子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
東北の方に比べると比較的冬の訪れが緩やかなこの地にも、身を凍えさせるような冷気が満ち始めていた。
さみい。鬼さみい。女体になり、男の頃に比べ筋肉量が低下、てか体格自体大分ミニマムになっているせいか、かつて感じていたよりも"寒さ"というのが体の芯まで浸透する感じがして相当堪える。
他の女子は慣れているおかげか賢くも11月の頭からカーディガンを身に付ける子が散見出来た。男の頃には感じられなかった気温の機微が凄まじい。昨日はあまり寒くなかったからと、油断していたら大後悔、手足の末端がガギンゴギンに冷え極まって偉い目に遭ったとさ。
そんな波乱怒涛の11月を何とか生き延び、十二月某日。
スカジャン、オーバーサイズのパーカーに暖かさ重視のベロアパンツという、ファッション性の一切を排した完全防備で臨んだのは、クラスメートである菊池紗理奈の邸宅であった。
「八尋〜!!」
「うひゃあ!?」
ドアを開けた瞬間、菊池さんが手を伸ばしてきてパーカーを被る俺の両頬を掴んできた。スペースが空いたことで冷気が吹き込む。菊池さんの手は暖かい。
「うわっ、八尋のほっぺ冷たいな!?」
「手ぇ広げんなよ! 風入ってくる〜!」
「うわっ。捕まった」
パーカー越しに菊池さんの手を掴んで押え、そそくさと玄関の敷居を跨ぐ。再訪3度目の菊池さん家はすっかりクリスマスシーズン仕様の飾り付けがしてあった。家の中にでっけぇクリスマスツリー、欧米って感じだ。
「そんで?今日はどんな要件で私を呼んだわけ?」
「うんー。もう少ししたら分かるかなと」
「もう少ししたら?」
なんで勿体ぶる? 内容を聞かされずに廊下を進む。
冬休み入る前に「23日空いてない?」と菊池さんに尋ねられ、空いてるよと返して今日を迎えただけで何をするのか聞かされてないので全く予想も出来ていない。
まさか、笠原関係でなにか疑いをかけられてて拷問を受けるとか? たまらんなそれ、飼育の部屋じゃん。好きになったフリして脱走したろ。
女になったらやりたいリストの1つ、『クリスマス女子会』の実績を解除出来るのかなとも思ったが、呼ばれたのが俺だけという時点で女子"会"ではないし。こわたみこわたみ。
「ふむ」
菊池さんに案内誘導されるままリビングまで来ると、ダイニングカウンターにはボウルやハンドミキサー、計量カップやら。如何にもこれから洋菓子を作りますよ、とでも言うような道具が目白押しに出されていた。
なあにこれ? 夢色パティシエールってコト? 見てないなぁ、タイトルしか知らないよ僕。
「何コレ。クラスのみんなにあげるお菓子作るよ的なイベント?」
「え、すごい、よくわかったね? 正しくそのつもりだったんだけど」
「まぁじぃ?」
まさかの当たりかい。そういう女子居たよね〜っていう話でひと笑い取るつもりだったのだが、まじであげる側として参加するつもりなんや。そういうタイプなんだ? 意外な一面ですね。
「んー。でもどのタイミングで配るん? 冬休みに登校日はないべ? 部活とか補習組以外」
「その補習組メンバーに、小鞠も蝶田もいるし。てか補習組結構居るんだよ。うちのクラス」
「馬鹿ばっかってコト?」
「言い方やば。二年の二学期なんてそんなもんでしょ。で、そこにはうちの彼氏である海彦も参加してるわけだ」
「全ての点が線で繋がったよ」
なるほどなるほどなーるほど。そうだよね。あの菊池さんがそんな、誰にでも優しいお人好しキャラムーブするわけないわな。よかった、鳥肌を引っ込めよう。
「とどのつまり、愛しの海彦きゅんにそれとない流れでチョコなり何なりを渡して、それとな〜く『紗理奈って、お菓子とか作れるんやな』って思わせて、好感度アップを図りたいと」
「なんでそこまでっ!?!? 名探偵やん!?」
「ふっ。言っておろうが。私だって恋愛に関して全くズブの素人では無いのだよ」
「そうなんだ……! 前にそれ系の話した後、都子が『まあ実の所アレは見栄張っただけの嘘で、鹿狩くんには彼女なんか居なかったんだけどね』って言ってたからてっきり! 彼氏も一向に作らないし、そういうの全く分からない子なのかと思ってた!!!」
「うん。裏でそういうの話すのやめない? ちょっとだけ傷ついちゃったかもな、私」
ふん。"この世界では"未経験ってだけだもん! 人と付き合った経験くらいあります〜!
