子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
さて、どうしようかな。一気に事態が進展して、いじめそのものが無くなってしまいそうな流れになってしまった。
まあ1回いじめられてる時点で、それを大義名分に報復ってていで皆をボコ殴りにして洗脳しても良いんだが。仲良くなり直したりしたらそうするのも気持ちの面で困難だしな〜。
修学旅行事故までの間にクラスを掌握しなきゃならないんだ。こんな序盤で平和的解決を迎えて手を出せなくなるのは頂けない。どうにか周りに、再び俺が悪人であると思い知らせなければ……。
「……む」
思考をクリアにするために1度伸びをし頬杖をついたら俺を睨む蝶田ちゃんが見えた。
蝶田ちゃんへの報復だってまだまだ先にやるつもりだった。でもあまりにもボロを簡単に出しすぎるから、後になってそれを指摘して「今更?」みたいな反応されたら武器を一個潰した事になるしという事で苦渋の選択で責めさせて頂いた。
そちら側の不手際なんだ、どうか許して欲しいものです……。
「せんせー」
世界史の授業は厳かな雰囲気なので手を挙げるのははばかられるが、逆に言えばアクションを起こせばどんなに小さな声でも反応を貰える。
「蝶田ちゃんが具合悪そうなので、保健室に連れて行ってもいいですか?」
「は、はぁ!? 何言ってんの!?」
「まあまあ。蝶田ちゃんのアイコンタクト、ちゃんと見てましたよ〜」
先生の返事を待たず勝手に席を立って蝶田ちゃんを掴まえて教室から引きずり出す。老い先四半世紀もこの世に居られなさそうな高齢の先生なので、特にしつこく引き止められることもなかった。
「どこに連れていくの!? 保健室こっちじゃないでしょ!!」
「人目につかない所じゃないとちゃんと本音で語れなくない?」
「人目につかない? それって……」
「シメようなんて考えて無いからね。てか、普通に考えて私じゃ蝶田ちゃんに勝てないし」
「……」
ジトーっとした目で蝶田ちゃんが俺を見てくる。おかしいな、この人の前で暴力を振るったことは無い筈だが。
「てかウチ、かがりんに話す事なんてないし」
「本当? いいの、放課後私ら居残りだよ? 余計な事言わないように脅しをかけるべきでしょ?」
そう語りかけると、蝶田ちゃんの俺を睨む目が鋭くなり、口を尖らせた。
「……そんなの分かってるけど。まさか、こんな早いタイミングで自分からウチに突っかかりに来るとか思わないでしょ」
「あ〜。いつものパターンで給食中とかその前後に連れ回そうとしてたんだ。危なかったね〜、蝶田ちゃん」
「は? なにが」
「心優しいクラスメートの誰かが影で私へのいじめを先生に摘発したんだよ。いつも通り私を連行してたら、あえなくとっ掴まって余計言い逃れ出来なくなってたよ」
そう言うと、蝶田ちゃんは「ちょっと待って」と足を止めて手の繋がれた俺の歩を留めてきた。そして、手を振り払われると距離を取られ睨んでくる。
「なにそれ、かがりんからしたら良い話じゃん。それなのになんでウチらに加担するような事してんの」
「いやいや。そんな感じで救出されたらめっちゃ私目立つじゃん。恥ずかしいもん」
「恥ずかしい……? そんな理由……?」
「そんな理由と言いますけど、思春期女子としてはそういうの恥ずかしいじゃん。いじめられてる事クラス外の人に周知されて恥ずくない人いないでしょ」
「……ふーん」
知らんけど。いじめられっ子のマインドを空想して言ってるだけだし。
「それじゃ、行こっか。蝶田ちゃん」
「だからどこに」
「そうだなー。それなら」
……あ。そういえば今日、途中で学校抜けなくちゃいけない予定あるんだった。ついでに抜け出しときたいな。1階とか、学校出入りしやすい場所がいい。
「養護学級近辺の教室はあまり使われてないし、奥の廊下の角辺りなら人も皆無だよね」
「……怪しい」
