子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
「……っつ」
微睡みから醒めて目を開けると、頭の方から来る鈍い痛みが不快感を煽ってきた。
いつの間にか辺りは暗くなっていた。夜だ。夜の、何処だか分からない建物の壁に囲まれた空間。屋外のアスファルトの上で寝かされていた事に気付き身を起こす。
「なんだ、ここ……てか俺」
何処かで気絶させられここに連れてこられたのは明白だった。ただ、意識を失う前後の記憶が無い。確か、ナツミって名前の女の子をナンパして振られて、別の子をナンパしてホテルに入った所までは覚えてるんだが、シャワーを浴びて部屋に戻った直後から、記憶が録画が途切れるようにブッツリと切れている。
「あ、起きた?」
背後から声がした。振り向いて声のした方に目線を向けてみると、俺が寝かされていた場所の後方にあるベンチに女の子が一人、それとタトゥーの入った人相の悪い男が二人座っていた。
女の子の方は、俺がナンパした二人目の女の子だった。
「マジかよ。美人局ってやつか?」
「はい。美人局ってやつです。引っかかる人居るんですね!」
「……やられた」
あっけらかんと言い放つ女の子。隙を見て逃げ出そうと考えていたが、ここから外部に通じていそうな道は1つしかなくそこから複数人、同様に厳つい見た目をした男女が出てくるから逃げ出せる気がしなかった。
美人局に遭い、どことも分からない場所でチンピラに包囲されてしまっている。よく分からないが絶体絶命だ。せめて警察を呼ぼうとスマホの入ってるはずのポケットに手を突っ込むが、そこには何も入っていなかった。
「探してるのはこれですか?」
「っ、お前!」
女の子が俺のスマホを取り出し、見せびらかすように掲げた。それを足元に落とすと、女の子は俺のスマホにペットボトルの水を注ぎこぼし足で思い切り踏んづけた。
近付こうとするが両隣に座る男達が立ち上がる。あの子の部下なのだろう。一対二の構図になるし、相手は二人とも俺よりも体が大きく筋肉も付いている。勝ち目は無い。
「怯えなくていいですよ、下手な事はしないので」
「なに……?」
「写真だけ送られて探してって言われて。苦労してやっと見つけたんですから、あの子が着くまでは丁重に扱いますよ」
「あの子? あの子って……」
「こういう状況の時はあまり口を動かさない方がいいと思いますよ? 人を攫うような奴は、本質的に他人の話を聞かされるのが大嫌いな人が多いって言いますからね。まあ、あの子の受け売りなんですけど」
「……」
よく分からないが、『あの子』とやらはこの女の子よりも上の存在なのは口ぶりから察する事は出来る。ヤクザ? いや、見た感じここにいる人間は大体が10代後半から20代前半に見える、ヤクザにしては若年層すぎるか。
すると、暴走族とかカラーギャング的なのが近いのかもしれない。不良少年の集まり、チーマーってやつか。
だが、レディースでもないのにこんな普通そうな見た目の少女が指揮を取ってるなんて事、漫画の世界以外で有り得るのだろうか? あの子という呼び方もどちらかと言えば女の子に対しての呼び方っぽいし、トップ層が女で下に男が固まってるなんてことあるのか?
