子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
笑い声が聞こえる。
昔見た映画ではこういう状況の時、周りは静まり返って被虐者の反応を見て楽しむ生徒達、という姿が描写されていたと思うが、現実はこれでもかという程にシンプルに、俺に悪意をぶつけてくる相手が分かるよう嘲笑う声が響いていた。
『死ねビッチ』『消えろカス』『気持ち悪いよお前』『オトコオンナ』『馬鹿狩』『お前の席ねーから』『誰がお前の事好きなん?』『失せろ』『去ね』『発育障害』『キチガイ』『痴女』『肉便器』『援交女』
机の板に書かれた色とりどりな罵倒の数々。うーん、たまら〜ん! 僕泣いちゃうよ? 所々ちゃんと"効く"悪口が書いてあって泣いちゃうよ〜???
柳瀬川さんを初めとしてクラスの準一軍とでも呼べるポジションの女子と、そこいらと仲の良い男子が俺を見て笑っている。分かりやすいな、少しは誤魔化そうと考えたりしないのだろうか? 対象が1人ならそんな物なのか? よく分からん……。
てかこれ、消さずにそのままにして担任に見せたらどうなるんだろう? 試してみよっかな。
「おはよ、鹿狩」
「ん? え、紗理奈?」
先生にチクってやるー! って気概で悪口の数々を無視して普通に席に座ってスマホポチポチしていたら菊池さんに話し掛けられた。明らかにいじめを受けてる相手に普通に話しかけるってマジ? 朔月さんですら俺の挨拶をスルーしてきたのに? いい人ぉ、俺一生この人について行こうかな。
「そろそろ先生来るから。それ、消したら?」
「え? なんで? 先生に見せつける為に残して」「いいから消せ」
………………ん〜!
なるほどなるほど。主導者、この子っぽいなぁ〜! 菊池さん、一片の迷いもなく俺の顔に雑巾押し付けてきた〜! くちゃ〜い!!
マジか。憎まれすぎてるやん俺。え〜……? 彼氏云々の話で人の顔に雑巾押し込むくらいまで相手を憎めるもんなん? それまで友達だったのに?
分かんね〜。最早人間と呼ぶのも怪しいくらいテンプレートに情熱的な女だなこの人。こっわぁ〜。
「……酷いや」
「泣き真似しても無駄だから。早く消せよ。教師に見つかったりしたら、面倒くさいじゃん」
「面倒いならやめたら〜? 一々私より早く登校して悪口書くの、無駄な時間使ってると思わないん?」
腹を蹴られた。マジ? 女同士なのに? 腹を蹴られるマジ? 丁度脇腹に上靴の先が当たったせいで少し息が詰まった。
「調子乗んなブス。ほら、早く消せよ」
「……はぁい」
「っ。まだ生意気な態度出来るんだ、あんた」
うげっ!? 髪の毛を掴まれて机に顔面を押し付けられた。
「いだだっ、ちょっと! さ、紗理奈っ」
「舐めろよ」
「!? 舐める!? それは流石にキモイのでは!?」
「あんた自分がキモくないとでも思ってんのかよ」
紗理奈のそんな言葉に、野次馬ガールズが「そうだそうだー」と背中を押す声を掛けた。
参ったな、誰も彼も無視を決め込むみんなは俺と目が合うとそっぽを向くしどうしようも無いや。朔月さんでさえ頑張って知らんぷり。蝶田ちゃんも今泉さんも同様。アットホームな教室ですね。
「さっさと舐めろ」
「……やだ。ぶむっ!?」
また雑巾を顔面に押し付けられた。というか、雑巾を鼻の穴とか口にねじ込まれそうになる。
濡れ雑巾だから汚れと生乾きの匂いが強く鼻腔を刺す。
