※この作品はR-18です。

子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン   作:千佳のはんぺん

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零落

「ふぁ……ぁふ」

 

 

 ご機嫌なくらいにけたたましく鳴るスマホのアラームを怒りの指圧で押し止め、体を起こす。

 

 

「うわっ、めっちゃ今日の髪調子いいな」

 

 

 寝癖を直そうとして鏡に映った自分の姿を見たら、なんか漫画版のらんま2分の1のシャンプーみたいになってることに気付いた。いいな、可愛いじゃん今日の俺。このまま学校行ったろ〜かな。

 

 

「髪の毛。神の毛。ふむ」

 

 

 パンツを下ろす。体をやや右に傾け、左乳を掴んで横に引っ張って視界を確保し鼠径部に目をやる。

 指でなぞる。

 ん〜、微毛。身長の方に比例してるのかねぇ。アンダーヘアは相変わらずのひよこちゃんだ。処理が楽チンだから良いが。

 

 ふわついてる髪に櫛を通す。直毛サラサラヘアーの方が無難だもん、仕方ないね。

 

 

 洗顔して保湿して、教師には見つかりにくくて生徒にウケがいいスクールメイクを施し家を出る。生憎の雨模様だが、風はそんなに強くない。よかった、前髪ガードの必要性は無いらしい。

 

 

「あり? 蝶田ちゃんいね〜じゃん」

 

 

 最近蝶田ちゃんと待ち合わせてる交差点に来たのだが、珍しく蝶田ちゃんの姿がない。寝坊か休みか? 休むなら連絡ぐらい入れるだろうが……。

 

 

「まいっか。菓子だけ買ってこ〜」

 

 

 雨の日の匂いくっさくて嫌いだし、激しくなりそうなので早々に学校に向かう事にした。この鼻腔に粘っこく貼りつく感じ、偏頭痛も相まってたまりませんな。

 

 

 

 

 

「あ! 八尋ちゃん、おはよ〜!」

「おはよ〜小鞠。ほい、ポッキー」

「わーい!」

 

 

 上靴に履き替えて階段を昇る直前で朔月さんと遭遇。生徒鞄に隠し入れといたポッキーから一袋取り出しそれを進呈した。

 

 てか朔月さん、何故か制服のシャツが肌に張り付いて透けるくらい濡れているけど何があった。水も滴るいい女路線でも目指してるのか?

 

 

「小鞠、もしかして傘差さずに来たの? 有り得ん濡れてるけど」

「それがさ〜、自販機で飲み物買った時に階段に足滑らせて傘折れちゃったんだよね……」

「あらご愁傷様。今日帰り相合傘する?」

「えっ、いいの!? 部活終わるまで居てくれる?」

「いいよ〜。どーせやることないしね」

「樹利と一緒に居ないのかい? ん??」

「今日は八木くんと遊ぶって。……てか、毎日一緒にいるわけじゃないから!」

「反応かわいーー〜!!」

「どーこがじゃ! ってうわ〜変化球やめろぉ!?」

 

 

 飽きもせず朔月さんにほっぺをつつかれる、と思いきやそれはフェイントで肩を掴まれ体をグルンって回されて後ろから胸を鷲掴みにされた。

 

 

「生意気おっぱいめ食らえ〜!!」

「やめろ〜!!! 公然わいせつ行為です! 男子に見られてまーす!!」

 

 

 悲しきかな、全ての階に繋がる階段の1番下の入口という、最もアクセスの多い場所で胸を揉まれている。あーあー、優しい男子がいっぱいだ、目を逸らしてくれてる。心だなあ。

 

 

「このまま行こっか八尋ちゃん!」

「うんなんで? 私のクーパー靭帯引きちぎりたいの?」

「うん! 将来垂れちゃえ〜!!」

「やばこの人。凄いなあ、自分のお乳が育たない嫉妬を人にぶつけてきやがりますやん」

「うるさーい!!! もみもみもみ〜!!!」

「ブラが駄目になるからやめてね〜」

 

