※この作品はR-18です。

俺は二回射精する   作:紺情

17 / 20
※エロシーン無しです。



第16話 「花火」

「お兄ちゃんお待たせ」

 

 玄関で待っていた翔太郎は、ようやく現れた優衣と小春の美麗な姿に息を呑んだ。今二人が身に纏っているのは、花火大会へ行くために用意した浴衣だった。

 

「翔ちゃん、どうかな……?」

 

 聞いてくる小春の浴衣は、生成りの地に赤い椿の柄。華やかさの中に大人びた上品さがあり、淑やかな小春を引き立てて飾る。

 そして、優衣の浴衣は紺の地で全体的に落ち着いた印象を受けるが、赤い金魚柄が年相応の可愛らしさも感じさせた。

 やはり浴衣を着ると一段と特別感が出て、いつになく輝いて見える。

 

「……うん、二人ともすごく似合ってる。あと髪も、それいいね」

 

 二人とも珍しく簪(かんざし)で髪をまとめていて、優衣はお団子、小春は夜会巻きで、浴衣と合わせれば和風然として魅力的だ。

 

「これいいよね。髪もお母さんがやってくれたんだ」

 

 と、噂をすれば……

 

「本当に小春ちゃん大きくなって、綺麗になったわよねぇ」

 

 奥から翔太郎の母が現れた。

 

「えへへ……着付けしてもらったおかげです、ありがとうございます」

「翔太郎、夜遅くなるんだから、ちゃんと守ってあげなさいね」

「言われなくても分かってるって」

 

 いちいち釘を刺してくる母に翔太郎は辟易した様子。小春は翔太郎でも母親相手に反抗的な子供っぽい素振りをするのだと可愛く思って、しかし翔太郎の味方をして照れながら擁護する言葉を口にした。

 

「あの……翔ちゃんはいつも優しくしてくれますから、大丈夫ですよ……?」

「あらー、そうなの?」

 

 ニヤニヤしながら見てくる母がうざったくて、翔太郎は早急に話を切り上げる。

 

「ほら、電車もあるし早く行こう」

「気をつけていってらっしゃいね」

「はいはい、いってきます」

 

 

 

 優衣と小春の履いている下駄がカランコロンと音を鳴らして、翔太郎はその風流な響きに耳を傾けた。

 

「その簪とか下駄も今日のために揃えたの?」

「下駄はそうだけど、簪はお母さんがくれたんだよね」

「へぇ、母さんも準備が良いな」

「なんか、昔おばあちゃんに貰ってしまい込んでたのを思い出したらしいよ」

 

 翔太郎は父方の祖母を頭に思い浮かべる。実際に簪を挿しているところを見た訳ではないが、なんとなく使っていそうなイメージはあった。

 

「本当に私も貰っちゃって良かったのかな……?」

 

 恐縮して眉尻を下げる小春に、翔太郎は明るい声で言う。

 

「全然大丈夫だと思うよ。母さんが使ってるところなんて見たこと無いし、そんな思い入れのある品ってわけでもないと思うから」

「うん……」

 

 それでもいまいち納得できていない様子の小春に、こういう控えめなところは相変わらずだなと思いながら翔太郎は口を開く。

 

「多分母さんもそんな気にされるより喜んで欲しくてくれたんだと思うし、俺も綺麗な小春が見れて嬉しいから、せっかくならもっと明るい顔見せてよ」

「う、うん……」

 

 翔太郎の言葉を聞いた小春はむしろ顔を赤くして俯いてしまって、優衣が据わった目で見てくる。

 

「お兄ちゃん、そんなキザなセリフ言って、聞いてるこっちが恥ずかしくなるんだけど」

 

 言われて、確かにキザだったかなと思い直した翔太郎は、恥ずかしくなって咳払いをした。

 

 

 

 駅で高さんとヒデが合流したのだが、翔太郎は高さんを見るなり目を丸くした。

 

「なんか、制服以外で高さんがちゃんとした格好してるの初めて見た気がしますね」

「ふふん、ちょっとは見直したかなぁ?」

 

