子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
鹿狩さんは、普通に登校してくる。
蝶田さんに聞いた所によると、鹿狩さんはいじめを受けた最初の日、自分の吐いた物を顔にまで付けられるほどの事をされたらしい。
その翌日、鹿狩さんはいつも通りに登校してきた。
少しも変わった様子はなく、ただ空気を読んでか、誰とも話さなかっただけで。それ以外は本当にいつも通りで、前日汚物に顔を突っ込まされたとは思えない気丈さに驚かされた。
佐藤君とのお別れはとっても悲しい物だなと、眺めながら思った。
佐藤君はまだ鹿狩さんの事が好きだ。笠原君との話もいつも通り、ただの"紛らわしい事故"で何も無い事だったと彼は理解していた。彼は鹿狩さんの事を全く疑っては居なかった。
いや、疑っていないというのは笠原君との事のみで、別件で怪しいと感じている出来事はあったらしいが、そちらは私も詳しくは知らない。相談という体で話を聞いた時、佐藤君はその話をしてくれなかったから。
佐藤君は鹿狩さんへのいじめの原因の大凡が"嫉妬"から来ているものだと察していた。彼は女癖こそ悪いけれど、それを抜けば実は良い人だから、女子人気は結構高い。
鹿狩さんが誰よりも可愛いから、女子人気の高い佐藤君を取った事に対する女子の悪意は凄まじい物となった。
更に菊池さんの彼氏を寝取ったと噂が立ったのなら、もう鹿狩さんは後戻りの出来ない蟻地獄に落ちたも同然だ。
佐藤君はいじめの手を緩めさせようと考えたんだと思う。彼は鹿狩さんから身を引き、自分が愛想を尽かしフッたという話にする事で、妬み嫉みの感情を緩和させようと図ったんだ。
一度抱き、育まれた悪意はもう独立している。佐藤君がフリーになった所で、そういう女というレッテルを貼られた鹿狩さんへの悪意は収まらない。
「なんか鹿狩ってさぁ、反応薄いしつまらないよね〜」
「やり方がぬるいんじゃない? まだ自分のした事を理解出来てないんだ、だからあんな平然な顔してられるんだよ」
体育終わり、更衣室で口々に女子が語る。鹿狩さんは皆から用具の後片付けを命令されてるからまだ戻っては来ない。
蝶田さんの目が、鹿狩さんの制服が入ったロッカーに移る。そして、私の方に来る。
蝶田さんは私の耳元に顔を近付け、小声で喋りかけてくる。
「ねえ、絵里加。久し振りに、協力してよ」
「……うん」
私と、蝶田さんの組み合わせを見て、柳瀬川さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
ああそっか、なんで鹿狩さんを目の敵にしてるのかと思ったけど、そうか。そっちじゃなくて、こっちか。
昔を思い出しているのかもしれない柳瀬川さんの顔を見て納得する。目が合うと、彼女は私達からそっぽを向いた。
「あのね」
……蝶田さんは、私の親友は、相変わらず悪い人だなぁと思った。
*
「……ふぅ、うっ……」
鹿狩さんがお腹を押え、荒い呼吸で歩いている。大股で歩く癖も矯正されて、物珍しいモジモジとする鹿狩さん。
「どうしたの〜鹿狩さん。そんなにスカート押さえちゃって、トイレに行きたいの〜?」
「……お構いなく」
「構うよ〜。お腹が痛いの? さすってあげるよ」
柳瀬川さんが蝶田さんからのアイコンタクトを受け、鹿狩さんに近づいて行く。鹿狩さんは顔を青くし、彼女から逃げるように後ずさるが、駆け足で近付いた柳瀬川さんに腕を掴まれ、どれどれとお腹を摩りあげた。
「あっ……ぅ、離せっ」
「ん〜??」
摩る手が止まる。首を振る鹿狩さん、柳瀬川さんの顔に笑みが浮かぶ。
