子供に戻ったと思ったら女体化させられるし女として生きるべきか男のまま生きるべきか分からない俺はスワンプマン 作:千佳のはんぺん
ナプキン、貼り付けられる前の状態の物を見たのは多分初めてだったからよく分からなかったけど、予想よりも簡単に付けれて良かったっていう話。うーん、この感覚は慣れるまで時間かかりそうだけどね……。
その日は結局、一時離脱したつもりがそのまま放課後練習はお流れになった。俺が佐藤と喋ってる間に1人、また1人と人数が減っていき、練習どころじゃ無くなったとの事だ。
その後の長谷川委員長は職員室に行き大和田先生に事のあらましをチクったように思えたが、そうはならなかったらしい。
意気消沈した様子で帰宅していく姿を数名のクラスメートが目撃していた。
「可哀想〜……」
空気的にそんなこと言っていいものなのか分からないが、率直な感想が口をついて出てきた。
俺がそう言うと、朔月さんと蝶田ちゃんは気まずそうに笑った。
「元はと言えばあんたが途中から抜け出したせいでしょ」
呆れた様子で都子がそう言う。後続の連中は俺の前例があったから抜け出せた、という感じになるならそれは確かにそうかもしれない。そう責められたら「そこは止めろよ」、と委員長さんに言いたいところではあるが。
「まあそうだけど、何も連続して抜けてくことないじゃんね」
責任逃れの為に昨日参加してた男子勢に視線を送る。彼らはこちらの話など耳に入ってなかったようで、なに? とでも言いたげな表情を返してきた。
「まあまあ、いいじゃん。それよりさっ、今日からテスト期間で部活ないし長谷川さんも休んでるしさ! 5人で今日どこか遊びに行こうよ!」
朔月さんがそう提案する。朔月さんと都子、菊池さんと蝶田ちゃんと俺で5人、か。うわ〜、女子達に同性として見なされて遊びに誘われるの慣れなさそう〜。複雑な気分ですね。
「あー、ごめん。あたしは今日海彦と遊ぶから」
「そっかー。残念……」
「私も彼氏と会うから」
「都子ちゃんも!? うー!」
菊池さんと都子が立て続けに彼氏を理由に朔月さんの誘いを断った。リア充どもめ、だから今日少し上機嫌だったのか。
「てか都子にも彼氏居たのか……!」
「どういう意味?」
軽口を叩いたら都子にギロリと睨まれた。手を合わせると彼女は鼻を鳴らす。なんで俺とまだつるんでくれるんでしょうね。
「そういえばかがりんってまだ独り身なんだっけ?」
「人の事を独身OLみたいに……そうですけどなにか」
「えへへーっ」
蝶田ちゃんは嬉しそうに笑いながらスマホを取りだし、ある1枚の画像を見せてきた。
それは眩く白い背景に抱きしめあっている制服姿の花ちゃんと男子のプリクラ画像であった。
「な、な!」
「ウチ、昨日彼氏出来たんだーっ」
「え!? そうなんだ、恋愛成就したんだ、おめでとー!!」
「え、え、なにそれ。恋愛成就? ワイ、仲間外れにされてた!?」
何やら俺の知り得ない話で盛り上がる朔月さんと蝶田ちゃん。ハブられてしまった悲しみを抗議すると、朔月さんが俺の両頬を手で包み込んできた。
「八尋ちゃんにはまだ恋愛って早いと思って〜。花ちゃん真剣だったし、経験ない子に話すのってあんまりかなって……ごめんね?」
「早いってなにさ、経験ないって決めつけるなよ! 私だって堅実的なアドバイスの一つや二つ……!」
「八尋ちゃんって恋愛したことあるの?」
「あるよ!!」
「そうなの!?」「そうなん?」「え、うそ!」「へぇ?」
反応した早さ順に、朔月さん、菊池さん、蝶田ちゃん、都子が俺の方に顔を向けた。
なんか変な空気が流れてる、というか心無しかみんな目が輝いているような……。
そういえば、以前の世界で当時の彼女に女子のカーストの仕組みを聞いたことがある。
なんでも、女子の中で発言権が強さを序列付けると、1位が彼氏持ちor周りを巻き込むギャル系、次いで両片思いしてる女子、その次に好きな相手がいる女子で、特に虐げられてる訳でもない女子の中で発言権があまり無いと言えるポジションに色恋の噂や素振りが全くない女子が立ってたと言ってたような。
数ある法則の中の一つではあると思うのだが、もしそれが本当に適用されるとしたら今までの俺のポジションは結構危うかったことになる。そして逆に、これまで女子連中から重要視されてなかった俺のポジションが今の発言で少し揺れつつもあるのかもしれない。
「いつの話!? あ、先生に片思いしてたとかそういうのナシだかんね!」
「まぁじ!?」
速攻思いついた都合のいい逃げ道が速攻潰された。流石人間、一瞬で思いつくようなことは誰でも思いつくらしい。
くそ、実際俺の初恋は小学校の女の先生だぞ。嘘偽りない真実なのに禁止カード扱いはあんまりだろ……!