 

 朔月さんの腕を引き剥がし、チョップを三連撃食らわして階段を登る。全く、安いランジェリー屋さんを探して精査してようやく見つけたのも三点セット3000円。一枚1000円ですよ? 中学生のお財布的には大打撃だよ……。

 

 

「そういえば、都子ちゃん今日も休むんだって」

「マジ? そっか、まだしんどいか……」

「何か知ってるの? 八尋ちゃん」

「んー、あんまよく分かんないけど、プリント届けに言った時も元気無かったからさ。プライベートで何かあったみたい」

「そうなんだ。大丈夫かな……」

「大丈夫だと思うよ、昔っから都子メンタルつよつよだし。へこたれてもすぐ立ち直るからね、ゾンビみたいなもんよ」

「ゾンビィ? イメージ湧かないなあ、都子ちゃんなら吸血鬼とかの方がピッタリじゃない?」

「あー。血ぃ吸ってきそうだしね」

「あははっ! 都子ちゃんに吸われたら変な気分になっちゃいそうだね」

「エロいねぇ……」

 

 

 高身長巨乳の白ギャルクール系美人、書き連ねたらエロ要素の塊だもんな都子。そんな都子に押し倒されて首をカプリされて血なんて吸われたら、EDマンでも巨塔フルチャージで下半身ヒートショック起こしちゃうよ。

 

 あーあ。男だった頃に都子とそういう間違い犯したかった〜。こういう妄想する時一番堪えるんだよな、陰茎ロスト。帰ってきてくれよ、もう一人の僕。

 

 

「ねねっ! 私だったらイメージ何になる??」

「イメージ?」

「おばけ系! ハロウィンにさ、仮装パーティーしようよ!!」

「おーいいね。アメリカの学生感あるね。ん〜、小鞠かぁ」

 

 

 ハロウィン仮装のテンプレートを朔月さんに当て嵌めるなら、か。うーむ、朔月さん朔月さん……。

 

 

「……狼女?」

「オオカミ女!? 男じゃなく!?」

「男じゃないじゃん」

「うぇー! オオカミ女やだー、可愛くなーい!!」

「おばけに可愛いとは」

「なんでオオカミ女なのー!!」

「よく男食ってんじゃん」

「食ってないよ!」

「そうなん? じゃあ少食の狼女だ」

「やーだー! それなら赤ずきんちゃんがいい!」

「赤ずきん被った狼女?」

「オオカミ要素外してよ!! 可愛くない!」

「なんでー? いいじゃん、ケモ耳とかシッポとか。可愛いやん」

「か、可愛い? ……可愛いかなー?」

「かわいいかわいい。小鞠ってなんか犬っぽいし」

「酷い事言ってない? それ」

「褒め口だよ褒め口。はいゴロゴロゴロ〜」

「うわぉ〜ん」

 

 

 顎の下をくすぐったら犬の泣き真似が飛び出てきた。それ見た事か、朔月さんはイヌ科です。ディズニー映画に居そうだしね、朔月さんっぽい犬キャラ。

 

 

「八尋ちゃんはね〜、サキュバス!」

「はい出たビッチいじり!」

「え〜! それか、もしくはキョンシーとかゾンビ系!」

「ゾンビ系ィ? 私、都子みたいにメンタル強くないよ? 1回泣いたら死ぬまでへこたれるタイプだよ??」

「え〜? だって八尋ちゃん、表情あんまり変わらないんだもん」

「こんなに感情豊かなのに!?」

「顔が合ってないんだよ〜。表情筋が固いのかな〜?」

「いででででででででっ!?」

 

 

 朔月さんに顔をぐにぐに弄られる。着ぐるみかなんかだと思われてんのかな。人の皮膚の可動域って大概小さいから無茶させないで欲しいな。ちゃんと痛いゾ。

 

 

「うーん流石のモチモチさ加減。表情筋は関係ないみたいだね」

「本気でそんな物理的な所に原因があるとお思いだったんですか……?」

「うん!」

「毎度毎度元気の良い返事! いいなあ小鞠は、万人に愛されるよ!!」

「そんなことないよ〜」

 

