※この作品はR-18です。

子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン   作:千佳のはんぺん

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マニフィカト

「はよ〜」

 

 

 全身の関節に鉛でも溶かし入れられたかのような億劫な身体を引きずって教室に入る。もう4時間目も終わって給食の時間に差し掛かっていたようだ。これじゃまるで、給食だけ食いに来たみたいだな、俺。

 

 俺が教室の敷地を跨ぐとうるさかった教室の喧騒が少し静かになった。周りの目を無視し、ツレである八木航太の座る机まで歩く。

 

 

「よ〜寝坊助。よく寝れたかよ?」

「全然。彼女に一晩中付き合わされたからな、まだねみぃ」

「相変わらず愛されてんね〜お前。健全なこった」

「こちらとしちゃ勘弁願いてぇけど。ったく、彼氏彼女だからって毎日セックスするとか兎かよ」

「ちげぇねぇ」

 

 

 航太が笑い、同じくツレの笠原海彦と辻井も笑う。近くに座る眼鏡をかけた女子が少し距離を離すのが見えた。人の会話に聞き耳立ててんじゃねえよ。

 

 

「……? なに、あの女」

 

 

 不意に視線を上げた先に、見慣れない女生徒が居るのが見えた。人形のような、無機質で無機物的な表情でボーッと給食を食べる、作り物のように端正な顔をしたちっこい女子だ。

 

 あんな、一目見ただけでも印象が強く残りそうな奴、これまで見た事がない。

 ウチのクラスにも数人顔が整った奴はいるが、あれはなんというか別格。いや、特別比較して整ってるという意味ではなく、不自然なほど全てのパーツが計算され尽くされているかのように綺麗で、現実味が無かった。

 

 

「あれ、誰」

「転校生やな」

「転校生?」

「おん。名前は……なんだっけ、忘れたけど。なんや樹利(きり)、お前アレに興味あんの?」

 

 

 航太がニヤニヤした目つきでそう尋ねてきた。

 

 興味、か。

 

 

「いや、ないな。全く。まだ毛も生えてなさそうやし」

「確かに! じゃあ俺が食っちまお〜」

「おう、そうしろ。さて、飯食うか」

「お前給食だけ食いに来たん?」

 

 

航太のジャレつきながらのツッコミをいなし辻井に押し付けながらもう一度転校生を見る。すげえな、あんな美人が世の中にはいるのか。なんか、誰かを似せて作った偽物みたいで気味が悪いな。

 

 

 

 ***

 

 

 

「がんばー!」

『はいっ!』

「ふぁいおー」

『ファイトー!』

「声出してー!」

『はいっ』

 

 

 体育館の前のステージに座り、我が校の女バスの練習風景を眺める。

 ルーティン的に決まった定型文を順番に叫びながら練習する体操服姿の女子中学生。うーん、青春である。タバコ吸いてぇな。

 

 久しぶりに足を踏み入れた学校の体育館。

 想像していたよりも随分と天井が高いし、それに伴ってバスケのゴールも高くて記憶との齟齬が生じていたが、自分の肉体が女体であると気付いたらそれも自然と受け入れられた。

 

 男だった頃に比べここまで感覚に差が生じるとなると、先に控えてるであろう体力テストや体育の授業で地獄を見るだろうな〜と軽く絶望しながら、汗水垂らす都子を見る。

 

 

「竜胆ー! 腕下がってるよ!」

「はい!」

 

 

 うわー、すっげぇ(ルフィ風に)。

 二人三組でオフェンスとディフェンスを分け、ギブスを着た奴にパス渡して繋いでくって練習をしている都子はめちゃくちゃ胸がバルンバルンと動いていた。

 ノーブラなのだろうか、それともデカいとああなるのか? 心は男なのでそこにしか目がいかなかった。

 

 

「やっほ、八尋ちゃん」

「お、やっほー」

 

 

 おっぱい観察中、俺から見て遠い所で別のクラスの子とパス練習をしていた朔月さんがここまでテチテチとやってきた。

 

 他の子らが肩で息しながら汗だくで練習しているのに対し、朔月さんは汗は流しているものの全然体力に余裕があるように見える。爪も無傷だし。

 想像通りだが、朔月さんはあまりバスケ部の練習に必死に打ち込んではいないようだ。

 

 

