※この作品はR-18です。

子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン   作:千佳のはんぺん

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友たる者は、推察と沈黙に熟達した者でなければならない。

「…………へぇ」

 

 

 鏡の中に居る、車椅子に座る少女が口を開くと同時に最近聞き慣れていた"今の俺"の声が響いた。

 

 右手を上げる。鏡の中の少女は左手を上げた。俺と線対称になるように。

 

 

「どうかな?」

 

 

 リアクションをとりあぐねていると、松前さんが俺に問いを投げかけた。

 

 首を後ろに向かせて振り向いても、何の痛みも違和感もない。数ヶ月前までは、無理して首を動かそうとしたら皮膚が剥がれて首ごとポックリ落ちそうだったのに。癒着すげえ〜。

 

 

「どうって、何がすか」

「え? えぇと……」

 

 

 普通、ここまで自分の容姿が変貌したらもっと大袈裟に驚いたり、喜んだり悲しんだりするのが当然の反応だろうし。ここにいる全員がそれを予想して居たんだろう。

 

 何も感じなかったわけじゃない。そりゃそうだ、元々俺はどちらかと言うと容姿で人モテする側の見た目はしてなかったし、少年時代の俺だってただの鼻たれいがぐり小僧で女みたいな見た目とは完全に無縁な存在だったわけだし。

 

 だから逆に、鏡の中に映る今の自分の姿があまりにも可愛らしい少女の姿をしていて、余計に困惑が勝ったのだ。

 

 元々少し明るかった頭髪は黒くなり、瞳も綺麗な黒くて丸くて大きい、クリっとした形に変わっていた。

 

 

「……」

 

 

 頬に手を当て、ぐにぐにと顔を歪める。

 柔らかい感触。皮膚はひんやりしていて、引っ掛かりの少ないキメ細やかな手触りから白く透き通るような色になっていることにより、表面が完全に男のそれとは別物になっていることを実感した。

 

 顔は輪郭もパーツもどれをとっても小さくて、角が取れたように丸くて頬なんかはふっくらしていて。

 

 こんな、男の感性を持って他人事のつもりで評価しても『可愛い女子』やら『美少女』やらと呼んで相違ない人型に、自分が入っているのがどうにも受け容れづらい。

 

 というか、別人の体に後付けで入ってるような気がして、どちらかと言うと気持ちが悪かった。

 

 

「こんな女の子の裸を、松前さんは毎日毎日眺めてたわけだ」

「こらこら、人聞きが悪いよ……」

 

 

 父親の顔を見上げる。彼が今何を考えているのか、表情から推測できないものかと思ったからだ。

 俺が顔を凝視していると、父親は多分気まずそうに眉を寄せて顔を逸らした。

 ここまで別人になるとは思ってなかったか、今の俺の容姿がめちゃくちゃ苦手だったり、そもそも子供に見られるの嫌いなのかもしれない。

 

 いや、普通に、手術が終わったあとになってこんな姿に変貌した俺を見てられなかったんだろう。話の内容から何から何まで、グロい過程を通してこんな形になってるわけだし。

 

 

「可愛い? 俺の顔面」

 

 

 父親に問う。何も返ってこなかった。ボソボソ喋ったから聞こえなかったのかもしれない。仮に聞こえていたとして、その反応で別に良かった。

 

 よくもやってくれたな〜なんて恨み言でも吐いて嫌な気持ちにさせてやろうと思ったけど、後ろめたさの重圧で首をもたげて前髪を垂らしてる父親を見たら、これくらいでいいかと思えた。ので、車椅子に背を預ける。

 

 

「でもあれっすね。なるなら折角なら小松菜奈みたいな顔面になりたかったっすわ」

「小松菜奈? 誰だい? モデル?」

「え、知らないんすか? 栗山さんも? ほら、溺れるナイフとか恋する寄生虫とかに出てる女優っすよ。菅田将暉と結婚した人!」

「菅田将暉……って、仮面ライダーの人だっけ?」

「そうなんすか!? え、菅田将暉仮面ライダーなん……?」

 

 

 知らなかった。まあマトモに見た仮面ライダーなんてオーズしか無いから、オーズの俳優さんじゃないなら知る由もないわけだが。

 

 ……ん? 待てよ、今何年だ? タイムスリップした時点が2011年で、3年ここで寝たきり生活をしてたから2014年か?