 まるで良いところのお嬢様みたいで、普段とはだいぶ印象が違う。確かに高さんの場合は裕福な家庭であることに違いないのだが、普段のティーシャツ姿とはえらい違いだ。

 

「はい、馬子にも衣装ってやつですね」

「あははぁ、それ褒め言葉じゃないからねぇ?」

 

 会場へ向けて人の海を歩く途中、そんな高さんがこっそり声をかけてきた。

 

「翔太郎クン、後で二人で話す時間作れないかな?」

「え? どうしたんですか?」

「ちょっと大事な話」

 

 そう言う高さんの瞳が揺れている気がして、翔太郎は茶化さずに頷いた。

 

「分かりました、じゃあ後で」

 

 

 

 高さんのことも気になるが、せっかく優衣と小春を連れて花火大会に来ているのだから目一杯楽しみたい。翔太郎はひとまず疑問を脇に置いて、二人と屋台の並ぶ通りを歩いた。

 

「何食べようか?」

「りんご飴買うからお兄ちゃん写真撮ってよ。浴衣でりんご飴持ってたら絶対映えるでしょ。小春ちゃんも一緒に撮ろ。あ、綿飴の方がいい?」

「ううん。私もりんご飴って食べたことないから食べてみたい」

 

「優衣も映えとか女子っぽいこと言うようになったのね……」

「ぽいもなにも私は女子なんだけど。なんだと思ってたの?」

「そりゃ可愛い妹よ。普段は素っ気なくて、浮ついたところなんて見せないクールな感じで、でも根っこは優しくて、デレた時はめちゃくちゃ可愛い自慢の妹」

「ああもう、分かった分かった」

 

 早口で言う翔太郎を、優衣は薄っすら顔を赤くして制止する。

 

「ヒデと高さんはりんご飴どうします?」

「私はいいかなぁ」

「小生もりんご飴はあまり好きでないので遠慮しますぞ」

「了解ー」

 

 翔太郎は優衣と小春を見ていたら自分も夏祭りらしいものを身に着けてみたくなって、ふとお面を売っている屋台に目が留まった。

 

「俺もなんかお面でも買おうかな」

「いいんじゃない? 写真撮ってあげるよ」

「じゃあ……すいません、ひょっとこのお面ください」

 

 翔太郎がひょっとこのお面を買って受け取ると、ヒデもそれに続いた。

 

「でしたら小生も、トーマスのお面をいただきましょうかな」

「なんでトーマス?」

「翔太郎殿がひょっとこですからな。同じでは面白くないと思いまして」

 

 ヒデはそう言って買ったトーマスのお面を頭につけたのだが、絵面が面白くて翔太郎は声を上げて笑った。

 

「ははっ、ヒデ似合わないね!」

「ハハハッ、小生も自分でなんとなく想像できますぞ」

「はいはい、二人とも写真撮るから並んでー」

 

「…………」

 

 楽しそうな翔太郎達を一歩引いた位置から見る高さんは、落ちる寸前の線香花火を見ているような心地だった。

 

 

 

 花火の時間が近づいてきて、翔太郎は一つ提案をする。

 

「みんな、かき氷食べながら花火見たくない?」

「いいね」

「うん、私も食べたい」

 

 みんなが同意するのを見て翔太郎は安堵した。

 

「じゃあ俺と高さんで買ってくるから三人は場所取りしといてよ。場所見つかったらメッセージで教えて」

「うむ、任されましたぞ」

 

 二手に分かれて、三人の姿が見えなくなったところで翔太郎は高さんに声をかけた。

 

「とりあえずどこか座って話せる場所、探しましょうか」

「うん。そだね」

 

 楽しげな声があふれる中で、二人は今までには無かったぎこちない空気に包まれていた。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 あえて花火の見えないところに来て、見物客が花火を見るために移動していなくなったその場所で、二人がけのベンチに腰掛けた。

 

「それで話っていうのは……」

 

 翔太郎が切り出すと、

 

「……あのさぁ……」

 

 高さんはすっと息を吸って、その先を言葉にした。

 

「……翔太郎クンさぁ、私と付き合う気はない?」

「え? ……付き合う、って…………」

 