はぁ。肉体に引っ張られて脳みそも都合良く女化してくれないかな……。早く恋愛未経験処女というステータスを解除したいぞ。でも男と付き合う気とか全く起きないし……。
「で、そこでなんで私まで呼び出されるわけ?」
「え? いやいや。だってアタシお菓子なんか作れないし」
「まさかの指導要因。お菓子作りとか都子とか小鞠の方が向いてるでしょ、あの二人料理上手いし」
「二人とも彼氏持ちだしバスケ部やん。冬休みとか予定空いてないっての」
「確かに。あ、でも蝶田ちゃんは? 何となくお菓子作れそうな雰囲気しん? あの子」
「蝶田も彼氏居るし、それ系か知らんけど今日は空いてないって断られた」
「かーっ!! JCどもが色めき立ちおってー!! ほんのちょっとだけ羨ましい〜〜!!!」
「彼氏作ればいいやん」
「錬金術は修めてませ〜ん。てか男とじゃなくて女と付き合いたい!! 女の子とイチャコラした〜い!!!!」
「そういう趣味なん? あんた」
「私が元男だって事お忘れで?」
「あぁ、忘れてたわ。その設定」
設定じゃねぇ〜わ。まあ結局最後までちゃんと説明した事は無かったし、なあなあで流したからそういう設定を持ってたって形で落とし込まれてのは仕方ない事だが。今更ちゃんと説明する気もないし、まあいいや。
「八尋、お父さんが家にいない日とかは割と自炊するんでしょ? 都子から聞いたよ」
「何あいつ、私に冷たい癖に私の事めっちゃ知ってんじゃん。その通り、自炊くらいはするよ」
「じゃあそのノリで、お菓子とかでも作れるっしょ」
「手抜きの自炊と同じノリで作れる物でも無いと思うけどなー」
「あれ。じゃあもしかして、あんた選んだの人選ミス?」
「まーそうやね。別に菓子作り得意じゃないし。でも私も皆に配ってみたいし、一緒にべんきょーしながら作ろーぜ」
「お、やる気じゃん! いいねぇ、やろう!」
「おー」
てなわけで、手探りのお菓子作り女子会がここに開始された。
スカジャンを脱ぎ、菊池さんから受け取ったエプロンを着ける。新鮮だ、家で自炊する分にはエプロンなんか付けるわけないし。
他人の家で家庭科実習してるみたいでちょっとエモーショナルですね。しかも女の子の家ですよ? 羨ましかろーオタクども。俺も女だからそんなに恩恵は感じられないが、ちんちん失ってるし。
「それ、サイズどう? アタシが中一の頃に使ってたヤツなんだけど」
「ぴったり」
「チビなのにピッタリなんだ? 意外と太ってんの?」
「たわけがっ、違うわ! アイムノットデブ!!!! そう見えるだけだから!!」
「あー。胸か。最近大きくなってるもんね八尋」
「何故だかね……!」
なんか最近、胸が張るな〜って思ってからあっという間にバストサイズがぐんぐん育っている。液晶とまで言われたささやかな双丘に成長性が生まれたのは良い事だが、もうちょっとゆっくりでもいいんだよなぁ。重量が増すと動く度にパイ痛感じて機動力下がるから大概にしてほしいわ。
「さて、では先生。まずはどうしたら?」
「まず何を作りたいかを決めるべきじゃね? なんかあんの? 案。庵野秀明」
「うーん。皆に配る訳やし、クッキーとかパウンドケーキ辺りかなって思うけど」
「定番やね」
クッキーかパウンドケーキか。ラインナップがバレンタインだな〜、折角ならプリンとか作りたかったわ。バケツプリンとか。個人的に食べたいだけだが。
「じゃあメインはパウンドケーキ作ろう。で、余った具材をクッキーにすれば、材料を無駄にせずに済みそうだし」
「おー! ナイスアイデア! それ貰いっ!」
「しゃっ! じゃー早速」
諸々の用意を支持しようとしたら自信満々の顔で菊池さんがレシピ本を出してきた。
