子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
「ふんふんふん。ふんふんふ〜ん。にゃんにゃにゃにゃ〜」
教室の後ろにある黒板を割ってくり抜いた穴に予備スマホを入れて、充電器をぶっ刺し、録画を始めてからカポッとカバーを被せて偽装する。
監視カメラを設置し、使った道具を先生の机に勝手に入れさせてもらって、一旦はこれで準備完了。鍵をぶっ壊したベランダの扉から外に出て、配管パイプを伝ってひょこひょこと下におりる。
怖いね〜。お尻を突き出して間抜けな降り方しちゃいました、現実は漫画のようにはいかんね。
「さてさて。どこで時間潰そっかな〜」
前に覗き見た時のままいじめっ子ズの行動がパターン化されてるなら、あと30分程で誰かが来て俺の机に落書きをし始める。
そそくさと学校から退却し、コンビニのトイレで備えあればの精神で着ていたパステルブルーのレインコートを脱いで畳んで鞄に仕舞った。
照れるからあんまり見ないで欲しいな。いいだろ、晴れてる日に合羽着ててもさ。
*
コンビニでドラえもんの単行本を買い、アイスなどを食べながら時間を潰した。
やっぱり俺チョコミント好きだわ、美味ぇ歯磨き粉って感じ。一番美味いのはやっぱカップアイス型のやつだわ。ぎっしり満足するチョコミントのやつ。
「うわぁ」
学校に着き、下駄箱をパカりしてため息を着く。懲りずにまた上靴に画鋲が仕込まれていた。誰が引っかかるというのか。
画鋲を取って床に落として踏み曲げる。全く、これはいじめる側からしたら普通なのか? やり過ぎだろ、か弱い女の子相手に。泣いちゃいますよ。
「……はぁ」
またもや机には罵詈雑言の嵐。罵倒の寄せ書き。悪口の写経。
と、大袈裟に言ってはみたものの。実情はそこまで目立たない程度にしか書き込まれておらず、正直これを担任に見せてもあまり怒ってくれなさそうな雰囲気しかしなかったのでスルーした。
「鹿狩さ〜ん、ちょっと」
「……」
「小鞠」
「……うん」
「いででっ!?」
給食の時間の直前、菊池さん、朔月さん、ついでにモブ女子二人がやって来て、モブ女子Aに髪を掴まれ、Bと朔月さんに腕を持ち上げられて女子トイレまで連行される。体躯が小さいとこういう時されるがままだからな、敵わんわ。
「ソイツ、スマホ持ってるかもだから服脱がせて」
「はいは〜い」
「ちょっ、やめてよ。ねえっ」
俺の声は無視されてモブズに服を脱がされる。スカートを引っ張り脱がされ、夏服セーラーも強引に剥かれ、下着姿で正座させられて制服を探られる。
「あれ? スマホ持ってないよ?」
「は? おい鹿狩、スマホは?」
「机の中だよ。壊されたらやだし……」
「あっそ。じゃあいいや」
菊池さんがそう言うと、朔月さんが個室から水の張られたバケツを出してきた。
それを俺の目の前に置くと、菊池さんに「戻ろ。お昼食べたい」と言って、二人で教室に帰って行った。
残った二人、モブ女子ABに髪を掴まれる。
「前からさ〜、こうしてみたかったんだよね〜。なんかコイツの顔、あたし嫌いでさ〜」
バケツの中に顔を突っ込まされた。ずっと押さえられてると肺に入れた酸素が足りなくなっていき、呼吸を求めて体が震え出す。
「あははっ、震え出したー。可愛ー」
「まだ耐えさせよ! まだまだ。まだまだまだ!」
チキンレースでも始めたのかな。こっちは本当に苦しくて痙攣が増していく一方なのに、そんなのお構い無しに二人は笑いながら押さえつけていた。