「お、オタク特有の何にでも裏があると思いこむやつだ」
「オタクって呼ぶな」
「前はその個性を自慢げにひけらかしてたのに……」
成長もいい事ばかりじゃないなあ。最近の蝶田ちゃん、派手な子達と仲良くなって、インドアや一人の時間を愛する人らをバカにする側の人間に変容していたようだった。
そういう変化も悪いとは思わないけど、悲しくはあるよね。かつての自分を自分で否定しているみたいだ。オタクに優しいギャルであれ。
「で、話ってなんなの」
人の居ない廊下の突き当たりに蝶田ちゃんを連れて来て、それだけだと寂しいのでフリスクをあげたら廊下に捨てられた。勿体なさすぎて草。
「うん。蝶田ちゃんが1つ条件を飲んでくれるのなら、代わりに1個だけ、先生に私の口から何でも好きな事言ってあげる。私が全部悪い事にすれば、蝶田ちゃんも紗理奈も怒られたりせずに済むよ〜」
「……何企んでるの?」
「どうだろ? でも悪い話じゃなくない? ただでさえ私の事をいじめてる疑惑が先生の頭にあるんだよ? 上手くやりゃ、その疑いも晴らす事出来るじゃん」
「疑い、というか……」
本当の事じゃん、と言いかけたのは分かる。自分の事いじめっ子って言いたくはないもんな、そりゃ言い淀むわ。嫌われる前だったらつんつんしていたであろう表情を浮かべている。可愛い。
「でも条件ってなに。急な無理難題とか吹っ掛けられたら問答無用で断るからね」
「一応聞いてはくれるんだ。優しいね」
「……ここで正直にキモって言ったら、小物っぽいんだろうな」
「口に出てるなあ〜。キモいとか言わないで欲しいなあ……」
落ちたフリスクを拾って消火栓の上に乗せる。てか、角の突き当たりに消火栓置くのって意味あるのだろうか。ここまで来たら普通に窓から外に逃げられるだろ、養護学級前の廊下とかに置いとくべきじゃないか?
「私が守って欲しい条件だけど、これから何があっても、絶対に今までと同じような感じで私に接してほしいんだよね」
「……は? どういう意味? 今までって、仲良ししてた頃の話?」
「んーん。今! 今と同じ感じの関わり方をずっと続けててほしいの」
俺の言葉に蝶田ちゃんが困惑していた。
「いじめられたいって事? 気持ち悪」
「そんな事言ってないんだよなぁ」
「今のまま関わってほしいってかがりんが言ったんじゃん。かがりんは自分がいじめられてないとでも思ってるの? 教室に一人も味方居ないのに?」
「チクった人いるから一人はいるでしょ〜。ま、それさえ飲んでくれたら今日は蝶田ちゃんの言いなりだから。どう?」
「……何を企んでるのか分からないけど後悔しないでよ。かがりん自分から言ったんだからね。強がって平気なフリしてるんだろうけど、これから先何されてもウチを恨まないでよ」
「え? いや、ムカつく事されたら普通に恨むけど。私が言ったとかそこは関係ないっしょ」
む。蝶田ちゃん、最近前よりスカート短くしてるんだよな。これ、しゃがんで顔を傾けたら中が見えたりしないかな。
しゃがんでみる、首を傾ける。ぎりぎり見えない……! あっ、サラシやめたんだよな。Gカップおっぱいでけぇ〜! 爆乳おっぱい、下から見るか横から見るか。
「じゃ、そういう事で。で、今日の放課後私はなんて言ったらいい? 決めてよ、蝶田ちゃん」
「そんな事、言われても」
「紗理奈を庇いながら自分に落ち度もなかった風に捉えてくれるような一言をチョイスしないと、沢山質問されて無駄な時間食っちゃうからね」
「あのさ、かがりんさっきから何してるの」
「へ? なにって」
少し顔の角度変えたらスカートの下から尻の丸みが見えたからそれを眺めているのだけだが。体を起こして真っ直ぐ蝶田ちゃんを見上げる。
「パンツを覗いてただけですが」
「はあ……? え、なんで、なんか変?」
え!? お!? あら!? なんか蝶田ちゃんが俺の目の前でスカート捲って自分のパンツをチェックし始めた! なんで、俺に見られても良いのか!?