「やめ……やめてください、お願いっ」
「ん〜?? どうしたの、珍しいね弱気なの。男子〜、誰か鹿狩さんを保健室に連れて行って上げてよ」
「っ!? ダメっ!」
「うるさいなあ」
柳瀬川さんが鹿狩さんの口を手で押えて黙らせる。男子は男子で、いじめには加担してはいるものの結局鹿狩さんは可愛いし、近付けるのなら近付きたいというのが本音なので我先にと数名の男子が鹿狩さんの方に寄ってきた。
「離れろっ、あっち行け……っ!」
「あ? なんだとこのチビ」
「人が親切にしてやろうってのにその態度かよ」
「あっ、だめっ触らっ」
男子達が鹿狩さんの肩や腕にベタベタ触り、動きが制限されたことにより、腰を引いた姿勢になった鹿狩さんの顔からどんどんどんどん余裕が失せていく。
そして直ぐに、彼女は限界を迎えた。
「うわっ!? コイツ漏らした!?」
「きったねぇ!?」
鹿狩さんは「ぅううう」と呻きながら、大きな水音を立てて失禁した。水筒に入れた利尿剤がちゃんと効いたらしい、教室に戻るまで付きっきりで行動を制限し、着いてからも教室から出られないよう通せんぼした成果が今になって現れた。
流石に同い年の人間の放尿には嫌悪感を示したのであろう、男子達が鹿狩さんから離れ、口々に罵倒する。
鹿狩さんは床を尿で濡らしながら、そのままそこにペタンとへたりこみ、スカートを汚し、ポタポタと涙を零しながら項垂れた。
いつものロボットじみた、無感情な鹿狩さんが居なくなっていた。それが嬉しい。今の彼女なら、見ていても嫌な気分にならない。
「嬉しそうだね、絵里加。酷いやつ」
「あんなの考案した人に言われたくない。ねぇ、それよりもさ、大丈夫なの?」
「何が?」
「仕返し。前にしてた暇つぶしは、私も加担してたからってその報復は代わりに私が受けることになってたけど。今回も同じ様にならない?」
「ならないよ。相手はかがりん一人だもん。前は友達の多かったなつみんだったから辻井ら辺が怒ってたけど、あの子に味方は居ないでしょ? 少なくともこの場にはさ」
「かなぁ……」
佐藤君は鹿狩さんに干渉しない。自分からフッたのだ、負い目があるのだろう。だけど、あんまりやりすぎたら流石に彼も人間なんだし、自分ルールを破って鹿狩さんを庇ったり、もしかしたら水面下で主犯探しを決行して独断で私達に手を出してくるかもしれない。
蝶田さんの考える事は私にとってもストレス発散になるし全然良いんだけど、その後始末がおざなりだからいつもギリギリだ。いい加減、危ない橋を渡るのはやめて欲しいなぁ。
「どこまでやるの? 柳瀬川さんの時みたいに、そこそこの所で手を引く?」
「だから、味方いないじゃんって。誰にも止められる事ないのに、中途半端に終わらせるわけなくない? ね、とことん遊ぼーよ! かがりんの色んな顔、絵里加も見たいでしょ?」
「……保険は大事だから、ちゃんと逐一大義名分は用意してよね。また尻拭いで代わりに虐められるのは勘弁だよ」
「だいじょーぶだって! 抜かりなし! あの子、男子とのエピソードは事欠かないからね。沢山取材済み!」
それまた趣味の悪い。まあ、男子と距離感の隔たりはない、むしろ勘違いされても仕方の無い立ち振る舞いばかりする鹿狩さんが悪い。
泣き声を噛み殺して、肩を震わせて俯く鹿狩さんを眺める。最初は、こんな風になるとは思わなかった。むしろこういう役割は、人の関係を壊しまくる鹿狩さんこそ相応しいと思っていたから、極力敵には回さないようにと考えていた。
それがまさか、こんな風になるなんて。胸がスーッとして、自然と笑みが零れる。
「……今泉ちゃん、ああいうので笑えるんだね」
……?