 

 でへへ、でへへと照れながらまた顔面をぐしゃぐしゃに揉み弄られる。

 うん、もうこのままでいいや。俺は抵抗を諦め、顔を揉まれた状態のまま教室まで向かう事にした。

 

 

「みんな、おっはよ〜!」

「ぼばよぉ〜(おはよぉ〜)」

 

 

 唇を指で摘まれたままだから上手く発音できなかったが、朔月さんに合わせて、話すクラスメートの面々に挨拶を交わす。

 

 

「あ、鹿狩さんだ」

「鹿狩さん来たよ、菊池さん」

 

 

 ん? いつもの流れなら菊池さんがまずこちらに挨拶して来そうなものだが、今回は誰からの挨拶すら返ってこなかった。

 

 普段の教室からは想像できないほどの静寂。廊下から聞こえる雑踏、人の声がBGMとしてうるさすぎるくらいに主張している。遠くの音が耳に煩く響き渡るくらいに、この空間は異様な静けさに包まれていた。

 

 挨拶の代わりに帰ってきた女子達の菊池さんを呼ぶ声。朔月さんの手によって視界は遮られていてよく見えなくて状況が呑み込めないが、呼ばれた菊池さんは今しがた泣いていたのか、少し震えに混じった声で「分かった」とだけ言った。

 

 

「さ、紗理奈ちゃん!? どうしたの!」

 

 

 朔月さんが俺から手を離し菊池さんの近くに駆け寄る。菊池さんの頬には涙が伝った跡があり、声で抱いた印象以上に今まで泣いていたことを悟らされる。

 

 

「あー、紗理奈。ポッキーあるよ、たべる?」

「いらない。それよりさ、あんた、昨日何してた?」

「昨日? 昨日は普通に、隣町まで一人で雑貨屋に行ってたけど」

「それ、本当?」

「本当だよ。それがどうしたの?」

「……」

 

 

 菊池さんが無言になり、目を閉じる。何かを思考している、というより、眉をひそめて何か感情を押し殺してるような、そんな表情だった。

 

 異様に静かな教室に、ポツポツと声が波紋のように広がっていく。なんか皆、「うわ、まじかよ」とか「白々しい」とか言ってる。雲行き怪しすぎない? 何この雰囲気。

 

 

「さ、紗理奈ちゃん?」

 

 

 朔月さんが菊池さんの制服の袖を掴み控えめに引っ張る。場の雰囲気に不安を抱いてるようだ。俺も同様、この居心地の悪い雰囲気を一刻も早く打破したくて、菊池さんに重ねて問いを投げる。

 

 

「紗理奈? 一体どうし……」

 

 

 無言のまま菊池さんが俺に見えるように、見せつけるように突き出してきたのは、スマホ画面に映し出された一枚の画像だった。

 

 その画像には、二人の男女が映っていた。

 

 俺と、笠原だ。笠原が両手で俺の頬を、肉を集めるように包み寄せている。対する俺は馬鹿みたいに楽しそうな笑顔を浮かべていて。

 

 ……見ようによっては変な風に勘違いされかねない、そんな構図の隠し撮り写真。

 

 察するのに時間は要さなかった。悪意の有無は分からないが、偶然か必然か、これを撮影した何者かが菊池さんに画像を送信し、笠原と俺が浮気をしていると勘違いしたのだろう。

 

 彼氏の意見は全肯定、暇があればすぐ惚気ける菊池さんだ。ふとした拍子に浮気を意識して、自分の席で泣いてしまったのだろう。

 そして、その画像と共に周りの生徒に訴えかけてみせて、あっという間に『浮気された可哀想な菊池紗理奈』と『彼氏を寝取った鹿狩八尋』の構想が共通認識となり、この空気感が出来上がった。

 

 