「あの、何が何だか分からないのですが、許して貰えませんか」
「無理ですー。あたしの一存じゃそういうのは決められないので」
「そこを、なんとか……!」
「お兄さん」
女の子がベンチに座ったまま、足を組んで俺に声を掛ける。許してやるというニュアンスの言い方ではなかった。常識とか、しきたりとか、そういうのを教えるような声音で彼女は言葉を続ける。
「何をしたのか分からないとか、そういうのは関係ないんですよ。こうして悪い人に掴まった時点で、許すか許さないかの問題じゃないんです。命乞いしたって、その言葉に何の価値も産まれないんですよ」
「そんな、じゃあどうやったら助けてもらえるんですか!?」
「基本助けて貰えないですよ。こういう場を見逃される人って言うのは、大抵一人は不良が近辺に潜んでいて監視されてるものなんです。この場で痛い目に遭わされるか、泳がされて後々もっと大きなことに巻き込まれるか。その二択しか無いんです、この人らみたいなのに目を付けられた人って」
「そんな……」
「いいじゃないですか、あたしみたいな中学生に手を出そうとした変態なんですよ? お兄さんは。普通なら警察に連れてかれる所を、ちょっと痛い目を見るだけで済まされるんですから」
「き、君中学生だったのか!?」
「学生証見てましたよね……?」
「顔を見て本人か確認してただけだから……」
じゃあなんだ、俺は二回連続で中学生をナンパした事になるのか? どんな確率だよ。
ていうか、中学生女子がこんな見るからにヤバそうな人間を従えているのか? 冗談だろ、寄りにもよって頭が悪い、衝動で何するか分からない歳の子がそんな権力を持ってるとか、危険因子すぎるだろ!
嫌な想像が色々と過ぎる。どうしよう、どうにかして逃げ出さないと大変な事が起きる気がする。
「な、なあ! か、金を渡すから見逃してくれっ! 水商売とか全然やるし、コネクションも持ってるから、絶対逃げないからそれで勘弁してくれよ! あっ! ほ、保険として彼女を人質に持ってっていいからさ、皆さんで好きに使ってくれて構わないから! だからどうか手だけは出さ」「あ! 鹿狩さーん!」
必死に言葉を吐く俺の横を素通りする女の子。視線の先にはまだ男が二人残っている。
走っていった女の子の方を向くと、もう1人、先程までこの場に居なかった少女が追加でそこに立っていた。
その子は、俺を捕まえた女子中学生より一個先にナンパした、あのアイドル顔の美少女だった。
「なんか今最低な事言ってなかった? コイツ」
「んー聞いてなかった! それより鹿狩さんっ! あたし、今回は一人でコイツ気絶させられたんだよ! すごいでしょ!?」
「ね。マジで出来るとは思えんかった。ちゃんとすごすぎです」
「! でしょ! でしょー!」
「くっつき方がサイバイマンなんよ。一人でやったの? どーやったん」
「頭をタブレットで殴って倒した後にビニール袋で窒息させた!」
「死ぬわ!? 殺してなくてよかったわホント!」
背の高い方が恐ろしい事を言い出して、小さくて巨乳の方がツッコミをしていた。俺、そんな乱暴な方法で気絶させられたの? よく生きてたな。後頭部を触ったら確かにタンコブがあった。最近の中学生怖すぎる。
「まあ今回はご苦労様です。もうやる事も終わりだし、他の子らと一緒に帰りなよ」
「不良さん達もう帰しちゃうの?」
「何人かは残すよ。あんまゾロゾロ居たら帰る時不審に思われるでしょ。送ってもらいな」
「やだー。あたし鹿狩さんの拷問見てるー」
「敵キャラみたいなセリフ言うやん。敵幹部の紅一点か高笑いするクソガキタイプのセリフなんよな」
「んー? そーゆー人って拷問とかくだらないとか言って村とか襲いそうじゃない? どちらかと言えば入りたての新入りみたいな悪人が言いそうなセリフだと思う」
