子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
教室から脱獄し速攻保健室方面の出口から校舎を抜け出した俺は、職員トイレから勝手に拝借した便所サンダルに履き替えて体育館の裏と低木の隙間にあるスポットに来た。
どこの学校にもあるであろう、外からも内からも死角になる生徒御用達の喫煙所だ。
今まで何もかもが割と上手くいってたから吸おうとも思わなかった父親のセブンスター、今日は丁度いい具合にマジでする事が何もない時間が生まれたので吸う意味が出来たってやつだ。
「だりみだな〜、合唱コンな〜……」
体育館の壁に背中をつけ、ポケットをゴソゴソと漁る。
……あれ? 無いが。中身がないが。
おかしい。いつでも吸えるよう毎日スカートのポッケに忍ばせていたはずだ。習慣化されてるはずなのに。あれー?
「あれー? たばこたばこ……」
「鹿狩やん。何してるん」
「ぎにゃあ!?」
絶対誰も居ないだろうって思ってたのに先客がいた。そいつは俺が背中をつけた位置とは柱を隔てた向こう側に居たようだ。
佐藤だった。合唱コンサボって我々にしわを寄せていた張本人の片割れが居た。
「佐藤か……お前こそ何してんだよこんな所で」
「何ってそりゃ、喫煙よ」
「わるー。タバコは20歳からですよ〜」
「お前も吸おうとしてたろ。今ここで」
「吸ってないからセーフだねぇ」
「それもそうか。吸うか?」
差し出された銘柄はハイライトメンソだった。ん〜、あんまり好きくないな〜メンソは。オプションパープルなら吸わん事も無かったが。
「いいよ、いらん」
「じゃあなんでここに来たんお前」
「メンソは好きじゃないんよ。レギュラーなら貰ってたかも」
「そうかい」
俺との会話に区切りをつけた佐藤は手に持っていた1本を咥えライターで火をつけた。
ふむ、困った。誰にも見られずひっそり一服するつもりだったのに計画が狂って手持ち無沙汰だ。
「なあ、そのスカート折るやつさ」
「うん? なんだよ」
「いやぁ……」
佐藤が何かを言おうとして中断した。なんだろう、スカート?
俺はスカートを折って短くしている。シンプルに属してるグループの朔月さんや菊池さんがしてるから。長くても短くても、スカートな時点で股下がスースーするから特に何も気にならない。
「その、先輩とかにも居るけどさ。それ、結構パンツ見えてるぞ」
「……ふむ」
ピラッとスカートを捲って、佐藤にパンツを見せてやった。
「え、なに。変態……?」
「おい、女子のパンツ見た反応それかい」
「自分から見せる女にどんなリアクション取れってんだよ。恥ずかしくねえの?」
「恥ずかしくないねぇ。中身男なもんで」
「ブラ透けてるかもってなった時動揺してたやんお前」
「そりゃお前、男がシラフでブラ着けるか? 着けんやろ。そんな感覚で着けてる下着と、必要不可欠な下着じゃ感じ方も違うやろうて」
「男でもパンツ見られたら恥ずいだろ」
「お前の下げパンだって、パンツの帯見えてんぞ」
「帯はいいやろ」
「そんな感じ。女体だったらパンツくらいどうとでもねえよ」
「そうはならんやろ」
「なるんです。なので、スカート短いのは仕様です」
「……まあ、見られて怒らないんやったらいいわ。それでイチャモンつけられたくないし」
「イチャモンなんかつけねーよ。自分から見えやすくしてんのにイチャモンつけたらヤバい人でしょ」
「ってか、いい加減スカート離せよ。いつまで見せつけてんだお前」
怒られたので手を離した。こいつ弄りがいが全く無いんですけど。