あ、俺女だもんな。気にしないか。棚ぼたラッキー!
って、俺と同じボーイズレングスってタイプのパンツ履いてるやん。俺は完全に名前から興味持って買ったんやが、まさかお揃いとは。水色えっちぃな〜。
「……ねえ、何で見てたの。汚れてた?」
「え、いや〜……あー、えっと、私と履いてるパンツが似てたから、つい」
「……かがりんって、素で言ってる事やってる事意味分かんない時の方が多いよね。ショーツが似てるからなんなの?」
「冷めた目で見ないでよ! 友達とお揃いとかなんとなく嬉しいだろー!」
「友達?」
俺の言葉を繰り返した後、蝶田ちゃんは俺に嘲笑を浴びせる。
「きゃははっ!! 友達、友達ぃ? 馬鹿なんじゃないの、なんでウチとかがりんが仲良しになるのさっ!?」
「なんでって。前仲良くしてたじゃん」
「はあ!? まだ分かってなかったん? それ、ウチがここまで登り詰めるための踏み台にしてただけだから! 心から友達になっただなんて思ってなかったし」
「そうなんだ。私は蝶田ちゃんと心から友達だったと思ってるけどね」
「はっ? ははっ……前の話ね。前の」
「今でも、前みたいに仲良くなりたいなって思ってるけどねー。なんでか嫌われちゃってるけどさ……」
「ははっ…………はぁ?」
蝶田ちゃんの嘲笑が途切れた。喉でも乾いたのかしら、この校内には自販機も購買も無いからなあ。給食システムがある以上購買は必要ないか。
「かがりん、ウチのせいでいじめられてるって、もう分かってるんだよね?」
「うん。でも、女がやれるべきアレコレを教えてくれたのも蝶田ちゃんやし」
「っ、だからそれ、あんたの見た目が人より良いから! 注目を集められるから近付いたってだけで!!」
「だから出会ったばかりの私に付き合ってくれてたんだ。ありがとね。おかげで、友達も作れたし都子と話す勇気も貰えたよ」
「そんなのあげてないし!」
「貰ったんだよなあ。久しぶりに会った都子には嫌われてるし、今更中学生と友達になれる訳ないって思ってたし、この身体でやっていけるのかって、不安だった。でも、蝶田ちゃんや小鞠が気に掛けてくれたから、学校を楽しく過ごせた」
「ウチは……」
「私はそう思ってるって話。だから蝶田ちゃんとはまた仲良くなりたいし、こんな形で不幸になって欲しくない。いじめられてようが、私は蝶田ちゃんの事好きだし、大切だと思ってるよ」
よいしょ。そろそろ学校から抜け出して調教タスクを果たさなければならない。
言いたいことは言ったし、まあ口裏合わせはどうせまた学校戻るしその時にでも。俺は適当に手をヒラヒラと振って、蝶田ちゃんの横を素通りして行こうと思った。
「……なんでそんな事言うの」
「ん?」
小さな声で何か言ったから、立ち止まって蝶田ちゃんを見る。彼女は目を伏せ、手を握りしめ、痛みを堪えてるかのような形の口で歯を食いしばっていた。何かを耐えているような表情している、レディースデイかしら?
