※この作品はR-18です。

子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン   作:千佳のはんぺん

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必ずしも隣あらずとも、概して徳は孤ならず

 10月に差し掛かり、かつての例年通りに緩やかな気温の移行が始まり秋も尚早。

 

 転校して1ヶ月。クラスメートを予め把握していた俺は女子の中でかなり話しやすいタイプである朔月小鞠と仲良くなった。

 

 朔月小鞠は女子カーストトップの1人で、ギャルにも萌えキャラにもうざキャラにも系統分けできる稀有な女子だ。そのてんこ盛りな属性持ちのおかげか、女体化男である俺に対しても平等に優しく接してくれている。

 

 彼女と付き合いが生まれるということは他の仲良い女子とも交流が生まれるのがありがちな流れだが、同じグループの都子は何故か俺に冷たくなってるし、菊池もどちらかというとノリが合わないというか、ソリが合いそうにないのであまり話すことは無かった。

 

 転校初日仲良くしてくれた今泉さんも、その後何度も俺の前で男子連中にいじめられるようになりいつの間にか俺に話しかけもして来なくなった。

 たったの1ヶ月で、すっかり彼女の笑顔を見なくなった。心を塞ぎ込んでいるのは見ただけで明らかだった。

 

 ……俺の中身が成人してなければ。もしくは中身がそもそも俺じゃなければ、その変化を痛ましく思っていじめを止めようとしたのかもしれない。

 大人は、意識しない所で見て見ぬふりをする。そもそも、面倒事に首を突っ込む元気は経年劣化で削ぎ落とされてるんだ、肉体が若返ろうと気持ち的な部分が若返るわけじゃない。

 

 変化の過程は確かに見ていたはずなのに、気づけばいつの間にかそうなっていた、そう思う事で後ろめたさから目を背けてしまった。

 

 結果、俺と今泉さんは完全に繋がりが断絶した。悲しきかな。

 

 

 今泉さんと話す機会が無くなった代わりに、彼女と同じようにあまりクラス内で恵まれた位置にはいなかった女子と話す機会が増えた。

 

 

「あっ、おはよう! かがりん!」

 

 

 噂をすればなんとやら、頭の中で独白モノローグを紡いでいたら件の少女が話しかけてきた。

 

 俺に人類初の宇宙飛行士さんのようなあだ名を付けて親しげに肩をぶつけてきた少女の名は蝶田(ちよだ)花子(はなこ)。今泉さんと違い逆に痩せぎすな女子で、厚いメガネがチャームポイントのジャンプ漫画が好きそうな子だ。

 

 

「おはよー蝶田ちゃん。なんか良い事あったん? テンション高ない?」

「そうなの! ねえ聞いてよかがりんっ、絶対死んだって思ってたウチのベルフェゴールたんが生きてたの〜!!!」

「何の話だろう」

 

 

 きっとこの世に山の数いるもんな、ベルフェゴールたん。特定出来ないや。

 蝶田さんが好きっていう漫画もごまんとあるからどれのこと言ってるのか分からんし。

 

 

「えっとね、えっとね! ベルフェゴールたんはこの子! こう見えて王子様なんだけど暗殺組織の一員でもあって、特技はナイフ投げで投げナイフの命中率は百発百中といっても過言じゃないくらい正確なんだ! でね、今なんだけど敵勢力に自分のお兄さんがいて、そのお兄さんがベルフェゴールたんのお兄さんらしくめちゃくちゃ強くて性格もめっちゃ悪くてそういう所が本当に萌えるの! で、そのお兄さんが」

「あはは……」

 

 

 と、まあ彼女があまり高い地位にいない理由はご覧の通りである。話が長ぇ。彼女が将来路頭に迷うことがあれば俺は迷わず配信者になるよう勧めるであろう、そんな感じの少女であった。

 