「コーラ飲む?」

「え、貰う貰う!」

「飲むんだ。部活中いいのそれ」

「顧問居ないし全然おっけーだよ!」

「チームメイト内に敵が出来ないようにね〜」

 

 

 と、口だけにカバンからコーラの缶を出して差し出す。

 

 

「缶の奴なんだ? ペットボトルじゃないんだね」

「安いし灰皿にもなるしね〜」

「なんて? 灰皿」

「あっ。違うや。あれだ、お父さんがタバコ吸うんだ〜」

「灰皿は持ってないの?」

「持ってない方がレアだよね〜。ホント変わってるうちのパパ〜」

 

 

 危ない危ない。マインドがまだまだ大人の頃からアップデートしてないからすぐに言葉が当時の感覚で飛び出してしまう。

 妙な噂が独り歩きしかねないから、行動言動には細心の注意を払わなければ。

 

 

「びっくりした、八尋ちゃんタバコ吸うのかと思ったよ」

「あはは、そんなまさか。吸うわけないよあんなの、美味しくなさそうだし」

「そうかな? でもかっこよくない!?」

「え。……どこが?」

「えー、なんかこう、ワルって感じ? 社会に反抗してる感あるじゃん!」

「なるほど〜……」

 

 

 なんだそりゃ。20歳を超えた奴らで喫煙経験者ってどちらかと言うとマジョリティでしょ。社会に反抗してる人間の方が過半数を占めてる国家とかどんなん? 周年祭やるレベルで内紛起きてるでしょそんな国。

 

 

「朔月さんはタバコとか興味あんの?」

「うんー、でもパパもママもそういうのには厳しいから買えないんだよね。見つかったら怒られちゃう」

「わあ一般家庭。まあそもそも中学生じゃ買おうとしても年確で引っかかるしね」

「年確?」

「年齢確認。例えばコンビニでタバコくださいって言っても、学生には売れないよって言われて断られちゃうんだよ」

「そうなんだ! あれ、でもタバコって自販機とかもあるよね?」

「あれは買うのに必要なカード? みたいのがあるんだよ。タスポってやつ。それは私もよく知らないんだけどさ」

「へぇ〜。八尋ちゃん詳しいね〜」

「ウチは緩いからね」

「ふーん。いいなぁ」

 

 

 いいなぁって。親が厳しいと言うが、ギャルをやれている時点で言うほど厳格な家庭ってわけじゃないだろうに。

 

 ま、相手は女子中学生だしタバコを勧めるなんて事はしないが。

 このセッタは俺の物だ。自力での入手が困難な今、大切に吸っていかないとな。

 

 

「ちょっと小鞠! 何サボってんの」

 

 

 コーラをシェアしながら雑談に花を咲かせていたら真面目に練習していた都子が目を尖らせながらこちらへ歩いてきた。

 

 歩く度に胸が揺れている。それを凝視していたら相手に気付かれたようで、彼女は胸を腕で抱くように隠すと俺を睨みながら「キモっ」と言った。涙くらいなら出せそうな気分だ。

 

 

「えへへ、バレた〜」

「バレた〜、じゃないよ。そんなんだからスタメン落とされるんだよ?」

 

 

 うわっ、シビアな話してるぅ。スタメンとかレギュラーとか、そういう部活に打ち込んでる人間が1番敏感になりそうな単語を小動きの意味を持たせて使ってるのみると、こちらも反応がしづらくなるのでやめて欲しいものだ。

 

 

「大体、1人で入るのは怖いからって理由で付き合って入ってやったのに、あんたの方が手を抜くのって意味分からなくない? 普通逆でしょ」

「あ、あははー。ごめんごめん、八尋ちゃんの事気になってて話しかけちゃった」

「鹿狩くん云々は関係ないでしょ、意識を持てって言ってんの」

「ごめん……」

 

 

 え、こわーい。女子ってそうなん? こんな空気感なの? たかだかちょっとサボってたくらいで相手がしゅんとなって謝るくらいの熱量でキレる? 余裕のなさ天一なんだけど。

 

 

「鹿狩くんも。見学するのは自由だけど、部員を巻き込まないでくれる? あんたのその行動のせいでウチの戦力下がるからさ」

「うぇ、ごめん……」

 

 

