※この作品はR-18です。

子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン   作:千佳のはんぺん

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胡蝶蘭

「鹿狩さん、まだ学校来るんだ。懲りないね〜」

「ね〜。いい加減空気読んで休めばいいのに。菊池さん達が鹿狩さんにあんな事をするようになってから空気最悪だっての」

「分かる。正直息苦しいんだよね〜。そういうのも考慮せず自己中に学校生活満喫しちゃってね。ムカつくわぁ」

「本当だよ。さっさと誰かもっと大きい事して、鹿狩さんを転校させたりすればいいのにな〜」

 

 

 久しぶりに学校に向かう最中の通学路にて、なんか八尋の悪口を言ってる女共がいた。

 

 クラスの目立たない、オタクとかではなくて暗くて影が薄い2人組。性格が良いとかでもないと褒められる所の無さそうな根暗二人がコソコソと、八尋の背後を歩きながら口々と愚痴っている。

 

 

「ちょっとあんたら、鹿狩くんの悪口言ってるでしょ」

「えっ、竜胆さん?」

「久しぶり、だね」

 

 

 私が声を掛けると、肩をビクつかせながら女二人は私を見上げる。こんな気弱な小動物が、他人の愚痴を言うとかまじ終わってる。八尋の事はどうでもいいけど、そういう終わってる人間が居るのは癇に障るので文句の一つでも付けてやることにした。

 

 

「あんたらさ、鹿狩くんに良くしてもらってたよね。年度始めとか。グループで余りが出た時入れてもらったり、班行動で孤立した時話し相手になってもらったりさ」

「う……」「……」

「別にアイツがどうこうとかじゃなくて、人としてキモいからそういうの辞めたら? 受けた恩を必ず恩で返せとか、そんな高尚な事言わないけどさ。恩を仇で返すっての、普通にダサいから」

「「……」」

「聞いてんの? 耳掃除してる? おい」

「わ、わかったよ、ごめんなさい……」

「私に謝られても困るし。鹿狩くんの耳にも入ってなかったっぽいし、わざわざ謝らなくてもいいんじゃない。そういうの影で言うの辞めたらキモくなくなるし」

「都子!」

 

 

 二人を捕まえて軽く道徳を説いていたら八尋に声を掛けられた。顔を1回揉んでから二人に背を向け、八尋を見る。

 

 

「あ、鹿狩くん久しぶり。元気してた?」

「してた、けど。何してるの?」

「なんでもないよ。ね〜?」

 

 

 二人にそう言うと、無言で首を縦に振って頷いた。背の小さい方が大きい方の後ろに隠れる。根暗連中にもそうやって庇ったり守られたりって役割は存在するんだ。羨ましい。

 

 

 八尋と久しぶりに通学路を歩く。無言だ。前からそこまでうるさく話しかけてくるタイプでもなかったが、今日の八尋は少し違和感があるくらい大人しい。つい隣を見ながらソワソワしてしまう。

 

 大通りの信号を渡り、タバコ屋の前を通り校門前が見えてくると、ようやくここで八尋の口が開いた。

 

 

「あー……えっと、そういえば私、彼氏出来た」

「は?」

「でも今度は不良とかじゃないから、都子が心配するようないぃいひゃいいひゃいいひゃい!!?」

 

 

 思い切りほっぺを抓ってやる。今なんて言った? 彼氏作った??

 

 

「私と幸太郎の告白、保留中だったよね??」

「あなた今彼いるでしょーがぁ!! 幸太郎はっ……アイツ、私の事妹みたいな感じで好きって言いやがった!」

「はぁー!? はぁ……あんたら三人は、もう、本当にもう……」

「三人? え、もしかして俺いま幸太郎と佐藤の輪に括られた? 男ってマジで女の気持ち分かってないよねーって愚痴るフェイズじゃなかった!?」

「全員が全員全くもってもうだろ……はぁ。てか、あんたなんて言いかけた? 私に怒られるだかなんとか」

「うん、相手は不良じゃないから乱暴される心配とかないし、安全だから今回は都子も不安にはならないかなってうわぁすごい睨まれてる」

「はぁ……全然分かってないわ」

「わ、その反応、喧嘩別れする前のおなごの反応だ。むずー……」

「あんたの方が遥かにムズいわ。はぁ……」

 