「そういや、菊池紗理奈に聞いたんやけど、今日合唱コンの事で委員長さんが暴れ散らかしたらしいな」
「おー、お前と八木のせいでな」
「ふーん」
ふーん、て。人に聞いといてなんて興味のなさそうな返事だ、能天気かましやがって。おかげでクラスの面々が割を食ってるというのに。
「お前らが練習来ないからって、長谷川さん放課後にまで練習しようとかほざいてんですけど」
「そりゃ大変だな」
「大変だな、じゃねえぇ。お前らのせいだぞ、来いよー練習!」
「あん?」
睨んできた。今日はいつにも増して気性荒いな〜、自律神経乱れてんのかな。
「たかだか数日お歌の練習するだけだろ、少しくらい我慢しろよ」
「曲が好きじゃねえ」
「わかるわ。ぶっちゃけ趣味じゃないよな」
「だよな。だから歌わなくてもいいだろ」
「そうはならんのよ。お前と八木の代わりに皆に負担背負ってんの」
「ご苦労〜」
「罪悪感は存在しないのかな」
佐藤はぷふっと吹き出し笑った。何を笑われたのだろうか、怒ったり笑ったり忙しい奴め。
「罪悪感とかどうでもいいけどよ、やりたくもねえ事をやる気の方が知れねえや。馬鹿馬鹿しくないん?」
「はあ。そんなもんだろ、学校行事とかそういうのはさ」
「お前も校則が嫌だからスカート折ってメイクしてんだろ」
「嫌だからじゃないですー。こっちのが可愛いやろが」
「……ハッ、そうだなー」
鼻で笑うと佐藤は大きく深く煙を吸った。いいなあ。どうやら俺のタバコはちゃんと紛失したようだ、悲しみ。
「でもこのままだと長谷川さん、どんな暴走するか分かんねーんだよなあ。独りよがりで周りを巻き込むタイプやろ、アレ。だから人望薄いんやろし」
「シンプルキモイもんな、アイツ。バカ真面目やし空気読めんし。全てが鼻につくわ」
「言い過ぎだろ。てか、空気読めんランキング怒涛の1位はお前やと思うが」
「殴るぞ」
「こわぁ。とにかくさ、あの人の独断を止めるためにも協力してくれよ」
「気乗りしねえ」
「飯奢るから」
「……ならいいか」
「いいんだ」
1杯800円もしないくらいの、場末のラーメンでも奢ってやろう。中学生の懐事情的にそれでも十分なくらいだ。
「じゃあこの後の練習にも」「それは嫌に決まってんだろ」
「ですよね〜」
即答でした。分かりきってたけどね。
あー、話す話題尽きたな。でもまだ教室には戻りたくない。出来るだけ時間を稼いであの居心地の悪い空間に戻るのを先送りにしたい。
……昔の俺はどちらかと言うと佐藤がいる空間の方が居心地が悪いと思ってたんだけど、心境の変化だな。性格の悪い不良より、ウマが合わない一般生徒連中のが一緒に居たくないと思えるだなんて。
しゃがんでタバコを吸ってる佐藤に合わせてこちらもしゃがむ。
「なんだよ、やっぱ1本吸うか?」
「吸わないけど話そうぜ。どうせ今日も八木の事待ってるんやろ」
「人をホモみたいに言うんじゃねえ」
「違うの?」
「殴るぞ」
「こわぁ」
壁に背中を着け、足がしんどいので尻をアスファルトに乗せる。片膝を立てて楽な姿勢を取ると、佐藤は呆れたように「おい」と声を掛けてきた。
「それ、パンツ丸見えだって」
「一々気にするなよ鬱陶しい」
「気になるだろ……少しは隠せよ」
「はいはい」
仕方ないので胡座に切り替える。佐藤は「色気の欠片もねえなお前」と言った。元男が色気あってたまるか。
「所でさ、佐藤はなんで伴奏に立候補しなかったんだ?」
「伴奏?」
「お前ピアノやってたじゃん」