 仲良くなったきっかけなのだが、転校して間もない頃の俺に「校内の事、色々分からないだろうから」って理由で親切にしてくれたから、その礼にと好きな漫画だったり映画だったりの話を振ったら秒でパーソナルスペースの壁がぶっ壊れ、今に至ると言った感じである。

 

 

「あ、おはよー八尋ちゃん!」

「おはよう朔月さん。わ、今日のメイク可愛いね! 目の下のキラキラ」

「えへへ、八尋ちゃんも可愛いよぉ。ねっ、花ちゃん」

「うん、2人とも可愛い! いいなぁ、ウチも可愛かったら、メイクとかしてたのにな〜」

「え、なんで? 花ちゃんも可愛いよ? メイク教えてあげるよ!」

「ほんとっ!?」

「うん!」

 

 

 と、俺と関わりを持つことで蝶田さんは朔月さんとも繋がりを持てるようになり、そのまま都子や菊池さんとも関わりを持つようになった。世渡りが上手いのなんの、その能力を今泉さんにも分けてやって欲しいほどだ。

 

 

「えー、でも、明らかに美人さんな2人に比べたらウチなんて目も当てられないブスだし、メイクなんかやっても馬鹿にされるだけじゃないかな……」

「そんな事ないって! 花ちゃんは自分に自信を持っていいよ!」

「でも……かがりんはどう思う?」

「ん? なにが」

「もう! ウチの話聞いてた!?」

「あはは、ごめんごめん。なんだっけ?」

「聞いてないじゃん! だから、ウチがメイクなんかしても、馬鹿にされるんじゃないかなって……」

 

 

 んー……。

 そりゃまあ、されるんじゃないかな。周り中学生だし。変化がありゃ出来栄えは無視して一旦馬鹿にはするだろ、避けて通れんよそれは。

 と、素直に卑屈な答えを返したら友達を失いそうなので封印して、と。

 

 

「私からしたら蝶田さんは可愛いしメイクしても馬鹿にされるとは思わないけど。でも性格悪い奴とかゴミみたいなやつは馬鹿にするかもね〜」

「だ、だよね……」

「いや、だよねってか。それは普通に馬鹿にしてくる奴の方がカスなんだから気にしなくて良くない? 他人の努力を笑うって幼稚じゃんか。ねぇ、朔月さん」

「うん! そうだよ花ちゃん! 花ちゃんの事笑う人居たら、それはその人がおかしいよ!」

 

 

 2人で前向きな言葉をかけると、蝶田さんがだよね! みたいな笑顔になった。現金な承認欲求だ、可愛いなあ。

 

 

「2人もおはよー」

 

 

 都子と菊池さんにも挨拶を交わす。菊池さんは一応は笑顔を作り手をヒラヒラと振りながら「おはよ〜」と返してくれた。都子は「ん」と言っただけ。相変わらずの塩対応だ。

 

 都子と菊池さんとの輪に朔月さん、蝶田さんと共に加わり女子五人体制でクラス中央の席を陣取る。

 

 ドラマやメイク雑貨、俳優やらなんやらの女子トークを交わす都子と菊池さんと朔月さん。漫画の話をする俺と蝶田さん。わかる話題があればそちらに加わり、分からなくなればその基本形に立ち戻る。

 

 全員互いの趣味嗜好が完全に合うわけではないが、チグハグながらも目立つ女子連中として成立はしていた。滑り出しから当面の学生生活は何の心配も無さそうだ。

 

 

「てか鹿狩っていつの間にかめかしこむようになったよねー。小鞠の影響?」

「そんな感じだねー。あんま先生もガチで怒って来なさそうだし」

「あははっ、いいねぇ八尋ちゃん! 学校への反抗だ、ロックだあ!」

「反抗とかそんな思想は一切ないよ」

「ロックだとしたら先生に怒られても気にしないだろうしな」

「なんでもいいけど、あんま目立つことしないようにしたら? あんたの男女(おとこおんな)ってやつ、よく思ってない子もいるし」

「なんじゃそりゃ。トランスセクシャルってそんなにキモいかね? 多様性だろうが」

「キモいっていうか、中身男なのに同じ部屋で着替えたり密着するのが嫌って話だろー? アタシはそんなに気にしないけどさ」

「紗理奈が1番気にした方がいいんだけどね」

「え? なんで?」

 