「ははーん、その反応。今まさに先生への片思いを語ろうとしてた口っしょ」
菊池さんがニヤつきながら言う。ギクリ、と脳内でSEを流しつつ、俺は「まさかまさか〜」と平静を装ってそれを否定した。さて、どうしよう。
「まーでも鹿狩くん、小学の頃はモテたもんね。恋愛の一つや二つ体験しててもおかしくないか」
「えっ、都子……?」
ないって。流石に小学生時代に恋愛は体験してないって。中学からだってそういうの意識し始めたの、どんなキラーパスだよほんと。
都子の方を見ると野郎、俺の狼狽する姿を楽しそうに鑑賞していた。いい性格してるわ、いけず石とか最初に思いついた人と同じメンタリティしてんねやろなこいつ。
「へぇ、モテたんだ八尋ちゃん! どっちに? 女子? それとも男子!?」
「そこは流石に女子にでしょ……かがりんって元々男子だったわけでしょ?」
「どうかな、あたしはまだ半信半疑だけどねそれ。実は普通に男のフリしてた女子で、男子に告られることもあったんじゃないの?」
「わ、それなんかドラマみたいじゃない!?」「それってなんかアニメみたい! すごい!」
「あ〜、蝶田と小鞠は同じタイプか……ほらほら2人とも、落ち着きなよ〜」
「あはは、ほら鹿狩くん。収拾つける為にも聞かしてみてよ、どんな恋愛してきたの?」
わー、わー。テンション沸かすのが上手いなあ都子も菊池さんも。お2人が補足説明したり憶測立てることで勝手に妄想を膨らませた残りお2人がもう鼻の穴パクパク言わせながら俺の発言を心待ちにしてるよ。司会進行の才能ありすぎでしょーよ。
困ったぞ、まじで俺の初めての恋愛は中二の夏だ。それもこの世界とは違う世界線での話で、ここではその時の彼女と同クラにも関わらず欠片も縁を築いていない。ダシに使うのは不可能にも程があるな。
時間軸的に未来に起きる出来事を中学生以前にあったとするのも無理筋だよな。
てか、小学生のカップルとか未知の存在すぎて何をするのか全然想像つかん。エッチすんの? デートすんの? 絶対家集まってゲームとかするだけだろ。でもそれってただの友達となんか違いあるかなあ!?