 溺れるナイフも恋する寄生虫も、映像化されるのは未来の出来事になるのか。俺の記憶がタイムパラドックスすぎる。

 

 

「まーなんでもいいですけど。ブスにしなかっただけでも儲けものですね、ありがとうございます松前センセ」

「ははは。嫌われてしまったと思ってたが、それは思い込みだったかな? 元気になったらまた会いに来て欲しい所だね」

「うん絶対来ねえこんな消毒液臭いとこ」

「残念だなあ、すごく嫌われちゃったようだね」

 

 

 当たり前である。自分をバラした相手に良い顔なんかするわけない。

 当事者であるはずの俺に病気の説明もロクにしやがらないし、信用も失墜して悪意有り余ってるくらいだ。誕プレが退院サプライズって話なら、今すぐにでもこんな場所出ていってやりたい気分である。

 

 

「しっかし、面白ぇなー。前まであんなになんにも感じなかったのに、こんな偽物みてぇなナマモノがちゃんと自分のモノとして機能してるわ」

 

 

 顔の肉をぐにぐにと手で摘んだり、引っ張ったりしてみる。

 以前まで顔に関しては外から衝撃を与えても全然何も感じなかった。首から上の神経伝達が異様に遅かった。それがこうも、別人の顔のはずなのに自分のモノのように痛みやくすぐったさを感じるとなると、変な気持ちになる。

 

 

 本当、作り物みたいに粗の少ない顔面をしている。それを意のままに操る俺、か。

 

 

 

 

 スワンプマンという思考実験がある。

 

 ある男が、沼の近くで落雷に打たれ死んでしまった。その際に雷が特殊な反応を起こし、沼から死んだ男と全くの人間が誕生した。

 

 そいつは言う。「俺は落雷で死んだ男である」と。死ぬ直前のそいつと同一人物であると、そう信じ疑わなかった。

 

 確かにそいつは記憶や感性、癖、趣味嗜好といった物は死んだ男と全てが全く同じなのだ。が、果たしてそれは同一人物と呼べるのか? というやつだ。

 

 

 俺は、そんなの当たり前のように別人だろうと考えている。当たり前だ、そいつには落雷で泥から生まれる以前の過去が無いのに、死んだ男の記憶や感情は持ってても、経験は歩んでいないのだから。

 

 

 では、落雷で死亡し全く同じ人間が誕生する、という前提を排し。というか、記憶や過去や経験は違いなく自分だったとして、ある日姿が全く変わってしまったら。

 

 例えば怪物の姿に。或いは別人の姿に。全身の細胞が余すことなく別の形に置換されていたとしたら。

 

 自認識が如何にその男と同一である、と自信を持って在ったとして。現実問題それは本当にそれまでのその男本人と言えるのだろうか。

 

 

「なあ、父親」

「なんやその呼び方。どうした?」

「俺ってさ、学校とかどうすんの。てか今後の生活もさ。戸籍上男じゃんね」

「別にどうするも、普通に通ったらええやんか。見た目が変わっただけやろ」

「そうなんすか? センセー」

 

 

 自分の荷物(と言っても着替えくらいだが)を回収するために入院していた病室に向かっている最中、暇潰しがてらにそんな疑問を投げかける。

 松前さんはうーん、と少し言い回しを考えた後に口を開いた。

 

 

「見た目だけでなく性別自体変わっているけれど、手術が完了した時点で病院側から市役所に報告は行ってるから戸籍上の変更はしてあるはずですよ」

「となると、今から必要なのは学校への報告くらいですかね?」

「八尋君……今は八尋ちゃんか」

「キモイんで八尋君のままでお願いします」

「では。八尋君が、どこの中学校に通うかにも寄ります。知り合いのいない中学に通うのなら女子として入れば問題ありませんが、前のお友達がいる中学に通うのなら説明は必要かと」