 こわぁ。たかだか少し話してただけでそこまで言われるかね。中学生女子、精神性シビアだわ〜。

 

 

「まあ1番悪いのは小鞠だけど」

 

 

 腕を組みながら今だに朔月さんに攻撃をし続ける都子。いい加減許してあげて欲しいものだ、気まずそうな苦笑いがもう真顔になってるよ、次には泣くぞ朔月さん。

 

 

「じゃ、じゃあ、私練習に戻るね。八尋ちゃん」

「んー、頑張ってね」

 

 

 朔月さんの背中を軽くトンって叩いてやると彼女は「わっ!」とびっくりした後に笑顔でありがとうと言った。

 こういういい子がハード目な部活とか入ってると、毎日のように扱かれる姿を見なきゃだから周りはしんどいだろうな〜と思う。もっと生意気だったりしないと見るに堪えないよな。

 

 

 

 朔月さんが練習に戻り、また退屈な観察時間になる。

 

 しかし、暑いなあ体育館は。真夏は過ぎたとは言えまだ残暑見舞い申し上げる時期真っ只中で、ほぼ密閉空間であるのと空調が扇風機しかないこと、中にいる人間のほぼ全員が運動し自ら排熱を行ってる等が重なり合ってとんでもない熱気を生んでいた。

 

 体育館内には女バスの面子しかなくて、部内で付き合ってる子の彼氏とその友達以外に男はいないから精々3人程度しか男はいないが。男が1人でもいる以上余りはだけるのもよした方がいいか。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 とはいえ我慢にも限度はある。中シャツ着てるし、俺はセーラー服のファスナーを下ろして仰向けに寝転がった。

 

 

『ファイ、オー! ファイ、オー!』

 

 

 女バスの掛け声と、体育館の床を伝わってくるボールの跳ねる振動と、キュッキュ鳴る体育館シューズ或いはバッシュの擦れる音。それらが騒音として良い塩梅で、寝転がると急に眠気を誘う程度の雑踏のなる。

 居心地のよさに俺は目を閉じた。抗えなかった、暑さも兼ね合って抗えなかった。

 

 

「おい、そこのー! あぶねえ!」

 

 

 人が気持ちよく寝転んでたのに俺のいる方に大声を出す輩がいた。何事かと思って上体を上げたら、台からぶら下げていた俺の足に硬い感触がぶつかった。

 

 

「いてっ」

 

 

 ギョッとして見てみると、テンテンとバスケのボールが床に跳ねながら俺の足から離れるように転がっていた。

 

 

「大丈夫かー?」

 

 

 転がるボールを手でバウンドさせて回収させた男子生徒がこちらに歩み寄ってくる。

 

 そいつは俺と同じ2-b時代のクラスメートだった。そして、寄りにもよって八木と同じ不良グループに属していた奴だった。

 

 

「怪我とかない?」

 

 

 そいつは心配そうに俺に話しかけた。

 中坊の癖に真っ白に近いレベルまで染められた長い金髪と、なんの捻りもない白い眼帯を付けたピアスをした不良男子。

 

 名前は佐藤(さとう)樹利(きり)。端正で中性的な顔をしているが、性格は最悪で人にすぐ嫌がらせするし暴力もすぐ振るうヤバいやつだ。

 

 ……実はこいつも幼馴染ではある。

 ただ、俺や幸太郎、都子にも暴力を振るったり執拗な嫌がらせをしていた過去があり小学校低学年の時点でコイツとは疎遠となった。八木のグループにいた頃の男時代の俺も、コイツの事は避けていた。

 

 女体化した現在、個人的には1番関わりを持ちたくないやつだった。

 

 

「ん? あれ、お前転校生じゃん」

「えっ? う、うん」

 

 

 何を今更、俺の事などこの時点なら普通に知ってるだろうに。と思ったが、そういえば佐藤は俺が教室に入ったタイミングではいなかった。こいつ、今日は給食の時間中に来て八木達不良連中とだべってたっけな。

 

 そうか、俺の事は転校生の女子として認識しているけど、名前も知らなければ事情も知らないんだ。

 

 よし、1対1で俺が鹿狩だと知られるとどんな面倒事が起きるか分からないし。誤魔化そう、全力で知らない人のフリだ。

 

 

「転校生さんって名前なんてーの?」

 

 