「あー……やってるけど、だからって合唱コンの伴奏とかしたくねえよ。てか、竜胆都子が立候補してたろ」
「してたけど。個人的にお前のピアノの方が好きだったから少し残念だわ」
「……はあ?」
「小さい頃とかよくお前ん家遊びに行ってピアノ聴かせてもらってたろ。あれとか好きだったぜ、電話の待機音みたいな曲」
「……愛の挨拶?」
「それそれ。てん、てれてててて、てんってんってんってやつな」
「音程がニュアンスすぎるだろ。人が真面目に鍵盤叩いてんのを眺めといてそんなテキトーな事あるか」
「クラシックなんか聴かねえもん。また今度聴かせてくれや」
「世辞が尽きねえなあ」
「本心なんですけど」
佐藤に世辞なんか言うわけがない。性格が悪いこいつとそこそこ縁のある幼馴染をやれたのは、偏にこいつの奏でる旋律が綺麗だったからだ。
当時は都子もピアノをやっていなかったし、近しい間柄でピアノを弾けるというのが珍しかったというのを差し置いたとしても、佐藤の弾くピアノは頭によく残っていた。
黒髪だった頃の佐藤は、顔の作りも端正でピアノを弾く姿には心惹かれるものもあった。さっきホモ煽りした手前、そんな事口が裂けても言えないけど。
造形の良い顔面と言えば、こいつの目って結局なんで負傷したんだろう? 聞いてはみたけど答えてくれなかったんよな。
今聞いたら答えてくれるかな。
「なあ、その眼球」
「まだなんかあんのかよ」
「戻りたくねえんだよ。委員長さんと皆の空気感最悪。出来るだけ時間潰してえ」
「なるほど。じゃあま、も少し話すか」
「頼むわ。で、その眼球の怪我、何があったか聞いてもいい?」
「言ったろ、喧嘩でついたんよ」
「聞いた。けどもっと詳しく聞かせてくれよ」
佐藤は最後の一煙を吐き短くなったタバコを地面に押し付けて火を消した。
火の消えた吸殻はフェンスの向こうの側溝へとシュート。街がまた汚れちまったぜ。
「よくある喧嘩だぜ? 軽く挑発したつもりが、相手の地雷を踏んじまって。それで事故ってこうなったと」
「お前、相手がどう思うかを考えずに発言するもんなー。にしても目はやりすぎだけど」
「目はあくまで事故だからな」
「ふむ。して、誰と争ったん?」
「なんでそんな事まで聞くんだよ」
「気になるだろー! お前小学校の頃からヤンチャ側じゃん。そんなお前に楯突くとか面白い奴じゃん絶対」
「面白くねーよ。なんの面白みもない退屈なやつ。だから答えねえ」
「えー。ケチ」
「がはは」
新たな1本を取り出し火をつける。おのれ1人だけ煙を満喫しやがって。口惜しい。
「俺の方からも1個、お前に聞きたい事あるんだけどいいか?」
ギリギリギリと、一服する佐藤を目を尖らせながら凝視していた俺に対し、彼は特に気にもしない様子で平然と話題を切り出してきた。
「いいよ。なにさ」
「お前さ、小さい頃女の格好してたじゃん?」
「……ん?」
「女装っていうか、ナチュラルに髪長くして女の服着てたよな」
「んー……?」
「あれはなんだったん? 小学校入ってから男の格好するようになったけど、最初は女だと思ってたから困惑したぜ」
「えー、っと」
どう説明したらいいものか。端的に伝えてみるか、一旦。
「女装? してないですけど」
「はあ? してたろお前、小さい頃」
「してないって。今はともかく、昔の俺は普通の日本男児でしたが」
「嘘つけよ、お前髪長かったじゃん。ワンピース着てたし、自分から男だって名乗らなかったぞ」
「えぇ」
「小学校入ってからしれっと男の格好し始めたけど。急に消えて女になってから中学で再会とか、男のフリしてたけど実は女でしたって事かと思ってたんだけど」