「ぶはっ!? はぁっ、あっ、お゛ぇっ! あぶっ!?」
窒息するかと思うくらいの長い時間、後頭部を掴まれて水を張ったバケツの中に顔を突っ込まされ、呼吸出来たと思った刹那、また顔をバケツに突っ込まれる。
苦しい、口を閉じてるのも難しくなって開けると大量の空気が泡となって上に登った。水が口の中に入ってくる、こりゃ大した拷問だ。水の中に居なければ今頃号泣してるに違いない。
その後、直ぐに飽きたのか開放されたが、パンツを剥ぎ取られてしまった。何に使うんだろうね、メルカリで売ったりかな。
「クソ女。あんた、教室に戻らずここに居ろよ。給食今日はなしね?」
「……」
「分かった?」
「……わかった」
「分かりました、だろ?」
「…………分かり、ました。……っ」
「うわっ、泣いた。キモ。ダッサ」
下を向いて身体を震わせて、自分で喉奥に力を入れて嗚咽を引き出して強引に涙を絞り出す。モブ女子達は泣き始めた俺を見て満足したようで退散していった。
ブラの裏側に貼ってあったコイン型の盗聴器を出して、目視でちゃんと電源が入ったままか確認する。ランプは緑、使えていると信じたい。
……にしても、万全を期してブラの裏側に貼ってみたはいいが、これ、布と肌が擦れ合う音しか聞こえなかったらどうしような。
録音出来てなかったら完全に無駄な買い物だ。安くなかったんだから、仕事していなかったら心から涙流しちゃうよ。折角八木達をボコした時の臨時収入で買った代物なんだ、思い出という事で大切に使っていきたい。
「はあ、にしてもまたパンツロストかよ。高ぇのに……」
レイプの時と今回とで二枚目ですよ。もう褌でも履くか? アレでどうにかやってけば節約にならないかしらね。
昼休憩のチャイムが鳴る五分前になり、隠れ忍んでいた個室から出る。
洗面台の前ではうちのクラスの女子数名を含めた女子グループが俺の悪口を言っていて出るのを迷ったが、そーっと出ればバレないかなと思い脱出。結果、めっちゃ普通に気付かれたしめっちゃ見られた。
にへら、とだけ笑って足早に出ていく。あぁ〜、これもキモがられてるだろうなあ。わたモテ前日譚やもしれん。
「来るぞ、来るぞ!」
教室に入る前になんかヒソヒソ声がした。いつもの俺の噂話だろう、なんて言ってるか分からないし気にせず教室に入ろうとした。
「そりゃっ! 現れろババアパンツ!」
そう言って、クラスのひょうきん者の男子が俺の位置からは資格になる角から思い切りスカートを捲りあげてきた。
いつもと違いスカートを巻くのを辞め、本来の長さにして履いていた。だからスカートの下が見えるかもだなんて微塵も思っていなかったし、警戒もしてなかった。
スカートがバサッと持ち上がる。俺は今パンツを履いていない。
「っ!!! きゃああっ!!?」
普通に素でそんな反応をしてしまった。油断しきっていた。
「なんでこいつなんも履いてねーの……!? おい
「えー? なんでだろ? あ、もしかして鹿狩さんって変態なんじゃない? 露出狂ってヤツ?」
モブ子Aがそう言うと、口々に皆が俺を笑い始めたり、罵倒し始める。
下を向いて自分の席まで行く。丸めた紙や練り消しとか、そこら辺のゴミを投げつけられる。足をかけられてコケかけ、そこに合わせてスカートを掴まれ、尻が男子生徒の団体の方にさらけ出される。
「離して!? 離してよっ変態!!」
「変態はおめぇだろーが露出狂が。はーあ、こんな奴に告ったとか一生の恥だわ〜。俺の時間返せよクズ」