「えっと……」
考える。なにか思いつかないものか、足がつかない作り話。
視線を左上に泳がせて、眼窩の刺激を脳に送って強引にインスピレーションを引きずり出そうとしてみる。
何も出てこない、都子の存在が厄介すぎる。都子や幸太郎と絡んでいなかった瞬間を掘り起こすのが苦難すぎる。
「八尋ちゃん? どうしたの?」
「え、いや……」
「……もしかして、強がった?」
「っ!?」
「もー、紗理奈ちゃん! 八尋ちゃんはそんな嘘つかないよ!」
「そ、そうだよ! かがりん可愛いし、誰かと付き合ったことあっても不思議じゃないし」
「可愛いのは今の話で、昔は普通に男だったんでしょ? 都子」
「そうだね、鹿狩くんは普通に普通の男子だったよ」
「だって。するとさ、鹿狩って性格は穏やかだし引っ張るタイプじゃないし、特別優しいってこともないしモテるってのも甚だ疑問だけど?」
「紗理奈ちゃん!!」
「あっはは! 怒らないでよ小鞠、別に根暗っぽいとは言ってないでしょ? ここまで言っといた方が恋愛話を聞いた時の衝撃も大きくなるじゃーん?」
俺は菊池さんに嫌われているのかな? 退路断たれて話の流れを台無しをするなよって暗に言われ追い詰められて、もう背水の陣も良い所じゃないか。
……仕方ない、まじで純度100パーのホラ吹き話でもカマしてとりあえずこの場だけでも落ち着けよう。
俺には入院期間という最強のブラックボックスが存在する。小五の夏休みから中二の途中まで、俺には俺自身しか観測出来なかった完全な密室シュレディンガーキャッツ期間があったんだ。
辻褄合わせに関しても裏を取れない以上はどうとでもなるさ。
「さっきから聞いてりゃ、興味深い話してんじゃんお前ら」
頭の中である程度のあらましを考えて口を動かそうとした寸前、廊下側の席に固まっていた不良連中から佐藤が声を掛けてきた。
「おー、なになに? お前、鹿狩ちゃんの過去話に詳しかったりすんの?」
「詳しいよー、俺こいつのダチだもん。なー?」
「おーやめろー!」
八木も引き連れてきた佐藤が俺の頭に手を起き髪を乱雑にぐしゃぐしゃと撫で乱した。結構な勢いなので頭が揺れる揺れる、少し楽しい。
「ちょっと、何? いきなり入ってこないでくれる?」
都子が佐藤の腕を掴み睨みあげる。佐藤はニタニタしながら都子を見下す。八木はそんな佐藤の様子も都子の様子も意に介さず、「へぇ、なんか聞かせろよ〜」等と言いながら俺の耳たぶを指で軽く挟んできた。
「ぅあっ!?」
くすぐったいというか、背中を冷たいものが走るような感覚がして反射的に八木の手を払い離れようと体が跳ねた。つい勢い余って菊池さんに体を預ける形になるが、菊池さんは俺の体に手を回し、八木に対し「航太、サイテー」と言ってくれた。
「こ、航太! 樹利も! 折角楽しく話してたのに邪魔しないでよ!」
2人に朔月さんが及び腰ながらも抗議する。蝶田ちゃんも声は出せていなかったが、頷いて抗議を後押しする。
女子勢との明確な壁を感じたのか佐藤はため息を吐きながら少し後ろに下がった。
「なあ、樹利。なんかあんだろ〜鹿狩ちゃんの話。聞かせろよ〜、他の女連中はどうでもいいんよ〜」
八木は相変わらず、人の神経を逆撫でする発言しているが。お忘れだろうか、どうでもいいと言った女子連中の1人が自分のお友達と付き合ってること。そこら辺の関係性は希薄なのか?
「なんかって、アレよ。鹿狩がまだ男だった頃に付き合ってた女の話」
いつまでも興奮冷めやまない様子の八木に対し、佐藤はそうアッサリ言う。
「男だった頃の恋愛話ぃ? なんだそりゃ」
「そのままの意味だよ。こいつ、小三の頃に……こんな話興味あんのか? お前」
「あるわけないやろ。聞いて損した〜」
それまでの熱はどこへやら、完全にシラフに戻った八木は本当に何の未練も無さそうに元いた席の方へと帰って行った。八木に続き、佐藤も何も言わずに俺らを一瞥だけして戻っていく。
