子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
最近私の周りは平和だ。クラスメートのほとんどが鹿狩さんをいじめることに意識を向けているし、何故か分からないけど辻井も私にちょっかいをかけに来なくなったから、平穏な日々が続いていた。
「こんにちわ、幸太郎さん!」
「おはよ〜今泉さん」
「あはは。今起きたんですか? 昼夜逆転は体に良くないですよ」
鹿狩さんいじめが軌道に乗ると蝶田さんは私に頼み事をする事もなくなったので、一人自由な時間を手に入れると絵の練習や写真蒐集が捗った。
「見て! 今日めっちゃ綺麗な写真撮れたんです!」
「まじ? おー、鳥の形に地面が見える!」
今日撮ったお気に入りの写真を幸太郎さんに見せる。雨上がりの公園で撮った一枚だ。緑のふかふかな草の真ん中に鳥のような形状の穴が空いていて、下の地面には水たまりが出来ていて陽の光を反射している。そんな一枚。
「すげえー! どうやって撮ったん? わざわざこの形に草をちぎったの?」
「偶然見つけたので撮ったんです! 映えの為にそこまではしませんよ!」
「そうだよな、ごめんごめん。でも本当にすごいな、これ!」
私の撮った写真を幸太郎さんは褒めてくれる。ゲームも、絵も、全部この人は褒めて、私を肯定してくれる。ここは二人だけの世界だ。ようやく手に入れた、私にとって唯一の安息の世界。
「じゃあ今日も対戦しましょ! またボコボコにしてあげる!!」
「おー、言うようになったね今泉さん! ニート舐めんなよ、めちゃくちゃ修行したからね昨日!!」
「お手並み拝見です!」
幸太郎さんとゲームで鎬を削り、私に倣ってか最近絵の練習を始めた幸太郎さんに描き方のコツを教えたり、音楽を聴いたり、ダラダラしたり。そんな、怠惰だけどほんの少し甘い時間。恋人同士とは言えないけど、ただの友達と呼ぶには少しだけ濃密な、少し不思議な関係。それが、鹿狩さんをいじめられる側に堕とす事で得た私の正位置の在り方だった。
日が落ち、完全に暗くなる前に帰宅する。すると、父が玄関に直通の畳の部屋で大の字で寝転がり、テレビを見ていた。
「おう、帰ったか絵里加」
父の脇にはティッシュ箱があって、その股間は下着越しでもはっきり分かるくらい膨らんでいた。
鞄を下ろし、何か言われる前に靴を脱いで父の下着をズラし、その下にあったものを口で咥える。
「音立てんなよ、中継見てんねん」
「……んっ。ぢゅぷっ」
「音立てんな言うてるやろ」
制服を捲られ、背中側の脇腹にタバコを押し付けられる。必死に悲鳴を出さないよう喉奥に力を入れて耐え、頭を動かす。
「ふぅ、スッキリやわ。ご苦労、ほらさっさと失せ」
「……ん」
ティッシュを数枚取って口の中に出されたものを垂らし、丸めてゴミ箱に捨ててから洗面所に向かい、口を洗う。
自分の部屋に戻ると、私はその時の感情に身を任せて紙にペンを走らせた。
ぐちぐちゃの線で黒い渦を描く。螺旋を曲げて、塗り潰して、時折はらわたから滲み出る怨嗟を記して、記し潰して、線を往復させ畝らせ、一つの人物画を描き殴る。
誰でもない誰か、モデルのいない誰かを描き上げるといつの間にか数時間経過していて、時刻は既に2時を過ぎていた。
丑三つ時。丁度いい時間だ。私は自分のサイトを開くとそこに描きあげたイラストをアップロードした。
「父性……親子……幸福? ……日常?」
添付した画像に名前をつけてサイトに飾り付ける。どうやらこれで投稿数が50枚に到達したらしい。
スクロールをする。載っているのは同じようなぐちゃぐちゃな絵と、動物の死骸や死にゆく動物の写真。私がさっき撮った写真も、腐敗が進みすぎていた鳩の死骸を退かした後に撮った写真だった。
グロイラストな死体の写真、動画、私の憂さ晴らしを発散する目的で作ったこのサイトにも数名のファンがいて、私の新作投稿を心待ちしてくれている。……正直これは私の自己満足、嫌な気持ちを他人が見える不幸に置き換えてるだけのリスカに近い行為のつもりでやってるだけだから、投稿してる内容を表に大々的に出そうとは思ってない。
