※この作品はR-18です。

子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン   作:千佳のはんぺん

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砂糖で固めた奈落の穴

「メス落ち情緒大概にせぃっ!!!」

 

 

 個室の壁を殴る。ポコンッて柔らかい音が鳴った。痛い。

 

 まだ佐藤と付き合ってた頃。アイツに名前を呼ばれただけで脳イキするみたいなジェネリックエロ漫画みたいな特殊性癖を獲得した事があった。だがそんなの前も前、俺がいじめられる前まで遡る話であって、時も経ってそんな調教も白紙化されたものだと思い込んでいた。

 

 ビックリした。パンツぬんるぬる。股関を唯一の接地箇所にしたら滑走出来そうなくらいにヌトヌトで自分のことながら引いた。

 

 特定の相手に名前を呼ばれただけでこの濡れよう、ウェットに富みすぎているな。この肉体で18歳とかなった辺りでぺぺローションの擬人化みたいな設定のVtuberでも始めようかや。

 

 

「クッソが〜。根深すぎんだろパブロフワンワンの業。こんなん知られたら100引くよなぁ、小刻くん」

 

 

 成人してからの女遊びの場で言うのなら、脳イキ出来るなんて笑いを取れるエロトークの一つとして消化できるだろうが。相手はつい最近までランドセルを背負っていた少年である。特殊性癖の部類になってくるよなぁ。

 なんだろう。これも所謂「女の生々しい下ネタ」ってやつになるんだろうか。

 嫌だなぁ、俺が小刻くんの女に対する幻想を打ち砕く役割になったら。そういうのって「女で後悔したエピソード」っていうジャンルとして扱われて、男友達間の雑談の鉄板ネタにされちゃうもんな……。

 

 ムラムラの余韻を残さずに席に戻ろう。丁度いいタイミングで尿意を催した事だし、この放尿と共に雑念をショットピーニングして、毅然とした態度で席に戻ろう。

 

 誰も人が居ないのを確認して蛇口に手を翳し、顔を下に配置し直接注がれる水をガブ飲みする。よし、これでムラムラも完全に収まった。俺は早足でトイレを出る。

 

 

「おまたせ〜」

「長かったっすね〜鹿狩さん」

「うむ。すっきりすっきり」

「沢山出ました?」

「うんー。ちょいセクハラ気味のセリフだけども」

「え、あっ、マジすかすいません!!」

「良いけど他の女の子には言わないようにね〜」

「だからクラスの女子あんな怒ってくるのか……!」

「実践済みかぁ。注意とかされないのなら環境が悪いね」

「姉貴がよく『めっちゃ出たぁ! 滝! ナイアガラ!!』とか言ってくるんで、そういうもんなのかと……」

「その話題ちょっと家庭密着が過ぎるな」

 

 

 あんな小悪魔可愛い感じの女の子が家のリビングのソファにドカッと座り込んで『おしっこめっちゃ出た! 滝ー!!!』って言ってるの想像すると、なんだか生活の質が生々しいくらい伝わってきてうわっとなった。キモイとかそういうマイナスな事ではなく。例えるなら、人んち遊びに行った時の初回の、慣れない他人の家の匂いを感じる時みたいなね?

 

 朔月家の匂い、か。

 

 そういえばもう長らく朔月さんと近付いて話してないし、ちょっとあの子の匂いが恋しいなっと変な意味じゃなくてね。だって女の子っていい匂いするやんか。俺外骨格が女ってだけで、カニ味噌ほじくるみたいに殻をバキッと割ったら男の魂がボロンするわけだよ? そりゃ女の子の匂いも吸いまくるよ。当たり前だろ。

 

 

「あの、鹿狩さん?」

「うむ」

「近いっす。どうしました?」

 

 

 机に肘を着け、若干前のめりになってスマホを弄っていた小刻くんの鎖骨辺りに顔面を突っ込ませて匂いを嗅いでいたら何事かと問われた。顔を離し答える。

 

 

「小刻くんの匂いを収集していた」

 