 

 ため息しか出なかった。確かに、佐藤なんかと付き合ってたら身の危険がって不安もあったけど、そうじゃなくて、八尋が傍に居てほし……まあいいや。

 

 ここ数日距離を置いて、じっくり考えてもうそういうので気性を荒立たせるのはやめようと決めたんだ。冷静に、冷静に。いいじゃないか、佐藤の女にならなかっただけ大分マシだ。そう考える事にしよう。

 

 

「彼氏って、どんなやつ」

「む。私の彼氏に興味有り? じゃあちゃんと佐久間くんの事改めて紹介いいぃぃほっへやぇろー!!!」

「佐久間くんは駄目だっつってんでしょ。アイツああ見えて繊細なんだから、あんたと知り合ったら病んでストーカー化するわ」

「彼氏に散々な言いよう。本当に好きなのか怪しい所ですね……」

「あんたには一生かかってもそういう人らの気持ちは分からないよ。どんな気持ちかを語って聞かせても鼻で笑われるだけでしょ」

「鼻で人を笑ったりしません! なんだと思ってんだ私の事!」

「……まあ、体はちんちくりんだし。そこは佐久間くんも興味を示さないかもだけど」

「ちんちくりんは余計だよ。クソめ、なんでこんなにタッパの方は伸びないかね……!!」

 

 

 八尋は怒ったような顔をしズンズンと歩みを進めていく。まあ足は私の方が遥かに長いので、追いつく事に苦は無いが。

 

 

「てか、あんたまた胸でかくなってない? 今サイズいくつあんの」

「んー……E70、って紙に書いてあった」

 

 

 え、服の上だから僅かに膨らみが増したな程度にしか思わなかったが、そんなに大きくなったんだ。成長期じゃん、栄養全部そこに集まってるでしょ。

 

 

「あたしとほぼ同じじゃん。なんでそんな育ったん?」

「知らないよ。ラーメン食ってばっかだったり惰眠貪ったりするし、そこじゃないの?」

「ストレスも育乳に関係するって言うよね。ストレスが少ない方が巨乳になりやすいみたいな」

「そりゃまた炎上しそうな文章ですな……」

 

 

 しかし本当に八尋の胸の成長は著しい。転校した頃は本当にストーンと、手を添えたら足元までノンストップで落ちていきそうな程の貧乳だったのに。今やカーディガンの上からでもはっきり円がわかるくらい育っていた。

 

 

「鹿狩くんって頭良くないから、ストレスらしいストレスも抱けなくて胸が育つ絶好の脳みそしてるんじゃない?」

「なんで急にディスる?? てか賢いキャラで売ろうとしてた時期あるのにー! バカ扱いやめてください泣くぞ!」

「わちゃわちゃ騒ぐ時点で賢くは無いでしょ。てか、その表情筋の不一致は相変わらずなんだ。せめて顔に合わせて中身も大人しくなれば賢く見えるのにね……」

「中の人を貶すのやめてください!! ったく、登校再開初日から酷すぎ! 都子のバカ!」

「馬鹿だって? 成績優秀だってぇの!」

「いひゃい〜〜〜!!!」

 

 

 再び八尋の頬を掴んで、グニングニンと回してやる。八尋は目に涙を浮かべて「ひゃめへ〜!」と懇願していた。日本語では無いので無視する。

 

 

「うぅ、ほっぺがカレーパンマンみたいに……もうお嫁に行けない……」

「おぉ、あんたがそんな女しか言わないようなセリフ言うと違和感あって気持ち悪いな。知らぬ間に新しく彼氏作ってるし、女化が著しいわね」

「またセンシティブな話題を……そういう性自認みたいな話は難しいしよく分からないからしない事にしてんの! てか誰だって男っぽい所女っぽい所あるでしょ!!」

「ぽさで語れる範囲の変化なら目に留まらないけど、彼氏作るに関してはそういう癖が絡んでくるやん。どうなのそこん所」

 