 わざわざ呼び出して二人きりになったというのに、告白されることを想定していなかった翔太郎の反応に、高さんは自嘲した。そして、固まる翔太郎に向けて言う。

 

「この夏みんなで遊んで思ったんだけどさぁ……翔太郎クンは小春チャンと妹チャン、本気でどっちか一人を選ぶ気なんて無いでしょ?」

「……それは……」

 

 図星を突かれた翔太郎は言葉に詰まって、高さんは重ねて問いかけた。

 

「口出しつもりはないけどさぁ、翔太郎クンは今のままの関係でいることに不安とか無いの?」

「…………不安は、あります」

 

 高さんが視線でその先を促すので、翔太郎は誰にも言わずにいた心中をゆっくりと語りだした。

 

「ふとした時に考えるんです。いつまでこのままでいられるのか、とか……俺のわがままで二人を振り回して、結局不幸にするんじゃないか、とか……」

 

 次第に声の調子を落として、最後にぽつりと呟く。

 

「正直……怖い、ですよ」

 

 震える小さな声を聞いた高さんは、藁にもすがる思いで誘い文句を口にした。

 

「だったらさぁ……私を選ぶのはどう?」

 

 不安に付け入るような台詞を吐く自分に嫌悪感が湧いた。それでも、胸中の恋心が続けて言葉を押し出した。

 

「きっと翔太郎クンは、どっちか一人を選んだらもう一人が悲しい思いをするって思ってるでしょ? でも私を選べば、二人はお互いを恨まずに、同じ境遇の者同士支え合って失恋を乗り越えられると思わない? 私を選べば、小春チャンも妹チャンも、一人ぼっちにならずに済むよ」

 

 高さんの言葉を聞いて、翔太郎は少しだけ納得した。どちらか一人を選ぶぐらいなら、どちらも選ばない方がマシなのではないかと、ほんの少しだけ思ってしまった。

 しかし、翔太郎はそこで高さんがまだ口にしていない気持ちを確かめた。

 

「……高さんは……俺のこと好きなんですか?」

「好きだよ」

 

 即答だった。高さんは迷いのない瞳で見て、臆さずにそう言った。そこには偽らざる本心があった。

 そして高さんはそのまま続ける。

 

「私こんなだからさぁ、高校で情報処理部に入るまでずっとぼっちでさぁ。そんで、先輩も女子だったから、初めて仲良くなった男子って翔太郎クンとヒデクンなんだよねぇ」

 

 翔太郎は学校で高さんが誰かと一緒にいるところを見たことがなかった。だから、浮いているのだろうというのはなんとなく気づいていた。それでも自分達という仲間がいるのだから、それで良いと思っていたが。

 

「男子と一緒にいて楽しいのなんて初めてだったし、特に翔太郎クンは一緒に遊んでるうちに、ふとした時にドキッとして、可愛いって思って欲しいとか、いいところを見せたいとか……あーもしかしてこれが恋するってことなのかなって思ってたよ」

「……全然、気づかなかったです」

「そりゃ、翔太郎クンには小春チャンがいるって分かってたし。横取りみたいな真似する気もなかったから、私の出る幕は無いと思ってたしねぇ。告白する気も無かったよ」

 

「じゃあなんで…………」

「ずっと、翔太郎クンと部活でだらだら遊んで、それだけでいいと思ってたよ。でもね……いざ小春チャンに告白するって聞いたらなんかやっぱりモヤッとして……。まぁ、結局のところ小春チャンの存在を言い訳にして、告白する勇気が無かっただけなんだろうねぇ……」

 

 優衣に怒られてようやく小春に告白をした翔太郎には、その臆病さが共感できた。

 きっと誰かを好きだと認めるのはとても難しいことなのだと思う。自分の気持ちなのに目を逸らして、好きなのかどうか分からないと、自分に言い訳をして曖昧なままにしてしまうのだ。その方が絶対に楽だから。明確に認めてしまえば告白するしかなくて、告白するのが怖いから。

 きっと高さんも失いかけてようやく、自分の中の恋心を認めることができたのだ。

 