 

 正確には朔月家の匂いを。朔月小鞠の匂いがしないかなって思って。結論、ちょっとだけしたけど匂い成分のベクトルは全然違った。

 

 

「えっ、臭くなかったですか!?」

「んー。柔軟剤と、あと柔らかい良い匂いした」

「柔らかい匂いってなんすか?」

「分からん! 小刻くんの匂い!」

「げぇー! あ、汗の臭いとか?」

「んー……汗の匂いは、ちょっと?」

「臭いんじゃないですか!」

「臭いとは言ってないなあ。好きだけどね〜、小刻くんの匂い」

「犬みたいな事言う……」

「おー。小刻くんが他の女の尻追っかけたら噛み付いちゃうよ〜」

「しないですよ……」

「モテ男なんだとしたら全身にマーキングしちゃるかんね〜」

「マーキング? おしっこかけるんすか!?」

「声でか!? おーい視線集めちゃってるよー、そういうツッコミは声抑えて言おうね〜」

 

 

 とんだ変態カップルじゃねえか。ファストフード店でSMプレイのミーティングするカップルとかキモすぎるだろ、勘弁してくれ。くそー、恥ずかしいので下を向いて顔を隠しておく。

 

 

「ったく。お、おしっことかじゃなくて、噛み跡残すとか、そういう形でマーキングするから」

「痛そうですね」

「愛は痛みを伴うものなのだよ。キスマですら付けるのちょっと痛いんだし」

「へぇー。物知りなんですね、鹿狩さん」

「んー? なんで」

「いえ。なんでもっす」

「?」

 

 

 飯を再開する。

 

 口を目一杯開き、ハンバーガーを堪能していたら小刻くんの目が俺の口に集中してるのに気付いた。なんだ? 咀嚼フェチ? キモ。

 咀嚼したハンバーガーを飲み込み、唇に付いたソースをペロッと舐め取る。

 

 

「なにか?」

「いや、結構鹿狩さんって大胆な食べ方するんだなって思って」

「デブだって言いたいか!!!」

「ちがいますんませんっ!」

 

 

 慌てた様子で小刻くんが手を合わせ頭を下げる。そんな必死にされたら、マジでデブ扱いされてるみたいだ。

 

 

「ふん。どうせ身長の割に重いですよーだ」

「鹿狩さんは痩せてますよ!」

「痩せてはないだろ。体重も、実際ちょっとあるし」

「胸の重さでしょ」

「うーん、確かに。きっとそれはそうなんだけど、そうじゃない〜な〜。もっと他の言い方がよかったかも〜」

「他の言い方? 他のって例えばどんな」

「えー……? んー……まあいいや。それより、小刻くん的にはガツモリな食い方する女子は好みじゃないん?」

 

 

 そう聞くと小刻くんは腕を組みうーむと考え始める。体重の話題でむくれる面倒くさい女の子ムーブをしていた気がしたからハンドルを切っただけだし、そんな真面目に考えてくれなくてもいいんだけどね。片手間に答えておくれ。

 

 

「よく食べる子は好きっすね、気兼ねない感じするし。ただ俺より食べる子ってなってくると、なんか」

「それはなんか嫌だ?」

「嫌って言うか。情けねえ〜ってなりますね。自分に」

 

 

 分かる。体型とかは抜きにして、自分より女の子の方が食べれるってなるとなんかプライドが傷付いた気になるよな。まぁ男だった頃は、女に食う量で負けた事なんて一回もないけどさ。

 

 

「じゃあ今度大食い対決しよーよ」

「鹿狩さんって結構量食べれるんすか?」

「ふふふ。調子乗ってピザ2枚行ってゲロ吐いたよ」

「ダメダメじゃないっすか」

「ふふふ。気合いだけは自信あるからね」

「一番気合いとか似合わないキャラしてますけどね」

「嘘でしょ。めっちゃ根性論口にしてきたと思うんだけどな」

「言ってる事は確かにそうかもですけど、表情だけ見たらなんか、体弱そうだしあんまり前に出るタイプでもないように見えるんすよね。なんでだろ」

「なんでだろーなー、ほんまに」

 