「大丈夫? 体調悪い?」
「悪い。気持ち悪い。お前」
「ひょっ!? なんでぇ……?」
意味分からない、なんでいきなり悪口言われたの。1on1で悪口なんてよく言えますね、いっそ親しい間柄のコミュニケーションだなそれは。
「ウチの事、馬鹿にしてた癖に。モブだって言ってきたくせに。なんでそんな事、脅されてもないのに言えるの」
「? 馬鹿になんかしてないけどな。よく分かんないけど、そろそろ教室戻りなよ。一人で戻れるよね?」
「たった今馬鹿にした! そういう所ほんっとムカつく! かがりんなんてっ」
「うん?」
「っ……嫌い。嫌い!」
捨てセリフを吐くと、蝶田ちゃんはテッテッテーと駆けて行った。元気がいいなあ、蝶田ちゃんは見てるだけで気分がほのぼのしてくるから良い。
蝶田ちゃんの可愛さを堪能したせいで今から行う拷問へのモチベーションがダダ下がりである。億劫だなぁ、なんで拷問なんて残酷無情な事しないといけないのか。普通に生きてたら縁遠い筈の行為なんだけどなぁ。
*
誰かになにかで認められたかった。
お母さんもお父さんも、夫婦仲が悪いせいか仕事が忙しい訳でもないのにあまり家に帰っては来なかった。
それでもウチの世話をしなければならない、という親としての責務があるからか別居したりお手伝いさんを雇ったりするでもなく、二人は交代で家に帰ってきてはウチに色んなお話を聞かせてくれた。
多分、両親の仲が親密になったきっかけは創作物関係にあるんだと思う。
お母さんは童話作家、お父さんは漫画家。
二人とも物語を書いて人々に魅せる仕事をしているからか、ウチはその影響を存分に受けて『誰かにとっての主人公』と呼ばれる存在になりたいと夢見るようになった。
「ウチ、おうじさまやりたいです!」
「王子様役は男の子を選びたいかな〜」
幼稚園の頃のお遊戯会でそう言われて、納得いかなかった時の気持ちは今でも思い出せる。
それなら、お姫様になって、お姫様が王子様を助けるっていうエピソードにしたいって言った。当然のように断られたり、周りの子には馬鹿にされ、笑われた。
男とか女とか、そんなのどうでも良くて1番目立つ役になりたかった。物語というのは主人公こそ最も多く語られるし読者が一番目にするキャラクターだから、それになりたかった。
主人公になれれば、産んだ手前仕方なくといった感じでなあなあでウチに接しているお母さんとお父さんが、心から褒めてくれると思っていたから。
二人は物語を愛していたけど、ウチの事は愛してくれなかった。お母さんにとっても、お父さんにとっても、嫌いな相手との間に出来た子供という黒歴史の遺産そのものだから。
「じゃ、じゃあウチ、」
「花子ちゃんは木の役やってよ!」
「え、やだ! やだやだっ、なんでウチ木の役なんてっ」
「え〜、だって花子ちゃん地味なんだもん!」
地味、それが人生で初めて他人から貰ったウチへの評価だった。
悔しかった。でも先生はウチを地味と呼んだ相手の事は責めず、愚図るウチをあやして木よりもちょっとだけマシな、小人の役の一人にさせた。
先生も、ほかの皆も、ウチは地味でパッとしなくてセリフの多い役を割り振りたくないようだった。
小学生に上がっても、自分一人じゃ目立てる側の人間にはなれなかった。普通にしてたら駄目だ、居ても居なくても変わらないただのモブから脱せられない。小学校高学年に上がる頃からウチの心は荒み、乱暴な考えばかり思い浮かぶようになった。
「やーい花子のチビメガネ〜!」
小一の頃からやたらとちょっかいを掛けてくる男子が居た。毎年同じクラスで、席も隣で。腐れ縁としか言えない間柄の仲なのに、ソイツもウチが可愛くもない喪女だからって女の子として扱ってくれた事は1度だって無かった。