「用意してますよ先生〜、任せてください!」
「ん〜。天才! またとない平成のジーニアスガール!!」
お菓子のレシピ本かぁ。菊池さんが大さじ小さじの正確な分量とか、予熱あら熱の詳細とか、そういうレシピ本で省かれてるであろう部分を理解出来てるのなら百点満点の判断ですな。そういう最低限の知識があってやっと扱える代物だと思うからね、お菓子のレシピ本って。
本をペラペラ捲り、パウンドケーキのページを開く菊池さん。うん。そこでなんか動き止まった。理解に時間を要しているっぽいですね、初めて見た時はそうなるよね。料理系の本って。でもね、今から必要な工程ってそれ以前の所からなんですよ。
「じゃあまずバターの温度を常温にしましょっか」
「常温?」
「道具は用意してるけど具材は冷蔵庫に入れっぱっしょ? 作り始めて初っ端固いままだと上手く練れなかったり、卵と混ぜても分離しちゃったりするからさ」
「へぇ! じゃあ出してどのくらい待ったらいいん?」
「バターをまず出して、とりあえず軽く押して凹むぐらいの固さになるまで放っとこう。常温とか室温とか書かれてるやつよ。で、いい感じに柔くなったら卵を出して、冷たくないなってなる程度に置いて、それからクッキング開始だね。まあ一時間は置く事になるけど」
「一時間? それだとバター柔らかくならなくない? 結構柔らかくなるまで時間長いイメージあるけど」
「まあそうなんだけど、刃が通りやすくなったら細かく切ってレンチンするよ。溶かしバターにさえならなきゃいいからね。簡単な時短テクよ」
「……あんたも案外料理出来るんじゃん?」
「ん〜敷居低い。紗理奈、飯を作る時はすぐ調理できるように具材の下準備をする。それを先ず覚えような」
「う。は〜い……」
いい返事。叱られたと勘違いしたのかな? 殊勝だな珍しい。
レンチン調整めんどいし、本音は朝起きた段階で外に出しておいてほしかったが。まあまだお昼やし、時間は全然あるからゆっくりやらせてもらうか。
「よ〜っし。じゃあ早速、バターと砂糖を混ぜ合わせていくよ〜」
「おー!」
柔らかくするまで菊池さんと化粧品のアレコレトークを話していたら、なんか珍しく俺の知識が純正の女の子である菊池さんを凌駕していてびっくりした。女になってまだ美容系に手をつけて半年近くしか経ってないのに、余程菊池さんはメイクや美容に興味が無かったようだ。
それらに興味無いのに、言ってしまえば努力値は初期ステータスに近いのに目を引く程綺麗な顔面してるのは反則ではなかろうか? 本人も無自覚っぽいし、普通に少し悔しかった。ムキーッ! 天然美人は問答無用で敵です。
「混ぜる道具、機械のやつもあるけどどっちがいいんかな?」
「んー、飛び散ったりするのが嫌なら最初はアナログの方で少し混ぜ合わせて、全体的に少しもったりし始めたら電動のハンドミキサーに切り替えてって方が汚さずに済むかも?」
「おっけ!」
菊池さんと順番こっつにバターと砂糖を混ぜ合わせ、ハンドミキサーのフェイズになってからそれを菊池さんに託し、俺の方はちゃっちゃと放置していた卵を溶きほぐしておく。
「わっ、八尋なんかプロっぽ! マジであんた実は料理自信ある方でしょ!」
「そう錯覚してくれるようにわざとチャッチャカ鳴らしてるだけなんだよね〜」
「フリかい! 紛らわしいわ!」
「なんて言ってる間にそっちのバターいい感じにふわついたみたいやね。じゃ、この溶き卵をそこにぶっ込んで混ぜるフェイズだ」
「了解!」
そう言うと、菊池さんはバターが入ったボウルをダイニングカウンターに置き、俺から溶き卵を取ってボウルから直接注ごうとした。いいね、男の料理って感じだ。家庭科実習でやったら同じ班の女子に嫌がられるぞ、マジで。