「説明して。これ、何」

「えっ、これ! 八尋ちゃんっ……!?」

「待ってよ! 小鞠はごめん、ちょっと黙ってて! 勘違いしないでほしいんだけど、笠原君には何もしてないよ!」

「……八尋、さっきあんた、一人で雑貨屋に行ったって言ってたけど。嘘だよね」

「嘘じゃないよ! 雑貨屋には一人で行った! てか、笠原君と会ったのは偶然だし、本当に何も変な事してない!」

「……」

 

 

 菊池さんは無言で画面をスワイプする。一枚、二枚、どころではない。一体何枚あるのか、俺が笠原とじゃれ合い、笑い合い、ちょっかいを掛け合い、並んで公園を出ていくまでの一部始終が隠し撮りされていた。

 

 

「く、クラスメートなら偶然会ったら話すよね!?」

「八尋と海彦はさ、いつから気軽に話しながらボディタッチするような仲になったの? 少なくとも学校で見てる分には、二人だけで話してる時なんて一回も見た事ないけど」

「そっ、それは……」

 

 

 前世界での繋がりで一方的に知り合いだったから気安く絡んだら受け入れられた、なんて説明で納得する筈がない。どうしよう、困った。

 

 

「た、確かに、そこまで仲良くは無かったけど……話してみたら、意外とウマ……ノリが合った、的な?」

「へぇ? 気が合うんだ。へぇ」

「合わない合わない! 全然気ぃなんか合わないよ!! 笠原君っ、私と真反対の価値観の持ち主! 気ぃ悪いくらいだもん!!」

「人の彼氏に、よくそんな事言えるね。彼女が目の前にいるのに」

「あ、いやっ、違くて! 私が言いたいのは……っ!」

 

 

 やーばい、ミスったわ。都子みたいな内向的メンヘラの扱いは慣れてるけど、菊池さんみたいなナチュラルボーン猪突猛進タイプのメンヘラは何を言っても悪いように受けとって攻撃に変換してくるんだ。

 

 この人の場合曖昧に安心させる様な事を言うよりか、理路整然と潔白を端的に証明しなきゃならないってのに、焦って隙を生んでしまった。

 

 

「紗理奈ちゃん、落ち着こうよ。八尋ちゃんが笠原君を奪うなんて、あるわけないじゃん」

「あるわけない? なんで? 樹利だって彼女居たよね? あれって、彼女側からしたら八尋が掠めとって行ったようなものでしょ? てか実際そうだし」

「掠め取ってなんか無いよ! あれは……さ、佐藤の方から、私に強引に」

「キスしただけで好きになったってちょろ過ぎない? でもあんたそんなちょろいタイプじゃないでしょ。今まで散々告白されて来てたしさ」

「今までのは」「樹利、顔いいもんな! だから色目使ってたんでしょ? あんた、わざとらしくパンツ見せたりしてんじゃん。いいねー、可愛らしい顔してるからエロで釣ったらどんな男もイチコロって訳だ」

 

 

 あらー。やだ、菊池さんの頭から煙が出そうなくらい顔を真っ赤にして怒ってらっしゃる。森本レオにナレーションさせたいなあ、ポッポーって効果音も付けたいや。

 

 

「海彦を取ったのもどうせ顔でしょ。それともなに、アタシへの当てつけ? あんた、人の物取りたくなるタイプってわけ?」

「……」

「黙ってないでなんか言ってよ。ねぇ、ねえったら」

 

 

 クッソ、琴線に触れない言葉選びを考えてんのにこっちのペース考えずに詰めてきやがる。

 当たり前か、吃音挟むくらい饒舌になってるもん。怒りとかやるせなさ的な感情に塗れて、余裕なんかあるわけないわな。

 

 