「いやー……」
確かに、仮に幼少期俺が女の格好してたらそう解釈しても不思議では無いけれども。何があれって女装してないんよショタ時代の俺、こいつは何と勘違いしてるのだろうか。
「……本当に覚えてないのか?」
「覚えてないってか、そんな事実がないというか」
「いや事実はあったんだって。ほら」
ポケットに手を突っ込み中をまさぐった彼は、スマホを取りだし1つの画像を見せてきた。
それは幼少期の自分と、友達の写真だった。
ピアノのコンサートの写真っぽかった。いや、コンサートというより発表会か。
体は小さいのにタキシードっぽい服装でキメている顔の綺麗な少年。これは幼少期の佐藤だ。
そして、その佐藤に抱きついてピースをしている私服姿の少女。
少女だが、おかしい。絶対におかしい。
この発表会、佐藤の家族にお呼ばれして見に行った事があるやつだ。間違いない。佐藤の服装も、背景も、灯りの感じも。絶対に俺が見た事ある光景なのに、佐藤の隣には知らない少女がいた。
……いや、知らない少女なんかじゃない。よく見たら、その顔は幼少期の俺にどことなく似ていた。
え、嘘? じゃあこれ俺? 完全に女じゃん、でも俺は男だぞ?
この世界に来た時だって、間違いなく男の格好してたしちんこもあった筈だ。
「覚えてるやろ、この発表会」
「……さあ」
「とぼけんな。愛の挨拶を初めて披露した発表会で、お前が来たいって言ったやつやん」
「うぇーそうやっけ。そっかぁ……」
どう捉えるべきなんだろう。絶対に有り得るはずのない過去が、絶対に自分の身に起きていたはずの記憶に無理やりねじ込んで入ってくる。
流石にこれは、気持ち悪い。
まともに取り合うだけ気持ち悪い現象だ、ここはテキトーに話を合わせて終わりにしよう。
「大丈夫か? 顔、青いぞ」
「……大丈夫。腹下しただけだから」
「大丈夫の基準」
「まあ、アレよな。よく覚えてないっつーか、黒歴史っつーか……その時の事はあんま思い出したくない的な?」
「そういう事か。よかった、じゃあ言わないだけで記憶自体は残ってんだよな」
ケラケラと笑う。何がじゃあで何が良かったんだろう。文脈的に俺から『なぜ幼少期に女装していたか』という問いの答えが返ってこないって分かるだろうに。
「じゃあ女装の件はいいや。これは覚えてるか?」
「? なんやろか」
指でトントンと軽く叩かれたタバコから灰が落ちる。その動きを目で追っていた。
「鹿狩さ、前に『お前になりたい』って俺に言ったよな。あれ、どういう意味」
……。
……?
「意味ありげに言うから気になってよ。なんで俺なんかになりたかったん? それまでなんの不満も無さげに笑顔ぺったり貼り付けてたやろ」
「……ふむ」
「竜胆都子とも白幸太郎とも付き合いがあったし、てかそっちの方が仲良いはずなのに。なんで俺なん?」
「知らねぇ。覚えてないや」
「うっそまじぃ?」
「意味ありげに意味無い言葉を言うのが子供じゃんね〜。よいしょ」
立ち上がり、尻をパンパンとセルフで叩いて伸びをする。
「そろそろ行くわ。これ以上ほっといたらクラスの人らの反感買いそうやし」
「お、おー。急だな」
「そう? めっちゃ喋ったじゃん、また気長にトークしような」
「おう。……てか、やっぱお前、あんなに俺の事避けてたくせに急に馴れ馴れしいな。竜胆都子に対してよりもグイグイ来るやん」
「そりゃまあ、都子に嫌われてますし。今現在」
「そういうの気にするやつだっけ」