しんどい。どのくらいしんどいのかと言うと、油断すればゲップを1つ通り越してゲボを吐き出せそうな、そんなしんどさが喉奥を刺激する。
「わ、分かった! 舐める舐める!」
そう言うと、菊池さんは俺の髪を離してくれた。嫌だなぁ、机を舐めるの。無様過ぎるもんなぁ。
「うわっ! 本当に舐めてるー!!」「キモーイ!」「動画撮っちゃお〜」
野次馬ガールズが口々にそう言い、笑いながら動画を回している。ネットにでも流されたらどうしよう、頑張って芸能人になっていじめられた過去でも語ってやろうかな。感動物語の1つくらい拵えたいものだ。
「いや、漫画じゃねぇんだからさ……」
時はとんで4時限目。給食を直前に控え警戒を怠らないようにしていたが、授業が体育館での柔軟体操だった為隙が出来てしまっていた。上履きの中に画鋲が仕込まれている。しかもテープでしっかりズレないように固定されてる。痛いだろ、これはライン超えだろ。
「鹿狩さん。どーうしたのっ」
「……柳瀬川さん」
今度は菊池さんではなく柳瀬川さんが近付いてきた。ま、菊池さんなら流石にここまでの事はしないだろうと考えてはいたが、わざわざ近付いてくるって事はこれをやったのは柳瀬川さん? なんでだろ、血ぃ流すくらい憎まれるほどの事をした覚えは流石にないぞ。
うーん。でも、どうしたのって言ってきたってことは、あくまで画鋲の事は知らない体で話し掛けてきたって事だよな?
それなら素直に「どうしよう〜、困った〜」とでも言って逆に助けを求めてやろうかな。シンプルに素知らぬフリするタイプのいじめっ子がどんな反応示すのか気になるし。
「柳瀬川さん、聞いてよ〜。なんか私の上履きに画鋲が入ってて……」
「え〜? わ〜! 本当だ〜」
「酷いよね〜? 例えどんな悪い奴相手でも、怪我する程の事をするなんて人でなしのやることだよね〜? 心があるとは思えない所業だよ〜」
「……あはは。そうかなぁ? 何事にも限度ってのはあるんじゃない?」
「わかるっ! 限度はあるよね〜。血ぃ流す、流血沙汰なんて遊びとかの限度超えてるもんね! 大人の人が見たらどんな反応するかなぁ〜???」
「……」
ニッコニコの笑顔を作ってそう言うと、柳瀬川さんは少し考え込むように黙った。おいおい、人の上履きに画鋲入れるような奴が、マトモに物の善悪を弁えてるかのような葛藤を見せるのは辞めてほしいな。
「……じゃあ、怪我すると良くないから裸足のまま教室に戻りなよ」
「いやそうはならんでしょ」
「何、文句あるの?」
「文句ないと思ったぁ……? 意味分からんでしょ、画鋲取ればいいじゃん」
「ダメー。怪我しちゃうかもしれないでしょ?」
「いやいやいやいや。怪我なんかしないっての」
上履きに貼り付けられた画鋲を取ろうとしたら、その上履きごと柳瀬川さんに奪われる。
「何。返してよ」
「んー? 知らなーい」
そう言うと、柳瀬川さんは俺の上履きをロッカーの上に置いた。
……クソ。身長が低いから微塵も届く気しない。うざったぁ。
「ねえ。これいじめじゃない? なんでこんな酷い事すんのさ」
「自分で考えれば〜? 私はどうでもいいんだけど、皆鹿狩さんの事嫌いっぽいよ? 皆に嫌われるなんて、大したもんだね〜」
「……」
まじかー。皆、かぁ。よっぽど俺の性格が悪かったとして、恨まれるようなことをした相手なんて数人くらいしか身に覚えないけどなぁ。何をしたらあんま知らん相手に嫌われられるのかな。俺、無意識の内に人殺しでも冒したんかぁ?