「うわっ!?」
俺のスカートを掴んでいた男子が手を離すと、足がもつれて前の方に勢いよく倒れそうになる。そのまま別の男子の体に突っ込んでしまう。
「おー? なんだよお前、痛えなあ〜」
「っ! 胸、触んなっ」
ガッツリと胸をいかれる。おい男子中学生チャラ男ばっかか? 人の胸を勝手に揉みしだいておいて、ヘラヘラ笑いながら手で「鹿狩の胸、こんな感じ」って大きさを再現していた。皆それを見て笑ってら。女子ですらそれを見て「馬鹿じゃないのー」って笑ってるし。堪んね〜。
*
「みてぇな感じ。今日はあんまりだったよね〜、メンタルには来るけど、苦痛ランクは低い感じだね」
「ひぐっ……ぐすっ」
柳瀬川さんは俺を警戒していた。だから靴を隠して、探し回ってる柳瀬川さんを後ろから雁字搦めに縄跳びの縄で縛り付けて、普段なら誰も立ち入らない資材室まで引き摺り回した。
引きずり回したと言っても、ボールペンの先を耳の穴に突っ込んで「来ないとおもっくそぶっ刺すよ」って脅して自主的に歩かせたんだけどね。
俺が見せた教室の動画、そして聴かせた盗聴器の録音から、今日のやりたい事リストをノートに書いて柳瀬川さんに見せる。
「今日は、未遂に終わった画鋲は例外として。机の落書きも、まああんま興味無いのでスルーして。バケツの窒息拷問と、下着姿で写真撮影。それとパンツは没収で、無いまま明日一日学校生活送ってもらおうかな」
「なんでっ、私が」
「あーあと。細々とした物だけど、足に向かって蹴りを二回、胸揉みはする意義は見出せないけど個人的にやりたい欲MAXだから一回、それと明日、二回スカートをめくるのでそのつもりで」
「うううぅぅぅううっ!!!」
怯えた目付きをする柳瀬川さんの足を蹴る。加減はしてないから、結構いいのが外ももに入り、柳瀬川さんは悶絶する。同じ所をもう一度蹴ると、柳瀬川さんは痛そうに目を強く瞑り涙を流した。
「聞いたよー。柳瀬川さん、蝶田ちゃん辺りにいじめられてて今でも逆らえないんだってね? またいじめられないように必死に俺をいじめて従順なフリしてただけなのにこんな事になっちゃって。可哀想だね〜」
「ぐっ……ぅっ……それ、知ってるなら、なんで……」
「えっ」
なんでとは。単に辛い過去があったのに今も辛いとか、良い事ないじゃん可哀想〜っていう世間話のつもりだったんだが。
しゃがんだ姿勢のまま頭をこてん、こてんと傾けて考える。分からんね〜。てか、さっきからこの姿勢取ってっけど、これまたぐら丸見えじゃね? パンツ、ロストしてんだよなぁ。
「ま、まあまあ。続きしよっか」
「っ!? やああぁぁっ!! やだぁぁっ!」
「うるさっ!?」
バケツに水を入れに行こうと立ち上がったら泣き叫ばれた。デカいデカい、ホラー映画の声量やん。なに俺、怪異かなんかだと思われてる? こんな平和なホラー映画あるかね。
とりまガムテを柳瀬川さんの口の高さで頭部ぐるぐる巻きにして、叫べないようにしてから廊下に出る。いやはや、こりゃ重労働ですわ。
「ああぁっ!!! あぶぼぼぼぶっ」
「いやいや。水中で初っ端口を開けるのはどういう事? 柳瀬川さん、泳げないの?」
「ぶはっ!? ぁ、やめてっ、鹿狩さんっ、おねがっぶぶんんんっ!!」
柳瀬川さんが必死に抵抗してくるから、両腕を後ろで縛って俺の靴の裏に柳瀬川の頭を固定するようにガムテープをおかわりする。うむ、力関係はこれで勝てた。だが姿勢的にしんどい。