 

 菊池さんの素朴な疑問に都子は何も答えなかった。俺もここは何も言わない、セクハラ発言になりかねないので。朔月さんも空気を読んでか、あははーと笑ってそれとなーく話を逸らそうとしているようだった。

 

 

「まあ、菊池さんは青少年には刺激が強すぎるからねぇ」

「はっ? ……何、いきなり」

 

 

 わあ、蝶田さんが一言素直な感想を吐露してしまった。菊池さんが、笑顔ではあるものの冷たい口調で蝶田さんを詰める。

 

 

「え、う、ウチ変なこと言ったかなあ!? ねぇかがりん!」

「おっ、あ、私に振らないで……」

「えぇー!?」

「蝶田、デリカシー」

「え、竜胆さんまで!? うぇーん小鞠ちゃーん!」

「あはは、よしよし」

 

 

 おっ、最後の砦の朔月さんは泣き真似する蝶田さんを受け止めて頭を撫でてあげていた。流石、男女人気共にナンバーワンの頼れるギャル子ちゃんだ。

 

 

「おはよーお前らぁ! ほらとっとと席に着け〜」

 

 

 担任の大和田先生がやって来ると、周りの生徒はパラパラと自分の席へと戻って行った。

 

 八木、佐藤のトップ不良コンビは今日はいない為、不良メンバーの辻井と笠原って男子も大和田先生の登場と共に席に着いた。普段はメイン2人の反抗的な態度に便乗してるだけに、可愛げが見える。長いものに巻かれるイキリ小僧の図である。

 

 

「こらーそこの! 女子5人! いつまでペちゃついてるんだ席に着けー。朝の会やぞー!」

「うわーワダセンあんま見るなよー、えっちー」

「たわけ。ちんちくりんな中坊に大人が興奮するかい。はよ席に着けぃ」

「はぁーい」

 

 

 朔月さんと大和田先生の子気味なトークが交わされた後、元から座っていた都子とすぐ近くの席だった朔月さん、菊池さんが席に着いたので俺も自分の席へと向かう。

 

 

「ん、今日も今泉は休みかー。風邪も長引くもんだなあ」

 

 

 俺の事を目で追っていたのか、大和田先生はそこで初めて今泉絵里香の欠席に気付いた。

 風邪も長引く、か。そんなわけないだろう、このクラスの居心地が悪いからここ数日休んでいるんだ。親からの連絡を鵜呑みにし過ぎだっての。

 

 

 時は経って6限目。

 

 給食を食べ終え、また長い休み時間を都子達との雑談に費やし迎えた午後2発目の授業は学活。なんの略か分からない、クラスのアレコレをお話する時間だ。

 

 前の時間が数学だったせいでやる気削げ削げである。数学はもうずーっと嫌いだからな。なんじゃ、対頂角がどうとか同位角がどうとか証明とか、1番嫌いな分野じゃ。脳みそ爆散するべ。

 

 

「みんなー! 合唱コンの練習の前にちょっといいかな!」

 

 

 9月に入ってから、言うなれば俺が転入してから学活の時間は10月中旬に本番がある合唱コンクールの練習の時間となった。

 

 うちのクラスの課題曲は『怪獣のバラード』、歌詞もメロディもぜんっぜん覚えてなかったけど、ピアノの伴奏を聞いてたら自然に思い出せて歌えた合唱コンあるあるの曲だ。

 

