子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
あっぢぃ。
カラスの大きな像が立つ公園の時計の前で佇む少女。鹿狩八尋。つまるところ俺であるが。
土曜日。今の俺の彼氏である小刻くんとのデートをするという事で集合場所である烏間公園に来たのだが、如何せん、早く来すぎてしまった。二時に集合だってのに、今やっと十二時を知らせる鐘が鳴ったわ。
クソー。今までの唯一の彼氏があの佐藤だからな〜……普通の感じの男子と付き合うとか正しくこれが初めてで、なんか、変に緊張してくる……。この二時間の間に上手く抑えられるだろうか。
てか、実の所まだまだ全然中身男の頃と変化して無いから、今のままで小刻くんを楽しませられる自信が無いな……。バリバリ男だもんな俺、オトコオンナだもんな。可愛い彼女というロールプレイングを出来るだろうか。違和感に気付かれて、中身を看破されたりしたらどうしよう〜。化けの皮もっと塗り固めておきたいわ。
「やあ! こんにちはっ」
「!? えっ」
する事も無いので日陰の像の後ろにもたれかかってしばらくテトリスをしていたら、めっちゃ元気よく声を掛けられた。
見上げる。ホストみたい、とまではいかないけど高そうな柄シャツを着たふわっふわな髪型の男が居た。知り合いじゃない、てか歳も全然違う。相手何歳だ、20代前半とかじゃないか?
「私、中学生ですけど」
「あはは、もしかしてナンパだと思われてる?」
「違うんですか?」
「そうだけどねっ」
「そうなんかい」
ズッコケる。ナンパかぁ。匠なテク〜、つい反応しちゃった。ガン無視するつもりだったのに。
「ナンパだとしたら、私に手を出すのは都条例的にアウトかと」
「一緒に飯を食うくらいなら犯罪じゃないっしょ〜。まあ君みたいに可愛い子とならヤッて捕まっても後悔ないけどね!」
「何言ってんすか。ご飯も行かないですよ、今彼氏待ってるんで」
「彼氏? そっか、そうだよね〜」
男がしゃがんで、目を合わせてくる。ふーむ、かっこよ。筋肉の付き方もいい感じだ。Twitterの裏垢で女の子ズコハメしてる動画アップしてそれのフルを有料で販売してそうな雰囲気がある。
つまり、影のあるイケメンというか。女になった事で得られた嗅覚が、こういう人間とは付き合いを持たない方がいいと警笛を鳴らしている。
まあ影がないただの快活な兄ちゃんだったとしてもナンパに付き合うなんてナンセンスだが。目を逸らし、その場を捌けようとしたら像に当てている膝に行く手を阻まれた。
「なんですか」
「あとどれくらいで彼氏さんは来るの?」
「すぐ来ますよ。正午に集合なんで、遅刻してきてるくらいなんで」
「あっはは。うっそだぁ〜」
「嘘じゃないですけど?」
「いいじゃ〜ん、遊ぼうよ」
まじか。すぐに来るぞっつってんのに引かないのか。めんどくせえなコイツ。
「てかさ、君の落ち着きようを見るにもう冷めてるんじゃないの? すぐに彼氏が来るってのに迎える素振りもなかったけど?」
「は? 自分の恋愛観から来る経験則って奴ですか? あなたみたいなイケメンさんの彼女なら、確かに待ち合わせとかしたら待ってる間そわそわしてそうですもんね。相手の子」
「イケメンだなんてそんなそんな、君に言われると照れくさいな」
「顔面良くて交流も広そうな人格してんのに、自分の尺度で相手の内情決めつけてきて掠ってもいないのまじ才能ですね。大学どこ通ってんすか?」
「……ん? どういう意味?」
「分からないんですか? 分からないフリして会話を引き延ばそうとしてるんですか? てか他にも居ますよ? お兄さんみたいなイケメンとツーショ撮って友達にマウント取りたがりそうな女の子」