 

 キョトンとした目を八尋は私に向ける。

 

 

「どうって?」

「佐藤の時はまあ……不快だけど、アイツ顔は良いし迫られたら断れないなって経験則でも分かるし。だからそれはいいとして、新しい彼氏はどんな奴なのよ」

「なんでそんなの知りたがるのさ」

「佐藤と共通点あったらそれがあんたのタイプの条件だって分かるでしょ。私、まだあんたの事全然諦めてないし」

「うん二足のわらじなのよ。彼氏居る内は彼氏の事だけ見てやれ? ナチュラルに浮気ムーブカマすの心象悪いよ」

「うわっ。彼氏の近くに居てほしくない女ナンバーワンの鹿狩くんにそんな事言われるとは思わなかった。事実は小説よりも奇なり」

「本来の意味での地雷女扱いするなー!!!」

 

 

 紛れもなく地雷だろ。偶然佐久間くんと鉢合わせになった時なんかコイツやっぱり距離感分かってなくてグイグイいってたし。興味引きたい時に腕を掴んだり肩に手を置いたり、話す時もやたらと目を見て微笑みかけるしなにか見せると顔を異様に近付けるし。危険な要素しかないっての。

 

 ……まあ、本人の顔を見てればそんな気はサラサラないって分かるけど。それでもやっぱり女としては、腹の中なんて本当は本人しか分からないわけだし、警戒するし敵意だって抱いてしまう。

 

 

「やっぱあんたには何があっても佐久間くんと関わってほしくないわ。よし、近付けさせないでおこう」

「えぇ!? 今この一瞬で何を思考してた!? なんで唐突にそんな宣言されなくちゃならないんだよ!!」

「自分の胸に聞いてみたら?」

 

 

 八尋が胸の膨らみに上にそっと手を添える。彼女はそのまま首を傾げる。

 

 

「心当たりないって」

「天然だったら馬鹿女って呼ぶわ。計算だったら屑女って呼ぶわ。さ、どっちのあだ名があんたに相応しいかな」

「確定で悪口呼びされるのに選ばせないでくださーい!!」

「冗談だよ。あんたは元々男なんだ、男との距離感が分かってないのは当たり前よね。でも程々にしないと女子に蔑まれるかんね、気を付けな」

「……んー」

 

 

 ? 八尋の声が低く落ちた。珍しい音色の声だった。顔を窺い見る。

 

 

「ん? どしたの?」

 

 

 ニコッ、と八尋は私に笑いかけた。私が顔を覗いてくるのを分かってたかのように、わざとらしく瞼を小さく震わして、こちらを見て、自然に。

 

 

「……あんたのその泣きぼくろ、可愛いね」

「泣きぼくろ? あー、あったねぇ」

 

 

 八尋は自分の顔の事なのにそれをたった今思い出したかのような仕草を見せて、普通に歩き始めた。

 

 今の反応は、今のあまりにも何も無かったかのような反応をしておきながら目の色を沈着させていたのは。嘘や隠し事をする時の八尋の反応に違いなかった。

 

 

 

 

 なんで私に隠し事をしたのか。その理由はすぐにわかった。

 

 

「うわっ、淫売ビッチのご到着だ〜」

 

 

 それは、いつの日か八尋に告白をして、玉砕した男子が放った一言だった。

 その一言を皮切りに、談笑していたクラスメート達の意識が八尋に向く。冷たく、汚らしいモノを見る目。愉快そうに、滑稽なモノを見る目。感情の色は様々だけど、その全部が悪意、排斥意識を含む物であるに違いなかった。

 

 ……いや、一部そうでも無い目も向いている。

 あれは……なんだろう、よく分からない。義務感で見ているというか、そう演じているような、形だけ見ているていを成してある目、というか。

 

 それらのよく感情が伝わらないものを除けば、ほとんどのクラスメートが八尋にマイナスの感情を向けていた。

 