 指揮者はクラス委員長である長谷川(はせがわ)瞳美(ひとみ)って女子だ。

 長谷川さんは練習が始まる前に、毎度毎度合唱メンバーを鼓舞する目的で気合い入れの一言を差し込む。今回もその例に違わないが、いつもより温度感が高かった。

 

 

「うちのクラスは、ほかのクラスよりもハンデを背負ってます。練習に一切参加しない八木くんと佐藤くんの存在です!」

 

 

 言い方やばあ。びっくりした、ついギョッとして長谷川さんの方を見てしまったわ。周りも同じような反応だ。

 

 

「幸い他のみんなは練習に真面目に取り組んでくれてるけど、でもやっぱり生徒二人分の穴って普通の練習が埋められないと思うの!」

「嫌な予感……」

「これから本番までの1週間、放課後も少し時間を借りて練習しようと思います!」

 

 

 やっぱりかぁー!

 くっそ、知らなかった。以前の俺は八木と共に合唱コンガン無視して遊び呆けてたから知らなかった。抜けた奴のしわ寄せとして皆の時間を不当に奪っていたらしい。いやー、だからちょっと普段より当たり厳しかったのか……。

 

 

「はあ! ふざけんなよ!」

「なに? 辻井」

「何じゃねーよ、そんな事したら部活遅れるだろ!」

「部活がある人には強制しません。練習の進み具合に差は出てくるだろうから、そこは私達に合わせてほしいけれどね」

「合わせてほしいって、結局練習倍にしろって言ってんのと同じだろそれ!」

「私だって部活の時間を減らす覚悟はあるの。辻井だけ我慢するわけじゃないんだからね」

「俺がわがまま言ってるような言い方やめろよ!!」

 

 

 いやはや、これに関しては辻井の意見に同調して練習量増加を反対していきたい。

 大体、合唱コン如きにそんな本気になってどうするって言うのか。時間の浪費甚だしい、個人の歌が上手くなるわけでもあるまいしめんどっちー。

 

 

「アタシも反対。そこまでしなくてもさ、歌下手なやつあんまこのクラス居ないんだし良くない?」

「個人の上手い下手って問題じゃないの。クラス全体の結束力の問題です」

「結束力、ね。それさ、時間を取る余裕が無い人の事考えてる? 考えた上で、結束力って言ってるの?」

「……だから、私だって部活を」

「長谷川さんってスタメンじゃないんでしょ? アタシは大会控えてるの、一緒にしないでよ」

 

 

 菊池さんの強い語気に長谷川さんが言葉を詰まらせた。空気が肌を刺すようにピリッとひりつく、嫌な圧がクラスメート全員に取り付いた。

 

 

「まあまあ、要は自由参加なんだろ。いいじゃん、そう喧々するなよ紗理奈」

「してないし。ただ、歌なんかにかまけてる余裕無いからレベル合わせろとか言われても困るって話。海彦(うみひこ)だって分かるでしょ」

「分かってるよ、お前の事は全部。だから彼女の意見を尊重してやりたい所だったんだけど、責めすぎ」

「これぐらい普通だから。……ばか」

 

 

 2人の牽制で緊張感が張り詰めていた教室の空気が少し緩和される。菊池さんの彼氏で不良の一人でもある笠原海彦が介入したからだ。

 バカップルうぜぇという雰囲気が漂ってるのもまた事実ではあるが、唾も飲めないような地獄の時間が終わったのが救いだ。どうかこのまま、平和にパート練習が始まってくれればあとは時間が過ぎ去るのを待つのみ……。

 

 

「……強制では無いと言いましたけど、出れるのであれば極力練習に出て頂きたいです。大した理由でもないのに練習をサボるのは、困ります」

 

 

 平和に、平穏に。なんでそんな簡単なことが出来ないのか、長谷川さんは尚も辻井や菊池さんに食いかかった。

 

 

「だーかーら。大会控えてるから嫌だって。一分一秒でも無駄にしたくないの、長谷川さんだって運動部だから分かるでしょ」

「スタメンじゃないんだからわかんないだろー」

 