 詰んだ。至極当然な流れで詰んだ。名前聞かれたらアウトなのにRTA感覚で詰んだわ。

 

 いや待て、全国津々浦々名字被りなんて今日日珍しくないよな。

 鹿狩って名字は多分レア名字に当たるとは思うけど、一世帯しか存在しないことなんてあるはず無い。同じ名字だったとしても問題は無いはずだ。

 

 

「わ、たしは、鹿狩っていいます」

「カガリ? 文字は」

「え……鹿に、狩るで、鹿狩」

「へぇ〜。変わった名字してんね」

「そ、そうかな」

「うん。知り合いに1人しか同じ名字いねーもん。鹿狩さん、同い年の従兄弟とか親戚とかいない?」

「い、いないよ! うん、いない!」

 

 

 鹿狩八尋とはなんの縁もゆかりも無いって事にしておこう。正しく本人だが。後々バレるだろうけど、今この場だけでも誤魔化さなきゃ。

 

 

「ほーん」

 

 

 そこまで聞くと、佐藤は「じゃーこれから宜しくな」と軽く挨拶して去っていこうとした。

 

 

「待って、佐藤くん」

 

 

 1箇所。俺が知る佐藤と明らかに異なる部分があった。眼帯だ。以前の世界では、佐藤が眼帯をしているところなんて見た事がなかった。

 

 過去の改竄の積み重ね、バタフライエフェクトで歴史が大きく変わるきっかけがどんなものなのか分からない以上、そういうのは少しでも把握していた方がいいのかもしれない。

 佐藤も幼馴染ではある以上、幸太郎と都子の事故の未来を変える要素になり得る可能性はあるかもしれないし、情報を握っても損は無いだろう。

 

 

「どーした? 転校生さん」

「(その呼び方で行くのか……)その目、どうしたのかなって。眼帯してる所」

「これ? 別に大したことないよ、喧嘩でついた傷ってだけ」

「へ、へぇ。そうなんだ」

 

 

 なーんだ。前との違いはあるものの、別に重要な分岐という訳でも無さそうだ。

 

 

「あんまり怪我しないようにね」

「ん? おー、さんきゅー。転校生さんも、男の前であんまそういう格好見せん方がいいよ〜」

「えっ?」

 

 

 ん、と佐藤が自分のシャツの襟に指を引っ掛けてクイクイ引っ張った。視線を下げると、全面がはだけたセーラー服。

 ……まあ、はだけてはいるけど。中シャツ着てるしこのくらい見られても別に良いだろ。そう思い小首を傾げてみせると。

 

 

「めっちゃ下着透けてんで。そのうっすいシャツ」

 

 

 と、言われた。

 

 

「っ!? うわわっ!」

「天然だな〜あんた。可愛い〜」

「か、からかうなよ!」

「あはははっ、ごめんごめん。ま〜安心しな、俺貧乳に興味ねえし」

 

 

 そうか、それは良かった。じゃねぇ、誰が貧乳じゃ。成長期はこれからだわ。

 

 慌ててファスナーを上げる。その光景をずっとニヤニヤと見てる佐藤にむかつき、俺は全力で睨んでやった。

 

 

「何見てんだよ、変態!」

「見るって何をだよ。胸板を見て喜ぶ趣味はねえよ」

「胸板ぁ!? おっぱいじゃこら!」

「違うな。そんな二つとも片手で握れそうなもんはおっぱいとは呼ばない」

「なんだと! ならなんて言うんだ」

「液晶」

「ちっぱいですら無いじゃねえか!」

「だははっ! あんた反応一々おもれぇ〜。なんか昔の知り合いにそっくりだわ〜、雰囲気とかも」

 

 

 ケラケラと笑う変態セクハラノンデリ男、佐藤。こいつ、初対面だと思ってる相手に失礼すぎだろ。関係性リセットして改めて思ったけど、他人の事ちゃんと人として認識してるのか。NPCかなんかと思ってそうだ。

 

 

「へ、へぇ〜。佐藤君、昔っから女子からかって遊んでるんだ、酷いやつ!」

「ごめんごめん、ついな。ほら、知り合いに似てる奴いるとついそいつと同じノリで話しかけちゃうやん。そういうやつよ」

「そういうやつよって……」

 

 