「もう一人好きな子がいるとか言い出した時は驚いたけどさぁ……小春チャン以外の子を好きになるんだったら、私にもチャンスがあるのかなぁとか考えてねぇ。合宿の時に二人を呼ぼうと思ったのも、まずは翔太郎クン達がどんな関係で、私にも可能性があるのか確かめたかったからだし。……まぁそれでラブラブ具合を見せつけられて更にモヤモヤしたんだけど……」

 

 高さんは苦笑いして言うが、思いもよらない魂胆があったことに翔太郎は舌を巻いた。

 

「それで、このまま黙ってても後悔が残りそうだし告白だけはしたいなって。私ももう引退しないといけないから、この夏が最後のチャンスだろうしねぇ」

「……そう、ですよね…………」

 

 引退。確かにそうだ。当たり前だったこの日常は、いつまでも続くものじゃない。卒業後も会って遊ぶことはできても、今までのように情報処理部で毎日会うことはもうできない。

 しかし、それを考えた時、翔太郎は自然と答えが出てしまった。

 

 その翔太郎の答えを聞くために、高さんは再び問いを言葉にする。

 

「翔太郎クン、もう一度聞くね。……私と付き合う気はないかな?」

 

 翔太郎は出した答えを絞り出すように、喉の奥に突っかかりそうになる言葉を無理矢理音にした。

 

「…………ごめんなさい」

 

 高さんが引退したら、今までのように毎日会うことはもうない。それを寂しいと思う気持ちはあったが、でも、それで良いと思う気持ちを自分の中に見つけてしまった。数ヶ月に一回か、年に一回か、頻度は分からないがたまに会って遊ぶ、それくらいの関係で良いと思ってしまった。

 それが優衣だったら、小春だったら……絶対に嫌だ。二人のいない日常は考えられない。

 それが翔太郎の明確な答えだった。

 

 高さんは翔太郎の返事を聞くと、目を閉じて深く息を吐いた。

 

「…………そうだよねぇ……」

 

 俯いてそのまま、分かっていたと言わんばかりに呟きを漏らした。

 下を向いたまま動かない高さんに、翔太郎は自分の気持ちを誠心誠意言葉にして語った。

 

「俺には優衣と小春以外を選ぶなんて考えられなくて、だから高さんと付き合うことはできないです。……でも俺、高さんが俺を好きになってくれたこと絶対に忘れません。多分もう、俺が高さんのためにできることなんて何も無いから、だからせめてそれだけは約束します。告白してくれてありがとうございました。本当にごめんなさい」

 

 しばし沈黙していた高さんが、不意に俯いたまま尋ねてきた。

 

「…………一つお願いしてもいい?」

「はい」

「ちょっと頭下げてくれる?」

「? ……はい」

 

 翔太郎は言われるままに高さんの方へ向けて頭を下げた。

 すると、高さんの小さな手が翔太郎の頬に触れた。その手は少し冷たかった。

 翔太郎は一瞬心臓が跳ねて、しかし何もなくその手はすぐに離れた。その時には高さんのもう片方の手に翔太郎のひょっとこのお面が握られていた。

 

「これもらうね」

 

 高さんは言って、返事も聞かずにお面を顔に着けた。

 

「高さん……?」

「…………」

 

 そのまま黙りこくる高さんに翔太郎は怪訝な顔をするが、その意図はすぐに理解できた。

 

「…………うっ……う……」

 

 喧騒に紛れて僅かに嗚咽が聞こえ、小さな体が肩を震わせていた。

 翔太郎には彼女を抱き寄せることも、涙を拭ってあげることもできなくて、

 

「……これ使ってください」

 

 翔太郎はただポケットティッシュを手渡して、その後は何も言わずに、隣に座っていた。

 

 二人は花火を見なかった。

 歓声がどこかずっと遠くに聞こえ、花火が空に散っていく音だけがやけに響いて聞こえた。

 ――――夏が終わった。





第2章完結です。ありがとうございました。
次回は2.5章になります。
更新日程などは活動報告の方をご確認ください。
それでは、また次回もよろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。