「NARUTOで言うトビとか炎炎で言うピンク髪の女みたいな感じだ」
「どっちも分かんない! アナ雪で喩えて!」
「ぐわっ! アナ雪、最後に見たの遠い過去過ぎて覚えてない……」
「去年の映画だよ? テレビでもまだ全然ホットな話題じゃない?」
「ぐぬぬ。王子がやたらムカつくやつだった事しか記憶になす……」
「! 鹿狩さん明日とか明後日とか空いてたらカラオケ行こーよ! 辻井とかも呼んでさ、とびら開けてデュエットしよ!?」
「とびら開けてなっつ! 当時の彼女に覚えさせられたわ! てか彼女がくれたオラフのストラップチャリの車輪に引っ掛けて斬首しちゃったんだよな。懐かし〜!!」
女子二人がキャッキャと楽しげに会話を始めた。周りの不良達もその和気藹々とした雰囲気に弛緩したようで各々スマホを弄ったりしゃがんで談笑を始める。
今なら油断しきっているし逃げられるかもしれない。後退り、背後にいる二人の不良の片方の姿を視界の端に入れる。
物は全部ポケットから抜かれている、けど一人くらいなら不意打ちでどうにか出来る。問題は押し退けた後どこに逃げるかだが……ゴミ置き場の縁を足場にして金網を抜ければとりあえず向こう側の路地裏に逃げられるだろう。
「っ!」
少しずつすり足でにじり寄って近付いた不良の顔を思い切り殴りつけ、顔を背けている内に全力で走る。
「あー! 鹿狩さん! 逃げてるー!」
「まじ? 気合いやば。この世界が少年誌やったら主人公張れるガッツしてるやん」
「言ってる場合じゃないでしょ! 逃げられちゃうー!」
「逃げられちゃってるんだよな、追いかけっこめんどっち〜……大丈夫?」
「サーセン、油断しました」
ナツミが殴られた不良に近付いて頬に手を当てているのを確認する、追うのは諦めたか。まだ金網に足をかけた段階だったからやけに諦めが良すぎるが、追ってこないのならばこのまま交番にも駆け込んでやる。そう算段を立てながら右手側に壁が来るようにただひたすら薄暗い狭道を走る。
というかここはどこなのだろうか? 微かに聞こえるクラブミュージックから大通りが近くにあるのはわかるが、方角的にどうにも道路側に出る事が出来ない。
というか微かに聞こえる音楽しか聴こえなくて、近場のビルからは明かりも物音も感じないのが不気味だ。塗装も剥がれて鉄骨もむき出しな建物が多い、工事中なのを示すブルーシートで進行阻害されている道も多すぎるし、記憶にある近場の地理情報と齟齬が著しい。
「あれじゃないッスか?」
「格好がよく見えん」
頭上から声がした。会話内容的にナツミの仲間か、と思い見上げようとした刹那、左の肩に鉄パイプが振り下ろされた。
「っ!? あっ、ぐあぁあああっ!?」
ゴグッ、という鈍い音と共に肩が下にズレた。骨折所か筋肉を巻き込んで腕が破壊されたのを感じる。あまりの激痛と衝撃に膝を着く。
「堀口さんもそうだけどさ、もうちょっと安全に考慮した捕まえ方出来ないん……?」
コツ、コツ、と金属の上を歩く足音と共に巻いたはずのナツミの声がした。彼女は建築途中にしか見えない網目状の金属で出来た仮の足場の上を歩きながら俺の頭上まで来ると、器用に廃車の上に着地して地面まで降りてきた。
「や。さっきぶり」
「猿かよ……!」
「猿呼ばわりされる程テクい事してないだろ」
ナツミは俺のすぐ前でしゃがみこむと、俺の財布を取り出し免許証や学生証を物色し始める。
「菊池翼。お、いい大学通ってんね。今年で満21歳の大三の代? 普通ならいっちゃんなんもせんと新歓で食いまくり、一年からモテまくりのチンポコ育成期間じゃん。なんでガキ相手にナンパなんかしてんの?」
「……」
「黙秘権? 神経締めしよっか?」