 

 顔、なぁ。やたらに色んな人から表情筋ニートしてるって言われるし、小刻くんもそういう印象を持っていたのなら実際そういう風な顔してるんだろうな。

 

 表情作りには結構自信があるんだが、顔の造りそのものに問題があるように思えるわ。

 

 でもそれはそうか。色んな人が俺の容姿に『人形みたい』とか意味の分からん比喩表現を使ってくるし、それだけ作り物めいてるんだろうな。

 自分では普通の人間のように見えるけど、他人と自分とで見え方は違うやろうし。どんだけ可愛かろうが無機質に見えるのなら、表情の有無に関わらず空虚に見えても仕方ないよな。

 

 

「てかさっきから気になってたんだけど、なんでトイレから戻ってきたら名字呼びに戻ってるのさ?」

「へ?」

「私の事鹿狩って名字で呼ばないでさ、名前で呼んでよ」

「それは……」

「さっき呼んでたじゃん」

「い、やだって、恥ずいし」

「やだ! あと恋人なんやし敬語っぽい言葉使うのもやめてよ。もっとラフに話してほしいー」

「……」

「ダメ? 一理ない? 皆無?」

「……一理は、ありますね。恋人なら」

「でしょ? だからもっとラフにラフに」

「……じゃ、じゃあ。八尋」

 

 

 下っ腹に気合い!

 

 

「……うん」(よし耐えた)

「そ、そー……」

「?」

 

 

 腹に力を入れ衝撃を吸収する構えを取っていたら、小刻くんが何やら小さな声でごにょごにょと言っていた。なんだろう。何が言いたいのかまではちょっと分からない。

 

 特に言及せずに相手の出方を待っていたら控えめに自分の頬を指差すジェスチャーをされた。

 ふむ? イマイチそれもよく分からない。平成初期感溢れるぶりっ子ポーズ? プリクラとかそんな感じのポーズ取るの流行ってたよね。

 

 

「あーもうっ、なんでこれで分からないんすか!」

「ふぇっ?」

 

 

 反応を示さない俺に痺れを切らしたのか、小刻くんは大きく身を乗り出して俺の頬に手を触れる。

 親指で頬を撫でられる。急な行動にビックリして固まってしまった。

 

 

「な、なんでしょうか……?」

「ソースついてたんで!」

「声でかっ。ソース? あっ、なるほど」

 

 

 なんの事かと思ったがなるほどなるほど、頬についたソースを拭ってくれたのか。

 

 

「なーんだ、びっくりした。てっきり」

「てっきりなんすか」

「……いや。なんでもないです」

「なーんーすーかー」

「食い下がるねぇ!? な、なんでもないって…………キスされると思った」

「キ、キッ!?」

 

 

 二人して俯く、てアホか。ガキか? ガキか。ガキだったわ年齢上。恥ず。

 

 はぁ、なんで俺まで照れてるんだ。

 アレだな、普段さっきみたいな勢いで俺に迫ってくる男共って俺の身体を貪る輩ばかりだったから、もうそういう発想しか頭に無かったんだよな。それで誤解するのって、俺が小刻くんをアイツらと同列にしてしまったって事になるわけで。

 

 ……。

 

 

「……っ」

「あ、あの、かがっ、八尋さん」

「っ……ぅん」

「えっ。な、泣いてます?」

「……なぃ」

「え?」

「泣いてな゛いっ……」

「泣いてるじゃないですか!? ご、ごめんなさいっ、気を使えなくて!」

「声でかいぃ……」

 

 

 よく分からないタイミングで泣く女。よくいるメンヘラだなぁ。俺だったらそんな女面倒くさくて放置しちゃう、てかしてた。なのに小刻くんは俺によく分からないまま謝り、小刻くんは関係ないと言ったらよく知りもしないのに励ましてくれた。

 