 

「あれ、都子じゃん!」

「え、都子ちゃん!? わわっ、久しぶりー!!」

「紗理奈、小鞠……」

 

 

 膠着した空気の中、紗理奈と小鞠が私を確認し嬉しそうに手招きをした事がきっかけとなり、雰囲気が弛緩し、周りも私に対して「おかえり」だとか「今回は長かったね」だとか各々の感想を私に伝えてられる形になる。

 

 なんかこの感じ、八尋が戻ってくる前みたいだ。

 

 女王蜂が居て、周りの虫は女王蜂の言いなりで、女王蜂にとって心地好い空気を作る事で巣の中に入れさせてもらってる、みたいな感覚で居る感じ。動物の群れとして形成された社会に入れられたような閉塞感。不快な空気だった。

 

 

「久しぶり〜竜胆さん! ほら、こっち来て話そうよ!」

 

 

 蝶田が軽快な足取りで私の元まで歩いてくると、その手を掴み引っ張った。八尋から半歩離れる。でも、そこから私は動かなかった。

 

 

「竜胆さん?」

「ねえ。なんで八尋には挨拶しないわけ? 八尋も今来た所なんだけど」

「……あはは、だ、よ、ね! ごめんごめん、おはよ〜かがりん! 元気ぃ?」

「うん。元気」

「うん元気、じゃねえだろ間抜けが」

 

 

 男子の1人が紙くずを丸めて八尋に向けて投げた。頭に当たり床に落ちる。紙を拾い広げると、そこには『学校来んなよブス』と書かれていた。

 

 立ち上がる時、チラッと八尋の顔を見る。

 

 

「……」

 

 

 効いてない、わけないよね。

 

 八尋だって人間だ。

 どんなに平静を装えたって、茶化す余裕をあるようにみせかけられたって、私に嫌われてる素振りをされているのに平然なフリが出来たって。それでもどこまで行っても八尋だって心ある1人の人間なのだから、群れから弾き出されて攻撃をされれば血だって出るのは当たり前なのだ。

 

 八尋に離れてほしくない、だけど八尋は"皆の八尋"だから、学校に復帰したらあまり過度に干渉するのは辞めよう。そう思っていたのに、見るからに酷い扱いをされているのに泣き声一つ上げず、体の力を抜いて俯いている八尋の姿を見ると勝手に拳に力が入ってくる。

 

 

「……酷すぎでしょ」

「違うんだよ、聞いて竜胆さん。かがりんったら、紗理奈の彼氏を」

 

 

 蝶田が何か言っていたが素通りして紙を投げた男の元まで行き、その紙を机にドンッと置いてやる。

 

 

「なんだよ、竜胆」

「あんたこそ。これ何」

「お前に向けたわけじゃねえし」

「そんなの分かってるわ。なんでこんなの八尋に投げたんって聞いてんの。頭悪いわけ?」

「はあ!? いきなり何を言い出すかと思ったら!」

「つぅか皆もなんで八尋が来た瞬間にそんなんなわけ? コイツの事いじめてんの? まだイジメとかだせぇ事してんの、中三にもなってさ」

 

 

 私がそう言うと雑魚の目立たないクラスメート達が萎縮するのが見えた。ただ一人、紗理奈だけは私の意見にピクリと苛立ちを見せ、怒鳴りながら立ち上がる。

 

 

「長い間学校来てなかったお前に何がわかんだよ都子。八尋の肩持っちゃってるけど、それこそダサいっての」

「何があったのかをまず先に語りなさいよ。何も知らないのにいじめてる光景見せられても、うわぁこいつら引くわ〜って感想しか抱けないっつーの」

「り、竜胆さん! かがりんはねっ!!」

「あんたはさ。ちょっとうるさい。相手にされてないの少しは察したら?」

 

 

 誰が主となって八尋をいじめてるのかは分からない。でも蝶田は明らかに悪意を持って、八尋を嘲笑いたいのを必死に耐えているのだけは分かったから相手にしない。

 