「落ち着きなって、紗理奈ちゃん!」

「小鞠はアタシの敵なの!? さっきから八尋の事庇ってるけどさ!!!」

「えっ!? わ、私は、紗理奈ちゃんの友達だよ!」

「じゃあ八尋の事庇わないでよ!」

「八尋ちゃんも友達だもん! まだ何かしたって決まったわけじゃないでしょ、落ち着いて話し合おうよ!!」

「話し合おうとしてるけどコイツ全然喋らないじゃん! なんかスカした顔してるし、アタシの事馬鹿にしてんの!?」

「し、してないよ。馬鹿になんか」

「じゃあこの写真は何!!」

「だから、偶然会って、偶然話してただけだって」

「こんなに仲良く話すのおかしいでしょ!? アタシの前だと話してる事無かったじゃん! 隠れて話してたんだろ!!?」

「だから、そんなんないって! 二人で話したのはこの時が初めてだよ!!」

「初めてで顔触らせるんだ!? 初めてで髪を触るんだ!? 距離感とか考えないんだねー!! スカートめくれてても気にしないし男に胸よく当ててるもんな!!!」

「っ! だ、だって私元々男やし!! 距離感なんか知らねえよ! そんなん、無意識だし仕方ないやん!!」

「無意識? 無意識なら人の彼氏にちょっかいかけてもいい訳? そう言いたいのあんた」

「そうは言ってな」「ビッチ。クソビッチ。あんたみたいのを尻軽って言うんだよ!!」

 

 

 なるほど、女子の目線だとそう見えてたか。確かに、男の距離感で男と絡む女ってのは、よく勘違いとかさせてそうだし彼女の立場からしたら近くにいて欲しくない類の女だな。

 

 所謂サバサバ系とか妹系の類か。彼氏の意見に寄り添い、彼女を遠回しに非難して外堀から埋めていくタイプ。それと同列に語られていると。

 

 

「あー! 一旦さ、マジ落ち着こ! 今日笠原君は?」

「今日はサボるって。だからあんたに聞いてんだろ」

「タイミング悪すぎんだろアイツ……」

 

 

 そう呟くと、急に菊池さんが俺の胸ぐらを掴んできた。

 

 

「あんたさ、今海彦の事アイツって言ったよね。なに、そんな風に言えるくらい仲は進展してんだ」

「し、進展なんかしてないよ」

「なら気安くアイツとか呼んでんじゃねえよ人の彼氏をさぁ!!」

「うぁっ!?」

 

 

 突き飛ばされ、机を一つ倒しながら床に倒れ込んだ。

 

 

「八尋ちゃん!?」

 

 

 朔月さんが俺の前に出て、菊池さんから守るように両手を広げた。勇気ある行動だ、足が少し震えてる。

 

 

「なんでソイツを庇うわけ? 小鞠」

「紗理奈ちゃんがあんまり話聞いてないのにやりすぎだから! こんな一方的なの、友達にする事じゃない!」

「彼氏取る方が、友達にする事じゃないだろ」

 

 

 それは、菊池さんからではなく野次馬の一人の男子生徒から飛ばされたヤジだった。

 

 

「八尋ちゃんはそんな事してないって!!」

「してない証拠は無いだろ」

「し、してない証拠って、起きてない事の証拠なんて出せないでしょ!?」

「でも二人で会ってたって証拠はあるじゃん」

「休みの日に、薄着で、仲良さそうにしてる証拠写真ね」

「どう見ても黒だろ」

 

 

 まるで山彦だ。一つ鳴らせば幾重にも響く、レッテル貼りの乱反射。菊池さんの怒涛の勢いと、悪と断じた方が辻褄がつきやすい物的証拠が揃っていて、かつ俺の歯切れが悪いこともあり、既に教室の相対意見は菊池さん側に傾いていた。

 

 であるならば、俺は菊池さんから彼氏を寝取る悪女。顔の良さを自覚してエロも使って男を釣りまくる悪女である。徹底的に叩くべき悪の汚名を着せるのにあまりにも妥当な相手である事に違いない。

 

 周りの目が鋭くなる。敵意の目だ。中には愉快そうな目もある、この状況を楽しみ、自虐的欲求を満たそうとする奴の目。

 

 めんどくせぇ。くっそ、こういう騒ぎの渦中に巻き込まれるとか思いもよらなかった。これ、下手しなくてもいじめ始まる流れじゃね? きちぃ〜。

 今すぐ全部投げ出して逃げたいが、あまりにも今世で深く関わりを持ちすぎた菊池さんや朔月さんを裏切る事になるからそれは出来ない。

 

 てか、今逃げ出したら修学旅行イベント時の計画に差し支えそうだし、そうなったら本末転倒もいい所だ。最初から投げ出すという選択肢は無かったと。ん〜!