俺の足と柳瀬川さんの頭、動きが連動するから股関節が酷く疲れる。はたから見たら滑稽やろし、何やってんだろうな俺。
「ぶはっ!! うぁぁぁっ! あぶぶっ」
「そう言えばさ、柳瀬川さん今日私にちょっかいかけてこなかったよね。何で?」
「んんんっ、んんーっ!! ぶはぁっ!!? はぁ、はぁ……ぐすっ。だって、鹿狩さん、怖いから……」
「ふむ。怖い? 私の方が体ちっちゃいし、力も弱いよ?」
「はっ、あっ、あぁぁぁぶっ……んんんゔゔゔぅぅっ!!?」
「よく分かんないけど、ちょっかいかけてきてもいいんだよ? どーせ柳瀬川さんが何をしようとしまいと、放課後が来りゃ酷い目に遭わされんだから」
「ぶぶ、んんっ……!! ぶはっ!! あぁぅううっ、もうやめてよぉ!!」
「分からん人やね〜。やめんて」
「なんでこんなことずるのっ、なんでわだじなのぉ!!! なんでごんなひどいこどっ」
「知らんよぉ。私がしてる事って、全部クラスの人の真似事でしかないし。なんで柳瀬川さんなのってのも特に理由無いし。話題性無いって、ループしてるよ? 話」
「それはっ、だってっ、鹿狩さんは、私にばっかり!」
「ねえ無限月読? ハッピー・デス・デイ??? 執拗いって。いいやんなんでも、私らいじめられっ子仲間っしょ? 仲良くしよ〜よ」
「はぁ!? ふざけないでっ、なんであんたなんかとなかむぼばっ!? ぶぼばばっ!!」
「うん本当にごめん。股吊りそうだから一旦休ませて!」
そろそろ回数的にも窒息チャレンジ同じくらい重ねてきただろうし、柳瀬川さんを水に沈めたままガムテープを剥がすきっかけを爪で擦って作る。
「さて、じゃあ次は」
「うわああぁぁぁぁっ!!!」
足を上げてガムテープをひっぺがすと、柳瀬川さんが猛ダッシュで資材室の出入口に走る。元気だな〜、足折った後遺症でひょこひょこ歩きなのを隠してたとは思えない。
見事なまでの全力疾走。アスリートいけるやん! 凄いね、リハビリ頑張ったのかな。
「開かない!? なんでっ!! ここ、鍵壊れてるのにぃ!!」
「なんでって事あるかね。中見られたらやーばいでしょここ。そりゃ開かんようにするよ……」
柳瀬川さんは一心不乱に取っ手を引いて力を込めているが。鍵穴パンパンになるサイズのプチ角材突っ込んでるからその方法じゃ開くわけないんだよな。プチ角材が中折した所で、そもそも余白が無いから全然意味無いぞ〜。
「誰かぁ! 助けてよぉ! 誰かっ、あっ、やめて、やめて……っ!!」
「? ほら、助け呼ばないと」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
水の入ったバケツを両手で持って、体を回しながら遠心力で柳瀬川さんにぶち込んだ。肩にヒット! ピンボールみたいに柳瀬川さんの体が扉から離れて古い書類束の棚まで飛んだ。
ちょっと飛び方がコミカルで笑った。もうちょい角度を絞ればルイージ横Bみたいな挙動になってたと思う。流石にギャグすぎ。
「痛いぃ、もうやだ……たすけてぇ」
「はい。柳瀬川さん、ハウス!」
バケツを置いて、俺の前の床を指差しで命令する。柳瀬川さんは怯えながらも、ゆっくり這うようにしてこちらまで来ると、何も言わずともそこで正座し、何故か土下座までしてきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「何そのムーブ……いじめられっ子なら射精するくらいのカタルシス得られそうなムーブやん。罪悪感すげぇや」