 いい子だなぁ。本当になんでもないのに。心が限界を迎えてる訳でもなし、ゆっくり深呼吸して動悸を押さえつけて涙を拭き視線を上げる。

 

 

「うっ、うぅ……」

「!? な、なんで小刻くんが泣くの……?」

 

 

 なになになに? 気付いたら小刻くんが泣いていた。ターン制バトル? 涙の排出量で競ってる? 訳が分からなくなり今度は俺が小刻くんを励ますターンがやってきたようだ。

 

 

「よ、よーしよし。大丈夫?」

「すんません、不甲斐ない彼氏で……っ」

「そんな事気にして泣いてるの? 全然不甲斐なくないよ、むしろ私には勿体ないくらいいい子だよ小刻くんは……」

「泣いてるのはっ、俺がどうこうじゃなくて、鹿狩さんが辛そうだったの見てたら、しんどくなって……っ」

 

 

 聖人? 他人の為に泣くってやつやん。野比のび太やん。それで人に泣かれたのは前世も合わせて初めてだな、マジで。

 

 

「私は全然辛くなんかないし、だから大丈夫だって」

「嘘っすよ。鹿狩さんっ、泣きながら胸押さえてましたもんっ」

「……んー。あはは、いやいや。あれは」

「俺はっ、鹿狩さんが好きっす、本気で……何があっても味方でいるっす、だから、俺には、誤魔化さないでほしくて……っ」

 

 

 そんな事真摯に目を見て言われても困りますが。目を逸らす。ここは現実だからね、小説みたいに目を逸らす事で含みを持たせる効果とか特に無いからね。ただ気まずいから目を逸らした、それだけ。

 

 

「……鹿狩、さん?」

「……あはは。うん?」

「鹿狩さんにとって俺は、やっぱり他の人と同じなんですか……?」

「えっ」

 

 

 小刻くんの方を見る。涙を乱暴に拭った赤い目で俺の瞳を覗こうとしてくる。

 

 

「そんな、怯えた目しないでください」

「怯えた目とは。そんな目してないよ」

「……俺は、絶対に何があっても鹿狩さんを裏切らないし、見捨てないし、ずっと一緒にいたいです」

「あ、あはは。……ごめん、私そういう、普通の女の子ならときめきそうな事言われても、あんまりピンとこないんだよね」

「ピンと来なくてもいいっす。でも、本気です」

「いやいや、そこは一喜一憂する子選びなよ。可愛げないじゃん、私みたいなやつ」

「……俺はっ、鹿狩さんがいいっす」

「あ、ありがとー……」

 

 

 なーんだ? この空気? デートの空気か? これ。

 

 

「……あと、ごめんね。今更こんな事言うのもなんだけど、多分私、他の人よりも好きとか嫌いとか、そういうのあんまり分からないんだと思う」

 

 

 おーおーどうした俺。そんな事言いたくないのに、勝手にお口さんがトリプルアクセル決めちゃってるよー。

 

 ……不可解だった。

 

 告白された時は諦めてくれるだろうと「処女じゃない」とか「他の人ともそういう事するかも」といったカードを切ったのに、それらが全く通用しなかった。

 そんな事有り得るか? 初めての彼女で? 初の恋人って、相手に清廉を求めるもんじゃないのか??

 

 俺は、人よりも色々汚れてるからそういうのは気にしない。けど、小刻くんは年相応の少年だ。彼女に対して綺麗とか、純粋とか、無垢とか、誰にも侵されていないとか、そういうのを求めたって全然痛くもないし、むしろそれが当然であるべきなのに。

 

 何故、こんな俺をそんなに求めるのか。俺に何を求めているのか。それが全く分からない。

 

 