 

 

「何黙ってんのさ、謝りなよ! 菊池さんに!!」

「そーだ、謝れよ!!」

「謝れ謝れ〜、悪い事したらごめんなさい、やろ〜」

「皆やめてよ!! 寄って集って八尋ちゃんをいじめないで!!」

「いじめ? これはいじめなの? 小鞠」

「いじめだよ! 何も言えない相手に酷い事皆で言うなんて、いじめ以外のなんでもないでしょ!!」

「へぇ〜」

 

 

 こんな状況になっても見捨てず庇ってくれている朔月さんと、ただひたすら冷たい目でそれを見下し睨む菊池さん。

 驚いた、普段は蛇に睨まれた蛙と形容出来るくらい、二人には力の差があったように見えたのに。朔月さんは一歩たりとも退かない。

 

 

「昨日、アタシ海彦とデートする筈だったんだ」

「……そうなんだ」

「でも、海彦は集合場所に来なかった。連絡してみると、お腹を壊したんだって言ってた。……嘘だったけど」

「それは笠原君が悪いのであって、八尋ちゃんは悪くないよ」

「……海彦はアタシに意味の無い嘘はつかないよ。もしデートが直前でだるくなったりしてドタキャンした時は、必ず正直に言ってた」

「へえ、正直者だけど褒められた行為では無いね。それ」

「そんなのどうでもいい! アタシに隠さなきゃいけない何かをしてたから嘘をついたんだって言いたいの!!」

 

 

 菊池さんの視線がこっちに向く。朔月さんがまた擁護してくれようとしたが、それを制止し菊池さんに目を合わせ返した。

 

 

「その写真の後は普通に笠原君とは分かれたよ。笠原君側で何があったか知らないけど、私とは何も無いから」

「そりゃ、そう言うよねぇ。そう言わなきゃただのクソ女だもんな」

「って、信じ難いだろうからそう言うと想定してたけどさ。じゃあ逆に、紗理奈が私の立場ならなんて言うわけ? 本当に見に覚えない場合はなんて言うん」

「はあ!? 見に覚えない!? このっ!!」

「無いものは無いもん。それに、私も笠原君も人見知りしないから初めてのマンツーマン会話で意気投合して仲良く話せた。それが真実、それが全部。それ以上でも以下でもないから」

「な、に、それ。そんなんで納得しろって言うの!?」

「じゃあ何で証明したらいい? 雑貨屋さんまで行って監視カメラの録画でも見に行く? それぐらいしか証明出来るもの無いけど?」

「や、やっと口開いたと思えばその態度……! あんた、少し自分の立場とか考えて発言したら!?」

「してるよ。あらぬ誤解かけられていじめ直前の事を受けてる自分の現状を誰よりも理解してる」

 

 

 そう言うと、数人のオーディエンスからレスポンスが返ってきた。主に男子が多く、「誤解じゃねえだろ嘘つき女!!」とか「裏切られた菊池さんの味方をして何が悪いわけ!?」とか「普段の行いが悪いから疑われるんだろ!!」とか言われてる。

 

 一部、ぐうの音が出ない意見がありますな。

 う〜ん。悔しいから出してやる。ぐう。

 

 

「紗理奈に関しては私もマジで可哀想だなって思うし、誤解させたのはちゃんと謝るよ。でも、その他の連中は別。私から直接害を受けたわけでもねぇのにガチャガチャ言う人らは、もし潔白だってバレた暁には全員いじめの加害者としてセンセーにチクってやる。毎日備忘録書いてやるから。ムカつくし」