急に声を掛けられたと思ったら、朔月さんが私に話し掛けていた。初めて話しかけられた、いい匂いする子だな。
「八尋ちゃんと仲良くなかったの、今泉ちゃんは」
「……?」
小さな声で、後ろめたそうに歪んだ顔で下を向きながら話しかける朔月さん。てっきり鹿狩さんへのいじめに加担してるから面白さが勝ってると思ってたんだけど、どうやらそうでは無いらしい。
菊池さんは鹿狩さんの泣いてる所になど関心は行かないようで、構わず他のクラスメートと話している。竜胆さんは学校に来てないし、となると。
同じグループに居て、鹿狩さんを率先していじめようとする蝶田さんに従って、グループの輪から外されて自分も鹿狩さんの所まで落ちないようにと、無理して合わせていたって事になるのかな?
悪い人じゃないけど、酷い人。だから鹿狩さんの顔を見られないんだ。意外と小心者なんだね。
「仲良くないよ。鹿狩さんが一方的に私に付き纏ってただけだもん」
「……っ!!? そ、それは違うでしょっ。そんなの酷いよ、辻井君の時だって八尋ちゃんは」
「朔月さんは、鹿狩さんの味方なの?」
蝶田さんのその言葉に、ハッとした顔をして周りを見る朔月さん。菊池さんも見ている。今この教室で、鹿狩さんの味方をするという事。それは、カーストが一気に一番下まで落ちるという事と同義だ。
「……い、いや」
「そういえば、朔月さんこそ鹿狩さんと仲良かったよね? 二人でよく遊びに行ってたようだし、今だって名前で呼ぶし?」
「あ、わ、私は」
「仲良いなら助けてあげなよ? ほら、鹿狩さん泣いてるよ」
震える声しか出せなくなった朔月さん相手に、周りに聞こえるような声で発言する。あーあ、テンション上げすぎちゃった。皆、珍しく私が大声出してるものだから驚いてる。……蝶田さんだけひっそりと笑ってる、後で怒ってやる!
「小鞠ー」
「さ、紗理奈ちゃん」
「分かってるよね?」
菊池さんの圧が朔月さんの背中を刺す。残酷だ、具体的には言わないけど、匂わせる事で本人に意識させて誰かを攻撃させる。安全圏からの攻撃、菊池さんも蝶田さん並みにそういうのに向いてるんだ。イメージ的にはピッタリだ。
「……皆、酷いよ」
小声で、誰にも聞こえないような声で朔月さんが呟いた。私には聞こえてたけど。
酷いよ、と言っても。これが社会だ。誰かが貧乏くじを引いて歯車のきっかけとなる、それは仕方のないこと。
鹿狩さんが来た事で正常だった機構が狂ってしまった。だから、その狂ってしまった部分を正常に戻すためのパーツを担う責任は鹿狩さんにある。それを酷いと非難した所で、代わりに生贄になろうともしない時点でその言葉になんの意味なんてない。ただの偽善だ。
そういう意味でも、鹿狩さんはやっぱり異質だった。やらない偽善が人のスタンダードなのに、彼女は善とか偽善とか考えずに行動に移す、そんな人だった。
……やはり母親と重なる。
行動に自覚がなく、方針がなく、指針もない。意識しなければやれないような善行を当然のように気まぐれでやれてしまう。比較も差別もしないし誇らない。
偽善と罵られれば、偽善が果たして悪い事なのかを訊ねてくるような、そんな気持ち悪い人間。
だから周りが勝手に劣等感を抱くし、環境も人も歪んでいく。一人居たら近い人から狂っていく、泥沼のような異物。
……私、思ったよりちゃんと鹿狩さんの事嫌いなんだな。少しのきっかけでこんなにあの人の事を考えるなんて。
「……小鞠?」
変な考え事はここまで。朔月さんが鹿狩さんの方へ歩み寄っていく。そして、ギリギリ彼女の手が届かない所まで来ると、朔月さんは震える声を振り絞って鹿狩さんに言った。
「……汚いから、早く片付けてよ。皆困ってるでしょ」
そう言って、掃除用具入れのロッカーを開け、中から雑巾の入ったバケツを出し鹿狩さんの目の前に置いた。
「……」
「あ、小鞠……」