そう言うとナツミはアイスピックを取り出し見せびらかした。稚拙な脅しだ、そんなのハッタリに決まってる。誰がビビるか。
「こんな事して、ただで済むと思わない方がいい。君らがどう脅そうと、後日必ず警察が」「警察に駆け込む人間が居なきゃ何も起こんないでしょ。だって翼くん、一人暮らしだもんね?」
息が止まる。ナツミが手に持ったアイスピックが、俺の額に浅く刺さったからだ。
「あっ、ああぁっ!? 待って!」
「もう一回ぶち込んだら、流石に頭蓋骨にヒビ入るかもね」
「待って待って! な、何考えてんだよ、やめっ」
「やめなくても困らないからやめないよ? 免許証から他県に実家があるのは推測出来るし、財布に入ってた診察カードや期限切れの美容院のポイントカードのおかけで他県住みだった事の裏付けになってるし」
「あ、ぐ、頭、これ以上はっ……!」
「さっき彼女を売っぱらおうとしてたよね。休日の昼間に子供相手にナンパしてるし、水商売するとか何とか言ってたしヒモかなんかでしょ?」
「それは……」
「ヒモやってる人間がトラブルに巻き込まれて失踪する。これって果たして、珍しい出来事なのかな? よくある出来事だと思わない?」
ギリギリとアイスピックに力がこもる。つまらなそうな顔で手が震えるほどの力を込める少女の顔から、本気で頭蓋骨を砕いて脳を壊そうとしてるのが伝わってきた。俺は壊れていない方の手でアイスピックを持つナツミの手を掴み上げる。
「鹿狩さーん! あー! 何手を繋ぎあってるの!」
「堀口さんシー。ここ外だよ」
「もう。なんで皆は何もしないで見てるんですか!」
「いや、八尋さんに待機って言われたんで……」
「おーーーい君らの会話で私のフルネーム出し尽くすなー? 虫食い算形式で真名判明してんじゃねぇ〜か」
「カガリ、ヤヒロ?」
「忘れろー?」
女の力が増す。手を離したら勢いで首が後ろに折れそうな程の全力だ。血で、手が滑る。
「や、めろ、本気で殺す気なのかよぉ!?」
「この体勢しんどいな……」
「たかが声をかけただけだろ! それ以上の迷惑をかけたつもりは無いのにやり過ぎだろっ!」
「私が男嫌いの陰キャ女だとしたら、ナンパされたら殺したくなるのも道理じゃない? って事でここは一発、異世界転生しとこ〜や」
「そんな曖昧な理由で殺されてたまるか!!」
「あいまいみーまいんゆーゆあゆーゆあーず」
女がアイスピックを持つ手を引き、立ち上がって俺の顔を重点的に蹴り始める。片手でしか防御出来ない俺は為す術なく蹴られていると、やがて女の手で仰向けにされる。
腹の上に女が腰を下ろす。手には相変わらずアイスピックが握られており、その先端を俺の折れた腕がある方の耳にあてがった。
冷たい感触が耳の穴に触れ、中に侵入してくる。金属の硬さが繊細な皮膚をなぞり、痛みを感じるところで止まる。抵抗を感じた女が手を止めたのだ。お陰で鼓膜は破られずに済むが、動かせる腕は逆サイドにあり押さえつけられている為、どうにもすることが出来ない。
「じょ、状況を整理させてくれ」
「あ?」
「おかしいだろ! た、確かにナンパ行為を嫌う奴は普通にいるだろうし女の子側もそれで恐怖や不快感を抱くのもおかしくは無いと思うが!」
「じゃあいいやん」
「それだけで殺されてたまるか!?」
「殺されてきた先人みーんな同じ事思っとるよ。こんな事で殺されるまじ? 人生ふか、たまらねぇなって。そういうもんでしょ」
「ふざけんなよぉ!」
「あ? ふざけ?」
ゴソゴソと耳の中で蠢くような音がし、鋭い痛みが走てズブリと一気にアイスピックが耳の中に入ってきた。
「いいぃいだだっ!!」
完全な打ち止め部分に当たり、頭の中でゴツゴツとした音と鈍い痛みが続く。やめろと言っても女は手を止めない。胸を、肩を揺らしながらひたすらにゴンゴンと力を込め続ける。