コイツの事が嫌いだった。昔はまだ遊んでやれるくらいには仲良くしてやれたけど、成長すると悪口の比率が高くなっていくし。話しかけてほしくないのにしつこく構ってくるし、休みの日とか何をするでもないのに遊びに来たりするし。邪魔だった。
だから、壮年の男の先生が担任になった時、ウチはわざとその先生のいる前で、男子から罵倒を受けた瞬間に泣き崩れてやった。
わんわん泣いた、フリをした。
クラス替えをした直後で、ウチやその男子の事をあまり知らない人達がいる状況でそんな事をして、担任の先生に男子の事を怒らせれば、その男子をいじめるようにクラスを先導するのは簡単だった。
「蝶田さんが可哀想だよ!」
「謝れ!」
「そーだそーだ!」
あーやまれ、あーやまれ、とウチを擁護するコールが教室中から響いていた。その男子が悪者としてクラスメート全員から敵視されると、ウチはあっという間に悲劇のヒロインとして目立つポジションを獲得出来た。
その男子は一年も経たないうちに学校に来なくなってどこかに転校したらしい。彼が居なくなると、ウチを取り巻いていた悲劇のヒロインを守る雰囲気は霧散し、また目立たない地味な女に逆戻りしていた。
憐れまれてるとしても、クラスという輪の中心に居るのは心地よかった。麻薬のようだった。お父さんはもう居なくて、お母さんもウチとはもう全然関わろうとして来なくなったけど、ウチきっかけでいじめが続いている限りは、ウチは間違いなくその世界の中心に立てていた。
だからウチは、目立つ人と仲良くなって、取り込んで、蹴落として、いじめて。そうやって一時のメインキャラクターになれる術を身に付けた。
「あー……えっと、鹿狩八尋、です。よろしくです〜」
なに、あれ……。すっごい、人形みたいな美少女が居た。
かがりんを初めて見た時は自分の目を疑った。竜胆さんや小鞠ちゃん、紗理奈といった美人や美少女に該当する美形な女子は前からクラスメートとして認識していたけど、比較にならないくらい、息を飲んでしまうくらいに造形が良くて、なのに表情は無愛想で、言葉は投げやりで。
すごいチグハグな、作り物のような美少女が軽い自己紹介をするだけで、教室の空気を支配してしまっていた。
すごい影響力がある。アレだ、あの子に近付いて、あの子の反感を集めてしまえば、少なくとも中学を卒業するまでウチの立ち位置が堅固な物になる、そう確信していた。
ウチのするいじめは、いじめを受ける対象が人気者や顔がいい人である程に、終息した後もウチは皆から話し掛けられる立ち位置に長く君臨できるという経験があった。
かがりんの転入はウチにとったらまたとない奇跡の出会いと言っても過言じゃなかった。
「ウチ、かがりんに一目惚れしたから」
かがりんと漫画の話で仲良くなって、でもそこから、竜胆さんガードを掻い潜って仲を深める方法が思いつかなくて。だから偶然初潮が来たかがりんを発見出来て、二人きりで特別扱いをしてあげる機会が生まれたのは本当に幸運だなと思った。
かがりんは竜胆さんの幼馴染で、なのに竜胆さんから冷たくあしらわれていて。元男? って話があるから仲良くしてくれてる小鞠ちゃんも紗理奈もどこか壁を作ってて、それを察して、表面上は笑顔だけど、いつも泣いていた。ように見えた。
かがりんは誰にも心を開けていなかった。孤島に一人遭難しているような状態だ。これは、ウチも昔全く同じだったからすぐ気付けた。だから何を言えば心のダムが崩れるかなんて、分かりきっていた。
ウチはかがりんを認めてやった。かがりんの不安を、孤独を、たった一人受け入れてやる人間になってやろうと思った。そうすれば、容易に操れると思ったから。