 

 菊池さんの反論に、辻井が嫌味ったらしい声で野次を入れる。

 辻井自身も野球部の方では2年の主力級の戦力に数えられているようで、先輩達から可愛がられてるし顧問の教師も気に入ってるからこそ、その言葉は鋭利なナイフとなって長谷川さんの胸に刺さったようだった。

 

 長谷川さんが苦虫を噛み潰したような顔で一瞬2人を睨むが、クラスの空気は段々と辻井、菊池ペアに圧されてか彼女にとって向かい風が吹き始める。

 

 

「俺だって部活本腰入れてるのに合唱コンなんかに時間割けねーよ!」「俺もおれもー」「お前は帰宅部だろうが。市のコンクールに出す参加する関係で俺も時間あんま取れないわー」「僕も塾あるしあんまり遅くなると親が怒るから……」「ていうか二人いないだけでそんなに変わる?」「ねー、あの人達いた所で歌わなそうじゃん」「確かにー」

 

 

 長谷川さんを吹き消そうとする向かい風はどんどんどんどん勢いを増し、クラスの大半の生徒が彼女を非難し始めていた。

 

 あれれのれ? こういう時って女子は指揮者側に回ってちょっと男子ーするんじゃないのか? 女子まで長谷川さんをコケ下ろしているというか、クスクス笑ってるように見える。個人的に嫌われているのカナ。

 

 まあ長谷川さんって少し冗談が通じない鈍いとこあるし、こういう場面で率先して出しゃばるというかでかい声で主張するし。

 真面目と言えばそれで説明は着くけど、中学生の感性で言えばそんな奴滑稽で笑いの的には違いないわな。

 

 嫌われているというより、こんな風にリンチされても意見一つ一つに反論しようとしたり、下手なポーカーフェイスを気取ろうとしてベロ加速させてるのが面白いから弄ってるだけなのだろう。

 周りはそんな程度の認識なんだろうが、本人は苦しいだろうなあ。勇気を出してクラスを鼓舞しようとしたら玩具にされるなんて。やるせないや。

 

 

「わ、私は練習出れるよー。別に出るのに不満もないし」

 

 

 担任の大和田先生が課題の整理だかでいつ戻ってくるか分からない以上、変なタイミングで戻ってきていじめだなんだと騒ぎ出してクラス丸々お説教される羽目になったらたまらないので助け舟を出した。

 

 内心では辻井達同様に歌の練習なんかクソだるいしやりたくない。

 だが、みんなと違って俺は暇人だし、帰宅後に打ち込みたい娯楽もない。俺こそがこの場で時間を拘束される贄としての最適解なのだ。

 

 ここは率先して俺が長谷川さんを納得させるように回さなければ。

 

 

「いきなり言っても納得出来る人は少ないでしょ。とりあえず今日は私残るし、個人的に残ってもいいなって人だけで練習しようよ」

「そんなんじゃ他のクラスに勝てないよ!」

「わかんないだろそんなの」「決めつけんなよ」「まじ空気読めねぇわ〜」

「ひえぇ」

 

 

 無理だなー。一言に対してここまでの連続攻撃カマしてくる連中の前で発言するのは。怖い事この上ないや。

 

 俺は都子に必死にアイコンタクトを送る。トントントンツーツーツートントントン、SOSを送りまくる。

 

 都子はうちのクラスの伴奏なので、彼女は唯一公式に、指揮者である長谷川さんと対等な立場で意見を申し入れる人間だ。

 どんなに頑固な長谷川さんでも、ピアノ係からの意見は易々と無視することは出来ないだろう。

 

 