「痛がれ痛がれ〜」
「やめっ、だっ、誰か、見てないで助けてくれよ!!?」
こちらを監視する連中に声をかけるが皆無視を決め込む。唯一一人だけ「もっとやっちゃえ〜!」等と言っている少女が居たが、カガリは呆れた顔で「うるさいな……」と小声で呟いていた。
アイスピックじゃそれ以上奥まで刺し貫けないと感じたのか、女は俺の耳からアイスピックを引き抜く。
ヌルヌルの血が糸を引いて耳から出る。……本当に脳に届かなかったのか? もしかしたらアイスピックの先端に俺の脳の破片が付着してるんじゃ。
考えていたら吐き気がしたので顔を傾けて女から視線を逃がす。
「何目ェ逸らしてんだよ」
頭と髪を掴まれ、強引に顔を持ち上げられて目と目を合わさせられる。女は先程までと一貫した不快感と退屈さの入り交じった顔で俺を見下している。
「な、なんなんだよ。俺が何したってんだよ!?」
散々痛めつけられ、堪らず出ていた言葉をカガリという女にぶつける。すると彼女は彼女で明確な苛立ちを顕にした顔に一瞬表情歪めるが、すぐに元の顔に戻した。
「別に何も悪い事はしてねぇよ」
「じゃあ今すぐ離れてくれよ!? もう許してくれよぉ!!」
「許す? いや、今回に関しては正しいな。そうだなぁ、許さない。絶対に許さない」
「許さないって、なんっ」
女が俺の頭を掴んだまま、頭突きする要領で自分の頭をぶつける。額と額が合わさり、超至近距離まで近付いてきた彼女が睨みを効かせる。
「てめぇ、人様の彼氏コケにして蹴りやがったろ」
「な、なんの事だよ。そんなの」
「気にも留めてないんだな。そりゃそうだ」
密着した状態で女が俺の胸にアイスピックを突き刺してきた。
「ぐああぁはっ!? な、なんでっ」
「なんで? まじ? 怒り狂ったメンヘラ女にぶっ刺される理由が分からない? 分かれよロリコン。自分の事になるとバカになるってやつか??」
さらに深く刺さる。俺の腕を掴み、脇の下に挟み込んで関節を極め、胴体に押さえつけるようにして俺の抵抗を抑え込むと二度抜き刺しを行った。
「ゴカッ!? はぁっ、あああ゛ぁっ!?」
「……鹿狩さん、死んじゃうよ? その人」
「あぁ? あー……そりゃダメだよな。絶対ダメ、ライン超えてるよなぁ」
「殺るならせめて他の人にさせなよ!」
「それじゃ私がスッキリ出来ないでしょーが」
頬にアイスピックが刺さる。歯が折れ、口の中に転がり落ちる。女はアイスピックを抜くとそれを地面に突き刺し、空いた頬の穴に人差し指と中指を捻り入れた。
「あああ゛あ゛あ゛っ!? ひゃめろおぉっ!!」
「殺しちゃダメなのは分かってっけど、死んでほしいんだよね。人生順風満帆にやってきただろお前、まだまだ若くて遊び盛りで、なんなら人生最盛期って感じだよなぁ。今が一番楽しい時期なんだ、どうにかしてそんなお前を死なせて全部台無しにしてやりたいんだよ」
「ぎゃぁあああぁっ!?」
女の口が近付き、鼻のすぐ前で大きく開かれ鼻が口の中に収められる。
歯が当たる。キリキリと肉に歯が食い込み、力はどんどん強くなり、そして。ブツッという音と共に鼻骨から剥がされるように鼻の肉が噛みちぎられた。
「ゔわっ、ぁぁああああ゛あ゛っ!?」
噛みちぎった肉片を吐き捨て、女は俺の胸の真ん中、みぞおちの上辺りに足の裏を付けた。
「お前が自分で自信持ってる所、全部ぶっ壊してやる」
そう呟くと、女は足と指の両方に力を込めて思い切り自分の側に引くように力を入れる。ミチミチと音を立てて、指を引っ掛けられた頬肉が歪み裂けていく。
「やめてくだひゃひっ!! ごめんなはいいっ!!」
「……」
女の手が止まる。必死の命乞いが通じた……? 女の指が頬の穴から引き抜かれる。
「胸糞悪ぃな」