「私って、借り物を使わないと愛情とか表現出来ない、偽物らしいよ」

「偽物……?」

「うん。変な言い回しだよね。よく分からんない、私にも。でも、それを色んな人に言われたんだ。本当の言葉じゃない、誰かの仮面を被ってる、心がない、とか」

「……」

「ドラマみたいなセリフでくっせぇよね。でもね、私自身、ほんのちょっとだけそう思う事もあるよ」

「偽物、すか?」

「んーん、私は私。だけど、借り物ではあるよ。分からないんだもん、他人の心なんか」

「……」

「気持ち悪いでしょ。小刻くんが私を好きで居てくれるのは、小刻くんが好みそうな子を真似てるから、だよ。だから、私なんかの為に泣かないでほしいし、本音を言えば……」

「八尋」

「んにゅわっ!?」

 

 

 下に向いていた視線が急に前を向かされる。顎の方から両頬をガッチリ手でホールドされ、顔を持ち上げられる。頬を挟み寄せられて恥ずかしいのに、そのまま小刻くんは無言で俺の目を見つめてくる。目を逸らせない。なんだこれ。

 

 

「こ、小刻くん」

「……八尋が俺以外と話してる時も、俺は八尋を見てました」

「ひょえ?」

「家でも学校でも。それに、初めは姉貴の話で八尋に興味を持ったんす。面白い子が居るって言われて。聴いてて飽きなかった、八尋の話は」

 

 

 小刻くんが手を離す。小刻くんの顔が赤くなっている。暑い、暖房でも効いてるのだろうか。

 

 

「俺は、八尋の事を考えて夜も寝れなくなるくらい好きです。八尋と付き合う前、近くに来る度に胸が爆発するかと思うくらい五月蝿く鳴るし、一緒にゲームしたり勉強教えてもらったりする時間が永遠に終わらなければいいのにって考えてたし」

「……二年後には黒歴史になってるよ。それ」

「見かける度にいつも目で追ってました。姉ちゃんに茶化される度に否定してたけど、多分隠しきれていなかったんだろうな。……本人には伝わってなかったっぽいけど」

「いひぃ〜……なんでそんな事突然言い出したのさ」

「それくらい本気で好きなんですよ。だから、この気持ちを否定されたくないっす。俺が好きな人間を演じてようが、俺が居ない所での側面も併せて好きなんです。八尋の事が!」

「……トイレ」

「えっ、やひ」「すぐ戻るから」

 

 

 ***

 

 

 男らしくないと罵られてもいい。一言。

 

 キモかったなぁ〜俺!

 

 なんか一人で一方的にツラツラと長々と何がどう好きかとか語り聞かせてしまった。こんな人のいる店で! 幸い近くの席に座ってる人は居なかったけど、場所を考えずに痛い発言を連発してしまった。

 

 嫌われてしまったかもしれない。嫌われたに違いない。絶対キモコイツって思われた。あ、死にたい。誰か俺を殺してぇえええ!!

 

 

「ただいま」

「あ、う、お、ひゃ、わ、おかえりなさい!」

「……?」

 

 

 パニクって余分な音がいくつかこぼれた。だって仕方ないよね。だって、なんか隣に座られてしかも体をピターってくっつけられたんだもん!

 

 

「あの、鹿狩さん?」

「……名前」

「や、八尋」

「なに」

「近くないですか」

「……私を好きっつった」

「え?」

 

 

 鹿狩さ、八尋が身をくっつけているのに更に顔を寄せてくる。不機嫌そうな顔をして、でも顔は赤くて、目は潤んでて。複雑な感情が混じりあった顔で俺を睨みながら、小さな声で言う。

 

 

「何があっても好きっつった」

 

 

 声は小さいけど、距離が近すぎて十分耳に入ってくる。拗ねているような、怒っているような声。でも本当に怒ってる訳ではなくて、隠しきれない何かしらの想いを怒りに強引に変換することで相手に悟られないようにしているような必死さを感じた。

 

 

「馬鹿みたいにガチャガチャとしつこいくらい人の事好きって言ったんだから、もう知らんよ」

「え、知らんって、なにが」

「あ?」

「なんで睨まれるんですか。怖い怖い」

「睨んでない」

「に、睨んでますよ。すごいな。なんでそんな人殺しみたいな目で人を見れるんすか」

「人くらいは殺せるからね。私」

「本当に出来そうで怖い……」

「うん。だから、浮気とか、あとさっき自分で言ってたけど裏切ったらダメだよ。そんな事したら」

 