「……紗理奈や笠原の言う通り、一旦は自由参加にするべきだよ長谷川」

「自由参加ですよ。ただ、どうしても外せない用事などがない場合は極力出てほしいってだけで」

「それは自由参加とは言わないでしょ。今の時点で長谷川に反抗してる人らを無理やり放課後に集めて、質の良い練習出来ると思う? 余計息がバラバラになるだけでしょ」

「それは、でも」

「あのさ。気持ちは分からないでもないけど、そういうの独断で決めてる時点で皆と足並みが揃うわけないんだって。合唱の意味分かってる? あんたの独壇場じゃないん」「都子、言い過ぎじゃないかなそろそろ!」

 

 

 向かいに座っている都子の口に手を当てて言葉を遮らせると、物凄い剣幕で睨まれた。ゾロの覇王色の覇気みたいな威力はあったと思う。確実に手の先から背中に何か、質量を持った悪寒が走り去っていったもの。

 

 

「ふわぁー、もう終わったぁ?」

 

 

 そこでようやく俺と菊池さんの間に座って都子の机に突っ伏して眠っていた朔月さんが目を覚ました。

 

 朔月さんは、それこそ個人的に長谷川さんの事が好きじゃないと思う。それは本人に聞いた訳ではなく肌で感じたことだが。

 事ある毎に長谷川さんは朔月さんの服装や態度を注意してしつこく反省文を書くように粘着するし、それを言われてる時の朔月さんは思い切り鬱陶しそうな顔をするし。

 

 さっきだって、長谷川さんがお立ち台で自らの発言に皆の耳を傾けさせようとした時だって即刻机に突っ伏して寝に入ったし。

 恐らくこれまで寝ていたのはフリで、都子の発言で長谷川さんが勢いを失ったのを感知し起き出したのだろう。

 

 

「おはよ小鞠、まだ絶賛バトル中。長谷川さんと都子がバトり始めたとこだよ」

「バトルって、そうじゃなくて私は!」

「いい加減しつこいよ〜……都子が言ったように現時点で分裂起きてんだから、一旦ここは手打ちにしよーよ」

「鹿狩さんまで!? ……あなた達みたいな遊んでる人達に、期待するだけ無駄ですね!」

「は? なにそれ、喧嘩売ってんの長谷川」

「わっ、紗理奈ちゃん!? 暴力はダメだよー!」

「しないっての。離して小鞠、長谷川と2人で話すから」

「わー! 八尋ちゃん花ちゃん手伝ってー!」

「う、うん!」「まあまあまあ」

 

 

 なんで? 女子だけのコミュニティに入ってて人を力づくで止めなきゃいかんイベントとか発生することある? 理想像とかけ離れ過ぎてるのですが。

 

 菊池さんがかける圧があまりにも剛の者すぎて長谷川さんは腰を抜かしていた。

 高身長、短髪ボーイッシュで睨んだら怖い、腕っぷしも男子に多分負けないという三拍子が揃った女子に全力でキレられたらどうなるか想像に容易いし、ビビり散らかすのも無理はない。

 

 それは置いといて、菊池さんってば中学生の癖に発育が良い事で。鍛えられてるおかげで腹筋や腕なんかは筋肉がついてるけど、それでも女子特有や柔らかさはあって感触が気持ちいい。

 

 あと、胸すごい良い。大きくはないんだけど小さくもない、確かな存在感がダイレクトに顔面に当たっている。てかなんでこんなに感触ダイレクトに伝わるんだ? 中シャツしか着てないなんてことは無いよな、さすがに。

 

 

 

 結局その後先生が教室に戻ってきて、話し合いの決着もつかないままにパート練習が始まった。

 俺は元男の癖に声が甲高いのでソプラノ。朔月さんと蝶田さんと同じ。都子と菊池さんとアルトなので、パート練習は別となる。

 

 

「かがりんって歌上手いよね〜!」

「そう?」

「確かに! なんか伸び伸びしてる感じするよね!」

「伸び伸び……?」

 

 

 なんでだろう。カラオケはバチ好きだったから以前はめちゃくちゃ言ってたけど、どちらかと言うと下手な部類だったし上手いと言われる素養があるとは思えないぞ。

 