「待って待って。そのまま投入は科学的に無理だよ。不可逆リプレイスだよ」
「え? マイファス好きなん? 八尋」
「ん、好き! で、バターは油、溶き卵はほぼ水ですよ? 水と油、溶けねえって」
「そうなん? でもこの二つ合わせるんしょ」
「水の比率を少なくして油側に混ぜていかないと分離しちゃうんだよ。このスプーン使って、掬った分を少しずつ混ぜ入れてって」
「少しずつって?」
「1さじずつ。だから1回掬ったら混ぜて、水気が無くなったらまた掬ってってやってけばプロ。神レベル」
「時間かかんない? それ」
「いいよいいよ。今からオーブンの方予熱するんやし」
「予熱?」
「えぇ……? 家庭科1? 流石ちょっとやばすぎでしょ紗理にぎゃああぁっ!?」
こめかみ辺りを掴まれ、力いっぱい握られた。いやー、ツッコミにしては火力が高いなあ。顔面の形がバーバパパみたいになっちゃうよ。
そんなこんなで180度に設定し40分ほど予熱。ここまで高めに設定しておけば扉を開けても一気に温度が下がりすぎることも無いだろう。しっとりとしたパウンドケーキ作りにはこういう細かな技巧が必要なのだ。いや知らんけどね。
「どう! 八尋!」
「んー? おっ。え、全然ダマになってないじゃん!? めっちゃ上手いやん紗理奈、マジ!?」
笠原への贈り物を作りたい、そんな可愛い乙女心を優先して卵を混ぜ合わせる係を託したわけだが、正直どうせ雑に混ぜたり一気に卵入れたりしてダマを量産するんだろうなとタカをくくって湯せんの準備してたのに、見てみたら信じられないくらい綺麗な生地が出来上がっていた。
丁寧にやってるだけじゃこう時間調整も出来まい。普通に才能あるやんこの人、テキトーに教えても勝手に1人で完成まで持ってけそうだな。
「そ、そんな凄いことでもないでしょ。混ぜるだけやし」
「いやいや、初回でここまで綺麗に混ぜられたらそりゃもう、コレ、ありますよ」
力こぶを作りパンパンと叩いて"腕"があると言ってやると、菊池さんは照れくさそうに「大袈裟だわ」と笑った。可愛い女だなコイツ、ちんちん付いてたら寝取りたかった所じゃ。
「んじゃ、このパウダーフリフリマシンを揺らしながら生地に満遍なく粉を振るい入れて、このヘラで縦に切るように生地を混ぜ込んで行こうか」
「なにそれ」
「魔法の粉」
「魔法の粉? ……麻薬的な?」
「入れるかぁ。贅沢すぎるやろ。希釈しちゃうわ」
「斜め上のツッコミやめなね八尋。で? これは?」
「薄力粉とベーキングパウダーの混ぜ物だよ」
「固めるやつ?」
「多分そう。知んないけど」
「適当だな……」
言いながら菊池さんはお願いした通り、粉振るいを使って粉を生地に入れると、ゴムベラをザクッと入れて縦に引き切って持ち上げる。
「……紗理奈、ちょっといい?」
「ん?」
後ろから紗理奈の両手を掴み、落ちないようにボウルをカウンターに置かせ、そのまま紗理奈の手を俺が操作する。
「ゴムベラを色んな角度に回して混ぜるんじゃなくて、ボウルを少し傾けて、ボウルの方を回しながら切った方が手早く混ぜれる。こうやって」
「おー、本当だ!」
「切るようにヘラを入れたら、掬い取って生地を置く。回して、同じように切ってを繰り返す。うん、そんな感じ! 上手い上手い! グチャっと練り潰さないよう気を付けて〜」
菊池さんは手間取りながらも一生懸命に生地を混ぜていく。いい調子だ、直接やり方を教えた為か感覚を掴むのが早い。これを機にお菓子作りを趣味にするゆめかわ女子に進化してもいいんだぞ、菊池紗理奈よ。
「チョコのトッピングは全体に散らすような出来上がりが良い? それとも、上に飾るように乗っかってる感じの出来上がりが良い?」