 

 八尋が暗澹で光の堕ちた瞳で俺を見ながら、厳かに表情を笑顔に変えた。

 

 

「グチャグチャの死体にしてやるからな」

 

 

 あれ、あれれ。ゾクッでしたぞ今。ヤンデレってやつだよねコレ。俺が知ってるヤンデレって直接的な表現濁したり、もっと回りくどい言い方するんだけどな。あまりにも表現が直接的すぎて悪寒しかしなかった。あと、笑顔ではあるけど目だけ笑ってないんだよ。

 

 

「……八尋さんって、もしかして苦々しい恋愛とかの経験がおありで?」

「無いよ。全然」

 

 

 嘘は本当かは分からないけど圧がすごい。この話はもうやめとこう。近い近い、近いです八尋さん。

 

 

「そ、それでこの後はどうします? 飯も食ったわけですし」

「当初の流れ通りに映画行ったあとフクロウ見に行こ」

「お、おっけーっす。じゃあ」

「時間調べたけど、まだちょっと余裕あるしゆっくりしよ。マックフルーリーも食べたい」

「確かに。頼んできますよ、俺」

「ありがと!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「フクロウ可愛かったねー! もふもふしてたねーっ!」

「ですね! 映画も当たりだったし! いやぁ〜、想像以上にグロくって満足っす!!」

「小刻くんがグロゴアいける口でよかったよー! って、自分から誘って来たんやしいけて当たり前か」

「そうっすね。どちらかと言えば八尋がいける口で良かったっす!」

「私は映画めちゃんこ見るからねぇ。大昔のマジで汚らしいグロ映画とかも結構見てるし、耐性ありありモハメド・アリよ」

「言ってましたね。いいなー、今度なんかオススメの映画教えてくださいよ。見ます!」

「全然良いよ! てかうち来なよ、一緒に見よーぜ」

「えっ!? いいんすか!?」

「? うん、よいよ」

 

 

 八尋の、女の子の家、か……! 生まれて初めて行く好きな女の子の家、きっと可愛いぬいぐるみとか置いてるんだろうな……! 幼い頃のアルバムとか、見てぇー! 小さい頃の八尋とか絶対天使じゃん、見せてくれないかなー!

 

 

「あ、てか小刻くん!」

「はい?」

「敬語! やめてって。ラフに話してって言ったよ私!」

「そ、そういえば。でも、流石にタメ口きくのは緊張しますよ……」

「分かるけど、私ら恋人で対等なわけだよ。言葉遣いも対等にタメ口じゃないのはおかしいでしょ!」

「そ、それなら八尋も、俺の事くん付けしないでくださいよ!」

「なぬ」

「君付けされると、なんか、弟扱いされてるみたいなんで……小刻って呼んでください!」

「……分かった。じゃあ敬語禁止、タメ語縛りね?」

「……先に名前をどうぞ」

「ぐぬぬ。こ……小刻っ」

 

 

 あ、手で顔を覆った。素早い動きだったな。

 

 

「……呼んだけど」

「ああ、うん。よ、よろしく、八尋」

 

 

 なんて言えば分からなくて、とりあえず手を差し出した。握手する前の仕草だ。その手をじーっと見た後、八尋の口から笑いがこぼれた。

 

 

「ぷっ、あはははっ! よろしくって何さ、改まって!」

「何故に笑われた……? 別に変な事してないだろー!」

「ごめんごめんっ、なんか面白くって。はははっ」

 

 

 目の端に溜まった涙を指を拭うと、八尋は俺の手を優しく握り返した。

 

 

「……うん。よろしくね、小刻」

 

 

 そう言うと、八尋は俺の手を掴んだままもう一つの手を俺の肩甲骨ら辺に回し、頭を下げるよう力を入れてきた。抵抗せずに頭を下げると、つま先立ちをした八尋が目を閉じて顔を近付けてくる。