嵐が去ったので皆一旦仕切り直しという感じで座り直す。菊池さんにぶつかってしまったことに対し謝ると、彼女もそれは快く許してくれた。
「びっくりした、リアルのヤンキー怖すぎだよぉ……」
「ほら蝶田、泣かない泣かない。小鞠ー、頭撫でてやりなよ」
「あ、あはは、今のは怖いよね〜……」
八木と佐藤が居なくなり、緊張が解けたのか蝶田ちゃんは大粒の涙をボタボタと流した。
今まで日陰者で彼らと関わることなどなかったのだ。それがこの至近距離で、あの感じで絡みに来られたらそりゃ怖いわな。
「てかさ、佐藤の話マジ? 鹿狩くん」
蝶田ちゃん慰めメンツに俺も加わり頭を撫でていたら斜め前に座る都子から言葉が放たれた。珍しく不機嫌顔じゃない普通の顔だ。
「ん? 話って? なんだっけ」
「とぼけんな。小三にだかなんだか言ってたじゃんあいつ」
「あー……」
確かに。言ってたな、なんか。
でも一つ確かなことを言うと、俺は小三の頃に恋愛などした覚えはない。それはこの世界とか以前の世界とか関係なく、そもそも幸太郎や都子とつるんでいるからそんな余裕は無いはずだ。物理的に有り得ない、幼馴染の2人が存在している場合成立しない筈の話だ。
それを佐藤だって理解出来ているはず。しかし、そこにあえて何かあった風に騙ったって事は、この世界にはそこに嘘を差し込む隙があったのだと客観的に見て思えたという事なのだろう。
深読みしすぎてるだけで特に何も考えてないという可能性も無くもないが、折角渡されたパスなんだ。利用する価値はある。
「……実は、短期間だけど、小三の頃にお付き合いした事はある」
「……マジ? あの頃あんた、私らとばっか遊んでたじゃんか」
「24時間常に一緒に居たわけじゃないだろ。空いた時間に会って話したり遊んだりしてたよ」
「……いつから? てか誰と付き合ってたの」
「それは……」
佐藤の方を見る。彼はもうこちらなど気にしておらず、友達との会話を楽しんでいた。都合がいい。
わざとらしく、少しだけ物憂げな表情を作る。佐藤を見て、その後俯いて皆の方へ向き直る。
一連の表情の変化を都子は目撃出来たはずだ。決して何も無かったが、何かあった"風"な表情の変遷、これを見逃してさえいなければ、なあなあで済ませられるだろう。
控えめに都子の顔色を伺う。彼女は普通の表情から、少しだけ眉を寄せた表情をしていた。何かあったのかと心配してくれてるのかな、やったあ。優しい。
「……その、今は話したくない。佐藤がいるし……」
「なんかされたんだ。あいつに」
「? あっ、都子!」
立ち上がった都子の前に出て彼女の行く手を阻む。上手い具合に心配してくれたのは良いのだが、変に手を出されては困る。事実無根の作り話だし、多分庇ってくれたであろう佐藤に申し訳も立たなくなるし。
「都子、落ち着きなよ! 今何かされたわけじゃないだろ!」
「あいつは昔っから……!」
「き、気持ちはわかるけど抑えてよみゃーこ!」
「その呼び方すんな」
「いだっ!」
都子のチョップを食らった。なぜ。呼び方程度で人にチョップしちゃいけませんよ。
「わ、私の話は置いといてさ! 都子の話聞きたいな! それこそ私何も知らないしさっ!!」
「は? 私の話?」
「うん! 聞きたい! 菊池さんの彼氏も蝶田ちゃんの彼氏も見たんだし、都子の彼氏ってどんな感じか気になるな〜〜〜!」
「なにそれ、小鞠の彼氏は例外なの?」
「朔月さんも彼氏いんの!?」
「うん。言ってなかったっけ?」
「ん〜どっかで言われたかも……!? てか、そりゃいるよね可愛いし!」
「えへへ、ありがと〜八尋ちゃん」
「いえいえ〜……じゃなく! えっ、もしかしてこのグループで独り身って私だけなん!? 皆彼氏持ちぃ!?」
落雷が落ちたような感覚がした。いや、落ちた。絶対今俺の体、透けて骨が見えていた。
衝撃の事実である、自分以外全員彼氏持ち。もうこれ、このグループで序列をつけるなら確定的に俺が一番下じゃん。いじめられないかなぁ!?