内容自体が気持ち悪いから、ファンの人で私の作品をTwitterみたいな開けたインターネットに流す人はいなかった。今は直接リンクを踏む以外アクセス出来ないようにしてるから予測変換とかで外に出る可能性も無いし、心置きなく創作活動に専念出来る。
これは私の吐き溜めだ、好きでいてくれる人以外の目には触れてほしくない。内臓をひっくり返して作った場所なのだ、知ってるのは私と同じ、他人の臓腑を貪り食おうとする変態マニアだけでいい。
これが、私にとっての逆位置。本当の私の、裏側である。
女に逃げられ、酒に溺れ、母と顔が似てきた私のカラダを貪る父。それに歯向かうと、私はきっと殺されるから、父の言いなりになって、父のブクブクと肥えた醜いカラダを私の方から慰めて、女としての価値を消費して。
外でも中でもすり減っていく心の傷から零れた腐敗した血を絵の具に気持ち悪い絵を描いて。無惨な死に方をした動物を写真に収めて、棚に飾るようにサイトに貼り付けて。その生を貶めて、自慰に耽る汚物。もう一つの私。
外の世界を知らない幸太郎さんに見せる私と、家の中の私。表の私が居るから裏の私は耐えられるし、裏の私が頑張る限り表の私は維持される。どちらかが崩れない限りもう片方の永遠は担保される。
幸せと不幸は釣り合いが取れるように出来ている、だから私はこれを苦とは思わない。
……鹿狩さんだって、私の知らない所でいじめられてるのと同じくらい幸せにやってるはずなのだ。今まで蝶田さんに頼まれていじめてた人達もそうだった。柳瀬川さんだってそうだったし。
だから、私は悪くない。この思いは私の痛みじゃない、私の罪じゃない。だから、コレを私は絵に起こしたりなんか絶対にしない。悪く思う必要だって、無い。
「……」
そういえば、昨日なんか蝶田さんと菊池さんと鹿狩さん、放課後に先生に呼び出されてたみたいだったけど。てっきりいじめ関連の事がバレて話し合いになったのかと思ったけど、その割に今日も普通にいつも通り鹿狩さんいじめられてたんだよな。
上手く先生にいじめの事実や証拠を伝えられなかったのだろうか? でもそれなら普段より苛烈にいじめられるのが普通だと思うけど、程度で言ったらいつも通り、なんなら少し生ぬるいくらいの事しかされて無かった。
叱られたんだったら数日は何もせず置くべきだし、よく分からなかった。こんな事初めてだ。いじめってやっぱり、大人の人に頼っても助けてくれないのかな……?
「なんであの子の事なんか考えてるんだろ。……あぁ、そっか。この絵」
初めて鹿狩さんに心を掻き乱された時。その苛立ちと、母の事をフラッシュバックしたショックで衝動的に描いた一枚が絵に入ったから思い浮かんだんだ。
たった一枚の絵なのに。私が描いた絵なのに。その一枚だけは、本当に人の血が通った生き物のように思えた。
瞳を欠けさせた鹿狩さんの貌、落書きに過ぎないような殴り描きなのにどの絵よりも目に入った時の印象が強くて。数秒間見入ってしまう不思議な魔力があった。
実際この絵が一番ファンの人からの感想を貰った。『まるで生きてるみたい』って。そんなつもりで描いたわけじゃないのに傑作扱いされている。現実で見る鹿狩さんよりも生気を感じる、まるでこっちに魂が乗り移ってるような……。
「……えっ」
感想が増えていたからそれを読んでみたら、設定されたユーザーネームに息が詰まった。
『これって私の絵? すっごい上手だね!』:かがりん♡
かがりん。それは、蝶田さんが呼ぶ鹿狩さんのあだ名だ。鹿狩さんのあだ名をユーザーネームに設定した人が、この絵を"自分の絵"と私に尋ねている。
そして、読みやすく一行空けた下のメッセージには、もっと恐ろしい事が書かれていた。
『クラスでちょっと有名になってて調べてみたんだけど、沢山投稿してるんだね! 他の画像も、めっちゃくちゃゴアゴアしててーー』
クラスで、有名……?
