今年も残すところあと一時間ほどという頃、翔太郎は自室で年末特番のアニメを見ていた。
「うーん…………」
アニメは面白い。年末に特番が組まれる人気は伊達ではない。しかし、新年を迎えるにあたっては何か物足りなかった。毎年こんなものだった気もするし、今年は例年にも増して寂しい気もする。
なんとなく冴えない気分でいると…………
「翔太郎ー、お蕎麦できるわよー」
翔太郎は躊躇いなくテレビを消して立ち上がった。
一階へ降りてリビングへ行くと、テレビの前のソファでは優衣がだらっと横になって、その隣に父が座っていた。優衣の方がおっさん臭い。
テレビには紅白歌合戦が映っているが、二人とも流し見程度でスマホをいじっている。
翔太郎がテーブルに着くと、母がキッチンから顔を覗かせて言う。
「ほら、お父さんも優衣も、もうできるわよ」
「はーい」
優衣はスマホをポケットにしまって立ち上がると、翔太郎の隣の席にやってきた。
「お兄ちゃん何してたの?」
「ん? アニメの年末特番見てた」
「うーん……紅白も別にそんな面白くないし、なんか年末って意外と面白いこと無いよね」
「それ。なんか年々つまらなくなってる気がするんだけど気のせい?」
「私もそう思う。なんだろうね、私達も歳を取ったってこと?」
そんな話をしていると、
「なに年寄りみたいなこと言ってるのよ、あなた達まだ若いでしょう。はい優衣、お蕎麦ね」
母は湯気が立つ丼ぶりを優衣の前に置いた。海老天とかき揚げが乗っている。美味しそうだ。
見ている翔太郎の前にもすぐに同じものが運ばれてくる。
「はい、翔太郎」
「うーんいい匂い。いただきまーす」
ずるずる。体が温まる。
除夜の鐘も鳴り始めて、いよいよという雰囲気になってきた時――ピロロロッ
翔太郎のポケットでスマホが鳴った。
「ん?」
手を止めてスマホを見てみれば、画面には小春の名前が表示されていた。嬉しいのだが、タイミングが悪いなと思いながら電話に出る。
「もしもし?」
『翔ちゃん、その……お話したいなと思って……』
「ごめん、今蕎麦食べてるから食べ終わったらかけ直すよ」
『あ、そうだよね、ごめん』
「ううん、大丈夫大丈夫。すぐ食べ終わるからちょっと待ってて」
そう言って通話を切ると――ジーッ――視線を感じた。両親と優衣、全員がこっちを見ていた。
「……なに?」
「今の電話、小春ちゃん?」
母が真顔で聞いてくる。
「そうだけど」
「ふーん、そっかそっか」
翔太郎が答えると、母はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
「なんだよ」
「言わなくても分かるわよ。あなた達、ようやく付き合いだしたんでしょ? 長かったわねぇ~」
「は? あー、俺達は……」
そこで言葉に詰まる。言えない。小春と優衣の二人が好きで、小春には告白を保留されて、今は三人で中途半端な関係になっているとは口が裂けても言えない。
「なんか最近怪しいと思ってたのよねぇ。まあ、なんにしても良かったわ。あなた達ずっと一緒にいるのになかなかくっつかなくて、少し心配してたんだから」
「…………」
何も言えなくて、隣の優衣をちらりと見ると、優衣は何食わぬ顔で明後日の方向に目線を逸した。
視線を前に戻して父を見ると、「大きくなったな……」とでも言わんばかりに満足げな表情で蕎麦をすすっていた。
下手に感づかれるよりも勘違いされていた方が都合が良いと割り切って、翔太郎は何も言わずに残りの蕎麦を食べきってしまった。
「ごちそうさま」
器と箸を流しに運んで、そそくさとリビングを後にしようとすると、
「これで年越せるわねぇ」
言葉に含みを持たせる母に、翔太郎は微妙な顔をして何も答えなかった。
翔太郎はどっと疲れた気分で壁を背にベッドに座って、小春に電話をかけ直すとすぐに繋がった。
『もしもし?』
「お待たせ小春」
『ううん、こっちこそ食事中にかけちゃってごめんね』
「全然大丈夫。退屈してたし、電話くれて嬉しかったよ」
そう言うと、小春が嬉しそうにする気配が電話口から伝わってきた。
「でもなんか、さっきの電話で母さんと父さんは俺が小春と付き合ってるって思ったみたいでさ……」
先程の出来事を伝えると、小春は思案するように声を上げて言う。
『あー……ま、まぁ、私は……全然いいというか……むしろその方がいいというか……』
外堀を埋めようとしている発言に、翔太郎は苦笑した。
『ねえ翔ちゃん、せっかくだしビデオ通話にしない?』
「いいよ。……えっと確か、これかな」
ビデオ通話のボタンを押すと、インカメラに映る自分の顔が表示され、すぐに画面いっぱいに小春が映った。小春は翔太郎の顔を見ると頬を緩めた。
『ふふっ、こんばんは』
画面の小春は暖かそうなパジャマを着て、翔太郎と同じようにベッドの上に座っているようだった。