「気にするだろ、人間だぞ」
「ふーん」
失礼なやつめ、人の事心を持たぬ怪物かなんかだと思ってやがる。誰よりも心に寄り添う男ですよ僕は、言うなればグッドガイよ。死ぬまで友達ですよ。
「なんかお前さ」
まだ何か言うつもりだったらしいが、適当に流すつもりでてくてく歩く。
俺知ってんだ、別れ際のこういう一言に一々反応してるといつまで経っても帰れないんだよな。散々遊んだ後のラーメン終わりの車の中タイムってやつ。
「お前、本当に鹿狩八尋?」
鹿狩の足が止まった。
何らかの琴線に触れられた人間らしくこちらの言葉に関心を見せるつもりもない感じで歩き去ろうとしていたのに、余程予想外だったらしい。
「……」
彼女は僅かに顔を傾け、片目で俺を見た。その目は、俺の言葉とは裏腹に幼い頃に見た"彼女"の目と同じで、"彼"は見せた事がなかった目だった。
鹿狩は、こちらの言葉の意味を問わずして、また気にせず歩き出した。
「……あいつ」
タバコを地面に押し付ける。
目を閉じて、少し考える。けど思慮は苦手だ、考え事なんかしたくない。
ハッキリとした答えなんか分からなくたって、答えっていう体や建前があればそれでいい。
あいつは鹿狩八尋っぽいけど、絶対鹿狩八尋じゃない。けど、本人が自分の事を八尋だと言うのなら、じゃあそれでいい。
どのみちどうでもいい事柄なので、俺はあいつについての思考をするのを止めた。
サンダルを片し、上靴に履き替えてパタパタと廊下を歩く。
佐藤が吸ってたタバコの匂いが制服に着いてたらどう言い訳しよう。放課後とはいえ、あのバカ真面目系委員長の長谷川さんは絶対一言何か言ってくるだろうなあ。
「俺は、鹿狩八尋……」
別れ際、佐藤に言われた言葉を思い出す。
なんて事でない話だ。
俺は明らかに前の鹿狩八尋の姿とは別物で、体の構造だって完全に女になってるんだから、俺が鹿狩八尋の名を騙る偽物だって思っても、目的はさておいて不思議な事では無い。
「実際、この世界で小学5年生の夏まで生きてきた鹿狩八尋と俺は別物だしな」
俺が記憶で知ってるこの世界での出来事はあくまで記録に過ぎなくて、この記憶を保存してる脳みそに過去の実地経験はない。
厳密に言えば、俺は鹿狩八尋であっても鹿狩八尋では無いのかもしれない。
……もしかしたら。この記憶と思い込んでるものも手術の時に付け加えられた物かもしれない。
1つの言葉から無限の可能性、憶測が生まれて脳みそがパンクしそうだ。
もう何度したか分からない"自分"の概要。絶対学校にいる時とか外にいる時はしないでおこうと思っていた果ての無い思考が不安を呼び込み、教室に向かう足取りが重くなっていく。
「……あ?」
階段を1段ずつ登り、その度に視線が少しずつ下がっていき。職員トイレまで来て用を済まし下着を上げようとした所で。
なんか、べっとりと。下着の股との接触面に、赤だか茶色だかの中間みたいな色の液体がついていた。
「……初潮?」
それを認識した途端、指先の力が抜けて足の力も抜けそうになった。
いや、まあ。いつかは来るだろうそりゃ。何も驚くことでは無い、俺は平然なメンタルを作り流して個室を出て手を洗う。
鏡に映る自分の顔は誤魔化しの効かないくらい青ざめていた。
数秒前の映像を思い出す。頭が痛くなる。指から、関節から力が抜けて立っているのがしんどくなり壁に手を付きながらトイレを出る。
「どうしよ、保健室……?」
分からない。どうしたらいいんだ? 初潮って朝起きたらトイレで気付くってやつじゃねえの、学校で判明する事あるん!?