「もう、やめてください……私が全部悪かったです……もう許してください」
「いや許してと言われても……」
どうしよう。実は別に復讐の為にやってる訳じゃない、とか言ったら多分傷つくよな。これがきっかけで今後人間不信とかになられて人生詰まれたら此方としても胸糞悪いし、一旦メンタルリセットさせてやりたい所だがどうしたら……。
「あー。えっと、柳瀬川さん」
「ああぁっ!! やだぁぁっ!!」
「なにがぁ……? 別に悪い事しようって話じゃなくてさ。ちょっとした心理クイズしよーよ」
「……心理クイズ?」
「うん! ほら、女子好きだろそーゆーの。占いとかも。そんな風にビクビクされたら正直私としてもどうすればいいか分かんないし、ここは一旦仲良くなろう! 続きはその後にでもしよっ!」
親指をグッ! と上げると、柳瀬川さんはいよいよ本当に顔を青ざめさせた。指先の震えがもう見るだけで伝わってくる。なんでやねん。
「何、言ってるの……?」
「何とは」
「あんたが、何言ってるのか、全くわかんない」
「はあ。え、どゆこと。柳瀬川さん、実はハーフとか?」
「え、待ってよ。待って、待って。ねえ、何言ってるの? 本当に……何を言っているの?」
「あ、そのテンション感すっごい苦手! 女子のソレ嫌い! 怖い! やめて!」
「……」
どん底に引いたような目をされる。くーっ。もういいもんね、じゃあ停戦協定も糞もねえわ。柳瀬川さんの髪を掴んで、押し倒して腹の上に乗っかる。両腕は足の下敷きにし、身動き取れないようにする。
「おー。このポジションひっさしぶりだ〜。テンション上がるなぁー!」
「なっ、なにっなに!? やめてっ、やめてっ!!」
「やめねぇよ?」
顔面近付けてニッコニコでそう言うと、柳瀬川さんが小さく悲鳴を上げた。ウケんね。
うへへ。この体になってから女とこんな姿勢になったの、都子にぶっ殺されかけた時以外皆無だったからね。男だった頃の感覚が戻ってきそうでございやす。
「今から服脱がすけど、手で脱がしてほしい? それともハサミで行く? どっち??」
「いやだ、やめて」
「ん〜? 何。このハサミさ、下の口にぶち込まれたいわけ?」
「っ!? はっ、はぁっ、はぁっ、はぁっっ!!」
鞄からゴソゴソと昔使ってたハサミを取り出しチョキチョキしてるのを見せてあげると、柳瀬川さんの呼吸がどんどん粗く、乱れていく。
「ハサミで、切っちゃっていい?」
「……嫌ぁ」
「じゃあフリーハンドで。失礼しますね〜」
ハサミを仕舞ってセーラーのチャックに手を掛けると、柳瀬川さんは体を振って逃げようとする。
「やだっ、助けて辻井ぃ!!」
「辻井?」
「っ! あ……っ」
柳瀬川さんの顔にセリフを充てるとしたら、「ハッ! しまった、口を滑らせてしまった!」って感じだろうか。瞳孔の収縮が、唇の震えが、小さく繰り返される吐息が。
全部が全部、柳瀬川さんの深層心理にある"触れられたくない部分"の一端が剥がれかけた事を主張していた。
*
「なんでお前がこんな所に居るんだよ。佐藤」
「お前はここの何なんだよ。幸太郎」
隕石チャーシューが売りのラーメン界隈のLSD、『しかくきゅう』に足を運ぶと、丁度空いてたカウンター席に佐藤が座っていた。
最悪だ。なんで出不精なりに気合い出して外出た日に1番嫌いな奴と遭遇するんだ? 最近鹿狩も全然家に遊びに来ねえし、この世の神は俺の事嫌い始めたんか?