「ひ、開き直ってんじゃねえよ!」

「そうよ、いじめなんかしてないし! 悪い事をした人には罰が必要でしょ!!」

「罰を決めるなら適切な罰じゃないとでしょ。皆のしてる罰ってさ、確かな事実確認もしてないのに周りが言ってるからって便乗してるだけの同調圧力で私を攻撃してるだけじゃん」

「同調圧力って……!」

「で、でも、確かに事実確認はして、ないし」

「はあ? お前あんな奴の言ってる事真に受けるわけ?」

「真に受けるっつーか、言ってる事自体は妥当じゃね? つか、一番に責めるべきは笠原の奴だし」

「鹿狩さんを責める前に、笠原君が先ってのはまちがいないよね」

「でも鹿狩、実際ぶりっ子ではあるだろ!」

「男好きなのは事実だよねー!」

「八尋ちゃんはそういうのじゃないよっ!!」

「なんだよ朔月、お前だって鹿狩はビッチっぽいって前言ってたやん」

「それは言わないでよー!!? てか、ただの冗談だし!」

「言ってる事がコロコロ変わるやつって信用出来なくない?」

「そうだよなー。鹿狩だって一回嘘ついたし。一人で雑貨屋の下りとか」

「それは嘘じゃないんじゃねえの? 知らんけどさ」

「とにかく、確かにちょっと言いすぎたかも……ごめんね、鹿狩さん」

 

 

 お、俺に苛烈な罵倒を飛ばしていたオーディエンスの内の一人の女生徒が謝罪を入れてきた。いいですね、素直なお下げ髪ちゃんだ。もし今後いじめを受ける事になっても、あの子に復讐するのはやめてあげましょう。

 

 

 ピロンッ。

 

 

 女生徒が謝罪を言い、次に言おうと誰かが息を吸った刹那、教室のどこかから着信を伝える電子音が鳴った。

 

 そして、直ぐにもう一度同じようにピロン、と鳴り。また一つ鳴り。どんどん教室内に着信音が連鎖していく。

 

 俺のスマホ、朔月さんのスマホ、菊池さんのスマホにも同様に音が鳴り、匿名の誰かからメッセージが送られてきていた。

 

 

「なに、これ?」

 

 

 それはMP3、つまり何かの音声データであった。何が流れるか分からない、皆がスマホをタップするのを躊躇っている。

 

 

「おっはよー!! ねえかがりん、これなに〜!?」

 

 

 再び訪れた静寂を引き裂いたのは、いつもより大分遅めに登校してきた蝶田ちゃんだった。

 

 蝶田ちゃんはまるで最初から俺の立っている位置を正確に理解しているかのように人を器用に躱しすぐ近くまで来ると、無理やり俺の目の前にスマホを出してきて、匿名の人物から届いたメッセージ欄にあるMP3ファイルを再生した。

 

 スマホの音量は最大であり、その音声は教室の端にまで余すこと無く届いた。

 

 

『最近またでかくなったっぽい。おっぱい見て』

 

 

 響いてきたのは、俺の声だった。でも、こんな痴女みたいな事は言った覚えない筈だ。なんだこれ。

 

 

『佐藤が羨ましいわ。いいな』

『む。今私を見て』

 

 

 拙い編集音声だ。これ、一個の録音データを切り貼りして作ってるな。余程元データの音質がゴミだったのか、ほとんどノイズ混じりだったし。

 

 

「これ、相手笠原君だよね!? かがりん、浮気してんの!?」

「してないよ!!! でっかい声でそんな話いきなりして来ないで!?」

「でもこれっ、これ……っ! 紗理奈が可哀想だよっ! もし紗理奈にこれがバレたらっ……あー!? さ、紗理奈!!」

 

 

 いや、いやいやいやいやいや。あたかも今気付きましたよみたいな反応してますけど、そんなわけないよね。俺の目の前にいる菊池さんの事をどうやったら視界から排除出来る? 気付いてて言ってるよねぇ!?