朔月さんは無言で自分の席まで戻り、顔を覆ってうつ伏せに寝たフリを始めた。名演技だ。
鹿狩さんは涙を拭き、虚ろな目で自分の粗相を拭き始めた。教室中から響くクスクスという笑い声、鹿狩さんへの罵倒を耳にしながら、私は移動教室の準備を始めた。
*
「おい聞いたか? 樹利の奴、鹿狩と別れたんだってよ」
人がBULL取ろうと息殺して狙いを定めてるってのに、無遠慮に酒を調達してきた辻井が声を掛けてきやがった。
「鹿狩って、二年の時お前らと同じクラスだった奴? クソ美少女って聞いたけど」
「おう、マジで顔は良かった。体はちいせえけど」
「辻井がちいせえって言うとか余程だな。ミジンコの一種か?」
「お前マジで頭割るよ?」
「でー? それがどうしたよ」
ツレの坂巻と木下が、鹿狩が顔の良い女って話を聞いて辻井の話に食い付いた。俺はBULLを外してダーツの矢は7のシングルに突き刺さった。逆転の芽は摘まれた、先に千円札を机に空いた灰皿に折り畳んで突っ込んでおく。
「だ、か、ら、フリーなんだよ。鹿狩が」
「狙ってたんや。まー佐藤と付き合うってんなら相当顔が良くなきゃ有り得ねえもんな」
「その上アイツの女狙ったら半殺しにされるしな。そりゃ指くわえて見てるしか出来ねぇわな」
「だぁってろ雑魚。狙ってるとかそういう話じゃなくてよ。なあ、航太」
「あん?」
辻井は俺を指して来た。なんやろ、賭け金はもう上納してあるんだが。
「お前最初アイツ来た時狙っとったやん?」
「おー。顔面良いし、動画売れそうやしな」
「そんな理由かよ」
「最悪だなー」
「今更狙うつもり無いし良いやろーが。樹利と仲良かったって聞くし、円満に別れたんやろ。手ぇ出せねえよ」
「それがさ。喧嘩別れしたらしいんだよ」
「……マジ?」
つい笑いが出た。なんだそれ、都合良いじゃん。つまり今の鹿狩がどうされようと、樹利の邪魔も入らなければ報復にも来ないって事なのか。
「なあ。最近マンネリしてたやん? アイツを穴グルに追加したらしばらく遊べそうちゃう?」
「一人転校して抜けたしなー。入れ替わりって事やな」
「の前に写真見せろよ。辻井ちょっとセンス悪ぃトコあるからさ」
「今度はガチのマジに可愛いんだって! ちょっと待ってろ」
辻井が二人に過去の写真を見せようとカメラロールを漁る。どうせハメ撮りとかエロ写メばっかなんだ、見つかりにくいに決まってんだろ。
LINEを開き、友達一覧から検索をかける。
鹿狩は……アイコンにもホーム画にも自分の顔は映ってなかった。アイコンはジェラトーニの手人形、ホーム画は若い頃の鳥肌実の画像か。意味分からん、その二つは決して交わらんだろ。
「おーあったぞ。ほら」
去年のクラスのグループに入って画像フォルダを漁ってたらあった。終業式に撮った限定身内の集合写真。辻井、この写真には居ないんだよな。
保存期間はまだ生きてたようなので保存し、三人にスマホの画面を見せる。
「どれ?」
「中心で固まって逆ピースしてる集団おるやろ。それの一番右」
「これ? ……やば、アイドルやん」
「これと付き合ってたんや。やるなー佐藤の奴。全然タイプちげぇのに」
「そーなんよ。俺らみたいなのとつるまなそうな見た目してんのに樹利の彼女やってんの。てことはだよ? 簡単に騙せそうちゃう?」
「アイツも顔は良いだろ。そこじゃねえの?」
「それを言うなよ坂巻ぃ!!」
カウンターチェアにドスンと座り込み「そうなんだよなー」と嘆く辻井。まあそう考えるのが妥当だよな、ぶっちゃけこん中で1番女人気あるの樹利だし。逆になんで同列に並べられると思ったんだコイツは。
「まあでも、いいな。この子。めっちゃタイプやわ」
「まぁじ?」
「木下はこの子あんま? 可愛くね?」
「ガキっぽ過ぎねえ? 俺美人お姉さんがタイプなんだわ」
「年下とばっかり付き合ってる癖に?」