「あー、全体の方がいいな。そっちのが食べやすそう」
「りょ、それならこの具材は今投入しちゃおうか」
予め砕いておいたチョコをパラパラと生地に投入する。
「しっかり混ぜた方がいいかな?」
「いや、あと二周回し混ぜたら、もう焼きに入ろう。混ぜすぎても良くないからね、粘性が増して容器に引っ付いちゃう」
「なるほどなるほど……」
ピッピーと、予熱が終わったよ! というのを知らせるアラームが鳴った。いいタイミングですね。容器を用意し、ボウルから生地を取って容器に移していく。
「ここでもなんかコツとかある?」
「んー。焼き上がると生地は膨らむから、真ん中は谷になるようにすり鉢状? に生地を入れていこう」
「分かったー。てか、やっぱり八尋、菓子作り慣れてない?」
「慣れてないよ」
「いやいや。レシピ本見てないじゃんあんた」
「見たよ、分量をそれぞれ最初に取っておく為に。そこから先は難しい工程無かったっしょ?」
「いやいや。見なきゃ分からないような工程ばかりでしょ。アタシに取ったら頼もしすぎだよ。先生に付きっきりで教えてもらってるみたいやった」
「センセーねぇ。1番私に向いてない仕事だね」
「それはマジだね」
「あれっ。なんで上げて落とす〜?」
「あんた絶対真面目に授業するの序盤だけで、途中から飽きてほとんど自習にしそうだもん」
「私もそう思う」
「思うんかい」
そりゃあ毎年毎年、教えたことをすぐに忘れるようなキッズ達相手に同じ内容の授業をするとか苦痛すぎるしね。耐えられるわけが無い、ストレス発散の為に憂さ晴らしで生徒に八つ当たりするまであるわ。
容器を三つ入れて焼き始める。とりあえず10分にアラームをセットし、残る二つの容器を用意し一旦小休憩。
「紗理奈は教師をするとしたら体育教師だよね」
「アタシ? なんで、陸上やってるから?」
「うむ」
「安直すぎない? てかアタシ、陸上以外そんなにした事ないし」
「前にサッカーした時めっちゃ上手かったじゃん。男子と混合でやった時もサッカー部以外は圧倒してたし」
「でもバレーとかバスケじゃ都子に敵わなかったよ」
「都子はバスケ部だしスタメンだし、逆に言えばそれ以外の子らより上手いってなるからやっぱオールマイティじゃない? 紗理奈って」
「ま、昔っから体を動かすのは好きだったし。スポーツであんまり不得手は無いかもね」
「頭も良いしね。まあ勉強に関する事以外はイマイチだけにぎぃやぁぁぁあっ!?!?」
また顔を握られた。なんなのこの人、ゴリラなの? 女子プロレスやれよ、天下取れるって。
「てかさ、八尋はなんで体育でも、それ以外の授業でも、イマイチな感じの成績しか出さないわけ?」
「んん〜〜?? なになに、嫌味ぃ???」
「じゃなくて。あんた、わざと手抜くじゃん。なんで?」
「えー? 私はいつだって人並み頑張りマンだよ」
「なんだ人並み頑張りマンって。あんた、遊びでやるスポーツはめっちゃ上手いじゃん。勉強も、小鞠や蝶田に教えるならまだ分かるけど、都子に教えてる時もあるし」
「んー……」
「どう考えても手ぇ抜いてるっしょ」
ズズズ、と頂いたホットリプトンティーを飲む。あったかぁ、内蔵が温められていくよ。
「真面目に答えるなら、最低限高校進学出来る成績取ってりゃなんでもいいしって答えしか返せないけど」
「うわっ、無気力な奴。そんなやる気無さげキャラだっけ、八尋」
「やる気無さげってか、可もなく不可もない普通な奴って一番親しまれやすいやん?」
「そうなん?」
「そうなん。人間って仲良くする基準の頭に同類が来るくらいの社会性動物なんだぜ? より多くの人間と仲良くなろうと思うなら、コミュニティの平均値に居座るのが一番っしょ」