 蝶田がしつこく紗理奈との間に入ってきそうだったので手で払う。強く歯を噛み合わせる音を感じたがどうでもいい。モブは下がっていてほしい。

 

 

「何があったわけ? 私にも納得出来るように説明してくんない?」

「八尋は……この女は、あたしの彼氏を誘惑したんだよ」

「誘惑?」

 

 

 八尋の方を見る。彼女は顔を伏せたまま立ち尽くしていた、表情は伺い知れない。

 

 

「海彦とデートする日、コイツは海彦と一緒に居た。楽しそうに体をベタベタ触って、あたしから隠れて……許せないだろ。友達なのに」

「だから何?」

「は?」

 

 

 素直に思い浮かんだ言葉を吐き出すと、紗理奈は目を鋭くれし私を睨みつけてきた。私はそれを無視し、一旦八尋の方を向いてその肩を掴んだ。

 

 

「都子……?」

「ねえ、八尋。あんた、笠原になんかしたの?」

「……」

「答えて。なんて答えても私には関係ないし、怒ったりしないから」

「……してない。何も」

「何もしてないって八尋は言ってるけど?」

 

 

 八尋を離し、背中の後ろに隠すように庇いながら紗理奈の方を向き直る。紗理奈は濁音混じりの声で「あ゛ぁ!?」と私を威圧するように怒声を上げるが、怖気付くことでも無い。手遊びに横髪を指先でいじってやる。

 

 

「ソイツの言い分なんか知った事かよ! 嘘ついてるんでしょ! 絶対なんかやった!!」

「証拠はあんの?」

「あ、あるよ! 証拠なら、ほらっ!!」

 

 

 蝶田は、この引っ付き金魚の糞女は少しの時間も黙っていられないのだろうか? 紗理奈が何か言う前に、蝶田は私の前に現れるとスマホで撮られた動画を全画面で見せてきた。

 

 内容は、他愛もない会話をする動画だった。八尋と笠原くんの、本当に他愛もない日常会話。それと恋愛相談。それ以上の事はなく、手を繋いだりとか、キスしたりといった事もしてる様子はない。

 

 

「ただ普通に話してるだけじゃん。これの何が誘惑なわけ」

「だから! あたしとデートする日にそれが起きてんの!!!」

「それは笠原の側に問題があるんじゃないの?」

 

 

 私の指摘に、離れた位置に居た笠原が気付き目が合う。

 

 

「あんたがそもそも、紗理奈とのデートをすっぽかさなければ何も起こって無かったんじゃないの? どうなのよ」

「それは」「海彦は悪くねえから!!! 八尋が誑かしたんだよ、そうに決まってる!!」

「決まってるわけねぇ〜でしょ。何意味不明な事言ってるわけ? あんたの彼氏が全部正しいとでも思ってんの? あんたの彼氏が悪い事しないとでも? 恋は盲目とはよくいったものだね、危ないから松葉杖でも使った方がいいんじゃないの?」

「なっ、都子、お前随分調子乗った事言うじゃんしばらく学校来てなかったくせに!!」

「他人をいじめるとか調子乗った事してる奴に言われたくないっつの。なに、デートすっぽかした彼氏に怒らず話してただけの女にキレるって。頭ん中スイーツフェアでも実施してるわけ?」

 

 

 紗理奈との口喧嘩が白熱し、みるみるうちに怒りを顕にする紗理奈が私に掴みかかろうと近付いてくる。

 

 手が制服に伸び触れられかけた。だが、私が掴まれる前に、八尋が私の前に出てきてその手を自分の腕でガードした。

 

 

「退けよクソ女!!」

「待って。タンマ」

「っ!?」

 

 

 そう言うと、アッサリと八尋が自分の腕を掴む紗理奈の腕を曲げて捻り、紗理奈の身体が抵抗出来ないかのように動かされ彼女は机の上に拘束される。

 机に顎を当てるように固定され、背中側に関節が極められていて動けないようだった。暴れる紗理奈を一瞥もせず、ただ八尋は蝶田を見た。

 

 

「ねえ、蝶田ちゃん」

「えっ?」

 