「いやあのな? これマジであるあるなんやが、年上に憧れてる奴って年下にモテんねん。マジ理不尽よな???」
「興味無さげな態度が大人っぽく見えるとかで裏目に出てんやろ」
「でも性欲は発散したいから付き合うと。お前みたいな奴が1番嫌いやろな、女は」
「じゃかぁしいわ。で、なんなん。この女狙うん? 皆は」
木下が酒を煽る。とりあえず一献傾け、ソファに腰を下ろす。
鹿狩八尋。男みたいな口調で喋るチビ女。アイツには今泉との関わりで衝突したし、辻井もアイツにはギャフンと言わされた過去がある。
そんな相手を複数人でマワせんのか。そりゃあいいな、あの女ならきっといい顔で睨んで抵抗してくるだろうし。心へし折った後の変わりようが凄そうだ。
「俺は乗るぜその話。あのチビ女、意外と良い尻しててよ。ぶっ叩いて調教するわ」
「木下と坂巻はどうよ?」
「俺も乗るわ。先輩後輩とかにもレンタル出して稼げそうやし」
「先に俺らで死ぬほど使ってからな! 木下は?」
「まあ、処理には使えるし乗るわ。辻井と航太が知り合いだってんなら、俺の印象は薄くなりそうやしな。相手視点」
全員の意見が出切ると、辻井は嬉しそうに「よっしゃ決定!」と叫び酒を掲げて一口に飲み切った。随分と狙いたかったんだな、1週間くらい童貞貫いてるとかか? 部活サボってる癖に何をして暇を潰してるんやコイツ。
「でもよ、こんな顔整った奴は交友関係もしっかりしてそうじゃね? 行けるか?」
「そこに関しても問題ねえ。どうやら鹿狩の奴、今いじめられてて友達一人も居ないんだってよ」
「なんだそりゃ。こんな顔してていじめられんのか?」
「こんな顔してるからいじめられてんやろ。どーせ、周りの事気にせんと好き勝手やってたんちゃう?」
「そんな感じやって聞いたよ。航太も散々生意気な口利かれたし、分かるやろ?」
「おー。……なぁ」
全然話が耳に入って居なかったので適当に話を流し、俺は画像の一部分を指で拡大しそれをよく観察する。
「鹿狩って、貧乳じゃなかったっけ」
辻井に聞く。正直序盤しか俺マトモに鹿狩を視界に入れてなかったから気付かなかった。辻井ならちょくちょく話に行ってたし、詳しい事も多少は分かるだろう。
「あー。なんか11月辺りから急にでかくなり始めたんよ。今は確か、樹利情報によるとEカップだって」
「でっか!! おいおい、俄然やる気出てきたわ!!!」
それは話が変わってくる、なぜ早く言ってくれなかったのか! 俺はLINEを開き、鹿狩のアイコンを押してトークルームに飛ぶ。
「今この場に鹿狩の事呼んでみるわ!」
「は? いや来ねえだろ」
「来るかもしれねえだろ! 来たらお前ら、最初は穏便で無害な感じで頼むぞ! 酒飲ませたらさっさと運ぶからな!」
「欲望が芽生えた時の行動力どうなってんのお前……」
*
「久しぶり。八木くん」
「ああ。久しぶりだな鹿狩さん。ま、こっち座れよ」
連絡してから既読はすぐに着いた。この場所に呼び出したら、最初は渋っていたものの、「鹿狩さんが来てくれたら一気に場が華やかになる!」とか「絶対来て欲しい! 来なきゃ今日帰らん!」ってゴリ押ししたら三言目には分かったと返事してくれた。チョロくて助かる。
「初めまして」
「おーはじめまして。何飲む?」「はじめましてー」
鹿狩が初対面の坂巻と木下に挨拶をすると、すかさず坂巻がメニュー表を鹿狩に見せた。酒以外のドリンクがあるページを破き。有能だなコイツ。
「……お酒しかない」
「ソフトドリンク今やってないんだよ。鹿狩さん、酒飲んだ事ない?」
「あるよ。……元カレと、何度か飲んだ」
「そっか。じゃ、何飲む? それか俺がオススメ頼もっか?」
「……やっぱり帰る」
「え!? いやいやちょっと待ちなよ!」
やばい、流石に察しが着いたのか鹿狩が帰ろうとしている。坂巻が上手く行く手を阻みガードしてる隙に、なにか怪しまれないように気を逸らさねえと!