「そうですか。どうする? 八尋」

「んなもん決まってるでしょーよ」

 

 

 迷うまでもなかった。

 大昔の友達とまた学生生活をエンジョイしたいというのも勿論ある。だがそれ以上に、今が中二の夏だと言うのなら、俺にはやらなければならないことが一つある。

 

 この世界ではどういう過去があったのかは知らないが、この世界の俺の父親は元いた世界の父親とは違い、"俺の親父"のまま俺の近くに留まっている。

 

 因果は確実に捻れ、未来が変わったのだ。少し前に単語を出したが、正しくバタフライエフェクトは起きていた。きっかけさえあれば未来は変わるらしい。

 

 中学三年の修学旅行。

 幼馴染2人が事故で死ぬ日、今の俺にはそれを阻止するという使命がある気がした。使命って言うと少しかっこいい気もした。

 

 

「あ、ちなみにお前の誕プレにドーナツ買ってあるからな。後で食えよ」

「まじ? やったあ、俺ドーナツまあまあ好きー!」

「まあまあかあ」

 

 

 

 

 

 それから時は過ぎ去り、あっという間に夏休み明けの9月。二学期開始にして俺の社会復帰の始業式の日がやってきた。

 

 夏休み中の間特にやる事が無かったからうっすい産毛をショリショリしたり、メイクやら服やらの技術を人並みに持てるように練習したりしかしなかったから、特に語ることもない。

 

 内心、美少女になれたことに浮かれてめちゃくちゃ楽しい自己研鑽の日々を送っていたわけだが。

 おかげで飛ぶように金が飛んだ。親父への借金で肉寿司ウニ乗せくらいは食えると思う。

 

 

「……なあ、親父ぃ」

 

 

 登校初日。

 中学に通う現生徒とは異なる時間帯に、一般車両入口から入ってくれという指示があったので親父に運転させ、俺は親父の座る運転席の後ろのシートに座っている。

 

 

「どうした? 行きたくなくなったはナシだぞ。俺も今から仕事やからな」

「その場合はゲーセンにでも行くわ。そうじゃなくてさ」

「不安か?」

「まだ何にも言ってねーわ」

「黙りこくっとった奴が意味ありげに人を呼ぶ時は不安がってるって相場が決まってるやろ」

「確かに」

「で? なんや、催したか?」

「したらここで漏らすわ」

「おい」

「じゃなくて。ふつーに考えてさ、男だった奴がしばらく失踪したと思ったら女になってた。っつー出来事があったらさ、親父はそいつと付き合える?」

「付き合えるだろ。ツレとしてならな」

 

 

 曇りなく答える親父。友達なんて1人も居なさそうなのに、よくもまあ平然と言い捨てれるものだ。

 

 

「ま、大丈夫か。何とかなるわな」

「ならなきゃお前、グレゴール・ザムザだな」

「誰が虫けらじゃ」

 

 

 スカした笑い混じりに腹立つ冗談を言う親父をシート越しに蹴る。抗議の声が聞こえてきたが無視した。

 

 

「着いたぞ」

「ん、よいしょ」

 

 

 駐車場に車を停めた親父の声で体を起こす。女体化した自分とファーストコンタクトを交わした時より伸びた腰まである髪を手ぐしで直し、足元に落ちていた親父のセブンスターをスカートのポッケに入れ車から下りる。

 

 

「忘れ物はないか?」

「知らね。あるかも」

「よし、化粧もバッチリやな」

「ノーメイクじゃ。先生に怒られるやろがい」

「身だしなみもちゃんとしてるな」

「任せろ。バチエロいパンツ履いてるからよ」

「おい待て。最後のは聞き捨てならねぇぞバカ息子」

「ちんこないんでバカ息子じゃねぇな〜。じゃーなー」

 

 

 親父との軽快な別れ文句を交わし合い校舎に向かう。

 

 懐かしの我が母校、通称北中。かつて通っていた学び舎をまるで我が物のように迷うこと無く歩く。

 