「まさか、紗理奈の事でこんな目に」
「はん。どうだかね」
そう言うと、柳瀬川さんは俺の事を押し退けて、上履きを履いて下駄箱から消えていった。一々体を当ててこなくていいのに、悲しいなあ。
給食の時間になり、トイレに行って戻ってきたらスープの中に消しカスと鉛筆の削りカスと思しき物が入っていた。パスタにかかっている黒いのも、胡椒だけではなくそういう異物なのかもしれない。そんな風に思わされた。
今泉さんに何か聞こうと思ったが、今泉さんは自衛のためか俺から少し席を離し、目を背けていた。賢い子だ、これなら暫くは安心できる。
5限の授業中に筆箱が消えた。大した物は入ってないし気にもしなかったが、6限中に発見出来てしまった。俺の筆箱は黒板の上に乗っていた。……また取れない所だ、放置する事にした。
6限中、笠原とそのツレの不良男子一人に呼び出されてトイレまで行った。ぶち犯されるのかなぁ!? と心臓バクつかせながらついて行ったが特に何もされず、着いて来いと言ってきたくせにソイツらは俺の事を一切無視してきやがった。
……こうなった事の発端には笠原も絡んでるのに、全くもって知らんぷりだ。ちょっとムカつく。
教室に戻ってくると、椅子に写真が貼られていた。写真というか、合成画像だ。俺の顔が切り抜かれて、AV女優の顔と差し替えられている、滑稽な写真が俺の座る椅子の板に貼られていた。
授業が終わると菊池さん、柳瀬川さんを初めとする女子連中に連れられて女子トイレまで連れて行かれた。水でも掛けられるのかと思いきや、そこまで酷いことはされないようだ。なんでも、『散髪』をしてくれるとの事だった。
「鹿狩さんって普段ですら反応薄いからね〜。これくらいしないと意味ないでしょ」
そう言いながら、クラスの女子が文房具のハサミを持って俺の髪を掴んだ。この子、前に理科の授業で班が一緒になった時に飴ちゃん分けてあげたんだけどな〜。そんなちっちゃな徳じゃ同調圧力を覆せないか〜。性善説を心の信仰にしていてよかった、本当に。
「あまり目立たないようにしてよ。先生にバレたら何言われるか分からないから」
「大丈夫大丈夫。鹿狩さんだって、ハゲって思われるのは嫌でしょ? 髪を持ってくればバレないようにするからさ〜」
そんな事を言いながら、その女子は俺の髪で束を作り、根元に近い位置でバツンと散髪をしてくれた。でも、このくらいの量ならハゲにはならないというか、頭皮に指はつかないぞ? ってくらいの長さしか切っていなかった。まだ少し抵抗があるのかな? 優しい子だな。
女子は俺から奪い取った髪の毛を飲みかけのペットボトルの口に入れ、ハサミで切って短い髪がペットボトルの中の液体に沈んでいく。それを何度かチョキチョキと繰り返すと、不意に俺にそのペットボトルを差し出してきた。
「はい、鹿狩さん。あげる」
「……? いらない」
「ん〜?」
誰かに髪を掴まれて、洗面台の蛇口の下に顔を持ってかれると、勢いの強い水を出される。
バシャシャッ! と水を出され、顔を濡らさせられる。ナチュラルメイクでよかった、厚化粧してたらすごい顔面になってたね。
「口答えしないでねー? 自分の立場弁えよっか、鹿狩さん」
「ごほっ、ごほっ。……なに、私の立場って」
「菊池さんの彼氏を奪ったクズ女。尻軽の性悪女。悪者だって自覚してんならさ、もうちょっとそれらしい態度とかあるでしょ?」
「だから、奪ってないって。勝手に勘違いして勝手に」「退いて」
菊池さんに髪を掴まれ、今度は強引に蛇口を口に突っ込まれる。
「ごぶっ!? ガッボバババッ、ゴボッォッ!?」