「何、ツーショット? 全然いいよ、それくらいなら」
「私がじゃなく。てか、邪魔なんでさっさと消えてくれません? なんで悪口言いまくってんのに効かないんすか。アデハデなんすか?」
ここまで言ってようやく男の表情が揺らいだ。
「てか、そんな気張った格好してこんな子供にナンパするとか絶対恋愛観に拗れを持ってますよね? 私みたいなチビ、ナンパされたら苦労なくコロッと落ちるに決まってるもん。慣れてそうな大人の女性じゃなく、慣れてなさそうな子供を狙うの、折角の良い顔も持ち腐れですね〜」
「なになに、急に何言い出してんの、ごちゃごちゃと」
「急に口回ってるように思えました? 都合のいい解釈ですな。そろそろ拳が震えるか、瞬きが増えてくるど〜」
男の膝が像に当たる。俺の逃げ道を塞ぐように、俺との距離が近くなる。
「随分と余裕な態度してるけど、そうやって人を馬鹿にすると怒らせて痛い目に遭うとか思わないん?」
「ナンパなんて相手を嫌な気持ちにさせてナンボでしょ。こっちの都合も考えず声掛けてきて、1回嫌な気持ちにさせられてんだから嫌な気持ちにさせなきゃ」
「負けん気が強いんだな。でも関心は出来ないな〜」
男の手が肩に触れる。力強く握られ、肩が軋む。
鍛えていたのだろうか。それとも実は緊張しぃで、常に見栄張りで肩肘張ってるせいで力む癖があるから握力だけ強くなってるタイプだろうか。
こんな昼間に子供をナンパするような奴ならまあ後者か。
「自身は無いから、物事をハッキリ言えそうな女には声を掛けない。性欲がバグってる訳でもないから、昼間に子供というどう考えても長時間拘束したらリスクが高い相手に声をかけた」
「何を」
「子供の目じゃ価値が分からなそうな高級ブランドの柄シャツ、ネックレス、リング。私に誇示する為じゃなくて、周りの目を気にして華美な格好をした。自信がある人物だって見せつける為に、恋人とデートするような服装で街をぶらついてガキをナンパした」
「意味わからない事言ってんじゃねえよ」
「意味が分からないって言って否定しなきゃ虚飾が剥がれちゃいますもんね。自尊心は低い癖にプライドが高い。ネズミ講には気をつけてくださいね? お兄さんみたいな何者にもなれなさそうな人生アベレージ極低人間が主なターゲットですからね」
ニコニコニコ。と笑顔で言ってやったら胸ぐらを掴まれた。
「こんな場所で手を出したら流石に警察呼ばれますよ?」
「ここじゃない場所に連れていかれるって発想は出来ないのかな?」
「だーかーら、彼氏がすぐに来ますって。男一人加わったら二対一、勝ち目無いでしょ」
「彼氏が来るって話から何分経ったと思ってんの? 遅刻してんでしょ?」
「……」
ふーむ。考えてみれば確かに、こんなに時間掛かったらもう信憑性もあったもんじゃないか。
「……思うんですけど、ナンパ誘って相手が乗ってこなかったら普通他の子に行きません? 死ねブス! 的な悪態吐いて」
「普段なら悪態吐かずに相手を変えてたけど、ここまで言われたらただじゃ退けないよね。ていうか君が今フリーなのほぼ確定してるし」
「してないしてない。マジで彼氏を待ってるんですって」
「その彼氏くんはいつまで経っても来てないようだけど?」
「っ、本当の待ち合わせにはまだ時間があるんだよ。ちょっと早めに外出たから……」
「ならそれまで俺と時間潰そうよ」
「だから嫌だってー!」
「いいからいいから」
「はーなーせーよ!」
ここまでしつこい、漫画みたいなナンパに遭うのは初めてだ。男は俺の腕を掴んで離さない。力じゃ勝てない、全然振り解けなくて無駄な体力を使わされる。
てか周りの道行く人々は何故こんなにも俺が嫌そうにしてるのに声の一つも掛けてくれないの? 冷たい人々だなぁ!