「はあ。そんなに沢山の人と仲良くなりたいんだ。友達100人できるかなってやつ?」
「そこまで考えてないけど。当たり障りない奴とか特別じゃない奴って、色々都合良いんだよ。ま、私の話はどうでもいいっしょ。次は小鞠が教師になったらって考えよーよ」
「なれないでしょ。何が得意科目なのさアイツ」
「言い過ぎなんだよなあ」
否定はしないが、あまりにもぞんざいな扱いに笑ってしまった。アベレージ低空飛行だもんな、朔月さんの学業成績は。
「アレちゃう? それこそ皆と仲良いし、副担任とか保健室の人とかそういうポジション」
「あー、いいなそれ。アタシの思ったイメージもそんな感じだわ!」
「担任の教師って何故か見下されがちだから、敢えての副担任よね」
「見下されがちはよく分かんないけど。うん、小鞠は副担だわ」
「じゃあ都子は?」
「都子はー……性格とかで考えたら、数学っぽくない?」
「生徒目線で見たら怖い系に分類されるタイプだもんなー。社会科のひょうきんなおじさん先生の対になる存在でもあるかもしれん」
「確かに。あと、英語の先生とか?」
「わーわかる! 授業中喋ってる奴を起点に文読ませて来そうだもんな〜ティーチャー都子。略してティミコ」
「それ、目の前で言ったら殴られるよ八尋」
友達が教師をしたらなんの担当教員になるのか話し合っていたら料理タイマーのアラームが鳴った。中から一旦生地を取り出す。
「それで完成? なんか色が……」
「まだまだ、全然生焼けですよ」
「ならなんで出したん?」
「中に熱を通しやすくするギミックがあるんじゃな」
ナイフを使って生地の真ん中に切れ込みを入れる。三つの生地にその処理をし終えたら再びオーブンに入れて、再び160度で温め開始する。
「なんで切れ込み入れるん?」
「ほら、鍋に入ってるキノコとかよく切れ込み入ってるやん?」
「それと同じなの?」
「似たようなもん。こうすると熱が中に浸透しやすくなって、生焼けになり難いし焼き上がりまでの時短になるんよ」
「へぇ〜。じゃあ後は待つだけ?」
「マツタケ!」
「おもろそのギャグ」
「なら表情ピクリとくらい動かしてね??」
菊池さんは棒読みで「あっはっは」と笑う。優しいなあ、気を使われてるや。
なにか雑談でもして待ってようかとも思ったが、菊池さんの方を見てみると、彼女はオーブンの扉の前で中身の焼き上がりを今か今かと見つめ待っていた。ソワソワしてるのが伝わってくる、初めてのクッキングなんだもんな。
「出来上がり楽しみだね、紗理奈」
そう言ってやると、菊池さんは俺の方を向き、少しだけ顔を赤くした後にまた目線をオーブンの方に戻した。
「ありゃ? 楽しみじゃない?」
「楽しみだよ。……でも、あんたがニヤついてるのがムカつく。アタシが菓子作りの事何も知らないの、そんなに面白いかよ」
「あはは。初めてなんでしょ? 知らないのが普通じゃねー?」
「……」
菊池さんは何も言わない。あれま、照れちゃうと無言になるタイプか。普段の菊池さんのイメージとは全くの真逆だな。そういうのもアリだな、萌えみ高いわ。
しばらくして中身が焼き上がる。余熱で少し置いた後にそれを取り出し、試食用の一つを切り分けて小皿に乗せ、実食の時間がやってきた。
「見栄えはマジで綺麗だよね。これだけで私としては百点満点なんですけど」
「味も伴って無かったらハリボテだろ。まだ安心出来ないよ」
「ストイックだなぁ紗理奈は。ま、でも味も美味しかったら鬼に金棒なのは間違いない。頂きましょっか」
「……うん」
菊池さんと二人で頂きますをし、出来たてホカホカのパウンドケーキを頂く。