MAXまで捻られた蛇口の激流が口の中を満たしていく。逆流して口から零れさせても尚量が減らせず、呼吸するために大量の水を飲み込めば食道から腹にかけて冷たい感覚が走っていって、腹に水分が溜まりすぎて中身を吐き出したくなる衝動に駆られる。
「ヴッ、ォ、ボッ! ……っ、オゲェッ!!?」
で、まあ、当たり前っちゃ当たり前に。大量の水と一緒に吐瀉物を吐き出す。
ほとんど水だから透明に近いが、時々黄色や白の混じった吐瀉物が口の中から連鎖するように出てくる。それを見て周りは笑っている。喉が痛い、腹が空いていく感覚が気持ち悪い。マーライオンなんか目じゃないくらい、激しい嘔吐を繰り返す。
「ハァッ……ヴッ、ぅ、ぉえ。はぁ、はぁ……」
「きたな。気持ち悪。給食全部吐き出してんじゃん」
「……当たり前だろ、こんな事されて」
「口答えすんなよ」
「っ!? ちょっ、紗理奈っ! 流石にそれは嫌だからっ! 辞めろっ」
「っ!! あんたら、ボーッとしないで手伝えよ!!」
菊池さんが、洗面台に残った俺の吐瀉物に顔面を押し付けようとしてきた。必死に抵抗してると、傍観者に徹していた他の連中に声を掛けた。
「い、いや。さすがにそれはやりすぎじゃ」
「は? 何」
「なんでもない……行くよ、皆」
おい、負けんなよ。頑張って論戦しろよ、そんなんだから菊池さんと同じ一軍になれないんだぞ君ら。
結局、数人がかりで抑えられ、俺は自分の吐き出した吐瀉物の流されなかった部分に顔面を突っ込まされた。いやー気持ち悪〜い。泣いちゃいそう。てか、ちょっとだけ涙出た。うぅ、悲しいよぉ。
「くっさ。きったな。皆行こ、こんな奴と一緒に居たら私らまで臭くなっちゃう」
柳瀬川さんがそう言って、野次馬ガールズを引き連れてトイレから立ち去っていく。残された菊池さんも、俺に「死ね」とだけ言うと、トイレを後にした。
顔や髪に練り込まれたゲロを落とすために蛇口を捻り、水を流す。途中、事情を知らないであろう女子が数人入ってきては俺の事を引いた目で見てきた。どうしたらいいの、俺悪くないよねぇ?
1日経ってもいじめは止まない。当たり前か。ただ、一日目に受けたやつは流石にスペクタクルが過ぎたのか、幾分かマシなものしかされなかった。
基本クラスメート全員が俺の事は無視。居ないものとしているため、俺が居ても関係無しに突っ込んできてはぶつかってそのまま歩き去っていくし、ものをパスするみたいな遊びのくだりで俺にものをぶつけてきたりする。
先生のいない所では俺に聞こえるように悪口を言われ、いる所ではなにかする度にクスクスと笑う。
足をかけられたり、後ろから蹴飛ばされたり、髪の中に消しカスやホッチキスの芯を入れられたり、文具やノートや教科書類を壊されたり。散々な目には遭ったが、この位ならまあいいかって程度の事を沢山された。
その翌日も変わらない。翌々日も、一週間経とうと皆飽きもせず、俺の事をいじめて、無様にして、嘲笑う。
日数が経つと、段々と蝶田ちゃんも俺へのいじめに参加するようになった。最初無視するだけだった朔月さんも、周りに言われて俺からノートを奪ったあたりから、可愛げのあるからかいをするようになった。
ジリジリと少しずつ、教室という環境が俺にとっての監獄に移り変わっていくのを肌で感じる。
ほとんどが敵だ。敵じゃないにしても俺を居ないことにしている連中か傍観者しか居なくて、段々と学校で口を開く回数も少なくなって行った。
……まあ、中学生だからしかたない。でも、どうしても一つだけ、納得できないことがあった。これは、女になったからこそ抱いた、特有の感情なのかもしれない。
「佐藤」
いつも通り、学校の中庭の池に捨てられたノートを回収している最中、タバコを吸いに行く途中の佐藤を見つけた。