直リンじゃなきゃアクセス出来ない筈なのに、有名になってる??
それって、誰かにリンクがバレて、それを周りに言い触らしてるって事だよね。それどころか、下手したらネットとかに流したりも……。
「嘘……」
アクセス数を見て確信した。明らかに普段よりもユニークアクセス者数が増加している。100倍以上の人数がこのサイトを踏んでいた。
評価が可視化するシステムは入れてない。いいねとかそういうのは別にいらなくて、コメントを入れる欄が余ってたから感想欄にしただけ。だから気付かなかった。このサイト、ネットに晒し上げられているとしか思えなかった。
「嫌、嘘でしょ、嘘っ」
ネットで検索をかける。出てきたのはTwitterで呟かれた履歴だった。
『クラスメートがグロサイトやってて草』:りりぃてゃ
最古の呟きはりりぃてゃ、ってユーザーが呟いた物だった。誰だろう。分からないけど、この呟きを切っ掛けにリツイートが広がって私のサイトのリンクが呟かれていく。
「なに、これ……」
考えが纏まらない。私は現実逃避をした。
思えばユニーク数に比べてリアクションも少ないし、よくある個人サイトだと素通りされてるんだ。話題性があるかと言われれば無いだろう。
クラスメートの人達にバレたのは少し怖いけど、でもそれだってすぐに飽きられる。今は、鹿狩さんがいるし。いじめる子達はシングルタスク型の人ばかりだ、器用に複数人同時にからかったりなど出来るはずも無い。
パソコンを落として布団に潜る。私の内臓を貪り食おうと、ネットの海を飛び越えてくる蝗達から目を背けるように、布団を被り耳にイヤホンを差した。
*
「サイト、閉鎖しないね〜。案外こだわり強くなかったのかな? 今泉さん」
我が鹿狩ハウスに堀口さん、鷲見さん、場島くん等最近仲良くなった人らに加え、廻くんの友達数人を呼びつけ皆に頼み、複数のTwitterアカウントを使って今泉さんの趣味サイトを共有させていた。
いいねえ、今泉さんの変態サイトが周知されていく。現代の表現者としてはこれ以上なく嬉しい事ではなかろうか。神秘性が失われていくね〜。
「次のターゲットが今泉さんってのは分かるけど、これなんの意味があるわけ? 直接攫えばいいじゃない」
鷲見さんがそう俺に尋ねてくると、どこが琴線に障ったのかキンッ! と鋭い目を堀口さんが向けた。鷲見さんもこの雰囲気に慣れたのか、「あ〜? 何?」と堀口さんを睨み返していた。剣呑な雰囲気だ、仲良くしてくれよ……。
「意味無いでしょ〜。あの子、元からいじめられっ子気質じゃん。痛い事や脅しなんて慣れっこだよ、無痛症の人の腹をどんだけ殴っても怖がったりしないわけですよ」
「あの子無痛症なん?」
「例えじゃい。ま、あの子だって普通に殴っても怖がらないだろうね。実の父親に虐待されてる訳だし」
「そうなんだぁ〜」
興味無さげに堀口さんが相槌を打った。そんな無関心な事ある? 悲しんでやれよ。
「ん〜、でも種は撒いたし。今後は辻井くんに働いてもらうよ」
俺は部屋の隅で下を向き死んだような顔で佇んでいる辻井に話し掛ける。反応が無い。顎で廻君に指示を出し、頭を軽く殴らせこちらを向かせた。
「辻井くん。明日からさ、グロサイトの件で今泉さんにちょっかいかけてよ。他の人達はそのまま今泉さんにはノー接触で、辻井くんにだけお願いしたいな」
「……なんで俺なんだ」
「今泉さんをいじめてたのは君だろ〜? 一番能動的に動くべきでしょ〜よ。レイプ未遂までしたんだからさ、矢面に一番丁度いいじゃん」