 俺、男の頃にお前から貧乳弄りされたことなんてないが。という事じゃないのは分かるのだが、その冗談をさておいたとして、こんな明るい感じでジョーク飛ばしてきてたか? 佐藤(こいつ)。

 もっと陰湿で、陰険で、暗くてよく分からない性格悪い奴だと思ってたんだけど。

 

 

「うわ、懐かしい」

 

 

 佐藤と話している最中、体育館のスピーカーから最終下校時刻を知らせるクラシック音楽が流れてきた。ドヴォルザーク? の曲だかなんだか。

 

 前の世界ではサッカー部の幸太郎やバスケ部の都子と遊ぶ約束してたり茶化しに行ってた時によく聞いてた曲だから、毎日聞いてたわけじゃないけど馴染み深い懐メロだ。

 

 音楽が流れるとバスケ部の練習もそこで打ち止めとなり、備品の片付けをする班や とモップ掛け、カーテンを閉める、施錠確認する班に別れてそれぞれが体育館中に散っていく。

 

 佐藤は動き出さない。ただ俺の横に突っ立っていた。

 

 

「そういえば、佐藤くんはここで何してたの? 1人でバスケのコソ練?」

「コソ練? あぁ、コソコソ練習? 違う違う、航太が来るの待ってんだよ。あ、航太って同じクラスの奴な」

「知ってるよ、八木くんでしょ。あれ、でも確か八木くんって男子バスケ部だよね?」

「おー、よく知ってんね」

「まあね。でも、男子バスケはグラウンドでしょ?」

「外で待ってたら日焼けするだろ」

「あぁ、なるほど」

 

 

 至極その通りな答えが返ってきた。だから他の、少人数体育館に居た男子達とも混ざらず適当にシュート遊びをしていたのか。孤独なやつ。

 

 

「つーかさ、俺あんたに佐藤って名前だって名乗ったっけ」

「え?」

 

 

 佐藤は完全に俺の横に座り、雑談を広げる気心を作っていた。もう最終下校間際で、八木もそろそろ迎えに来るだろうって頃合いなのに。

 

 

「誰かから聞いたん?」

「え、いや……うーん」

 

 

 確かにそうだ。俺は佐藤が自分で名乗る前から彼の事を佐藤と呼んでいた。俺側は当然のように知っているけど、相手にとっては初対面だという認識が頭からすっぽ抜けていた。凡ミスである。

 

 

「転校生さん。なーんか怪しいわあ」

「え! 怪しいって、なにが」

「俺と初対面なのにいきなり名前知ってるし。昔消えた知り合いと同じ珍しい名字してるし。雰囲気もどっかあいつみてぇだし」

「偶然だよ……」

 

 

 そうだ、偶然だ。偶然頭の中に思い浮かべている人物と俺は同一人物である。やばいな。幸太郎や都子程でもなくても、多少は関わりの深い幼馴染の目を誤魔化すのは難しいのか?

 

 ……まあ、明日にでもなれば名簿なりクラスの奴の会話なりで真相はすぐ掴めるわけだし今必死に誤魔化し切れなくてもいいっちゃいいのだが。対面の状況だからなあ……。

 

 

「ソイツに近付くな」

「おー。都子じゃん、よっすー」

 

 

 バチンッ。

 そんな乾いた音が響いた。

 

 見ると佐藤の頬が赤く染まっており、その先には手を振り抜いた都子の姿があった。

 都子は今日見せた冷たい印象とはまた違う、嫌悪や拒絶を全面に攻撃的に押し出した、威嚇する猫のような顔で佐藤を睨めつけていた。

 

 対する佐藤は何も言わない。

 長い前髪の隙間から見え隠れする目は薄く開いており、都子をただ鬱陶しそうに、獲物を仕留めようとする狼のような表情で都子を見下していた。

 

 佐藤は身長が高い。都子も女子としては身長が高く、両者は背の低い俺には目もくれずただ敵対心をむき出しにしていた。

 

 

「行くよ」

 

 

 やがて、先に声を出したのは都子の方だった。

 他の女バスメンバーが続々体育館から出ていくのが見える。片付けを終え、正面入口以外も施錠し、生徒がやるべき事は全て終わったようだ。

 

 体育館の入口前で朔月さんがスマホをいじっているのが見える。都子を待っているのだろう。俺の事も待ってくれてたら嬉しいな。

 