教室に戻るつもりだったけど流石にこのまま股間を放置しておくのはやばい。俺は保健室に行き、なんとかタンポンかナプキンか無いか調べあげて入手しなくてはならなくなってしまった。
「っ!?」
パタパタと、階段を下っている最中に踊り場を隔てた下方向の階段から、こちらに向けて上がってくる足音がした。
最悪だ、急いでトイレに駆け込んでやり過ごしたい。でも足の力が抜けて上手く歩けない。
膝や太もも同士が当たる度、ヌルッとした感覚がした気がして。なんとなく頭痛があるような気もして、もう正確な思考も出来ないまま俺はその場にへたりこんでしまった。
こんな所見られていいものなのか? やばいよな絶対、対策してるよな皆。やばい、やばいやばいやばい、人生詰む人生詰む!
「? 大丈夫ですか?」
逃げる術が無いので思い切り下を向き、髪で顔を隠してうずくまってやり過ごそうとしたら、降りてきた人に声を掛けられた。
良かった、相手は女の人だ。男に見つかるよりも百倍マシだ。
「どこか痛いの? 保健室まで肩貸そうか?」
「……平気です。なんで、気を使わずどうかこのままスルーで」
「その声、かがりん? かがりんだよね」
「げ、蝶田ちゃん……?」
よりにもよって知り合いかい! 最悪すぎるだろ、男に見つかるよりって言ったけど、これワンチャン男に見つかった方がマシだったまでないか!?
「かがりん? ……っ、大丈夫!? どうしたの!」
「あ、はは……いやー、お腹痛い、というか」
「お腹……っ! 分かった!」
それだけ言うと、蝶田さんは俺の腕を引っ張り強引に肩で俺の体を支え、手すりも使って階段を一緒に降りてくれた。
階段を降りたら一直線に保健室。中に居た先生に事情を代わりに説明してくれると、俺は先生に促されてベッドに座らされた。
ベッドにはタオルが敷かれている。そして、ウェットティッシュと替えのパンツ、ナプキンという装備を持った先生が隣に座りカーテンを閉められた。
おずおずと自分の股間とその周辺を拭くと、保健室の先生(♀)がゴミ箱を親切に足の近くに置いてくれたので、そこに包んで放り込む。
「あの」
「はい、パンツ脱いで」
「ひえぇ」
嫌すぎるでしょ。なんで人の横でパンツ脱がなきゃならないんだ!
「じ、自分で出来るんでちょっと、外に行っててもらっても」
「本当? ナプキンの付け方わかる?」
「……」
「コレ見た時、見慣れないものを見る目で見てたわよあなた。見た目も派手だし、どうせ真面目に授業聞いてなかったでしょ」
「いやー……」
生理とかそういうの習うの小六とか中一とかだろ。その期間、女子視点の部門は1度も教育受けてませんけど。未就学エリアなんだけど。
「でも、その……」
「なに? 声小さくて聞こえないよ。同じ女同士なんだから緊張するものでも無いでしょう」
なんだこいつ、スペシャルVIP生徒である俺の事をご存知でない? 女体の男って知らないのか?