 

「あら、君が鹿狩さんでいいのかな?」

 

 

 職員室に入りノックしようとしたタイミングで、妙齢の女性教員が職員室から出てきた。

 俺がリアル中学生だった時の記憶から遡ると、家庭科の先生だっけかな? 裁縫の授業意味分からんすぎてサボってたらめちゃくちゃ怒られた記憶のある先生だ。当時はババ先って呼んでた気がする。

 

 つーかこの人、なんで俺をもう知ってるんだ? 教師って、自分が担任受け持ってない生徒の事も逐一頭に入れてんのか? そんなわけないよな……。

 

 

「本当に、どこからどう見ても女子にしか見えないわね〜」

「はい?」

「話は聞いてるわよ。あなた、男の子から女の子になったんでしょ? 大変だったわね〜」

 

 

 そういうの、直接面と向かって言われるんだな。2021年だったら触れられもしないタイプの話題だったろうに、たかが数年でも結構人間の意識って違うんだな〜。

 

 でも、大変ってなんだ? 別に大変な事なんかないが。

 

 

「ちなみに、心はまだ男の子なの? それとも女の子なのかな」

「はは。どっちだと思います?」

「あなた可愛いから、心もやっぱり女の子じゃないかしら? オシャレもしてるみたいだし」

 

 

 うわぁ。うわぁ。やだぁなんか、苦手だわこの先生。

 なんでこんな図々しく生徒の内面事情に突っ込もうとするんだ? 会話下手なんか、人の顔色少しは伺えや。

 

 

「大和田先生ってどの人っすか。入る予定のクラスの担任だからって言われてここまで来たんすけど」

「あ、そうね。ちょっとまっててね!」

 

 

 ババ先が俺の肩に手を置き、背の低い俺に目線合わせてわざわざ笑いかけたあとパタパタと職員室の中に入っていった。肩に埃が着いていたので手で払った。

 

 

 

「おぉー、お前が鹿狩か! 俺は大和田ってんだ、まあ知ってるか! がはは」

 

 

 がはは、と笑う人物は多分世界中探しても10人もいないと思う。

 懐かしい、俺の中二の頃の担任の大和田数人(かずひと)だ。なんの部活の顧問してるかは覚えてないが体育会系で、声がでかくて暑苦しいハゲ坊主の良い先生である。

 

 記憶の印象は少しも違っていなかったようで、少し愛想笑いしたら頭をガシガシと撫でられた。うーん、ムカついたからセクハラで訴えてやりたい気分だ。

 

 

「今まで入院しとったんだよな、新しいクラスは不安か?」

「めちゃ不安すねー、男女(おとこおんな)なんで。いじめられそー」

「いじめって、そんなもんうちのクラスにはないから安心しぃ! 性根のひねくれた生徒は俺が叩き直したるでよ!」

「わー、頼りになるかも〜」

 

 

 嘘だ、嘘のつもりで言ったわけじゃないだろうし大和田先生の言葉も本音で語ってるんだろうけど。

 学生のいじめなんか大半が水面下で行われるもので、先生が知る由もなくても珍しくはない。だからそんな軽々に、いじめなんかないって断言しない方が丸いと思うんだよな。無難に。

 

 教室に向かってる途中チャイムが鳴る。ホームルーム開始の合図だろうか。

 

 

「そーいや大和田先生。俺、靴職員玄関に置きっぱなしにしちゃったんすけど」

「そうか。どんな靴だ?」

「コンバースっす。赤いやつ」

「お前……登下校用の靴の色は白、プリントに書いてなかったか?」

「あったっすけど金銭的に買えなかったんで。で、靴どうしたらいいっすか?」

「それは俺が回収しとくが。……まあお金の問題に口出しは出来ないが、必ず近いうちに白い靴買えよ。校則違反は罰則だからな」

「罰則?」

 

 

 おかしいな、男だった頃そんなペナルティ一度も受けたことないぞ。髪染めてても注意だけで見逃されてたと思うんだが、記憶違いだろうか。

 

 