うん、うーん。悪くない。口当たりは冷ましてないから柔らかくてパウンドケーキ感は無いが、具材の配当がベストだったのか味が濃厚でチョコの甘みもちゃんと引き立っている。
全然これなら成功だ、初めてなら尚大成功だと言っても過言じゃない、菊池さんの反応や如何に。
「うっま……!」
菊池さんも予想を大きく外した美味さだったのか驚いたような顔で咀嚼している。よかった、喜んでるっぽいな。初めてがコレとか、人生における結構なランク帯の成功経験だ、後世永遠に自慢できるよ。菊池さんの将来にパン屋やパティシエを打診するのも近いのかもしれない。
「美味しい……けど、これってほとんど八尋が作ったようなもんだよね」
「え?? なんで? 私ほぼ手ぇ付けてないよ?」
「アタシ、ただ言われた事やっただけじゃん」
「んー……」
まあ、指示は確かにしたけど。でも、そんなの全然関係ない、作ったのは主に菊池さんなんだし、それは自分の功績として誇るべき事だ。俺なんか正味汚れるの嫌だし調理部門はほぼ全部一任したわけだし。
「アレやってコレやってって言ったのは確かにそうだけど。でも、それでも作ったのは紗理奈だろ? 私は口だけの女ですよ、紗理奈の丁寧さ、器用さが無きゃこんな美味しくはならないよ」
「そんな事ない! 八尋が居なきゃ作れなかったよ絶対! 正直本見てもサッパリだったし!」
「あはは! じゃあこれから本読んだだけでパッパカ作れるように、もっと色々作ってこうぜ? したら自信もつくっしょ? もっと誇ってもいいし卑屈になってんの、紗理奈っぽくないし!」
「別に卑屈にはなってねぇよ?」
「にぎゃああああっ!?」
顔を掴まれる。もうね、なんなのこの人。握力100超えてんじゃないかな、そろそろ頭蓋骨粉砕されそうだから程々にしてほしいな。
「あのさ、八尋」
「待ってね。眼球の位置直すから」
思い切り握られたこめかみを抑えながら呻いていたら紗理奈が物珍しく控えめな口調で声を掛けてきた。冷やしたいなあ、こめかみ。痛いなあ。
「いいよ。何? クッキー作り、始める?」
「ううん。今日はパウンドケーキだけでいい」
「そ? まあ材料はちょうど使い切れそうだしそれでもいいけど。で、何?」
「うん」
菊池さんは顔を赤くして1度目を逸らす。愛の告白かな? よし、OKをする準備をしよう。ごめんね笠原、おめーの彼女頂きやす! ぐへへ、強気な女は尻が弱いって俗説、ガチなのか試しちゃお〜。
「今日は、ありがと。文句も言わず付き合ってくれて」
「そんな事かぁ〜っ!」
「そんな事って。感謝してやってんだし、素直に受け取れよ」
「感謝する側の態度じゃなさ過ぎない??? ……ぷっ、ははっ。ん、全然いいよ」
気にする事じゃない。例え結構な時間を取って教えたとして、例え失敗をフォローする事になったとしても、"友達"の枠組みにある相手の為になるんだったらそこに苦痛なんて介入はしない。尊び、快く受け入れるべきだ。
どんな物語であっても、結局はそういうものなのだと結論づけられているのだ。それなら、俺が菊池紗理奈に言うべきは一つに決まっていた。
「私ら友達っしょ? 気にしなくていいよ。紗理奈が困ってたら、どんな事でも私が助けるからさ」
「八尋……!」
おっ? なんか菊池さんにハグされた。欧米だねぇ、日本じゃあんまり見ない表現だ。この人ハーフなんかな? それかそういう文化が浸透してる家庭なのかしら。
その後、残りの分を焼き上げ、俺と菊池さんは友達として色んな話をしあった。うん、いい感じだ。違和感無く女子中学生の鹿狩八尋をやれている。確かな実感を掴んだ俺は、この感覚を忘れないよう密かにスマホにあった出来事をメモし、菊池紗理奈の家を後にした。