俺はさっとダーツの筐体を触ってスタンダードクリケットの開始画面まで進めて鹿狩にそれを見せる。
「鹿狩さん、久しぶりに会ったんだし少しくらい遊ぼーや! ダーツは得意?」
「んー……あんまり」
「じゃ、コツ教えるから! ほらこっちおいで!」
手を取って引っ張る。……なんか、前の鹿狩の印象のまま語るならもう少し力で抵抗したり、「いきなり触んな」とか言って蹴り入れてきそうな物だったが。今日の鹿狩は元気がないというか、かつて以上に無気力だ。
「……八木くん。私の体触りたいだけでしょ」
「えっ!? い、いやいや、そんな事ないぜ!」
「本当に?」
「あぁ! あまりベタベタ触られるのが不快って言うならもう触らない! から、ちょっとは遊んでけよ。なっ?」
「分かった」
渋々といった感じで鹿狩は筐体に向かい合い、矢を投げ始めた。一応ルールは知ってるらしい、それに久しぶりにやったのか、鹿狩は何も言わずとも一人でゲームを続行していく。
「……まさか、本当に来るとはな」
木下が小声で耳打ちしてくる。
「警戒心無いのか? アレ」
「じゃねえの? 正直ここまで上手くいくとは思わんかった」
「だな。つーか辻井はまだかよ?」
「今日は完全男オンリーの日のつもりだったやろうししゃーない。もう少し待とう」
辻井はと言うと、鹿狩がここに来るってなった段階で親が服用してるだかの睡眠薬を持ってこようと家へ猛ダッシュで帰った後であった。
鹿狩が身の危険を感じて帰る為の強硬手段を取ろうとしない今がチャンスだ。なのにアイツはまだ戻らない、こういう時はとことん使えない奴だな……。
「鹿狩さん、ドリンクは……」
「いらない。酔ったら何されるかわかんないし」
坂巻が挫けずに鹿狩に酒を飲まそうとするが、酒を飲んだ経験があるんだ。こっちの意図くらい察知出来るよな。
辻井に連絡しておいてなにか飲み物を持ってこさせよう。そう思った矢先、アイツから連絡が来た。もうすぐで店に着くらしい。
『上がってくる時、フリードリンク何か持ってこい。中に睡眠薬も忘れず』
メッセージを送ると速攻で既読がつき、了解とスタンプを押された。よし、後は時間稼ぎに集中するだけだ。
「ただいまー。よー鹿狩さん、久しぶり〜」
「……ん。久しぶり」
「はいこれ。酒飲めないっしょ?」
しばらくして戻ってきた辻井が鹿狩にフリードリンクの入ったグラスを渡す。色は黒、コーラか。ナイスチョイスだ。
「……そこで入れてきたやつか。何か変なもの入れてないよね」
「ガムシロとか入ってないで安心しやー。俺そういうイタズラあんま好かんし!」
おいおい名演技だぞ辻井どうしたお前、めちゃくちゃ自然に睡眠薬という想像から離れる回答してるやんけ!