「反省文だよ反省文。校則違反、1つにつき3枚な」

「うぇー不毛〜」

「たわけ。決まり事を破る者にペナルティを課すのは当然の事やろうが。反省文書きたくないなら校則を守ること。いいな?」

「はーい」

 

 

 まあ言ってるだけだろ。特に気にすることでも無いのでテキトーに流しておく。

 

 

「さ、ここがお前の通う教室だ。入るか?」

「俺から入ったら中の人ら困惑するでしょ」

「それもそうか! こりゃ1本、がはは!」

 

 

 まじでちゃんと面白くない。学生時代から空回りしてそうなレベルのギャグセンス。

 

 

「じゃあ俺が中に入ったら後に続きなさい。ドラマみたいに黒板に名前書いて紹介するやつ、やるか?」

「あんな長尺で紹介されたら居た堪れない空気になるの分かりきってるんでいいです」

「そこは乗り気で頷くとこだろー!」

「そこまで外向的な転校生はマイノリティでしょ現実じゃ……無難でいいですよ無難で」

「ったく」

 

 

 大和田先生が教室の戸に手をかけ、ガラガラとスライドし「久しぶりだなーお前らぁ!」と言いながら教室に元気よく入っていった。

 勢いがあまりにも急なので入り損ねてしまう。そんな俺の事など気にせず、大和田先生は中の生徒数人とトークを始める。

 

 

「よお本田、髪切って別人になったな! イメチェンかー?」

「そう言うワダセンこそ、髪さっぱりしたねぇー!」

「元からサッパリしとるわ! これ以上は皮膚ごと行くわ! ったく、彼女できたからって浮ついてんじゃねぇぞ〜〜!!」

「はっ!? なっ、なんで知ってんだよ!?」

「篠崎と田中のタレコミだー」

「てめぇらっ、口軽すぎだろ!?」

「うるせー裏切り者。彼女と別れろー」

「そーだそーだ〜」

「がはは。ちなみに本田、愛しの彼女が恥ずかしそうに俯いてるぞ? 愛の言葉でも囁いてやれ」

「ワダセン!!!!」

「「ひゅーひゅー!」」

「あっ、朔月(さくづき)。お前それメイクか?」

「げ、バレたぁ! 多目に見てよワダセン〜」

「うむ。可愛いからオーケーだ。今日の所はな」

「やったあ! ありがとーワダセン、大好き!」

「はぁ!? なんだよそれ、女子に優しすぎだろ!!?」

「ふざけんなよハゲ! 陰交教師!!」

「はい、桂川ペナルティ1。笠原ペナルティ4な。笠原はあとペナルティ1つで次の体育の授業ずっと外周だからな? 言葉には気をつけるように」

「言論の弾圧だ!!」

「教室とは国家と心得よ」

「圧政反対! 人民に権利をー!!」

 

 

 なぁーんだこの空気。何だこのクラス、空気感出来上がっちゃってるじゃん。俺という異物が入れる隙間無さすぎじゃない? キツキツなんですけど。学園ドラマやりに来てんじゃねえんだぞこっちは。

 

 

「あ、そういえば基本的人権の尊重を叫ぶお前らに朗報だ。実はな、今日このクラスに転入生が加わる事になった!」

「待ってましたー!」

「男子かな、女子かな?」

 

 

 まじかよ、最悪なくらい場が温まった状態で入るのか? 終わりだろ、今入るのは。

 最高潮にバイブス上がってるライブハウスにリズム感音程皆無の汚言症ラッパーが乱入するようなもんじゃん、一気に場がシラケるって。キツいって。

 

 

「ちなみに転入生、かなりの美少女だぞ! これは俺の主観じゃないから、男子諸君は変なナンパとかしないよーーに!」

 

 

 キツいって。何言ってくれてんのってあの人。良い人すぎて空回ってるって。テルッテサンダーウェッテだって、余計入りづらいわ。

 

 

「おーい、鹿狩?」

「ひぇっ」

 

 