……いや、それこそちょっと待て。俺は男である前に中身は元々"大人"だぞ。女の前でパンツ脱ぐなんて別に何度もしてきたことだろ。
なんだ、何も緊張することは無いじゃないか。据え膳食う前のメンタル作れば余裕じゃんこんなの。緊張して損した、物言いよう考えようですな。
「……」
「ほーら、脱がないとどうしようもないわよ。それとも代わりに脱がせてあげましょうか?」
「ガチで100万あげるんでやめてください」
無理じゃ。何が据え膳食う前のメンタルか、全く状況が違うやろがい。
「ウチに任せてもらえませんか? 先生」
「えっ、あなたに?」
しどろもどろやっていたらカーテンの隙間から蝶田さんが入ってきた。
「仕事あるでしょうし、ウチはもう結構前に生理始まってるし。それに、多分ウチ相手ならかがりんも緊張しないと思うし」
どんな理屈? するだろ緊張。てか緊張以前に、女子中学生の前でパンツ下ろすとか色んな警笛が鳴り止まないけど。踊ってない夜は知らないしロックンロールは鳴り止まないけど。
「それならあなたに任せようかな」
「えっ、あぁ……」
蝶田さんの言葉を聞き、先生は彼女に託すように肩をポンッと叩きカーテンの向こう側、どころか保健室からも出ていった。
俺と蝶田さん以外が消えた保健室。2人きり。そして、俺はこれから蝶田さんの隣でパンツを下ろす。
ーーーー終わりだ。終了した。発禁だ。ロリータである、ファニー・ヒルである。
「かがりん」
「チェンジで」
「デリヘル呼んでもウチは来ないよ!」
どんなツッコミじゃ。年齢を鑑みなさいよ危ない。
「かがりん。いいんだよ、恥ずかしがらなくても」
「恥ずかしがるってか……1人で出来るって」
「出来ないでしょ。かがりん、元々男子じゃん」
「……」
承知の上で隣に座ってくれてんの? この人。ひゃー、こわぁ。新手の痴女かな。
「かがりんさ、転校してきてから今日まで、誰とも心開いてないよね」
「……? 何の話?」
「かがりんの話。ずっと思ってたんだ。ウチ、かがりんに一目惚れしたから」
「ひとめっ……!? 急な告白!?」
「あはは。うん告白。でもウチガールズラブの趣味はないから、もし男の子だったらっていう告白になるけどね」
「え、えぇ? えっと、えぇー? どう、私、中身、っていうか元々男……」
「うん、分かってるよ。でもかがりんは友達、友達としての好きだし一目惚れ。不思議だよねー」
「本当にね」
結局どう受けとったらいいか分からんし。まあ男だった場合今の容姿では100無いし、流してもいいか。
「ほら、その顔! その感じ!」
「わあなになに」
「自分の身に起きたこと、他人から受けたことを1回受け止めて、それからかがりんは出来るだけフラットな感じを出すよね。でもそれって受け入れてなくて、受け流してるだけなんでしょ」
「……あはは」
「笑って誤魔化したり、茶々入れたり適当に流したり。同じグループにいるぐらいならそれでも友達として丁度いい温度感なんだろうけど、なんとなく壁を感じるよ」
えぇー。知らないですよ、なんで説教受けてんの俺。
そんな事言われても、人生フライングカマしてる身としては人間関係への見方なんて冷めた目で見てしまうのが定めというか。
中学の頃の友達なんて高校に上がれば半減するし、大人になればもっと減る。少なくとも俺はそうだったし今世でもきっとそうだ。
それなら、今後さして尾を引かない程度の関係性なら、自分から寄りかかるだけエネルギーの無駄じゃないか。
「我慢しなくていいと思うよ。かがりん」
「なにが?」
「全部。いきなり女の子にされちゃったことも、心は男の子のままってことも、周りに溶け込もうとすることも、空気を保とうとすることも。全部辛いことばっかじゃん」
「客観的に見たら確かにそうかもね」
「そういうのもいいよ。かがりん」
蝶田さんの手が頭に触れ、頭頂部をさわさわと優しく撫でられた。
「客観的にじゃなくて、かがりん自身が溜め込んでるの全部。今ウチしかいないんだし、ウチに1回吐き出しちゃお」
「……なにそれ。蝶田ちゃんがいんじゃん、そんなのいつもと同じだろ」
「こんな事を言ってきたのはウチくらいでしょ? ならいつもと違うよ。ウチだけは、かがりんのどんな姿を見ても幻滅したりしないし離れない。かがりんと同じ輪に居たいの」
「……同じ輪、ってか輪の外っ側というか」
段々声が震えてきて、そこから喋るのは止めた。
それとない優しさは何度も受けてきた。それも嬉しかった。
けど、こんなストレートに弱みを受け入れられたのは初めての事で、適当に手抜きでやる事で耐えてきた今までの不安や不満が全部目からこぼれ落ちていって、俺は撫でられながら俯いて、情けなくも泣き声を上げた。