 

 唇と唇が、チョンッと当たった。

 

 

「〜〜〜〜っ!?」

「あはは、真っ赤っか。私ら、もうエッチな事してるのにね」

「そう、ですけど、そ、そうだった……っ!?」

 

 

 八尋が変な事言うから、あの時の八尋を思い出してしまった。

 八尋の顔が見れない。顔が赤くなってるのが自分でもわかる、それを見られるのが嫌だ。なのに八尋はわざわざ顔を逸らした方まで移動してきて、ニヤニヤしながら俺を覗き込んでくる。

 

 

「なーんで逃げるんだよ」

「いやだって、今は顔見れないっすよ!」

「はい敬語使った。ペナルティ1。アイス奢りー」

「だああぁぁっいくらでも奢ったるよ! だからニヤニヤ顔で俺を見てくるのやめろぉ!!」

 

 

 ネオンの光で照らされた繁華街を八尋と歩く。いじって、いじられて、笑いあって。歩いてる内に互いの手がぶつかり合って、いつの間にかどちらともなくその手を合わせ、握りあった。

 

 八尋の手は柔らかくて、小さくて。頼りないくらいなのにしっかりと俺の手を握ってくれている。雲のように見えてるけど触れない、今まではそんな存在だった八尋が今は確かに隣に居て、この手でしっかりと繋ぎ止められている。

 

 来ないと思っていた日が訪れた事にまだ全然現実感がないまま、家に着かずにずっとこのままならいいのにと願ってしまう。

 同じ事を、八尋も考えていたりするのだろうか。隣をチラッと見る。すると、八尋と目が合った。

 

 

「……えへへ」

「っ!」

 

 

 目が合うと八尋はほわほわとした柔らかい笑みで微笑んできた。自然体の、リラックスした笑顔だった。可愛くて手を握りつぶしそうになった。始めてみた、今の顔……!

 

 

「あれ、ナツミちゃんじゃん」

 

 

 大きな交差点で信号待ちをしていたら、男が何か言いながら俺達の方へ近付いてきた。

 ナツミ、と言っていたがその目は完全に八尋に向いている。俺は八尋を庇い、男の前に立つ。

 

 

「あん? なに君、その子の彼氏?」

「そうですけど」

「そっか。ちょっと俺その子に用があるからさ、借りてくね?」

「無理っす」

「……チッ」

 

 

 男は舌打ちをすると、交差点の向こう側を見る。何かが起きているのを目で追っているような動きをしていたので、そちらに意識を向けると、目を離した瞬間に衝撃が太ももを打った。

 

 

「いっつ!?」

 

 

 俺が目を離した瞬間に男が俺の太ももを蹴ってきたのだ。不意打ちでいい所に入ったせいでよろける。男は「死ね。クソガキ」と吐き捨てて歩き去っていった。

 

 

「大丈夫!?」

「大丈夫、す。現実でもあるんすね、あんな最悪なナンパ……」

「アイツ小刻くんに会う前にも話し掛けられたんよね……」

「そうなの? その時は変なことされなかったすか!?」

「何もされてないよ。でも雑な断り方したせいで、小刻に酷い目に遭わせちゃった。ごめん……」

「全然こんなの何ともないっすよ! 八尋に何も無くて良かったっす!」

「……あはは、ストレートにそういう事言われると照れる」

「あ、顔赤くしてる。可愛い!」

「っ!? うぁー! キャラに合わんからそういう指摘しないで!」

 

 

 スマホをポケットに仕舞うと八尋は俺に肩を貸して立たせてくれた。別にそこまで痛くもないので「普通に一人で歩けるよ」と言うと、「支えてるって事にした方がくっつけるもん」と返してきた。

 

 ……これが萌えか。

 

 遠慮なしに体を寄せてくる八尋と、再び手を恋人繋ぎの形で握り合わせる。林檎よりも赤い顔を伏せて歩く八尋。俺もきっと、同じくらい赤くなってるんだろうなって思った。

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