「俺はもうそういう事っ」
「したくないよね。人をいじめたらどんなやり返しされるか分からないもんね。おっけ、柳瀬川さんには何人子供産んでもらおうかな」
「っ!? 待て待て、分かった!! 分かったから何もするな、アイツにだけは何も!!!」
「口答えしたから少なくとも何かはするけど。望まぬ子供で大家族計画は取りやめにしてあげよう」
「お、俺が悪いから、俺にしてくれ! アイツには」
「男は子供産めないんだよなぁ」
「そ、そこまでやったら取り返しつかないだろ!? 頼むよっ、そんな酷い事、柳瀬川にはしないでくれぇ!!」
「……クスッ」
「無様だなぁ。あははっ」
辻井の必死な態度に鷲見さんが吹き出し小さく笑い、堀口さんは見下すように冷笑を送っていた。男子勢はそんな女子達に軽く引いていた。
男性脳と女性脳の違いかな? 俺も別に面白いとは思わない、普通に辻井って可哀想だよな。
「鹿狩、頼む、後生だから!!」
「長いよ辻井くん。やめて欲しいのなら私が気持ちよくなるような態度をしなきゃ。今のままだと、辻井くんのせいで柳瀬川さんが酷い目に遭っちゃうけど?」
「くっ、うっ……!」
「うん、今は黙るのが正解だね。で、続きなんだけど、今泉さんにちょっかいかけて欲しいんだけど、暴力と性的ないじめはしないでほしいの。既に父親からそこら辺の虐待を受けてて耐性が付いてるからさ、やった所で暖簾に腕押しだから。むしろ証拠を集められるリスクがある、手を出しちゃった時の対策を取られるなら、軽い意地悪が摘発された方がマシでしょ?」
「暴力や性的いじめが意味無いのなら、悪口を言っても効かなそうじゃない?」
堀口さんが質問する。いい質問ですねってわー! 膝曲げて体育座りをスカートでやるなー! パンツ見えてるよっ、裏太もも白っ!!!
堀口さんのヒップ付近の肉を凝視しながら答える。
「今泉さんはメンタルが強いわけじゃないよ。メンタルが強かったら私に劣等感なんて抱かないもん。暴力や性的いじめは、リスクヘッジの出来ない理性を欠いた人間のする事、そんな風に思考してるんだと思う。頭の出来で自分が優位に立ってると思えるから、そんな力を振るう相手は見下す事で精神の均衡を保ってるみたいな」
「どういう事?」
「手を出す奴って馬鹿だよねーって見下してんだよ」
「見下してんのに、諸悪の根源の父親の事は放置してんのか? それとも父親は別として、恐怖で支配されてんのか?」
今度は廻君が聞いてくるが、流石に家庭事情については知らないしそんな事知った事でもない。テキトーに空想して語ってやるか。
「見下しすぎて、誰も愛してくれない可哀想な人間だと心から哀れんでるから捨てられないんじゃない? 自分が居なきゃ父親は生きていけないと思ってる、だから酷い事されても離れない、みたいな?」
「そんな理由で? 自分に危害を与えてくる輩に対してそんな慈悲が芽生えるか?」
「知らんけど、一応親やし。蛙の子は蛙でしょ? 子供を虐待するような親の子供なら、普通よりも性格ひねくれててもおかしくないじゃん。案外一種の生きる希望でもあるのかもよ、今泉さんにとってのお父さんって」
「絶対そんな深い理由ねぇだろ。ただの恐怖だよ」
「思い入れがないならさっさと殺しちゃえばいいじゃん? 前見た時は酒飲みっぽかったし、寝落ちしてるお父さんの首を包丁立てにすれば簡単に死にそうだし」
「殺すに直結する人そんなにいないでしょ……」
「たった今鷲見さんの隣に座ってる人が殺すに直結する人そのものだけど」