そう言うと、彼女は血塗れの指を拭う事もせずそのまま片足を立てて下着を脱ぎ、それを丸めて俺の口に押し付けてきた。口の中に詰め込もうとしているのは理解出来た。強く口を引き結ぶと、女はアイスピックを再び拾い上げて針先とは逆の柄の方を向けて思い切り唇を叩いた。
「む゛ぶっ!?」
「開けんくてもいいぞ。口閉じたまま歯ァ全部へし折ってやる」
言葉通りに繰り返し口元を叩かれ続け、いくつかの歯がグラグラと揺れる感覚がした。
口全体が毒虫に刺されたかのような痛みと暑さに襲われる。腫れているのにお構い無しで、その腫れを潰す勢いで叩きつけられる。通常じゃ考えられない量の出血をし、返り血で女の顔が汚れていく。
「歯ァ叩き折ったらパンツを轡にして、誰かも特定できないようなくらいぐちゃぐちゃにしてやる。絶対にお前は助からないし、絶対に殺してほしくしてやるからな」
言ってる間も手を休めることなく女の暴力は続く。こちらが許しを乞う余裕すら与えず、しつこい汚れを落とそうとするような表情と手つきで同じ工程を繰り返す。相手を人とも思っていないような、まるで機械のような冷酷さで。
*****
「失礼しまーす!」
「きゃあっ!? 勝手に入ってこないでよ堀口さん!!!」
名前の知らない男の人が自分から踏切に飛び込んで弾け飛ぶのを遠くから確認した後、家には帰らずあたしの家に来た鹿狩さんが血の汚れを取ろうとお風呂に入った所で乱入する。
慌てて自分の体を隠す鹿狩さん、ヤバヤバモードの時とのギャップの振り幅が大きくてめっちゃ可愛い!
「お父さんに帰ってこないでって行っといたから今日はあたしと鹿狩さんの二人っきりだよ! えへへ、でへへへへっ!! 沢山いい事しようねえ!」
「娘に帰ってくんなって言われるのやばすぎるな。幸せ家族の一端が過ぎるわそのエピソード」
「洗ってあげるねぎゅー!」
「洗ってくれてる? しがみつかれてるだけじゃないかなこれ」
「心の洗濯だよぉ〜」
「……? ソープ嬢って事?」
「意味は分からないけど、何となく失礼な事を言われたのは分かるよ?」
嬢って着いてるし、きっと売春とか風俗とかそういう方向性の用語なんだろうな。
鹿狩さんは頭は悪そうだけど、語彙力と悪巧みは凄いから相手が分からないと思って皮肉ばかり言うんだよね。言葉の意味から皮肉かそうじゃないかを判断するのは難しいけど、言い方のニュアンスで何となく理解出来る。言われっぱなしじゃないもんね〜。
手にボディーソープを付けて、シャンプーしてる鹿狩さんの身体を同時進行で揉み洗う。
「……また大きくなった?」
「勘弁して」
「おっぱい大きくなったよね」
「勘弁して。ちゃんと運動してるんですけど。ダイエット……はしてないけど、考えてますけど」
「でも大きくなったよね」
「気の所為だよ」
いや、絶対大きくなった。あたしには分かる、触った感覚で前よりも胸の範囲が広がっていることが分かる。もうFカップに到達してるだろうな、ロリ巨乳ってやつ? グラビアだね。
「いいな〜。あたし全然育ってないのに、ずるい!」
「はあ。そろそろタッパの方を育みたいんですけどねこちとら」
「えー? でもさ、おっぱい大きい人って大体低身長じゃない? 身長高い人で巨乳の人ってあんまりいないと思うな」
「偏見でしょ」
「偏見かな? あ、でも確かに竜胆さんは高身長だけど巨乳だったね」
「ほれ見た事か。胸がでけえ女はタッパにも希望があるの。ハリウッド映画とかどっちもでけぇ女沢山居るやんか」
「鹿狩さんってハーフとかクォーターだったりするの?」
「いや? 何代遡っても純日本人だよ」
「……望み薄じゃないかなぁ」
「そんな事ないわい!!!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる鹿狩さん。弄った時の反応も可愛くて面白いなぁ。