「ほれ」
椅子に座り、食券を渡すと。隣の佐藤が俺にお冷を注いでくれた。
「どうも」
「いえいえ」
「いえいえってなんな。気持ち悪い」
「四肢もいで芋虫にすんぞ。お前」
「今度は両目潰してやろうか」
バチバチと青白い火花を散らす。ふん、こんなクソちんこ脳、性病でも貰って腐り落ちちまえ。
「そういえば、お前彼女さんと上手くやれてんの?」
彼女さん、と言い方を濁してはいるが。コイツが鹿狩と付き合ってるのは知っている。コイツはそれを頑なに隠しているのか俺の前では誤魔化していたが、本人から聞いた情報だからな。
まあ、鹿狩の反応的に酷いようにはされていないみたいだから今は何もしないが、遠回しに佐藤視点どう思ってるのか確認しておきたかった。
「あ? なんだよ急に」
「お前の事だ。どうせまた取っかえ引っ変えに遊んでんだろって思ってよ。あの小さい子とどう?」
聞いてみるも、佐藤は何も答えを返さなかった。なんだ? 破局でもしたんか? その方向性だったらなんか気まずいし、話は掘らないでおくか。
そのまま何も言わない時間が続く。何も話さないならそれでもいい、こっちだって好き好んで話す間柄とは思っていないし。
「お前は、彼女とか、作らねえの」
「はあ? 何の話じゃ急に」
「お前だって急に変な話振ってきたやんけ」
ツルツルズルズル麺を啜っていたら話しかけてきた。コップの水滴を指ですくってデコピンで飛ばしてやる。
「お前モテるんやから女作りゃいいやろ。知見広げろよ」
「チン見しか広がらん。女絡みいらん。卍」
「人生楽しんでる側の人種じゃないやろお前」
「喧嘩しようか。ライターあるか?」
「しねぇわ」
……? なんだ? いつもよりも大人しいな、佐藤のやつ。なまくら包丁って感じだ。こんなに切れ味のない佐藤って存在するのか。
「はぁ……なんつぅか、交代しねぇ? 俺と、お前」
「おぉー。ガチで気持ち悪いなお前」
佐藤がなんかよく分からないことを言ってきた。鼻をつまんだら頬骨にグーを入れられた。
「なんか、よく分からなくなったわ。好きとか、嫌いとか、女とか男とか。人との付き合い方とか、大切とか、特別とか。お前らよりも先に進めたと思ったのに、気付いたら全部破綻してた。はぁー……意味分からん」
「おう。意味わからんのはお前な? 何の話してんの?」
「なんで俺と同じくらい頭ん中一色だった癖に、その感じで居られるんだよ……羨ましいわ。お前が」
「ゾッとするわ……なあよ、あんま夜更かしすんなよ? あと……薬物、程々にな?」
「してねぇ〜わ殺すぞ」
ったく、何をポエミーな世界観を作り出してんだか。本当に何があったんだ、毒気抜かれすぎだろ。牙を全部抜歯された狼って感じだ。
……ま、この感じ。大方なにかに悩んでるのだろう。佐藤がマトモな人間らしくしてる時は大抵、しょ〜もない事で悩んでるに決まってんだ。相場が決まってる、今までもそうだったからな。
意外と女々しいんだよな〜、コイツ。
「よくわかんねーけど、そうやってウジウジ物考える性質じゃねえだろお前。やりたい事があるならやればいいだろ。言い訳なんか作ってねぇでさ」
「おぉー。なんだその在り来りなアドバイス。具体的な話せずして言えるセリフじゃねえだろ」
「うるせーなー。こういう事言われたかったんやろが。分かんねん、死ぬほど嫌いでも幼馴染なんやから。お前、何かデカい失敗やらかして、それが足枷になって葛藤しとんやろ」
チャーシューにかぶりつく。うん、今日もゴン太で歯だけじゃ噛みきれんわ。箸で強引に噛みちぎる。よく考えたらこんな太い肉を平然と食う女体化鹿狩、凄いな。男でも少し食うの手間取るってのに。
「お前に何がわかるん」
「何かわからな何も言ったらかんのか?」
「……鹿狩みたいな事言うなや」
「ハッハッ。この何言われてもそのまんま返してやる戦法を鹿狩に伝授したのは俺やからな。これに励まされた事あるんなら、間接的に俺に励まされたと思え」
そう言うとそこでようやく止まっていた佐藤の手が箸を動かし始めた。
「嫌いだわー。他人の手柄を自分のモノにしようとする奴」
「俺もお前の事は嫌いだから安心しろ。相思相嫌や」
「気が合うなー俺達」
「合うか死ね。ご馳走様でした」
「!? お前いつの間にっ、くそっ!!」
「はいおつかれ、今回は俺の勝ち。次に戦う時はそのナイーブメンタル直しとけよ、佐藤くん」
「があああっ! 殺す!」
器を置き、優雅に店の扉を開け立ち去る。ふははっ、吠えろ吠えろ。何をした所でたった今俺に敗北した事実は消えん。敗北が知りたい、また勝ってしまったな。常勝無敗の男、白幸太郎。
「あれ? 幸太郎じゃん。奇遇〜」
噂をすればなんとやら。少し歩いたら、なんと野生の鹿狩と遭遇した。
「おい。野生の私ってなんだ。ポケモン扱いしたか今」
「エスパータイプなん? なんで平然と心読めんのお前」
「今口で言っとったやんけお前。無意識に喋ってたんか? あんまネタに出来んタイプの病気とか患ってんの?」
「患ってねえわ」
「悩みあったら言えよ〜。それじゃ、終わりのチャーシュー食いますか!」
「えっ、あ、俺」
もう、食ったんだけど……。
……。
……まぁ! 鹿狩と会うのも久しぶりだし! 二杯くらいは余裕か! 一杯目までは準備運動だしな! うん!
