、コイツも佐藤と倦怠期なのか? 思えばコイツだって折角の休日だってのに佐藤と一緒にいないんだもんな。
「佐藤と上手くいってんの」
「なにさ突然」
「そんなアンニュイな表情を見たら聞かずにはいられんやろ」
「アンニュイなんて単語日常会話で使うんや。知的〜!」
「お前俺の事馬鹿にしてる? してるよね??」
「ひひぇないひひぇない!」
両頬を引っ張ったら驚くくらい伸びた。モチモチだな、こりゃ弄りたくなるわけだわ。
手を離すと「いた〜い! もー!!」と怒りながら鹿狩は自分の頬をモニモニと揉みほぐした。小動物やな〜、ハムスターみたいだ。
「別に私と佐藤の仲は円満ですよ〜。昨日もずっと一緒に居たし」
「佐藤お前の事めっちゃ好きだよな。珍しいぜ? アイツが一人の女に執心するなんて」
「んー……」
「嬉しくないん?」
「嬉しいよ。嬉しいけど、なんか複雑なんだよね……」
「なんで?」
「なんでも。色々あるんですよ」
そう言ってはぐらかされる。なんだよコイツ、俺らカップルの事には首を突っ込むのに自分の話はしないつもりか?
「何があったか気になるな。なぁ、佐藤に電話かけていい?」
「いいわけなくない? 何をとち狂ってんの???」
「なら話せよ。何があったん」
「そ、そんな、他人に話すような事じゃないし」
「俺がした話やってた人にする話じゃないやろ」
「うーん……引かない?」
「引かない」
「なんで即答すんだよ……だりぃ」
最後の方はなんて言ったか聞こえなかった。本当にボソッと小声で呟いた後、鹿狩は困ったような顔のまま目をゆっくり俺から外して、思考するように回す。
その時、鹿狩の目に陰が落ちたような感じがした。
そこで気付いた。今まで隣に座っていた鹿狩は普段教室で見る鹿狩とは少し違うんだ。
どっちが本来の姿なのかは分からないけど、いつも通りの顔になった鹿狩は二ヘラと笑顔を"貼り付けて"俺の方を向いた。
「いやー。私今日切れ痔になっちゃってさ〜。佐藤に知られたら恥ずかしいな〜って。目の前で脱げないな〜ってね」
「……はい?」
「いやだから。切れ痔。お尻から血が出るんよ私」
「唐突にきったねえ話するなよ!?」
「そちらがしろと言ったのですが〜!? 言ったよね私、引かないでって!!」
「い、言われたが……本当にそれだけか?」
「それだけだと!? 死活問題じゃーっ! ここで力んで見せてやろうか私の鮮血!!」
「見たくない見たくない!! 落ち着けよっ!」
本当にズボンの紐を緩め始めた鹿狩を慌てて静止させる。
全く、肝が冷えたわ。何を往来の場で尻を晒け出そうとしてるんだこの女は。マジで電波系の不思議ちゃんじゃねえか。
「ま、まあ。佐藤ならそんなの気にしないだろ。アイツの事信じてやれよ」
「私が気にするのーっ!! はあ、もうほんっとに最悪だよ。まるで滑稽やん、切れ痔て……」
「い、いやー……まあ、痛いよな? 気をつけなきゃだな……」
「手遅れじゃー!」
「いや俺が、今後気をつけようって」
「煽りか〜。よし、目え瞑って口半開きにしようか」
「鹿狩。何処から拾ってきたその鉄パイプ。なんで素振りしてる。風を切る音が凄いぞ、その威力をぶつけられたら首もげるわ。落ち着け」
興奮が落ち着いた鹿狩が鉄パイプを元あった場所に戻した。よかった、頭フルスイングされる所だった。
「だから今日は佐藤と一緒にいなかったのか? 切れ痔云々で」
「それは関係無いよ。言ったでしょ、雑貨屋行くって」
「あぁ〜。よく行くのか? 誰か誘わんかったん?」
「雑貨屋とか、あと本屋とか、そういう店は一人で行くことの方が多いよ。そっちのが性に合うしね」
それは意外だ。朔月とか紗理奈とかと仲良いからもっと人と遊ぶのが好きな、アクティブなギャルだと思っていたんだが。イメージとほぼほぼ真逆に近いな。
「一人の時間が好きなのな」
俺がそう言うと、鹿狩は小首を傾げて「んー」と唸った。イマイチ的を得ていなかったらしい反応だ。
「一人の時間が好きというよりか、そっちのが慣れてるから気疲れしない」
「慣れてる? ぼっちだったん?」
「そういう意味じゃねえけど」
砕けたぶっきらぼうな口調で鹿狩がジト目を向けてきた。また新たな一面、というかこっちこそ素っぽいな。なんとなくそんな雰囲気がした。
「ぼっちじゃねえならどういう意味なん。一人の方が慣れてて気楽ってのは」
「私の昔話自分語りになるけど、聞く? 興味なくない?」
「聞く聞く」
「興味津々やんけ」
鹿狩は着崩していたシャツの袖に手を透す。少し肌寒くなってきた。
「あ、その前に」
鹿狩は何かを思い出したかのように声を上げた。横から俺の目を覗き込むようにして問いを投げかけてくる。
「笠原君って、私と小学校違うよね?」
「違うだろ。佐藤とかと同じなら学区は別や」
「だよね。あと、私の昔の話とか聞いたことある?」
「昔の話ぃ? 無いけど」
「じゃあ話すね」
何故か安心したような素振りで胸を撫で下ろす鹿狩。俺が鹿狩の過去を知っていて何か不都合な事でもあるのだろうか?