廻くんの事を指さしてそう言うと、鷲見さんが少しだけ彼から距離を取った。目に見えて廻くんがへこんでいた、可哀想。頭を撫でて励ましてやる。
「悪口なんか言わせてどうすんの。ここに来て一気にしょうもないやり返しじゃん。あ、された事をそのまま返すって法には則ってるか」
「むー。なんか嫌味な言い方。仕方ないでしょー、今泉さん物理防御高いんだもん、特殊攻撃で責めないとだもん!」
嫌味な言い方をする鷲見さんにちゃんと返答しつつ、エアコンガンガンで寒いから新しくココアを入れる。そしたら鷲見さん達もオカワリを望んだので入れてやった。
女子勢のくつろぎようが凄い、辻井を初めとした男子奴隷達がやはり引いた目をしていた。男女の差は埋まらないね、女は強かだ。
「それに、ただ悪口を言うんじゃないよ。今泉さんが裏サイトで自己表現出来ないように、逐一あの子の秘密の発散場所をネットに垂れ流して隠れられないようにするの」
「それ、虐められたショックを作品への活力に昇華されて終わりじゃないか? そのうち開き直って普通に表で投稿するだろ」
「そんな前向きな感じで負の感情を作品にしているんなら最初から隠れて投稿なんかしないよ。同じような境遇、好んでくれる人限定で見て貰えるように隠してたんだよ? 秘密が秘密じゃ無くなったら、今泉さんは負を作品に出来なくなると思うな」
「そんなもんかなぁ?」
「そんなもんです。アウラの消失ですよ。今泉さんの心の闇が気軽に触れられるようになったら、その闇から重みが無くなっちゃうからね。間接的に貶めるんだ、今泉さんが歪んだ人生観をね」
「よく分からんけど最低な事言ってるのは分かるわ」
「うん別に最低な事は言ってないのよ」
フィーリングで俺を罵倒してくる廻くんの頭をチョップする。
何でもかんでも俺の成すことは最低だって思うのはやめて欲しい。今泉さんの心のリストカットを止めたいという良心からこういう行動を取ろうとしてる、言わば善意の行動なんだ。責められる謂れはないのよ。
「嫌な事はさっさと忘れなきゃ大人になんかなれないでしょ〜。その手伝いをするだけだよ、トラウマをいつでも見れる状態にして残しておくとかクソくだらないじゃん」
「余計なお世話だよなぁ」
「てか、やっぱり復讐じゃなくないそれ?」
「もう何度も口酸っぱくして言ってるけど、私別に復讐とかどうでもいいんだよ……単に今泉さんには一旦全部失くしてもらおうって思ってるだけで」
「復讐の為にしてるって事にした方がまだ心象良いセリフだな、それ」
「まじ? じゃあ、悔しいから復讐してる! 復讐〜!」
おー、っと腕を上げながら言うと廻くんの友達もよく分かってないからか「復讐復讐〜」とノリを合わせてくれた。でもそろそろ帰らないかな〜、今泉さんの黒歴史確定裏サイトを大放出させた時点でお役目終了なんですけど。いつまでうちに居座るつもりなんだろ。
「そんで、ネットでお絵描きを自慢できなくなったあとはどうするんだ? それだけじゃ決め手に欠けないか?」
「なんやかんや普通に生きていけるだろうね。それこそ厨二病からの卒業だ。でもそれじゃ、操れないしね〜」
「今回も何かにつけて脅して言う事聞かせるの?」
「そっちは効果薄いって。脅すよりかは、やっぱり救いをチラつかせるのが良いと思うんだよね」
「救い?」
「うん。ジーザスになりましょう、私達で」
まあ、今泉さんの父親があんなんだから、当初から考えていた筋書き自体はある。今泉さんにとっての逃げ場を失わせたら、新たにこちらが与えてやるのだ。