「……じゃあ大丈夫か。ありがと、辻井くん」
「気にすんな。折角来たんだし楽しんでけよ。金は俺らが出すで」
「ん、分かった」
そう言うと、喉が渇いていたのか鹿狩は一気にごくごくとコーラを飲み干した。
てか、元から眠たげな顔をしていたがテンションだけはクソ愉快なタイプじゃなかったか? 鹿狩って。なんか知らぬ間に顔とそっくりの性格になってるな。いじめられて明るさがなくなっちまったのかな。
「てかさ、酷いよね樹利の奴! 私の事感情が無いって、だったらてめぇの話で一々泣いたりしないっつーの!!」
結局あの後耐えきれずに鹿狩は酒を頼み、睡眠薬の効き目が来る前に酔っ払い状態になり元カレである樹利の愚痴を吐き出す機械と化していた。
先程までのクールでダウナーな、物静かな美少女というイメージから一転。声を荒らげ、乱暴な言葉使いで罵りながら酒を呷る鹿狩に、坂巻と木下は開いた口が塞がらないといった具合を見せていた。
「まあ仕方ないやろ。紛らわしい事をしたのは自分なんやし……」
「私悪くないもん! 私は、ただ、笠原と話してただけだもん……意味分かんない、皆怒りすぎ!!!」
「痛い痛い、殴んないで鹿狩さん……」
下心丸出しで鹿狩の横に座った辻井が、気付けば彼女の愚痴を聞いて励ましたり意見しては頭をポカポカ殴られる係になっていた。坂巻と木下はもう素知らぬふりでダーツに興じている。薄情な奴らだ。
「キスしてないのに、セックスもしてないのに浮気なんですか。それは寝取りなんですかー!」
「ど、どうだろう。人によるんじゃないか、そういうののラインは……」
「話するだけで怒られなきゃいけない世の中ならいっそ世界がおかしいでしょ! ううぅぅぅう、こんな感じでいじめられるとか思わなかったぁぁああ! うわああぁぁぁんっ!!!」
「ちょっ、なんで泣く!? あーあー、よ、よしよし!」
「調子乗んなばかぁ!」
「なんで殴るの!?」
悪酔いするタイプだなあ鹿狩。怒ったり泣いたり忙しいヤツだ。
辻井も酒に強くは無いんだが、今日は中々潰れないな。自分より酒癖悪い奴いるから耐えれてるのか? いや、もしかしたら逐一サンドバッグにされるせいで目が冴えてるのかもな。そしたら可哀想だ、見てるのが楽しいから手を貸したりはしないが。
「うぅぅ……佐藤にも言っちゃったし、気付いてたって……それだけは絶対、言ったらダメなのにぃ……」
「もしかして別れたきっかけの話か? なんで別れたん? 二人は」
「そういうの聞くのマナー違反じゃん!!!」
「フゴッ!? コフッ……!」
渾身の右ストレートが辻井のみぞおちに突き刺さった。すごいフォーム綺麗だな鹿狩、格闘技やってたとか? 鮮やかな軌跡が見えたぞ、今。
「あ、そういえばよ。鹿狩さんって、元男って話なかったか? それって」
「……すーっ。ふぅ……すう」
「寝たっぽいぞ」
「急だな」
見ると本当に鹿狩は目を瞑り、静かな寝息を立てて辻井の肩に頭を乗せていた。熟睡だ。
「よし。じゃ、運ぶか」
「ちょい待て」
三人で鹿狩を持ち上げようとポジションを取ったら辻井に止められた。
「どうした?」
「お前、ここに来てヒヨったとか言わねえよな」
「そうじゃなく」
「ならなんだよ」
「いや……なんか、ちょっとカップルっぽくて良くね? コレ。もう少しこのまま」
「坂巻、右足持て。木下は腰な。俺が手ぇ支える。行くぞ。せーのっ」
「少しくらい待ってくれてもいいだろてめぇら!?」
辻井の事は無視し、俺達は三人で鹿狩を持ち上げ、途中から俺がおぶる事で友達が寝たという設定で店外へ運び込む。目指すはこの店の裏の、ほとんど人気のない閑散とした公園の公衆便所だ。