男の方も男の方で何故か俺に執着して行こう行こうと飲み屋街に引きずっていこうとしてるし。まあ中にはこういう話も聞けない発達障害タイプのナンパ男にもいるにはいるだろうなと思っていたが、実際遭遇すると厄介が過ぎるな。
どうやってコイツから俺への興味をなくさせたらいい? どうやったら諦めてくれるんだ。俺なんかより可愛い奴そこら中に沢山いるだろーが……。
「分かった! 分かったから!」
「お、やっと折れたか!」
「折れたってか……ご飯食べるだけなんでしょ?」
「当然! 今手を出したら犯罪だからね!」
「はぁ……。ならいいですよ。でも〜、お店は私が決めても良きです?」
「いいよ全然いいよ〜! 君、名前は?」
「田中って言います〜。皆にはたっちゃんって呼ばれてるのでそれで!」
「下の名前は??」
「下の名前は〜、ナツミです〜。よろしくです〜」
「ナツミちゃんね! おっけおっけ、少し生意気だけど顔が可愛いから良し! ちなみに俺はきくっ」「興味無いんでお兄さんで」「辛辣〜」
さてさて。とりあえず相手の態度を軟化させたので後は上手く撒くだけですな。まくまく〜。
さて、何処に入ろうかな。先払いの店……マックは後で寄るから論外で、他にどこか……。
「わっ、お高そうなレストラン……ねえお兄さん」
「俺の事は翼って呼んで!」
「興味無いって〜お兄さんの名前。てか、行動にそぐわない軽やかな名前ですな」
「そんな褒めんなって〜!」
「つくづく、ぶぶ漬け笑顔で食えるタイプだなぁこの人。まあいいや。あのお店入りたーい!」
「いいよ〜。結構いい店選ぶねぇ」
「女は金がかかるんすよ。見栄でも女に金を掛けれるならお兄さんバリいい男だよっ!」
「子供が言うセリフじゃないだろ〜」
レストランに入る。確かに、体の小さな俺が満足するにしても3000円くらいは掛かりそうな価格設定。入口のタブレットでメニューを選んでその場で支払いをして席に着くというシステム。アメリカだねぇ。
「ナツミちゃんはどれ食べる?」
「うーん私はー……これで!」
「だけ?」
「だけ〜」
「パスタだけか、少食なんだね〜。お、これでいいのか。じゃ、支払いしとくから先に席着いといてよ」
タブレットには席番号が表示されていた。こんなシステムが2015年当時にあったかね? この時代で考えたらマジで近未来じゃね?? 客に醤油差しでも舐められたんかってぐらい最先端だわ。
「そ、の、前に。ここってトイレ何処ですかね〜?」
「トイレ? えーと……」
「店内見渡す限りそれっぽいの無さそう〜」
「飲食店にトイレが無いなんて事ある?」
「それは流石にないと思いますけど、今は一秒でも惜しいくらいには膀胱ピンチ……ダメだっ! ちょっと隣のセブンのトイレ借りてきます!」
「そう? じゃあ先に俺が席着いとくから後で来てね」
「はーい」
という訳で、はい。ナンパを撒きましたとさ。
知ってたさ、この店は雑居ビルに入った店舗テナントだから、トイレは店内じゃなくてエレベーターの横にあるってね。トイレに行きたいと言えばいつでも脱出できる店、そういうのはあまりにもナンパされすぎたからもうリサーチしてあったりします。
『今日の集合場所変更で。市民病院前の緑道のベンチで待ってる』
ナンパ男が戻ってくるのも見越して場所変えのLINEも送る。む、送ったら直ぐに既読が着いた。起きていたのか。
『緑道のベンチって、居酒屋とかある通りの方ですか?』
『そう! その通りにもひとつマクドあんじゃん? そっち行こ』
『了解です。
もしかして鹿狩さん、もう着いてたりします?』
『まだお風呂〜。あの公園日陰少ないから日焼けしちゃうじゃん?』
『なるほど』『ちなみにお風呂の写真をくれたりは』
『まだそういうのはダメ〜』
『了解です』
む、返信を間違えたか? 茶目っ気を出して返したつもりだが反応悪いな。まあいっか、時間までどっかで暇潰そ〜。
「って、もう1時50分!? やーべぇじゃん!」
いつの間にか時間は結構経っていたようで、集合時間の10分前に差し掛かっていた。やばいやばい。ここから市民病院って少しだけ距離あるぞ。ダッシュ必至じゃねえか!