「さてさて、今日はどんなトッピング付けちゃおっかな〜。納豆とか付けちゃおっかな〜。チーズバターはノータイムで付けちゃお〜」
「程々にしろよ。太るぞ」
「おーナチュラルに女扱いするようになったな。なんだよ? 私に惚れたかぁ?」
「いんや? まったく?」
「あれっ!? え、違うよねえ!? そこは平然と『おう、惚れてるが?』って返す所じゃない?? 前私に付き合わんかって提案してきたよねぇ!?」
「あー。おう、告ったけど。あれ別にそういうのでは無くて、単に妹みたいな感覚で守りたいな的なやつだから」
「……妹?」
「おう」
「………………はぁ。ふーん。へぇ」
「なんだよ?」
なんか鹿狩の目が一気に冷たくなった。拗ねてるような? 何なんだろう、髪の毛ぐしゃー。
「んわあーやめろっ!」
「何怒ってんだよ」
「怒ってない!」
「拗ねんなよ」
「拗ねてない! ふんっ!」
「ふんって。怒っとるやん。よく分からんなぁ」
何やらご機嫌ななめになってしまった鹿狩に気を使って扉を開けてやる。鹿狩は不機嫌なままではあるが「ありがと!」と言った。頭を撫でたらまた吠えられた。何故。
「……あっ、佐藤」
「……っ!? ぶふぉっ!? ごほっ!!」
「えぇ?」
鹿狩と佐藤が鉢合わせて、目が合った瞬間に佐藤が咳き込んだ。……あ、そうだコイツらカップルやん。ん? 付き合ってる同士が鉢合わせしてする反応か? 鹿狩の目、有り得んくらい冷たくなってるし、佐藤はラーメンの方に目線固定されてるし。
「席はこちらでお願いしやーす!!!」
店主さんがそう言って手で指し示すのは、先程俺が座っていた佐藤の右隣の席と、その一つ右隣の席だった。
「……えっと。どっち座る」
と、聞く前からドスン! と鹿狩は佐藤から一つ空けた席に座った。怖すぎる。絶対別れたなコイツら……。
すごすごと佐藤の隣に再び座る。
「……なんでアイツ連れてきたんだよアホ」
「……偶然だわ。お前鹿狩に何したんだよ、今まで見た事ないくらい怒ってんじゃん」
「いやぁ……」
佐藤は気まずそうに目線をこちらとは逆の方に置いていた。てか、いつまでラーメン食ってんだよコイツ、麺伸びんぞ……って替え玉かよ。どんだけ腹減ってんだよ。
鹿狩は頬杖をつき、またしてもこちらとは逆の方に目線を置いていた。頬杖をついてない方の手の人差し指がトントントン、と苛立ってるかのように机を叩いている。
「……幸太郎。残り、食うか?」
「食わん」
「食え。頼む。俺を帰らせろ」
「任せろ。食わん」
「ちょけんなって! 気まずいの、わかるやろ。なあ幸太郎……」
「何ボソボソ喋ってんの」
「「……っ」」
鹿狩の平坦な呟きが聞こえてきて二人して黙る。幼馴染元男三人の集結だと言うのに、裁判所のような厳かな空気が場を支配し始める。
その後、今まで見てきた佐藤と鹿狩の力関係が完全に逆転した会話が展開されたり、詰められたりする下りもあるのだが、それはまた別の話。
俺、この二人の気まずい事情相関図に関しては完全部外者の筈だよな。早く帰りたいのですが……。