 

 突然の状況に私を含め、教室に居た全員が混乱していた。何が起きているか分からなかった。紗理奈も同様だが抜け出せない。むしろ暴れる度に力強く押さえられているのか、時々呻きを上げていた。

 

 

「今の動画、なぁに?」

「……っ」

 

 

 私からは八尋の顔は見えなかった。けど、その声音から、八尋がニヤケているのだけは伝わった。

 

 蝶田の顔が一瞬強ばるが、すぐにヘラっと笑い顔を作り八尋に反抗する姿勢を見せる。

 

 

「なにが? クラスメート全員に送られた動画をそのまま見せただけだけど?」

「へぇ。その動画、そんなに長かったっけ? てか、ダッツの下りとかガチガチの実の下りとか、そんなの入ってなかったよねぇ〜」

「……それは」

 

 

 そこで1度言葉が途切れ、すぐに勢いよく言葉を繋げる。

 

 

「それは、あの、ウチとかっ、一部の人には撮られた動画がそのまま送られたっていうか!」

「編集元の動画が?」

「そうっ、へんしゅ」「編集された動画である事を認めたわけだ。今」

「あっ……」

「ん〜。うんうん、うん」

 

 

 しまった、と言わんばかりのハッキリとした「あ」を発声し青ざめる蝶田に対し、八尋は憶測が真に迫っていたとでも言うような誇らしげな喉鳴りをさせていた。

 

 

「い、一部は編集されてたかもしれないけどっ、胸の下りとかは言葉の合間に違和感無かったし、本当に言った事なんでしょ!?」

「どうだろう? 上手くやれば自然に聞こえるよう出来るんじゃない?」

「そんなのデマカセ!! 出来るわけないじゃんっ!!」

「どうでもいいけどさ〜、一部の人って言うけどわざわざ事の真相を知らないような相手に編集元の動画なんて渡す? 皆が聞いた音声と真実が食い違っている動画なんて普通にヤバくない?」

「な、何がっ」

「分からないならいいけどさ。シンプルに、そんなの共有出来るのって共犯者くらいでしょ。犯行の種を明かしてるのと一緒だからね〜」

「きょ、共犯者なんかじゃっ」

「ま、それもどうでもいいや。とにかく、編集元の動画を蝶田ちゃんは持ってるわけだよね? じゃあそれ、見せてよ」

「えっ」

 

 

 八尋が提案し片手を伸ばすと、蝶田は跳ねるように彼女から離れた。まるで手で庇い隠している物を必死に守るように。

 

 

「あ、有り得ないんだけど! あんたみたいなっ、性悪な人に渡すわけないじゃん!? ねぇみん」「まるで犯人みたいだねー!!!」

 

 

 嬉しそうな大声で八尋がそう言うと、全員が疑いから一歩確信に迫ったような顔で蝶田を見る。

 

 慌てふためき、周りに助けを求めていた蝶田の顔が下がる。

 

 

「見せればそれだけで全てが分かるのにねー! 呼吸音や、撮影者本人の喋り声が入ってたりするかもしれないし、そこから犯人も特定出来て、なんでわざわざ編集した動画をクラスに回したのかというのも分かるのにさー。全部蝶田ちゃんのスマホがあれば出来る事なのに、そんな頑なに離さないだなんて。まるで犯人みたいだねー!!」

 

 

 八尋の周りに聞かせる声量での語りは、疑いの域を越えられなかった周りの生徒の背中を後押しした。

 

 

「おい見せろよ!」「隠してちゃ分からないだろー!」「冤罪ー! 蝶田さんの冤罪ー!!」

 

 

 一斉に花開くように、八尋の後押しを受けた生徒達が口々に蝶田へ暴言混じりの言葉を投げかけはじめる。何が何だかよく分からないが、逆転劇の最中であることは理解出来る。

 

 と、そこでこの教室を目指す長い影があるのが窓越しに見えた。担任の先生が来たようだ。

 

 そのタイミングを計らってか、蝶田は急にその場にしゃがみこみ、手で顔を覆い泣き声を上げ始めた。

 