いじめを受けてる間、佐藤は何も言ってくれなかった。周りにも、俺にも。俺を無いものとしている連中と一緒に、まるで枠の外にいるかのようなスタンスで、ずっと無視を決め込んできたのだ。
「樹利っ!」
「……んだよ」
一度目の呼び掛けに反応が無かったので、意を決して大声で名を呼びながら腕を掴んだら、今度は反応してくれた。
空は今にも落ちてきそうなくらい重たげな鉛色で、それを背景に俺を見下ろす佐藤の目には、俺に首ったけになっていた頃の名残は一切無かった。
「なんで無視すんの」
「……」
佐藤は何も言わない。
「なんで、会ってくれないの」
「……」
やっぱり何も言わない。強く手を握る。
「なんで助けてくれないの」
「……」
「……っ! こっち、見ろよっ!!」
力任せに佐藤を引っ張ってこっちを向かせる。俺の怒号が響くと、ポツリ、と雨粒が落ちてきて。それに続くように、冷たくて、重くて、痛い五月雨が全身を打ち付けてきた。
雨に濡れたまま、全身ずぶ濡れになりながらも、佐藤は俺の目を見ない。
「なんでっ、何もしてくれないんだよっ!! 俺のっ! ……私の。私、の、事……好きなんだろっ? ねぇ、樹利、なんでこっち見てくれないんだよっ!!」
「……」
「樹利っ!!!」
「……いい加減にしろよ」
そう言って、佐藤は俺の腕を弾いてきた。
肩を押され、力なく尻餅をつく。
「笠原の事、聞いたぞ」
「ちがっ! あれは誤解で!!」
「笠原もそう言ってた。菊池紗理奈は信じなかったけどな。信じなかったけど、でも好きだからとかで、『お前に冷たくするんだったら許す』ってな条件を出して、許してたよ。笠原の事」
「……」
なんだそれ、悪者は俺一人かい。まあ、笠原に冷たくされたところでどうでもいいが。
「でも、だったら……ううん。それだけじゃ身の潔白は証明出来てないかもだけど、でも、私はっ」
「笠原だけじゃねえだろ」
「えっ……?」
「お前は、松前に裸を見せてた」
それは、いつぞやクラスメートの本田さんが言っていた俺の黒歴史だった。
「でもっ、それは樹利と付き合う前の話だし、てか自分の意思で見せたわけじゃない!!」
「……」
「あれは事故だったんだよ!! ほんのちょっとからかおうとしたら、その、服の袖を引っ掛けて……だから、あれには私の意思は介入してないし、見せようだなんて思ってなかったし!!」
佐藤は俺の言葉になんのアクションも示さない。対する俺は何を必死に、雨に濡れながら声を荒らげているのか。対称的な姿を俯瞰して見てみると、なんとも滑稽な光景すぎて我ながら笑いが零れそうになる。
手が震える。きっとそれは寒さによるものだ。こんなにザンザン降りな中で、全身を濡らしているんだから体温は冷えるに決まってる。
佐藤の方に歩み寄る。震える手で、佐藤の手を掴もうとする。それは単に生物としての当然の反応で、冷えた手を温めるために熱の移動を促そうとする行動から来るものであって、決して精神的なものでは無い。
「お前、廻君や咳渡君とヤッたろ」
呼吸が、止まった。
「……えっ? なん、いや……ちがっ」
「バレないとでも思ってたのかよ。知ってたよ、俺ん家に来る度、お前が俺のスマホを触ろうとしてたことくらい」
「違うのっ! 聞いてよ佐藤っ、それはっ!!」
「触んな」
反射的な抱きついてしまったが、それを振りほどかれ、雨濡れの地面に倒れ込んだ。
「俺が警戒心強いからなかなかスマホを弄れなかった、だからお前は俺の家に入り浸ってた。違うか?」
「それは、そう、だけどっ」
「やっぱりそうかよ。じゃあもう今更話す事なんか」
「違う!! 誤解だから!! 廻君たちとはそういうのじゃないんだって!! 絶対言っても信じないから言わなかっただけで、秘密にする気だって本当はっ!!」「うるせぇなあ!!!」