確かな実績と、逆らえない力関係も同時に誇示して、比較する事すら出来ないくらいの印象を植え付ける。
「その為に、まずは今泉パパに悪者になって貰わないと。ね? 廻くん」
「………………はぁ。本当最悪だよな、お前」
*
あの日から、いくらサイトを移してもどこからか情報を集めてきて粘着するようにリンクが貼られ続けた。
何日も何日も消して作っては貼られを繰り返しているうちに、その行為自体がちょっとした話題性となって瞬く間に"ネットのおもちゃ"として有名になってしまい、私のこれまでの絵や写真が掘られ、馬鹿にされ、ネットでの居場所を食い荒らされていった。
「……っ、くだんない!!」
紙に殴り描いた絵をクシャッと潰してゴミ箱に投げる。人に見せたいわけじゃない、そうやって始まった趣味のはずなのに。承認欲求と言うのだろうか、人に見られ評価されていた頃の気持ちや、サイトに投稿が増えていく達成感が残滓として体に残っていて、それらが失われた絵を描くのが少しずつ苦痛になっていった。
「今泉さん、ツイッターしないの〜?」
「今泉さんの絵、もっと見たいな〜」
私が思い切ってTwitterアカウントを新設して絵を挙げようとした間際、クラスメートの女子達に小馬鹿にされながらそう打診された事が引き金となり私はTwitterアカウントを新設出来なくなった。
私を馬鹿にしている人達の策略に嵌ってアカウントを作って、私の本当の中身をぶちまけるなんて自分に対する尊厳の破壊行為だと思った。そこまで堕ちる訳にはいかなかった。嘲笑いたいだけの奴らに見せるだなんて、絶対に嫌だ。
誰も見てくれない。私のはらわたを、誰も見てくれない。苦しい。悲しい。何が楽しいのか分からない。
最初から楽しんでた訳ではなかったはずなのに、コメントで褒められる度、共感される度、私は確かに喜びを感じていたんだ。仲間が居て、満たされていて、求められて応える余裕が生まれていた。
「ぶっ! んうゔうぅっ!!」
「なんや絵里加今日喧しいぞ、静かにしゃぶれや」
「んあぁっ!! やぁ、やべっ」
「おー……出る、飲めやクソ豚が」
「んぐっ、ぐふっ……」
父は、私が騒ごうが騒がまいが気まぐれに殴るし殴らない時もあった。殴られないよう、騒がない為に、精神を安定させるために始めた絵なのに、そんなのそもそも最初から関係なかった。私の努力は徒労だった。
『絵里加ちゃんは神経質すぎるのよ。もっと気楽に生きなきゃ、幸せになれないぞ〜?』
母親の言葉が聴こえてくる。あんたがそんなんだから、父は捨てられた理由を深く考えすぎて、頭がおかしくなったんだ。無責任に、深い理由もなく私達を捨てた癖に、呪いだけ残していった。最悪な女。
……私は、父親にそっくりだ。息子は母に、娘は父に似るというが。顔の僅かな特徴以外、私は何もかもが父親似だった。そんな自分が嫌で、汚れた自分の肉体を絵にして発散していたのに。
「おらっ! よっしゃ10点〜!!」
「……ぐすん」
今日も鹿狩さんはいじめられている。後頭部に点数がダーツ版のような円環に点数が書かれた紙が貼られていて、そこに丸めた紙を投げて競うゲームをさせられているようだった。
私の裏サイトや趣味がバレても、鹿狩さんがいるおかげで同じクラスで直接酷いいじめをする人間はいなかった。ただ一人、別クラスからわざわざ来てちょっかいかけてくる人間を除けば。
「よぉ、オタクグロ女」
「……」
放課後、ホームルームが終わった瞬間に荷物を仕舞ってすぐ教室を飛出たのに、鞄を掴まれてトイレまで連れ込まれると個室の中に放られる。