ピロンと通知音が鳴ったが今はそんな事に意識を向けている余裕はなく、ひたすらに手足を動かし疾走する。遅刻は嫌だよ、ヤンヤンつけボー!!!
「ふぅっふぅっ。よっしゃ、奇跡の3分前到着が狙えたなっ!」
死ぬ気のダッシュをしたらわずか7分で着けてしまった。恐るべき中学生の肉体。初めてこの体すげえなって素直に思ったわ。
「ふぅーそれじゃっ、後はゆっくりと待つだけと」
ベンチに座り、テトリスを再開するためにスマホを開く。
『すいません! ちょっと到着遅れそうです!!』
「なにぃ……?」
先程の通知音、内容はこれか。なんだよ送れてくるのか、じゃあこんな必死こいて走る必要なかったじゃん。急いで損した……。
まあ、遅刻なんて誰にでもある事だししょうがないよな。急いで忘れ物したり転んだりしたら危ない。ゆっくり来ても大丈夫という旨のメッセージを送ってやる事にした。
***
やーばいやばいやばい!!! 遅刻したーっ!!!
朔月小刻。人生初のデートにて遅刻。
くそっ! 楽しみすぎて早起きして時間を待っていたら二度寝してしまった!! なんという初歩的なミスをしてるんだ俺は!? スマホの通知音が鳴ったが、今は構ってる余裕ない! 一秒でも早く待ち合わせ場所に到着しなければっ!!!
「っと到着ーっ!!! 鹿狩さんはっ……」
待ち合わせ場所である市民病院前の緑道のベンチに着き辺りを見渡す。犬を連れた老夫婦、ランニングしている男性が二名、自転車に乗った学生が複数。
あれ、鹿狩さんらしき人影が見えない? 待ち合わせ場所間違えたか……?
LINEで改めて場所確認する為にスマホを開く。
『ごめん! 私も送れそうだから着いたら座って待ってて!』
「なん、だと……?」
鹿狩さんも遅れてるのか? なら急ぐ必要なかった……いやそれとこれとは関係ないか。相手が遅れているとしても、待ち合わせに遅刻するのは良くないよな! うんっ!
とりあえず鹿狩さんに言われた通りに、ベンチに座って彼女に『着きました』と連絡を返す。
いや待て。来る前に自販機で飲み物を買っておいて渡す準備したら気が利くなって思われるだろうか?
ここはいっちょ、財布の紐を緩めますか。
「お待たせー! 小刻くんっ!」
「うぉわぉわぉっ!?」
ベンチから立ち上がって自販機に向かおうとしたら何故か背後から鹿狩さんが現れた。どっから現れた? 後ろ生垣ですけど。
「ごめんねー。服選んでたら遅くなっちゃって。はい、お詫び」
「あ、あざす。……いやっ、てか俺も遅刻してるんで!」
「そっか。じゃあおあいこかー」
あはは、と笑いながら鹿狩さんはコーラの缶を開けた。俺も貰ったミルクティーを開けて口に含んだ。疲労でクタクタになった体に糖分が染み渡る〜……。
それにしても、デートの為に気合い入れてきたのかな。今日の鹿狩さん、いつもよりもオシャレでなんか落ち着かないな……。
「ん? どうしたの?」
「い、いやっ」
黒いロングサイズのTシャツをワンピースみたいにしてて、下は多分ショートパンツを履いてるんだよな……? 分からないけど、大胆に足を見せてて、厚底の靴にシースルーの靴下なんか合わせてて、こんな動きにくそうで見た目に振った服装の鹿狩さんを見るのは初めてだ……。
化粧もなんか、いつもよりも色味に血色があって柔らかく見えるようなメイクになってて、本人がよくやる首を傾げて「ん?」ってしてきたり目をジーッと見つめてくる動作との組み合わせで凄まじい威力を発揮している!