佐藤に鞄を投げつけられる。肩に当たっただけでそこまで大したダメージは無かったけど、ここまで強烈な拒絶をされた事に信じられない気持ちになり、佐藤の方を見る。
佐藤は、今だに俺の事を見ない。見てくれない。
「佐藤、やだ……嫌だよぉ」
「……」
「謝るから。俺が、悪かったから。だから、捨てないで」「お前、俺の事なんか好きじゃなかったやろが」
その言葉を聞いた瞬間、足元がぐらつくような感覚に襲われた。
「人の好きの感情を性欲だなんだと言ってたけどよ。それはお前の方やろが。キスが上手かったから、体の相性が良いから。……お前にとって、顔が良かったから、比較的目立つ人間やから。やから付き合っとったんやろ。どこに愛があんだよ。俺はお前のアクセサリーか」
「そんな事」
「そんな程度にしか思ってなかったやろ。てか、お前本当に感情あるんか? 人の真似してるだけやろ。心でなんも思えんから、感情が追っつく追っつかん以前に、そもそも感情の機微なんか無いから、ここではこうすべきやって反応を見様見真似でやってるだけやろ。胡散臭いんじゃ、全部」
「……違う」
「今だってそうじゃ。泣きそうな演技は雨の中なら簡単やろ。無理して涙流す必要ないもんな? ただ決められたように声帯震わして、体の奥の方で力入れて無理やり手やら足やら震わして、泣いとるように見せかけとるだけやろ。偽物なんじゃ。お前は。全部偽物。俺を好きって言ってた物だって、全部全部、他人から借りただけの中身のない女なんじゃお前は!!!」
「……」
俺だって、人並みに傷つく事はある。本心から泣いたりもする。後悔だってある。人だって好きになる。それなのに。
……それなのに、そんな風に言われるだなんて。心外だ、と言えれば良かった。
さっき俺は、声を荒らげさせながらも、この状況を俯瞰して見て、ほくそ笑んでしまった。おもろ、何これドラマみたーい。そんな風に、どこか他人事のように、思ってしまった。
それは今に限ったことじゃなく、普段からそうだったと回想しながら思う。女にされた時も、今泉さんのいじめや裸体を見た時も、佐藤にレイプ紛いのキスをされた時も、幸太郎に信じて貰えなかった時も、都子に首締められた時も、レイプされた話を聞いた時も。
菊池さんとの事でイジメが始まった今でさえ、作り物の物語のように見えて面白いとか、こういう展開あるあるーとか、そういう風に捉えてしまって。自分の置かれてる状況に、真摯に向き合ってこなかったことは多々あるなと、自覚している部分はあった。
……人の真似をして何が悪い。
そんな風に、自分の人生に責任を持てない性質の奴が、人並みに等身大の世界を生きようとするのなら。猿真似でも、相応の言動や内心思考を行うのは当たり前の事だろ。今まで見てきた他人の真似をして、形から入って、何が悪いって言うんだ。
「私は、佐藤の事、好き……」
「さっきお前、自分の事俺って言ってたやろ。そっちが本音じゃないんかよ」
「どっちも本音だよ!」
「……もういいわ。おつかれ。やめにしようや、俺らはここで終わり。お別れ」
「なんでっ!! やだ! 別れたくないよっ!!」
「いい加減にしろ言っとるやろ」
とだけ言うと、鞄を拾い、佐藤は俺の横を素通りし歩いていく。
「……」
テッテッテと後ろをついて行き、屋根のある渡り廊下で佐藤の服を掴み立ち止まらせる。
「……あのなぁ鹿狩。俺らは別れたんやって。流石にそろそろしつこいぞ」
「佐藤の言った通りだよ」
「あん?」