見上げると辻井が居た。辻井一人だ。こいつだけは、今になっても私をいじめてくる。裏サイトバレがあってからもう数日経つのに、しつこく付きまとってくる。
「これさ、俺の事だろ」
辻井が自分のスマホで撮ったスクリーンショットを見せてくる。グチャグチャの虫が集ったような、蓮コラのような顔の人間の絵で、『青春の履き違え』というタイトルを付けた絵だ。
……その絵の人物が着ているユニフォームが野球部のもので、坊主頭で、それだけで辻井は自分の事だと分かったらしい。野球部で唯一私をいじめてきた人間だから分かったんだろうな。
「……だから何。ただの絵じゃん」
「調子乗ってんじゃねえよ。俺の顔、こんなふうに見えたのか?」
「……ニキビいっぱいあるし」
ビンタされた。
私をビンタした後、辻井は何故か自分の手を見てクソっ! と大きな声を出して壁を叩いた。手は震えていた、叩いた痛みでというより、なにかにおびえてるような震えだ。
「ヘッタクソな絵。お前もう絵ェ描くのやめろよ、センスないし」
「そんなの辻井に分かんないでしょ。描かないじゃん」
「そんな陰キャみたいな趣味をなんで俺がしないとなんないんだよ。気持ち悪、やっぱオタクってキモいわー。あとお前、デブ過ぎて臭すぎ。女の癖に汗臭いんだよ」
「……辻井だって、臭いし。生ゴミみたい」
「あ? 俺がなんだって?」
「……」
「おい、黙ってねえで答えろや。なんだって? えー?」
辻井が私の髪の毛を掴み、頭を左右に振り回す。途中、「このくらいだったら暴力には入らないよな?」と小声で呟いていたが、立派な暴力でしょ。殴る蹴るだけが暴力だと思ってるとか、本当にこの人救いようないんだなって思う。
……。ああ、頭痛い。なんなんだ、最近なんでこんなに悪い事が起きるんだろう。鬱陶しい、疎ましい。
「……辻井はさ」
「あ? なんっ……」
リボンを外して、ボタンを少し空けだけで辻井の顔が歪んだ。手が止まり、小さな声で「やめろ」と言った。
「なんで得意げになって、私を見下せるの? こんな程度の物も直視出来ない弱虫の癖にさ」
「やめろ、今泉。やめてくれ」
上を脱いで、ブラだけになって。それだけなのに、辻井は私の胴体の青アザやむち打ちの痕を見ると、それだけで手を離し、顔に両手を充てた。
「あぁ、あああぁぁぁああぁっ!!!」
「? どうしたの? 前よりもなんか、苦しそう……?」
「ああぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!! うっ、うおえぇぇえっ!!」
「え!?」
顔を隠したまま後ろに下がって背中をぶつけると、そのままズルズルとしゃがみこみ、やがて辻井は凄まじい勢いでその場で嘔吐した。
胃の中の物を吐き終えると、焦点の定まらない目で私を見た。体が硬直する、こんな反応するだなんて思っていなかった。
「おれ、は……」
「……っ?」
襲われると思った。正気とは思えなかった。けれど辻井は私には何もせず、ふらつく足でゆっくりとトイレから出て行った。
「な、なんなの……?」
なんにせよ危険は無かったけど、明らかに様子が変だった。思えば、私へのいじめを再開したのも裏サイトを見たからというのはちょっと、辻井はネットとかには疎そうだから違和感あるし。何か変だ。
私の知らない所で何かが起きている。そんな確証はあった。けれど、今の辻井の惨状を見てしまったせいか私はその"何か"に思考を割くことは出来なかった。