普段から可愛い人だなって思ってたけどより一層、言ってしまえば鹿狩さんと直接面識のない連中が口々に言うような『美少女』って言い方がしっくりくるくらいの可愛さに、言葉が出なかった。
「えーと、小刻くん?」
「か、可愛いっす」
「!? あ、あぁぁ、そう? ありがと」
バカ姉から散々言われている「女子への褒め言葉は素直に口に出すこと」という教訓。それを実行してみたのだが、上手く行かなかった。鹿狩さんが下を向いてしまった。キモかったか……。
「こ、小刻くんも、かっこいい、よ」
「えっ!? いやいや全然ですよっ! 鹿狩さんに比べたら全然釣り合わないです!」
「っ。むー。そういうの良くないよ」
「え?」
下を向いて髪を弄っていた鹿狩さんが片方の頬を膨らませた表情で顔を上げ俺を睨みつけてきた。
そして、右手で俺の頬を掴むとグ二ーっと弱い力で抓ってきた。
「いてて」
「私達恋人なんだよ? 釣り合うとか釣り合わないとか、そういう話出すの禁止。それ、気ぃ悪いよ」
「す、すいません!」
「分かればいいけど。てか、本当に小刻くんかっこいいし。ジャニーズ系じゃん顔面。謙遜なんてしたら、今まで自分の顔の話題を他人から出されもしなかった人達に失礼だよ」
「おおうすごいこと言い出しますねいきなり!?」
「余計な一言が多い性悪女という肩書きをめぐっ、お兄ちゃんから賜っているゆえな〜」
「褒められたエピソードじゃないっすねぇそれは」
「んふふ」
鹿狩さんが笑う。猫みたいな目を細めて。そして目を開け、何をするのかと思えば何もせず、そのまま俺の顔を見つめ続けてきた。
ジーッと俺の顔を見てくる。手を伸ばしてきた。俺の両方の頬に鹿狩さんの手が触れる。
「鹿狩さん?」
「なにー?」
「あの、何してるんですか。今」
「んー。思えば、小刻くんの顔ってじっと見た事ないなって思って。ほら、付き合う前は小向くんと主に絡んでたじゃんか」
「確かに」
「ね。で、改めて見たら、本当に顔がかっこいいなって思って。ちょっと触りたくなった」
「そんなクラスの女子みたいな……」
「クラスの女子?」
鹿狩さんの手が止まる。
「クラスの女子にもこういう風に顔を触らせてるの?」
「まぁ。特に抵抗はしませんね、されたらされるがままというか」
「ふーん。そう」
鹿狩さんの手が俺の顔から離れる。そして何も言わず方向転換し、こちらに背を向けたまま「さっ、ご飯行こ」と提案してきた。どうやら待ちきれないくらいお腹を空かせているらしい。俺もである。
緑道を鹿狩さんと並んで歩く。歩幅は合わせ、ちゃんと車道側が俺が立つ。デキる男講座を前日にめちゃくちゃ調べたからな、こういう初歩的な物は完璧に押えているぜ!