 

「ほら、早く」

「う、うん。じゃあね、佐藤くん」

「あぁ」

 

 

 都子が俺を見て言うので後に続く。最後の施錠は最終下校後に用務員さんか教師の誰かがやるのだろう。佐藤は俺らに合わせて体育館を出ようとする様子はなく、その場でドンドンと音を鳴らしバスケットボールを突いて遊び始める。

 

 

「八尋ー」

「んー? ……あっ」

 

 

 不意に名前を呼ばれるものだから、つい反射的に俺は後ろを振り向き名前を呼んだ佐藤の方を見てしまった。

 

 その反応を見て、何らかの確信を得た佐藤は玉突きをやめてこちらへ歩み寄ってくる。

 

 

「……はあ。行くよ」

「え、都子?」

 

 

 都子に腕を掴まれ、強引に早足で朔月さんの方へ歩かされる。それはまるで佐藤と俺を接触させないようにしているようだった。

 

 後ろの方で舌打ちをするような音がした。再び佐藤の方を向くと、俺とは入れ違いにボールが俺の横を通過したのが見えた。

 

 

「っ!?」

 

 

 人の体にボールが衝突する音と、都子が一瞬驚いたように息を詰まらせた呼吸音がした。

 

 

「痛っ……」

「都子! 佐藤、てめえ!」

「あっはは! やっぱお前、鹿狩八尋じゃ〜ん。なんでそんな格好してるん? 女装ってやつ?」

「ちげえし、てかお前都子に謝れよ! 女に玉当てるとか正気か?」

「正気だから当てれたんよな」

 

 

 すぐそこまで歩いてきた佐藤は、足元に転がってきたボールを明後日の方向へ蹴って退かす。俺は都子の前に出て佐藤に相対するように立つ。

 

 

「来んなよ。クソ金髪ノッポ!」

「口悪すぎ、さっきの態度はどこ行ったよ?」

「てめえが蹴ったボールと一緒にすっ飛んでったわ。都子に謝らないなら近付くな」

「おー、ごめんな〜都子〜」

 

 

 佐藤の手が都子の頭に伸びる。それを掴みあげると、勢いよく払って唾でも吐きかけてやろうと思った。

 俺が掴んだ佐藤の右腕は、アッサリと彼によって振って手放させられると、逆にこちら側が腕を掴みあげられ、頭上まで持ち上げられる。

 

 

「な、なにすんだ!?」

「や、やめなよ佐藤!」

「邪魔したらこいつにアレ見せんぞ」

「っ、卑怯者……!」

 

 

 アレ? アレってなんだ、もしかしてハメ撮りとか? 流石にドラマの見すぎかそれは。にしてもバレちゃいけない秘密を握られてるのか、都子は。よく佐藤の顔面ビンタ出来たな。

 

 

「腕ほっそいし肌もスベスベだし。声も声変わり前ってよりか普通に女の声って感じだよな。何お前、本当に女になったの?」

「っ、そうだよ。悪いか」

「いいんじゃねえの〜。見た目は良いんだし、金に困ったら体売れるもんな、賢いわ」

「ゲスな事言ってんじゃないわよ変態!」

「お前に用は無いんだから黙ってろよ」

 

 

 ……っ! 腕をずっと頭上に持ち上げられてて、力も強くて痛いし鬱血して苦しい。手先がプルプル震える。

 思えばつま先立ちをさせられてるわけで、このままポーズを取らされ続けるのは無理だ。足吊りそうだし。

 

 

「てか、お前普通にタイプな顔してんな。彼氏とかいんの?」

「だからっ、いるわけないだろって」

「ははっ、既出だったかこの質問。じゃあ俺と付き合わねえ?」

「……はあ?」

「付き合おうぜ。俺の彼女になれよ、鹿狩」

「な、なんでそうなるんだよ」

「顔面可愛い、肌綺麗、良い匂いする。だからヤりてえ」

「っ!? ヤリモクかよ! そんな事ストレートに言われて付き合うわけないだろ」

「今までヤッた女はこれで落とせたけどな」

「はあ? はっ、中坊が何イキってんだよ。気持ち悪い」

「……あ?」

 

 

 佐藤に顎と頬を掴まれる。

 

 