 

 

「紗理奈、ごめん! ウチ、紗理奈の目の前でっ、二人の浮気の音声なんて、流しちゃった……」

「蝶田ちゃん!?」

「花ちゃん、何言ってんの!?」

「悪気は無かったんだよ! でもそのっ、友達なのにこんな事してるだなんて許せなくて、でもかがりんの事信じたいから一秒でも早く話を聞きたくて。それでっ!!」

「……あんたは悪くないでしょ。あんたには怒ってないよ、アタシ」

「紗理奈ぁ……!」

 

 

 蝶田ちゃんが泣きながら菊池さんを抱き締めた。その蝶田ちゃんをあやす様に、頭を数度撫でた菊池さんが再度こちらを向くと、今までにないくらいの激情を孕んだ顔でこちらを睨んできた。

 

 

「あっ……」

 

 

 あまりの迫力に朔月さんが腰を抜かして尻餅をついて倒れた。かく言う俺もちょっと、具体的に肉体から漏れすぎている殺意に威圧されて声が出せなかった。

 

 え、怖い。本当に怖い。本当に殺される。

 

 口の中が急激に乾いていく。悪い事してないのに、焦りで水分が蒸発していくのを感じた。

 

 体が震える。膝が笑っていてロクに逃げることが出来ない。菊池さんは、俺の方まで歩いてくるとすぐ目の前で体を前に傾け、一旦は俺を無視し、背後の誰かの物置スペースにある習字セットを漁ると中から文鎮を取り出した。

 

 文鎮。いや、ヤバいだろ。ヤバすぎだろ。武器として使うなら最適解すぎるだろ。

 

 

「八尋。あんたさ、超えちゃいけない事やったよ」

「あ、や、だから、誤解……」

「アタシに嘘ついたり、誤魔化したりするのも苛つくけど。それ以上に。蝶田はダチでしょ。あんたが困ってた時、助けてくれたのは蝶田なんだろ」

「まって」

「恩を仇で返したり、ダチを傷つける奴だけは、何があっても誰であっても絶対に許せない」

 

 

 なんかカッコイイ名言みたいな事を言って、菊池さんは文鎮を持つ手を振り上げた。いやー、それで仮に俺をぶん殴れば言い訳のしようもなくちゃんとした暴行罪ですが。なんなら当たり所によっては殺人だし殺人未遂なのですが、そこん所考えられてるかな?

 

 考えられてないよなぁ。だって、マジで寸分の迷いなく振り下ろされてるもん。

 

 

「っ!」

 

 

 頭に当てられたら流石に多分頭蓋骨割れて死ぬ。トレパネーション所じゃない、ファイナルデスティネーションに出ても満足の脳みそ大陥没である。それだけは裂けたい。

 

 身動きは上手く取れなかったが、流石に文鎮アタック食らったらどこに当たったとて筋肉断裂、粉骨砕身の可能性高すぎて怖い。俺は必死に頭を振って、その勢いを身体に及ばせる事で強引に回避行動を取った

 空を切った文鎮が壁に当たり、鈍い手応えに菊池さんの顔が歪む。

 

 

「そ、そろそろ先生来るよ! 今日はここで手打ちにしようよ紗理奈!!」

 

 

 と、誠心誠意心を込めた命乞いをする前段階のセリフを吐き出した所で、本当に都合の良いタイミングで教室の戸が開かれ担任が入ってきた。

 

 騒ぎはそこで中断となり、菊池さんも文鎮を隠し、周りのクラスメート達が無言で「何も言うなよ」と目で訴えかけてくる。

 俺までその同調圧力に付き合う筋合いは無いし、事実暴行振るわれたわけだしで素直に先生を味方につけたい所ではあったが、相手が菊池さんだし、なんかそれも良いかなと一旦流しておく事にする。

 

 さて、どうしたものか。

 教室の空気的に、俺今めっちゃアウェイなんだよな。どっかのタイミングで授業サボって作戦会議でも立てるべきではなかろうか。今この、敵地と呼んでも差し支えない教室にいるだけで命懸けな気がするしな……。

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