「我慢しなくていいと思うよ。かがりん」
強がりマスクを外さないかがりんにそう言ってやった。
「いきなり女の子にされちゃったことも、心は男の子のままってことも、周りに溶け込もうとすることも、空気を保とうとすることも。全部辛いことばっかじゃん」
理解しようとする姿勢を見せてやった。肩に力が入る事柄全てを挙げて、自分には気楽に接していいよ、と言うメッセージを遠回しに押し付けた。
「客観的に見たら確かにそうかもね」
「そういうのもいいよ。かがりん」
他人事のように言って痛みから逃れようと、胸を押さえようとする手を頑張って下げたままにするかがりんに無理はしないよう誘導した。
屈強な心の鍵を開ける為に頭を撫でた。柔らかい頭髪、頭を撫でて頭が動くのをかがりんは抵抗したりせず、ただ黙ってされるがままにさせてくれた。
「ウチはかがりんと同じ輪に居たいの」
そう言ってやると、かがりんの瞳が初めて光沢を持った色に潤み、涙が溜まっていくのがわかった。
「……同じ輪、ってか輪の外っ側というか」
そう茶化そうとするが最後まで言えず、かがりんの目から涙がこぼれるとそれからは一瞬だった。震えていた、小さな体で耐えてきた絶望を全てウチにぶつけてきた。
少し、少しだけ、本当にかがりんの事を憐れだと思った。元男っていうのは正直信じてないけど、でも長い間入院してたのは本当っぽいし、気丈に振る舞えているのが信じられなかった。
そんなかがりんがウチに身を預けて全力で泣いていて、何も感じないわけがなかった。その泣き声から感情がなだれ込んできて、柄でも無いのに守りたいとすら思ってしまった。
……なのに、そこまでして仲良くなったのに、ウチはかがりんを裏切った。
コチラとしては最初からそのつもりだった。最初予想以上に情でかがりんの事可哀想だなと思ってしまって、後味の悪さが残らない事もなかった。ウチは、そんな勝手な人間なのだ。
親の愛を受けられなかったからって、周りから目立ちたくて人をいじめるような最悪な人間。それなのに。
「うん。でも、女がやれるべきアレコレを教えてくれたのも蝶田ちゃんやし」
違う。ウチが居なくったって竜胆さんや小鞠ちゃん辺りが教えてたと思う。ウチは特別な関係じゃない、偶然その役目を背負っただけだ。
「ありがとね。おかげで、友達も作れたし都子と話す勇気も貰えたよ」
そんな事、そんな言葉、あんたの口から聞きたくなかった。なんでそんな、悲しみを耐えながらも懸命に笑顔を作ろうとするの? どうしてまだ、ウチと真っ直ぐ繋がろうと思えるの?
「蝶田ちゃんや小鞠が気に掛けてくれたから、学校を楽しく過ごせた」
胸が、チクッと痛くなる。ウチのせいで学校から楽しさが無くなったのに、なんで感謝なんてしてくるの。
「私は蝶田ちゃんの事好きだし、大切だと思ってるよ」
そう言われた瞬間、心臓があまりにも強く鼓動をした気がする。
ウチが欲しかった言葉を、かがりんは特に考えもせず言ってきたのだ。
「……嫌い」
かがりんに近付いたそもそもの理由と、かがりんから与えられた特別扱い。その二つが、決して混ざり合うことの無い相反する二つの意識が混ざりあって、溶けていくうちに喉の奥が詰まるような感覚を覚えた。
教室に帰る最中、何度も痛みに膝をつきそうになった。馬鹿馬鹿しい、忘れろ。これ以上かがりんに同情したら、それこそ今までのことが無駄になる。
気にしては駄目だ。今までと変わらず、ここまでやったのだからかがりんの事も蹴落とすべきだ。そう強く念じる度に痛みを覚えるも、ウチは非情に徹した。
かがりんに嫌われていなくてよかった、なんて事思わないよう、ウチはかがりんに対する思考をそこまでにして切り落とした。