「お前何調子乗ってんだ。女になったら昔みたいに殴られることもないって思ってんのか?」

「……思ってねえけど、殴ったらお前の株を下げれるからそのつもりで挑発してんだよ。女を殴る男とか、ダサい生き物でしかないだろーが」

「……お前、中身は全く可愛くねえな。むしろ前にも増して憎たらしいわ」

「じゃあ付き合わなくていいな。離せ」

「それとこれとは別。てか、性格終わってる可愛い女とか興味あるからやっぱ俺の女になれよ」

 

 

 女の視点から見るタッパの高い不良は、最早別の生き物と錯覚する程に怖いものに見える。

 遥か頭上から凄んでこちらを威圧し、抵抗する気概を本能から削り力で上下関係を誇示する。その圧倒的な生物的格差に、体の芯の方から震えが出てきて足や手にそれが感染していく。

 

 自分はどちらかと言うとあちら側だったから、ここまで無力的な立ち位置で絡まれる事など無かったから余計に怖く感じるのだと思う。顔から血の気が引き、強ばってた表情に入ってた力も抜けていく。

 

 

「あ? なんだその顔。怯えてんの?」

「……誰が」

「お前だよ。体が女になったら中身も女になるのか? だとしたらガッカリだな〜」

 

 

 そう笑いながら、佐藤の手が無造作に俺の胸に置かれた。

 制服の上から佐藤は俺の片乳を握るように力を入れる。それを知覚した瞬間、後頭部の少し下あたりが脱力し反射的に佐藤の手を叩くと後ろにたじろいでコケてしまった。

 

 都子が俺を受け止めてくれたが、肘が彼女の腹に当たってしまった。

 

 

「八尋!」

「ご、ごめんみゃーこ……っ」

「大丈夫。佐藤! あんた、やっていい事と悪いことがあるでしょ!?」

「ぎゃはははっ! なんだよその反応! 鹿狩お前、男のくせに胸揉まれてショックか? きっしょ〜、昔なじみの好でつるんでやろって思ったけどやっぱ無しだわ〜」

 

 

 そう言って佐藤は体育館から出ていった。八木はまだ来ていない。

 

 胸を揉まれた。その感触があまりにも生理的に受け付けられない感覚だったので脱力してしまったが、男女を意識してそういった事をしたわけではなかったので普通に立ち上がれた。

 

 あれだ、背中とか膝とかを丁度いい力加減で触れるとくすぐったくて反射で離れちゃうやつ。それと感覚的には一緒で、握られた際に何かが突っかかってくすぐったかったからコケたのだ。

 

 ただ、まあ見ていた側的には心中穏やかならぬ光景だったのだろう。

 

 あんなに冷たかった都子は俺の背中をさすって「大丈夫?」と心配してくれているし、朔月さんも駆け寄ってきて抱きついていた。また「元男だから」って理由で拒絶気味に離れられてしまうのではとメンタル武装をしていたが、今度はそんなことも無く。ただ平和に慰められるだけでその場は収まった。

 

 

 

 その後、都子と朔月さんと3人で帰宅する事になったのだが。俺が心に傷を負ったと勘違いしたのか朔月さんも都子も俺個人への質問や単体で返せる話題ではなく、皆で話せる話題を回してくれた。

 

 おかげで、女子トークが全く分からない俺はほとんどの話題に入れず黙りこくる事となり、余計勘違いが加速してしまったのだった。

 

 

「明日、女子皆で八尋ちゃんの事守るよ! 樹利が八尋ちゃんにちょっかいかけないようにするから!」

「あ、はは。大丈夫だよ、そこまでしなくても」

「馬鹿じゃないの。女の子になったんでしょ? 自覚持ちなよ、ちゃんと自分を大切にして」

「はい……」

 

 

 朔月さんからの過剰な手助けが確約し、都子から女としての説教を受ける。

 

 毛の処理とかメイク、スキンケアとかは美少女デビュー記念で楽しんではいるけど、それ以外は特に何もせず男のままのマインドで生きてるからちゃんと女として味方されても申し訳ない気持ちになってくるのだが。

 

 今日も夜中に親父と二郎系ラーメン食いに行くって知ったら、ここまで女の子扱いされる事も無くなるんだろうなあと思いつつ。ちょっと楽しい気もするので俺はその未来をカミングアウトせずに2人と別れるのであった。

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