「あはは、皆いつまでも相手がいるわけじゃないしさ。そんな気にすることも無いんじゃない?」
「そーそー。彼氏なんて狙って作るもんでもないしね〜」
「よく言うよ。紗理奈、笠原と付き合うってのを約束させて去年のマラソン大会走り切ってさ。1番ドラマみたいな恋してんだから」
「みーやーこー! そういう事言うのやめろよ恥ずいだろー!」
「都子ちゃんだってずっと好きだった相手なんでしょー? 付き合うってなった時泣いてたじゃーん」
「小鞠!? 急に裏切るな!!」
「あははっ、2人とも恋愛ドラマすぎだろ! おもろいなー、そういう恋愛なら私もしてぇな〜!」
「「うっさい!」鹿狩の癖に調子乗んなー!」
「うわー! いぢぢぢぢっ!?」
珍しく都子が弱ってる話を聞けたので弄ってやったら両頬を鷲掴みにされてグニグニと歪まされた。朔月さんにも頬をいじられたし、都子が手を離した途端に菊池さんも「このやろー!」と頬をいじってきた。
なんで皆ほっぺをいじるんやろか。顔面変形するのでやめてほしい。
「うりゃー!」
「あはははっ! ちょっと紗理奈ちゃん! 八尋ちゃんの顔、タコみたいになってんじゃんっ、あははっ!」
「ははっ、いい気味だ。反省しなよー鹿狩くん、生意気なこと言う度に同じ目に遭うからね〜」
「むー。どいつもこいつも人のほっぺを玩具にしやがってぇ!」
「鹿狩のほっぺモチモチなんだもん。すごいねホント、余計に都子の言う事が信じられない。これが元男なんだ……」
「うっしゃい! いい加減離せぇ!」
両手でかに道楽をイメージした暴れ方をしてみたところ菊池さんは手を離してくれた。ケラケラと笑ってるのは相変わらずだが。
小憎たらしい女め、美人じゃなかったら喧嘩ふっかけて負けてたぜ。あぶねえ。
「……かがりんってさ、別にモテないわけじゃないよね」
「ん? なに、蝶田ちゃん?」
それまで静かになっていた蝶田ちゃんが声を出した。俯いていて表情が見えない。
「さっき都子が言ってたやん、鹿狩はモテたって」
「それは昔の話だし。でも、今もさ、別にモテるじゃんかがりん」
「どしたの、蝶田」
少し、本当に少し。近くで聞かなきゃ分からないくらいの濃度の苛立ちみたいなものが菊池さんの声に孕む。
菊池さんは本当に根っからのギャル気質というか、根暗だとか陰キャだとか、そういう前に出たがらない気質を好まないタイプの人種だ。
俺と朔月さんとパイプが出来てこのグループに居れるようにはなったけども、逆に根は暗いというか環境的に暗くならざるを得なかった蝶田ちゃんとは本質的に相容れない部分があるように思う。
そして、現在の二人の間に流れる空気からそれは正解だったと思わざるを得なかった。
だから、何を言い出そうとしていたのかは分からないけど、このまま蝶田ちゃんのボソ喋りを続行させたらろくな事にならないと確信した俺は彼女の肩を叩いた。
「蝶田ちゃん! 大丈夫?」
「……」
「蝶田ちゃん?」
返事はない。顔を上げた彼女は少しだけ目が怖く、責められてるような気しかしなかった俺は彼女から目を逸らす。
「そんなに顔が小さくて、肌も白くて綺麗で、柔らかくて。声も可愛くて背も低くて、男子ウケいいよね。かがりんってさ」
「……どうかなあ」
「そうだよ。私と全然違う。なのに、独り身とかさ。自分の事を簡単にそんな風に言えるんだね。すごいなぁ、かがりんは」
「……」
えー、なんで怒ってるのぉ?