「んぅっ!? あ、ちょっと待って、胸とかは自分で洗うから……」
「! ふーん……?」
「な、なにニヤけて」
胸の付け根に手が触れただけなのに鹿狩さん、肩を強ばらせてビクってして可愛い声で鳴いた。辻井にいじられた所の感覚が残ってるのか、変な性感帯が調教で出来上がっちゃったのかな? 何にせよ、弱点みたいなものであるのは間違いなかった。
「ほ、堀口さん?」
「ふふふ。鹿狩さん、あたしの事好き?」
「えぇ……好き好き大好きー」
「テキトー言わないよ!」
「あふっ!? やめっ、離しなさい! こそばゆっ、あっ、あんっ! もうホントなんでこの人チンコついてないんだろうねぇ!?」
身をよじり悲鳴をあげる鹿狩さんの体を弄る。人をあそこまで追い詰められるのに一対一だとこんなに弱々しい鹿狩さんが愛おしくて、ついつい意地悪したくなってしまう。
「そういえば鹿狩さん」
「手を離してください」
「やだ!」
「元気の良い返事だこと! なんですか!」
「さっきの人知り合い? なんであそこまで固執したの?」
「なんじゃそりゃ。今までとやってる事そんなに変わらないでしょ」
「変わるよ〜。なんか、目がマジだったし」
あたしの指摘に鹿狩さんはピンと来てなさそうな顔で首を傾げた。
「いつもとは違って憎しみ? みたいのがあった気がして」
「いつだって憎悪を抱え込みながら嫌がらせしてますよ私は」
「はぐらかされる〜!」
「真面目に答えてるけどなぁ。いつもと変わりませんよ、気の所為気の所為」
「……そもそも何がきっかけであんな事始めたのか分からないし。完全部外者だよね、あの人」
「ちゅっちゅっちゅ!」
急に鹿狩さんがキスをしてきた。シャワーで身を濡らしながら、裸のまま舌を絡ませてくる。
……どうやら話はここで終わらせてほしいらしかった。目でそう訴えかけていた、これ以上はって。
気にはなるし鹿狩さんの事なら何でも知りたいけど、あんまりしつこすぎたら嫌われてしまう。今まさにそんな雰囲気だ。なら自分から体を許してくれたんだし、そっちを堪能する事にした。
「鹿狩さん……明日ひま?」
鼻を突き合わせながら、鹿狩さんのお尻を撫でる。鹿狩さんはジト目であたしを見てくるけど、観念したようで腰に手を回してくる。
「暇だけど」
「明後日は?」
「……まだ未定だけど、淫奔が過ぎませんか」
「え、なに? インポ?」
「爛れた生活が過ぎませんかって事よ。フリーター男と大学生女のセフレ関係みてぇになってんじゃねえか」
「爛れた生活って言うんだ。えっちでだらしないみたいな感じ?」
「広辞苑でも引いてきたかのような適切な言い方」
「いいじゃん、爛れた生活。あたし鹿狩さんとそういうのになりたい!」
「成年誌版まんがタイムきららじゃん。実写ドラマ化するやつじゃん。来世からちゃんとしますじゃん」
「そのまま子供作ったりして……」
「生物学の壁は高いぞー」
「そこら辺で捨て子を拾ったり!」
「東京ゴッドファーザーズじゃん。普通に通報案件だよそれは」
「はぁーあ。女の子同士でも子供作れたらいいのに」
「その世界線だったとして避妊はしっかりさせてもらいますけどね」
お風呂に上がると先に上がっていた鹿狩さんがちょいちょいと手招きをしてきた。子供っぽい見た目に反して意外と世話焼きな鹿狩さんだ。何も言わずに前に座ると、鹿狩さんがタオルを取ってあたしの髪を乾かしてくれた。
「……そんなに今日の私、らしくなかった?」
「ん。うん」
「そっか」
それだけ言うと、ドライヤーを付けて暖風で髪を乾かし始めた。鹿狩さんが何か小声で言っているのが僅かに耳に入ったけど、何を言っているかまでは聞き取れなかった。でも彼女の力加減から考えるに、そんなに悪い事を言っている訳では無いのだと分かった。