笑顔を作るのは得意だ。俺は人よりも少しだけ頭が鈍いから、笑いたくない時でも、笑えない時でも、笑えることなんか実の所あんまり無いのにニコニコ笑顔をすぐ作れるから、笑顔の絶えない馬鹿だとよく評価されてきた。
「何、笑ってんだよ」
「ぷふっ! いやー。バレると思ってなかったからさ。意外と佐藤って他人の事とか見てるんだねーって思って」
「お前何言ってんの」
「は? 自分でさっき言ってたやんけ。私はお前の事好きじゃなかったって。そうだよ、私別に、佐藤の事好きじゃなかったよ」
「……」
佐藤は特に反応を示さなかった。屈強な精神、見習いたいなー。俺みたいな絶世の美少女に振られたら、多少なりとも傷つくべきだってのに。
「知ってるよ。今更、だからなんだとしか思わねえよ」
「佐藤。私、佐藤の事、ずーっと嫌いだったよ」
「……しつけぇよ」
「本当に嫌いだった。都子の事レイプしやがるし、そういう事をやっててもおかしくないなってずっと思ってたけど、本当にそんな事をしてたんだって、聞いた時はドン引きしすぎてゲボ吐いたよ。幻滅。よく恥ずかしげもなく人前で顔を出せるなって思った」
「……それ、どこで知った」
「あははっ。なんだっけ? 私の事、男の頃から好きだったんだっけ? 気持ち悪〜い、ホモじゃん? 私はお前の事ただの友達と思って接してたけど、お前の方は純粋に接してる俺にちんこおっ勃たせてたんでしょ?」
「ちげぇわ!? そんな事ない!!」
あ、佐藤の余裕が崩れた。
「私が消えて、その後付き合った女の子に私じゃないから〜みたいなこと言って暴行振るって? その後流れで都子をレイプしてその後もやたらと俺の話をしてたらしいじゃん。あははははっ、たかだか一人の人間によくそこまで執着出来るよね! まじでさー」
おかしすぎて腹を抱えて笑う。佐藤が俺を見てくれている。あぁ、そうか。こうすれば見てくれるわけだ。よかったよかった、物は試してみるべきだな。
「マジで馬っ鹿みたいだよな。お前らさぁ、どいつもこいつも頭に虫湧いてんじゃねえの? 異常だろ。そんな奴らをどうして好きになれるわけ? あ? なれるわけねぇやろ。なぁ? クソホモ佐藤くんよ」
「……お前だけは、そんな事を言わないと思ってた」
「あぁ言わないつもりだったよ? こんなおぞましい感情、表に出したら嫌われちまう。でもよ、お前俺ともう関わりたくねえんだろ? なら出すに決まってんだろ。俺の方から願い下げじゃ、二度と話しかけてくんなカス」
そこまで言うと、佐藤が無言で校舎に続く鉄の扉を腕を広げるようにして殴りつけた。
錆びた鉄の扉は拳と、壁との衝突によって凄まじい音を鳴らす。その音の大きさが、心の内を踏み荒らされた佐藤の動揺と怒りを表していた。
立ち去ろうとする佐藤の背中に、精一杯ニヤけた声を作ってぶちまけてやる。
「さよならぁ〜クソホモ君! もう二度と私に話し掛けてくんなよ! 私絡みで誰かをいじめるのもナシだぞー。未練がましい男って、マジにキモイからな〜」
最期くらいぶん殴るか、何か言い返して欲しかったが。何も無かった。何も無しに、佐藤と俺とのボーイミーツガール(ボーイ)の日常は終わりを告げる。
……なんだよ。ボーイミーツガール(ボーイ)って。んなもん最初から無かったやろ。
なかったんやろが。
「うっ、ぁ……」
変な声が漏れる。知らねぇ表現が勝手にアウトプットされてる。ウケる、ドラマみたいじゃん。
「うわああぁぁぁっ! ぁっ、ああぁっ!! うあぁぁぁぁぁぁっ!!」
年甲斐もなく、いや、年相応に失恋のショックを緩和しようと喉から捻り出される慟哭をかき消す為に歩く。
六月のゲリラ豪雨は止みそうもなく、その空は俺の心をそのまま投影したかのように重苦しくて、がなるような咆哮はいつまでも鎮める事が出来なかった。