 扉のすぐ近くにへばりついていたら中から大和田先生がひょこっと現れた。現れ方が野良猫だった。

 とりあえずちんちんに沸騰した中の熱気が収まるまでここにいるつもりだったのに、ぐずついてたら肩を叩かれてしまった。

 

 

「大丈夫か?」

「えっ、あ、何が、スカ?」

「いや、全然入ってこないから。腹でも下したん?」

「いやーははは……いっそ下してたら楽でしたね〜……」

 

 

 やばい、シンプルに大人のメンタルのまま学生の群れに飛び込むの怖すぎるわ。転入がどうとか女体がどうとか以前に、高校生ならまだしも中学生って多感すぎて怖いんだよな……。

 

 

「大丈夫そうならそろそろ入ろうか。1発目だ、ビシッと頼むぞ!」

「ははは……ばっちこ〜〜い」

 

 

 空元気で力こぶを作ると、大和田先生が手のひらを差し出してきたのでそこに軽くジャブを入れる。威力上々、ペチンと可愛い音が鳴った。

 

 気合を入れて教室に入る。横髪が長くてよかった、教卓に着く前の道程で他の人らの視線とか認識出来ないから好都合だ。

 

 

「あれ噂の転校生?」「うわっ、めっちゃ可愛いやん」「肌白……」「背ぇちっちゃ! 小学生じゃね?」「ロリだロリ。おい松前、ロリ来たぞー?」「JCはババアだぞ。復習はちゃんとやれ、学生の義務だろうが」「オタクキモスンギ……」「てかあの髪校則違反でしょ、結ばないのアリだっけ?」「お前だって結んでねーじゃん、なんなら巻いてるし」「足ほっそ」「俺、あの子にアタックしようかな……」

 

 

 うわ、うわー。ドラマとかならありがちだけど、本当に本人に聞こえるようなボリュームで転校生の評価とかするんだな、こう言う時。

 

 教卓の前まで着くと、前髪をいじって目を隠す。ちょっと思った以上に容姿いじりがメンタルに来るので、顔見られて一気に失望されないよう対策を講じなければ。

 

 

「ほらほらお前ら静かにしろー! 鹿狩が喋れないだろー」

 

 

 いっその事この雑踏の中教卓を通過し窓をかち割って逃げ出したかった。大和田先生の一声で教室が静まりかえると、口を開かざるを得ない状況が生まれる。

 

 俺が転入する2-bの皆さんの方を向く。

 

 わあ、ここから人の顔って一望できるってまじなんだな。なーんでみんなニコニコ、ニヤニヤしてんだろう。俺は見世物か何かかな? 胃もたれでスパイシーなゲロが出そうだなあ。

 

 

「あー……えっと、鹿狩八尋、です。よろしくです〜」

 

 

 控えめに右手をヒラヒラ〜としてみる。

 教室は静寂に包まれた。冷や汗で背中が冷たい。時計の針の音だけが耳に響くほど、多くの視線に突き刺されて自然と「あ、失敗したなあ」と、実感が湧いてしまった。

 

 

「か、かわい〜〜〜〜〜!!!」

「うぉっ、声でか……」

 

 

 数秒間誰も何も言わなかった秩序を、教室のほぼ真ん中の位置に座る女子が破った。制服を程よく着崩し長い髪をゆる〜く巻いた、ギャルって感じの風貌をした女子だ。

 

 彼女の席の周辺は多分1番目立つ女子が固まっているグループだで構成されているっぽい。

 

 先程の女子に笑いながらツッコミを入れてる女子や、同じく笑ってるメイクをした女子。見た目も派手だし周りの女子が彼女らと比較して控えめなのも相まって、女として生きるなら関わらないのが無難なタイプのグループなのは明白だった。

 

 

「あたし小鞠(こまり)って言うんだー! 朔月小鞠! よろしくねー八尋ちゃん!」

「あはは、よろしくー」

「鹿狩さんって彼氏とかいんのー?」

 

 

 いるわけねぇだろ。野次を飛ばしてきた男子を見る。

 

 