 あれかしら。酒タバコをこの肉体はまだ知らないからかな? 思えば呼吸も全然苦しくないし、肩や首に変なコリもないし、歌う時にマストでついてまわった不快感は無いな。

 

 

「小鞠ちゃんもすっごく上手いし、声も可愛いし。いいなぁ、ウチも2人みたいに可愛い声で歌いたいなぁ」

「あはは、花ちゃんだって全然可愛いし歌も上手いよ〜。ね、八尋ちゃんっ」

「え? うん、そうだね」

 

 

 まあ下手では無いけど、別に上手いと言うほどでもないな。音程ハマってる読経みたいと言ったらいいのだろうか。聞き苦しくは無いけど……。と真面目に考察して伝えても空気を壊すだけなので言わないでおく。

 

 

「ねえ、本当に放課後の練習行くのー? 八尋ちゃん」

 

 

 パート練習の合間。パートリーダーと他真面目な生徒勢が何やらわちゃわちゃと話し合いをしてる中、俺達3人は廊下の壁に背を付けながら雑談をしていた。そんな折、朔月さんからひょんな事を問われた。

 

 

「行くしかないよね〜、あんな事言った手前」

「えぇ〜? 多分あんまり皆参加しないと思うよ? 長谷川さんと1対1って事も有り得るかも」

「それは流石に無いでしょ……」

「分からないよ? あの子人望あんまりないじゃん。こんなこと言うのは悪いけどさ……」

「まぁ、あの感じなら皆から好かれてはないよね」

 

 

 クラス委員長なのに。どちらかと言えば嫌われサイドの委員長って現実じゃレアキャラじゃ無かろうか。

 

 

「ウチも小鞠ちゃんの言う通り、今日は行っても意味ないと思うな。多分誰も来ないと思う」

「今日行って意味なきゃいつ行っても意味ないっしょ〜。どんなアクションするかにもよるけど、何事も初日が1番人が動くんだからさ……」

 

 

 というか、本当に俺以外誰も放課後居残りしてくれなきゃ、来てくれた俺さえほっぽって大和田先生に大チクりをカマしそうだな長谷川さん。で、そのチクりが功を奏して明日は一旦人が来るけど、生徒の自主性・協調性を信じた先生の目が無くなるとすぐまた人も来なくなると。

 

 

「……蝶田ちゃんは、今日予定なんかは」

「ウチも部活が……」

「何部だっけ……?」

「イラストレーション部」

「……それはー……時間取れないね。多忙だ」

 

 

 絶対普段暇してそうな部活だったけど、わざわざ名前出して断り入れてくるってことはそれなりに放課後練習が嫌って事の現れだ。個人の意思を尊重しよう。

 

 

 そうしてパート練習、合わせ練習をし、6限目が終わった。同じソプラノである長谷川さんは、先程一悶着あった相手と同じグループに属してるからか、今日は珍しく俺達に小言を入れてくる事は無かった。

 

 こりゃ、居残り練習の時に人が少なかったら地獄だなあと思いながら、望んだホームルーム終わり。

 

 

「終わった……」

 

 

 教室に残っていたのは、長谷川さんと、俺と、それから女子4人に男子3人。女子のうち1人は今泉さんのお友達だった子だ。

 気まずさ。

 男子3人と女子4人はそれぞれ仲間内で話すのみ。この7人はちょくちょく俺にも話しかけてはくれるが、長谷川さんには話しかける雰囲気は無くて、その気まずさに腹の中身の水位が上がるような錯覚に囚われた。

 

 キチィ〜。

 素直にそう思った俺は、長谷川さんに向かって手を上げた。

 

 

「私、職員室に寄った後に御手洗行ってくるから、皆で先に始めちゃっててよ」

 

 

 そうして、上手く練習を開始させるよう強引に促した俺は、全力で教室から逃亡を図った。

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