「……誰が相手でも抵抗しないんだ。ふーん」
「んっ? なんか言いました?」
「別に。……保健室であんな求めてきたから、てっきり特別扱いされてたのかなと思ってたけど。そういうのとは違うんだー」
「えっ? あの、本当にちょっと声が、風の音に負けてて……」
「なんにも言ってないから気にしなくていいよ、別に」
? なんか怒ってる? というか拗ねてるのかな、何故か鹿狩さんが急に冷たくなった気がする。
まあでも、会話を振ったら言葉を返してくれるし、まだ顔も合わせてくれるし完全には嫌われてないよな。嫌われたら別れ話を切り出すもんな。
大丈夫、気の所為だ。鹿狩さんは怒ってないし拗ねたりもしてない。する理由が無いしね。
「「ふぅー……」」
カウンターで注文し終え、空いてるテーブル席に座ると二人揃って息を吐いた。気疲れしたぁ。夏の暑さとはまた別種の熱で身体が火照ってる気がする。
いや、気疲れしたって何終わったことのように言っているんだ俺は。まだデートは始まってすらないじゃないか実質! 会ってマックに来ただけだぞ!?
いかんいかん、集中を切らせるわけにはいかん。俺は鹿狩さんの彼氏なのだ。容姿で釣り合ってない分、内面の余裕で釣り合いを取らなければ!
「にしても今日暑いっすよねー……」
「んね。まあ湿気は無いから全然気持ちいい暑さだけど」
「ですね」
俺たちが座ったのは窓際の席。普段なら絶対選ばない直射日光に差されている席なのだが、他がパンパンだから仕方がなかった。そこはまあいいだろう。
しかし彼氏たるもの、彼女が困る可能性があればその尽くを代わりに解決するべきって海外のマフィア映画で言っていた。一理ある。ここはさっと俺がカーテンを下ろして直射日光をカットしなきゃだな!
「ちょっとカーテン下ろしますね」
「えっ」「えっ」
カーテンを下ろす紐に手を伸ばしたら、先に手を伸ばした鹿狩さんの手に重ねる形となってしまった。
あまりのタイミングの良さに驚愕。絶句。鹿狩さんは恥ずかしいのか手を俺に掴まれたまま、包み込まれたまま口を引き結んで小さく震えている。
手は離さない。だって俺ら恋人だからね。偶然手が重なったなら手を重ね続けよう。それが恋愛テクニック、単純接触効果というやつなのである!!!
「……あ、の」
「うん?」
「手、当たってる……」
「ああ、うん。偶然手と手がね。でもそれくらい、恋人ならなんぼでも」
「そっちじゃなくて、もう一つの方」
「もう一つの方?」
言われて俺の、カーテンを伸ばしていない方の左手を見る。
左手は、カーテンを下ろそうとした時にバランスを取ろうと言う目的で偶然そこに置かれていた。なんの邪念もない。介在する感情なんて0だ、変な事なんて一切考えていなかった。筈なのだ。
俺の左手は、鹿狩さんの上おっぱいのなだらかな斜面にガッツリ乗っかってしまっていた。
「あの、人目があるから……」
「すんません!」
慌てて両手を引く。鹿狩さんは怒った様子は無く、俺の手が離れると静かにカーテンを下ろした。
「って、人目があるからって、無いところだったらなにしてもいいみたいな解釈になりそうですね」
「ならねぇよ。そういう含みは別にありませんよ私は」
「そ、そうすよね。なーに言ってんだか俺はっ!! はははははっ」
笑って誤魔化そうとしてみる。釣られてくれ……!