 

「ひ、ひどい、ひどいよかがりん! 友達なのに、ウチの事は信じてくれないの!?」

「あははっ」

 

 

 そこで何故か八尋は軽く笑い、紗理奈を拘束する手を退かした。

 

 紗理奈は激高していたが、やはり八尋はそちらを一瞥もしない。静かに床を歩き蝶田のすぐ目の前まで来ると、膝を畳んで手を置いてその場で座り込む。

 

 

「苦し紛れに言ったセリフっぽいけど、ウチの事は信じてくれないの〜辺りって普通に本音だよね」

「!?」

「驚かないでよ、だってそうでしょ? 誰からも相手にされたことがない。生まれついての日陰者。だから、悪い事であろうが自分が目立つような事柄を起こし誘導して注目されたい。そしていつか自分の事を手放しに信頼してくれるような仲間がほしかった。だからいじめを助長するような行動を取った。そうでしょ?」

「八尋、もう」

「モブだの脇役だの、誰が目立つだの人のポジションだの、蝶田ちゃんが口を出してきた単語が意味分かんなくていつも困惑してたよ。でも、今になってようやく、今まで孤独な人生を歩んできてそれがコンプレックスになったっていうのがよく分かったよ。うん、"誰でもない"事こそが蝶田ちゃんの嫌な事なんだもんね。ポジションが欲しかったんだ、誰かにとっての。何も無いからこそ、誰かを陥れる事でしか関係値を築けなかった。今回だって、自分が中心に少しでも近くなれるように、わざわざ出しゃばって自分から動画が送られてきたていにして声を上げたりしたんだもんね?」

「ちょっと何やってるのあなた達!!」

 

 

 マシンガンのような八尋の言葉が段々と蝶田の「やめて」という拒絶の声を大きくしていった。しかし、途中で担任が教室にやってきた事で状況はまた一変した。

 

 

「鹿狩さんっ、何してるんですか! 蝶田さんに何を」

「せ、先生! う、ウチ、ウチは悪い事なんかしてないのに、紗理奈の事励ましたかったっ、だけ……なの……うぅっ!」

 

 

 担任が近付いてきたのに合わせ蝶田は嘘泣きを始める。最悪なタイミングだ。これでは先生視点、どう考えても八尋が蝶田をいじめた構図になってしまう。

 

 だと言うのに、八尋は今小声で「ナイスタイミン」と呟いた。絶対に、私の耳はそれを聞き逃さなかった。

 

 叱られる八尋の顔は暗い。けれど、その目は愉快そうに歪み、蝶田の姿を捉え続けている。

 

 

「話は分かりました。とりあえず、鹿狩さんと蝶田さん、それと菊池さんは今日放課後居残る事! 改めてちゃんと話を聞かせてもらいます」

 

 

 担任がそう締めくくり、手を叩いて雰囲気の入れ替えが始まった。泣いていた筈なのにケロッと立ち上がった蝶田は迷うこと無く真っ直ぐ自分の席へと戻っていく。

 

 私も自分の席に着こうとした刹那、入れ違いになる八尋が私と至近距離になるくらい近くなると耳元でこう囁いてきた。

 

 

「余計な事すんな」

 

 

 八尋の言葉が信じられなくて振り向く。八尋も八尋で、私の事を片目で見ていた。

 その目付きから、今のは何かしらの警告であると理解出来る。関わらない方が吉、そんな目だった。

 

 

 教室の雰囲気は変わっていた。八尋が来る前の居心地の悪い狭く冷たいあの空間に。でも、それ以上に八尋こそ何を考えているか分からなくて不気味で。

 

 また、関わり方を間違えたのか。いまのは、八尋が抱えている闇の一端だ。私にはどうする事も出来なさそうな、深い、深淵の波が私の足を撫でていた。

 

 

「八尋……」

 

 

 出来る事と言えば、その小さな背中を眺めながら呟く事のみだった。それくらい、今の私と八尋には近寄り難い壁のようなものがあるのを感じた。

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