「そのパジャマもこもこしてるやつ?」
『あ、うん、そうだよ』
「いいね、可愛い」
『ありがとう……で、でも、ちゃんとした格好じゃないから、あんまり見たら恥ずかしいよ……』
そう言って照れ笑う小春に思わずニヤけてしまう。
『もう、笑わないでよぉ』
なんだかとても恋人っぽいやり取りだ。幸せを感じる。
画面越しのイチャイチャを楽しんでいると、――ガチャッ――突然部屋の扉が開いて、翔太郎は驚きとともにそちらへ振り向いた。
「楽しそうだね」
声の主は優衣で、手には翔太郎がクリスマスにあげたブランケットを持って、翔太郎がいるベッドの方へ寄ってきた。
「ビビったぁ……」
翔太郎が胸を撫で下ろすと、優衣はニヤッと笑う。
「お母さんだと思った?」
「誰とかじゃなくて、急に入ってきたら驚くって」
「小春ちゃんとイチャイチャしてたから?」
ブランケットを羽織った優衣は言いながら、翔太郎の隣に触れ合う距離で座った。ビデオ通話に優衣が映って、小春が声を上げる。
『あっ、優衣ちゃん』
「や、小春ちゃん」
優衣はスマホに向かって小さく手を挙げて応えた。
翔太郎は優衣が羽織ったブランケットを見て言う。
「それ使ってくれてるんだ。どう? 暖かい?」
「うん、暖かくて意外と便利なんだよね。ほらお兄ちゃんも入る?」
優衣がブランケットの片側を翔太郎の背へ回して、しかし、二人が包まるには少し大きさが足りない。それでも隣に優衣の温もりを感じれば、それで十分だった。
「二人で使うにはちょっと小さいけど、確かにあったかいね」
顔を綻ばせる翔太郎と優衣は、なるべくブランケットに収まろうと肩を寄せ合う。
『私もブックカバー使ってるよ。すごく使いやすいの』
「本当? 良かった。俺も小春のくれたマフラー、外出る時には着けてるよ。学校始まったら毎日使うようになるね」
『えへへ……でも、学校に着けて行ったらまたからかわれちゃうかな?』
「かもね。ちょっと恥ずかしいけど、それはそれで俺は嬉しいかも」
クラスメイト達の普段の茶化しも馬鹿にしているという感じではなく、お幸せにというニュアンスが伝わってくるので悪い気はしない。小春も恥ずかしそうにはするが、満更でもない反応をすることが多い気がする。
「お兄ちゃん達学校でもイチャイチャしてるの?」
「俺達はそんなイチャイチャしてるつもり無いんだけどね……」
小春も同意見なのか苦笑いを浮かべていた。
翔太郎が時計を見ると、時刻はもう23時54分。
「もうすぐ年明けだね」
「なんか、今年はいろんなことがあったよね」
『むしろありすぎたというか……』
「まず、お兄ちゃんが私のパンツでシコってて……」
優衣のジトッとした眼差しが向けられる。
「まぁそれは今年っていうか、前からちょこちょこお借りしてたんですが……その節はお世話になりました……」
頭を下げると、優衣に肘で小突かれ、小春にも批判を含む目で見られた。
『翔ちゃん……』
「でも、小春と最初に文芸部の部室でしたのは、小春が勘違いしてだったけどね」
翔太郎がカウンターを浴びせると小春は顔を赤くして、慌てて弁明口調になる。
『だ、だって翔ちゃんが変なこと聞くから……焦って勘違いしちゃったんだもん……』
「まぁでも、そのおかげで俺は小春に告白する流れになって……」
「それで、二股宣言と……もう半年経ったけど、お兄ちゃんの気持ちは変わらない?」
優衣が尋ねると、画面越しの小春は真剣な顔になってこちらを見ていた。
「うん。むしろ二人のこと前より好きになったと思う」
「そっかぁ……小春ちゃんは手強いねぇ。私ももうちょっと頑張りますか」
優衣はそう言うが、どこか楽しそうに口角には笑みを含んでいた。
『私も、絶対諦めないからね』
不敵に笑う小春の視線を優衣が受け止める。
「お、小春ちゃんも前より自信がついてきたんじゃない? 小春ちゃんは可愛いし頭もいいんだから、いつもそのぐらい自信持ってればいいのに」
『自信は無いけど……私はとにかく精一杯頑張るって、それだけは決めてるから、それだけでいいの』
「そっか」
「あ、1分切ったよ」
「年明けの瞬間どうする?」
『え、えと、せーので挨拶?』
「じゃあもう時間無いしそれで」
「あと15秒だよ」
「カウントダウンしてせーのね。いくよ……10……9……」
「「『3……2……1……せーのっ』」」
「『「あけましておめでとう!」ございます!』」
「『「今年もよろしくね!」お願いします!』」
今回で第2.5章はおしまいです。
そして、大変申し訳ありませんがこれより長期のお休みに入ります。
詳細は活動報告の方で説明させていただいておりますので、そちらをご確認ください。
必ず帰ってきますので、どうかそれまでお待ちいただけるとありがたいです。
それでは、また第3章でお会いできますよう願っております。