「ちなみに」
「はい」
「小刻くんは、今日、そういう事もするつもりで来たの?」
「はい? そういうことって?」
「……っ」
聞き返すと、また何故か恥ずかしそうにしていた鹿狩さんが少しの間を空けて俺の耳に口を近付る。
「……エッチな事すんの? 今日」
「!?!?!? ヒョエッ」
「嫌ならいいけど」
「嫌じゃないです! 驚いただけです!」
「そう。じゃあ」
「したいですっ!」
「…………」
「したいですっ!」
「すごい真っ直ぐな瞳で訴えかけてくるじゃん君。そっか、したいか……」
「はい!」
「映画見てカフェ行くんだよね」
「はい!」
「……で、その後小刻くん家に行くって事? ラブホなんて使えないもんね」
「鹿狩さんがいいなら俺ん家がいいですけど、姉ちゃんとなんか気まずいんじゃなかったですっけ?」
「そうなんだよね。今は親父が帰ってきてるから俺ん家も使えないし……」
「今日はお預けですかね」
「だねー……」
まあそれなら仕方が無い。場所もなくて変な所でするよりは絶対我慢するべきだよな。屋外でエロい事したら盗撮されて、脅しの道具にされたりネットに晒されてしまうかもしれないし。
「しかし、欲望に忠実だね小刻くんって。なんか小鞠の弟って感じだ」
「なんすかそれ。めっちゃ嫌なんですけど」
「そうなんだ。姉と同類扱いはキツイ?」
「キツイっす。鹿狩さんもお兄さんいるなら分かるでしょ。兄妹は仲が特に悪い!!」
「そうかなぁ」
「そうです!」
他所様の姉弟事情に口を出す気はサラサラないが、オフで流行ってるのこれか。なるほどな、歌いやす〜。
「あ、頼んだやつ来ましたよ鹿狩さんっ!」
「んー」
しばらく待って二人で頼んだセットが机に到着する。
鹿狩さんが店員さんにお礼を言い手を合わせる。俺もそれに倣い手を合わせ、頂きますを口にしてからバーガーの包装紙を捲りがぶりついた。
「ねえ小刻くん」
食べていたら鹿狩さんが話しかけてきた。なんですか、と返す。
「私達、付き合ってるんだよね」
「はい、付き合ってます!」
「……じゃあさ。私の事、八尋って呼んでみてよ」
「え。そ、それはっ」
「嫌なの?」
「嫌って言うか、ちょっと気恥しいというか……」
人の呼び方を途中で変えるのって結構緊張するよな。恥ずかしさが纏わるよな、他の人にこの名前のネタ通じるかなみたいな。
けど、鹿狩さんが呼び方を変えてくれって言うなら、それはやはり変えるべきだよな。本人が望んでいるのだから!
「や、八尋」
「……うん。ふふっ」
「これでいい?」
「もっと呼んで」
「分かりました。……八尋」
「なあに小刻」
「! ……八尋」
「うん」
「……」
「もっと呼んでよー」
なっ、なんなんだ。何をニヤついてるんだ鹿狩さんはっ。名前を呼ばせて楽しがってる、俺の反応を見て笑ってるのか!?
なんかバカにされてるようだぞ……そっちがその気なら、こっちは平然と何回も名前を連呼してやる!
「八尋」
「うん」
「八尋、好きです」
「っ!? う、うん」
「俺、めっちゃ八尋の事好きです」
「わ、私も。小刻くんの事好きだ、よ」
「俺はその数倍好きです」
「あはは、なにそれ子供みたーい」
「本当に好きです。八尋」
「……っ! あ、あはは」
「八尋」
「んっ。……あは……んぅっ」
「八尋?」
「んぃっ。あ、待って小刻くん」
「? どうしたんですか、八尋」
「きゃんっ!?」
「Can……?」
何が出来るって? なんか様子がおかしいな。
「八尋」
「う゛っ!? んぅっ」
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、なんでもない……」
「はぁ。体調が悪いなら無理しなくても」
「全然そういうのじゃないから! 心配してくれてありがと、でも本当に大した事じゃないし」
「えぇ。八尋がそう言うなら」
「んんんぅっ!!」
なんか鹿狩さん体を震わしてたぞ下向いて。ビクビクって。どうした? す 耳まで赤くなってるし。トイレでも我慢してるのかな?
「……八尋?」
「あんっ!? うっ! ……ック」
「えっ」
「ご、ごめっ! トイレ!」
そう言って鹿狩さんは席から立つと、足早にトイレへと駆けていった。