男ウケ良いってさあ、ヘルタースケルターみたいなもんじゃんか。全部作り物よ? 事実可愛さ満点の美少女だったとして、いつまで続くか分からん栄光よ。歌舞伎町の女王じゃんか。
「落ち着いた? 蝶田」
蝶田ちゃんの地雷をどう踏み抜いたか分からなくて何も言えない。菊池さんは途中から自分を制するためか腕を組み目を瞑って下を向いていて、朔月さんはオロオロして何も言えずじまい。
そんな俺達の沈黙を破ったのは、都子だった。
「まだ落ち着かない?」
「……」
こういう時、落ち着いてなくても嘘でも落ち着いたって言うべきなんじゃないだろうか。これ以上は輪を乱すだろ、理性的になれよ。
だなんて、真っ向から言えるはずもなく。俺は押し黙る。その役割を都子が担ってくれているのだから、俺の発言はこの場じゃ必要ないだろう。
「鹿狩が男にモテるのと、あんたがモテるのに苦労する事は関係無いでしょ。そんなくだらない嫉妬、向けられる謂れないでしょ、鹿狩はさ」
「……? 都子?」
あれれ。なんでそんな強気に責めちゃってるんだあこの人。別に俺、知らんがなって気持ちを代弁して欲しいわけじゃないのですが。
「都子、落ち着きなよ。話逸れてるよ」
「落ち着いてるよ。そうでしょ? 関係ないじゃん、鹿狩がモテるかどうかなんてこいつにさ」
「っ、私、だって」
「蝶田もストップ。2人とも落ち着きな、一旦席離そ」
菊池さんの提案で蝶田ちゃんは自分の席に戻り、俺と朔月さんは菊池さんの席に招集される。
ちなみに今はテスト期間が開始して最初の短縮時間割で、自習と化した国語の時間である。
短縮時間割と言え、授業時間は45分。残り10分ほど時間があり、最悪な空気のままイツメンのうち2人が分裂した俺らにはしんどすぎる拘束時間だった。
「八尋ちゃん。花ちゃんと、何かあった?」
重苦しい空気になりつつも、俺らと関係ない他の生徒達の話し声がクッション材となって若干雰囲気が軽くなった。それをきっかけに、朔月さんは俺に問いかけてきた。
「何かって、なにもないよ」
「そっか」
別に、何も無い。目の敵にされる覚えは。
ある事と言えば、タンポン救出事件がでかいイベントとしてあるが、それが起きたからって蝶田ちゃんの俺に対する態度が変わるとも思えない。
……でも、蝶田ちゃんに対してでかい恩義が出来たのは確かで。
もし仮に、蝶田ちゃんがその事で俺に優位性を見出していたらって考えたら、蝶田ちゃんのお口から出てきた通りに見えてるなら相当むかつくんだろうな。
こんな事考えるのは、蝶田ちゃんに失礼か。
「ただ妬んでるだけだろ。気にしなくていいよ、あんなの沢山いるし」
「紗理奈ちゃん〜……」
「事実でしょ? 小鞠だってああいうのに近付かれては悪い噂流されてばっかじゃん」
「噂はよく流されるけど〜……」
「そうやって、他人の足を引っ張る事しか能がない連中に気を回してるだけ無駄でしょ。ああいう劣等感の塊、何の価値もない」
「そこまで言わなくてもいいんじゃない」
あっ。
つい、謎にヒートアップしている菊池さんに口を挟んでしまった。
今まで状況的にこちら側の味方をしていた菊池さんの鋭い目が俺に向く。折角助けてやったのに、等と副音声が聞こえてきそうな気迫に小便がチビりそうだ。
「面と向かって恥ずかしげもなく他人への嫉妬を口にして責める奴だよ? そんな奴、何を言って傷つけてもいいだろ。じゃなきゃフェアじゃない」
「……そうだね」
「八尋ちゃん……」
「でしょ? 誰だって他人を羨む気持ちは持ってるんだ、自分だけじゃない。それなのに自分は恵まれてないだとか、そういう言い分は努力してない奴なんだ。そんな奴あたしは」
なんか、長々と今度は菊池さんのペラが回り始めた。
不良連中の中にいる菊池さんの彼氏、笠原海彦を探し出し、助けを呼ぶアイコンタクトを射出。ダメだ、外れた。目を逸らされた。
「……私、ちょっとトイレ」
「私も一緒に行くよ、八尋ちゃん!」
タルいのでトイレで時間を潰そうと思ったら朔月さんに追尾される形となった。たわけめ、2人同時に出ていったら自分が面倒くさがられてるって菊池さん本人に悟られてしまうでは無いか!
「2人とも、ジュース飲みすぎだぞー。いってらー」
あ、案外俺らの事を菊池さんは疑って無さそうだ。朔月さんはともかく、俺に対しても訝しむ素振りもない。意外と良い印象を持たれてるのかな。
教室を脱出した俺と朔月さんは、2人揃ってトイレに逃げ込みチャイムが鳴るまで潜伏した。
教室に戻った際、職員室から課題のプリントを配りに来ていた国語教師がおり、菊池さんの触れ込みで『長時間トイレに引きこもってた2人』として明確なサボり認定を受け怒られる羽目となった。
世の中理不尽だなあと、心から思った。