「うわっ、まじで可愛いな……ちょっとタイプかも」

「ちょっとやめなよ航太、転校生ちゃん困ってるって〜」

「いやいやまじでアリだって! ね、鹿狩さん。どう? 俺と付き合わない?」

「どう、って」

 

 

 無理じゃ。と強く言おうと思えば別に言えるのだが、そんな事したら転入一日目で灰色の学園生活が確定してしまう。

 長いものに巻かれるのは社会で重要な世渡り能力だ。敵を作らないようにネタに昇華しながら受け流さなくては。

 

 

「おれ……じゃなくて。私、まだセックスした事ねぇピッチピチの処女だから、彼氏とか付き合うとかよく分かんないんで。フレンドとかなら全然いっすよ!」

 

 

 シーン、とまた直ぐに静まり返った。ワードチョイス完全にミスったな、中学生はセックスとか処女とかあんま口にしねぇか。それはそうだよな。

 

 

「ぶっ!」

 

 

 しかし、今度の静寂はすぐに誰かの吹き出す音で破られた。その声に遅れ、パラパラと、思春期男子たちの話す声が教室に充満していく。

 

 

「いきなりすげぇ事言うな鹿狩さん! びっくりしたわまじ!」

「本当にそれな!」

「キャラブレブレだけど全然アリだわ!」

「がーっ! 振られた〜っ!!」

「だははっ、だっせぇ航太! 転校生に一瞬で振られてやんのー! じゃーさじゃーさ、俺は!? 俺めっちゃ頭良いぜ!?」

「ガチャガチャうるさくて頭良さそうに見えないからいいや〜」

「うわっ! 鹿狩さん辛辣〜〜!!」

「おめぇも振られてんじゃんかよ!」

 

 

 爆笑している派手派手な男子たち。いいね、完全に空気を掴んだぞ。

 

 

「きっしょ」

 

 

 …………わあ。

 

 3度目の静寂は1人の女子が放った一際でかい罵倒のセリフをきっかけにして起きた。

 

 そうだったわ。元男だから男子勢の輪さえ形成出来れば少なくとも孤立することは無いと驕ってた。

 

 俺は今女体である。

 女子達に気に入られる言動所作をするべきだった。こんなん敵を自分から増やしてるような物じゃないか。

 

 

「鹿狩八尋? 小学まで男だったのに女になって帰ってきました? しかも格好だけじゃなく中身まで男に媚びてるし」

 

 

 いやめっちゃ言ってくるんですけど。何、俺の事元々嫌ってたやつか? 同小出身の因縁ある奴か?

 

 これは俺のデビューの仕方が失敗だった。自分の"女体である"という前提を意識せずムーブを間違えたゆえの身から出た錆。

 ここで一触即発な雰囲気を出してしまえば今入った僅かな亀裂は完全な地割れとなって、少なくとも俺に敵意を向ける女子とその仲間達を敵に回す事になる。それはよくない、非常に。

 

 とりあえず、まずは睨まれると思われないよう慎重に。俺の可愛いくりんくりんのお目目とお顔で笑顔を作り、私は味方ですよアピールをしなければ……。

 

 

「えっ」

「こーら。お前いきなりなんて事を言うんや。言っていいことと悪いことの判断もつかないんか?」

「別に思ったこと言っただけですけど」

「言っていいことと、悪い事があるやろって話だ。言いたいか言いたくないかって話はしとらんわ」

「だって私ああいうタイプのやつ一番嫌いだし。だってオカマでしょ? てか、男が女のフリして何が目的なわけ? 着替えとか覗きたいんじゃないの?」

「竜胆!! いい加減にしろ、それ以上言うと反省文だぞ!」

「はぁい黙りまーす」

 

 

 竜胆、と大和田先生は言った。その女子の事を。

 見覚えがある女子が俺に有り得ないくらい心に来る暴言吐いてて、口を動かすことが出来なくなっていたところに、横からトドメを刺された。そんな感じだった。

 

 

 竜胆都子。俺の最も大事な幼馴染の1人。その後にも続くトラウマにもなる非業の死を迎える筈の彼女は、俺を憎き敵のような目つきで睨んでいた。

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