そんな疑問が解消される事はなく、鹿狩の口は動き出した。
「ま、大した話でもないんやけど。私、幼い頃から親と仲良くなかったんよ。少しだけね」
「そうなんや。意外だな。家族仲良好に見えてたわ」
「仲が悪かった、とまでは言わないけど。親だしね。でも、それでもちょっとノリが合わないな〜みたいな事が多々あって。あんまり家に居たくなかったんだ」
他人のような家族、みたいな感じだろうか? 思春期である今ならまだ親とすれ違うのは分かるが、幼い頃からとなるとちょっとよく分からない感覚だ。
「で、家に帰るのが嫌だな〜ってなって、雑貨屋さんで物眺めたり、本屋さんで立ち読みしたりして時間を潰すようになった。一人で街をぶらつくのが好きな理由はその延長線やね」
「家に帰りたくなくてやってた習慣が趣味になった、的な?」
「まさしくそう! 一人でサブカルチャーを開拓していく度、一人で自分のペースで物をインプットするのが楽しくなっちゃって」
「一日中店に入り浸ってたのか? あんまり長居し過ぎたら店員に怒られるやろ」
「怒られん店を選んでんだよ。ヴィレッジハウスもその系譜。やからここまで来る価値もあると」
「暇な休日を無駄に使っとるようにしか思えん趣味やな。欲しいものとかありゃ話は別やけど」
俺がそう言うと、鹿狩は横で鼻で笑う。皮肉な笑いだ、でもそれは俺に向けたものでは無かった。自虐するかのような、そんな笑いだった。
「目的があの家に出来るだけいたくないって話なんやしいいやん。この世界の自分家もどことな〜く息苦しいし」
「世界……?」
「なんでもないよ。気にしなくていい」
また電波系の妄想話か。規模が相変わらずデカイな、パラレルワールドだの世界だの。俺達の知らない裏でコイツは何と戦ってるんだろうな。
まだ中二病直ってないんだな、可哀想に。俺も通ったよ、そういう系の道。つい去年の話だけどね。
「ま、てなわけで。暇さえありゃ予定無くとも外に出て一人ぶらつく鹿狩ちゃんのお話でしたとさ。よくある話で恐縮でした」
「よくある話かぁ? 結構変人エピソードやったけど」
「日本以外なら割とありそうな日常だと思うけどね。家が無いのも珍しく無いやろ、海外」
「ここは日本やから」
「仰る通り」
1本取られたっ! とでも言うかのように自らのデコをペチンっと叩く鹿狩。どうでもいいんだが、胸が揺れたのを直視してしまった。
Dカップ(佐藤から聞いた)って、こんなにでかいんだ……?
「む。おっぱい見てる」
「見てないです」
「嘘! 今見てたー! 人が折角しょんぼり昔話してるってのに!」
「仕方ないだろ! そんな、ピッチリした布1枚だとボディラインが分かりやすくて……シャツ、前閉じろよ!」
「閉じねぇんだよ。胸の急成長のせいでパツパツなんです」
「急成長」
「ん。最近またでかくなったっぽいし。急すぎんだよこれ……」
「最近、また……?」
という事は何か、今の鹿狩の胸はE寄りのD、それともD寄りのE? どのみち本当に巨乳の仲間入りを果たしてる。
凄いな、去年見た時の初見時の感想はちんちくりんだったのに。背も思えば相変わらず小さいが少し伸びてるし、成長速度がやけに早い様に感じる。
「な、なんつーか……すごいな。お前」
「私? なにが?」
「いやー……俺の口から言っていいか分からんけど、おめでとう。少し佐藤が羨ましいわ」
「???」
意味が分からないといったような顔で鹿狩が首を傾げ、心配そうに俺に向かって頭を指さすジェスチャーを送ってくる。普通に失礼じゃねえか。チョップする。
「……ビッグニュ〜ス」
薄暗い路地裏の影。夕方の影の暗闇から少女の声がボソリと響いた。
まるで何年も付き合いのある男女の友人同士のようなノリで楽しげに話す二人の姿が画像として収められたスマホを眺めながら、声の主は不気味に口元を歪ませて笑顔を作るのであった。